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2013年5月 5日 (日)

横須賀へのドライブ旅 猿島探索(後編)

2013_04150159砲台跡まで戻ってさらに先に進むと四差路(しさろ、変則な十字路)に出ました。展望台を経て広場まで進んで来ましたから、次は直進して日蓮洞(にちれんどう)へ向うことにします。 
 
 

2013_04150160 遊歩道の右前方に砲台跡らしきものが見えてきました。
 
 
 
 
 

2013_04150161 先ほどと同じ円形の台座ですが、円形に並ぶ中心部のボルトは残っていません。
 
 
 
 

2013_04150162 遊歩道が行き当たった場所にもうひとつ砲台跡がありました。中編で述べた主旨と同じですが、『東京湾口の守りを固めるためにフランスから輸入されたカノン砲は実戦で使われることがなかったが、昭和16年頃より鉄筋コンクリート製の円形砲座が5座造られ、その上に高射砲が配備されて終戦まで使用された』と説明されています。

2013_04150163 砲台跡の右奥にある鉄製階段が急峻(きゅうしゅん)な地形に合わせて複雑に曲がりながら下へと続いています。途中にステンレス製のベンチが置かれているのは親切な配慮ですが私は・・・。階段のステップを良く見ると赤色と黄色のペンキでXマークと△マークが描かれているのは補修のための目印のようです。 

2013_04150168 岩場「ヨネノ根」に出ました。長く伸びる岩場の突端に釣り客が一人で釣りを楽しんでいます。そして海上には青色の灯浮標が見えます。
 
 
 

2013_04150167 左手方向に岩場を渡ると立ち入り禁止の看板が下がる大きな洞窟(どうくつ)がありました。「日蓮洞」あるいは「日蓮洞窟」と呼ばれるこの洞窟では縄文(じょうもん)時代の土器が発見されたそうです。 
 
 

2013_04150169 こんな波打ち際の洞窟が住居になるとは驚きですが、木の実や小動物を採取していた縄文人は貝や魚も食べていたそうですから、魚介類(ぎょかいるい)が好きな縄文人が住んでいたのでしょう。ちなみに日蓮洞の名前は日蓮上人が上総(かずさ、現在の千葉県中部)から船で鎌倉へ渡る時に避難した場所であるとの伝説に由来します。 

2013_04150170 階段を上がって遊歩道に戻りました。先が急な崖(がけ)になっていることと生態系を傷つけるとの理由で、この切通しは立ち入り禁止です。
 
 
 

2013_04150172 四差路に戻ってトンネル方面へ進みました。短いトンネルに見えますが弾薬庫跡だと思われます。左側の出入り口は板が打ち付けられています。 
 
 
 

2013_04150175 トンネルを抜けて振り返ると幅が半減し、向って左側の小さな入口にはオレンジ色の板が打ち付けられています。先ほどの入口とこの入口がどこへ繋(つな)がっているのか気になります。そして写真には写っていませんが、左手で上へと伸びる階段が通行止めになっていました。トンネルの上に出るようですが・・。正に立体迷路のようです。

2013_04150176その反対側(右手)を見ると少し先にトンネルがあります。先ほど通過した遊歩道の展望台と砲台の間に出られるようです。 
 
 
 

2013_04150178 トンネルの右手前にあるのは倉庫のようです。その横にある看板には『第一砲台の関連施設と考えられる。台地の上には27センチ加農砲(カノン砲)が2門設置され、砲台下には弾薬庫と弾薬を上げる井戸(縦穴)が陸軍によって建設された。その後、海軍が高角砲を設置して、その通路トンネルとして利用された』と書かれています。

2013_04150181 もとの場所に戻って、レンガ造りの長いトンネルに入りました。右手に見えるのは明治時代に造られた2階建て砲台施設でした。
 
 
 

2013_04150185 『このアーチ状の開口部は2階と西側斜面へ上がるための出入り口で、山頂付近にあった司令部と照明所への重要な通路である』と説明されています。照明所と言えば、管理棟の近くで見た発電所はこの照明所の電力を供給する施設だったようです。
 

2013_04150187 『このトンネルに採用されたフランス積み(正式にはフランドル積み)はイギリス積みが一般的であった日本では4件しか確認されていない貴重な建築物である』と説明されています。その看板に見入る私の横では同行者が「愛のトンネル」(通称)を通り抜けたことで無邪気(むじゃき)に喜んでいました。 

2013_04150188トンネルを抜けた遊歩道は大きく左に折れます。右側の壁は柔らかい砂岩がむき出しになっていますが、左側の壁は石垣で補強されていました。
 
 
 

2013_04150190 切通し(露天掘り幹道)の両側には弾薬庫と兵舎が交互に並んだ旧要塞施設がありました。
 
   
 
 

2013_04150189 これは兵舎跡で、
 
 
 
 
 

2013_04150194 こちらが弾薬庫跡です。この弾薬庫には真上の第2砲台へ砲弾を運ぶ井戸のような竪穴(たてあな)があるそうです。そう言えば先ほど見た短いトンネルの前面と同じデザインでした。 
 
 

2013_04150196 緩(ゆる)やかに左へカーブすると遊歩道はこの先で右カーブして管理事務所脇に戻ります。
 
 
 
 

約1時間の猿島探索を大満足で終えると、ほどなく次の連絡船が猿島桟橋に近づいて来ました。我々が乗船した時には4-5名であった乗客が10名余りに増えたようです。(続く)

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