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2014年1月

2014年1月31日 (金)

百田尚樹著「海賊と呼ばれた男」(上巻)を読むⅠ

百田直樹氏の処女作「永遠の0(ゼロ)」が映画化されて大ヒットしているようです。2012年12月のブログ記事でその長編小説を紹介しましたが、今回は百田作品を読み切る計画の10作品目として同氏の最新作「海賊と呼ばれた男」(2012年7月11日講談社刊、上下巻)を取り上げます。「大家族主義」という日本的経営を標榜(ひょうぼう)する出光興産創業者の出光佐三(いでみつさぞう)氏をモデルにした国岡鐡造(くにおかてつぞう)を主人公とする歴史経済小説で、昨年(2013年)の本屋大賞を受賞しています。

例によって長文になりますが、国岡鐵造の生涯を描いたこの小説(上巻)のあらすじを3回の記事にわたって紹介します。著者は主人公の生い立ちからスタートするのではなく、本人にとって最もインパクトのある終戦と言うタイミングをプロットとして本書を書き始めました。

                             ☆

上巻(380頁)の表紙には棒に結わえた風呂敷包みを肩に担ぐ復員兵と思われる男が線路を歩いている。そして見開(みひら)きには「日章丸全航程」と題したアジアの地図上に日本とイランを往復するルートが描かれている。

期待を持って中表紙と序章の中扉(なかとびら)を捲(めく)ると、真夏の暑い小学校の校庭で国岡鐵造がラジオ放送を聞くシーンで始まった。日本は戦争に負けたのだ。都立一中(現在の日比谷高校)に通う息子と東京で生活する鐵造は栃木県の松田(現在の足利市)にある小さな借家に疎開(そかい)している妻と4人の娘たちの顔を見に松田を訪れていた時の玉音(ぎょくおん)放送だ。

この年に還暦を迎える鐵造は運転手が運転するドイツの高級車オペルに乗って東京銀座にある田岡商店の本店である「田岡館」に戻った。5階建ての田岡館は奇跡的に消失を免(まぬか)れていた。約1000名の店員を抱(かか)える石油販売会社の田岡商店は営業所を国内に8店、朝鮮・満州・中国・南方など海外に62店持っていた。

第一章 朱夏(昭和20年~昭和22年)

敗戦から1ヶ月を経過した9月17日に鐵造は重役会議を開いた。思い切った人員整理を進言する重役たちに向かって鐵造は、『ならん。ひとりの馘首(かくしゅ)もならん』と言う。鐵造の「人間尊重」は彼の強い信念であり、金科玉条(きんかぎょくじょう、絶対的に守るべき規則)であった。この考えは開業資金を出してくれた恩人から受け継(つ)いたものである。鐵造の指示で店員たちは本業の石油販売とは無縁の漁業や農業の仕事を全国から見つけてくるが、苦労が多い割に儲(もう)かる仕事には出会えない。

そんな折、鐵造の考えに感銘したという元海軍大佐の藤本が鐵造のもとにラジオを修理する仕事を持ちかけて来た。GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)の方針を日本国民に周知させるための緊急政策によるものであった。鐵造は藤本のビジネスモデルに共感してその依頼を引き受ける。そして社員となった藤本の奮闘が始まった。苦労の上で銀行からの融資を受けたことで国岡商店の支店と営業所は「ラジオ修理の店」に変わり、新しい店舗を追加したことで3ヶ月後(翌年3月)には80店舗まで増えた。

石油に対する強い思い入れがある鐵造のもとへ商工省から依頼が舞い込んだ。石油の輸入許可を求める日本政府に対してGHQは旧海軍の燃料タンクの底に残る石油をまず浚(さら)うことを命令したのだ。どの石油会社も引き受けない困難な作業であり、GHQの嫌がらせともいえるものであった。幹部の反対を押し切って鐵造は商工省とその業務を契約し、昭和21年4月の終から全国8カ所の旧海軍施設での作業が始まった。

南方から復員した東雲忠司(しののめただし)課長が部長へと昇進して現場責任者となった。予想された通りに汚泥(おでい)や雨水と一体になった石油はポンプでの組み上げができないため、タンクから石油を取り出す作業は困難を極めた。なかでも徳山のタンクは戦艦大和に給油した直径88m・高さ10mと巨大なものであった。国岡商店の店員たちが一丸となって頑張(がんば)っていた6月に国岡商店に激震が走った。店主の鐵造に公職追放令が出されたのだ。

鐵造は自らGHQに赴(おもむ)いて撤回を求めるがGHQからは芳(かんば)しい反応が得られない。それにもめげず、アメリカの石油資本に日本が支配されることを恐れる鐵造は商工大臣に石油政策についての建議書を提出し、商工省内の関係部門にも配布するがいずれにも無視される。そこで、さらに踏み込んだ意見書を政府と石油業界のみならずGHQにも配布した。政府と石油業界は前回と同様に無視したが、これに注目したGHQは商工省に石油配給機構の改革を迫った。

商工省は体裁(ていさい)だけを新しくした石油公社案を提出したが、もちろんGHQに却下(きゃっか)された。業を煮(に)やしたGHQは日本の石油配給機構の思い切った改革が必要だと考えて石油業界のしがらみに染まっていない日本人を探した結果、鐵造に白羽の矢を立てた。そして鐵造の無実を知ったGHQ内の関連部門担当者による働きかけで鐵造の公職追放は取り消された。

新しく発足した公団による販売指定業者の指名から様々な妨害や中傷によって何度も外されそうになりながらも、国岡商店は申請した65店舗のなかから29店舗だけが10月初めに認められた。鐵造は店員たちにその報告をして、『いよいよ石油業界に足を踏み出せた。これもすべて、君たち店員のお蔭(かげ)に他ならない。わが国岡商店はついに翼を得た。これからは龍が天に向けて翔(か)け上がる』と涙ながらに感謝の言葉を伝えた。しかし、それは嵐の前の一瞬の静けさにすぎなかった。(続く)

2014年1月28日 (火)

珠玉のクロアチア旅行(その15) トロギールからプリトヴィッツェへ

国道58号から高速道路A1に入って約220km先にある次の目的地のプリトヴィッツェへ向います。約4時間のドライブです。
 
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変化に富んだダルマチア海岸を離れた内陸部の単調な景色に飽きてしまい、青空を切り裂くように飛行機雲が伸びるのをガラス窓越しにぼんやり眺(なが)めました。
 
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飛行機雲が丘の上に立つ風力発電所の後方を横切ります。
 
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少し先では風力発電所が建設中でした。
 
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LEITWIND社は欧州とインドの企業が合弁して設立した風力発電設備の製造会社のようです。
 
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夕日が傾いて丘に隠れます。
 
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燃えるように赤い夕焼け
 
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また飛行機雲が・・。2本の航跡が擦れ違うのは珍しいシャッターチャンスです。
 
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出発して約2時間後に湖沿いの集落を通過しました。
 
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ここはアドリア海に注ぐZrmanja川の上流にある湖のようです。
 
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高速道路A1が橋を渡る時に、瞬間でしたがクロアチアらしい石灰岩が露出した地形が見られました。ザダルへ向う途中に撮影したのと反対(上流)側の風景です。(手振れ写真をご容赦下さい)
 
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パーキングエリアで一時休憩
 
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ガスステーション(ガソリンスタンドは和製英語)
 
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スーパーマーケット
 
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国道522号と国道1号を経由して日暮れて2時間ほどが経過した午後7時過ぎに宿泊するプリトヴィッツェ湖群国立公園に隣接するホテル「イエゼロ」に到着しました。
 
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ホテルのロビーは新しく広々しています。
 
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部屋もかなり広く、シンプルなインテリアに清潔感があります。
 
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やや遅くなった夕食はムール貝の盛り合わせと肉料理です。貝の身は小ぶりですが、美味しく食べました。
 
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さっぱりした味の肉は兎(うさぎ)だったようですが、薄暗い照明のためその味がよく分かりませんでした。(またまた醜い写真で恐縮です)
 
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ここで投稿の小休止を入れます。(続く)

2014年1月27日 (月)

珠玉のクロアチア旅行(その14) トロギールの旧市街Ⅳ

同様に施錠された「聖マルコの塔」2階のアーチ型入口付近から「カメルレンゴの要塞」が望めました。
 
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フォシャ(運河)の脇から北門方面を望むと太鼓橋が見えますので、そこまで行ってみることにしました。
 
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路傍で見かけた花
 
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岩国の錦帯橋に似た木製の橋です。
 
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航空写真には写っていませんから、最近建設されたもののようです。 
 

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橋の上から見たフォシャ(運河)と「聖マルコの塔」
 
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同じく北門方面には公園が続いています。
 
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新市街にはテントに覆われた露店が並んでいるようです。
 
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橋の袂から旧市街の路地に入ると先ほど見かけた鐘楼脇の路地に出ました。しばらく路地巡りをすることに。
 
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同行者はイヴァナ・パヴラ広場の近くで目聡(めざと)くアイスクリーム店を見つけました。
 
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博物館SAMOSTAN SV NIKOLEの入口装飾が印象的です。
 
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装飾品の店に“KAIROS”(ギリシャの男性神)の説明があります。ギリシャ語で「機会」を意味し、『チャンスの神は前髪しかない』の諺(ことわざ)はこの神に由来するそうです。
 
