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2014年4月 1日 (火)

「そうだ 京都、行こう。」 善峯寺 (Ⅳ)

薬師堂の裏手に池がありました。ここが蓮華寿院(れんげじゅいん)旧跡庭のようです。この庭周辺を含めて善峯寺の境内は京都における紅葉の名所のひとつだそうです。
 
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池のほとりで南天(なんてん)の赤い実がたわわにみのっています。
 
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善峯寺歴代親王廟(功績があった祖師の御墓)の前を通過すると、階段が下方に続いていました。「青蓮の滝」があるようです。
 
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どんな滝か想像しながら石段を下りきると左手に「青蓮の滝」がありました。石仏不動明王を対岸に祀(まつ)る池に石製の樋(ひ)から水が流れ下りています。水が池に落ちる付近まで飛び石が続いていますから、不動明王を近くでお参りするためか、あるいは滝行(たきぎょう)が行われるのかもしれません。
 
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下に見えるのは釈迦堂(しゃかどう)のようです。
 
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阿弥陀堂(あみだどう)へ向います。
 
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薬師堂へ向う時に通った遊歩道に合流すると稲荷社です。
 
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出世薬師如来の石柱
 
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釈迦堂の脇を抜けて右に折れると阿弥陀堂がありました。寛文13年(1673年)に建立されたお堂の本尊は宝冠阿弥陀如来(ほうかんあみだにょらい)です。
 
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ふたたび長い石段が続きます。
 
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石柱の裏に「宮内省」と刻(きざ)まれています。
 
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さきほど通過した善峯寺歴代親王廟の石柱でした。宮内省がこの石柱を立てたことは意外に思われました。天皇家と縁(ゆかり)が深い善峯寺だからかとも考えましたが、鎌倉時代に代々住職をされた青蓮院(しょうれんいん)親王の御陵があることがその理由のようです。宮内省とありますから戦前(厳密には1947年以前)のものでしょう。
 
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本坊は住職が住む僧坊です。扉が外からロックされていますから、現在は使われていないのかもしれません。
 
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絵馬堂・多宝塔と表示された標識がありましたので、経堂脇の枝垂れ桜に立ち寄ることにしました。絵馬堂は現在祈願成就の絵馬奉納所になっている経堂の別名です。
 
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長い石段の踊り場から経堂へ向かうと、「桂昌院枝垂れ桜」の巨大な枝が目の前に長く伸びていました。
 
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別のアングルからもう一枚
 
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順路どおりに観音堂(本堂)の前に出て、お堂巡りを無事に終えました。
 
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冒頭の説明と重複しますが、山門脇に立つ善峯寺の案内看板の写真を掲載します。
 
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<同行者のコメント> 旦那さまの主目的はこちらのお寺だったようです。山全体が善峯寺の境内で、かなりの高低差もありましたが、楽しくお堂めぐりができました。宇治の三室戸寺を訪れたのも3月の終わりでしたから春の花は少し咲き始めていましたが、アジサイはまったく咲いていませんし、蓮の花を咲かせる蓮根(れんこん)も根が出はじめたばかりでしたよ。善峯寺のホームページにアジサイがきれいに咲いた写真が出ていました。

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