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2013年6月 6日 (木)

続・奥の細道疑紀行 酒田市内における芭蕉の足跡

芭蕉は一体何処(どこ)へ行ってしまったのかと訝(いぶか)る方が多いと思いますので、羽黒山に参拝した後の芭蕉の行動を簡単に説明しましょう。出羽三山(羽黒山・月山・湯殿山)の参拝に1週間をかけた芭蕉は、鶴岡を訪れて弟子のひとりであった中堅の庄内藩士長山五郎右衛門重行(じゅうこう)宅(山王日枝神社の近くにあった)に3泊しましたが、山行(さんこう)の疲れか体調を崩(くず)したため長山邸から出歩くことはほとんどなかったそうです。

そして3日後には長山邸に近い内川(当時は五間川)の大泉橋袂(たもと)にある船着き場(現地に案内看板があるようです)から舟に乗って内川とそれが合流する赤川を下って鶴岡から酒田へ向かいました。現在の赤川は昭和初期に行われた付け替え工事により赤川放水路として直接日本海に注(そそ)いでいますが、芭蕉が訪れた当時は酒田市黒森地区から県道38号に近いルートで最上川に合流していたそうです。

船旅で楽な旅をした芭蕉は酒田にある日和山下の船着き場(現在は酒田港の一部になっている船場町付近)で下船したようです。このため、私たちは酒田に入って日和山公園と酒田港を真っ先に訪れたのです。ここから先は芭蕉なら訪れたであろうと思われる場所を適当に巡(めぐ)ることにしました。

2013_05010298 酒田港から県道43号に出ると一番町交差点の近くに本間家旧本邸(山形県指定有形文化財)がありました。道路の反対側から撮影しようとする間に先行した同行者はすでに門の前に立っています。
 
 

2013_05010297 武家の格式を持つ長屋門の横には酒田市が設置した本間家の解説がありました。
 
 
 
 

本間家のhpによると、『本間家旧本邸は本間家三代光丘が幕府の巡見使一行を迎えるための本陣宿として明和五年(1768年)に新築し庄内藩主酒井家に献上した二千石格式の長屋門構えの武家屋敷です。巡見使一行が江戸に戻ると屋敷を酒井家から拝領し、商家造りの方で昭和二十年の春まで住んでいました。桟瓦葺平屋書院造りで、武家屋敷と商家造りが一体となっている建築様式は、全国的にも珍しいものです』と上記とほぼ同じことが説明されています。

2013_05010300 「伏龍(がりゅう)の松」の左手が玄関で、右手が家族の出入りに使われた薬医門です。通り(県道45号)をはさんだ向側には、事業を営んでいたお店(たな)があり、現在は本間家別館として土産物などを販売していました。ちなみに入場料は大人が700円。
 

2013_05010304 本間家の西隣にある駐車場から見ると奥行きがかなりあることが分かります。
 
 
 
 

2013_05010301 荘内証券の前に芭蕉が句会を開いた酒田三十六人衆の一人、玉志近江屋三郎兵衛宅跡の標柱がありました。平泉の藤原氏が源頼朝に滅ぼされた時に三代秀衛の妹(あるいは後室)が36騎の従臣に守られて酒田へ落ち延び、従臣たちは回船問屋として酒田を繁栄させ、その子孫は酒田三十六人衆と呼ばれたそうです。 

2013_05010302 旧鐙屋(あぶみや)跡は石置杉皮葺屋根(いしおきすぎかわぶきやね)の典型的な町家造りです。門から右手方向を撮影したため、屋敷の大きさを表現できていないのが残念です。ちなみに、鐙屋は酒田を代表する廻船問屋(酒田三十六人衆)で、江戸時代を通じて繁栄し、日本海海運に大きな役割を果たしたそうです。 

2013_05010303 屋根の上に丸い石がいっぱい置かれているのが確認できました。
 
 
 
 

2013_05010305 本間家に東側にある来訪者用駐車場まで戻ると道の反対側に「旧堀端」の案内を見つけました。
 
 
 
 

2013_05010306 新井田(にいだ)川の縁(ふち)に出ました。
 
 
 
 
 

2013_05010307 山居(さんきょ)倉庫と山居橋の案内板
 
 
 
 
 

2013_05010308 山居橋は新井田川に架かる歩行者専用橋です。
 
 
 
 
 

2013_05010311 橋を渡りきった場所に酒田観光マップがありました。観光名所が分かり易く図解されています。
 
 
 
 

2013_05010309 対岸に倉庫が立ち並んでいました。明治26年に建設された米の保管倉庫で、現在も農業倉庫として使用されているそうです。左手前の建物は大正15年に建築された、1階が下見板、2階は蔦(つた)が絡(から)まるドイツ壁の木造建築です。現在はJA全農山形米穀研究所(旧・東宮殿下行啓記念館)として使われています。

2013_05010310 一番手前は「庄内米歴史資料館」として公開されています。入館料は大人300円です。
 
 
 
 

2013_05010312 倉庫に沿って歩くと、左手に石畳が敷かれた船着場がありました。
 
 
 
 

2013_05010313 水辺まで下りて見た新井田川と山居橋
 
 
 
 
 

2013_05010314 隣の船着場には最上川の舟運に使われた小鵜飼船(こうがいせん)が展示されていました。支流や船着場間の近距離輸送に使われ、積載量は50俵ほどだったことと、大石田町の船大工が製作したものであることが説明されています。
 
 

2013_05010315倉庫群の端近くから来し方を振り変えりました。壁に貼られた酒田山居倉庫の案内図には10号棟に続く2棟が売店・食事処・ミュージアムが入る観光物産館として平成16年にオープンした「夢の倶楽(くら)」になっていることが分かりました。 
 

2013_05010317「夢の倶楽」を回り込んで倉庫裏手の遊歩道に入ると大きなケヤキが並んでいました。良く知られてことですが、この山居倉庫はテレビドラマ「おしん」の2度目の奉公先である米問屋「加賀屋」としてロケ地に使われました。(続く)

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