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2014年5月

2014年5月31日 (土)

九州を横断するドライブ旅 熊本城(その3)

天守閣の最上階から見た景色です。右手前は宇土櫓、その後方に西出丸、その隅櫓(すみやぐら)の戌亥櫓(いぬいやぐら)が木陰に少しだけ見えます。その先には、木立に隠れて見えませんが、旧細川行部邸(ぎょうぶてい)があるはずです。県指定重要文化財であるこの上級武家屋敷は肥後藩初代にあたる忠利(ただとし)公の弟、刑部少輔興孝(ぎょうぶしょうゆうおきたか)が正保3年(1646年)に2万5千石を与えられた時に造られた建物(建坪が300坪)です。左端は西大手門と南大手門、正面には二の丸広場と二の丸駐車場、遠方には熊本市の西方(西区)にある金峰山(標高665m)などの山々も見えます。
 
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その少し左手を見ると、左端が数奇屋丸二階御広間、その前方には未申櫓(ひつじさるやぐら)とその手前の奉行丸が、中央の木立の中に頬当御門(ほほあてごもん)が確認できます。
 
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反対側は天守閣前の広場には大銀杏(おおいちょう)が見えます。熊本城の別名が「銀杏城」と呼ばれる由来となった木だそうです。右端に本丸御殿大広間も少しだけ写っています。
 
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遠方に目をやると熊本市の中央区(水前寺公園や県庁などがある)方面が見えます。左手前の変わった建物は、後で調べると、県立美術館分館でした。
 
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こちらは中央区から北区方面。緑地は立田自然公園のようです。
 
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大天守から見た小天守
 
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小天守の最上階へも上がって見ました。大天守の上段の間(最上階)の様子がよく見てとれます。
 
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熊本城本丸御殿の入口です。往時の本丸御殿には、藩主の居間、対面所(接客の場)や台所等の機能が備わっていました。6年前に大広間(対面所)、数寄屋(茶室)と大台所が復元され、大広間が一般公開されています。大広間に入って名古屋城の本丸御殿と比較したいところですが、時間の制約がありますから、次の場所へ移動することにします。ネットで写真を見ると、両者はよく似ています。
 
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その他、本丸エリアには城内に120以上もあったといわれる井戸のひとつがあり、その深さは水面まで約40mもあると説明されています。
 
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御風呂屋跡
 
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御裏台所跡
 
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御祈祷所(おんきとうしょ)跡
 
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遺構(いこう)解説
 
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頬当御門(天守閣正面入口)前から無料シャトルバスで「桜の小路」へ向かいました。熊本県ならではの食文化を目と舌で堪能できる飲食店と熊本の名産品や城彩苑の限定グッズを販売する物販店が23店集まる飲食物販施設です。後方に見えるのは未申櫓(ひつじさるやぐら)でしょう。
 
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旅行代理店からもらった食べ歩きクーポンがこの施設内で使えます。
 
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私は迷わず菅乃屋の馬肉メンチカツを選びました。
 
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私の勧(すす)めにしたがって同行者は肥後めしや「夢あかり」で熊本名物の太平燕(たいぴーえん)を揚げパンで包んだ「タイピーエン揚げパン」をクーポンと交換してもらっているようです。「タイピーエン揚げパン」思ったよりもボリュームがなく、2人で分けて味わうには十分ではありませんでした。そのため、食べる前に撮影することを失念してしまいました。
 
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香梅庵の茶屋セット(和菓子+ほうじくさ茶)も。食べたかった肥後鍔(ひごつば、丸いキンツバ)ではなく葛青梅(桜の小路餅)が提供されたことは少し残念でした。
 
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最後は同行者が大好きなソフトクリームですが、一番奥の建物の2階にあるという茶房「櫻ン坂」へ上がる階段が見つかりません。あちこち探した結果、何とか建物の右脇に狭い階段を発見。無事に「天草の塩ソフト」をもらいました。
 
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「櫻ン坂」の先にある階段を利用して二の丸駐車場へ戻ります。
 
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(続く)

2014年5月30日 (金)

九州を横断するドライブ旅 熊本城(その2)

案内表示にも大きな石が使われています。
 
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小天守の下にある石段は通行できないようです。
 
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天守閣への入口は小天守寄りにありました。
 
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入口に掲げられた暖簾(のれん)には細川家の家紋である細川九曜(ほそかわくよう)と加藤家の「蛇の目(じゃのめ)」が描かれています。
 
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その上部
 
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天守閣の案内図によると、大天守閣は地上6階、地下1階、小天守閣は地上4階、地下1階の構造になっています。
 
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再建当時の天守閣の鯱(しゃちほこ)が展示されています。
 
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加藤清正と忠広に関する歴史年表
 
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加藤清正の死後、その跡を継いだ加藤広次が改易(身分を剥奪し所領と城・屋敷を没収すること)されたことで小倉領主から肥後領主(熊本城主)になった細川忠利(ただとし)と名君と称される細川重賢(しげかた)の歴史年表
 
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熊本城と熊本城下の縮尺模型
 
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熊本城古写真
 
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城下の北東に位置する坪井(つぼい)から見た熊本城
 
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昭和35年に大天守閣と小天守閣が復元された時に作られた10分の1の模型の説明には、『大天守は1階から順に上へ、鉄砲の間、具足の間、矢の間、弁当の間、貝の間、上段の間で、小天守は1階から順に上へ、松の間、兜佩(かぶとはき)の間、納戸(なんど)、上段の間になっている』と書かれています。ちなみに、佩(はき)は飾りを意味するようです。
 
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熊本城天守閣・小天守断面復元図には、『約16m(西・南面)の石垣の上に南に大天守(高さ32m)、北に小天守(高さ19m)を乗せ、その上に望楼(遠くを見渡すためのやぐら)をそれぞれ東西方向に乗せている』と説明されています。ちなみに、小天守は「御上」(夫人のための住居)として建てられたそうです。
 
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住居風に造られた「上段の間」の模型
 
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本丸御殿の説明には、「天守閣前から月見台にかけて、部屋数が53室、畳数が1570畳もあった本丸御殿が設けられていた。藩主の居間および対面用の部屋として使われた」とあります。
 
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石垣の写真
 
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櫓(やぐら)の写真
 
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熊本城両軍力戦は西南戦争(1877年/明治10年2月~9月)における熊本城を巡る政府軍と西郷軍(薩摩軍)の戦いを描いたもののようです。
 
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両軍の中心人物
 
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近くに西南(せいなん)戦争の説明とともに、「熊本城を死守した男 闘将・谷干城(たにたてき、かんじょう)」の説明がありました。(なぜか撮影不可) 薩軍が陥落させようとした熊本城を守る熊本鎮台(旧日本陸軍の明治初期にあった編成単位)司令長官は、維新の戦いで西郷がその才を高く評価していた土佐藩出身の谷干城少将であり、西南戦争の功績により陸軍中将に昇進、陸軍士官学校長、学習院院長、初代農商務大臣、貴族院議員を歴任した人物です。
   
(続く)

2014年5月29日 (木)

九州を横断するドライブ旅 熊本城(その1)

10日間の旅行から戻った翌日は旧友たちとの飲み会を楽しみ、その翌日にはゴルフコンペに参加するといった慌(あわ)ただしい日々ですが、「九州を横断するドライブ旅」の投稿を再開します。

 

                            ☆

 

県道298号は南阿蘇村の下野交差点で国道57号(豊後街道)に行き当たりました。ここで左折すれば熊本市の中心部まで一本道です。九州自動車道の熊本IC脇を通過し、水前寺公園近くの神水交差点を右折して県道28号に入りました。市電の軌道にしたがって熊本市役所前を左折し、みずほ銀行の横にある狭い道に入って外堀を兼ねる坪井川に架かる行幸橋(みゆきばし)を渡ると熊本城の脇に出ました。事前に調べておいた二の丸駐車場に車を停めました。熊本城の入口に近い駐車場です。
 
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広い堀の先に長い石垣と戌亥櫓(いぬいやぐら)が見えます。この木造二重三階の隅櫓(すみやぐら)は平成15年8月に復元されたそうです。ちなみに、「戌亥」は北西の方角を意味します。
 
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右手は空堀(からぼり)になっています。
 
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未申櫓(ひつじさるやぐら)は戌亥櫓と同じ平成15年8月に復元された木造二重三階の隅櫓(すみやぐら)です。ちなみに、「未申」は南西の方角です。
 
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入園料は大人が500円。西大手櫓門から西出丸ゾーンに入りました。
 
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西出丸ゾーンに入ると前方に天守閣(左)と小天守(右)が見えました。
 
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右手を見ると、田原坂が国史跡に指定されたことを記念する西南戦争特別展が平成14年10月に復元され南大手櫓門で開催されています。復元櫓も公開されているようです。
 
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熊本城復元整備予想図には15の建物が復元されたことを青印で示しています。そして、復元を予定するのは赤印の6つの建物。
 
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天守閣と小天守への入園料金は大人が500円です。甲冑(かっちゅう)の頬当(ほほあて)に似ていることから名付けられた頬当御門をくぐって天守閣・宇土櫓ゾーンに入ります。
 
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右手にある数寄屋丸二階御広間(すきやまるにかいおんひろま)はかつて能や茶会が開かれた広間で、平成元年に復元されました。
 
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石段は段の高さと奥行きが少しずつ変えてあるそうです。これは意図的に行われたことで、歩幅をわざと変えさせ、スムーズな進軍を阻止するためとのこと。
 
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大天守閣(手前)と小天守(奥)
 
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頬当御門(ほほあてごもん)を抜けた場所にある宇土櫓(うとやぐら)は本丸の西北隅、20mの高石垣の上に建つ3層5階地下1階、地上約19mの櫓で、天守並みの構造と大きさを誇り、「三の天守」とも呼ばれるそうです。
 
