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2014年2月 2日 (日)

百田尚樹著「海賊と呼ばれた男」(上巻)を読むⅢ

大手銀行が次々と取り付け騒ぎで休業するなか、大蔵大臣となった高橋是清(これきよ)が果敢(かかん)な処置を断行したことでようやく事態が沈静化した。しかし昭和4年の秋、アメリカ・ニューヨークのウォール街で起こった株式の大暴落をきっかけに始まった世界恐慌(きょうこう)が日本にも大打撃を与えた。そして国岡商店は台湾と朝鮮から撤退せざるをえなくなる。昭和6年には南満州鉄道の線路が爆発される柳条湖(りゅうじょうこ)事件を契機に関東軍が軍事行動を起こして満州全土を制圧する満州事変が勃発(ぼっぱつ)。翌7年、政府の政策に不満を持った海軍の青年将校たちが五・一五事件を起こし、犬飼毅(いぬかいつよし)首相を暗殺した。

関東軍が主導して建国した満州国が国際連盟で独立国として認められず、日本はこれを不服として翌8年に国際連盟を脱退することになる。昭和11年には政府に不満を持った陸軍の青年将校たちが首相官邸や大臣官邸などを襲撃する二・二六事件が起こり、石油聯合(れんごう)株式会社(通称石聯)が政府の肝(きも)いりで設立された。加盟する大手石油会社が扱う全石油製品の販売と統制を行う会社だが、国岡商店は入っていなかった。翌12年に鐵造は人に推(お)されて貴族院議員になる。

昭和12年7月、中国軍と日本軍の軍事衝突「盧溝橋(ろこうきょう)事件」が起こり、両国は中国全土で戦闘状態に入った。装備に勝る日本軍はわずか3カ月で上海戦線を突破し、12月には首都の南京を占領して、北京で傀儡(かいらい)政権の中華民国臨時政府を樹立した。昭和13年に入ると、中国との戦いはますます深みに入り、もはや事変ではなく全面戦争といった様相を呈(てい)していた。

その年の4月には国家総動員法が成立したが、それには言論を制限しうる内容が含まれていた。すべての国力を中国との戦いに注ぎこもうとした日本は2年後に開催が決まっていた東京オリンピックを返上し、昭和14年には満州北方でソ連との戦闘が起こる。世に言うノモンハン事件である。その最中、アメリカは日本の中国侵略に抗議するとして日米通称航海条約の破棄(はき)を通告してきた。

鐵造は大きなリスクを承知の上で上海に油槽所(石油備蓄タンク群)を竣工(しゅんこう)させ、アメリカの小さな石油会社から購入した灯油と揮発油(ガソリン)を入れたが、東京の海軍航空本部からその油槽所を借り受けたいという申し出があった。国岡商店の幹部たちは憤慨(ふんがい)するが、鐵造は『ぼくは軍に貸そうと思っている。日本は非常時だ。このタンクが日本のためになるなら、むしろ喜んで提供しようじゃないか』と。鐵造は石油流通の統制が強化された国内の営業所を縮小し、満州と中国に株式会社を設立して主力を海外に移すことにした。海外の支店と出張所は50を超え、店員の数も600名近くになっていたのだ。

昭和15年の秋、鐵造は中国に渡っていくつもの支店と出張所を回った時に海軍の江藤大佐とばったり出会った。海軍にタンクを貸すにあたっての交渉の席で何度か顔を合わせた相手である。江藤大佐の案内で上海の海軍航空基地を訪れた鐵造は新型戦闘機が直陸するのを見た。江藤大佐は零式艦上戦闘機(通称零戦)と呼ばれていると説明した。その零戦から降りてきた若い航空兵に鐵造は思わず頭を下げた。海軍式の敬礼をしたその航空兵の胸の名札に宮部と書いてあるのが見えた。(注、「永遠の0(ゼロ)」の主人公をここで登場させたのは筆者の遊び心である)

アメリカを仮想敵とした日本は北部仏印(ベトナム)から南部仏印へと進駐したことで、アメリカが日本への石油輸出をすべて禁止した。そして日本は大東亜戦争(太平洋戦争)へと突入する。鐵造は陸軍や海軍からの協力要請に国岡商店の利益を無視して国の役に立つことであるとして、南方に300名以上の店員を派遣したり、虎の子の石油輸送船日章丸を提供したりしたのである。にもかかわらず日本軍は昭和17年から18年にかけて行われたガダルカナル島をめぐる戦いに敗れて以後、昭和19年にはサイパン島がアメリカ軍に占領されて日本のほぼ全土がアメリカの長距離爆撃機B29の攻撃圏内に入った。

そしてアメリカ軍は比島(フィリピン)に侵攻した。海軍は自爆攻撃を行う特攻隊を投入したが、その奮闘もむなしくアメリカ軍は比島に上陸した。昭和20年になると、空襲はさらに激しさをまして、3月9日に東京下町に大規模な空襲を行い約10万人、被災者100万人を超える悲惨(ひさん)な被害をもたらした。さらにアメリカ軍の空襲は全国の主要都市を焼け野原にした。そして8月、原子爆弾が広島、次いで長崎に落とされ、同月15日、ついに日本はポツダム宣言を受諾(じゅだく)した。このとき、日本の備蓄石油はほぼゼロに等しく、これ以上戦う力はどこにもなかった。

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