カテゴリー「温泉」の213件の記事

2013年10月18日 (金)

足柄街道を走る(最終回) 御殿場市温泉会館

直進すると県道365号(金太郎富士見ライン)に入りますが、足柄街道(県道78号)にしたがって左折しました。道幅の狭い山道をドライブするのは私の楽しみのひとつです。途中、2台ほどの対向車と出会いました。少しでも幅の広い場所を選ばないとすれ違うことができないのです。
 
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赤坂古道は足柄峠に至る古道のひとつですが足柄古道の一部かもしれません。ちなみに赤坂の名は昔このあたりから須恵器(茶碗や壷)を造るのに使う赤土が取れたことで名づけられたそうです。石畳を敷き詰めてきれいに整備されています。
 
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足柄街道の脇に建つ「唯念上人の大名号塔」の説明文には、『天保元年(1830年)に小山町上の奥野さわの唯念寺(ゆいねんじ)を開いた唯念上人(ゆいねんしょうにん)の筆による日本一の大きな石佛(高さ3.8m、幅1.5m)である。飢饉(ききん)と疫病の流行で苦しむ農民の心を救おうと念仏を唱え祈願を行った。地元の人たちも力を合わせて大きな石に上人の書いた南無阿弥陀仏の名号を彫り、栗の木沢のこの地に建てて上人とともに悪疫退散(あくえきたいさん)と極楽往生を祈った。天保10年(1839年)のことである』とあります。力強い文字に圧倒されました。
 
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JR御殿場線の足柄駅を過ぎて御殿場市内に入ると雲が切れて富士山の中腹が見え始めました。私の念力がやっと通じたようです。
 
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足柄街道(県道78号)で市役所北交差点まで下りたあと、左折して国道138号(御殿場バイパス)を箱根山の乙女(おとめ)峠方面へ進む計画でしたが、市街地を走っても面白くありませんから近道をすることにしました。東名高速道路の下を潜(くぐ)った直後に左の脇道へ入り、東名の足柄SAを回り込む形で東名をもう一度潜(くぐ)って東山湖(ひがしやまこ)の脇に出ました。

国道138号(箱根裏街道、乙女道路)の坂を上って、Lala GOTENBAホテル&リゾートの少し手前を左の脇道に入ると最終目的地の「御殿場市温泉会館」に到着しました。富士カントリークラブに隣接する場所です。施設に接する第1駐車場が満車でしたので、手前の第2駐車場に戻って駐車しました。「温泉会館」へ歩く途中に富士山が見えるスポットを見つけました。偶然でしたが、トンボ(蜻蛉)が富士山の上(?)を飛んでいる様子が写っています。
 
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午後4時過ぎに平凡な平屋の施設に入りました。(この写真は帰る時に撮影)
 
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市営の温泉なので料金は500円(3時間、割引券で50円引き)とリーズナブル。午後10時まで営業(毎週月曜休み)しているようです。
 

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館内の構造は一般的な日帰り温泉です。受付の左手は売店になっており、その先に浴室、和室(8畳x4室)、大広間(78畳)などが並んでいました。
 
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通路の左手前にある浴室の脱衣場は広くありませんが清潔感がありました。高台にあるこの施設の風呂は内風呂のみです。御殿場乙女温泉(乙女1号・2号・3号)の湯は透明でわずかにヌルヌル感のあるナトリウム泉-塩化物・硫酸塩泉・アルカリ性単純温泉で、泉温41.6度)。加水無し、加温有り、濾過循環(ろかじゅんかん)と消毒有りと表示されていました。
 
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大きな浴槽の西方向は全面ガラス張りで、浴槽からでも富士山と御殿場市街が正面に見えますから、夕日が沈む様子を見ながら夜景になるのを待つのが最大の贅沢(ぜいたく)でした。
 
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風呂から上がって大広間(休憩室)に向かいました。南西側には先程通過した風車のある御殿場美華ガーデンがゴルフ場越しに見えます。
 
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余談です。私が最初に購入した車で箱根エリアをよくドライブした昭和40年代の後半に「まわるスカイレストラン ムーラン乙女」(昭和48年開業)として注目を浴びましたが、20年以上前に閉店して廃墟(はいきょ)になっていた記憶があります。ちなみにムーランはフランス語で風車を意味します。そしてムーラン・ルージュ(赤い風車)と言えばパリにある有名なレビュー劇場です。調べるとそのムーラン乙女は5年前に改装され御殿場美華ガーデンとして営業を再開したようです。富士山を見ながら気軽に食事を楽しむのに適したドライブイン(ショップ&レストラン)でしょう。

閑話休題(かんわきゅうだい)。右手に視線を戻すと御殿場の市街地が一望できます。
 
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富士山にふたたび雲が掛かり始めました。
 
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煌(きら)びやかな御殿場の夜景が広がりました。
 
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休憩室(大広間)から見る富士山はカメラを望遠にしないと電線が視界の邪魔(じゃま)になることが残念です。富士山が暗闇(くらやみ)に包まれてしまう前にもう一度温泉に入ることにしました。
 
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数年前に温泉会館が閉鎖されるとの噂が流れましたが、現在は民間業者に委託されて営業しており、客の入りも良いことからその心配は当分なさそうです。食事処(レストラン)はありませんが、売店では土産物から弁当などを売っており、隣の調理場がそば・うどん・ゆで卵(50円)・丼物(どんぶりもの)などを提供していますから、大広間(78畳の休憩室)と和室(8畳4室)を利用して軽い食事をすることができます。地元御殿場の「みくりやそば」(500円)と「みくりやうどん」(500円)がお勧めのメニューのようです。ちなみに、みくりや(御厨)とは神の台所を意味しますが、ここでは御殿場地方の古い地名(明治22年の合併で誕生した御厨町、現在の御殿場市)を指すようです。

富士山の景色と温泉を2度も楽しんだあとはゆっくり休憩すろことにしました。そして、都合2時間あまり滞在したあと、走りなれた東名高速道路を利用して帰路へ。久しぶりに足柄街道のドライブを楽しむとともに、私の予知眼(よちがん)が健在であることを確かめることができた楽しい1日になりました。

<同行者のコメント> 以前行ったことがある場所へまた出かけるという旦那様にはあきれました。でも今回は雪の中でなかったことが良かったと思います。はじめて訪れた日帰り温泉はお湯がなめらかで、しかも浴槽から富士山が真正面に見えたこともうれしいことでした。そういえば、これまで富士山を見に出かけた時に曇っていると、雲間から顔を出してほしいと祈祷師(きとうし)さんみたいに祈っていましたね。

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2013年7月 3日 (水)

続・奥の細道疑紀行(最終回) 割烹温泉「上越の湯」

直江津の宿を出立(しゅったつ)した芭蕉は高田に2泊したあと直江津に戻って五智国分寺居多(こた)神社に参拝し、そして日本海沿いに歩いて名立(なだち)を経て富山県境に近い糸魚川(いといがわ)へ向いました。一方、私たちの「奥の細道」を辿(たど)る今回のドライブ旅は上越市が終着点です。上信越自動車道の上越高田ICに入って約300km走れば自宅に帰着できますが、長旅の疲れを癒(いや)すため芭蕉のルートに倣(なら)って直江津方面に戻ることにしました。

2013_05010661 国道18号(上新バイパス)に入って北陸自動車道の上越ICにほど近い割烹(かっぽう)温泉「上越の湯」に到着しました。バイパス道路が開通した田園地帯に平成6年(1994年)11月にオープンした大規模複合施設「上越ウイング・マーケットセンター」(45,000坪の土地面積と11000坪の売り場面積)の一角にありました。 