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大天守閣を見上げました。
 
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「暗がり通路」の内部にある立て看板には、『天守閣への入口となっている暗がり通路は2つの石垣をまたぐように建つ特異な構造である。地下通路は昼間でも暗いことが名前の由来。暗がり通路の入口は暗がり御門と呼ばれ、その上部の屋根は唐破風(からはふ)となっている』と説明されています。
 
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出口が近づきました。
 
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天守閣ゾーンから熊本市街地が望めます。
 
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後ろを振り返ると大天守閣(左)と小天守(右)が並んでいました。両天守の反対側に回り込んだ形ですから、大天守閣と小天守の位置が先ほどとは入れ替わっています。熊本城を築いた加藤清正は穴生衆(あのうしゅう)と呼ばれる近江の石工集団を使って石垣を積んだと言われます。その技法は「打ち込みハギ」と呼ばれ、石を叩いて積みやすく加工し、石と石の間には割り石を打ち込みより堅牢になるように、また手がかりを少なくし登りにくくする工夫をした積み方ですが、後になって築かれた小天守の石垣は長方形の石を交互に積む工法である「算木(さんぎ)積み」が採用されているそうです。両天守の真ん中あたりになにかあります。
 
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記念写真用のベンチに座る「ひごまるくん」でした。黒い帽子をかぶっていますが、知名度が抜群に高い「くまモン」ではありません。
 
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(続く)

2014年5月26日 (月)

大阪までのエコドライブ

例によって七つ発(たち)で東名高速道路から新東名高速道路に入りました。最初の駿河湾沼津SAに差し掛かると空が明るくなって来ました。
 
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未明(午前5時前)の空の下に沼津の市街地が広がっています。
 
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急ぐドライブ旅ではありませんから、新東名でエコドライブに挑戦することにしました。燃費を示す数値が2km/ℓ強から徐々に上がります。ちなみに、自宅-大阪間(450km)におけるこれまでのベスト記録は24.3km/ℓです。燃費メーターとスピードメーターの両方を確認(一定のアクセルで燃費メーターの値を大きくかつ、ほぼ一定のスピードを維持す)しながら、空いているレーンを選んで走行することが私の重視するエコドライブのポイントです。上昇し続けた数値(自宅からの累計)は藤枝PAを過ぎたところで24.8km/ℓになりました。
 
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さらにエコドライブを続けると、夜明けを迎えた(午前6時を過ぎた)掛川PA25.1km/ℓ
 
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遠州森町PAではついに25km/ℓを超えて25.7kmに達しました。
 
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この記録に満足して、通常の定速運転モードに戻りました。
 
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すると燃費の数値は少しずつ低下(悪化)して、東名高速道路を経て伊勢湾岸道路に入ったころには24km/ℓ代の半ば」になってしまいました。しかし、伊勢湾岸道路・東名阪自動車道路・新名神自動車道路で少しずつ改善、京滋バイパスの長い下り坂で大きく挽回、第二京阪自動車道路はそれを維持、大阪の目的地に到着した時の累計燃費は25.4km/ℓ (走行距離は約450km)でした。これまでの記録を1km更新できたことはうれしいのですが、今後のエコドライブはハードルがずいぶん上がってしまいました。
 
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9日後に同じルートを逆方向にドライブする時にも燃費を最大限意識してドライブしました。大阪で第二京阪に入り、京滋バイパスと名神高速道路を経て新名神高速道路の亀山JCTまで80kmあまり走ると、燃費は30km/ℓの大台を超えて、何と31.1km/ℓに達しました。予想外の良い数値です。
 
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しかし、亀山JCTで入った東名阪自動車道は大変な渋滞が四日市IC付近まで8kmほど続いていました。ノロノロ運転になってしまいましたので、それ以上の記録は望めません。通常のドライブモードに切り替えました。それでも、亀山JCTまでの貯金が奏功して、午前0時過ぎに自宅へ戻るまでの平均燃費は26.4km/ℓとこれまでの記録を2km以上も更新できました。
 
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数度にわたった『燃費記録への挑戦』はそろそろ私の運転テクニックの限界による上限に達したかもしれません。

2014年5月17日 (土)

九州を横断するドライブ旅 阿蘇登山(後編)

草千里展望所を出発してヘアピンカーブを通過すると阿蘇草千里乗馬クラブの前に出ました。
 
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左手にヘリポートがありました。阿蘇山を観光するための遊覧飛行を提供しているようです。搭乗料金は、中岳火口コース(3分)が5000円、火口・草千里コース(6~7分)は10000円とのこと。
 
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古坊中(ふるぼうちゅう)は、阿蘇山上が山岳仏教の一大霊場で、「三十七坊五十一庵」が建ち並び、今では想像できない別世界だった場所のようです。
 
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県道111号は標高1142m地点が最高地点です。この地点から噴火口近くの駐車場まで行ける有料道路「阿蘇山公園道路」(普通車600円)は閉鎖中でした。
 
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ロープウェイも運行されていないようです。
 
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ロープウェイ乗り場(阿蘇山西駅舎)に入ると、立て看板に「整備のため運休」、後方の看板には「ガス規制のため運休」と通告されていますが、後者が正しいのでしょう。
 
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売店は「くまモングッズ」で溢(あふ)れています。
 
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2階のレストランで熊本名物(ソウルフーズ)である「太平燕(たいぴーえん)」が食べられるようです。
 
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同行者は火山灰スフとクリームを手に取っています。勧められて味見をすると、黒ゴマの風味が感じられ、ざらざらした舌触りがある、さっぱりした味でした。
 
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草千里に戻ると同じ服装をした若者たちが散策していました。修学旅行者かもしれません。
 
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馬に乗る人も見えます。
 
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県道111号を離れて県道296号で熊本市を目指します。
 
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交差点の少し手前にも「牛馬優先」の標識が立っていました。
 
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右後方を振り返ると、阿蘇山へ向けて走った県道111号が杵島岳(標高1326m)の中腹に続いているのが見えます。
 
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米塚(こめづか、標高954m)が目前に迫(せま)りました。
 
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米塚は、『昔、阿蘇で大飢饉が発生した時に阿蘇の神様が飢える住民をかわいそうに思って、手に米をすくい取って、空から降らしたことでできた』との伝説があるそうです。地上からの高さが約80mある米塚もりっぱな火山(2000mほど南東にある杵島岳のかわいい孫火山)で約1000年前に現在の形になったそうです。美しい対照的な形は積みあがったものが崩れて安定(バランス)したもの。また、米塚の稜線(りょうせん)には直線的な傷痕(きずあと)のようなものがありますが、これは牧草地の境界として築かれた土手で、土塁(どるい)と呼ばれているそうです。
 
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次回は熊本市の記事を予定していますが、本日から別の旅行に出かけるため、ここで記事の投稿を小休止します。
 
<同行者のコメント> 旦那様は阿蘇山がよほど好きなのですね。前回訪れた時には、同じ日の午前と午後、計2回も山頂(火口)まで登りましたよ。
 
(続く)

2014年5月16日 (金)

九州を横断するドライブ旅 阿蘇登山(前編)

大観峰に近い湯浦(ゆのうら)パーキングエリアに車を停めました。フォトスポット&パーキング「とるぱ」と表示されるだけあって、素晴らしい景色が楽しめます。
 
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先ほど大観峰入口付近から見た景色より視界が広がっていました。
 
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外輪山がほぼ同じ高さで続いています。
 
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国道212号は一気に高度を下げます。
 
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阿蘇山が近づきました。左手から伸びる低い山は東外輪山の妻子ケ鼻(さいしがはな、標高900m)のようです。
 
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右手の山は往生岳(おうじょうだけ、標高1238m)と杵島岳(きしまだけ、標高1326m)でしょう。
 
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国道212号は内牧温泉入口交差点で左に折れます。
 
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国道212号が行き当たる国道57号の先に往生岳(標高1238m)が見えます。山頂付近には瘤(こぶ)をいくつも付けたような形状をしています。
 
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阿蘇駅に近い交差点を左折して県道111号(阿蘇パノラマライン、東登山道)に入ります。
 
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県道111号は次第に高度を上げました。
 
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草千里展望所に車を停めました。米塚(標高954m)が眼下に見えます。
 
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遠くに風力発電所が見えます。外輪山である俵山(たわらやま、標高1095m)にある電源開発の「阿蘇にしはらウィンドファーム」でした。
 
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反対側にある阿蘇山の中岳火口から噴煙(ふんえん)が立ち上っています。その後方は中岳(標高1506m)と高岳(標高1592m)です。右手前の茶色いものは阿蘇火山博物館の屋根です。
 
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草千里ケ浜の方向にある石碑(せきひ)にはただ「記念碑」とだけ刻まれています。
 
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右端にももう一つ池がありますが、水位がかなり下がっているようです。
 
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(続く)

2014年5月15日 (木)

九州を横断するドライブ旅 黒川温泉を経由して杖立温泉へ(後編)

これらの浴槽は杖立川の河川敷に造られているのです。
 
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洗い場は屋内にあります。
 
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ロビーの前には足風呂もありました。
 
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夕食はフロントとロビーがある数奇屋丸の6階にある鼓茶寮(こちゃりょう)に準備されているそうです。杖立川に面して長く伸びるロビーの脇からエレベーターに乗りました。チェックインした時に飛び交(か)っていた中国語の声高(こわだ)な会話も今は聞こえません。
 
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6階の廊下には足元を照らす行灯(あんどん)照明があります。
 
