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2014年6月

2014年6月30日 (月)

憧れのハワイ空路 ラナイ島(その1)

入国審査を無事に通過し、預けた荷物を受け取り、
 
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メイン・ターミナルの西側へ出ました。

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旅客ターミナルの左手のある空港内シャトルバス(Wiki-Wiki Bus)の停留所へ向かいました。国際線・米国本土線が発着するメイン・ターミナルからハワイアン航空、アイランド・エアそしてモクレレ航空(Mokulele Airlines)が使用するコミューター・ターミナルへ移動するためです。写真にはインターアイランド・ターミナルの3番停留所が写っています。
 
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5分あまり待つとシャトルバスがやってきました。親切な運転者さんは荷物をバス内の荷物置場に積み込んでくれました。ありがとう。
 
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5分あまりで広いホノルル空港に端にあるコミューター・ターミナルに到着
 
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アイランド・エアのカウンターは落ち着いた雰囲気
 
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私たちが搭乗するのは午後2時30分発のラナイ(Lanai)空港行きです。
 
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カウンターの秤(はかり)に預ける荷物乗せると、一番大きいスーツケースが重量オーバーでした。エクセスチャージ(超過料金)を支払ってもよいのですが、オチビちゃんのお父さんはスーツケースを開けて重量が制限範囲内になるように頑張りました。重いものを機内持ち込み手荷物に移したのです。アイランド・エアのカウンターで無事にチェックイン。私も国際線と国内線では許容される重量が異なることを失念していました。そう言えば、並んで待つ場所の先頭付近にも秤がおかれています。 

 

ラナイ空港はハワイ諸島の主な島であるオアフ島、ハワイ島、カウアイ島、マウイ島などに囲まれた小さなラナイ島のラナイ市にある空港です。なぜ火山島のラナイ島を最初の訪問地に選んだかといいますと、オチビちゃんとコチビちゃんのお母さんから強い希望があったのです。地理に詳しいと自称する私でもはじめて聞く名前でした。そこで、出発前にラナイ島について少し調べました。他のハワイ諸島と比べると、乾燥した土地ですが、気候は比較的温暖であり、平均気温は夏でも23℃と涼しく、冬は19℃と温暖であるとのなど。
 
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出発予定時間の午後2時半まで3時間半もありますから、チェックインした後はこれから宿泊するホテルの専用ラウンジで待つことにしました。
 
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内部は茶系統のインテリアで落ち着いた雰囲気があります。ついでにホテルの事前チェックインの手続きもできました。
 
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オチビちゃんとコチビちゃんは、ラウンジを利用するのが関空に次いで2度目であり、飲み物と軽食を自由に選んでいました。
 
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とくに、オチビちゃんは関空からの長時間フライトで飛行機酔いになったため、機内では朝食をまったく食べていません。でも、もうすっかり回復したようです。
 
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子供には簡単な玩具(おもちゃ)を貸してくれました。外国の雰囲気にも少し興奮しているようで、あっという間に3時間が過ぎて行きました。
 
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私は時々ラウンジを抜け出して、発着するプロペラ式の旅客機を眺めました。これはアイランド・エアの機体です。
 
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こちらの”Aloha Air Cargo”はホノルルに本拠地を置く航空貨物の会社
 
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この派手な化粧を施した飛行機は胴体に“HANA”と表示していますが、どこの航空会社であるか不明です。“Mokulele Airline”とも胴体の絵柄が異なります。ちなみに、“OHANA“はハワイ語で「家族」を意味します。注)後で調べると、”OHANA"と表示されたのもハワイアン航空の飛行機でした。
 
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右手の2機はもちろんハワイ航空の機体です。
 
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最初に撮影した旅客機で搭乗がはじまり、ゴルフカートが乗客を運んでいます。
 
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(続く)

2014年6月29日 (日)

憧れのハワイ空路 ハワイに到着

出発して約5時間後には日付変更線を越え、ホノルル空港へ到着する約1時間半前には朝食のサービスが始まりました。ブラインドを開けて外を見ると、先ほどまで月明かりに照らし出されていた雲海が消え、青空が広がっていました。空はもちろんのこと、下方の海(太平洋)も美しいコバルトブルーに染まっています。
 
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前方には白い雲が広がっています。
 
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機内表示で確認すると、高度12,500m、追風(tail wind)145km/h、対気速度(true airspeed)840km/h、対地速度(ground speed)985km/h、方位114度、外気温-67度、そしてマッハ0.82494とあります。マッハとは音速と比較した場合の相対的な速度ですが、気圧と絶対温度の平方根(ルート)に比例して変化するものですから、それらで補正した数値(地上付近よりマッハ値が高くなる)でしょう。しかし、外気温は分かりますが、外気圧が表示されていませんから、知りえた情報だけでは検算することができません。

 

また、方位114度は飛行機が東南東よりやや東寄りの方向に向いている、つまりHA450便はほぼ最短のコース、つまり大圏(たいけん)コースを取っているのです。言い換えれば、偏西風がちょうどいい具合にハワイの方向へ吹いているのでしょう。

 

主翼(しゅよく)のフラップが時々上下します。飛行機は巡航(じゅんこう)モードで飛んでいるはずですが、風の影響などを補正することによって、定められた航路を維持しているのでしょう。
 
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大きいフラップが下がったのは主翼の揚力(ようりょく)を高めるためです。
 
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高度がかなり下がって、海岸線とゴルフ場が見えはじめましたから、ホノルル空港へ近づいたようです。
 
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すぐ下に滑走路が見えます。ホノルル空港の敷地内に入ったようです。
 
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滑走路にタッチダウン
 
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そして、誘導路をタクシーイング(地上走行)する様子です。到着予定時刻の10時5分より35分早い午前9時30分ころにオアフ島のホノルル空港に着陸しました。関空から7時間15分(6761km)のフライト。ちなみに、日本との時差は19時間ですから、出発した日の午前中に到着したことになります。機内に表示された外気温度は32度と予想していたより高めでした。
 
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ボーディングブリッジを抜けて旅客ターミナル内に入りました。隣のゲートにもハワイアン航空機が駐機しています。じつは、私と同行者にとってはちょうど20年ぶりのハワイ到着。アメリカ本土での5年間にわたる滞在を終えて帰国する時に立ち寄った場所なのです。
 
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動く歩道で移動するオチビちゃん・コチビちゃんとその両親
 
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窓の外には南国の明るい空が広がっていました。白い雲がありますが、まったく問題はなさそうです。
 
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通路はまだ続きます。一緒に歩く人たちは、同じ便で大阪から到着した乗客ですから、ほとんどが日本人のようです。左手の壁面にはハワイらしく明るい海の絵などが飾ってありました。
 
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右手の旅客ターミナルとエプロンには先ほど機内から見かけた日航機やハワイアン航空機が駐機しているのが見えます。日航機は少し前に到着したのでしょうか


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通路の角を曲がると、
関空から乗ってきたハワイアン航空のHA450便が良く見えました。荷物を降ろす作業が一段落したようです。その先には別の日航機と梅の花(台湾の国花)が美しい台湾のチャイナエアライン機、そしてユニークなシンボルマークの大韓航空(コリアンエアー)機も並んでいました。ちなみに、勾玉(まがたま)を2つ組み合わせたようなシンボルマークは韓国国旗にも描かれる太極(陰陽魚)をイメージしたものだそうです。そして、会社の英語表記“KOREAN AIRの ”O“ にもこのシンボルマークが使われています。
 

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通路はまだ続きます。
 
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コチビちゃんと同行者は混雑するエスカレーターを使わず、急ぎ足で階段を下りて行きました。
 
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到着予定時間(ETA)が10時5分のハワイアン航空HA450便は9時26分着と表示されています。ここには日航機が1便も表示されていません。先ほど見た2機の日航機は出発便(成田空港・中部国際空港・新千歳国際空港向けなど)だったようです。
 
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余談です。ハワイアン航空の日本路線は、日本の航空会社と比べると、ホノルル空港の出発時間がやや遅めに設定されていて便利です。日航や全日空は午前10時台や午前12時台にホノルルを出発する便があり、それらを利用すると朝の出発準備が慌(あわ)ただしくなりそうです。もちろん午後2時以降に出発する便を選べば差はありませんが・・。(続く)

2014年6月28日 (土)

憧れのハワイ空路 ハワイへ向けて出発

ラウンジに入る前に見かけたジェットスター(Jet Star)はオーストラリアのメルボルンに本拠を置く格安航空会社(LCC)で、カンタス航空の子会社です。
 
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出発の約1時間前にラウンジを出ました。階下(2階)に見える国内線のロビーには人影がありません。そして外は暗くなっているようです。
 
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15分ほど歩いて北ウイングへ戻って15番ゲートへ向かいました。
 
