« 珠玉のクロアチア旅行(その10) ドゥブロヴニクの旧市街Ⅰ | トップページ | 珠玉のクロアチア旅行(その10) ドゥブロヴニクの旧市街Ⅲ »

2013年12月31日 (火)

珠玉のクロアチア旅行(その10) ドゥブロヴニクの旧市街Ⅱ

ドゥブロヴニクの旧市街は東西が約500m、南北が約600mで、楕円形に近い城壁に囲まれていますから、縦横(気まま)に歩き回ってもそれほど時間がかかりません。歩いた順路をそのままなぞると分かり難くなると思いますから、西側から東側の順に説明することにします。

プラツァ通りを挟んで大噴水の反対()側にあるフランシスコ会修道院は外からは窺(うかが)い知れませんが美しい中庭と博物館などもあるようですから入ってみることにしました。路地のような通路の奥に博物館の入口がありました。入館料は大人30クーナ(約500円)です。
 
504 
 
入口の上(アーチ部)にある紋章が目に入りました。調べると左上に見える十字架の前で交差する腕はフランシスコ会の会章で、右下の十字を組み合わせたものはエルサレム十字(十字軍がエルサレムに赴いた際に用いた紋章)のようです。
 
505 

13世紀から続くとされる歴史の長い(ヨーロッパで3番目に古い)薬局「マラ・ブラッチャ(Mala Braca)」内は撮影禁止でした。入口のガラス窓に描かれた蛇は平和と医療を象徴する「カデューシアスの杖」(世界保健機構のマークにも使われる)に似ていますが、この場合は杖ではなくて盃(さかずき)のように見えます。これも調べると、ギリシャの薬局でも同じ蛇と薬盃の組み合わせが用いられているそうです。同行者は「あとでもう一回来たい」と念を押します。人気があるゴールドクリーム(Gold Krema)などを買いたいのだそうです。ちなみに、ハーブの香がするオーガニック保湿クリームは57クーナ(約1000円)のようです。
 
506 

二重柱が中庭を取り囲む美しい回廊(ロマネスク・ゴシック様式)にはスプリットのディオクレティアヌス宮殿の地下室と同様に交差ヴォールト(アーチが交差する構造)が採用されています。
 
507 

現地のガイドさんが俯瞰図(ふかんず)を使って旧市街を説明してくれました。
 
508 

フランシスコ(フランチェスコ)会の創設者として知られるイタリアのカトリック修道士、聖フランニョ(フランツ)の生涯がアーチの半円形部にフレスコ画で描かれていました。終戦直後に生まれた私はフレスコ画から帝銀事件(1948年)を連想してしまいます。
 
509 

回廊の丸窓から鐘楼の上部が見えます。博物館内は残念ながら撮影禁止でした。
 
510 

プラツァ通りを東へ歩きます。前方に見える尖塔(せんとう)はルジャ広場にある時計塔です。
 
461 

300mほど歩くとルジャ広場に行き当たりました。正面にモダンな印象がある時計搭(1444年建造)が聳(そび)えています。左手に少し見えるのは元税関・保税倉庫であったスポンザ宮殿です。
 
516 

右手にある18世紀に建てられたバロック様式の聖ヴラホ教会はドゥブロヴニクの守護聖人、聖ヴラホを祀(まつ)る教会です。ファサードの中央上で聖ヴラホの像が町を見守っていました。
 
512 

教会前のルジャ広場に立っているのは中世の伝説の騎士「ローランド」のレリーフを配した石柱です。ローランドはフランク王国(現在のフランス)がイスラム帝国(サラセン)に占領されていたイベリア半島を奪還(だっかん)しようとした戦い「レコンキスタ」の初期に活躍した人物で、キリスト教世界では自由の象徴とされます。そして、彼の右手の肘(ひじ)から手首までの長さ(51.2cm)が布などの商取引に使われていたそうです。
 
513 

台座にその長さが示されていました。
 
515 

ルジャ広場を右手に折れると旧造船所(現在はレストランのタベルナ・アルセナル)と旧総督邸(現在は文化歴史博物館)が並んでいました。左端の建物(本警備隊)の壁龕(壁のくぼみ)には美しい「オノフリオの小噴水」が見えます。こちらの噴水は8角形をした水槽(お椀型)の各面に飾られた顔の彫刻から水が出るようです。
 
517 

旧総督邸は中世のドゥブロヴニクにあったラグーザ共和国の総督が住んでいた邸宅です。ラグーサ共和国は、イタリアのアマルフィ、ピサ、ジェノヴァ、ヴェネチアなどと共に5つの海洋共和国に数えられ、15世紀から16世紀にかけてに発展した都市共和国でしたが、ナポレオンに征服されたのちにオーストリア帝国に併合されました。「オパティアの朝」の記事でその後の経緯に触れています。
 
492 

その先には大聖堂(カテドラル)がありました。12-14世紀に建てられたこの大聖堂は1667年の大地震で倒壊し、18世紀になって再建されたバロック様式の建物です。
 
490 

大聖堂の裏手にあるグンドゥリチ広場で開かれている青果市場は土産物やお菓子類を売る露店で賑(にぎ)わっています。広場を見下ろすのはクロアチアの詩人イヴァン・グンドリッチ像(1892年)です。
 
493 

同行者は興味津々でこんなお菓子を買いました。味見をすると見た目通りにやや甘めです。
 
494 

ルジャ広場へ戻る途中、正面のスポンザ宮殿とスルジ山、右手の時計搭・旧総督邸、左手の聖ヴラホ教会をまとめて撮影しました。スポンザ宮殿の上部にも守護聖人ヴラホの像が見えます。
 
491   
 
(続く)

« 珠玉のクロアチア旅行(その10) ドゥブロヴニクの旧市街Ⅰ | トップページ | 珠玉のクロアチア旅行(その10) ドゥブロヴニクの旧市街Ⅲ »

旅行・地域」カテゴリの記事

趣味」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/146335/58852845

この記事へのトラックバック一覧です: 珠玉のクロアチア旅行(その10) ドゥブロヴニクの旧市街Ⅱ:

« 珠玉のクロアチア旅行(その10) ドゥブロヴニクの旧市街Ⅰ | トップページ | 珠玉のクロアチア旅行(その10) ドゥブロヴニクの旧市街Ⅲ »

2017年6月
        1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28 29 30  
無料ブログはココログ