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2014年1月31日 (金)

百田尚樹著「海賊と呼ばれた男」(上巻)を読むⅠ

百田直樹氏の処女作「永遠の0(ゼロ)」が映画化されて大ヒットしているようです。2012年12月のブログ記事でその長編小説を紹介しましたが、今回は百田作品を読み切る計画の10作品目として同氏の最新作「海賊と呼ばれた男」(2012年7月11日講談社刊、上下巻)を取り上げます。「大家族主義」という日本的経営を標榜(ひょうぼう)する出光興産創業者の出光佐三(いでみつさぞう)氏をモデルにした国岡鐡造(くにおかてつぞう)を主人公とする歴史経済小説で、昨年(2013年)の本屋大賞を受賞しています。

例によって長文になりますが、国岡鐵造の生涯を描いたこの小説(上巻)のあらすじを3回の記事にわたって紹介します。著者は主人公の生い立ちからスタートするのではなく、本人にとって最もインパクトのある終戦と言うタイミングをプロットとして本書を書き始めました。

                             ☆

上巻(380頁)の表紙には棒に結わえた風呂敷包みを肩に担ぐ復員兵と思われる男が線路を歩いている。そして見開(みひら)きには「日章丸全航程」と題したアジアの地図上に日本とイランを往復するルートが描かれている。

期待を持って中表紙と序章の中扉(なかとびら)を捲(めく)ると、真夏の暑い小学校の校庭で国岡鐵造がラジオ放送を聞くシーンで始まった。日本は戦争に負けたのだ。都立一中(現在の日比谷高校)に通う息子と東京で生活する鐵造は栃木県の松田(現在の足利市)にある小さな借家に疎開(そかい)している妻と4人の娘たちの顔を見に松田を訪れていた時の玉音(ぎょくおん)放送だ。

この年に還暦を迎える鐵造は運転手が運転するドイツの高級車オペルに乗って東京銀座にある田岡商店の本店である「田岡館」に戻った。5階建ての田岡館は奇跡的に消失を免(まぬか)れていた。約1000名の店員を抱(かか)える石油販売会社の田岡商店は営業所を国内に8店、朝鮮・満州・中国・南方など海外に62店持っていた。

第一章 朱夏(昭和20年~昭和22年)

敗戦から1ヶ月を経過した9月17日に鐵造は重役会議を開いた。思い切った人員整理を進言する重役たちに向かって鐵造は、『ならん。ひとりの馘首(かくしゅ)もならん』と言う。鐵造の「人間尊重」は彼の強い信念であり、金科玉条(きんかぎょくじょう、絶対的に守るべき規則)であった。この考えは開業資金を出してくれた恩人から受け継(つ)いたものである。鐵造の指示で店員たちは本業の石油販売とは無縁の漁業や農業の仕事を全国から見つけてくるが、苦労が多い割に儲(もう)かる仕事には出会えない。

そんな折、鐵造の考えに感銘したという元海軍大佐の藤本が鐵造のもとにラジオを修理する仕事を持ちかけて来た。GHQ(連合国軍最高司令官総司令部)の方針を日本国民に周知させるための緊急政策によるものであった。鐵造は藤本のビジネスモデルに共感してその依頼を引き受ける。そして社員となった藤本の奮闘が始まった。苦労の上で銀行からの融資を受けたことで国岡商店の支店と営業所は「ラジオ修理の店」に変わり、新しい店舗を追加したことで3ヶ月後(翌年3月)には80店舗まで増えた。

石油に対する強い思い入れがある鐵造のもとへ商工省から依頼が舞い込んだ。石油の輸入許可を求める日本政府に対してGHQは旧海軍の燃料タンクの底に残る石油をまず浚(さら)うことを命令したのだ。どの石油会社も引き受けない困難な作業であり、GHQの嫌がらせともいえるものであった。幹部の反対を押し切って鐵造は商工省とその業務を契約し、昭和21年4月の終から全国8カ所の旧海軍施設での作業が始まった。

南方から復員した東雲忠司(しののめただし)課長が部長へと昇進して現場責任者となった。予想された通りに汚泥(おでい)や雨水と一体になった石油はポンプでの組み上げができないため、タンクから石油を取り出す作業は困難を極めた。なかでも徳山のタンクは戦艦大和に給油した直径88m・高さ10mと巨大なものであった。国岡商店の店員たちが一丸となって頑張(がんば)っていた6月に国岡商店に激震が走った。店主の鐵造に公職追放令が出されたのだ。

鐵造は自らGHQに赴(おもむ)いて撤回を求めるがGHQからは芳(かんば)しい反応が得られない。それにもめげず、アメリカの石油資本に日本が支配されることを恐れる鐵造は商工大臣に石油政策についての建議書を提出し、商工省内の関係部門にも配布するがいずれにも無視される。そこで、さらに踏み込んだ意見書を政府と石油業界のみならずGHQにも配布した。政府と石油業界は前回と同様に無視したが、これに注目したGHQは商工省に石油配給機構の改革を迫った。

商工省は体裁(ていさい)だけを新しくした石油公社案を提出したが、もちろんGHQに却下(きゃっか)された。業を煮(に)やしたGHQは日本の石油配給機構の思い切った改革が必要だと考えて石油業界のしがらみに染まっていない日本人を探した結果、鐵造に白羽の矢を立てた。そして鐵造の無実を知ったGHQ内の関連部門担当者による働きかけで鐵造の公職追放は取り消された。

新しく発足した公団による販売指定業者の指名から様々な妨害や中傷によって何度も外されそうになりながらも、国岡商店は申請した65店舗のなかから29店舗だけが10月初めに認められた。鐵造は店員たちにその報告をして、『いよいよ石油業界に足を踏み出せた。これもすべて、君たち店員のお蔭(かげ)に他ならない。わが国岡商店はついに翼を得た。これからは龍が天に向けて翔(か)け上がる』と涙ながらに感謝の言葉を伝えた。しかし、それは嵐の前の一瞬の静けさにすぎなかった。(続く)

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