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ホノルル行のHA450便は登場ゲートと出発時間に変更はないようです。
 
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旅客ターミナルから国際線の搭乗口(ホノルル行きHA450便は15番ゲート)がある北ウイングへ移動する手段はウイングシャトル本館駅で乗る真っ赤なウィングシャトルです。
 
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ウィングシャトルから見た日本航空(JAL)機
 
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ウィングシャトルを中間駅で下りて来た方向へ戻る形で15番ゲートヘ向かいます。
 
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15番ゲートに近づきました。
 
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登場するHA450便(使用機材A330-200、座席数294)がすでにスタンバイしていました。
 
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出発時刻の約30分前に搭乗が始まりました。
 
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ボーディングブリッジを歩くオチビちゃん・
コチビちゃんと同行者
   
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隣に駐機するのは関空とドーハを結ぶカタール航空機のようです。急成長をした同社はサービスにも定評があり、国際運輸調査機関であるスカイトラックス社のエアライン・オブ・ザ・イヤー (Airline of the Year)でこの3年間は1位または2位を獲得しています。ちなみに、日本勢では全日空(ANA)が最近の2年間で4位と5位の評価を受けています。
 
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ハワイへのルートマップを見ると、意外にもハワイは日本のほぼ真東、正確には台湾とほぼ同じ緯度に位置していることを知りました。ホノルル空港をハブ空港とするハワイアン航空は2010年からこの路線に就航しています。
 
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搭乗したエアバス・インダストリー社製中・長距離大型機A330-200のキャビンは広くて快適です。ここでプチ薀蓄(うんちく)です。この機種は同社のA320/A340シリーズと同様にフライ・バイ・ワイヤ方式を採用しています。つまり、従来の飛行機のようにパイロットの操縦操作がケーブルやロッド(棒)を介して機械的に油圧や電動の操縦翼駆動装置へ伝えられるのではなく、操縦操作は電気信号に変換されてワイヤ(電線あるいは光ファイバー)で油圧あるいは電動の操縦翼駆動装置へ伝える仕組みです。電気信号に変換することは手間が掛かりますが、これによって飛行制御コンピュータとの連携が容易になるだけではなく、機体の重量を軽減できる効用もあります。

   
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出発するまでの時間をつぶすために初めて乗るハワイアン航空の詳しく書かれた沿革を読みました。ハワイで最も長い歴史があり、ハワイ州では最大の航空会社で、米国内で最高レベルのサービスとパフォーマンスを提供していることが評価されているようです。
 
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ハワイアン航空のHA450便は定刻の午後9時15分に出発。離陸すると大阪の夜景が眼下に広がりました。
 
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水平飛行に入ってから利用できるようになったテレビゲームをするオチビちゃんの相手をしたり、一緒に夕食を食べたりして過ごしました。ですから、いつも楽しむ機内映画を断念することに。
 
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(続く)

2014年6月27日 (金)

憧れのハワイ空路 関西国際空港

5月中旬に大阪へドライブしたのは、オチビちゃんたち(実はその両親ですが)に誘われて、一緒にハワイ旅行をするためでした。すべてをオチビちゃんの両親にお任せの旅ですから、気楽に旅を楽しむことができましたので、その様子を詳しく紹介させていただきます。「憧(あこが)れのハワイ空路(くうろ)」はもちろん終戦直後に岡晴夫(はるお)さんが歌って大ヒットした歌謡曲「憧れのハワイ航路(こうろ)」(後に映画化)のパロディです。

 

オチビちゃんの家を土曜日の午後4時過ぎに出発して、第二京阪道路、近畿自動車道、阪和自動車道、関西空港自動車道を経由して関西国際空港(KIX)へ向かう予定でしたが、オチビちゃんたちが乗る車はJCTを直進せず、なぜか堺泉北有料道路へとそれました。不審(ふしん)に思いながらもその車に従いました。後で聞くと、単なる勘違いだったとのこと。
 
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行き当たった助松JCTから阪神高速4号湾岸線に入って泉佐野方面へと走りました。
 
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前方に見える高いビルは「りんくうゲートタワービル」のようです。大阪府泉佐野市りんくう往来北にある超高層ビル(高さ約256m)は、大阪市の「あべのハルカス」(高さ300m)、横浜市の「横浜ランドマークタワー」(高さ約296m)に次いで日本で3番目の高さがあるようです。
 
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そして右手には関西国際空港連絡橋も見えてきました。
 
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りんくうJCTで関西国際空港連絡橋(愛称:スカイゲートブリッジR)に入ります。
 
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スカイゲートブリッジRは、全長が3750mあり、トラス橋では世界一の長さがあるそうです。2階建てになっており、上は道路、下には鉄道が通っています。ちなみに、”R”Road/Railway/Rinku(りんくう)の頭文字を表しているそうです。
 
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海を埋め立てて造られた2つの人工島で構成される海上空港である関西国際空港の建物が見えてきました。
 
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道路はこの先で左へカーブするようです。
 
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旅客ターミナルへは直進です。
 
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関西国際空港ICの料金所を通過して旅客ターミナルへ向かいます。
 
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関西国際空港ICは土地の制約からか、馬蹄形(ばていけい)を2つ組み合わせたような珍しい形状をしています。
 
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複合施設である「
エアロプラザ」(右手の建物)付近へ到着しました。ホテル日航関西空港などが入る建物です。左手にある有料駐車場(P2)の受付で愛車をスタッフに預けました。その奥、有料駐車場(P1)と挟まれた場所にはJRと南海電鉄の関西空港駅があるようです。エアロプラザと関西空港駅ビル(2階のレベル)はペデストリアンデッキ(歩行者回廊)で結ばれているようです。道が行き当る辺(あた)りに管制塔が小さく見えます。ちなみに、格安航空会社(LCC)専用として使用されている第2ターミナルはエアロプラザの後方(写真では右手)にある2つ目の人口島(長さ4000mのB滑走路がある)にあります。
 
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有料駐車場の送迎車で送ってもらい、第1ターミナルに午後6時になる少し前に到着。
 
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管制塔が間近に見えます。
 
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第1ターミナルの降車場から見た駐車場の屋根とエアロプラザ。駐車場の屋根にあるものは太陽電池パネルかと思いましたが、第1ターミナル、関西空港駅ビル、エアロプラザを結ぶペデストリアンデッキがある位置に合わせてわずか3カ所にあるだけですから、ペデストリアンデッキの明り取り用でしょう。後で確認すると改札口の前が2階から3階まで吹き抜けになっており、船をひっくり返したような形をした明り取りがその天井(てんじょう)に設置されていました。
 
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第1ターミナルへ入ります。
 
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内部は吹き抜け構造になっていました。国際線の出発エリアは4階にあります。
 
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今回、利用するのはハワイアン航空ですから、北ウイングの一番奥にあるチェックインカウンターAへ向かいました。
 
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チェックインカウンターはそれほど混雑しておらず、スムーズに搭乗手続きが行えました。
 
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4階でセキュリティ・チェックを受けてから、階段で下りた3階で出国検査を受けました。搭乗まで1時間半以上もありますから、同じ3階の中央KIXエアサイドアベニュー(免税エリア)にある空港ラウンジで過ごすことにしてを過ごしました。第1ターミナルの北端から南端まではかなりの距離がありました。はじめて飛行機に乗るオチビちゃんとコチビちゃんたちとハワイや飛行機の話で盛り上がります。
 
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私はまず赤ワインを、次いでニッカウイスキーの竹鶴を何杯もお代わりして楽しみました。とても美味しいのです。
 
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(続く)

2014年6月24日 (火)

伊豆半島のドライブ旅(南伊豆町~河津町)

国道136号をさらに東へ走りました。下賀茂地区に入ると右手の傾斜地に蒸気が立ち上がっていました。
 
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ほどなく下賀茂温泉の「銀の湯会館」に到着しました。大きな温泉井戸がいやでも目立ちます。
 
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足湯と思われる場所を覗(のぞ)いてみると湯は張ってありませんでした。
 
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建物の入口を探すと、ずっと右手にありました。最初に捜したのは裏口付近だったようです。
 
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利用料(3時間まで700円)を払って、案内に従って長い通路を進むと、奥に浴室がありました。
 
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女湯への入口はその右手前です。通路の反対側には軽食を提供するカウンターが見えます。
 
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「今日は」と書かれていますから、日替わりで男湯と女湯の浴室が変わるようです。
 
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脱衣場のロッカーは無料です。源泉名は「銀ノ湯 下賀茂56号泉」で、泉質はナトリウム・カルシウム-塩化物温泉(高張性・弱アルカリ性・高温泉)、泉温100.3度、湧出量122リットル/分と表示されています。
 