2013_05010665 2011年2月に経営が変わって再オープンした日帰り温泉「上越の湯」は24時間・年中無休営業で、平日料金の大人600円(3時間利用は300円)には岩盤浴の利用も含まれています。なお、館内着・タオルセットは別料金(500円)や宿泊パック(朝食付き)は平日料金が3500円のようです。 

2013_05010666 脱衣場には大型のロッカーが並んでいて使いやすい。
 
 
 
 
 

浴室に入ると薄暗い照明に大浴場・ジャグジー・寝風呂・露天風呂・座り湯など多彩な浴槽が並んでいて、温泉を楽しむためには良いのですが、インテリアデザインがいまひとつで楽しさは中位(ちゅうくらい)です。東屋(あずまや)がある露天風呂は壁際にあるため窮屈(きゅうくつ)に感じました。しかし、高温サウナ・低温備長炭(びんちょうたん)サウナ・ブラックシリカ岩盤浴の3種類がありサウナ好きに向いています。

淡黄緑色(透明)である温泉の泉質はナトリウム-塩化物・炭酸水素温泉(低拡張アルカリ性低温水)で、25.3度の源泉が約42度に加温されています。弱アルカリ性ですから肌に柔らかい湯でした。

2013_05010664 窓がないため全体的に薄暗く、広いロビーにはリラクゼーション、韓国式あかすりエステ、韓流ほぐし処など各種のボディケアのサービスに加えて、食事処が3か所もあることで「割烹温泉」と珍しい呼び方をしているのでしょう。私にはスーパー銭湯というよりも昔のヘルスセンターの趣(おもむき)が感じられました。

なかでも珍しいと思ったのは個室レンタルルーム(料金は800円/時間)が50室ほど並んでいたことです。テレビや寝具なども備えられていて休憩だけでなく宿泊にも利用できるようです。

2013_05010663 フロント脇の広い休憩コーナーで30分ほど身体のほてりを冷ましました。フードコーナーもあってのんびりできる場所です。休憩だけであればリクライニングシートがあるリラックス室、またはごろ寝コーナーが良いでしょう。   
 
 

2013_05010667 「上越の湯」の建物を出た同行者は車に戻る途中に犬を見つけて駆(か)け寄りました。 
 
 
 
 

2013_05010671 「湯~太郎」という名の犬でした。
 
 
 
 
 

2013_05010668 金網で囲まれた犬小屋は細長くて、「湯~太郎」は人影を見ると短距離ダッシュのように犬小屋内を往復しています。よくみるとパットゴルフ場であった施設を犬小屋に流用しているようです。 
 
 

2013_05010675 雨はほぼ止(や)んだようですから出発することにします。上越ICから北陸自動車道に入りました。約4km先にある上越JCTで上信越自動車道にそれました。直進すると芭蕉が向かった名立・富山方面です。
 
 

2013_05010680 山間(やまあい)に入った上信越自動車は上越高田ICを通過し、妙高(みょうこう)高原を越えると、信州中野IC(147km付近)に差し掛かりました。3年半前に北信濃のドライブ旅をした時に利用したICです。先ほどまでの曇天はすっかり青空に変わっていました。   
 

2013_05010683_3須坂長野東ICを過ぎた長い下り坂を走りながら信州の景色を楽しみました。
 
 
 
 

2013_05010684 「131.1kmポスト」の電光表示板には都内で10kmの渋滞が発生したことを表示されています。
 
 
 
 

2013_05010685 長野ICを通過します。北信濃のドライブ旅で帰路に着いた時を思い出しました。
 
 
 
 

2013_05010686 更埴(こうしょく)JCTで上信越自動車道は左にカーブします。夕日がまぶしく逆光写真になってしまいました。
 
 
 
 

2013_05010689 坂城(さかき)ICに差し掛かると日がかなり傾いてきたことが分かります。
 
 
 
 

2013_05010690 上田菅平ICも順調に通過。3年前に日本ロマンチック街道をドライブした時にこの近くを通過しています。 
 
 
 
 

2013_05010692 東部湯の丸ICを過ぎた場所からみる雲は赤く染まっています。
 
 
 
 

2013_05010698 佐久小諸JCTに差し掛かりました。ここは直進します。ちなみに、中部横断自動車道はまだ一部区間しか開通していませんが、将来は新東名高速道路の新清水JCTまで伸びるそうです。 
 
 

八風山トンネルで長野県と群馬県の県境を越えると日がとっぷり暮れていましたので、写真撮影は止めて、運転に専念することにしました。急な下り坂を一気に走って松井田妙義IC・下仁田IC・富岡IC・吉井ICを通過すると上信越自動車道の東端に位置する藤岡PAに到着。このPAには藤岡ICとハイウェイオアシスららん藤岡(道の駅ふじおか)が併設されていて、関越自動車道に入る藤岡JCTは目と鼻の先ですから、ここで休憩を兼ねた夕食にすることにしました。長い導入路は伊勢湾岸道路の刈谷ハイウェイオアシスと似ています。

到着したのが午後7時を少し回ったところで、ほとんどの店が閉まっていました。やっと見つけた派手な外装の「東京とんこつラーメン翔(しょう)」に恐(おそ)る恐る入りました。トンコツ・味噌・醤油の3種あるなかから同行者の意見をいれて味噌ねぎらーめん(780円)と焼きギョーザ(330円)を注文しました。

2013_05010703 味噌ねぎらーめんは中太縮れ麺に、チャーシュー、メンマ、ネギ、海苔(のり)がトッピングされています。スープはしつこさのない豚骨ベースで、チャーシューは柔らかく美味しいのは良いのですが、麺が柔らかくてスープの味も店構えの割には平凡でした。店名に「東京」とあるのは江戸味噌を使っているからなのでしょう。 

2013_05010704 焼きギョーザは小振りですが、その味はまずまずでした。つまり、飛び込みで入ったラーメン店としてはいずれのメニューも及第点(きゅうだいてん)だったと思います。 
 
 
 

藤岡JCTから走りなれた関越自動車道に入ると、所々で車の輻輳(ふくそう)はありましたが、終点の練馬ICまでほぼ順調に走行できました。しかし、環状8号は夜半になっても混んでいて・・。それはさておき、山形県・秋田県(南端)・新潟県を巡(めぐ)る今回のドライブ旅は、下調べを十分行ったことで、予定したスポットをほぼ計画通りに回ることができました。ちなみに、総走行距離は約1380km、平均燃費は23.0km/リットルでした。

<同行者のコメント> 高田を訪れるとは知りませんでした。昼食を食べた藤作のご主人に高田の見どころを説明していただいたことで、高田バテンレースの店に寄ることができたのはとてもうれしかったです。でも、旦那様に誘われるまま春日山城の本丸跡と天守閣跡まで登ったところ、思いのほか大変な山登りですごく疲れましたが、最後に温泉へゆっくり入ったことで生き返りました。

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2013年6月22日 (土)

続・奥の細道疑紀行 柏崎市から上越市へ

2013_05010499 国道352号に入って刈羽(かりわ)村に差し掛かりました。刈羽砂丘がある村ですが、現在は柏崎刈羽原子力発電所が注目されています。しかし、写真を撮るのは憚(はばか)れますので、その敷地を迂回するように曲がる国道352号を走り抜けて柏崎(かしわざき)駅に立ち寄ると、駅前にモニュメント「四季の波」 がありました。

2013_05010500 そのまま国道8号に出て赤坂山公園(市立博物館前)の脇を通過する頃には木立の先に大きく傾いた夕日が隠(かく)れてしまいました。
 
 
 

2013_05010501 鯨波(くじらなみ)海岸に出ると日没(にちぼつ)が近いことが分かります。右手から合流するのが旧北国街道のようです。 
 
 
 