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石畳の路地を歩きました。中央のラインは富裕層が住むエリアと下町の境界を示しているそうです。
 
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アーチの門の横にある住宅は趣(おもむき)を感じました。
 
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近くに立派な家紋が掲げられた住宅を見かけましたが、まだ新しいようです。
 
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こちらの家紋は時代を経たことが分かります。
 
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北門を出てトロギール橋を渡って左手に進むと、先ほど太鼓橋の上から見た露店エリアに出ました。切花を売る店が多いのですが、ハムなどの肉製品も売られていました。
 
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色とりどりの切花が並んでいるのはスプリットの青空市場と同じです。
 
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駐車場に戻って午後3時過ぎにトロギールを後にしました。国道8号を横切って入った国道58号の高台から振り返ると、旧市街を中心に新市街が大きく広がっていることが分かります。
 
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(続く)

2014年1月26日 (日)

珠玉のクロアチア旅行(その14) トロギールの旧市街Ⅲ

地上まで降りて市庁舎の中庭に入ってみました。
 
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古井戸にも翼のあるライオンの装飾が
 
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さらに路地(Kohl-Genschera ul)を南へ歩き、城門を抜けてトロギール運河(Trogirski kanal)側に出ました。UNESCO“(ユネスコ)と表示されたこの石の門は南門(海の門)で、その周辺にも城壁が残っています。
 
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その脇にも小さなロッジアが
 
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木製の美しい帆船が船着場に係留されています。
 
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少し右手に進んだところで振り返るとチヴォ橋が対岸のチヴォ島に続いています。
 
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トロギール運河に沿ってプロムナード(オバラ・バナ・ベリスラヴィッチャ通り)が伸びています。
 
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南国を感じさせる棕櫚(しゅろ)の街路樹をアップ
 
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ビッグ・ダディーなどテラス席のあるカフェが並んでいます。
 
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若者たちが出入りしていますから学校としても使われている建物のようです。
 
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ドミニコ会修道院
 
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プロムナードを振り返りました。
 
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トロギール運河の対岸にはヨットハーバーがチヴォ橋の先まで続いています。
 
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旧市街の南西端にあるのは「カメルレンゴの要塞」です。15世紀にオスマン帝国から町を守り、ヴェネツィア支配に反抗する住民から町を守るために造られたそうです。ちなみに、カメルレンゴはローマ教皇庁の役職(ローマ教皇の秘書長)を指し、映画「天使と悪魔」(2009年)に重要人物として登場しました。展望台に上れると期待したのですが、夏季期間だけ公開されているようで残念ながら入場することはできませんでした。
 
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石壁に飾られたプレートにはSVIMA POGINULIMA TROGIRSKOG KRAJA ZA SLOBODU HRVATSKE GRADSKO VIJECE TRIGIR 1995 と表示されています。辞書で調べると『誰もが自由フルヴァツカ(クロアチアの通称)のトロギール地区を願う 1995年 トロギール町議会』のような意味でした。
 
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要塞の手前にある教会の鐘楼
 
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その脇に細い路地が続いています。
 
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旧市街の西北端、フォシャ(運河)側に出てみました。「聖マルコの塔」は陸側の備えとして15世紀末に完成した円形の砦(とりで)です。
 
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近づいて見上げると迫力があります。
 
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案内看板を読むと、元々は旧市街の北壁と「カメルレンゴの要塞」まで続く西壁をつなぐ要で、内部には螺旋状の石段が2階のアーチ型入口まであるようです。現在はダルマチア音楽センターになっているとのこと。スプリットのディオクレティアヌス宮殿で聴いたクラッパのことでしょう。残念なことにドアが施錠されていました。
 
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(続く)

2014年1月25日 (土)

珠玉のクロアチア旅行(その14) トロギールの旧市街Ⅱ

入場料(25クーナ、約400円)を支払って聖ロブロ大聖堂の内部に入りました。
 
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ゴシック特有の尖塔アーチが続く身廊(しんろう、中央の細長い広間の部分)を進むと正面に天蓋(てんがい)付きの主祭壇があります。左手にあるのは8本の柱に支えられた石造りの説教壇で、柱頭に刻まれたロマネスク様式の繊細な彫刻(レリーフ)が施されていました。右手上部には聖歌隊席も確認できます。
 
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天井から下がる十字架には磔刑(たっけい)されたキリストが描かれています。
 
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左手のルネッサンス様式の聖イヴァン礼拝堂ではトロギールの司教であった聖イヴァンの石柩(せきひつ)の両側に12使途の像が立っています。この礼拝堂はイタリアの彫刻家二コラ・フィレンティナッツによって15世紀に造られたそうです。
 
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礼拝室内の反対側にあるのは祭壇のようですが・・。床のプレートにはMATICA DRAGOLなど人の名前らしきものが刻まれています。代々の司教を祀っているのかもしれません。
 
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宗教画
 
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アーチ部と天井の装飾
 
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礼拝堂を出た左手奥に鐘楼へ上がる階段の入口がありました。
 
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屋上のような場所に出ました。別の入口が見えます。
 
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その中に入ると鐘楼の上部へ続く螺旋階段が見えました。
 
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ここまで来ればもう引き返せませんから意を決して階段を上ることに・・。
 
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鐘の横に出ました。
 
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旧市街の西方が見渡せます。きれいなオレンジ色の甍(いらか)の先に「カメルレンゴの要塞」(左奥)と「聖マルコの塔」(右奥)が小さく見えます。
 
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北方には旧市街と新市街、そしてそれに続く山々が
 
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東の方向
 
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隣のチヴォ(Ciovo)島の住宅地とヨットハーバー
 
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階段はさらに上へと続いています。(鐘楼内を見下ろした写真)
 
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気がつけば階段はいつのまにか錆(さ)びた鉄製に変わっていました。まるで吊り橋を渡るような心細さを感じます。スプリットにある大聖堂の鐘楼の階段よりステップの奥行きが狭く、鳩の糞(ふん)が積もっていて滑りやすいため下りる時が心配に・・。
 
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最上部にある見晴台から見た時計搭とロッジア
 
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路地の反対側Uroburo 大聖堂の正面)にある建物もこの鐘楼と同様に複数の様式が組み合わせて建てられていますから、聖ロブロ大聖堂と何か関係がある建物かもしれません。
 
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(続く)

2014年1月24日 (金)

珠玉のクロアチア旅行(その14) トロギールの旧市街Ⅰ

クロアチアにおいて特に古い歴史を持つ古都トロギール(紀元前3世紀にギリシャの植民都市トラグリオンとして築かれた)は都市防衛のためのイタリア語で掘を意味するフォシャで隔てられて小島になっていました。
 
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正午をだいぶ過ぎていますから軽く昼食を摂(と)った後、上に写真の左奥に見えるバスターミナルから50mほど歩いたトロギール橋を渡りきった場所で振り返って撮影しました。正面に見える看板KONZMUはドゥブロヴニクでも紹介したクロアチア最大のスーパーマーケットです。
 
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橋の先にある17世紀中期頃に造られたバロック様式の北門(陸の門)を入ります。北門と一体になった城壁があります。ドブロヴニク旧市街の門と同様に夜間は出入りが厳禁されていたそうです。
 
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北門の上には“UNESCOの表示とともに初代 トロギール司教でこの町の守護聖人である聖イヴァン・ウルスイ二の像が立っています。
 
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路地を進むと旧市街の中心であるイヴァナ・パヴラ(ヨハネ・パウロのクロアチア語表現)広場の左手にそびえる聖ロヴロ大聖堂がありました。3世紀に殉職した聖ローレンスに捧げられたこの大聖堂は13-15世紀にかけて建てられ、シンボルの鐘楼は17世紀初頭に今の姿になったそうです。
 
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鐘楼は長い時代をかけて建設されたため様々な様式が入り混じっていることが横から見ると良く分かります。1422年に修復された1階は先端が尖った尖塔アーチとアーチの手前にリブが入ったゴチック様式、ヴェネツィア支配下にあった15世紀頃に完成したヴェネツィアンゴシック様式、1605年に完成した3階は後期ルネッサンスの手法を凝らしたマニエリスムの影響が見られるそうです。
 
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頂上部には丸い玉が
 
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広場の奥にあるには13世紀末から14世紀に建てられた市庁舎です。
 
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広場の右手には1477年に建てられた聖セバスチャン教会の時計搭とロッジア(Loggia)があります。案内書きにはロッジアはローマ風の柱廊に囲まれ、屋根の付いたバルコニーのような建物で、通常は集会所として、そして時には契約・裁判などに使われたことが説明されていました。
 
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ロッジアの柱は2000年前のものだそうです。
 
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天井装飾はオリエンタル風の文様(植物の葉がデフォルメされた文様)のようです。
 
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ロッジアの左手に飾られているレリーフの中心部にはヴェネツィア支配時代を象徴する有翼の獅子が描かれていたそうですが、1932年に取り外されたとのこと。そして、中央上部に天秤を持って正義を計る像があるのは裁判所としても使われたからでしょう。
 