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県境を越えます。
 
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食事処の鼓茶寮には午後7時半に予約した夕食が準備されていました。観光ホテルで一般的な料理で、食材のレベルは前泊の旅館に劣りますが、ボリュームが控えめであるのは嬉(うれ)しい。
 
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頼んだ赤ワインのグラス(540円)が私の口に合わないため、口直しに焼酎(しょうちゅう)のお湯割り(486円)に切り替えました。
 
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小さな釜(かま)で炊(た)き上がった炊き込みご飯
 
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吸い物とデザート
 
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早朝にはホテル内にある熊本館大浴場で温泉を楽しみ、バイキングの朝食をすませたあと、チェックアウトしました。ホテルの近くにある桜橋から鯉(こい)のぼりが泳ぐ様子を眺(なが)めました。こちらは杖立川の上流方向です。各々の鯉のぼりには寄進者(子供)の名前と日付が書かれていました。
 
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こちらは下流方向です。杖立温泉観光協会のhpによると、『全国各地で見られる「鯉のぼり祭り」の発祥の地は杖立温泉。川の対岸にロープをつけたボールを投げ、鯉のぼりを吊してみたのが始まりだとか。今では全国的に広まり、日本の春の風物詩となりつつあります』と説明されています。
 
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前日に利用した「ひぜんや 吉祥の湯」の前を通過します。
 
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国道212号(日田街道)に出て小国町の中心部へ戻り、さらに南下しました。南小国町を経(へ)て阿蘇市に入ると大観峰(だいかんほう、標高936m)の麓に差し掛かりました。阿蘇山の外輪山を構成する山々の一つです。国道212号と交差する県道45号(ミルクロード)を入れば大観峰へ行けるようです。
 
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眼下には阿蘇谷(阿蘇盆地)が広がり、右手には外輪山が続いています。山が低くなった場所は白川が阿蘇谷から流れ出る南阿蘇村の立野地区かもしれません。この景色に満足して先を急ぐことにしました。
 
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(続く)

2014年5月14日 (水)

九州を横断するドライブ旅 黒川温泉を経由して杖立温泉へ(前編)

県道40号から県道11号(やまなみハイウェイ)に入ります。「ぐるっとくじゅう周遊道路」は九重連山を大きく周回する延長約70kmの道路です。県道40号、県道11号(やまなみハイウェイ、約2km)、国道442号(旧小国街道)、県道669号、県道30号(豊後街道)、竹田市道、由布市道、県道621号、そして県道40号に戻るルートには興味がありますが、今回は県道621号と県道40号、県道11号の区間(計約17km)だけを走行することで我慢(がまん)することにしました。
 
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九重連山の西方を通過すると、前方に阿蘇盆地の雄大な景観が広がりました。道路の右手にある「阿蘇ジオパーク」の看板が目に留まりました。
 
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阿蘇ジオパーク(ASO GeoPARK」は、阿蘇山および周辺地域において「阿蘇火山の大地と人間生活」をテーマとして、資源の保護と活用の両方を重視する活動であり、主に保護を目的とする世界遺産とはことなるのだそうです。日本ジオパークが認定した地域は阿蘇を含めて25地域、世界ジオパークが認定した地域は国内6か所(洞爺湖有珠山・糸魚川・山陰海岸・島原半島・室戸・隠岐)を含めて26か国に90地域あるそうです。
 
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国道442号へと右折しました。この先の442号は「ぐるっとくじゅう周遊道路」に含まれません。右手の山は九重連山の一峰、猟師山(標高1423m)のようです。
 
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前回(10年前に)の旅行で宿泊した黒川温泉を通過します。木立の先に見える建物が宿泊した「瀬の本館 夢竜胆(ゆめりんどう)」です。
 
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国道442号から国道387、さらに国道212号のルートを約20km走って熊本県阿蘇郡小国町(おぐにまち)にある杖立(つえたて)温泉に到着。広い駐車場(無料)に車を停めました。この日も午後5時半でした。宿泊するのは観光ホテルの肥前屋(ひぜんや)です。様々な旅館が22軒存在するなかで一番大きな宿泊施設のようです。
 
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杖立温泉にまつわる伝説によると、応神天皇の産湯として使われたとされることから約1800年の歴史があるそうです。また、「杖立」の名前の由来は、『平安時代の初めの頃、旅の途中で訪れた弘法大師空海は温泉の効能にいたく感銘され、持っていた竹の杖を立ててみたところ、節々から枝や葉が生えてきた』、あるいは『杖の助けを借りてやってきた人が、湯治により健康を取り戻し、帰る時には杖なしで済む(効能がある)こと』から名づけられたと伝えられるようです。『湯に入りて 病なおれば すがりてし 杖立おいて 変える諸人(もろびと)』という弘法大師の歌が引用されています。じつは、私が尊敬する弘法大師に所縁(ゆかり)があると知ってこの温泉地を選んだのです。
 
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『天然欅(けやき)大巨根は推定年齢約300歳でホテル館主が所有する山林にありましたが、平成5年の大豪雨で一本立ちしたまま国道に押し出された。それを館主が先頭になって磨き上げて、フロントとロビーがある新館「数奇屋丸」のオープンを記念するモニュメントとして置かれた』と説明されています。
 
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豊後国(大分県)と肥後国(熊本県)の県境にあるホテルで、館内の廊下に県境の表示がありました。ところで、肥後国にあるのにホテルの名前がなぜ「肥前屋」なのでしょうか。
 
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我われの部屋は熊本県側でした。
 
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広めのエントランスの先には10畳の和室と3畳ほどの洋室がついた部屋に案内されました。窓の外には杖立川の清流とその上で泳ぐ無数の鯉(こい)のぼりが見えます。鯉のぼりの先に見える屋根つきの橋は「もみじ橋」です。
 
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杖立温泉観光協会のhpによると、『もみじ橋の屋根には「絵馬(えま)」のような形をした小国杉で作られた「絵鯉(えこい)」がたくさん飾られている。もみじ橋のたもとの「ふるや工房」で鯉のかたちをした杉板を販売したところ、願い事を描き、もみじ橋に吊すと、願い事が叶うといつの間にやら言われ始めた。特に「恋(こい)」が叶(かな)うと評判になっており、今ではほんとうにたくさんの絵鯉がかかっている』と説明されています。

 

夜は団体客で混(こ)むので宿泊者が無料で利用できる「五湯めぐり」のなかでも「吉祥(きっしょう)の湯」は食事の前に利用した方が良いとのフロントのアドバイスにしたがいました。「ひぜんや」から専用のマイクロバスによる送迎サービスがありました。入り口(玄関)に「ひぜんや 吉祥の湯」とありますから、ホテルが経営している立ち寄り湯のようです。ちなみに、宿泊者は無料ですが、外来入浴の料金は大人850円。
 
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下足所を過ぎると、ホテルと同じ足元照明の行灯が置かれた階段状の廊下がコの字型に折れ曲がって続き、階下に受け付けとロビーがありました。ロビーに続く脱衣場は十分な広さがあります。
 
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その奥には大きな洗面台がありました。
 
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東屋のある大きな岩風呂を独占して湯を楽しむことができました。泉質は単純温泉(低張性 弱アルカリ性 高温泉)、湯温は44~98度(温度の異なる三つの源泉で温度調整されている)。
 
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岩風呂の先には行灯が並ぶ散策路が続いていますが、よく見るとその両脇に東屋のある浴槽が4つ並んでいました。左手には真四角の溶岩風呂と、その先には壺湯(つぼゆ)に似た丸太風呂(巨木を丸々一本くり抜いて作った浴槽)が3つ並んでいます。
 
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右手には木風呂と
 
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やや小さめの岩風呂があり、双六(すごろく)のようにすべての風呂を梯子(はしご)してしまいました。
 
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(続く)

2014年5月13日 (火)

九州を横断するドライブ旅 九州電力八丁原発電所を見学

筋湯温泉絵地図の右上に「八丁原地熱発電所が描かれていることに気付いた私は、予定外ですが、その発電所に立ち寄ることにしました。筋湯温泉の公共駐車場から県道40号に出て、400mほど走った場所に発電所の入口がありました。敷地の外から眺めるだけでもと思って立ち寄ったのですが、年中無休の展示館があることが立て看板で表示されています。
 
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もうひとつの案内看板には八丁原(はっちょうばる)発電所の構内図が描かれています。入口から道なりに進めば、発電所展示館の横に駐車場があるようです。
 
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県道40号を挟んで発電所の反対側に多数の絵が展示してありました。よく見ると、九重町立飯田小学校の児童が平成11年に描いた絵を九州電力の八丁原・大岳発電所が設置・管理していると表示されています。八丁原発電所のほかに大岳発電所もあるようです。
 
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入口から構内に入ったところに巨大な鉄塔がありました。長いパイプが何本もありますから、井戸を掘る櫓(やぐら)だと思われます。
 
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見学者用の駐車場に車を停めて、展示館の入口に向かいました。受け付けがある2階へ上がると女性のスタッフが出迎えてくれました。
 
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先客が施設の見学に出発したところであり、展示館内の大ホールで待つように言われましたので、かなり広い部屋に並ぶ椅子の最前列に座って待つことにしました。目の前に見たことがあるものが置かれていることに気づきました。温泉をボーリングする時に使われるドリルの先端部(ビット)です。地熱発電所でも同じ道具を使ってボーリングするようで、スタッフに尋ねるとその通りであることが分かりました。その奥に見えるのは湯垢(ゆあか)で詰まったパイプの断面とのこと。(許可を得て撮影)
 
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先客が施設見学から戻ったところで、施設の説明が始まりました。まず、大分県(とくに九重町)の紹介です。
 
