« 続・奥の細道疑紀行 上越市の大潟 | トップページ | 東京駅一番街の「東京ラーメンストリート」 »

2013年6月24日 (月)

続・奥の細道疑紀行 上越市直江津

2013_05010550 佐渡行きフェリー乗り場である佐渡汽船のターミナルビルに立ち寄りました。佐渡汽船は新潟港と寺泊港およびこの直江津から佐渡行きの定期船を運行している会社です。ちなみに、新潟港-両津港間だけで運行されるジェットフォイルは水中翼(フォイル)とウォータージェットを組み合わせて時速80kmで高速走行できる船です。

2013_05010551 直江津(なおえつ)港は新潟港や酒田港と同様に北前船で栄えた港町ですが、現在はいずれも地理的な利点を活かしてロシアや韓国との貿易港になっているようです。
   
 
 

2013_05010552 県道468号を西へと走って到着した五智国分寺は芭蕉も立ち寄った名刹(めいさつ)です。名前にあるように越後国分寺の寺籍を継ぐとされる寺で、上杉謙信によって再興されたと伝えられるようです。
 
 

2013_05010553 直江津の史跡を巡る「心のふるさと道」の案内看板を見て次の目的地を確認
 
 
 
 

2013_05010554_2 安国山の山号が寺額に大きく書かれた山門(仁王門)
 

 
 
 
 

2013_05010555 山門を潜(くぐ)って参道を歩くと左手に芭蕉句碑『薬欄にいづれの花を くさ枕』がありました。 芭蕉が高田を訪れた時に詠(よ)んだ句と説明されています。
   
 
 
 

2013_05010556 歌碑のようですが読めません。
   
 
 
 
 

2013_05010557平成9年(1997年)に鎌倉時代の本堂をモデルとして建て直された本堂は新しく感じられます。ちなみに、本尊は大日如来(国の重要文化財)を中心に、阿弥陀如来、薬師如来、宝生如来、釈迦如来を含む五智如来(ごちにょらい)は密教の金剛界五仏のことで、京都の東寺(教王護国寺)講堂にも安置されています。 

2013_05010558撫で佛(なでぶつ)の「びんづる(賓頭盧)尊者」は釈迦(しゃか)の弟子で、十六羅漢(らかん)の筆頭と伝えられます。長野の善光寺でたっぷり撫(な)でましたから、ここではお参りするだけにしました。
 
 

2013_05010559慶応元年(1865年)に上棟(じょうとう)された三重搭は県指定有形文化財です。
 
 
 
 

2013_05010560 アングルを変えてもう一枚
 
 
 
 
 

2013_05010561 JR直江津駅(北口)はモダンなデザインですが、以前の山小屋風駅舎に比べると味気ないと思います。ちなみに、この駅はJR東日本とJR西日本の境界駅です。 
 
 
 

余談です。直江津の地名は直江荘と呼ばれた荘園に造られた港(津)を意味しますが、直江の由来は真っ直ぐな海岸線やアイヌ語(海と河口の間にある集落)がなまったなど諸説があって定かではないようです。また直江といえば直江兼続(かねつぐ)が思い浮かびますが、兼続はこの地に所領を持っていた豪族直江家の婿養子(むこようし)になったことで直江姓になっています。そして直江津は有名な説話「山椒大夫(さんしょうだゆう)」、つまり童話「安寿と厨子王(ずしおう)」の舞台として、後鳥羽上皇の怒りを買った浄土宗開祖法然(ほうねん)上人の弟子であった親鸞(しんらん)が流された場所としても知られます。

2013_05010562 直江津駅の周辺で芭蕉が宿泊した旅籠(はたご)古川屋を探しましたが見かりません。あれこれ調べた結果、このコインパーキングが古川屋の跡地であることが分かりました。300年以上の歴史がある古川屋は昨年1月に廃業したことで建物が取り壊されたようです。
 

2013_05010563 芭蕉はここで『文月や 六日も常の 夜には似ず』の句を読んだと伝えられます。その前にある道路を見ながら当時の北国街道の宿場周辺を想像してみました。
 
 
 

2013_05010564 県道185号を南下した直江津の郊外にある春日神社に立ち寄りました。
 
 
 
 

2013_05010565春日山城の名前の由来と なった「春日神社」は天徳2年(958年)に春日山の山頂に創建され、永徳1年(1381年)に春日山城の築城に際して現在の地に移築されたそうです。 
 
 

2013_05010566 石の鳥居の先に伸びる参道は急な石段となって拝殿へと続いていました。藤原北家の流れを汲(く)む上杉氏の家督(かとく)を継(つ)いだ長尾景虎(かげとら、後の上杉謙信)は、武神・毘沙門天(びしゃもんてん)の熱心な信仰家であり、藤原氏の氏神にあたる春日神社に厚い信仰を寄せたと伝えられています。

2013_05010567春日神社を過ぎると県道180号は山間(やまあい)に入って行きます。長かったドライブ旅もいよいよ終盤に差し掛かりましたので4回目の小休止を取ることにします。
 
 
 

<同行者のコメント>初めて訪れた新潟市は思っていたよりも大きな都市でした。それにしても、芭蕉は日本海の海岸線にそってずいぶん歩いたものだと感心します。上越市のホテルは静かな松林の中にあって温泉をたっぷり楽しむことができましたが、新発田市でチャーシューが一杯入ったラーメンを無理して食べたため、夕食に出された海鮮料理を食べるのが大変でした。(続く)

|

« 続・奥の細道疑紀行 上越市の大潟 | トップページ | 東京駅一番街の「東京ラーメンストリート」 »

ドライブ」カテゴリの記事

旅行・地域」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/146335/57656952

この記事へのトラックバック一覧です: 続・奥の細道疑紀行 上越市直江津:

« 続・奥の細道疑紀行 上越市の大潟 | トップページ | 東京駅一番街の「東京ラーメンストリート」 »