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2013年12月 1日 (日)

百田尚樹著「夢を売る男」を読む

「夢を売る男」のタイトルとともに堆(うずたか)く積まれた本の山と夢を食べるとされるバクのような動物のイラストが描かれた表紙が印象的です。しばし想像を巡らせてみましたが、表紙から内容を想像できないことが百田尚樹氏の著作らしいのです。この本を手に取っただけで私の期待が膨らみました。

その表紙を捲(めく)った見返しには、『敏腕編集者・牛河原勘治(うしがわらかんじ)の働く丸栄社には、本の出版を夢見る人間が集まってくる。自らの輝かしい人生の記録を残したい団塊世代の男、スティーブ・ジョブズのような大物になりたいフリーター、ベストセラー作家になってママ友たちを見返してやりたい主婦…。牛河原が彼らに持ちかけるジョイント・プレス方式とは―。現代人のふくれあがった自意識といびつな欲望を鋭く切り取った問題作』と書かれていますから、出版社を舞台にした話のようです。

                            ☆

1.   太宰の再来

知名度の低い出版社・丸栄社(まるえいしゃ)の編集部長である牛河原のところに塾講師をしながら作家を目指す青年・大森康二(こうじ)が訪ねてきた。29歳で独身だ。前回受け取った彼の原稿「墜落」を読んで「太宰(だざい)の再来」だと高く評価した大河原は大森と出版契約を結ぶ。次いで1か月前に絵本の出版契約を結んだ寺島公子(きみこ)があいさつのために来訪した。今回は不動産会社を経営する夫が同行している。前回作があまり売れなかったが今回の絵本はきっと売れるだろうとの言葉で大河原は寺島夫妻を送り出す。

息を継ぐ間もなくも今度は田中保(たもつ)が約束の時間より30分も早くやってきた。実際に会うのは初めてだ。40歳の独身男性といったところだろう。写真と詩を組み合わせたポストカードブックの作者だ。大河原は出版にあたってある条件を出す。丸栄社文芸新人賞に応募してきた鈴木正巳(まさみ)に電話をかけた大河原は大賞には選ばれなかったが世に出したいと前置きしたうえで、ジョイント・プレスの話を持ち出した。出版社と作者(著者)が出版費用を負担し合う仕組みのことである。

「太宰の再来」との話に興味を持った途中入社の編集部員・荒木計介と近くの鰻屋(うなぎや)の個室で向い合った大河原は半年前に入社した新人の荒木にジョイント・プレスでぼろ儲けできる内情を楽しげに語る。『カモの気持ちなんか理解していなくてもいい。大事なことはカモを逃がさないことだ』と言った牛河原は爪楊枝(つまようじ)で歯をほじりながら伝票を掴(つか)んで立ち上がった。

2.   チャンスを掴む男

温井雄太郎(ぬくいゆうたろう)はむしゃくしゃしていた。『将来、スティーブ・ジョブズのような男になる』と言ったことをアルバイト先の主任に馬鹿にされたことがずっと頭から消えないからだ。口喧嘩(くちげんか)の末にクビになったことをワンルームマンションの隣の部屋に住む友人の高橋俊雄に語る。ビールを飲みながら同じくフリーターである高橋とその彼女である斉藤麻美に強がりをいっているうちに雄太郎のむしゃくしゃした気分はどこかへ消えていた。

『ジョブズになるための努力をしているの』と訊(き)く麻美に雄太郎は、『努力って何だい。努力こそが人から自由を奪うんだ。人は努力すると、その報酬を求めるようになるんだ。俺は努力で百パーセント成功するとわかった時にする』と奇妙な持説を滔々(とうとう)と語る。

雄太郎がスターバックスでカフェラテを飲みながら求人雑誌を眺めていた時、携帯電話に見知らぬ番号から電話がかかってきた。丸栄社の牛河原と名乗った男は出版説明会の時に配られたアンケート用紙に雄太郎が書いた感想の意味を知りたいというのである。高橋に誘われて出掛けた先で、「今の小説はクソだ」みたいなことを書いたことを雄太郎は思い出した。『小説はもうとっくに死んだ文化だ』と言う雄太郎に向って、『素晴らしい!』と牛河原が大声で言うのが電話から聞こえた。

牛河原は雄太郎をベタ褒めにした上で唐突に小説を書いてみないかと持ちかけた。牛河原に押し切られるように小説を書くという約束をしてしまう。ワンルームマンションに戻った雄太郎は早速短編集を書き始めた。十編からなる短編集を10日ほどで仕上げてメールで送った翌日に牛河原から電話がかかってきた。『君、すごいよ』と牛河原は興奮気味に言った。雄太郎の空想(妄想)が膨れ上がって行く。