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正面にある騎馬像のレリーフ(彫刻家イヴァン・メシュトロヴィッチによる1950年代の作品)はトロギール出身で、祖国を守るためにオスマントルコと戦い、1520年に戦死した郷土の英雄・ペトル・ベリスラヴィッチ総督(Petru Berislavicu)です。
 
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ロヴロ大聖堂に戻りました。入口の両脇にあるのはヴェネツィアのシンボルであるライオンの上に立つアダム像とイヴ像があります。
 
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ライオンは前足で何か動物を押さえつけています。
 
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アーチの上にはキリスト像があり、アーチに沿って聖人と天使などの装飾が施され、その中央二はキリストの誕生や東方三博士の礼拝などキリストの生涯が表現されています。
 
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下で支える人々も細部まで美しく表現されています。ダルマチア出身の巨匠ラドヴァンのこのロマネチク美術は1240年頃に造られたようです。
 
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横側上部のアーチには具象的なレリーフが
 
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(続く)

2014年1月23日 (木)

珠玉のクロアチア旅行(その13) ドゥブロヴニクからトロギールへ(後編)

きれいに耕作された畑にはこれから葡萄(ぶどう)が植えられるのでしょうか。
 
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内陸に入ると見覚えのあるネレトヴァ(Neretva)平野(低地)が広がりました。
 
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水辺の住宅街が川面(かわも)に映(うつ)っています。
 
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ボスニア・ヘルツェゴヴィナとクロアチアを流れてアドリア海に注ぐネレトヴァ川を渡ります。総延長は230kmですが、そのうちクロアチアにおける長さはわずか22kmしかなく、前方の山並の先はボスニア・ヘルツェゴヴィナ領です。
 
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国道8号がアドリア海沿いに戻ると再び美しい集落が現れました。
 
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切り立った崖が迫る海岸線を通過
 
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青空に飛行雲が美しく伸びています。
 
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潅木(かんぼく)が岩山の麓(ふもと)を覆(おお)っています。
 
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アドリア海沿いの小さな町、ブレラ(Brela)のドライブイン兼レストランSampionで休憩
 
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BIOKOV park priode(ビオコヴォ自然公園)の案内図がありました。左端に描かれた教会の付近が現在地です。ちなみにこの公園はアドリア海に面する町、マカルスカ(地図のほぼ中央)の背後にそびえるクロアチア第2の標高1762mを誇るビオコヴォ山を中心とする美しい山岳景観と豊かな自然植生で知られる自然公園です。
 
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岩山が目の前にそそり立っています。
 
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レストランの裏手にある葡萄棚
 
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ドゥブロヴニクへ向う時、一番印象に残った景色です。
 
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小さな港町のオミス(Omisを通過
 
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3日前に宿泊したスプリットに入りました。
 
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ここにも飛行機雲があります。東欧諸国とイタリアを結ぶ航路があるのでしょう。岩山の手前にはオリーブの畑が見えます。
 
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スプリットの市街地を抜けるとオリーブ畑がさらに広がっていました。
 
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ドゥボルヴニクから約5時間のドライブでトロギールに到着しました。看板にあるGrad Trogirは古都トロギールを意味し、世界遺産のマークも表示されています。
 
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(続く)

2014年1月22日 (水)

珠玉のクロアチア旅行(その13) ドゥブロヴニクからトロギールへ(前編)

午後7時頃にホテルへ戻りました。クロアチア旅行は最大のハイライであるドゥブロヴニク滞在を終えて、いよいよ後半に入ります。
 
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翌朝、爽(さわ)やかな日の出が訪れました。右上に三日月が小さく写っています。(午前6時撮影)
 
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旅先での習慣にしている朝の散歩に出掛けることに
 
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前日の朝、ホテルのテラスから見た隣のホテルティレナHOTEL TIREA)方面に歩きました。私にはTIRERAと表示されているように見えますが・・。
 
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右手の丘のような場所に上がってみると対岸に道路照明灯が点灯された国道8号が見えます。周囲には人気(ひとけ)のないテニスコートが・・。
 
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ひっそり咲くランタナの他にまだ青いドングリを見つけました。
 
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前日の経験から午前7時に15分ほど余裕を持ってホテルのカフェテリアに戻ると、ちょうど朝食が提供され始めるタイミングでした。
 
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午前8時を過ぎるとコックさんの準備ができたようですから、好きなトッピングを選んでオムライスを焼いてもらいました。私好みの味に大満足。
 
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午前8時にホテルをチェックアウト。約260km離れた次の目的地「トロギール」へ向けて出発しました。一日遅れで青空が広がっています。
 
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ドゥブロヴニク港に差し掛かりました。

 
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前方に停泊する大型客船(クルーザー)も見えます。
 
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来た時と同じ道を戻って大きな吊り橋「フランジョ・トゥジマン橋」に向います。クロアチアの独立を記念して初代大統領の名前が付けられたモダンな鋼橋(こうきょう)です。
 
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橋の上からダルマチア式海岸が鮮やかに見えます。
 
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往きに撮影した写真と重複しますが、しばらくダルマチア式海岸の景色を紹介します。
 
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対岸に万里の長城が・・。興味を持って調べると、ワインと塩田で名高いペリエシャツ半島の小さな町であるストンとその隣町のマリストンを結ぶ(半島への出入りを制限する)長さ約1kmの城壁でした。14-16世紀に造られたこの城壁は貴重な塩田を外敵から守ることが目的だったようです。
 
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水鳥の群れかと思ってよく見ると杭(くい)が多数並んでいたのです。何か作業をする小舟も見えます。クロアチアではマグロの養殖が盛んなのだそうですが、その生簀(いけす)には見えません。杭の数が多いことと通過したばかりのマリストンに近いことから牡蠣(かき)を養殖しているのでしょう。
 
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ボスニア・ヘルツェゴビナを通過します。午前9時半頃に見るネウムの美しい家並みと教会は往路の夕景(ゆうけい、せきけい)とは違う印象があります。
 
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再びクロアチアに入りました。住宅が立ち並ぶクレク(Klek)海岸から少し離れた岩礁に何かの施設があるようです。
 
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(続く)

2014年1月19日 (日)

都心のイルミネーション(後編)

地上に戻ってエスカレーターでグランルーフの2階にあるペデストリアンデッキ(長さ約230m、幅最大9m)へ上がりました。壁面緑化の植栽(しょくさい)にLED電飾(でんしょく)が設置してあります。ここの植栽は雨水と中水を利用する環境にも配慮しているようです。
 
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グラントウキョウ・サウスタワーへ向うとアーチ型ゲートが出迎えてくれます。
 
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後方の植栽とイルミネーションを意識したと思われる透明のベンチ
 
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クリスマスツリーに似たツリー型装飾には「すべては君に逢えたから」(恋愛成就祈願ツリー)と表示されています。
 
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グラントウキョウ・サウスタワーへの連絡口付近から振り返ってみたペデストリアンデッキ(グランルーフ2階)には15の店舗があるそうです。すぐ脇にある階段で3階にも上がってみました。「ふれんち茶懐石京都 福寿園茶寮」は高級料理店だけあってディナーの「富小路」コース(12,600円)と「プレジデンシャル」コース(18,900円、5日前までに要予約)のお品書きを見ただけで十分です。そして、『只今、申し訳ありませんが満席となっております。次のご案内は20:00でございます。店内受付にて受けたまわります』の断り書きも置かれていました。
 
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ペデストリアンデッキから見たグランルーフの大屋根と八重洲エリアのビル街を見ながら大丸百貨店方面にも歩いてみました。
 
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ICTゾーンにあるMOBILE Accessories Premium cafe(モバイルアクセサリプレミアムカフェ)はモバイルアクセサリー専門店です。
 
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同じゾーンにあるdocomo M2MSquareはネットワークにつながれた機械同士が相互に情報交換し、自動的に最適なコントロールを行うM2M(マシン ツー マシン)システムを紹介するショールームです。
 
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私はドコモショップ東京駅グランルーフ店にある「東京駅スカイパノラマ」の方に興味がありました。スマートフォン用コンテンツ「グランチャンネルの体験ゾーン」(駅周辺情報や観光情報などを提供)だけで利用できる20カ所の観光地を背景に記念撮影できるお遊びです。
 
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App Storeから「東京駅スカイパノラマ」のアプリをダウンロードするとアイフォーンに初期画面が現れました。
 
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「パノラマを見る」をタップすると航空写真と東京タワー・富士山・鎌倉大仏・姫路城などのボタン(文字)が表示されました。まず「東京タワー」を選択すると・・
 
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東京タワーの写真と簡単な説明が現れました。記念撮影を押すと・・
 
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丸いウインドーが二つできました。「顔出し看板」(あるいは顔ハメ看板)の電子版です。店内にあるドコモダケを撮影しました。
 
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次いで新幹線E5系電車(東北新幹線)を選ぶと・・
 
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航空写真の画面に戻ってアイフォーンの向きを変えると皇居方面に天橋立・富士山・アムステルダム中央駅・角館などが・・
 
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CRYSTAL ILLUMINATIONは「光の帆」をデザインモチーフとしたグランルーフの大屋根をイメージしているのだそうです。
 
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『レーザーのアニメーションは人々の希望を帆(ほ)にうけ未来へ運んでいく物語である』とも説明されています。レーザー光線で帆船(はんせん)の絵やTokyo Station CityGRANROOFCRYSTAL ILLUMINATIONなどの文字が映し出されました。
 