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大風呂、露天風呂、サウナ、打たせ湯などがありました。透明な湯であるため確認できませんでしたが、露天風呂だけが掛け流しで、その他は循環式のようです。熱めの湯をたっぷり楽しみたいところですが、この日で2度目の温泉ですから控えめにして、2階にある休憩室(大広間)へ向かいました。畳が敷かれた大広間は広くてきれいです。
 
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わが家のベランダで毎年咲いてくれるのと同じ色のシンビジウム(洋蘭)です。
 
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同行者は大好きなソフトクリームを物色しています。
 
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通路の壁に色紙がいっぱい飾ってありました。
 
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青野川の「菜の花畑」に到着。3年前の記事でも紹介した場所です。
   
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まだ準備朝のようです。後で調べると、今年は3日後の2月5日から3月10日まで開催されたようです。
 
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同行者は「びゃく」でお土産てして購入した「磯花のり」(乾燥した海藻)をまだ手に持っています。
 
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下田の市街地を抜けて、国道135号を北上して河津町に到着。
 
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河津川縁(べり)で河津桜がほころびはじめていました。
 
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国道脇の歩道に保護中(養生中)の河津桜の若木がありました。
 
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伊豆東海岸では五月雨式に渋滞が発生しましたが、午後7時過ぎに帰宅しました。今回の走行距離は約380kmで、燃費は24.1km/ℓとまずまずの結果でした。(終)

2014年6月23日 (月)

伊豆半島のドライブ旅(西伊豆町~南伊豆町)

次の目的地は西伊豆町仁科にある「沢田公園露天風呂」です。西伊豆屈指の温泉地である堂ヶ島温泉のホテル街や前回立ち寄った「ランの里堂ヶ島」を抜け、堂ヶ島漁港の脇にある路地を海岸に向かった場所に小さな駐車場と番小屋がある。番小屋で入浴料の500円(町民は300円)を支払いました。
 
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浴場があるのは海岸の岩場に作られた石段を登ると湯小屋があるようです。
 
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反対側にも転落防止用の柵が続いていました。階段はありませんが、高みから海を覗(のぞ)き込んでいる人がいます。その様子が少し気になりますが・・。
 
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振り返ってみた番小屋と駐車場
 
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堂ヶ島海岸の景観。象島(伝兵衛島)、中ノ島、沖ノ瀬島、高島の4つの島からなる三四郎島は干潮時には砂州(地元では瀬浜と呼ぶ)ができて歩いて渡ることができるそうですが、訪れた時は満潮に近いようで、見えそうもありません。
 
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転落防止用の柵に近寄って少し右手を撮影
 
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折れ曲がって上に伸びる石段の先に湯小屋が見えました。崖の中腹に造られた小さな建物です。
   
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湯小屋は手前が男湯で、目隠しの奥に女湯が配置されています。
 
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スライドドアを引くと、小さな脱衣所が現れました。
 
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脱衣場からのドアを開け、景色に期待しながら、露天風呂の湯船に向かいました。
 
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湯船は決して大きくはありませんが、堂ヶ島の海が一望できる開放感のあるすばらしい露天風呂です。
 
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泉質はナトリウム・カルシウムー硫酸塩泉で、さっぱりした肌触りです。露天風呂と駿河湾の景色を独占してたっぷり楽しました。
 
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沢田公園露天風呂に満足したあとは、国道136号の曲がりくねった道筋をトレースするハンドリングを楽しみながら松崎と雲見温泉を過ぎると南伊豆町に入りました。行き交(か)う車もほんのわずかですから道路も独占したような快適さです。そして波勝崎(はがちざき)への入口を過ぎると、国道236号はほどなく海岸線を離れて内陸部に入って行きます。そして、妻良地区に差し掛かると食事処「びゃく」が見えました。前回も立ち寄って気に入った店です。
 
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昼時をとうに過ぎていますから、店内には他の客はいません。店内の様子は前回立ち寄った時と変わっていないようです。前回は「さくら蕎麦(そば)」を食べた記憶があります。
 
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私はこの店一番の人気メニューである「あなご丼小盛(漬物付))(1030円)を注文しました。濃いめのたれが食欲をそそりました。「猪(いのしし)肉角煮」(875円)も気になりましたが・・。
 
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生魚が好きな同行者は「おまかせちらし」(2270円)です。そして、「雲丹(うに)は全部食べてもいいわよ」と気前の良いことを言います。実は雲丹が大嫌いなのです。もちろん、雲丹だけでなく、その他にも地魚の刺身、中トロ、あなご、石廊イカ沖漬けもお裾分けしてもらいました。ただし、「天使のえび」にだけは手を出しませんでした。『君子危うきに近寄らず』です。
 
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期待通りの味に満足して店を出ようとしてあるものを発見しました。前回立ち寄った時には気が付かなかった真空管式のアンプです。ご主人と思われる方に尋(たず)ねてみると、そういうものを組み立てるのが得意な人に製作してもらったものだそうです。うらやましい趣味ですね。
 
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(続く)

2014年6月22日 (日)

伊豆半島のドライブ旅 沼津市~伊豆市土肥

今から4か月半前の2月初め(第1日曜日)、急に思い立って、伊豆へドライブに出かけました。新東名高速道路の長泉(ながいずみ)沼津ICを出て、すぐ近くの東名高速道路沼津ICの前を通過し、県道83号と国道246号(裾野バイパス)を経て、国道414号に入りました。沼津駅の脇を抜けて狩野(かの)川に架かる三園橋を渡り、沼津市役所と沼津御用邸記念公園の前を通過すれば、国道414号は駿河湾の海岸沿いに出ました。巨大な狩野川放水路を左に見ながら県道17号(沼津土肥線)へと右折して、江浦湾を回り込むと、前方にお結び型をした淡島(あわしま)が見えました。淡島マリンパークと淡島ホテルがある島です。

 

伊豆・三津浜(みとはま)シーパラダイスの前を通過した西浦木負(きしょう)地区の海上には養殖筏(ようしょくいかだ)と漁船が並んでいました。富士山のビュースポットの1つですが、この日はあいにく曇天です。
 
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その先の西浦平沢地区で変わった構造物を見かけました。広い駐車場に車を停めて、そこまで歩いてみました。「らららサンビーチ」に造られた防波堤でした。
 
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「らららサンビーチ」(正式名称:沼津市西浦海浜施設)は、漁港と海浜利用の調和を図り、快適な水辺空間を創出するため、海を埋め立てて整備されて2003年にオープンした沼津市が管理する人工海浜施設(海水浴場)です。通年で開場されていますが、日曜日の午前中といってもこの日は2月初旬ですから、場内に人影はまったくありません。
 
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沖合には西浦木負地区で見かけたものと同じような養殖いかだが見えます。調べると、縞鯵(しまあじ)、真鯛(まだい)、鰤(ぶり)を養殖する生け簀(す)のようです。
 
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変った形をした防波堤の右側には海の魅力を感じられる磯場(海の岩場)である「磯浜」が2013年にオープンして現在の形になったそうです。そして、「磯浜」の沖合には何かが祀(まつ)られている岩礁があります。岩礁ですから地図には名前が記されてはいません。ちなみに、右後方に見えるのは赤崎の防波堤で、左後方は淡島の淡島ホテルです。
 
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駿河湾の海岸線をなぞるように県道17号は西へと伸びていきます。曲がりくねった県道のドライブを楽しんでいると、見慣れた景色が眼下にありました。駿河湾に突き出した大瀬崎です。
 
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大瀬崎は海水浴場として昔からよく知られていますが、最近はダイビングスポットとしても人気があるようで、関連の施設が数軒あり、砂浜には酸素ボンベが所狭しとばかりに並べられていました。
 
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遊歩道にしたがって大瀬崎の先端方向へ歩くと、
 
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国指定天然記念物の「大瀬崎ビャクシン樹林」と大瀬神社(引手力命神社)がありました。
 
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さらに進んで細長い大瀬崎の先端を過ぎると、御神木の先に大瀬崎灯台の昔と変わらない姿がありました。沖合を純白のフェリーボートが白波を立てて沼津方面へ進んで行きました。
 
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伊豆七ふしぎの一つである「大瀬神池」にも立ち寄りました。3万匹の淡水魚が泳ぐという池です。
 
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大瀬崎の西側(外洋側)
 
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駐車場に戻って大瀬崎から県道17号を南下して井田(いだ)地区へ向かいました。西伊豆の北部にある小さな集落です。
 
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ここに井田松江古墳群(いだすんごうこふんぐん)があることを知ったからです。池大明神という小さな神社の裏山あたりにあるはずですが、それらしき標識が見当たりません。松江古墳群は横穴式石室のある円墳で、松江山で29基、丸塚で4基の円墳が見つかっており、古墳時代後期(1300-1400年前)のものと推定されているそうです。

 