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続いて、八丁原地熱発電所の説明
 
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やまなみハイウェイも登場
 
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もちろん、温泉も紹介されました。長者原(ちょうじゃばる)温泉は上泉水山を挟んで筋湯温泉の反対側(東方向)にあります。ちなみに、九州では原を「ばる」と読みます。代表例は田原坂(たばるざか)でしょう。明治10年に起こった西南戦争(西郷軍と政府軍の戦い)最大の激戦地であった田原坂を歌った民謡の曲名としてよく知られます。
 
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そして、先ほど利用したばかりの筋湯温泉(うたせ湯)
 
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さらに、湯坪温泉、筌の口(うけのくち)温泉、九酔渓(きゅうすいけい)温泉、馬子草温泉(まごそおんせん)、龍門(りゅうもん)温泉など九重町の温泉紹介が続きました。
 
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観光案内ばかりになったのは、地熱発電についての説明資料を撮影するには九州電力本部の許可が必要と告げられたため、写真撮影を控えたからです。説明されたポイント(記憶したこと)は以下の通りです。地熱発電の仕組みに興味がある方は日本地熱学会のhpを参照してください。

 

◇ 地熱発電は、地下数千メートルの地熱貯留層(マグマの熱で地下水が加熱されて高温になっている場所)から取り出した高温の蒸気と熱水の熱を2つの方法(ダブルフラッシュ方式)を使って効率的に高圧水蒸気を作り出し、それを使って発電機に直結されたタービンを毎分3600回転させることで発電する。

◇ つまり、地下の熱を利用することが通常の火力発電や原子力発電と異なるだけで、高圧蒸気で発電機を回転させることはまったく同じである。

◇日本では東北地方と九州に多い地熱発電所のなかで日本一の規模を誇るこの八丁原地熱発電所は近くにある日本初の大岳地熱発電所(出力1.25万kw)の運用・監視システムによって遠隔制御・監視されている。

◇ 八丁原発電所の発電能力は計11万kw(5000kwx2台)。おおよそ1年に1回を目途に定期点検(1号機と2号機を交互に停止)する。

◇ 八丁原地熱発電所で発電した電力は大分県北西部の日田(ひた)へ送電されている。

 

説明のあとはスタッフが同行して、屋外設備の「ニ相流体輸送管」(にそうりゅうたいゆそうかん)、「気水分離器」(きすいぶんりき)、「フラッシャー」(気圧を下げて再沸騰させる装置)、「冷却塔」(れいきゃくとう)、タービン建屋内の「タービン」「発電機」「制御監視装置」、屋外の「変圧器」の順に見学させてもらいました。

 

グループで写真撮影する時に使うパネルでしょう。日付が前日のままでした。
 
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施設の入口へ戻る途中に撮影した発電棟(左)と冷却施設(右)。冷却塔から排出される発電に使用された蒸気や不要なガスの量に圧倒されます。
 
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蒸気が少なくなったタイミングに、冷却施設の後方に上泉水山に続く黒岩山(標高1503m)が見えました。
 
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(続く)

2014年5月12日 (月)

九州を横断するドライブ旅 筋湯温泉へ

鳴子川を渡って県道40号に入ると、飯田高原郵便局の先で県道40号のバイパス工事が行われていました。
 
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県道40号を南下して次の目的地である筋湯(すじゆ)温泉を目指します。ここで右折すると県道681号(九重町町田付近)までの約12kmの広域農道広域農道「四季彩(しきさい)ロード」に入ります。
 
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県道40号はここで二手に分かれますが、案内標識にしたがって左折します。
 
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飯田高原の上泉水山(かみせんすいざん、標高1447m)の麓(ふもと)を県道40号が上がって行きます。前方に赤いジャージ姿の人たちが小さく見えます。同行者は、「さきほど青少年の家キャンプ場の看板があったから、そこに宿泊している子供たちだと思うわ」と解説してくれました。さらに先へ進むと、もっと多数のジャージ姿が草に覆(おお)われた泉水山を散策しているのが確認できました。
 
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筋湯(すじゆ)温泉街の入口に到着しました。ホテルと旅館の名前が表示されているだけで、目的とする共同浴場がどこにあるか分かりませんので、とにかく温泉街へ向かうことに。
 
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坂を降り切った場所に筋湯温泉街の絵地図を見つけました。左上の県道40号から真下に下りてT字路に行き当たった場所(バス停の近く)です。目指す共同浴場「うたせ湯」は地図のほぼ中央にありました。温泉街では路駐ができませんから、駐車場も探しました。さきほど県道40号から温泉街へ折れた交差点のすぐ先に1か所、もう一つは温泉街の奥にあると表示されています。引き返すのも癪(しゃく)ですから後者を選びましたが、これが悪い選択でした。
 
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何も知らない私は近くで見かけた九重連山の黒岩岳(標高1250m)より湧き出たという「九重の名水」なるものをのんびり撮影。あとで確認すると、該当(がいとう)する山が見つかりません。上泉水山の脇に黒岩山(標高1503m)はあるのですが標高が違います。納得できない私はさらに調べて、その意味をやっと理解することができました。「九重の名水」はこの黒岩山(黒岩岳)の中腹(標高1250m)から約2Kmのパイプで筋湯温泉まで送られていたのです。ちなみに、九重町商工会が同じ名水を使った「九重四季サイダー」を販売しているようです。
 
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温泉街の奥まで進んで朝日屋の脇に入りました。絵地図に描かれた道は太くて直線的でしたが、実際の道は目抜き通りを除けば路地と呼ぶべき道幅で、しかも折れ曲がった急坂なのです。50年前に大学の自動車部で練習したフィギュア競技さながらの運転です。助手席の動向者は、「大丈夫? 通れるの?」と心配顔で尋(たず)ねます。借りて2日目の不慣(ふな)れなレンタカーですから大丈夫ではないのですが、引き返すのはもっとリスクがありますから、そのまま折れ曲がった急坂の路地をやっとの思いで通過して公共駐車場に無事到着。手前の小型乗用車が今回借りたレンタカーです。急な坂道を歩いて下りました。
 
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高地のためか桜がまだ満開
 
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レトロな郵便ポストを見かけました。都市部からは姿を消しましたが、地方ではまだ見かけることがあります。ここで、プチ薀蓄(うんちく)です。この赤くて円筒形の郵便ポストの発祥の地はイギリスなのです。日本は明治時代にイギリスより郵便制度を導入したため、イギリスと同じ赤い丸型ポスト(正式名称:郵便差出箱)が使用されました。
 
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共同浴場の「うたせ湯」に到着。300円で購入した専用コインを入り口で投入し、扉(三脚回転ドア)を通過するシステムです。左手の木戸は出口専用です。
 
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長細くて手狭(てぜま)ですが清潔感のある脱衣場の左手に大きな浴室があるようです。
 
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筋湯温泉の共同浴場「うたせ場は、約2メートルの高さから落ちる18本のうたせ湯があり、日本一の「うたせ湯」とも言われます。
 
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明り取りのある高い天井
 
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「うたせ湯」の右手角にも「九重の名水」がありました。最初に見た温泉街入り口付近と「うたせ湯」脇の2か所で「九重の名水」が常時出ているそうです。
 
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期待以上の魅力に気を良くした私はもう一カ所立ち寄ろうと思いましたが、同行者は朝風呂にも入ったからもう十分という顔をしています。そこで写真撮影に留めることにしました。坂を少し上がった場所にある共同浴場「露天岩ん湯」(料金300円)は本日女湯と表示されています。すぐ近くの共同浴場「薬師湯(やくしゆ)」(料金300円)と日替わりで男湯と女湯が入れ替わるのです。
 
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こちらがコンクリート造の建物の1階にある「薬師湯」の入口です。これらの他に、「うたせ湯」の近くに足湯(無料)もあるようです。
 
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石段を上がると薬師堂の前に出ました。
 
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薬師堂の右手に向かいました。「薬師湯」がある建物の屋上から満開の桜越しに「うたせ湯」の建物が見えます。遠くの山は筋湯温泉の西方にある一目山(ひとめやま、標高1287m)のようです。
 
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(続く)

2014年5月11日 (日)

九州を横断するドライブ旅 九重大吊り橋を渡る(後編)

横揺れ防止用ロープを固定する基台
 
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対岸(中村エリア)側の主塔
 
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東屋のある公園には桜の花が咲いています。
 
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主柱の基部
 
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中村エリア側から見た主柱
 
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対岸にある中村エリア入場ゲートを抜けました。前日までの入場者数は約830万人(8,289,338人)と表示されています。
 
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マスコットの「ミヤちゃん」は九重町(ここのえまち)の花であるミヤマキリシマの妖精(ようせい)でした。
 
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正午を過ぎていましたから、食事処「山もみじ」へ向かうことにします。
 
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同行者は「山かけうどん」(750円)を注文。見たままにあっさりした味です。
 
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私は宇佐神宮で食べ損(そこ)ねた念願の「鳥天の単品」(650円)、大きな鶏肉の柔らかい歯触(はざわ)りに大満足。
 
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中村エリアの駐車場から見た九重夢大吊橋の全景
 
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案内地図を見ると中村エリア側が表口のようです。
 
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入場券を見せて中村ゲートを入ると、定番の記念写真屋さんが客を待っています。
 
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震動滝龍王社(しんどうりゅうおうしゃ)に「震動の滝 竜神伝説」の説明文がありました。
 
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急斜面となった崖崩れ跡で工事が続いています。
 
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九重夢大吊橋を出発しました。最初に立ち寄った駐車場の付近に3色に咲き分けた桃の花がありました。
 
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すぐ先の牧場に黒牛が多数いるのが見えます。
 
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その先にあるのは2万平米の広さがあるという「まえだ苑」で、紅しだれ桜などが咲いています。先ほど花の公園と思われた場所でしょう。さらに先、鳴子川の対岸には九重夢大吊橋の中村エリアが見えました。
 