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年月日は開催期間を示しているようです。(注;すでに終了しています)
 
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大丸側にも同じデザインのアーチ型ゲートが・・
 
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エスカレーターで下りた先にある八重洲中央口改札を利用して帰宅することにします。
 
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2014年1月18日 (土)

都心のイルミネーション(前編)

所用で久しぶりに銀座へ出掛けました。銀座2丁目のティファニー銀座本店前の歩道にある「銀座発祥の地 銀座役所跡」の石碑には銀座の由来が簡潔に説明されています。
 
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「ヒカリミチ GINZA ILLUMINATION 希望の輪」と表示されたイルミネーションを見つけました。全銀座海に加盟するブランド店のBulgariBurberryCartierChanelDunhillGiorgio ArmaniGucciHarry WinstonHermesLongchampLouise VuitonMontblancSalvatore FerragamoTiffany & Co.VanCleef & Arpelsの名前が列記されています。
 
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Cartier(カルティエ)はジュエリーと高級時計の仏ブランドですが、革製品やライターなどでも知られます。
 
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BVLGARI(ブルガリ)はイタリアの高級ジュエリー店Bulgariの商号です。ローマ帝国のラテン・アルファベット(23文字)による表記のためUの代わりにVが用いられたようです。
 
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LOUIS VUITTON(ルイ・ヴィトン)は言わずと知れたフランスの鞄(かばん)メーカーで、LVを組み合わせたロゴに特徴があります。その親会社であるLVMH(モエ・ヘネシー・ルイ・ヴィトン)社はLOEWE (ロエベ)やCELINE (セリーヌ)などのブランドに加えて化粧品・香水、時計・ジュエリー、ワイン・スピリッツ(蒸留酒)などに多角化(コングロマリット化)しています。
 
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CHANEL(シャネル)はフランスの女性向け服飾・化粧品・香水・宝飾品・時計のブランドです。古い世代の私には何と言っても同社初の香水である「シャネルNo.5」の印象が強いのです。銀座1丁目に接する銀座3丁目の角にあるこのCHANEL GINZAはその旗艦店。
 
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銀座通り(中央通り)からシャネルと大倉本館(銀座1丁目)の間に伸びる銀座マロニエ通りに入って銀座ガス灯通りを横切りました。ガス灯が今も残されています。地下鉄の銀座一丁目駅入口を通過して東京高速道路の高架下を抜けた東京スクエアガーデンの前の並木にLED電飾が施されていました。
 
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明治製菓ビルの前にも続いています。
 
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東京駅八重洲口に出ました。照明で眩(まばゆ)いばかりに照らし出されているのは昨年9月20日にオープンした「グランルーフ」です。右手は大丸百貨店(手前)とグラントウキョウ・ノースタワーです。
 
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サラリーマンの帰宅時間にぶつかったため東京駅八重洲口は大変な混雑です。直下からは巨大なヨットの帆(ほ)のようなものが見えるだけでグランルーフの様子を窺(うかが)い知ることはできません。
 
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エスカレーターで2階へ上がれるようです。
 
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しかし、その前に階段で地下へ下りることにしました。
 
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地下1階にあったのは地下商店街「キラピカ通り」をリニューアルしたGRAROOF FRONT(グランルーフフロント(物販店舗など15店舗)と旅をテーマにした飲食店(10店舗)で構成されていました。案内図で確認すると地下1階の他に地上1階から3階にも店舗があるようですが、3階は「ふれんち茶懐石京都 福寿園茶寮」だけのようです。
 
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飲食店街には「浅草今半」「伊達の牛タン本舗」「鳥元」などが並んでいますが、私の目当てはみそかつの「矢場とん」(グランルーフ店)です。
 
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名古屋へ出掛けた時に「きしめん」とともに食べることにしている私の好物なのです。
 
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「みそかつ」のいろいろな食べ方が説明されていました。同じ名古屋の「ひつまぶし」と似た多彩な(目先を変える)食べ方は名古屋らしいと思います。
 
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そのために準備された各種調味料
 
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基本メニューの「みそかつ丼」(単品、1155円)が配膳されました。私には珍しいことですが通常サイズの丼(どんぶり)を完食(ご飯を一粒も残さずに)できました。
 
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矢場とん特製の箸(非売品)は持ちやすい五角形をしています。
 
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開店してちょうど2カ月半経っていますがまだお祝いの花が飾られています。(12月6日撮影) 久しぶりの「みそかつ」に満足して店の外に出るといつの間にか長い待ち行列が出来ていました。参考情報ですが、銀座4丁目にも「矢場とん」(東京銀座店)があります。
 
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(続く)

2014年1月14日 (火)

珠玉のクロアチア旅行(その12) ドゥブロヴニク旧市街の夜

イグナチオ教会の前にある広場に出ました。旧市街の中心部から外れており、しかも日没後でもあるため広場に人影はありません。教会入口の上に巨大な天使が・・。ちなみに、この教会は1725年にローマの聖イグナチオ教会をモデルにしてバロック様式で建てられたそうです。ちなみに、聖イグナチオはカトリック教会の男子修道会であるイエズス会の創設者。
 
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天井が高い内部構造はバロック様式の建物です。正面の石造りの祭壇は赤大理石を使って見事に装飾されています。フレスコ画で描かれているのはキリストと聖人たちでしょう。
 
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教会の入り口を入った右側で柵に囲まれているのは「マリアの聖母受胎告知」の場面を表現した彫刻です。
 
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信心深い(?)同行者はロウソクを捧(ささ)げました。
 
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ステンドグラスもマリア像
 
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教会の右手に幅の広い石段があり、その先にテラスレストランが並んでいます。こちらが教会への正面アプローチのようです。
 
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建物の角にはライオンの噴水
 
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その左手にあるグンドゥドリチ広場に面したテラスレストランKonoba Rhea Silviaを夕食の場に選びました。調べると、Konobaは魚介類中心のダルマチア料理店、Rhea Silvia(レア・シルウィア)はローマの建国伝説に登場する女性でした。このレストランの厨房は左手奥にあり、右手にあるKONZMU(コンズム)はクロアチア最大のスーパーマーケット・チェーンです。
 
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私は赤ワインのqvarat”Beef Noodle Soup(30クーナ、約500円)、そして“Grilled Squid(イカの姿煮、89クーナ、約1500円)と奇妙な組み合わせを選びました。しかし、赤ワインはマイルドで飲みやすく、牛肉スープはヌードルの量が少なくて良いものの見た目通りの濃い味付けであることは残念ですが、イカは適度な塩味であり美味しく食べました。
 
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同行者は”Vegitarian plate(ポテトとナスのサラダ、30クーナ、約500円)と“White Risotto with Shrimps(小エビのリゾット、75クーナ、約1300円)を・・。リゾットはザダルで食べたものより塩味が控えめで美味しいとのこと。ちなみに、インド原産と言われるナスは中国や日本など東アジアで一般的な野菜との印象がありますが、中世以降には地中海沿岸諸国でも広く栽培されるようになって地中海料理でもポピュラーな食材です。今回の旅行ではスプリットで野菜サラダとして、ドゥブロヴニクでもホテルの朝食時に野菜炒めで食べました。
 
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夕食後にオドプツァ通りまで出て振り返ったグンドゥドリチ広場の全景です。後方にはライトアップされた大聖堂のドームが浮かび上がっていました。
 
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同行者は珊瑚(さんご)の装飾品を売る右手の店Mateoを覗(のぞ)いています。
 
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ショーウインドウに飾られた珊瑚のネックレス
 
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ドゥブロヴニクのボタン」も多彩
 
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同行者は店内で気に入ったヴェネツィアン・アイマスクに見入っています。ハロウィンに使うつもりなのでしょうか。それともマスカレード(仮面舞踏会)・・。
 
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プラツァ通りに出ました。昼間の賑(にぎ)わいが嘘のようです。
 
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ピレ門を出た橋の上から見たボカール要塞(右端)と見張り所(中央)
 
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ピレ門前のバス停で6番の路線バスに乗車して宿泊するホテルへ向うことにします。乗車券(市内均一料金)は運転手から購入すると一人10クーナ(約170円)ですが、私たちはホテルで事前に購入していたため8クーナ(約140円)ですみました。
 
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ここでまたまた投稿を小休止します。(続く)

2014年1月13日 (月)

珠玉のクロアチア旅行(その11) ドゥブロヴニク旧市街の城壁巡りⅤ

旧港のヨットハーバーを右手に見ながら歩きます。
 
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城壁めぐりで最初に通過したアシモン要塞が前方に見えてきました。右端に少し写るのは何度も紹介したレヴリン要塞。
 
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屋根瓦が手に取るような間近で見ることができます。
 
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ついに出口へ到着しました。ちょうど1時間の城壁散策でした。
 
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城壁に沿って引き返したところにある旧港で待つ同行者と合流してルジャ広場へ戻ります。
 
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オノフリオの小噴水(1438年)に近寄って撮影。水が八方に流れ落ちています。
 
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その噴水の近くにあるレストラン「タベルナ・アルセナル」と旧総督邸の間にシェイクスピアよりも一世代前に活躍した劇作家のマリン・ドルジッチ(MARIN DRZIC)の像もありました。人々が触れるようで銅像の手と膝(ひざ)が光っています。
 