県道17号に戻って「煌(きら)めきの丘」から井田地区の景観を楽しみました。
 
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菜の花で井田と表示されています。淡水をたたえる明神池も左手に見えました。富士山のビューポイントであるとの表示もあります。写真に写る急峻な崖(がけ)のすぐ左に富士山が見えるはずですが・・。
 
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後で知ったことですが、「煌(きら)めきの丘」から階段を下りて尾根伝いに少し歩くと井田松江古墳群で唯一見学ができる18号墳があったのです。Yahoo!地図の航空写真にはそれらしきものがはっきり写っていました。私が古墳の所在を求めて向かった池大明神はこの丘の直下でした。

 

次いで立ち寄ったのは「出逢(であ)い岬」です。戸田(へだ)の集落と戸田港を見下ろすことができます。大瀬崎とそっくりな御浜岬(みはまみさき)に囲まれた天然の良港です。
 
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彫像「家族」の後方をフェリーボートが戸田港方面へ進んでいます。
 
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すぐ先に「夕映(ゆうば)えの丘」があり、戸田港が先ほどより近く見えました。名前の通りに夕日を見るのに最高のポイントのようです。

 

戸田港を通過した場所(沼津市と伊豆市の境界まで約2km)には、道路沿いの休憩所である、「碧(みどり)の丘」がありました。その狭いスペースから、南西方向に面している地形を利用して、西伊豆の海岸線(南の土肥と堂ヶ島方面)を一望することができるそうですが、この日は残念ながら霞(かす)んでいました。

 

伊豆市土肥(とい)の街並みを通り過ぎて南隣の西伊豆町に入る直前には「恋人岬」があります。駿河湾越しに御前崎から富士山まで望める展望台です。700mほどの富士見遊歩道を歩くと、先端部に金色の「ラブコールベル」があるそうです。ちなみに、グワム島の恋人岬と姉妹提携していて、グワムの鐘は銀色だそうです。
 
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そこまで歩き必要性を感じない私は大きな手(ハンドサイン)を撮影するだけにしました。その意味をご存知ですか? アメリカの手話では”I Love You”を意味します。3本の指がと“L”と“U”の組み合わせになっているからだそうです。手の甲側にあるものはベル(鐘)を模(かたど)っているのでしょうか。
   
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(続く)

2014年6月20日 (金)

九州を横断するドライブ旅(最終回) ハウステンボスを後にして、帰路に就く

宮殿のバロック式庭園に出てみました。オランダの宮殿のために設計されたものを現代になって実現したものと説明されています。緑色の庭園に置かれた純白の大理石で作られた彫像がひときわ目立ちます。ギリシャ神話に登場するオリンポスの神々が繰り広げるストーリーをベースにしているようです。中央に細長く伸びる噴水池の先には大きな噴水が唯一ダイナミックな動きを見せています。そして、庭園の一番奥にはドリス風石柱神殿の間があります。ちなみに、冬季(11月初旬~4月初旬)には音楽に合わせてイルミネーションが変化する「光の宮殿」のアトラクションが開催されるようです。
 
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このバロック式庭園などの平面幾何学式庭園(へいめんきかがくしきていえん)はフランスが発祥の地ですが、後に西洋全体に広がりました。通常は館を中心とする軸線上に伸びる道の両側にシンメトリー(左右対称)にレイアウトされます。フランスのヴェルサイユ宮殿の庭園がその代表例です。
 
 

私は両側にあるこの緑のトンネルが気になりました。
 
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さらに左手にあるエリアはシンプルなデザインです。この庭園を見ているとイタリアとづランスの合作映画、「去年マリエンバードで」(1961年)のロケ地となったミュンヘンにあるニンフェンブルグ城のフランス庭園を想起してしまいました。ちなみに、ノイシュヴァンシュタイン城を建てたルートヴィヒ2世はこのニンフェンブルグ城は産まれました。
 
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美しいバロック庭園を楽しんだあと、宮殿内に戻りました。右手にある部屋では「自動演奏楽器フィオリーナ」のアトラクション(午後の部)が始まったばかりでした。ハウステンボスのhpで調べると、約100年前にドイツで作られたというフォオリーナはピアノと3台のバイオリンで構成され、曲が記録されたロールペーパーの穴情報にしたがってピアノが自動演奏し、「ふいご」で作られた風を送り込まれたバイオリンはまるで人間が弾くようにみごとに指(レバー)を使って演奏するそうです。残念ですが先へ進みます。
 
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ハウステンボス美術館(入館料600円)はオランダ宮殿内の美術館が忠実に再現されているそうです。世界の美術品を集めたさまざまな企画展が開催されますが、ハウステンボス美術館が所蔵する9000点のコレクションから、油彩画やガラス、陶磁器に花を描いた作品を「百科繚乱(りょうらん) 花咲くアートの世界」(4月12日~7月14日)として紹介していました。ヨーロッパの王侯貴族に愛された花のアート作品の中でも、最大のハイライトは1873年のウィーン万国博覧会に出品された、貴重な有田焼の大皿(写真左手のポスター参照)でした。
 
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午後4時近くになりましたので、荷物を預けているホテルへ向かうことにして、「パレス ハウステンボス」の門へ向かって歩きました。
 
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門を出てなだらかな坂道をしばらく下りると、「フラワーパレード」の行列と偶然行き交(か)いました。衣装の色が違いますから、朝のメンバーとは入れ替わっているようです。
 
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フォレストヴィラのフロントに到着したのは、次のホテル受付行きバスまで約10分の余裕がある、午後4時5分です。フロントで荷物を受け取り、停留所の番地に腰かけて午後4時17分発のバスを待ちました。
 
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長崎空港で乗るフライトは午後7時発です。私の計画では、佐世保市のハウステンボスから大村市にある長崎空港まで約30kmのドライブは1時間弱が必要で、タイムズレンタカー長崎空港店は空港外にあるため料金清算と連絡橋である箕島(みのしま)大橋(約1km)を渡る時間を計30分と見積もりました。1時間前に長崎空港へ到着するためには、遅くとも午後4時半にホテル専用駐車場を出発する必要があると逆算しました。
 

予定した通りに午後4時半にホテル専用駐車場を出発することができました。長崎空港へ向かう海岸沿いの国道205号はところどころで軽い渋滞が発生しましたが、レンタカーの事務所では5分足らずで返却手続きが終わり、すぐ空港までマイクロバスで送ってもらいましたから、余裕をもって長崎空港のカウンターでチェックインできました。

 

1時間以上ある待ち時間を利用してターミナルビル内で軽く夕食を摂(と)ることにしました。長崎と言えば、チャンポンと皿うどんが有名です。1階を探すと五島うどんの「つばき」がまず目に入りました。心惹かれますがその奥にあって「チャンポン」の看板が目立った中華レストラン「牡丹(ぼたん)」に入ることにしました。
 
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単品の長崎ちゃんぽん(1030円)や長崎皿うどん(1030円)はボリュームがありすぎますから避けて、Aセット:ミニちゃんぽんと餃子(ぎょうざ、4個)(1130円)にミニ炒飯(ちゃーはん)を追加して注文しました。これで同行者と私の2人分としてちょうど良いのです。撮影前に同行者が餃子を一個つまんでしまいました。ミニちゃんぽんはそれほどでもありませんが、控え目に味付けをされた炒飯と皮の柔らかい餃子を美味しく食べました。同じAセットでもミニ皿うどんにすれば良かったかもしれません。
 
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復路は往路と同じ全日空を選びました。19:00発のANA670便です。
 
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すでにタラップに横付けされています。後方の主滑走路を日本航空(JAL)機が滑走しているのが見えます。その先の小高くなった場所には植栽(しょくさい)でNAHASAKIと描かれています。
 
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斜め前方からも撮影しました。ANA670便の機体はボーイング社製ワイドボディ双発ジェット機のB777-200で、全幅60.9m、全長63.7m、航続距離9649km、乗客数405です。往きに乗ったB737-800よりもかなり大型機です。
 
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B777-200のエンジンはロールスロイス、P&W、ゼネラルエネリックの3社の製品が採用されていますが、全日空の場合はP&W4074とP&W4077の2種類です。機体には双発機による長距離運航安全基準であるETOPS(Extended-range Twin-engine Operational Performance Standards)の表示がありませんから前者の方でしょう。
 
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ANA670便の近くに駐機するJ-AIR機は午後6時45分初の伊丹空港行きと思われます。同社は大阪・伊丹空港をベースにする日本航空グループの会社で、使用する機体はブラジル製のエンブラエル170(E170)のはずです。イタリアでローマからトリエステまで乗ったアリタリア航空の機体であるエンブラエルE175の弟分に当たります。
 
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定刻に搭乗が始まりました。機内持ち込み手荷物の少ない私と同行者はほぼ最後に機内へ入りました。夕方の便ですから満席に近い状態です。
 