池袋にある丸栄社のビルは想像していたよりもずっと大きかったことで一流出版社に違いないと雄太郎は思った。牛河原の褒め言葉(才能・天才など)に雄太郎は体が蕩(とろ)けそうな気がした。ジョイント・プレスの提案にハイリスク・ハイリターンのギャンブルだということに雄太郎は気付いたが、牛河原の言い方に良心を感じた。友人たちを居酒屋に集めて雄太郎は意見を聞くと、賛否両論となる。『チャンスに挑んで失敗しても失うとしても金だけだが、諦(あきら)めたら莫大な後悔が残る』よいう雄太郎の言葉に皆は感心したように頷(うなず)いた。

荒木といつもの居酒屋で向い合う牛河原がいる。『小説なんか書いたことのないフリーターに本を出させるんですから、もうびっくりですよ』と言う荒木に向かって牛河原は、『あの手の根拠のない自信を持っている若者をその気にさせるのは簡単なもんだ』と答える。契約後に融通の利かないフリーの編集者を雄太郎の担当として付けた狙いを明かしたうえで、『繰り返すが、俺たちの仕事は客に夢を売る仕事だ』と牛河原は言った。

3.   賢いママ

ベストセラー作家になって幼稚園のママ友たちを見返してやりたい主婦・大垣萌子(おおがきもえこ)の物語である。ファッションの話、テレビ番組の話、週刊誌のゴシップ記事の話、韓流スターの話などママ友たちの下世話な話題にうんざりした萌子はレベルの高い話をしようと提案して、自分の教育論を語ったが、誰も興味を示さない。わが子への英才教育を称賛しないのは自分の子の出来の悪さを意識するからだと思う。

「賢いママ、おバカなママ」のタイトルで持論をまとめた萌子は都内の難関私立小学校合格と同時に出版するのを目標としている。全国紙の広告で見かけた丸栄社教育賞に応募する。原稿を送ってから三ヵ月ほど経った頃に丸栄社から電話があった。牛河原と名乗る編集者は萌子の作品が最終選考にの七編に残ったこと、2週間後に最終選考会を行うこと、萌子の作品が最有力候補であることを告げた。

2週間を3日過ぎて牛河原から萌子の作品が僅差で大賞を逃したとの電話連絡が入る。その結果に牛河原も落胆したとの言葉に続く褒め言葉に喜びを感じた。選考をやり直すことは出来ないかと縋(すが)る萌子に牛河原は編集部で特例として出版しようという話が持ち上がったがあと一歩というところでダメになったことを明かす。萌子の執拗な質問に躊躇しながら牛河原は販売部の予算で出せる金額と200万円余りの差があると告げた。

横でその通話を聞いていた荒木は呆(あき)れたように、『すごいですね。お金を出させて、逆に感謝されるとは』と言う。それに答えて牛河原は、『前にも言ったが、この商売で一番大事なのは、客を喜ばすことだ。人は精神的な満足と喜びさえ味わえれば、金なんかいくらでも出す。大垣萌子はどす黒い怨念を溜め込んで生きている。その怨念はどこかで放出してやらないと心が腐ってしまうんだ。だから、この商売は一種のカウンセリングの役目も果たしてるんだよ』と言いながら美味しそうにタバコを吸った。

                            ☆

私が百田氏の9作品目として呼んだ本書には上記の他に7編(計10編)の短編が収録されていました。他の話の約2倍の長さがある第2話と極端に短い第10話を除くと、いずれも30ページ前後と読み易い長さです。出版を通じて自己表現したいと熱望する登場人物たちのキャラクターに応じて、タイトル通りに牛河原部長が見事に夢(満足と幸福感)を与えました。お金で夢(精神的な充足感)が得られるとする主人公の牛河原部長の考えに反発する読者がいることを著者は十分承知した上でのことだと思います。

一番印象に残ったのは最後の「カモ」です。わずか13ページで牛河原部長の矜持(きょうじ)を描いたことと、最後の落ちには百田尚樹氏ならではの心憎い演出がありました。著者が言いたいことは牛河原部長の口を借りて各編に挿入されていますが、その核心は最終ページを読み終わるまで分からないのです。この仕掛け(演出)はちょっと意地悪とも言えますが、それが百田作品の魅力なのです。

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