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ふたたび大聖堂(正式名称は聖母被昇天大聖堂)の前を通過しました。12世紀末にロマネスク様式で建造されましたが、1667年の大地震で崩壊し、イタリアの建築家によってバロック様式で再建されたそうです。右端に聖母マリアがキリストを抱く像が見えます。
 
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左手の路地に入って城壁沿いの階段を上がります。
 
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私の勘ピューター(ナビ)の正確さが実証されました。城壁の上から見たカフェテラスCliff Barに迷わず到着すると、それまで雲に隠されていた夕日がアドリア海に沈むところでした。
 
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幸運なことに最前列の席が空いていました。私はクロアチアの赤ワイン”Babic”(バビッチ、40クーナ)をグラスで、同行者はイチゴジュース(26クーナ)を頼んだようです。私好みの赤ワインを楽しみました。
 
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やっと雲の下に出た夕日がもうすぐアドリア海に沈みます。クルーザーが長い航跡を残して旧港方面へ向かっています。
 
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少し拡大して撮影
 
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船がもう一艘(そう)続きます。
 
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その船がゆっくり近づいて来ました。
 
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そして目の前を通過します。この船もパノラマクルーズなのでしょうか。
 
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夕日の勢いが少しずつ弱まってきました。
 
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夕日をもう一度クローズアップ
 
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グルーザーが逆(右手)方向に高速で航行しています。日没間近というのに、これからいったいどこへ向うのでしょうか。
 
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太陽が雲に隠れてしまいました。
 
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(続く)

2014年1月12日 (日)

珠玉のクロアチア旅行(その11) ドゥブロヴニク旧市街の城壁巡りⅣ

前方にスパシテりュ(Spasitelj)見張り所が見えて来ました。城壁の下にある岩場に人の姿が・・。
 
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左手には大聖堂(カテドラル)の巨大なドームには最上部まで上がる梯子(はしご)が設置されています。その手前に鐘楼も。
 
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スティエパン見張り所を振り返りました。アドリア海を睨(にら)んでいる様子が良く分かります。
 
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幅の狭い急な階段が現れました。先を行く女性たちは下の岩場を覗(のぞ)いているようです。
 
675 

階段を過ぎてからもう一度振り返ると城壁の下で先ほど見た男性たちが飲み物と軽食を持ち込んで何やら語り合っていました。午後3時半過ぎですから「御八(おや)つ」をしているのでしょうか。
 
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スパシテりュ見張り所の上から大砲の砲筒(ほうづつ)が覗(のぞ)いています。そして、その下には旧港の防波堤と赤い防波堤灯台が覗(のぞ)いています。
 
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幅が狭い散策路がスパシテりュ見張り所に向かって続きます。
 
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先ほど城壁の散策路から見た大砲がこれです。
 
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広場のような場所に出ました。聖イヴァン要塞(南側)の屋上のようです。スルジ山の後方にやっと晴れ間が見えてきました。
 
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順路は下へ続いています。
 
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階段はかなり下まで続いているようです。
 
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大聖堂付近に見えた3つの鐘を持つ鐘楼をクローズアップ
 
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旧市街の南東角にある聖イヴァン要塞の脇に城壁への出入り口がありました。順路は右手です。
 
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旧港の脇に出ました。
 
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また大砲が
 
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住宅の新しい壁
 
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旧港の正面にあるレストラン・アーセナルの上を通過
 
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散策路は折れ曲がって伸びています。前方に見えるのは出発地点に近い場所にあるドミニコ会修道院
 
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反対側には旧港の全景
 
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城壁の下にあるベンチでアイフォーンの操作に余念がない同行者が確認できました。
 
692 

(続く)

2014年1月11日 (土)

珠玉のクロアチア旅行(その11) ドゥブロヴニク旧市街の城壁巡りⅢ

ドゥブロヴニクの旧市街には似つかわしくない鋼板製の見張り所のようなものがありました。外観もまだ新しいようですから、クロアチア紛争時に設置されたものかもしれません。
 
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中に入って右手の覗(のぞ)き窓から外を見ると、旧市街へ最初に入る時に渡った石橋とメインゲートのピレ門が見えました。
 
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反対側の窓からも外を見ると、城壁の同様の構築物が前方にも見えます。その先にはボカール要塞が少し覗き、右手にはロヴリイェナツ要塞が近づきました。
 
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さらに前方へと歩きます。
 
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後方を振り返ると「オノクリフの大噴水」の南側の建物(レストラン&カフェJADRAN)、フランシスコ会修道院の鐘楼、左手にはピレ門付近からロヴリイェナツ要塞までの城壁が見えます。
 
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ピレ門を外敵から守ることが主な役目であったボカール要塞は散策路からは一段低い場所にありますので、立ち寄らずにその脇を通過して城壁の南西角を通過しました。この地点から城壁上の散策路は急な上り勾配(こうばい)になりました。
 
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大砲が置かれたボカール要塞越しに見るロヴリイェナツ要塞
 
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海に面した南側の城壁は折れ曲がっているため、その様子を詳しく知ることができます。
 
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城壁の内側は破壊されたままの建物がそのまま残っていました。
 
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一番高い場所から見たボカール要塞、旧市街の西に広がる新市街、そしてロヴリイェナツ要塞(左端)を展望
 
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前方を見ると垂直に切り立った城壁と聖ピーター(Petal)見張り所、そして海上にはロクルム島も
 
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振り返るとこんな景色
 
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前方に小さな門があります。
 
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階段を下りると聖ピーター見張り所に到着
 
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聖ピーター見張り所(砦)の大砲
 
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散策路は下り坂に
 
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こんなところにカフェテリアがあります。階段が確認できますから、城壁に通用門があるのでしょう。前方に見えるのはマルガリータ(Margarita)見張り所のようです。
 
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散策路は海に向ってさらに下ります。
 
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イグナチオ教会と城壁に挟まれる場所にもバスケットコートがあります。奥の建物に学生らしい姿が見えますから学校(Teolosko-katehetski institut)のようです。
 
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マルガリータ見張り所は思ったよりも小さな施設でした。
 
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(続く)

2014年1月10日 (金)

珠玉のクロアチア旅行(その11) ドゥブロヴニク旧市街の城壁巡りⅡ

城壁上の散策路(通路)はほぼ直線となってルチア見張り所まで伸びています。
 
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瓦葺(かわらぶき)のバルバラ見張り所の影からロヴリイェナツ要塞が少し覗(のぞ)いています。
 
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破壊された住宅跡に葡萄棚(ぶどうだな)のようなものが造られています。
 
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西側の城壁の左端(南西角)にはボカール要塞が少しだけ見え始めました。
 
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城壁で一番高いミンチェタ要塞(高さ25m)が目の前に出現しました。その高さを活かして見張り塔として使われたようです。数名の観光客が最上部から旧市街とアドリア海を眺(なが)めているようです。
 
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ミンチェタ要塞の急な階段を上ると展望が開けました。
 
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来(こ)し方を見下ろすと地形に合わせて城壁が高くなっていることが分かります。
 
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旧市街の甍(いらか)の波に見とれてしまいました。中央上にイグナチオ教会、左手に大聖堂のドームが見えます。
 
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城壁の一部がサッカー場兼バスケットコートとして利用されていました。西側の城壁に沿ってピレ門(中央の半円形)と海に突き出したような半円形のボカール要塞が並んでいます。
 
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ロヴリイェナツ要塞付近をクローズアップ(左下はボカール要塞とピレ門)
 
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南側から見たロヴリイェナツ要塞の上部
 
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ピレ門の少し手前にある見張り台
 
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ミンチェタ要塞とスルジ山を振り返りました。
 
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見張り台脇の階段からピレ門とフランシスコ会修道院が見えます。左手前の家は屋根が完全に破壊されていました。
 
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その廃屋の南側にある庭では柑橘(かんきつ)類と野菜が栽培されています。
 
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見張り台に上がるとピレ門を入った場所が手に取るようです。
 
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年代を感じさせる茶色の甍(いらか)と内戦後に修復されたと思われるオレンジ色の甍に囲まれたフランシスコ会修道院の鐘楼も気に入りました。
 
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プラツァ通りを見下ろす場所に出ました。
 
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オノフリオの大噴水も上から見るとその形が良く分かります。ドームに空いた丸い穴は1667年の地震で壊れた(落下した)部分のようです。手前の長方形の穴も同様でしょう。
 
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(続く)

2014年1月 9日 (木)

珠玉のクロアチア旅行(その11) ドゥブロヴニク旧市街の城壁巡りⅠ

レヴリン要塞を左手に見ながら旧市街へ戻ります。
 
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路傍(ろぼう)にランタナ(七変化)の花が咲いていました。
 
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プジャ門の石壁に世界遺産エンブレム(マーク)が誇らしく掲げられています。ちなみに、中央の正方形は人類の文明とインスピレーションの賜物を象徴し、外側の円は世界のように丸くて自然の贈り物を祝っているそうです。
 
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先ほどと同じ石段を下りました。同後者が突然、「看板に書かれたAuthenticってどういう意味?」と私に尋(たず)ねました。「オーセンティックは英語で本物という意味だよ。ファッションでは本格的であることを指す形容詞。学校では習わない単語だけれど」と余裕しゃくしゃくで答えました。実は英語のレポートや記事を大量に読むことが私の仕事の一部なのです。
 