2013_05010502 右前方に米山福浦八景県立自然公園が見えました。柏崎市にある美しい景観の「だるま岩」「聖が鼻」「御野立公園」「番神岬」「鴎が鼻」「松が崎」「猩々洞」、そして「牛が首層内褶曲」の8つをまとめて米山福浦八景と呼ぶそうです。 
 

2013_05010503 北陸自動車道米山ICへの入口を通過しました。米山(標高993m)は信仰の山で三階節(さんがいぶし)に♪米山さんから雲が出た 今に夕立がくるやら♪と歌われています。ちなみに、米山町にはかって北国街道の蜂崎関所と蜂崎宿があり、芭蕉は「たわら屋」に宿泊しています。
   

2013_05010504 芭蕉ケ丘トンネルに入ります。芭蕉と何か関係があるかと思って調べましたが・・。芭蕉が歩いたと思われる旧道は海側へ大きく迂回(うかい)していますから、国道8号は遥(はる)かに走りやすくなりました。 
 
 

2013_05010506 米山トンネルを通過します。こちらも芭蕉ヶ丘トンネルと同様です。 
 
 
 
 

2013_05010510 上越市に入って北国街道の宿場であった柿崎を過ぎる頃には日没(にちぼつ)が迫(せま)っていました。
 
 
 
 

2013_05010528 上越市での宿泊先に選んだ「鵜(う)の浜ニューホテル」には午後6時過ぎに到着しました。日本海の雁子浜(がんごはま)を望む頚城(くびき)砂丘の高台に位置する松林に囲まれた閑静な雰囲気です。その昔、「鵜の池」の近くに鵜の長者が住んでいたという縁起の良い伝説から「鵜の浜」と名付けられたそうです。

2013_05010511 エントランスは夜の佇(たたず)まいです。
 
 
 
 
 

2013_05010524 部屋から海浜の松林を見ていると、旅行前に知ったこの地に伝わる人魚伝説を思い出しました。佐渡ヶ島の娘と雁子浜の若者との悲恋物語です。 
 
 
 

2013_05010513 チェックインが予定より約1時間も遅れたため、温泉に入る前に部屋で夕食をとることにしました。日本海の海の幸をや季節の素材を用いた揚げ物など多彩な内容ですが、ボリュームが控えめで私にはほど良いものでした。
 
 

2013_05010515 後から出された魚料理は酒をたっぷり呑(の)んだためかピンボケ写真に・・。 
 
 
 
 

2013_05010517 食後の休憩を少し取ったあとに風呂へ向いました。小振りな脱衣場は清潔感があります。
 
 
 
 

2013_05010522 内湯の「鵜の湯」は「鵜の浜温泉五号井戸」という源泉のお湯が掛け流しになっています。泉質はナトリウム-塩化物泉(弱アルカリ高張性低温泉)。ちなみに、手前に見えるのはバイブラ風呂(ジャグジー)で、奥のドアは露天エリアへの通路です。 
 

2013_05010523右手にあるサウナも小振り 
 
 
 
 
 

2013_05010526 明かり取りのある半露天風呂「銀河の湯」にもゆったりと入りました。昭和33年に石油の資源開発中に湧出したこの源泉は弱アルカリ性ですから肌にしっとりと馴染(なじ)むようで良く温(あたた)まります。
   
 

2013_05010527 翌朝になって露天風呂の天井(てんじょう)を改(あらた)めて確認すると透明でカマボコ型をしていました。(続く)

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2013年5月29日 (水)

続・奥の細道疑紀行 鶴岡市における藤沢周平縁の地を巡る(湯田川温泉)

2013_05010258 湯田川街道は南西方向へ伸びていました。青龍寺川を渡り、山形自動車道を潜って国道345号に入り、鶴岡高専を過ぎると湯田川温泉街です。湯田川郵便局を目印に左折して由豆佐売神社(ゆずさめじんじゃ)の場所を探しました。この珍しい(読みにくい)名前の神社は出湯と水の神様だそうです。 

2013_05010259 右手に『映画「たそがれ清兵衛」によせて』と題した撮影記念碑を見つけました。『藤沢周平氏の代表作「たそがれ清兵衛」が山田洋次監督によって映画化された時のロケ地の一つであることと、湯田川地域の住民がお祭りのシーンでエキストラとして数多く出演したこと』が説明されています。その記念写真が目に留まりました。

2013_05010260 高校の演劇部に在籍した半世紀前のことですが、市のホール行われた公演後に同様の写真を撮影してもらったことを思い出したのです。それはさて置き、石段の参道には県指定天然記念物の乳イチョウの巨木がそびえ立っていました。根の一種である気根が乳房のように多数垂(た)れ下がることからこの名があるようです。 

参考として映画「たそがれ清兵衛」のストーリーを説明します。時代は幕末の頃、庄内・海坂藩の御蔵役五十石取りの平侍である井口清兵衛は妻を労咳(ろいがい、結核)で亡くしたばかりでしたが、二人の幼い娘と老母がいます。妻の薬代を借金したため生活は苦しく、下城の太鼓が鳴ると同僚の付き合いなど一切を断って帰り、家事と内職に励でいるため「たそがれ清兵衛」と渾名(あだな)されています。そして、清兵衛は剣の達人であることを買われ、切腹を拒否した藩士を藩命(上意討ち)で切ることになりますが・・・。

後半は原作の短編小説とは大きく異なります。それは他作品のストーリーを加えたためですが、一番印象に残ったのは主人公(真田真之さん)が幼馴染(おさななじみ)で清兵衛の後妻にとの縁談話があった飯沼朋江(宮沢りえさん)に身支度の手伝いをして貰っているシーンで、二人とも余計な言葉は一切口に出さないのです。そのあと二人は簡単な別れの言葉を交わします。映画「武士の一文(いちぶん)」で初めて知った庄内弁の美しさもこの映画の魅力でした。ちなみに、「武士の一文」とは武士が命をかけて守らなければならない名誉や面目の意味だそうです

2013_05010261 この映画とは関係ありませんが、すぐ近くの長福寺では枝垂桜(しだれざくら)が綺麗(きれい)に咲き誇(ほこ)っていました。 
 
 
 

2013_05010274 次いで湯田川小学校へ向うと、正門脇に黒い石碑が立っていました。
 
 
 
 

2013_05010275 「藤沢周平先生記念碑」に並ぶ案内板には『昭和24年に藤沢周平氏(本名小菅留治)が山形師範学校を卒業して、新任教師として湯田川中学校(同小学校に併設されていた)に赴任して肺結核の療養生活に入るまでの2年間過ごした場所です。教え子達が平成8年に建立した記念碑である』と説明されています。 

2013_05010272 温泉街に戻りました。1000年以上の歴史があると伝えられる湯田川温泉は豊富な湧出量(毎分約1000リットルと)を誇る硫酸塩泉(旧泉質名:含石膏芒硝泉)であることから庄内三名湯のひとつに数えられ、立派な旅館が何軒も立ち並んでいます。偶然ですが、出立するお客の車を見送る女将(おかみ)さんが写っていました。

2013_05010273 その旅館の近くにある足湯「しらさぎの湯」(平成18年にオープン)を利用する人たちがいました。ちなみに、「白鷺の湯」は湯田川温泉の古い呼び名のようです。
 
 
 

2013_05010262 その横に藤沢周平氏の短編小説「花のあと 以登女お物語」も湯田川が湯治場として紹介されたことが説明されていました。
 
 
 