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(続く)

2014年5月10日 (土)

九州を横断するドライブ旅 九重大吊り橋を渡る(前編)

鶴見岳の登山口を通過して城島高原を過ぎると、由布岳の正面登山口に差し掛かりました。
 
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狭霧台を通過したヘアピンカーブをスムーズにクリアーしました。
 
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県道11号(やまなみハイウェイ)から県道216号にそれて、由布院の街並みを左手に見ながら順調に走り、次いで国道210号に入りました。さらに県道11号(やまなみハイウェイ)に戻ると、「九重大吊橋(ここのえゆめおおつりはし)」の案内看板が見えました。
 
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やまなみハイウェイが一直線に続いています。右前方に何か変わったものがあります。
 
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高原野菜の売店ですが、三段重ねの白いものが何を意味するのかは不明です。
 
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崩平山(くえんひらやま、標高1288m)を過ぎた場所にある案内標識にしたがって右折します。
 
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道幅がだんだん狭くなってY字路に行き当たりました。右手が九重夢大吊り橋への近道と表示されていますので、それに従うと白鳥神社を過ぎた場所に九重茶屋などの売店と食堂を兼ねた店が数軒並んでいました。その駐車場には布袋(ほてい)様の大きな石像があります。九重北方は地名のようです。
 
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その脇にある「きたがた展望台」から日本一高く長い歩行者専用橋である九重夢大吊橋のほぼ全体が見えました。
 
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金網のゲートに「侵入禁止」と表示されていますので徒歩で九重夢大吊橋へ向かうことしました。少し歩いた見晴らしの良い場所から大吊橋を眺めるとなんと駐車場があります。観光客は大吊橋の近くまで車で行けるようです。
 
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大吊橋の入り口付近です。駐車場は左手あります。
 
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九重夢大吊り橋の説明看板には、橋の概要(主塔間の長さ390m、高さ173m、歩道部の幅1.5m、主塔の高さ43m「)および完成までの工程を写真で紹介しています。
 
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北方エリア入場ゲートを入りました。入場料金は大人500円です。吊り橋も好きな私はカナダ・バンクーバーにあるキャピラノの吊り橋、茨城県常陸太田市の竜神大吊橋(長さ375m、中央支間375m)を渡ったことを覚えています。同行者は、対岸で鐘を鳴らして戻るだけ(どこへも行けない)のために、入場料310円を竜神大吊橋で支払ったことをいまだに不満に思っているようです。九重夢大吊橋は対岸にも売店とレストランがあるようですから同行者も満足してくれるでしょう。
 
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高所が好きな同行者は谷底を覗(のぞ)いています。吊橋の中央部(床版)はすのこ状のグレーチングになっていますから下を見ることができます。
 
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筑後川水系鳴子川(なるこがわ)の下流方向にあるにある九酔渓(きゅうすいけい))の雄大な景色を望むことができます。
 
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右手後方では大規模ながけ崩れ跡を修復する工事が行われています。
 
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谷に積もった土砂
 
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反対側には大きな滝が見えます。4段になって流れ落ちるのは雌滝(めだき、落差93m)です。
 
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中央地点
 
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高さの比較は、左から大阪城(約36m)、凱旋門(約49m)、ヤフードーム(約84m)、自由の女神(約93m)、ゴジラ(100m)、ピラミッド(約146m)、九重夢大吊橋(173m)
 
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こちらは「震動の滝」とも呼ばれる雄滝(おだき、落差83m)です。「日本の滝百選」に選ばれているそうです。
 
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(続く)

2014年5月 9日 (金)

ゴールデンウイークを楽しむ シンコ・デ・マヨ(後編)

ステージ前に戻るとサルサがまだ続いていました。民族衣装をまとったダンサーたちが客席に下りて踊っています。
 
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そして、1時間続いたステージがフィナーレを迎えました。
 
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同行者が興味を持ったのは民芸品と装飾品の店に同居する「編み込み」のサービスです。エクステ(付け毛)と編み込みの料金は1本500円とのこと。
 
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14時に始まったズンバ(Zumba)のことは今回初めて知りましたが、ヒップホップと他の音楽を混ぜ合わせたもので、フィットネスのエキササイズに使われことが多いと紹介されました。そう言えばフィットネスクラブで流れている音楽そのものです。
 
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3人の女性がそれぞれスペイン語とポルトガル語で自己紹介。15人のグループがズンバ(フィットネス)を始めました。強烈なビートか身体に響き、踊っていなくても疲れを感じるほどです。

 
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14時40分からのサンバは、タンゴやルンバと並ぶラテンダンスの代表格ですが、アフリカ由来の音楽としてビート感に特徴があります。
 
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派手な衣装を見にまとい、激しく身体を動かすダンサーたちに観客の目は釘付けに。もちろん、私も。最後まで観ていたいのは山々ですが、次々に増える観客にステージ前から退散することにしました。 
 

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ここは私が飲んだメキシコのテカテ(ビール)のブース。同国ではコロナビールに次いで2番目に人気のある会社で、名前は地名(テカテ市)に由来するようです。女性たちがかぶっている覆面(ふくめん)はメキシコに多い覆面レスラー(仮面貴族とも呼ばれるミル・マスカラスが有名)を連想させました。
 
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ステージ方面へ向かう人波は途切れることはなく、しかもメインゲートから入場する人波も同様です。この辺で会場を後にすることに。
 
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国立代々木競技場の脇を神宮前交差点まで歩きます。
 
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メディア関係者の入り口のようです。奥に衛星中継用の車が停まっていました。
 
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テレビ東京のイベント会場も相変わらず混雑しています。
 
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歩道橋を渡って、さらに神宮前交差点方面へ向かいます。
 
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途中に渡った山手線の上に架かる橋は五輪橋(上の写真)、50年前の東京オリンピック開催時に建設されたことで、様々な装飾が施してあります。神宮前交差点の角には最近出来た東急プラザがありますが、立ち寄らずに地下鉄を利用して帰宅しました。
 
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5月6日(火)には横浜に出かけて、4月25日(金)から赤レンガ倉庫で開催されているドイツの春祭りを再現した「ヨコハマフリューリングスフェスト(FRUHLINGS FEST) 2014」にも参加する予定でしたが、折からの冷え込みで冬に逆戻りしたようですから、ドイツビールを楽しむのはまた別の機会にすることにします。

 

<同行者のコメント> 前日より気温が低くなるとテレビの天気予報が伝えていましたが、日差しが強くて、日傘を持参してよかったと思います。東京にはずいぶん多くのラテンアメリカ系の人たちがいることが分かりました。ステージ前はすごく盛り上がっていましたので私はだんだん後ろに押し出されてしまいましたが、さまざまなダンスを楽しめました。前日(5月3日)には私の好きなタンゴのステージがあったのですが・・。でもこの日はサルサがありました。

2014年5月 8日 (木)

ゴールデンウイークを楽しむ シンコ・デ・マヨ(中編)

次のステージまでの空き時間を利用して昼食を求めて模擬店舗を見て歩きました。ペルー料理と聞いてもどんなものか想像できませんでした。同行者が「ハチノスの煮込みはどう?」と軽口をたたきますので、「ハチの子なら食べてもいいかな」と返しながら、「ジャガイモのチーズクリームかけ」の名前か、ジャガイモの原産地がアンデス地方(インカ帝国)であることを思い出しました。
 
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メキシコの定番軽食、タコスとブリートの店に私の目が留まりました。後で調べたことですが、AL PASTORは串刺しにした羊または豚肉の塊(かたまり)をそぎ落としてタコスなどに入れるメキシコ中部の郷土料理で、レバノンからの移民がメキシコに持ち込んだものです。ですから、トルコのケバブと同類と言えます。
 
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パエリアが出来上がったと右隣の店の店員が大声で叫んでいます。そこで、同行者にはそちらに並んでもらうことにして、私はそのままタコスとブリートの店にできた列に残りました。
 
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シーフードパエリア(500円)の皿を手にして戻ってきた同行者は、「ムール貝かエビのいずれか1個しか入れてもらえなかった。私はエビが良かったのに・・」と不満顔です。
 
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「サルサ&チップス」(500円)と「テカテビール」(500円)を買い求めました。イス席や植込みの脇で腰かけられそうな場所はふさがっていますから、石畳にビニール袋を敷いて座ることにしました。「チップスが500円とは高いわね!」とは同行者の弁。私はビールのつまみのつもりでしたから気になりません。
 
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お裾分けしてもらったシーフードパエリアを食べていると、歌声が聞こえてきました。次のステージがはじまったようです。飲み始めたばかりのビールを手にした私はステージ前に向かいました。
 
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黒い衣装の女性がステージで歌っていました。11時55分に始まったソニー・リヴァースさんが歌うメキシコ伝統的な歌で半世紀前のトリオ・ロス・パンチョスアイ・ジョージさんの歌声を思い出しました。
 
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ミサエル・クルス・イ・ス・ソノラのリーダーであるミサエルさんが飛び入りで参加。
 
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12時25分からのペルー・ダンスショー「バモス・ア・ペルー!」は、インカで語り継がれる言葉を祈りとともに力強く語りました。それを隣の女性がアシスト。
 
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全員が輪になって踊り始めました。
 
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13時35分からサルサの2つのグループ「サボールとカレーニョ」が登場
 
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サルサはラテンダンスの一種で、テンポの速いサルサ音楽に合わせて男女がペアとなって踊ります。
 