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ルジャ広場に面する前面に「時計搭」と「オノフリオの小噴水」がある本警備隊の建物に奇妙な兜(かぶと)を被(かぶ)った男性の頭部の上に大砲と砲弾のようなものもあります。おそらく本警備隊の入口だったのでしょう。そして、その下の看板には広場の名前であるLUZA(ルジャ)が表示されています。
 
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クロアチア語で書かれた言葉が気になり後で調べると、Tradicijski obrti は伝統工芸品を意味するようです。またkinoは映画、Slobodaは自由ですから自由映画となり、taverna(料理店) Arsenal(工廠、つまり兵器工場)は隣の建物(造船所跡地)にあるレストランの名前のはずです。残念ながら私の無いに等しいクロアチア語の能力ではこれ以上の意味が理解できません。そこで「本警備隊」をキーワードにしてさらに調べると、18世紀の建築家、マリン・グロペリが建設した本警備隊の建物のバロック様式の正面玄関は現在、ソロボダ映画館、土産物店、レストランへの通路になっていたのです。分かってみれば何の変哲(へんてつ)もない看板でした。

レヴリン要塞の脇を通過して旧市街の東端にある小さな跳(は)ね橋を渡って旧市街の外へ出ます。
 
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跳ね橋の外側から見たプロチェ門
 
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プロチェ門のすぐ内側にある大砲がロクルム島の東端方向を向いていました。
 
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ふたたびレヴリン要塞脇を通過して旧市街へ戻ります。
 
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旧市街右手に折れると狭い路地がありました。旧市街の案内図によれば、この近く城壁への入口があるはずです。看板に The city walls Entrance Tickets と表示されていますから、間違いなさそうです。料金は90クーナ(約1500円)とやや高め。石壁の影にある窓口で入場券を購入して、前方の階段を上がるようです。最初に紹介したピレ門付近ともう一箇所、計3箇所の入口があるようです。
 
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狭い階段を上がると城壁の上に出ました。いよいよ全長1940mの城壁遊歩道巡りが始まります。
 
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旧港にあるヨットハーバーが真下に見えます。
 
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非常階段のように狭い階段が続きます。その先にはアシモン(Asimon)要塞があるようです。
 
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曲がりくねりながらアップダウンする様子は北京にある万里の長城に少し似ています。
 
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オレンジ色の屋根はドミニコ修道院、その鐘楼も手に取るような近さです。
 
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城壁はますます高い場所へと続いています。前方に見える塔はプジャ門の手前にあるヤコブ(Jakov)見張り所のようです。
 
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屋根と石壁が壊れた家屋があります。
 
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先ほど見えた半円形のヤコブ見張り所には狭間(さま、はざま)のような窓が並んでいます。
 
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この場所からはヴィド(Vid)、ルチヤ(Lucija)、バルバラ(Barbara)などの見張り所と旧市街の城壁で一番高いミンチェタ(Minceta)要塞までが見通せます。
 
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アドリア海に浮かぶロクルム島とオレンジ色の甍(いらか)のコントラストが美しい
 
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(続く)

2014年1月 7日 (火)

オービィ横浜を楽しむ(後編)

ベースキャンプ近くで行われている写真撮影サービス(有料)にオチビちゃんとコチビちゃんが飛び入り参加。
 
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「シアター23.4」(午後1時40分開始)への入場が午後1時20分頃に始まりました。
 
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上映開始までの待ち時間を利用した子供向けの写真撮影(有料)と係員による説明が続きました。ちなみに、「23.4」は地軸の傾斜角のことです。
 
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楕円形をした「シアター23.4」には前面の巨大なスクリーン(高さ8m、横幅20m)の他に後方にも2つのスクリーンがありました。
 
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北極の四季がIMAXにも劣らない迫力ある画面をドルビーサラウンドが盛り上げ、客席や床が振動し、冷たい空気(水蒸気)が吹きかけられるなど、臨場感に溢(あふ)れていました。一瞬で海水が凍って生物(ヒトデ)を閉じ込めるシーンが印象に残りました。(
上映中は撮影禁止)
 
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エグジビション巡りを続けます。「B 1,300,000」ではアフリカを移動するヌーの大群とワニが4方を取り囲むスクリーンに映し出されました。迫力のある映像と音響に加えて、なぜか銃声のような鋭い音が2回も耳を劈(つんざ)きました。
 
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A 40,000」はスーパーマンのように空中を飛びながら地球一周する爽快(そうかい)な映像アトラクションです。
 
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C 60」はインドネシアに生息する世界最大のトカゲ、コモドドラゴンが獲物を狩る様子が克明に映し出されました。オチビちゃんはコモドドラゴンをテレビ番組で観たことがあるそうです。
 
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D -89.2」は地球最低気温を体感するアトラクションです。
 
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最初に入った部屋は室温が5度、次いで0度に保たれた部屋に移ると、風速22m/sの風は吹きつけて体感温度を急激下げました。
 
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G 無限大」では円形スペースの中央にあるテーブル上にいろんな色のフィルムを置くと周囲のスクリーンにその色調の写真群が映しだされ、刻々変わる色の世界をたっぷり楽しむことができました。
 
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エグジビションを一通り回り終えたところで5階にある「アフターショー&サービス」(コーヒーショップ)で休憩することにしました。
 
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私はザ・プレミアムモルツ(580円)で燃料補給を・・。オチビちゃんたちはコーラ、ストロベリーサンデー、そしてブルーハンバーガー(450円)を注文。
 
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無理を言って店員さんにカットしていただいたブルーハンバーガーのバンズは中まで青くて不気味ですが、味は蒸しパンのようにさっぱりしていて美味しいものでした。私が燃料補給を楽しんでいる間にオチビちゃんたちは「アニマルペディア」に再挑戦。今回はもちろん「陸の動物編」です。
 
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出口付近に待ち構える土産物店に立ち寄ったあとは、4階以下にあるショップを巡りたいという同行者たちの提案をひとりスキップした私が5階にあるテラス(屋上部分)に出てみると、期待通りにランドマークタワー、日石横浜ビル、横浜銀行本店ビル、三菱重工横浜ビルが林立していました。右上に見える丸いものは、もちろんUFOではなく、天井灯の写り込みです。
 
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反対側にはパシフィコ横浜も見えます。そして、手前にあるのはみなとみらい駅への出入り口でしょう。
 
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左手のMMパークビル(三菱地所)の屋上には小型風力発電機が設置されていました。風がないようで夕焼けに照らされた羽根は回っていません。大型の風力発電用風車は強い風力で効率の良い水平軸を持つプロペラ形が採用されており、これまで「旅行大好き、飛行機も!」と「温泉大好き、ドライブも!」の両ブログで何度も紹介した風力発電用風車のほとんどがこのタイプです。写真の小型風車のように輪状のフードをつけることで風がフードの内側を通過する際の風速が20-30%速くなるため、発電出力はフードなしの場合の2倍近くになる効用があるようです。そして、般的な風車で課題となっているブレード先端部分での風切り音もほぼ消える優れた仕掛けなのです。ユニークな風車の例として垂直軸を持つサボ二ウス型風車を「これって、何?」ブログで紹介しています。
 
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私は風車を見るといつも映画「華麗なる賭け」(英文原題:The Thomas Crown Affair)の主題歌「風のささやき」(1968年アカデミー主題歌賞受賞、英文原題:The Windmills of Your Mind)を思い出します。ちなみに、Windmillは風車を意味する英語ですが、ヨーロッパで穀物を臼(うす)で挽(ひ)くため(つまり製粉機用)に風車が用いられたことが語源のようです。「風のささやき」の歌詞は修辞学的な表現の繰り返しであるため難解ですが、サビの部分で歌われる言葉”The Windmills of Your Mind(君の心に回り続ける風車)を強調しているのでしょう。

ここで道草を食って私の関心事についてもう少し書きます。風力発電は欧米や最近トップに躍り出た中国などで有力な再生可能エネルギーとして積極的に導入されて全電力需要量の約20%を賄(まかな)う水準に近づいているようです。日本でも北海道・青森県(下北半島)から鹿児島県までの太平洋沿岸などで多数の風力発電設備が設置されていますが、それでも全電力需要のわずか1%強を占めるだけなのです。民家に近い場所が多いため騒音・低周波振動による公害が懸念されることに加えて、先進諸国のように明確なエネルギー政策が日本にないことが後進国に甘んじる主原因になっていると考えられます。しかし、風力発電の諸課題を解決するとともに海岸線の長い日本に適した方法として期待される洋上風力発電設備が昨年11月に福島県楢葉町沖で稼動を開始したことが報道されました。

三菱重工横浜ビルの手前にある横浜美術館の向こうに夕日が沈みます。
 
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<同行者のコメント> オービィ横浜へオチビちゃんとコチビちゃんを連れて行こうと言い出したのは私ですよ。WOWOWの番組を一緒に観ていたのに旦那さまはうろ覚えで、「ほら、あの女優さんが出演した番組で紹介した場所よ」と言ったことでやっと思い出しました。それはともかく、二人ともたっぷり楽しんでくれたようで、今回の選択は正解でした。