この小説も「花のあと」の題名で2010年に映画化されています。満開の桜の下で以登(いと、北川景子さん)は剣道場の高弟である江口孫四郎(甲本雅裕さん)から声を掛けられた。父から剣の手ほどきを受けていた以登(北川景子さん)は孫四郎との手合わせを父に懇願(こんがん)して叶(かな)えられる。そして孫四郎への強い思いに気付くが、家が決めた許婚(いいなづけ)がいる以登は諦(あきら)めざるを得ない。その数ヵ月後に孫四郎は藩の重役の卑劣(ひれつな)な罠(わな)にかかって自死(じし)することになる。事件の真相を知った以登は孫四郎の無念を晴らすために剣を取るが・・。

2013_05010263 足湯の向かい側に立ち寄り湯に選んだ共同浴場「正面の湯」があります。
 
 
 
 

2013_05010271 『全国的に見ても屈指の新湯注入率を誇る「天然かけ流し」温泉。加水・加温・循環を全くしていない極めて純粋な天然温泉である』と説明され、共同浴場は湯の供給量が群を抜いていることがグラフで示されています。
 
 

2013_05010270 利用方法が分からずまごまごしている時に掃除をし終えたと思われる女性が外に出て来ましたので教えていただきました。近くの商店の女将さんのでもあるようで、その駐車場を使っても良いと親切にしてくださいました。利用料金は200円と超激安です。
 

2013_05010267 入口はセキュリティのあるオフィスのようにカードキーになっていました。ですから来訪者は利用券を購入した上で、ドアを開けてもらう必要がありました。おそらく地元の人はカードキーを持っているのでしょう。
 
 

2013_05010266 脱衣場は共同浴場らしく至(いた)って簡素です。
 
 
 
 
 

2013_05010268 泉質はナトリウム・カルシウム・硫酸塩温泉でかけ流し、加水と加温はしていないと単純明快。無色透明・無味無臭の湯ですが、ナトリウム分を多く含んでいるため、血圧を下げ、痛みを和らげる鎮静作用があるそうです。別の説明書きには、源泉名は湯田川1号源泉、源泉の温度42.6度、供用場所での温度40.0度とありました。 

2013_05010264 浴室もシンプルな造りです。浴槽は思ったよりも深いので慣れないと入りにくいのですが、一旦入れば湯が肌に心地よく昼前だと言うのに長湯になってしまいました。(ガラスの曇りを利用して撮影)
 
 

2013_05010276 湯田川温泉から鶴岡市の中心部に戻る途中、右前方に冠雪した出羽富士とも呼ばれる鳥海山(標高2236m)が見えました。
 
 
 

2013_05010277 国道345号を走っている時に金峯山(きんぽうざん、標高471m)と思われる山の上空に不思議なものを発見しました。虹(にじ)のようにも見えますがほぼ横一直線で円弧(えんこ)を描(えが)いていないのです。
 
 

金峯山の麓(高坂集落)には藤沢周平氏の生家があるはずだと思いながら写真を撮っている私に同行者が言ったことは、「私、テレビで観(み)たから知ってるわ。彩雲(さいうん)って言うのよ」でした。予期しない展開に内心(ないしん)驚いた私が後で調べると、雲の水滴による光の回折で生じる環水平(かんすいへい)アークとも呼ばれる珍しい自然現象でした。決して超常現象ではありません。(続く)

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2013年5月19日 (日)

続・奥の細道疑紀行 羽黒山温泉「やまぶし温泉ゆぽか」から鶴岡市の宿泊地へ

2013_05010177_2 鶴岡市役所羽黒庁舎の少し先にある羽黒山温泉「やまぶし温泉ゆぽかに立ち寄りました。出羽三山を模(も)した外観の公営温泉です。
 
 
 

2013_05010181_2 ロビーに入って右手の券売機で利用券(400円)を購入しました。ホールは吹き抜けになっていて開放感と清潔感がありますが、左手にある売店が迫(せ)り出しているためやや雑然とした印象を与えることは残念です。
 
 

2013_05010178_2銀行の受付のように綺麗なカウンターに利用券を出して奥へ進むと、庄内映画村のスタンドの両脇に男湯と女湯の入口がありました。右手には食事処と休憩室などがあるようです。
 
 

脱衣場がやや 浴室は淡い水色のタイル張りで、大きなガラス窓の前に横に長い浴槽がありました。気泡風呂とジェットバスの機能も浴槽に備え付けられています。明るく清潔な印象があります。羽黒町源泉の泉質はナトリウム・カルシウム・塩化物泉(pH=7.5)、源泉の温度は71.1度(使用場所の温度53.2度)、溶孫物質総量は13,910mg/kg、但し書きには井戸水の加水・循環ろ過・塩素系薬剤使用があると表示されています。

露天風呂は東屋のある岩風呂です。目隠しの塀が高いのは残念ですが、それでも広い青空が広がっていて、4月下旬の涼しい風が肌に心地よい。熱めのお湯をなめるとショッパイ味がしました。つい長風呂になってしまい身体のほてりがしばらく残りました。湯上がりの同行者はコーヒー牛乳を飲んだ後は土産物の品定めを始めました。

2013_05010183_2 県道47号を西へ進むと鶴岡市役所の前に出ました。
 
 
 
 
 

2013_05010182_2 県道の反対側(南側)には庄内藩校致道館があります。
 
 
 
 
 

2013_05010184_2 鶴ヶ丘城跡(鶴岡公園)を横切る県道47号沿いには桜並木が続きます。翌日が好天になることを願いながらこの日の宿泊先へ向いました。
 
 
 

2013_05010186_2 今回鶴岡市で選んだのは市街地の西部(山形自動車道鶴岡ICの近く)にあるホテルイン鶴岡、車での移動が便利であることと朝食バイキングに人気があると聞いたからです。それに新しいビジネスホテルですから、部屋の狭さを気にしなければ、宿泊料金が信じられないほど安いことも魅力でした。 

2013_05010187_2 大浴場もあるようですが温泉を楽しんだばかりですから夕食時間まで最上階の部屋で過ごしました。ちょうど夕陽が沈むところでした。
 
 
 

2013_05010188_2 連休のため宿泊客が多くてやや遅めの夕食になりました。通常は朝食だけの宿泊プランを選びますが、この日は軽めの夕食「選べる温か鍋セット」付プランにしました。
 
 
 

2013_05010190_2 鍋は「キムチ鍋」「鶏の水炊き」「寄せ鍋」から好みによって選べますから、私は「具沢山(ぐだくさん)な寄せ鍋」にしました。 
 
 
 

2013_05010191_2 辛いものが好きな同行者は「キムチ鍋」を注文しました。いずれの鍋もほど良いボリュームと味に二人とも満足。 
 
 
 
 

2013_05010192_2 朝が早かったため、夕食後はアルコール燃料を補給して、早めに就寝しました。翌朝目覚めると雲ひとつ無い快晴! 晴れ男の面目躍如(めんもくやくじょ)です。気を良くした私はいつものように散歩に出かけました。 
 
 

2013_05010193_2近くにある「空(くう)にかける階段広場緑地」でシンボルモニュメントの「空にかける階段」を見かけました。地元鶴岡市出身の富樫実(とがしみのる)氏が2001年に製作した作品の高さはちょうど20mもあるそうです。 
 
 

2013_05010196_2基部の写真で分かるように塗装されていません。コールテン鋼と呼ばれる耐候性鋼材が使われて、表面の錆(さび)が保護膜となり内部まで腐食しないそうです。
   
 
 

2013_05010195_2そして時間が経過すると現在の茶褐色から暗褐色に変化するようです。 
 
 
 
 