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ステージの合間をみて会場内をもう少し見て歩きました。なぜか中東をイメージさせるドネルケバブに似た巨大な塊(かたまり)をそぎ落とした肉(注、上述したようにメキシコではスピットと呼ばれる)や餅(もち)のように長く伸びるトルコアイスクリームを売る店があります。
 
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会場の反対側(メインゲート側)も見て歩きました。
 
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もう一つの歩道橋も人でごった返しています。
 
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(続く)

2014年5月 7日 (水)

ゴールデンウイークを楽しむ シンコ・デ・マヨ(前編)

5月4日(日)、地下鉄千代田線の明治神宮前駅で下車してJR山手線原宿駅前の横断歩道と神宮橋を渡りました。右手へ進むと明治神宮の参道ですが、人の流れにしたがって左手の代々木公園へ向かいました。
 
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歩道橋で都道413号(赤坂杉並線)を渡ると国立代々木競技場第一体育館前の広場に大変な人混みがありました。通行者の整理をする人が、「テレビ東京フェスティバルの会場は左手の階段を降りてください」と連呼しています。
 
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そちらには子供向けイベント会場でよく見かける巨大な「ピカチュウふわふわ」やアニメのパネル、そしてテントのブースなどが並んでいますから、私の目的地は代々木公園の中央広場かもしれません。
 
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歩道橋を戻り、代々木公園の原宿門を入って、
 
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その先に伸びる花の小径(こみち)を抜けます。赤色や黄色のバラが咲き始めていました。
 
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大きな噴水がある池にでました。
 
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木製の橋を渡って中央広場に出ました。のんびり日向ぼっこをする人たちはいますが、イベントが行われている様子はありません。
 
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粗忽(そこつ)な私が遅まきながらアイフォーンを取り出して会場の場所を確認すると、代々木公園のイベント広場でした。南門を出て、幅の広い歩道橋を渡ると、グランド(球技場)の脇に出ました。前方にはNHK放送センターが見えます。
 
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左手に少し進むと目的とするイベント会場の裏口に出たようです。最初の歩道橋ではそのまま右手の階段を降りればよかったのです。
 
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会場内に派手な看板が立ち並んでいますが、
 
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約40軒もあるという店のどこにも立ち寄らず、野外ステージ(野外音楽堂)へ向かうと、すでに多くの観客がステージ前で開演をまっていました。
 
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ステージに向かい合う場所にある音響操作ブースでスタッフに尋ねると、「シンコ・デ・マヨ フェスティバル 2014」のパンフレットをくれました。それで確認すると、10時に始まったステージは3つの演目が終了して、4番目の開演を待っているところでした。
 
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シンコ・デ・マヨ(Cinco de Mayo)は、スペイン語で5月5日(Mayoは5月、Cincoは5、deは「の」)を意味し、メキシコ中南部にあるプエプラ州では対仏戦勝記念日のことです。もともとこの日は食事や音楽、ダンスを楽しむ地域限定のセレモニーの日だったものが、アメリカに伝わり、いつしかアメリカ最大級のイベントへと発展したそうです。いまでは世界各国で開催されていますが、日本では昨年のゴールデンウイーク中、2日間にわたって東京・代々木公園の会場で初の「シンコ・デ・マヨ・フェスティバル」が開催されました。野外ステージ開催される中南米の音楽とダンスに、今年はぜひ参加したいと思っていました。ちなみに、大阪では5月5日-6日に天王寺公園で開かれます。
 
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11時25分になると男女2人のMC(進行係)が登場しました。日本語、英語、スペイン語で次の演目を説明します。
 
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MCの紹介で始まったステージは2人組のメヒコ・イ・スス・トラディシオネス(Mexico y Sus Tradiciones)によるメキシコ伝統舞踊。ヒョウあるいはトラの衣装をまとった男性が右手、つまり上手(かみて)から登場しました。
 
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次いで、白い鳥の扮装(ふんそう)をした女性も登場して、
 
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二人が掛け合いました。ステージの手前に立つ男性はプレス関係のカメラマンのようです。
 
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次に壺(つぼ)を捧(ささ)げ持った女性が登場。頭には孔雀(くじゃく)の羽根飾りが・・。
 
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戦士と思われる男性も登場し、ステップとスピンを組み合わせたダンスを力強く踊ります。
 
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(続く)

2014年5月 6日 (火)

九州を横断するドライブ旅 鶴見岳に登る(後編)

鶴見七福神の1番は福禄寿(ふくろくじゅ)
 
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幸福・財産・長寿の神ですから、同行者と一緒にしっかりお願いしました。
 
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こちらの遊歩道からも鶴見岳山頂に行けるようです。
 
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目指した展望所に到着しました。鶴見岳に4カ所ある展望所のひとつです。
 
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展望所に上がって、まず右手を眺(なが)めました。別府の市街地から高崎山までが見渡せます。しかし、大分市の市街地は靄(もや)が掛かっているため確認できません。
 
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左手には別府市街地と国東半島が望めました。大分空港は海岸線沿いに30kmあまり走った場所にあります。
 
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後ろを振り返ると別府ロープウェイの山上駅が見えます。
 
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鶴見岳の山頂方面には先ほど見た電波塔がそびえています。パラボラアンテナに、「OBS」「TOS」「OAB」の表示が確認できますから、大分放送・テレビ大分・大分朝日放送のマイクロ回線のようです。テレビ局と放送所を結ぶSTL(Studio-Transmitter-Link)だと思いましたが、大分県中部エリア(大分市・別府市など)向けのテレビ放送所は別府市の十文字原(別府湾SAの近く、2つ上の写真で中央やや左)にありますから、これはサテライト局との通信に(中継回線として)使われているのでしょう。さらに調べると、鶴見岳には福岡のテレビ放送を受信して大分県のケーブルテレビ会社へ配信する大分県デジタルネットワークセンターの設備もあるようです。つまり、鶴見岳は電波銀座と呼んでもよい場所でした。
 
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遊歩道を引き返すと、同行者は鮮やかな朱色の鳥居がある鶴見山上権現一の宮というお宮へ向かいました。私と同様に(あるいは私に感化されて)信心深いのです。
 
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山上駅に戻ります。
 
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その横手に「鶴見山・由布山の恋物語」を説明する看板がありました。ここで私は「鶴見岳」と「鶴見山」の二通りの呼び名があることが気になりました。これも調べると、鶴見岳は主峰であるこの山をさし、鶴見山は北にある内山(うちやま、標高1275m)や伽藍岳(がらんだけ、標高1045m)を含む山系(さんけい)を意味するようです。
 
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山上駅の前にも展望台があります。西の方向で霞(かす)んでいる山並みが九重山系です。ちなみに、九重山系の最高峰である中岳(なかだけ、九重山)は標高1791m。手前の山は由布岳の南に続く、雨乞岳(方向1074m)、城ヶ岳(標高1168m)、倉木山(標高1155m)。
 
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少し左手へ移動すると視界が広がりました。
 
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城島高原パークと思われる施設が見えましたのでズームアップ。写真でも何とか確認できますが、ジェットコースターや大観覧車などの遊戯施設、城島高原ホテル、城島高原ゴルフクラブから構成されています。木製コースターのジュピターは日本国内でナガシマスパーランドのホワイトサイクロンに次いで2番目(世界で7番目)とのこと。
 
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「つるみや・由布山の恋物語に登場した祖母山(そぼさん)が流した涙でできたという志高湖(しだかこ)は鶴見岳の南東約3kmにあり、別府を代表する観光地の一つだそうです。
 
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下りは「つるみ号」
 
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ロープウェイの別府高原駅で下車。駅の周辺には山野草館と九州焼酎(しょうちゅう)館があります。
 
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吉野桜は時期を過ぎ始めていましたが、中国原産のハナズオウ(花蘇芳、マメ科)が盛りです。
 
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<同行者のコメント> 東匠庵はとても素敵なホテルでした。お料理もきれいで、しかもおいしく、また宿泊したいと思います。鶴見岳は前回も登りましたよ。山頂の神社などに見覚えがあります。
 
(続く)

2014年5月 5日 (月)

九州を横断するドライブ旅 鶴見岳に登る(前編)

前日に走った道を引き返しました。雨のためにパスした場所に向かうためです。途中、狭霧台に立ち寄りました。
 
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前日と打って変わった好天ですから、由布院盆地が見渡せまました。手前に見える大きな建物は合掌造りの宿「ゆふいん七色の風」です。
 
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同行者はショップに入って何やら品定めをしています。
 
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私はショップを背にして青空に映(は)える由布岳(ゆふだけ)を眺(なが)めることに。
 
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九州横断道路(やまなみハイウェイ)の先に前日、雲に隠されていた鶴見岳(標高1375m)が見えてきました。
 
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鶴見岳に触れる前に、やまなみハイウェイを紹介します。私が大学に入った1964年(昭和39年)の6月25日に別府阿蘇道路(全長50kmの有料道路)として開通しました。同じ年の9月に東京オリンピックが開幕する3か月前のことです。1994年(平成6年)に無料化されました。「ハイウェイ」と名付けられていますが高速道路ではありませんからスピードを出しすぎないように注意する必要があります。私が湯布院を訪れたのもこの年の夏です。

 

鶴見岳のロープウェイ乗り場である別府高原駅に到着しました。前回、同行者と来た時にも立ち寄っています。学生時代のバックパッカー旅行の時、鶴見岳の山頂で撮影した写真が残っています。登山靴(トレッキングシューズ)を履(は)いて写っていますが、歩いて登ったのかどうかまでは覚えていません。調べると、別府ロープウェイは昭和37年に完成したようですから、完成して間もないこのロープウェイを利用したのでしょう。
 