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ANA670便は定刻より約5分遅れでターミナルを離れました。そして離陸するとあっという間に機体は暗闇に吸い込まれ。

 

<同行者のコメント> 今回もずいぶん長いブログ記事になりましたね。事前に細かい予定を立てた上に、現地でも熱心にアイフォーンを使ってメモを書いていると思いましたが、ずいぶんいろんなことを書き込んでいたことが今になって分かりました。訪れた場所のなかには退屈なとこともありましたが、宿泊したホテルの部屋や食事も十分満足できるものでした。そして1泊したハウステンボスではたっぷり楽しめたことがとても良かったと思います。

2014年6月19日 (木)

九州を横断するドライブ旅 ハウステンボスを楽しむ(その12)

8番の作品(向かって左側)も同じく入賞しています。入賞しなかった作品と何が違うのか私には残念ながら分かりません。
 
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一般公募作品はまだ続きます。
 
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2階へ上がりました。フラワーアーティスト(華道家)假屋崎省吾(かりやざきしょうご)さんの大胆(だいたん)なデモ作品「花のワルツ」がひときわ目を惹(ひ)きました。假屋崎さんは早稲田大学在学中に草月流家元の勅使河原宏に師事、卒業後も生け花に専念して、草月出版新人賞やディスプレイデザイン賞などを受賞し、草月流の要職を歴任した人物です。立て看板のプロフィールには、国内だけでなく海外でも活躍中であることがくわしく説明されています。
 
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假屋崎さんのブログを確認すると、この作品とともにホ6月テルヨーロパのロビーに展示したデモ作品も写真入りで紹介されていました。ちなみに、立て看板に書かれたプロフィールの説明文はブログのものとまったく同じでした。余談ですが、6月17日の日本テレビ系列の火曜サプライズで假屋崎さんの超豪華な邸宅が紹介されました。

 

こちらは草月流(長崎県支部長)渡辺恵雪さんの作品
 
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草月流(師範)片山健氏の作品「初夏への誘(いざな)い」は、青竹の緑、ビロード椰子の黄色、百合の白などさわやかな色を使って表現したと説明されています。なぜか説明パネルと写真とは違うデザインになっています。
 
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こちらも片山健氏の作品(参考出品)です。
 
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草月流井出青翠さんの作品
 
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草月流古田舟椿さんの作品
 
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ブライダル関連の作品群
 
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松永直美さんの金賞作品
 
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18番◇取明日香の入賞作品(左)と17番山中雅美さんの銅賞作品
 
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庭園デザイナー(景観アーティスト)石原和幸氏は、生け花の本流「池坊」に入門し、生花店の経営を経て庭造りを始めた人物です。ガーデニングの本場であるイギリスの「チェルシー・フラワー・ショー」にて3年連続(2006年-2008年)でゴールドメダルを受賞した世界でもトップクラスである同氏の作品は国境のない世界をイメージしたという「花と緑のシャンデリア」です。この作品も説明パネルと写真とは違うデザインになっています。
 
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銅賞を受賞したブーケスタイリスト山崎由加里さんの作品「赤いバラの思い出」はラジオから流れる「100万本のバラ」の歌にインスパイアされたものだそうです。
 
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池田博さんの「花咲(はなさ)かじいさん」も銅賞を受賞しました。
 
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小村奈緒さんの作品「over the rainbow」は銀賞です。
 
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3階にはディスプレイやアートデザイン関連、音楽プロデュースなどでも幅広く活躍するフラワーアーティスト川崎景太氏の作品「奥ゆかしき花 Indirect beauty」が展示してありました。間接的に花を垣間見ることで、想像力が働き、その花の深みや品格が、知識以上の生きものとして私の心をゆさぶるという作者の考えが説明されています。
 
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金賞を受賞した高木祐一朗氏の作品「僕だけの庭」は子供の夢の世界を表現しようとしたものだそうです。フラワーショップ蒲公英(たんぽぽ)を長崎市内で経営されている方のようです。
 
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(続く)

2014年6月18日 (水)

九州を横断するドライブ旅 ハウステンボスを楽しむ(その11)

ハウステンボスでの2日目(4月16日)の滞在もいよいよ最終スポットを残すだけになりました。それはハウステンボスの最南部にある「パレス(宮殿) ハウステンボス」です。そこで4月12日から20日まで開催されている「花の大祭典」に参加することを当初から計画していました。この会場とは別に、ホテルヨーロッパにおいても小規模な「花の大祭典」が開催されているようです。
 
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宿泊したフォレストヴィラとハーバータウンのウォーターマークホテルの間に伸びる幅の広い坂道を上りました。ハーバーゲートから約400mの距離にあるようです。
 
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両脇の歩道にリング状にアレンジされた美しい作品が並んでいます。
 
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坂を上りきった場所にパレス ハウステンボスの門がありました。
 
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著名なフラワーアーティストによるデモンストレーションとその他のフラワーアーティストによるコンテスト作品が見られる貴重な機会です。ただし、この日(4月16日)は残念なことに専門家によるデモンストレーションは予定されていません。入場料金は、パスポート所持者は400円、一般者は600円です。
 
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門の脇にある大きなフラワーバスケット
 
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門から先にも宮殿まで道が100mほど続きます。その両側に花壇とテントで作られたショップがびっしりと並んでいます。
 
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宮殿前の築山(左側と右側)
 
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宮殿の正面階段の前にある特設ステージで生演奏が行われていました。フラワーパレードの折り返し地点です。(「花の大祭典」の最初の週末(2日間)はハーバータウンバス停で折り返したことが説明されていました。「パレス ハウステンボス」周辺の混雑を避けるためのようです。
 
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しばらく聴いていたいところですが、残り時間が限られていますので、宮殿の中にある会場へ向かいました。
 
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海上の入口を入った右手にあるショップで見つけた馬車小物入とソファ型リングハート
 
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ロビーには豪華な作品がいくつも展示してあります。これらはフラワーアーティスト川崎景太氏の作品です。
 
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草月流師範片山健氏の作品
 
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 展示会場にはいずれも甲乙つけがたい一般公募作品が多数展示されていました。
 
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3番の作品(向かって左側)に入賞のマークが貼られています。
 
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6番の作品(向かって右側)も入賞
 
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(続く)

2014年6月17日 (火)

九州を横断するドライブ旅 ハウステンボスを楽しむ(その10)

開演時間が近づくのを待って、”Horizon Adventure +”(ホライゾン・アドベンチャー・プラス)へ向かいました。
 
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午後1時5分開演の公演(約20分)に入場します。800トンの水を使い、実際にオランダで発生した大洪水の猛威(もうい)を、オランダの伝説を交えて再現するアトラクションです。高さ18m、幅52mにもおよぶ巨大ホリゾント(舞台装置)をバックに、特殊装置を駆使して霧や稲妻、波、豪雨、竜巻が発生し、私と同行者が陣取る客席の最前列まで水しぶきが飛んできました。(内部は撮影禁止)
 
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ミューズホールに戻ると、午後1時10分に始まった「キャラクターとの和太鼓演武」がまだ続いていました。
 
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次いで、隣のスリラーシティへ向かいました。5D MIRACLE TOURはシャープ製の大型液晶パネル(60インチ)を上下左右に165台組み合わせて作られた映像空間で、視覚の錯覚による浮遊感を体感できるアトラクションでした。ちなみに、5Dとは、Dream(夢)/Dramatic(劇的)/Discover(発見)/Different(異次元)/Delight(楽しさ)を表現しているそうです。
 
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スリラー・ファンタジー・ゲームセンターではちょっと怖(こわ)い雰囲気(ふんいき)の中でUFOキャッチャーやガチャポンを楽しめるようですが、立ち寄らずに通過します。
 
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日本の妖怪屋敷は、その名の通り、四谷怪談や耳なし芳一(ほういち)などの怪談の世界を再現して日本の伝統的なお化け屋敷です。私は西洋のゴーストよりも薄気味悪いと感じました。
 
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7分待ちのゴースト・ウェディングにも入ることにしました。プリンセスに恋したカロヨン(鐘)演奏者を巡るウォークスルー型ホラーアトラクションです。
 
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メロディ・イン・ザ・ダークは2人のオルゴール職人のコミカルな対決にホラーを交えながら楽しめるウォークスルー型ホラーアトラクション。
 
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ザ・キャッスル・オブ・ザ・デスは古城の中で繰り広げられる凄惨(せいさん)な物語を、3Dサウンドと体感ギミックを駆使して再現したもので、暗い場内に若い女性の叫び声が響(ひび)きました。暗闇に時々浮かび上がる映像、ヘッドフォンを通して耳元でささやかれるオドロオドロしい声、吹き付けられる空気などの演出は、一人ずつ離れた椅子に座ることで相乗効果が上がって、さらに恐怖心が倍増したようです。
 