2013_05010200_2同じ緑地内にはイスとテーブルが数え切れないほど並んでいます。これも富樫実氏の作品「ストリートファーニチャー(彫刻ベンチ)」(2002年)で、火山岩の一種である「六方石」が使われていました。溶岩が冷却する過程で柱状節理と呼ばれる縦方向の割れ目(5-6角形)が生じて出来たものです。 

2013_05010201_2 川越にある「時の鐘」のようなものが見えますので、国道7号(三川バイパス)を横断してその場所へ行ってみることにしました。 
 
 
 

2013_05010202_2 その右手に回り込むと庄内観光物産館の火の見櫓(やぐら)でした。軽い散歩をしたあとは朝食バイキングに期待してホテルへ戻りました。
 
 
 

今回のドライブ旅はまだ初日が終ったところですが、ここで小休止することにして、数日後にこの続きを投稿したいと思います。 

<同行者のコメント> ずいぶん長い距離を走りました。おしんがイカダに乗った場所、変わった建物のおそば屋さん、そして雪がまだ残る羽黒山など、旦那様の旅行メニューはいつものように盛りだくさんです。気がつくと日本海側の町に着きました。居酒屋さんに入ったのはこれが初めての経験でした。(続く)

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2013年5月 6日 (月)

横須賀へのドライブ旅 横須賀温泉「湯楽の里」

2013_04150202 三笠桟橋近くの駐車場を出発して「うみまぜ公園」と「海辺つり公園」の脇を抜け、椰子(やし)の並木が続く国道16号で馬堀海岸を目指して走りました。
 
 
 

2013_04150203 横浜横須賀道路の馬掘海岸ICを過ぎた最初の馬掘海岸四丁目東交差点を右折して広い駐車場に入りました。横断歩道と簡素な門の先に「湯楽(ゆら)の里」の入口と三浦野菜を販売する湯楽市場(左手の建物)があります。ちなみに、名前が似ている川崎市の溝口温泉「喜楽里(きらり)」とは姉妹店です。

2013_04150205 入口の脇にある「馬掘の由来」を紹介する看板に洗足池公園で銅像を見た名馬「名月」が主役として登場することは意外でした。
 
 
 

2013_04150214 平日の利用料金は大人1000円。内部の雰囲気は「喜楽里」と似ており、2階に女湯と男湯が並んでいました。
 
 
 
 

2013_04150213 男湯の入口脇にベンチがあります。これは待ち合わせ用でしょう。
 
 
 
 

2013_04150215 この温泉の売りは何と言っても展望風呂です。泉質はナトリウム-塩化物強塩泉(高張性・中性・高温泉)、泉温44.9度、湧出量150L/分。
 
   
 

2013_04150206 脱衣場は落ち着いた印象があり、内湯は白湯の浴槽が2つと水風呂、そして塩サウナと高温サウナがコンパクトに配置されています。
 
 
 

2013_04150208 実際の展望風呂は葦簀(よしず)の目隠しが海を遮(さえぎ)っていますが、それなりに良い景色を楽しめます。湯の色は茶褐色で、塩っぱい味がしました。 
 
 
 

2013_04150216 1階にある仮眠ができる「お休み処」には目隠しつきのマットレスが左右に並んでいました。
 
 
 
 

2013_04150224 海を眺(なが)めることができる「お休み処」から、
 
 
 
 
 

2013_04150217 国道16号越しに東京湾が見えました。防波堤に20番と表示されているのは横須賀市港湾部が企画した「うみかぜ画廊」の20番目(最後)の作品「海と変遷」(防衛大学校美術部)です。 
 
 

2013_04150221 少しズームアップすると第一海堡(かいほ)が大きく見えました。水深約5mの場所を埋め立てて1890年(明治23年)に竣工した要塞(ようさい)です。
 
 
 

2013_04150222 少し左手には1914年(大正3年)に竣工した第二海堡が確認できますが、護岸改良工事が行われているようです。現在はいずれの海堡も上陸することが出来なくなったことは残念です。   
 
 

第二海堡のさらに左にあった第三海堡(水深39mの場所に建設)は完成した2年後の大正12年に発生した関東大震災で崩壊(ほうかい)して暗礁(あんしょう)化していましたが、2007年(平成19年)に撤去されたために見ることは出来ません。しかし1200トンもあるコンクリート製の大型兵舎は引き上げられて先ほど通過した「うみかぜ公園」の一角に常設展示されているそうです。

2013_04150223先ほどまでいた猿島は間近です。
 
 
 
 
 

2013_04150220同じ1階には岩盤浴の「温熱房」もありました。 
 
 
 
 
 

2013_04150225_2 午後5時を過ぎましたのでお休み処からお食事処へ移動しました。私は久しぶりに広東麺(730円)を選びました。具沢山でとろみのあるスープに絡んだ麺は期待通りの美味しさです。 
 
 

2013_04150226 同行者は手作り寄せ豆腐御前(1180円)を注文。多彩な品目が控え目のボリュームで組み合わされた女性好みのメニューです。よほどお腹が空いていたのか私が写真を撮る前に半分近くが消えてしまい、もはや原形をとどめていません。 
 

2013_04150229 そこで、食べる前の姿を紹介するためにレストランの入口にある食品サンプルの写真を撮りました。
 
 
 
 

2013_04150232 食事を終えた同行者はお土産コーナーで横須賀黒船来航「カレーせんべい」を手に取っています。
 
 
 
 

2013_04150233 「湯楽の里」の駐車場を出て馬掘海岸インター交差点から横浜横須賀道路に入った頃には日が傾いていました。事故が発生し易い時間帯であり、しかも佐原ICまでは対面通行ですから、十分注意しながら走ることに。
 
 

2013_04150235 佐原本線料金所(佐原IC)を通過して片側2車線になった横浜横須賀道路を横浜方面へ快調に走りました。
   
 
 
 

<同行者のコメント> 同じ日に船に3回も乗るなんて珍しいことです。旦那さまが旅行プランを細かく計画していたようで順調な横須賀めぐりになりました。最後に温泉で温まったあと、ゆっくり休憩できたことも良かったです。見覚えのある景色だと思えば2年前に観音崎へドライブした時に通った場所でした。

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2013年4月 7日 (日)

池尻大橋を散策 文化浴泉

屋外のテーブル席に腰掛(こしか)けていると寒さが身に沁(し)みるため、時間調整を兼(かね)ねて大橋図書館に避難(ひなん)することにしました。「オーパス夢ひろば」に面したエレベーターで上がった「目黒天空庭園」を経由して向った大橋図書館と同じ9階フロアで「大橋の歴史展示(今昔)」が開催されていたので、先に覗(のぞ)いて見ました。いろいろ工夫(くふう)されたパネル展示を興味深く見て回りました。
 
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図書館へ移動する時に何気なく外を見ると、朝方は入場できなかった「おおはし里の杜(もり)」に人の姿が多数確認できました。ゲートが開けられたようです。
 
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小さな池のような水田が2つ並んでいます。
 
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「おおはし 里の杜(もり)」の急な階段を上ります。
 
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小川のせせらぎが再現されています。
 
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大橋JCTへの入口を反対側から確認できます。
 
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大橋図書館で2時間ほど暇(ひま)を潰(つぶ)したあと、クロスエアタワーのエレベーターに乗って地上階まで降りて外へ出ると、目の前に中央環状品川線の工事現場がありました。大橋JCTから品川区の大井JCTまでの区間の工事が今年度中に完了して中央環状線が全区間開通するそうです。
 
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目黒川を渡って目黒川右岸を玉川通り(国道246号)方面へ歩きました。昔(昭和30年代後半でも)、友禅(ゆうぜん)流しがこの川で行われていたことがカラー写真入りで説明されています。
 
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最初の路地に入ってマンション「エクセル東山」の1階(道路が傾斜しているために半地下)にある「文化浴泉」(ぶんかよくせん)に立ち寄りました。
 
2013_03310165
 

最近改装された入口を入ると下駄箱の鍵が昔懐かしい木製であることを見て感激!
 