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鶴見岳中腹にある別府高原駅(標高503m)から山頂の鶴見山上駅(標高1300m)まで、この「別府ロープウェイ」(長さ約1800m)が通じていて、10分足らずで山上駅まで行くことができます。山上駅から山頂までの標高差は75m、約15分でたどり着けるようです。
 
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運賃は大人(往復)が1600円、片道(歩く方)は1000円で、子供は大人の半額
 
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20分ごとに発車します。出発すると別府市街地と別府湾が見え始めました。
 
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乗車する西日本最大級の101名乗り大型ゴンドラの「ゆふ号」は、写り込みがあって見づらいかもしれませんが、中間地点で下るゴンドラの「つるみ号」とすれ違いました。「つるみ号」の方が速く見えるのは目の錯覚(さっかく)です。
 
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大分市の高崎山(写真中央)も見えてきました。
 
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山上駅に到着すると、「おんせん県」のキャッチフレーズがありました。大分県は源泉数・湧出量(ゆうしゅつりょう)ともに全国1位であることをその理由にあげていますが、「うどん県」と同様に他県と論争になった件はどうなったのでしょうか。「おんせん県おおいた」(商標登録)の面白いCMを見つけました。
 
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宝船に乗った七福神が出迎えてくれます。
 
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「札所めぐり・七福神めぐり」の案内
 
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鶴見岳で見られる植物(注、手前にある鉢植えのシクラメンは無関係です。念のため)
 
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山上駅舎を出ると鶴見岳の山頂方面(無線塔の左後方)が見えました。鶴見岳も由布岳と同じ活火山ですが、1000年以上噴火していないそうです。周囲の様子は前回(10年前に)訪れた時と変わっていないようです。同行者は突然、「ここに来たことあるわ!」といいます。私は心の中で「僕は3回目だよ」とつぶやきました。
 
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ジャンボ温度計は1.5度をさしています。
 
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朱塗りの鳥居をくぐって山頂(標高1375m)まで登りたいのですが、後のスケジュールを考えて断念し、右手の遊歩道に入りました。茶色いブロックを使ってきれいに舗装(ほそう)された上り坂が続きます。
 
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(続き)

2014年5月 4日 (日)

九州を横断するドライブ旅 別府を経て湯布院の東匠庵へ(その3)

何気なく下を見ると大きなタンクがありました。ここが源泉のようです。
 
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部屋の半露店風呂にまだ入っていないことを思い出しました。
 
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温泉と給水の開閉バルブを操作して適温に調整することができます。
 
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朝食のため本館へ向かいました。ロビーの窓を通して青空に映える由布岳が見えます。
 
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昨夜は気づきませんでしたがテラスがありました。
 
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ロビーの様子(右端はカウンターバー)
 
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東匠庵の玄関
 
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同じく外から見た門
 
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朝食の時間だと同行者に急(せ)かされて昨夜と同じ食事処へ。
 
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デザートはロビーのカウンターバーに用意されました。
 
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窓の外に赤い電車が見えます。
 
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部屋に戻ってロフトの「特別席」から由布岳を眺(なが)めながら赤い電車が再び通過するのを待ちました。
 
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カーブに差し掛かった赤い電車は由布院駅へ向かいます。
 
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午前9時にチェックアウト。支配人さんたちに見送られて東匠庵を出立しました。昨日、見過(みす)ごして行き過ぎてしまったこの東匠庵の小さな看板はもう少し大きくならないのでしょうか。
 
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前回宿泊した柚富の郷 彩岳館(ゆふのごうさいがくかん)を撮影
 
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湯布院についての薀蓄(うんちく)です。記事の中で「湯布院」と「由布院」と異なる名称を使い分けました。これは支配人さんから聞いたことですが、由布院町と湯平村が合併して湯布院町なり、2005年の合併で由布市となったそうです。ですから、現在は由布院温泉が正しいのですが、なぜか大分自動車道の湯布院ICは1989年に完成した時に付けられた名称のままです。また、東匠庵の住所は由布市湯布院町川南(かわみなみ)で、2つの名称を使い分けるのは簡単ではありません。大阪府枚方市の樟葉と楠葉(くずは)と同じ理由でした。(続く)

2014年5月 3日 (土)

九州を横断するドライブ旅 別府を経て湯布院の東匠庵へ(その2)

焼き物は、マスの桜葉焼(さくらばやき)、燻製(くんせい)玉子、そしてホワイトアスパラ。梅肉(ばいにく)おろしが食欲をそそります。
 
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温物は、天然鯛(たい)若竹蒸し、うすい餡(あん)、笹蕗(ささふき)、桜の花、ワサビ
 
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変り鉢は黒毛和牛のステーキ
 
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懐石料理の最後は、ご飯、止椀(とめわん)、香の物
 
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そして、甘味(デザート)はイチゴのムースをロビーのカウンターバーで。
 
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いずれの料理もきれいに盛り付けされ、私でも続けて食べられるほど控えめのボリュームであったことで、最後まで食べきることができました。とはいっても、ご飯は辞退しましたが・・。配膳されるたびに支配人さんとの会話が弾(はず)んで、時間が経(た)つのを忘れそうになりました。

 

自室で2時間近く休憩した午後9時過ぎ、本館の浴場へ行こうと同行者を誘うと、「今夜は部屋の岩風呂を利用するから、明日の朝早く利用するつもりの露天風呂の様子を見てきてね!」と屈託(くったく)がありません。私一人で向かった本館の浴場は思ったよりも小ぶりで、脱衣場、ヒノキの内風呂、露天岩風呂で構成されていました。他に入浴客はなく、私一人が浴槽を独占して温泉を楽しみましだ。暗闇に由布岳と思われる黒い影が町の灯りとともに見えました。

 

翌朝は午前6時前に起床して、同行者と一緒に本館の浴場へ向かいました。
 
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脱衣場は小ぶり
 
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源泉名「東匠庵の湯」の泉質はアルカリ性単純温泉、泉温は68.9度
 
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昨夜も入った檜風呂(ひのきぶろ)
 
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洗い場もコンパクト
 
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露天風呂
 
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由布岳山頂付近で雲の動きが急ですから、天気が回復しそうです。山麓(さんろく)から立ち上るのは源泉から排出される蒸気です。手前に続く電車の線路は手が届きそうな近さです。
 
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部屋に戻る途中、ロビーから湯布岳を見ると、先ほどよりも空が晴れて、ほぼ全貌(ぜんぼう)を見ることができました。
 
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部屋の入り口には小型の暖房器具が置かれていて、朝夕がまだ寒い湯布院ではありがたい心遣(こころづか)いです。
 
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部屋から見る由布岳
 
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大分自動車道の湯布院IC付近とカルト山(標高1034m)
 
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朝日が由布岳をシルエットに変えました。
 
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露天風呂からも見た源泉から立ち上る水蒸気です。ちなみに、右手の建物は由布院駅近くにある大型ホテルの「湯布院ことぶき花の庄」(左)と「ゆふいん山水館」。
 
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(続く)

2014年5月 2日 (金)

九州を横断するドライブ旅 別府を経て湯布院の東匠庵へ(その1)

宇佐市で寄り道をしたため、予定したスケジュールよりかなり遅れてしまいましたので、国道10号ではなく宇佐別府道路を使って別府へ向かうことにしました。「双葉の里」のすぐ先にある下庄交差点を左折、定規で線を引いたような一般道を走って国道10号(国道213号)に出て、宇佐別府道路の宇佐ICへ向かいました。別府ICまで約33km(約30分)ですからスケジュールをかなり挽回(ばんかい)できそうです。しかし、何ということか別府ICの2つ手前の大分農業文化公園ICから先は濃霧のため通行止めになっていました。ここまでの割引料金は260円です。

 

県道42号に出て、さらに県道24号で別府を目指すことになりました。宇佐別府道路の速水(はやみ)IC脇を通過、曲がりくねった山道を走って小浦交差点で国道10号に行き当たりました。混雑する国道10号をなんとか抜け、県道645号にそれて、さらに日豊本線の亀川駅付近で県道642号に入りました。血の池地獄、かまど地獄、山地獄など40年前に訪れた場所が続きますが、雨による渋滞が続くため、立ち寄らずに通過しました。鉄輪温泉交差点で国道500号に出ました。写真は交差点のすぐ先にある海地獄の入り口です。周囲の山が煙っている様子が写真に写っています。
 
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坊主地獄先交差点で国道500号から県道11号(九州横断道路)にそれて、その急坂を上ると霧がだんだん濃くなってきました。
 
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大分自動車道の別府ICを通過すると、右手に鶴見岳(標高1375m)が見えるはずですが残念なことに濃い霧に包まれています。峠のような場所を過ぎた城島(きじま)高原付近で霧が少し薄くなりはじめ、路面の視界が良くなりました。 

 

由布(ゆふ)市に入ってすぐに到着した見覚(みおぼ)えのある狭霧台(さぎりだい)から由布岳(ゆふだけ、標高1583m)を望みました。豊後(ぶんご)富士とも呼ばれるようです。
 
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休憩しながら眺(なが)めていると靄(もや)が晴れてきました。
 
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金鱗湖(きんりんこ)には前回立ち寄っていますからパスしてその日の宿泊先へ向かいました。念のためにとカーナビに入力しにも関わらず少し行き過ぎてしまいUターン、小さな看板を確認して民家の脇に伸びる路地に入りました。「こんなところに本当に旅館があるの?」と同行者は心配します。なんとか午後5時半に東匠庵(とうしょうあん)を見つけました。門の前にある6台で一杯となる小さな駐車場(無料)には幸運なことにまだ空きスペースがありました。

 

