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2013年11月27日 (水)

古代日本への旅 森将軍塚古墳を探訪(その4)

森将軍塚古墳の後円部で発見された平石を積み上げた竪穴(たてあな)式石室の写真
 
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古墳時代前期の竪穴式石室に収められた棺(かん)は巨木を二つに縦割りにして、内部をくり抜いて合わせた割竹形木棺(わりたけがたもくかん)が主流だったといわれており、木棺が残っていなかった森将軍塚古墳も割竹形であったと考えられると説明されています。
 
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「く」の字に折れ曲がった森将軍塚古墳は、平野から見上げる側の後円部が円形に近く造ってあり、科野の国を見渡せ、しかもクニ中のどこからも望むことができるこの場所にこの規模の前方後円墳を造ることに意義があったと考えられると解説しています。
 
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この巨大な壺は何に使われたのでしょうか? 穀物、木の実、それとも・・・。
 
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副葬品である蛇行剣(じゃこうけん)や短甲(古代の鎧)の複製などの武器類(倉科2号墳)
 
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朝顔形埴輪、円筒埴輪、円筒埴輪、様々な容器、帯金具(バックル)、轡(くつわ、馬具)など
 
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男女二人が埋葬された2号墳の説明
 
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横穴式石室の三号墳の説明
 
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5世紀代から7世紀代に築かれた小古墳の説明
 
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横から見た石室
 
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反対側から見た石室
 
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「科野(しなの)のムラ」のくらし
 

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「日本列島全体に見られる交流」として古墳時代には近畿、東海、北陸、関東地方との交流があったと説明されていました。
 
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朝鮮半島から運ばれた土器は大和王権を通して手に入れたと見られるとの考えが述べられています。
 
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千曲市内には12カ所の古墳があるようです。
 
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まつりや儀式のコーナーにはまず馬の墓(五輪堂遺跡)の写真がありました。
 
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古墳時代中ごろの集落跡(屋代清水遺跡)
 
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発掘調査で掘り出された集落跡
 
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一階のサブ展示室には発掘調査時に型取りをして作った実物大の精密模型が展示されていました。これは朱で塗られた壁の一部です。
 
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竪穴式石室の一部を実際の大きさに石を積んで再現したものです。盗掘口から石室の内部を覗(のぞ)く仕掛けになっていました。本物の石室はもちろん古墳のなかに保存されているそうです。
 
2013_11130188   

(続く)

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