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KEEP OUT”と大きく表示された赤い塀(へい)にはのぞき穴がありました。好奇心(こうきしん)が旺盛(おうせい)な同行者は内部を熱心に見ています。塀をよく見ると、「ご自由にご覧ください」と書かれていました。
 
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同行者はなぜかマリーンショップ「フィギュアヘッド」に入って行きます。
 
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同行者を待つ間、私はワールドバザール・エリアに入る橋の脇に展示される立派な馬車を眺(なが)めていました。
 
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ヨットハーバー沿いの遊歩道を歩きました。
 
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さらに歩くと、帆船の「デ リーフデ号」が見えてきました。
 
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ハーバーゲートを出て、ハーバースクエアに接岸する「デ リーフデ号」へ向かいました。
 
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乗船しました。舳先(へさき、船首)は少し高くなっています。
 
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船首へ上がると、船首から前方へ伸びている棒「バウスプリット」はかなりの長さがあることが分かります。その下にある船首像は緑色の帽子をかぶった人の頭です。(2つ上の写真参照)
 
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船尾に上がる階段です。船首よりもさらに高くなっています。
 
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操舵(そうだ)の手前から見た船首方向
 
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マストの最上部に見張り台があります。
 
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すぐ脇をダックツアーが通過して行きます。陸からそのまま海へ入ることができる水陸両用観光バス(水陸とも時速約5km)です。ウエルカムエリア乗り場(場内ホテル受付横)とハーバーゲート乗り場(シーブリーズ横)を往復約45分(陸上25分、水上20分)結んでいますから、その間の移動に利用することができます。ただし、大人の料金が2500円高いことと、午前中はウエルカムエリア乗り場発(3便)、午後はハーバーゲート乗り場発(3便)だけのようです。
 
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(続く)

2014年6月16日 (月)

池井戸潤著「果つる底なし」を読む

池井戸潤(いけいどじゅん)氏についてあらためて紹介する必要はないと思いますが、念のため簡単にプロフィールと主な作品を紹介します。池井戸さん(1963年6月16日生まれの51歳)は、32歳の時に大手銀行を退職し、コンサルタント業のかたわらビジネス書の執筆に携(たず)わって成功しますが、子供の頃からの夢であった江戸川乱歩賞を目指して小説を書き始めたそうです。

 

そして、最終選考での落選をわずか一度経験しただけで、1998年に「果つる底なし」で江戸川乱歩賞を見事に受賞しました。これを契機として作家活動に専念して次々作品を発表すると、大きな賞を総なめにしました。「鉄の骨」で吉川英治文学新人賞、「下町ロケット」で直木賞も受賞したのです。

 

その他の作品もテレビドラマ化されて大ヒットしました。「オレたちバブル入行組」と「オレたち花のバブル組」の2作品を原作として昨夏に高視聴率を獲得したTBS系列の「半沢直樹」、現在放送中で2桁台の視聴率を獲得している「ルーズヴェルト・ゲーム」(TBS系列で4月27日-6月22日の予定)と「花咲舞が黙ってない」(日本テレビ系で4月16日から)、2000年2月にフジテレビ系列で放送された「果つる底なし」(原作とは少し違う舞台設定)など、枚挙(まいきょ)に暇(いとま)がありません。

 

アマゾンによる本書「果つる底なし」(1998年9月講談社刊)の内容紹介には、『債権回収担当の同僚が、謎の言葉と不正の疑惑を残して死んだ。彼の妻は、かつて伊木(いぎ)の恋人だった。先端企業への融資をめぐる大銀行の暗部に伊木は立ち向かう!』、と興味をそそります。

 

以下は、私なりにまとめた本書の「あらすじ」と読後感です。ちなみに、「果つる」は文語動詞、果 (はつ)の連体形で、現代語の「果てる」に対応します。

 

                             ☆

 

二都銀行渋谷支店の融資課次長である伊木遥(いぎはるか)が昼過ぎに外回りから支店へ戻ると、ただちに支店長室に呼ばれた。そこには支店長の高畠(たかはた)浩一郎と古河(ふるかわ)融資課長がいた。同支店の坂本建司が代々木公園脇にとめた車の中でぐったりしているところを発見されて救急車で病院に運ばれたが、どうも危ない様態だと知らされる。朝外回りに出かけるときに駐車場で会って短い言葉を交わしたばかりであった。

 

坂本も同じ融資課の課長代理で、伊木は一般融資を担当、坂本は回収(行きづまった企業から貸出金を返済させる業務)を担当している。午後7時過ぎに2人組の私服刑事が支店にやってきて、坂本と一番親しかった伊木が真っ先に事情を聞かれた。坂本との関係、仕事や支店の情況、坂本にアレルギーが無かったか、行きつけの店はあるか、などである。何か気づいたことはないかと問われた伊木は最後に会ったとき、坂本が「これは貸しだからな」と言ったことを刑事たちに話す。

 

二都銀行事務部による調査で坂本が1か月ほど前に顧客名義の口座から他行の自分の口座へ3000万円を不正に送金していたことが判明。 しかも6回に分けてその全額が引き出されていたのである。そして被害者が警察に訴え出たためことでこの事実が表沙汰(おもてざた)になる。

 

伊木は坂本の業務を受け継ぐことになるが、坂本が残した書類を見ているうちに不審(ふしん)な点を発見する。克明に記録を残す坂本でありながら、死亡したその日のスケジュールが空白である上、坂本の通夜の夜に、坂本のパソコンのデータが更新されていることなどである。

 

さらに伊木は坂本が伊木のミスをかばってくれていたことも発見する。死亡した日の朝、「 これは貸しだからな 」 と言った坂本の不思議な言葉の意味が、その時は分からなかったが、伊木のミスに関することだったのである。

 

坂本が死亡する半年前、「 東京シリコン 」 という半導体関係の会社が経営に行き詰まって社長の柳葉朔太郎(やなぎばさくたろう)が自殺したが、その時に伊木から坂本へ担当が移ったことで坂本が伊木のミスを発見していたのだ。

 

そして、坂本は東京シリコンをなんとかしたいとの思いで奔走(ほんそう)していたことが分かってくる。伊木はなにか不自然なことを感じて、柳葉の娘奈緒(なお)とともに調査を進めるうち、伊木のまわりで不穏(ふおん)な動きが出てくる。

 

まず、伊木が住む家の郵便受けに蜂(はち)が入っていて伊木が刺(さ)されそうになる。

 

その次に、二都銀行渋谷支店副支店長の北川が、車ごと埠頭から転落して死ぬ。伊木が調査して入手した書類が机の上からなくなるトラブルが発生したが、防犯カメラの記録テープを調べると北川が持ち出す様子が映っていた。そのことを知った北川が伊木の家に押しかけてきて、伊木にそのビデオを渡すように脅(おど)しをかけるが、伊木は北川を追い返す。そして、その夜に北川も死んでしまう。

 

行員の不審な死が続いたことで警察も本格的な捜査に乗り出した。伊木が死んだ坂本の妻曜子(ようこ)と独身時代に二都銀行本店企画部の同僚であり、しかも恋人同士だったこともあって、伊木にも疑いがかかる。

 

信越マテリアルの山崎課長が伊木に接近してきた。同じ二都グループの二都商事金属グループ金属課長から立て直しのために信越マテリアルへ出向している人物、大口債権者の二都銀行に協力してほしいという。伊木は信越マテリアルの手形を東京シリコンが割引くことで信越マテリアルが裏金を作っていたことを山崎課長に確認させる。

 

坂本の遺品をさらに調べた伊木は仁科佐和子(にしなさわこ)の存在を知る。現在はテンナインという半導体技術の新興会社で社長として敏腕を振るっている女性である。そして、伊木は適当な理由を付けて面会を求めるが、仁科は伊木に対して「けんもほろろ」(取りつく島もないこと)の態度である。

 

これらの急激な展開を受けて伊木は大胆な行動に出た。そして、最終章ではミステリー小説の約束事として思わぬ結末が待っている。

 

                             ☆

 

池井戸さんの作品は、銀行業務の流れや人間関係が分かりやすく説明され、門外漢も興味深く読めるように配慮されています。デビュー作である本書は江戸川乱歩賞を受賞した作品(犯罪小説)だけあって、魅力的な人物描写と速いストーリー展開で読者を強く引き付けたまま、終末まで一気に進みます。銀行ミステリー作品の原点とも言える本作品は、文章が読みやすくて良いのですが、主人公伊木の心情を描写する文章はやや観念的・抽象的な言葉の羅列(られつ)になっていることが私は気になりました。池井戸作品の入門書としてお奨(すす)めしたい良書だと思います。