前回湯布院を訪れたときには、県道11号で少し由布院駅寄りの彩岳館(さいがくかん)に宿泊して、高台から由布岳を背景とする湯布院の町並みを楽しんだことをよく覚えています。ほぼ同じ景色を期待して予約した東匠庵は、すべてがコンバクトで、年配者が落ち着いて滞在できる隠れ宿の雰囲気もあります。そして、ロビーの大きな窓から見る景色には、眼下を通過する久大線の真っ赤な電車が加わりました。植栽(しょくさい)の先にその線路が見え隠れしています。
 
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渡り廊下を通って、離れにある部屋に通されました。
 
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和室には大きめの櫓炬燵(やぐらごたつ)が置かれており、
 
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天井は古民家風に鴨居がむき出しになっています。
 
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部屋付いている半露店岩風呂
 
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一段高くなった寝室も余裕を感じさせる広さです。
 
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寝室からロフトへ上がる階段がありました。アメリカのコンドミニアム形式のホテルのようですが、かなり狭いようです。
 
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ロフトに上がってみました。狭い場所に座椅子が2つ並べて置かれていました。小さな障子が目の前に・・。
 
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その障子を開けるとすべてが理解できました。由布岳を自室から眺(なが)められる趣向(しゅこう)なのです。旅館の別棟が眼下に見えるのは残念ですが、由布岳の景色を楽しむにはまったく問題ありません。菜の花が植えられた田圃(たんぼ)が色彩のアクセントになっています。
 
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テレビ朝日系列で放送されている人気番組「建物探訪」のように部屋を見て回った時に夕食の時間になりました。一風呂浴びてからにしたかったのですが、チェックインが5時半と遅かったため、我われは夕食の一番早い時間帯(午後6時から)を割り当てられたのです。渡り廊下を本館まで戻ると、食事処の個室へ案内されました。会話が軽妙な支配人さん自らが細かく説明しながら一品ずつ配膳(はいぜん)してくれました。

 

先付けは、タコ、ゴマ豆腐、木の芽ソース、うるい、タケノコ、花弁ユリ根が春らしい器に少量ずつ盛られています。そして、小鉢(写真右)は、タケノコ、ウド、イカ、こごみ(クサソテツの若芽)、梅肉和(ばいにくあ)えが上品に。
 
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椀物(わんもの)は、鮎魚女(あいなめ)、蛤黄身揚(はまぐりきみあ)げ、シイタケ、アスパラ、ワラビ、木の芽がすまし汁から浮き出て見えます。
 
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造りは、ヒラメ、本マグロ、イカが少量ずつ生け花のように涼しげな器と大根の桂むきを使って盛られていました。
 
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同行者は大根の桂(かつら)むきで作られた花がいたく気に入ったようで、そのできばえに何度も感心しています。ベージュ色の花弁で変化を持たせるとともにニラを使って茎(くき)を表現しています。
 
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(続く)

2014年5月 1日 (木)

ゴールデンウイークを楽しむ 日本科学未来館・企画展

本題に入る前に、今週 アメリカから飛び込んできた驚くべきニュースを紹介します。

 

[急告] インターネットエクスプローラーに深刻な脆弱性が見つかる

 

米マイクロソフト社は427日に自社のインターネットエクスプローラー(IE)のバージョン6~11(約6割の世界シェアを持つ)に、標的型攻撃に悪用される恐れがある脆弱(ぜいじゃく)性が見つかったと発表しました。同社は早急に修正プログラムを提供する予定で、5月早々にリリースされるとの情報もあります。これに関して、米国土安全保障省やセキュリティソフト会社などがIEの利用者に、「修正プログラムがリリースされるまでは、他のブラウザー(FirefoxChromeSafari)を緊急避難的に使用すべきだ」と呼びかけました。セキュリティソフト会社によれば、「この脆弱性は悪意のある細工がされたコンテンツを開くと、仕掛けられた命令が実行され、アプリケーションが異常終了したり、攻撃者にパソコンを制御されたりする可能性がある」と説明しています。

[追記] 5月2日に更新プログラムが公開されました。

 

                             ☆

 

本題に入ります。私と同行者は1階に下りて、シンボルゾーンの奥にある企画展示ゾーン(常設展とは別料金)へ向かいました。
 
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入口を入った場所にある案内パネルには、『精巧で緻密、そしておもてなしの精神に富んだ日本の「モノづくり」と、その歴史的・文化的背景に焦点をあてる企画展です。会場には、世界でオンリーワン・ナンバーワンの価値をもつ200点以上もの製品・技術が一堂に会します』と説明されています。

 

「日系企業の主要先端製品・部材の売上高と世界シェア(2011年)」には日系企業の国際競争力の高い分野(シェア80%以上)として、図の右下に位置する、ハイブリッド車、デジタルカメラ、一眼レフ、複合機、内視鏡などが示されています。ただし、市場規模の大きな領域(自動車・炭素鋼など)では日系企業のシェアは10-20%と低く、やや大きな領域(AV機器、テレビ、情報端末、コンピュータ、電子機器など)になるとシェアが20-40%と高くなっています。
 
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「宝探しの心得」は、「いろいろな角度からじっくり見る」「どうやってつくるかを考えてみる」「どう使うかを考えてみる」の3つであり、「宝探しの手がかり」は「技の伝承」「自然との共生」「こだわり」「もったいない」「おもてなし」の5つがあるそうです。

 

最初の「源」ゾーンにおける展示「心と技をつなぐ」は、1300年前から続いている伊勢神宮の式年遷宮に必要な技の伝承についての説明でした。

 

2つ目の展示ゾーン「源(みなもと)」の「もったいない」コーナーは、割れた大事な茶碗(ちゃわん)や古着を再生する古来の知恵を紹介しています。前者は金継(きんつぎ)と呼ばれた金粉(きんぷん)と漆(うるし)などを用いた接着方法で、後者は古着を裂(さ)いて一本の糸に戻して、その糸を使ってふたたび布を織る方法です。私が小学生のころ(約60年前)、祖母が同じことをしていたのです。祖母が糸車を回す姿を思い出しました。また、母は小さくなった私のセーターをほどいて大きめのものに編みなおしてくれました。日本が高度経済成長期(昭和30年前後から)に入るまで、一般家庭で普通に行われていた節約術なのです。
 
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マホガニー材で造られたSANOMAGIC(佐野末四郎氏)の木製自転車と木造船のハーフモデル(船の形を確認するための模型)
 
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2番目の「日本を変えた、世界を変えたイノベーション」ゾーンには、昔懐かしいホンダの「スーパーカブ」
 
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電気炊飯器(松下電気器具製作所、現パナソニック)
 
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有名なヒット商品の二股(ふたまた)ソケット(松下電気器具製作所、現パナソニック)
 
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シャープペンシル(早川兄弟商会金属文具製作所、現シャープ)
 
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電球(白熱舎、現東芝ライテック)
 
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チキンラーメン(日清食品)
 
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香水 禅(ぜん)(資生堂)
 
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電卓(早川電機工業、現シャープ)
 
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カップヌードル(日清食品)
 
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ウォークマン(ソニー)
 
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3番目の「発見! 世界一ライフ」ゾーンに展示されたZIPPERYKK)には用途に応じて、金属ファスナー、樹脂ファスナー(コイル状)、ビスロンファスナー(射出成型)の各種があると説明されています。その他にも「衣」「食」「住」「美」「遊」に分かれたエリアに、インクジェットプリンター、味覚分析器、全自動イカ釣り機、特殊な繊維類なども展示されています。
 
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4番目の「潜入! 世界一ファクトリー」ゾーンでは、そろばん、各種工具類などがあります。実物を見るのが初めてであるコクヨS&T社のファリナックス(釘なしステープラー)です。
 
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ユニボールシグノビット(0.18mmのボール使った超極細ボールペン)(三菱鉛筆)
 
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まるで本物のように見える「だまし絵
 
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HOMESTAR アースシアター(家庭用プラネタリウム)(セガトイズ、大平技研)は星空と映像コンテンツを同時に映し出すことができる優(すぐ)れもの。わが家にあるのは星空だけを投影するシンプルなHOMESTA Pro(ホームスタープロ)の2nd Edition(第2版)の方です。
 
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ワールドレコード大集合!
 
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茶運び人形」(九代目玉屋庄兵衛作)と組み木と積み木のパズル「五重塔」(二宮義之作)
 
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色が浮き出る魔法のガラスは角度を変えると色が変わることが不思議です。
 
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打ち出し板金三次元曲面成形で作られたバイオリン(山下工業所)
 
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ロータリーエンジン 10A型(マツダ)
 
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風レンズ風車(ウインドレンズ社)
 
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大型膜面構造物(大型テント構造物)のトップメーカーである太洋工業のパネルには、巨大構造物を可能にする薄くて軽い素材と技術についての説明があります。東京ドーム、大阪万博のアメリカ館・富士パビリオン、埼玉スタジアム、JRユニバーサルシティ駅(大阪市)、などの事例に加えて、準備期間を含めて3年間を要したサウジアラビア向けの巨大なアンブレラプロジェクトメディナ「預言者モスク周辺広場の日除け施設(計16万2000平米)」を紹介しています。
 
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同行者は1階で見つけた未来館ショップ(Miraikan Shop)内を何度も回遊(かいゆう)しながら品定めをしはじめました。そして、選んだ土産物を両手で抱えています。同行者は常設展と企画展の両方に付き合ってくれましたが、気に入ったのは「アシモの実演」と「コスモついスターと奥沢ロール」、そしてこの土産物だったようです。
 
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<同行者のコメント> 旦那様が急に日本科学未来館へ出かけると言い出しました。オチビちゃんとコチビちゃんが夏休みにわが家へ遊びに来た時のことを考えたのかもしれません。私はアシモの実演が見られたことが良かったです。この施設でも外国人、とくに中国語を話す来館者が多かったと思います。

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