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2013年7月19日 (金)

メーグルでたどる名古屋の歴史 名古屋城本丸御殿(中編)

本丸御殿玄関の右手を少し進んだ場所に観覧者の入口があるようです。
 
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一般客の入口となっている中之口部屋で靴を下足箱に入れて折れ曲がった通路を経て奥へと入りました。
 
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虎の間とも呼ばれた玄関一之間の奥に重要文化財の襖絵(ふすまえ)「竹林豹虎図(ちくりんひょうこず)」がありました。
 
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焼失前の姿がそのまま再現された玄関一之間
 
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襖絵「竹林豹虎図」も煌(きら)びやかに模写復元されています。
 
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玄関二之間の「竹林豹虎図」
 
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玄関から外を眺(なが)めました。
 
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玄関と二之間の間にある廊下の竿縁(さおぶち)天井
 
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一之間を撮影する人たち
 
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大廊下を通って本丸御殿で最大の建物である「表書院」に入りました。「表書院」とは藩主と来客や家臣が謁見する応接室で、江戸時代は広間とも呼ばれたそうで、計5部屋ありました。その最初は三之間です。天井は格子の間に板をはった格(ごう)天井で、左手に少し見えるのは三之間西側襖絵「麝香(じゃこう)猫図」。薄暗い上に急いで撮影したため手振れが生じてしまいました。後で知りましたが、39畳もあるこの広い部屋だけは中へ入ることができたようです。
 
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左隣の二之間西側にある襖絵「松楓禽鳥図(しょうふうきんちょうず)」
 
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表書院の奥にある上段の間は一段高くなった床(とこ)や付書院(つけしょいん)を備えています。藩主や重要な来客の座として使われたそうです。またもや手振れ写真になって・・。
 
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左手から見た一之間です。この部屋だけは小組格(こぐみごう)天井が採用されています。格子の間に板ではなく小型の格子が組み込まれています。右半分に見えるのは東側襖絵の「桜花雉子図(おうかきじず)」。
 
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横から見た上段の間には左から床の間・付書院、そして中央に見える襖絵「桜花雉子図(おうかきじず)」の奥は武者隠し(上段の間に座る藩主を警固する者が詰める場所)と二之間にも接する納戸の間(非公開)があり、右端に少しだけ見えるのは南側襖絵の「松竹禽鳥(しょうちくきんちょう)図」です。
 
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床の間絵(左)と折り上げ小組格天井(右上)が藩主の権威を示しています。この上段の間は亀の尾(支輪)と呼ばれる曲がった材料で天井を一段高くしています。
 
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上段之間の突出し天窓は花欄間(はならんま)で、その花形模様が美しい。
 
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現在も工事中の対面所(左側)と表書院の間に伸びる幅の狭い畳廊下(たたみろうか)を抜けて出口へ向いました。
 
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(続く)

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