2014年6月15日 (日)

九州を横断するドライブ旅 ハウステンボスを楽しむ(その9)

跳(は)ね橋を渡ります。尖塔(せんとう)がある門の右後方に少しだけ見えるのは「ウインズ佐世保」です。
 
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アトラクションタウンに入った時、運河の対岸にパレードがちょうど通りかかりました。橋を渡って「ウインズ佐世保」方面へ向かいます。左手の建物はフラワーショップの「ブルームウィンケル」、右手はウインズ佐世保ゲート。
 
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フラワーパレードは、ウエルカムゲート付近を出発して、アムステルダム広場(ホテルアムステルダム側)を経由、「パレスハウステンボス」で折り返し、再びアムステルダム広場(往きとは反対側)経由してスタート地点まで戻るコースで1日1回行われる、花に飾られたパレードカーとキャストたちの行進です。パレードを見ていた同行者と私に生花一本ずつプレゼントされました。
 
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パレードカーのクラシックバスに載(の)せられた大きな水瓶(みずがめ)から色とりどりの花が流れ出る様子が印象的です。
 
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その後に続くのはミニカーとそれにけん引された車両に乗る天馬
 
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鮮やかな色で彩られたバルーン群も
 
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巨大なスワン(白鳥)
   
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お城のバルコニーから手を振るお姫様
 
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きれいな衣装を身にまとってパレードカーに乗る女性はハウステンボス歌劇団のメンバーかもしれません。宝塚歌劇団の雰囲気を感じさせるのは、宝塚歌劇団やOSK日本歌劇団(大阪のSKD)出身のメンバーが6人もいるからでしょう。
 
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こちらは一般来場者の自転車パレード。花の自転車(1000円)を借りれば誰でも参加(要予約)できるようです。
 
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色違いのパレードカーがやってきました。車体の色に合わせてやや濃いめの花が水瓶から流れ出ています。
 
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2頭の白馬が馬車を曳(ひ)いています。
 
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フラワーパレードの最後尾を見送りました。ところで、馬車に載せられたボールは一体何を表現しているのでしょうか。
 

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ちなみに、ハウステンボスでは昼間の「フラワーパレード」の他に「光のナイトパレード」も開催されるのは、東京ディズニーランドと同様です。前夜は午後7時15分ころにアムステルダム広場へ到着し、午後7時40分頃までアンデス音楽を聴いていましたが、「光のナイトパレード」に気づきませんでした。あとでハウステンボスのhpでイベントを確認すると、「光のナイトパレード」は掲載されていません。期間限定なのかもしれませんでしょうか。そういえば、アムステルダム広場で電飾された馬車を1台見ました。あれも「光のナイトパレード」で使われるのかもしれません。また、過去のビデオYouTubeで見ると、フラワーパレードのものと同じパレードカーが何台も共用されていました。

 

アトラクションタウンに戻って、開演までまだ時間がある”Horizon Adventure +”(ホライゾン・アドベンチャー・プラス)の前を通過、運河沿いのカフェテラス「エバーカフェ」に入りました。
 

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お目当ては「佐世保バーガー」。パティ・ベーコン・卵・チーズを挟(はさ)んだ巨大なバンズから、さらに大きなレタスが飛び出して、自己主張しています。行儀よく食べるには飛び出した部分を折り曲げてバンズの大きさにそろえると良いようですが、同行者はまったく無頓着(むとんちゃく)でした。
 
 
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こちらはフラワーパレードで私がもらった生花です。同行者は自分の分を胸飾りにしています。
 

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アトラクションタウンの一番奥にあるハウステンボスIFXシアターKirara(キララ)へまず入ることにしました。開演時間が近づいていたからです。『月のない宇宙」をテーマに繰り広げられる未体験映像空間』(約15分)と説明されているように、愛・地球博で人気を博した三菱未来館の『もしも月がなかったら』(ニール・F・カミンズ氏の原作)が、ハウステンボスIFXImagination/Infinity/FX=effects3つの要素が三位一体)シアターとなって登場したもので、地球環境の大切さを伝える圧倒的な映像(天井・床・壁が大スクリーン化)と迫力のある音響が印象に残りました。
 
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2つのシアターの間にあるミューズホール(MUSE HALL)の前に公演予定が表示されています。ハウステンボス歌劇団の公演(500円)は1日3回行われ、昨夜、アムステルダム広場のステージで聴いたアンデス音楽(フォルクローレ)グループのソンコ・ジャクタの公演も午後8時30分からあるようです。
 
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内部から音楽が流れてきますから覗(のぞ)いてみると、そのソンコ・ジャクタがリハーサルをしていました。
   
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次回は「箸(はし)休め記事」を投稿する予定です。(続く)

2014年6月14日 (土)

九州を横断するドライブ旅 ハウステンボスを楽しむ(その8)

明るい時に見たアートガーデンの入口ゲート付近です。バラ祭が5月9日から開催されるようです。この日は3週間以上前で、まだ咲いているバラは見当たりません。
 
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ウインズ佐世保の前を通り抜けてアドベンチャーパークに入りました。目的はもちろん芝桜(しばざくら)を観(み)ることですが、シューティングスター(長く張られたロープを移動するアトラクション)て空中から芝桜を眺(なが)めることにしました。緩(ゆる)やかな上り坂の遊歩道を歩いて芝桜が咲くエリアに出ました。ドムトールンの展望室からは満開のようにも見えましたが、まだ6-7分咲きといったところです。
 
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芝桜の先にシューティングスターの乗り場と思われる櫓(やぐら)が見えてきました。その先に見える建物は場外のマンションです。
 
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かなりの高さを笑顔で滑空する人が見えます。
 
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シューティングスターの乗り場に到着、乗りたいと申し出ると、何ということか、アドベンチャーパークの入り口付近にある受付で事前にチェックインして、必要な装備を装着してもらう必要がありました。
 
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もと来た遊歩道を約300mトボトボと引き返しました。スタッフにシューティングスターは芝桜の上だけでなく、幅の広い運河の上も通過することが分かりました。
 
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受け付けが見つかりました。「シューティングスター」の他に、「天空の城」(メンテナンスのため運休中)と“The Maze”(5階建の立体迷路)もここでチェックインするようです。
 
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装備を身に着けて再びシューティングスターの出発地点へと向かいました。ヘルメットと体を支えるベルト、そしてロープに架けるフックはかなりの重さがあります。
 
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同行者が先に挑戦するようです。スタッフが装備を点検して、フックをロープに架ける手伝いをしてくれます。フックの両側にあるグリップをしっかり握るように言われました。
 
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ジェットコースターが大好きな同行者は嬉々(きき)として飛び出して行きました。
 
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私も空中滑走(かっそう)を始めました。右手に見えるのは「ふわふわランド」、たくさんのエアー遊具があるエリアです。そのあとは空中からの眺と風を切る感触を楽しみながら、「天空の城」に近いゴールの到着しました。
 
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装備を返却したあとは、運河に架かる橋を渡ってフラワーロードに入ります。
 
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チュウリップが満開です。その先の白い建物は立ち寄らずに通り過ぎたてディアベアショップリンダ。
 
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チュウリップ畑の先に風車がさらに2基並んでいます。
 
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真ん中の風車がミュージアム・モーレン(風車博物館)になっていました。『ザイト・ホラント州ライツェンダムの3連風車のひとつ。国土の4分の1以上が海面下であるオランダで水をくみ出すポンプの原動力として大活躍した』と説明されています。
 
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内部に入ると「風車のしくみ」が図解されていました。
 
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そして風車信号も
 
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上部の様子。黒い柱のようなものは風車の回転力を下部のポンプに伝える主軸(シャフト)です。
 
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下部にあるのは回転の角度を変える大きな歯車
 
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斜め下に伸びるシャフトにはアルキメデス・スクリューのポンプが取り付けてあります。古代ギリシャの科学者であったアルキメデスが考案した螺旋(らせん)型のポンプです。ちなみに、アルキメデスはアルキメデスの原理(固体の体積と浮力との関係)を発見した人物。
 
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すぐ横にあるオランダ民俗資料館には立ち寄らず、アトラクションタウンに向かいました。(続く)

2014年6月13日 (金)

九州を横断するドライブ旅 ハウステンボスを楽しむ(その7)

カナルクルーズの同じ遊覧船に再乗船してタワーシティまで戻ってワールドバザールのアムステルダム広場にあるギヤマンミュージアム(スタッドハウス)へ向かいました。アムステルダム広場のステージとガーデンレストランの反対側(2階)に入り口がありました。「ギヤマン」とは、江戸時代に日本でガラスのことを指し、その語源はオランダ語の「ダイヤモンド(DIAMANT)」にあると言われているそうです。
 