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ロビーは思ったよりも広く、落ち着いた雰囲気です。営業時間は15時半から25時(日曜日は8時から12時まで早朝も営業)。銭湯ですから入浴料はもちろん450円。男性は下駄箱の鍵とロッカーの鍵を交換する必要がありました。
 
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フロント脇に浴室への入口があります。ロビーの壁面には貸しロッカーが50カ所も並んでいて常連客には便利でしょう。
 
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脱衣所も木目をベースにしたインテリアデザインです。マンションの1階にあるため太い柱と梁(はり)を木製に見せる工夫がありました。同様に木目が配(あしら)われたロッカーは真四角なものが39個、縦長のものが12個もあり十分な数量ですが、番号表示には数字ではなく「ひらがな」が使われているのも珍しいと思います。残念ながら手振れ写真になってしまいました。
 
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高い天井(てんじょう)を見上げると中央に鳳凰(ほうおう)のような鳥が描(えが)かれています。
 
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浴室にはカラン(蛇口)が向かい合わせで18個も並ぶ洗い場の奥に浴槽が2つ並んでいます。横長の浴槽を仕切って2つにしたと言うべきかもしれませんが・・。
 
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左側が薬湯「宝寿湯」(日曜日以外は細かい泡で白く見えるというナノ風呂)、右側が軟水(なんすい)を利用した泡風呂で、座風呂とボディーマッサージ風呂がコンパクトにまとまっています。右手前にあるサウナは別料金(300円)です。左手前には水風呂もありますがサウナを利用しないのでパスしました。浴槽側のタイル張りされた壁には銭湯には珍しく丸い縁(ふち)取りの中に赤富士が描(えが)かれています。同湯のhpによれば日本初のペンキ絵とのこと。文化浴泉にはユニークな趣向(しゅこう)が一杯ですが、嫌味(いやみ)が無く好感が持てます。長時間歩いたこともあって宝寿湯と泡風呂(湯の温度はいずれも約42度)が気持ち良くて長湯になりました。

目に留(と)まったプラスチック製の湯桶(ゆおけ)は、映画「テルマエ・ロマエ」にも登場した定番のケロリン桶ではなく、「文化浴泉」と表記されていることが意外でした。ちなみに、「テルマエ・ロマエ」とはラテン語で「ローマの浴場」の意味。そう言えば今年1月にメーカーが事業を取りやめたため存続が懸念されていたケロリン桶をスポンサーで鎮痛剤ケロリンを販売する内外薬品が代わって販売することになったことは銭湯好きにとっての朗報(ろうほう)です。

同じ目黒区東山3丁目には7年前の記事で紹介した大江戸東山温泉がありましたが、その年の12月に閉鎖されてしまいました。(写真は2006年4月1日に撮影)
 
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その時のことを思い出しながら大江戸東山温泉があった場所へ行ってみると、建物はすでに取り壊(こわ)されて、新しい建築工事が始まっていました。
 
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「池尻大橋を散策」のタイトルにもかかわらず大橋を中心に東隣の青葉台と南隣の東山(いずれも目黒区)および世田谷区池尻2丁目にある池尻大橋駅(東口)付近を紹介するに留(とど)まりました。玉川通り(国道246号)に広がる池尻3丁目と4丁目については北沢川緑道の記事で紹介しましたので興味がある方はお読み下さい。

<同行者のコメント> 前回訪れた蒲田での失敗に懲(こ)りたのか旦那さまは詳しく調べていたようで、まごつぐことはまったくありませんでした。そのため時間にも余裕があって、お花見をたっぷり楽しめました。そして、お蕎麦屋さんがとても良い雰囲気で、もちろんお蕎麦は美味しかったです。最後に立ち寄った綺麗(きれい)な銭湯で冷えた体をホカホカに温めたまま帰宅する大満足の一日になりました。(終)

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2013年3月26日 (火)

桜・橋・温泉を巡る城南ドライブ 蒲田の黒湯温泉

駐車場を出て東京ゲートブリッジを逆方向へ走りました。今回もスケジュール通りに進捗しています。若洲ゴルフリンクス(7番ホール)からの流れ玉(ボール)用防護ネット・トンネルを通過して東京ゲートブリッジのアプローチ橋区間へ向いました。
 
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東京ゲートブリッジは逆方向に走行してもまったく同じに見えます。
 
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東京ゲートブリッジを渡り終える頃に前方に渋滞が発生しているのが見えました。中防昇降施設から中央防波堤外側馬立地を見た時には渋滞は確認できません出したから、つい先ほど事故でも発生したのかもしれません。しかし、中央防波堤外側埋立地の東京港臨海道路は西端の交差点(青海やお台場へ向う第二航路海底トンネル方面)まで逃れる術(すべ)はありません。ここは、じっと我慢(がまん)するしかありません。
 
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若洲公園の駐車場から東京港臨海公園に入ってから約1時間15分が経過して、やっとその交差点が近づきました。距離は4kmほどですから平均時速は3.2km/hと歩く速さよりもずっと遅いペースです。前方には何と、『トンネル通行止め』の表示板を載せたトラックが停まっていて、車線が1車線に規制されていました。臨海副都心(青海エリア)を経由するしかなさそうです。
 
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コンテナが堆(うずたか)く積まれたエリアをノロノロ運転で通過します。
 
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いよいよ右折地点ですが、『工事中につき右折禁止』と朱書きされた立て看板とともに、側道を経由してお台場へ行くように表示されています。左側にも『お台場方面直進』の立て看板が。そして対面通行になっていました。
 
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直ぐ先で側道(お台場方面)と直進するルート(城南島方面)が分かれました。城南島へ行けるようです。私の頭が混乱しましたが、ここは直進すべきだと判断しました。当然ですが、トンネルの中も対面通行になっています。路面に大きく表示された矢印が目に入りましたが、ハンドルを握り締めて、あくまでも直進します。
 
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速度の出し過ぎに注意しながら、やっと臨海トンネルを抜けました。約6km走行するために1時間30分も掛かってしまった勘定(かんじょう)です。ゆっくり歩く速度にまで少し改善!
 
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海南島から城南大橋を渡った大田市場前交差点で信号待ちしている間に、大田市場の入口前に立つ『天と地を結ぶ』と表示されたモニュメントが目に入りました。私には結び目というよりも太いロープに何かがからまったように見えます。現在公開されている米国映画『ジャックと天空の巨人』(「ジャックと豆の木」をベースにした冒険映画)を連想しました。
 
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環状七号線(都道318号)に入り、大森東交差点を左折して第一京浜(国道15号)を南下、蒲田(かまた)方面へ向いました。京急蒲田駅手前の東蒲田二丁目交差点を右折してJR蒲田駅東口方面へと進み、蒲田五丁目交差点付のコインパーキングに駐車。蒲田五丁目交差点を渡ったケンタッキーフライドチキン脇の路地を入りましたが、お目当ての「さしみや五坪」は閉まっています。「鯛ラーメン」と「海鮮丼」が安く食べられると聞いて訪れたのですが・・。実は日曜日の他に祝日も定休日でした。

そこで再び交差点の向かい側にある「餃子の王将」に入ることにしました。名前は良く知っているチェーン店ですが、今まで利用したことが無かったのです。
 
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同行者の希望で「揚(あ)げそば」(固焼きそば、577円)と餃子(ぎょうざ、231円)を注文、2人でシェアすることに。
 