2014年1月 6日 (月)

オービィ横浜を楽しむ(前編)

大阪からオチビちゃんとコチビちゃんが年末年始の休みを利用して遊びに来てくれました。川崎大師への参拝はもちろん、横浜のこどもの国などへも一緒に出掛けて楽しい時を過ごすことができました。ここではその中から横浜みなとみらいを訪れた時のことを紹介したいと思います。

横浜高速鉄道みなとみらい線のみなとみらい駅で下車、駅と直結するMARK IS MINATOMIRAI(マークイズみなとみらい)の地下4階へ向いました。昨年6月にオープンした三菱地所の大型ショッピングセンター(商業施設)です。ちなみに、その2ヶ月前に静岡でオープンしたMARK IS 静岡に次いでMARK ISの2号店とのこと。奇妙とも言えるネーミングですが、『街とともに成長し人々に愛され続けるランドマーク的な存在を目指して付けられた』のだそうです。
 
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三菱地所がテレビCMで連呼する『三菱地所を見に行こう』につられたわけではありません。WOWOWで放送されている番組BBC Earthで紹介されたオービィ横浜(Orbi Yokohama)に興味を持ったのです。セガとBBC EARTH(コンテンツ制作会社)が大自然を体感できる新業態のエンターテインメント・ミュージアムを共同して作り上げ、昨年8月に「マークイズみなとみらい」の5階と6階にオープンしたそうです。ちなみに、オービィの運営はセガと英国BBCワールドワイド(コンテンツ配給会社)が共同で行っているようです。
 
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とりあえず5階にあるチケット売り場に向いました。料金は大人2600円、小中学生1300円、シニア2000円と高めの設定です。確認すると一旦退出すると再入館できない仕組みとのことでしたから、先に昼食を済ますことにしました。お目当ての「シアター23.4」は時間的な余裕をみて13:40にスタートする席を予約しました。

4階に降りて昼食に何を食べるか迷いましたが串焼き店などにはすでに長い行列ができていました。そこで、同行したオチビちゃんとコチビちゃんが好きな回転寿司に決めて、「まぐろ問屋めぐみ水産」(まぐろ問屋直営店)に向かいました。この日は残念なことにマグロの解体ショーはないようです。
 
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数分待つと席に案内されました。オチビちゃんとコチビちゃんはもちろん定席であるベルトコンベヤー側の席に。見る見るうちにテーブルの上に皿が並びました。
 
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二人はこんな楽しい寿司も追加しました。
 
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そのお母さんは中落ちの軍艦巻きを
 
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大人3人と子供2人が30分余りで計24皿を平らげました。
 
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午後1時になりましたので5階へ戻って入館することにします。入場証(リストバンド)を読み取り機にかざす仕組みでした。
 
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入口の通路にはBE AMAZED(びっくりして)と表示されていて入場者の期待感をそそります。
 
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最初のコーナーで、しかも最大のアトラクションの「アニマルペディア」では巨大なスクリーに映し出された陸の動物編が始まるところでした。
 
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事前に操作方法が説明されました。
 
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我われの順番が来た時には海の生き物編に切り替わってしまいました。
 
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実物大で海の生き物を鑑賞できます。キャッチ・アンド・リリースの操作方法がよく飲み込めないうちに終了したのは残念でした。後で分かったことですが、自分の立ち位置の前にある受信機に向って手を動かすことで事前に登録する必要があることと、他の人がキャッチした対象にはアクセスできないのです。
 
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天井から吊り下げられた奇妙な物体はオービィのシンボルでした。施設名のオービィ(Orbi)の文字をデフォルメして作られたようです。ちなみに、OrbiOrb(球体)とOrbit(軌道)を組み合わせた造語のようです。
 
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ベースキャンプではプロジェクションマッピングが行われていました。階段状になった背景にジャングルやアイスワールドが映し出されます。オービィにはAからGまで7つののエグジビション(ショー)がありますが、順番に回る必要はありませんから、空いてるものを選びながらすべてを回ることにしました。
 
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F 75」は昆虫の世界で、暗い内部は通路になっており、お化け屋敷風の演出がありました。オチビちゃんとコチビちゃんは叫び声を上げて怖がっていました。
 
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E 10,994」では海面から深海へ海中散歩を楽しめます。
 
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大型円形スクリーンは長さ11m×高さ2.4m。観客は中央のベンチに座ります。海面(深度0m)からスタートした序盤はサンゴなどが生息する浅い海の世界を漂いました。
 
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次いでクマノミが現れました。
 
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色とりどりの魚の群れも・・。最後に深度1万999mまで到達しました。10,994とはBBC EARTHが観測した地球上で最も深い海の地点のようです。
 
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(続く)

2014年1月 4日 (土)

珠玉のクロアチア旅行(その10) ドゥブロヴニクの旧市街Ⅵ

ロープウェイのゴンドラが上昇し始めました。旧港とロクルム島の様子がよく見えます。城壁の右端には先ほど通過したばかりのプジャ門も。
 
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あっと言う間に到着した山頂駅(山頂の標高は412m)から旧市街が一望できます。
 
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内戦で破壊された山頂駅の写真パネルには「1991-92」の文字があります。
 
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山頂駅脇にあるテラスレストラン
 
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山頂駅近くの要塞跡と思われる建物には内戦の痕跡(こんせき)がそのまま残されています。そして「落石危険」の張り紙が!
 
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その奥に立つ電波搭にはさまざまなアンテナが設置されています。テレビ放送とマイクロ回線などに使われているのでしょう。右手後方には携帯電話の基地局用アンテナも。
 
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要塞跡の壁に「1991」と大きく表示されたポスターが貼ってあります。1991年はユーゴスラビア紛争のひとつであるクロアチア紛争においてユーゴスラビア軍(セルビアとモンテネグロ)がドゥブロヴニクを含むクロアチアへの攻撃を開始した年です。クロアチアに対する攻撃は1995年まで続きました。
 
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19世紀初頭にナポレオン軍が占領した時に建設されたというこの帝国(インペリアル)要塞を利用したクロアチア紛争博物館の入口は意図して廃墟(はいきょ)風に造られています。入館料は大人30クーナ(約500円)。
 
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狭い通路が展示室の間をつないでいます。
 
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まず左手の展示室へ入ると、その奥に戦意を高揚させる大きな写真が目に入りました。
 
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戦争に関係する様々な資料が展示されていました。ショーケース内に展示されているのは自動小銃かと思いましたが、銃架(じゅうか)が付いていますから軽機関銃と呼ぶべきかもしれません。クロアチアでも大量に使われたという有名なカラシニコフAK-47に外観が似ていますが・・。銃床(ストック)のプレートに GOLUBOV KAMEN 02.07.1992 と表示されています。調べると GOLUBOV KAMEN は内戦の激戦地であったドゥブロヴニク北方の国境地帯でした。
 
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有翼弾(ゆうよくだん)は弾道を安定させるために尾部に翼をつけた弾丸のことで、最前線の戦闘に適した迫撃砲(はくげきほう)などに使われます。
 
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内戦時の様子を説明する写真と解説文や、敵軍(セルビアとモンテネグロ)の侵入ルートを示す地図などが石壁上に貼られています。1991年10月1日に始まった攻撃によりドゥブロヴニクの包囲と市街への砲撃は約7ヶ月間も続いたそうです。
 
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クロアチア紛争博物館を出ました。ロープウェイの山頂駅の左手にある展望台から見た旧市街地です。
 
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旧市街の南西方向に位置するロヴリイェナツ要塞をズームアップ
 
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ナポレオン軍が建設した十字架は内戦で破壊されてしまいましたが現在は復元されています。
 
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我われが宿泊するホテルがあるラパッド地区を遠望しました。ちなみに、ホテルの場所はその右奥(最先端部)です。
 
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厚い雲に切れ目(間)が少し出来はじめました。
 
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山頂駅にあるチケット読取装置(ゲート&リーダー)には SKIDATA と表示されています。オーストリアのアクセスシステムを製造する会社の製品で、チケットのバーコードを自動的に読み取る装置でした。
 
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下りのロープウェイから見た旧市街の中心部です。左端の鐘楼はドミニコ会修道院、その右手の黒いドームは大聖堂、青いドームは聖ヴラホ教会、海岸近くにある一際大きな建物はイグナチオ教会。手前の城壁の上を歩く人たちの姿も確認できます。
 
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次回はその城壁の上を歩きますが、ここでまた小休止です。(続く)

2014年1月 3日 (金)

珠玉のクロアチア旅行(その10) ドゥブロヴニクの旧市街Ⅴ

旧港の南端にあるポンテ門から旧市街へ戻ります。
 
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プラツァ通りの南側にある路地に入りました。
 
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昔の水道管路が今も残っています。
 
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写真パネルが何枚も壁面に展示されていました。
 
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クロアチアの民族衣装をまとった人形
 
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装飾品店のショーウインドウで珍しいものを見かけました。鈴のようなものは「ドゥブロヴニクのボタン」と呼ばれるもので、結婚相手の女性に結納(ゆいのう)のような形で贈られたという大きな球形のペンダントトップ。同行者はこのボタンにも興味を持ったようです。
 
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ついに発見しました。モダンな布が使われていますが、クロアチアにおける避暑設備の原形はこんなものだったのでしょう。
 