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いずれも期待通りの美味しさでした。撮影する前に、少し摘(つま)んでしまいましたから、配膳(はいぜん)された時より量が減っています。
 
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呑川(のみかわ)沿いの路地を歩いて最初の橋を渡ると正面に茶色いマンション「コンフォールコート」が有りました。屋上に「ゆ」の看板があります。「ゆ~シティ蒲田」の2階入口へ向おうとすると、同行者が「ここに来たことがあるわ!」と言うのです。見覚えがあるのは事前に写真を見たからだと思った矢先でした。アイフォーンで確認すると、4年前の記事で紹介した黒湯温泉でした。
 
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これは困ったと他の黒湯を探すことにしました。これまで蒲田エリアでは「ゆ~シティ蒲田の他にも、蒲田温泉・ヌーランドサガミ湯久松温泉(池上)・六郷温泉を訪れて、当ブログで紹介しています。残る候補としては記憶を頼りに調べて、「はすぬま温泉」(美肌の湯)と「池上温泉」(黒湯)を候補に選びました。いずれも西蒲田にある銭湯ですから、JRの線路を渡る(あるいは潜る)必要があります。最初に向った「池上温泉」は午後3時からの営業でした。それではと向った「はすぬま温泉」も午後3時からでした。1時間も待つのは躊躇(ためら)われますので、「ゆ~ランド蒲田」へ戻ることにしました。
 
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元来た道を引き返して「ゆ~ランド蒲田」近くのコインパーキングに駐車しました。「ゆ~ランド蒲田」にも10台ほど停められる駐車場がありますが、すでに満車状態だったのです。記憶がすっかり戻った私は浴室がある2階へ上がりました。綺麗な内装ですが銭湯ですから利用料は大人が450円、前回と変わらず券売機で購入するシステムです。ちなみに営業時間は午前11時から深夜0時(定休日は毎週火曜日)。
 
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4年前と内部は全く同じでしたから、その記事を参照してください。黒湯の泉質はナトリウム-炭酸水素塩冷鉱泉(低張性アルカリ性冷鉱泉)の規定泉(源泉温度17.9度、PH8.25)は地下120メートルより毎分120.4ℓも汲み上げられて加熱されており、素肌をつるつるにして全身をポカポカと長くあたため維持する効果があるそうです。黒湯は循環利用されているにも拘(かかわ)らず透明度が3cmほどと濃いのは前回と同じでした。
 
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黒湯に満足した私たちは蒲田をあとにすることにしました。その途中で、あやめ橋を右折した仲之橋から呑川(のみかわ)河畔の桜が見えました。呑川の先に見えるのは昨年10月に全面リニューアルが完了した3階構造(1階:改札階、2階:上りホーム、3階:下りホーム)の京急蒲田駅です。
   
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路肩に車を一時停車して川面に向って枝が伸びる桜を撮影しました。
 
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好事魔多(こうじまおお)し』と『万事塞翁(ばんじさいおう)が馬』の故事(こじ)が身に沁(し)みたドライブ旅でした。

<同行者のコメント> ずいぶん長い記事になりましたね。あれこれ調べていた割にはよく知っているはずの蒲田で苦労したのはどうしてでしょう。最初から「餃子の王将」と「ゆ~シティ蒲田」でも良かったと思います。(終)

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2013年2月 8日 (金)

石の宝殿古墳と天然温泉「鳥飼の里温泉」

淀川を挟む寝屋川市(北河内地域)と茨木市(北摂地域)を訪ねました。寝屋川市の名前は容易に想像できるように市内を流れる一級河川寝屋川に由来しますが、高野街道を旅する人たちに提供された宿泊施設が寝屋(ねや)と呼ばれたことが発祥のようです。また昔話「鉢被(はちかづ)き姫」の舞台になった場所でもあります。

1年近く前に寝屋川市の最北部(成田町)にある成田山不動尊(大阪別院)にお参りしたことはありますが、同市東部地域の道には不案内でしたから、カーナビに「石の宝殿古墳」と入力しましたがヒットしません。それではと、近くの高良(こうら)神社の名称を入れるとこれは見つかりました。私は府道20号を利用しましたが第2京阪道路の寝屋川北ICが今回の目的地に近いようです。

カーナビの指示に従って府道20号から高台にある交野(かたの)市の星田地区に入る道を辿(たど)ると、いつの間にか目的地を行き過ぎてしまいました。高良神社は谷を下った場所にあるようです。元来た道を府道20号まで戻って反対側から再挑戦しましたがやはり見つけられません。

困った私はiPhone 5を使ったネット検索をして、近くに寝屋川市の埋蔵文化財資料館があることをで見つけました。さっそく、その所在地へ向かうと、そこには寝屋川市役所東市民センターがありました。
 
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来訪者が居ないことタイミングにセンターの方へ資料館の場所を尋(たず)ねると、その方が気の毒そうな顔を見せながら、「今日は月一回の休館日です」と教えてくれました。そして案内された右手奥にはシャッターが下ろされた資料館がありました。

ここで尋(たず)ね方が間違っていたと気付いた私は「実は石の宝殿古墳へ行きたいのです」と伝えると、事務所に戻って市内地図を使ってルートを詳しく説明した上に、その地図をお土産(?)にとプレゼントしてくださいました。寝屋川公園にも古墳があることも教えていただきました。

市街地の地図があればもう迷うことはありません。狭い路地でどこまで進めるか分かりませんので、駐車できる場所に車を停めて(同後者を駐車係に残して)歩くことにしました。「ねや川 文化と歴史のみち」の案内標識には「石室殿コース」が表示されています。上部のキノコのようなものは「鉢かづき姫」のようです。
 
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極楽寺(ごくらくじ)の直ぐ先にある明光寺(みょうこうじ)には鉢かづき姫が案内看板を持って立っていました。明光寺十三仏板碑(じゅうさんぶついたび)と首なし地蔵の説明が書かれています。その奥には雷神石(らいじんせき)の石柱も立っています。後で知りましたが、境内にある雷神石は古墳の家型石棺(いえがたせっかん)を利用して弘治三年(1557年)に造られたものだそうです。
 
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高良神社に到着しました。明治時代初期に地元の地名を付けて打上(うちあげ)神社と呼ばれるようになったそうですが石柱に刻(きざ)まれた名前は以前のままです。寝屋川市には秦(はた)一族(朝鮮半島からの渡来人)に因(ちな)む地名が多いそうですが、高良は高麗(こうらい)が訛(なま)ったものだとする説があるようです。
 
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参道を進んだ場所にある国史跡石宝殿古墳の案内板には、(古墳時代)後期の古墳で、底石は長さ約3m・幅1.5m、蓋石は長さ約3m・幅3.3m・高さ1.5mの巨大な花崗岩(かこうがん)をくりぬいて墓室としていることと葬者(被葬者のことか?)はこのあたりに勢威(せいい)をもった豪族と思われることが書かれていました。古い石柱に「石ノ宝殿」の名が読み取れます。急な坂道を50mほど上りました。
 
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一段高い場所は開けていました。7世紀中頃の築造と考えられている「石の宝殿古墳」は国の史跡に指定されています。
 
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説明にあったように主体部の横口式石槨(せっかく)は2つの石を組み合わせて構成されています。
 
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石槨の内部を覗(のぞ)くと、かなり狭い印象ですが、その迫力は奈良県明日香村にある石舞台古墳を想起させます。
 
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右前方からの外観です。左側が羨道(せんどう)部、右側が石槨部です。
 
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右後方から見た様子
 
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左側の様子
 
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府道20号(東高野街道)に出て、変則的な交差点を寝屋川公園方面に向かうと、JR学研都市線(正式名称は片町線)の西側に広大な寝屋川公園が見えました。公園内にあるという古墳にも立ち寄りたいところですが、午前11時半になっていますから、次の目的地へ向うことにしました。
 
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第2京阪道路の下を潜(くぐ)って府道18号から国道170号(外環状線)に入りました。石津元町交差点を直進、府道19号の淀川新橋で淀川を渡り、高槻(たかつき)市南端部をかすめて茨木(いばらき)市に入れば200m程で次の目的地に到着。天然温泉「鳥飼(とりかい)の里温泉」ですが、併設されるお好み焼きと鉄板焼き「新撰組(しんせんぐみ)」の看板が目立ちます。
 
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ちょうど正午になりましたが昼食の前に温泉を楽しむことにしました。平日の大人は入浴料が580円とリーズナブル(手頃で納得できる価格)です。
 
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脱衣場は平凡ですが清潔感があります。
 
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内風呂は気泡湯、電気風呂、ボディーストロング(マッサージ効果がある)、寝湯、エステ湯(ジェットバス)、水風呂がコンパクトに配置され、さらにサウナは高温・低温・冷凍(-10度)の3種類がありました。高温サウナはかなり熱く、冷凍サウナに長居は禁物(きんもつ)でした。露天風呂エリアは33.3度の源泉をそのまま使う信楽(しがらき)焼きの壺湯(2箇所)と檜(ひのき)風呂、加熱された岩風呂(せせらぎ湯)・歩行浴・イオウ岩塩の湯がゆったりレイアウトされています。加温と非加温の湯を交互に楽しみました。すべての風呂で使われているのは地下980mから毎分630ℓも湧(わ)き出す弱アルカリ性の単純温泉だそうです。

受付で渡されたプラスッチク製の器具は内風呂から露天風呂へ出るドアの鍵あるいは把手(とって)と呼ぶべきものでした。
 
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入浴後にはロビーの奥にある新撰組で昼食です。私は大阪らしいホルモン焼きうどん(630円)に挑戦することにしました。
 
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同行者はピリ辛(から)チゲラーメン(680円)が気になったようです。
 
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オチビちゃんとコチビちゃんのお母さんは豚・イカ・海老玉のお好み焼き(500円)を選び、大阪ではお好み焼きを店側が焼いてくれることが多いため何気なく通常のテーブル席に座って待ちました。しかしお好み焼きは自分たちで焼く仕組みであることを知り、やおらお好み焼き台のある座敷席へ移動することに。
 
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「上手(うま)く焼けるかな?」と言うお母さんの手元を心配しながら見ていましたが、美味(おい)しそうに焼きあがりました。
 
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私が挑戦したホルモン焼きは歯応えがあり過ぎて苦労しましたが、いずれのメニューも期待以上の美味しさです。鳥飼の里温泉の湯と新撰組での昼食に満足した私は、忘れ物をするという失敗を仕出かしたため、電話で確認した上で引き取りに行く羽目(はめ)に! 朝の出だしから最後まで苦労の多い日でした。

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2012年11月24日 (土)

飛騨のバス旅(中編)

前夜はカラオケの後にもう一度(三度目の)風呂に入ったため就寝したのが午前1時過ぎになり、翌朝に目覚(めざ)めたのはいつもより遅い午前6時でした。さっそく朝風呂にしようと臨川閣3階の「下留の湯」へ向ってロビーを抜けると天皇皇后両陛下が宿泊された時の写真が多数掲示されていました。
 
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大きな階段が臨川閣の2階へ続いています。すぐ手前のロビーでは朝市の準備が行われていました。
 
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「下留の湯」の説明書きには、源泉は市内幸田ポンプ所から送られていること、泉質がアルカリ性単純温泉(pH9.18)、温度調整のために水道水を加水していることが表記されています。一番新しい臨川閣にある「下留の湯」は他の2つよりも今風の開放感に溢(あふ)れた風呂でした。
 
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朝市の様子を見るためにロビーへ戻りました。
 
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これはロビーに展示されていた昭和4年に源泉が掘削(くっさく)された頃からの古い写真です。
 
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朝食は1階のレストランでバイキング料理。これまで経験したことがないほど多彩な料理が所狭しとならんでいるため、終戦直後に生まれた私はつい手が出すぎて、普段の朝食の倍以上も食べてしまいました。出発まではまだ時間が1時間以上もありますから、前日は薄暗くなって展望が楽しめなかった飛泉閣9階の「展望大浴場」へ上がってみました。飛騨川に架かる朱塗りの下呂大橋の先にある白鷺橋にチャップリンと林羅山の銅像が確認できました。
 
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真下には山水閣1階の「野天風呂」(円形の屋根)と温水プール(ガラス製の屋根)が見え、左側の窓からは前回宿泊した下呂観光ホテルが低い山の中腹に確認できました。
 
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飛泉閣9階には教会と見紛(みまご)う廊下が真っ直ぐ伸びています。明かり取りのガラス屋根からはシャンデリアが下がっていて独特の雰囲気を醸(かも)し出していました。
 
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通路を抜けた「展望大浴場」付近からは下呂駅が見下ろせました。
 
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出発時間の少し前にホテル正面に停まるバスを確認してから敷地内の紅葉を求めて散策すると、臨川閣から高山本線の方向に伸びる紅葉並木を見つけました。
 
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別のアングルからもう一枚撮影しました。
 
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ほぼ定刻の午前9時を少し回った頃にバスはホテルを出発しました。飛騨川に沿ってさらに北上すると国道41号(益田街道)は高度を上げて行きます。最高地点と思われる地点を通過したようで、視界がだんだん開けてきました。国道41号(高山バイパス)の上岡本町南交差点から高山駅方面に向かった高山グリーンホテルに隣接する飛騨物産館が最初の目的地です。

高山代官所の御門を模(も)した平成の陣屋門が入口です。ちなみに高山は江戸時代初期に天領(幕府直轄領)となりました。金銀銅や木材などの資源が豊富であったことがその理由とする見方があるようです。そして飛騨(古くは斐太)の地名は山々が襞(ひだ)のように重なり合っていることによるとする説が有力です。
 
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門を入ったところに「さくらの足湯」がありました。飛騨高山温泉「天領の湯」と表示されています。
 
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館内に入ると「さるぼぼ神社」の参道に沿って町屋風の「高山おみやげ商店街」が並んでいました。ちなみに「さるぼぼ」は安産と子供の健康を願って各家庭で手作りされる人形だそうです。この商店街で売られている飛騨の味覚は飛騨甘栗・山柿・手焼きせんべいなど前日立ち寄った美濃加茂SAとほぼ同じです。私は栗と柿のお菓子、そしてほう葉焼きなどを土産に買った後は飛騨らしいものを選んで撮影しました。
 
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見覚えがあるこの人形が「さるぼぼ」です。
 
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ゲンコツ飴の実演販売には人だかりができていました。試食させてもらうと川崎大師ののど飴とは対照的な柔らかい芋飴(いもあめ)で、私にとって懐かしい味です。館内には貸切露天風呂の「天領湯屋」とタイ古式マッサージの「茶久羅」もありました。
 
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国道41号からインターチェンジが工事中の高山清見(きよみ)道路に入りました。高速道路かと思いましたが、長野県松本市(中央自動車道長野線・松本J.C.T)を起点に飛騨地方の山岳地帯を経て福井県福井市(北陸自動車道・福井北J.C.T)に至る延長約160kmの中部縦貫道路(自動車専用の一般国道)の一部でした。飛騨清見(きよみ)ICから片側1車線の東海北陸自動車道に入ると道路脇の山肌には雪が積もっています。
 
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(続く)

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