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ルジャ広場へ戻ってカフェテラスで昼食を摂(と)ることにしました。
 
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私はクロアチアのクレープにしようかと迷った末、チキンクラブのホットサンドイッチ(20クーナ)とシュウェップスのビターレモン(28クーナ)を選びました。
 
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同行者は「コーヒーだけで・・・」と言いますが、私はもちろんお裾分(すそわ)けすることを忘れません。
 
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同行者は昼食もそこそこに「修道院の薬局へ行きたい」と言い出したため、プラツァ通りを西へ歩いてフランシスコ会修道院まで戻りました。ラマ・ブラッチャ薬局に入るだけなら入館料は不要です。同行者はあれこれ迷ったようですが、乾燥肌用のオーガニッククリームを何種類か買い求めました。意見を求められてかいだクリームの香は控えめで、しかも容器のデザインもシンプルなものでした。
 
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プラツァ通りを往復したあとはスルジ山へ向いました。路地の階段を上りきって旧市街の北に位置するプジャ門を抜けます。「このあとは山登りだ」と私が言うといつも留守居役を宣言する同行者は、薬局での買い物に満足したのか、いつになく軽い足取りで歩いています。後でさりげなく尋(たず)ねると、テレビの旅行番組で印象に残ったスルジ山からの景色を自分の目で見たかったのだそうです。
 
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道路の下を潜(くぐ)る時には同行者がはるかに先行していました。
 
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高架下にあるロープウェイのチケット売り場に到着
 
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往復切符は大人料金が94クーナ(約1600円)
 
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ロープウェイ乗り場はクランク形に折れ曲がる坂道を上った先にあるようです。
 
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ロープウェイが見えて来ました。
 
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乗車口で数分待つことに
 
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ロープウェイの駅からでも旧市街とロクルム島が良く見えました。
 
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クロアチアとスイスの両国旗およびエーデルワイスの花をあしらったベルトで吊るされた鐘を見つけました。"GARAVENTA" の文字が読み取れます。調べるとスイスにあるロープウェイの製造会社でした。内戦で破壊されたロープウェイは2010年、20年ぶりに運行が再開されたそうです。
 
559 

(続く)

2014年1月 2日 (木)

珠玉のクロアチア旅行(その10) ドゥブロヴニクの旧市街Ⅳ

元旦恒例のニューイヤー駅伝は総合力で勝るコニカミノルタの完勝で幕を閉じました。前半(特に1区と3区)でやや出遅れたものの5区で一気に挽回し、後半の6区と7区は独走態勢を維持して逃げ切りました。昨年に続いての連続優勝は見事です。
 

午後7時からはNHK Eテレで生中継されたウィン・フィル ニューイヤーコンサート2014です。今回の指揮者は5年振りで2度目となるダニエル・バレンボイム氏。同氏の指揮で奏でられる知名度のあまり高くない楽曲は私にやや地味な印象を与え、会場に飾られた美しい生花の色使いが単調であることも共通しています。ただ、ウィーン国立バレエ団のダンサーたちの衣装を今回担当したのは日本でもよく知られるイギリス人デザイナーのヴィヴィアン・ウエストウッドで、そのデザインと斬新な色使いがバレエとよくマッチして魅力的でした。そして演奏の方もポルカ「憂いもなく」と「カリエール」で盛り上がりを見せ、定番の「美しく青きドナウ」と「ラデツキー行進曲」でウィン・フィルの良さを引き出したのはさすが和を重んじるバレンボイム氏だと感じ入りました。
 

2日はもちろん箱根駅伝。今回で90回目を数える長い歴史があるレースです。ちなみに、駅伝は日本発の長距離リレー競争で、昔の街道で使われた駅馬(伝馬)をイメージして命名されたようです。スタートと同時に飛び出した早稲田大学がトップ集団を引っ張るレース展開で1区が始まり、青山学院そして日体大が抜け出て鶴見中継所で2区の走者に襷(たすき)を渡しました。
 

                            ☆
 

旧港の桟橋で遊覧(グラス)ボートに乗り、ドゥブロヴニクの旧市街を海から眺(なが)めることにしました。料金は45クーナ(約800円)
 
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城壁の下でニ毛猫(にけねこ)が気持ち良さそうにうたた寝をしています。
 
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この黄色い遊覧ボートに乗るようです。
 
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出航するとレヴリン要塞とスルジ山が一望できました。
 
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沖合約600mに浮かぶロクルム(Lokrum)島を目指すようです。この島には修道院や植物園があるそうです。
 
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振り返るとドゥブロヴニク旧市街の南側城壁が一望できます。
 
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こちらは旧市街から少し離れた場所にあるロヴリイェナツ要塞
 
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両方を一枚の画像に収めました。空全体に雲が広がってきました。
 
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旧市街から大分離れると波が次第に荒くなってきたようです。
 
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風が強いのでいつものように島の外側を回るコースではなく、内回りに変更されました。ロクルム島が近づきました。
 
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ドゥブロヴニクの新旧市街とスルジ山が一望できます。
 
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新市街は右手(東方向)へと伸びているようです。
 
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Aquariusと表示された船が追い抜いて行きます。名前からみて水中ダイビングする客を乗せている船でしょう。ウェットスーツのようなものも見えます。
 
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左前方の景色です。国道8号はこの海岸線に沿って隣国のモンテネグロへと続いています。
 
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振り返るとロクルム島を過ぎた場所からドゥブロヴニクの新旧市街が小さく見えます。
 
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カヤックに乗る人たちがいます。ダブル・ブレードのパドル(櫂、かい)を使うカヌーで、シングル・ブレード・パドルを使うカナディアン・カヌーとは区別されるようです。カヤックも海ではシーカヤック、湖ではファンカヤック、川ではリバーカヤックと呼ばれるとのこと。
 
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Uターンして岸寄りのコースに入った所で旧市街をズームアップ
 
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岸辺の豪邸には純白のガゼボ(西洋東屋)が印象的です。
 
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旧港を守るように建つ聖イヴァン要塞が近づきました。
 
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浅瀬に入ると船底のガラス越しに海中の小魚が
 
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1時間弱で同じ桟橋に戻りました。(続く)

2014年1月 1日 (水)

珠玉のクロアチア旅行(その10) ドゥブロヴニクの旧市街Ⅲ

明けましておめでとうございます。皆様のご多幸をお祈り申し上げます。
 

わが家はいつも通りの年末年始を過ごしております。12月28日には家族全員(12名)で川崎大師に参拝、大晦日(おおみそか)はジルベスターコンサートでカウントダウン、元旦はニューイヤー駅伝のテレビ中継を観ながらお雑煮(ぞうに)とお節(せち)を食べました。そして、エース区間である第4区に入ったところでクロアチア旅行記の続きをアップします。
 

                            ☆
 

ルジャ広場に戻りました。広場を挟(はさ)んで聖ヴラホ教会と反対側にある狭い路地はスルジ山に登るロープウェイの乗り場に続いているそうです。
 
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その路地に入るとTシャツ屋など小さな商店が並んでいます。
 
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交差する路地(レストラン通り)がレストランのテラス席になっていることに驚かされます。すでにテーブル名キングが終っていました。
 
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石段はまだ前方へと続きます。
 
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レストラン通りを右手に折れました。こちらはまだテーブルの準備がされていません。
 
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美しい装飾が施されたバルコニーを見つけました。ちなみに、バルコニーとは室外に張り出した屋根のない手すり付きの台のことです。よく似ているベランダは外に張り出した屋根のある縁(えん)のことであり、そしてテラスとは建物の一階から突き出して作ってある床のことを指します。
 
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シベニクでも見た昔の避暑用設備
 
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ニコル教会に行き当たりました。ここは右手に折れます。
 
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狭い門を抜けるようです。
 
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そして階段を下りると城壁の脇に出ました。
 
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城壁が直線的に続いています。その上には人の姿が・・。
 
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石段の手摺(てすり)にある豪華な装飾
 
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土産物を売る女性は民族服を着ています。
 
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城壁を出るとロカンダ・ペスカリヤやアルセナルなどテラス席のあるシーフード・レストランが並んでいました。
 
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そして、目の前にはドゥブロヴニクの旧港が広がっています。ドゥブロヴニクの交易を支えた重要な港でしたが、現在は観光用ボートの発着所になっています。前方に見える建物は聖イヴァン要塞跡で、現在は水族館と海洋博物館になっているようです。
 
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旧港の桟橋(さんばし)に出ると遊覧船が停泊していました。ヨットハーバーの先には統一感のある美しい住宅が山の中腹まで続いています。
 
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旧市街の北東角にあるレヴリン要塞です。この脇を抜ければ旧市街に出入りできるプロチェ門があるようです。
 
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左に目を転じると聖ルカ要塞とドミニコ修道院の鐘楼が城壁の向こう側に見えます。スルジ山頂にある電波搭の上部は雲の中に入っていました。あとで山頂まで行くつもりですから大いに気掛かりです。
 
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黒い海賊船かと思いましたが、パノラマ・クルーズ(Panorama Cruise)と書かれた横断幕が掲(かか)げられています。
 
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城壁から突き出たものは船を係留するボラード(係船柱)と同じ役割をしていたそうです。
 
488 

(続く)

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