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ギヤマンミュージアム(ガラス美術館)は看板(かんばん)もガラス製です。ちなみに、”Ornamental”は装飾物を意味します。
 
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ガラス芸術を世界各国から集めた贅(ぜい)を尽(つ)くした美術館の入口を入るとバロック調のインテリアが独特の雰囲気を醸(かも)す印象的なディスプレイがありました。その2階は、ヨーロッパのガラス芸術を技法別に鑑賞できる常設展示室で、表面を削って幾何学模様を施したカットグラス、金属をガラスに混ぜることで赤や青などの色を出した色ガラス、骨灰などを混ぜて乳白色に仕上げたオパールグラスなどを展示していました。
 
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『ラスター(Luster)グラスとは人工的に真珠色や虹色を出したガラスをさし、アールヌーボー期に多く作られた。虹彩ガラスとも呼ばれる』、と説明されています。ちなみに、“Luster”は光沢を、「アールヌーボー」は19世紀末から20世紀初頭にかけて ヨーロッパを中心に開花した国際的な美術運動で「新しい芸術」を意味する言葉です。
 
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『オパールグラスは、原料の中に主として骨牌を混ぜることによって乳白色で半透明のガラスになり、オパールのように光の具合によって虹色に見えることからこの名前がある。19世紀のボヘミアで流行した』848
 
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イツのポツダムにある世界遺産「サンスーシ宮殿」のティールームをモデルにした『黄金の間』です。飾られている赤いグラスは全てベネチアングラスだそうです。芳醇(ほうじゅん)な赤ワインにも似た魅力的な色のワイングラスが金色の展示台と見事にマッチしています。
 
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鏡の間はドイツのヴァイセンシュタイン城の応接室をモデルにした部屋だそうです。コバルトブルーと透明なカクテルグラスが美しいコントラストをなしています。
 
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世界の代表的なガラスとして、メソポタミア(発祥の地)・エジプト・ローマ帝国からペルシャ・ベネチア(レースガラス)・ボヘミア(透明度の高いクリスタルガラス)・オランダ(ダイヤモンドポイント彫)、そして長崎の色ガラス製品や江戸と薩摩の切子(きりこ)などを紹介しています。
 
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ホールの吹き抜けにある豪華なシャンデリアが一際目を惹きました。
 
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階段を上りきった場所にある看板には、『乳白色被風鈴付グラヴィール蔓草朝顔文(つるくさあさがおもん)シャンデリアは1840年にフランスで制作されたとのこと。透明感を出すガラスの製造技法とクリスタルの白く済んだ輝きが他類のない美しさをつくり出している。全高約3.5m、全幅約2.2m、重量約750kg』、と説明されています。
 
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3階に上がりました。オランダ、フランス、イタリアなどの花瓶(かびん)、リキュールセット、ゴブレットなどが薄暗い照明のもと、優雅に陳列(ちんれつ)されていました。これは1840年ころ、ロシアの宮中で使用されたリキュールセットです。
 
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手振れ写真になってしまいましたので、もう1枚掲載します。
 
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1880年頃にボヘミア(チェコ)のルートヴィッヒ・モーゼル工房で作られたエナメル金彩昆虫(きんさいこんちゅう)と木の実文筆筒(ぶんぴつとう)は色使いが見事です。
 
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1880年ころのボヘミアで作られた透地藍被(とうじらんき)グラヴェール鹿文花瓶(しかもんかびん)は透明度のあるガラス地にコバルト・ブルーの藍(あい)ガラスを被(かぶ)せる技法と器の表面に彫刻するグラヴェール技法を組み合わせてで作られています。
 
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「セイレン」皿はルネ・ラリックの作品(1920年)は人魚が描かれています。正面から撮影したため、光の角度でうまく捉(とら)えられなかったことが残念です。ちなみに、箱根・仙石原にある箱根ラリック美術館を9年前にブログで簡単に紹介しています。
 
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皿の下の部分だけを写した写真から人魚の美しい全体像を想像してください。
 
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最上階は教会の祭壇(さいだん)のようになっています。結婚式場として使われるのでしょう。
 
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ギヤマンミュージアムを出た同行者はオランダの大小さまざまな木靴(きぐつ)に興味を示しています。
 
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(続く)

2014年6月12日 (木)

九州を横断するドライブ旅 ハウステンボスを楽しむ(その6)

ドムトールンの4階(地上65m)にはプレミアム・スカイラウンジ(利用料金500円)がありますが、立ち寄らずに地上階へ降りて、ユトレヒト(ドムトールンを取り囲む建物)を南西方向に出ると、カナルクルーズの乗船口であるカナルステーションがありました。昨夜、運行時間を確認する時にこの場所も下見してありますから迷うことはありません。立て看板にある食事付の「フラワーCafeクルーズ」は土日のみ運航されるサービスですから、この日は利用できません。
 
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「フラワーCafeクルーズ」にはこの花で飾られた遊覧船が使われるようです。
 
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出航までの待ち時間を利用してユトレヒトの階下にある飲食店を見て歩きました。手前の「フレッシュフルーツ」の先には、佐世保バーガーの「ビッケンビッケン」、「BAHAMAN KEBAB(バハマン ケバブ)」、海軍カレーが売りの「cafe .5 カフェ・ドット・ファイヴ」、「Bar & Cafe Salsoul(サルソウル)」、カキ焼きの「マルモ水産」が並んでいます。外にあるフードコートテラスのテーブル席で飲食を楽しむことができます。
 
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午前10時の乗船時間が近づきました。
 
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遊覧船が到着した。「フラワーCafeクルーズ」用の遊覧船とほぼ同じ大きさですが、窓が細かく仕切られています。案内にしたがって後方から乗りました。
 
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操舵席(そうだせき)の様子
 
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定刻に出航しました。ハーバーゲート付近にあるオランダ風の「跳(は)ね橋」が運河の正面に迫りました。手前の橋とロック(水門)が視界を遮(さえぎ)っているのが残念。この水門もハーバーゲートと呼ばれるようです。
 
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カナルクルーズの遊覧船はここで大きく左折して、タワーシティに沿って進みます。私と同行者は船室ではなく後部デッキの席に陣取りました。運河沿いの遊歩道には、蔦(つた)で覆(おお)われた日除(ひよ)けのあるベンチが置かれています。
 
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2つ目の橋の下を通過します。
 
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通り過ぎてから振り返りました。
 
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今度は眼鏡橋(めがねばし)
 
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振り返るとアートガーデンの観覧車が見えます。右手の建物はアトラクションタウンの屋内型プレイランドの「キンダージム」です。
 
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この白い建物はアトラクションタウンの一番奥(みなみ)にある「長崎次世代エネルギーパークテーマ館」
 
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もう一艘(そう)のカナルクルーズとすれ違います。右端に写る白いものは航路の境界を示すブイのようです。ここで奇妙なことに気づきました。船は世界共通の交通ルールで右側通行と決められているはずですが、七ルクルーズは左側通行をしています。どうしてそうなのか不思議です。ちなみに、飛行機も世界中で右側通行となっています。
 
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Uターンするようにアトラクションタウンの南端を回り込むとオランダを象徴する風車が1基だけ建っていました。右上に写る黒いものはたまたま空を飛んでいた鳥です。
 
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Uターンし終わると、ワーッセナー(別荘地)が見えてきました。すべての住宅が運河に接しており、各戸専用の船着き場が設備されています。
 
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豪華なクルーザーが停泊しています。
 
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奥の別荘地も櫛形(くしがた)に枝分かれした水路を使って船を係留(けいりゅう)することができます。
 
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ウエルカムゲート(正門)に近いフラワーロードには風車が何基も並んでいます。チュウリップなどの草花がオランダらしさを演出しています。右手後方に写るのはホテルオークラJRハウステンボスです。
 
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通過したばかりの跳ね橋を振り返りました。右手は昨夜すぐ近くまで来た尖塔(せんとう)のある門です。
 
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ウエルカムゲートに近いアドベンチャーパークにある船着き場で下船。次の目的地まで歩くのは大変ですから、タワーシティへ戻る同じカナルクルーズに再乗船することにしました。(続く)

2014年6月11日 (水)

九州を横断するドライブ旅 ハウステンボスを楽しむ(その5)

タワーシティ脇の運河で白鳥が、水面に波紋を作りながら、ゆったりと泳いでいます。その特徴からみて、フォレストヴィラで見たのと同じコブ白鳥(こぶはくちょう)のようです。
   
 
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ドムトールンの展望台は午前9時半の開場ですから、それまで周辺を散策することにしました。同行者は昨夜も立ち寄ったアムステルダム広場の隣にある“PASSAGE”(アーケード街)へ入って行きます。
 
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私は昨夜参加した仮面舞踏会の会場へ向かいました。
 
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明るい時間に見る「スタッドハウス」です。オランダ・ゴーダ市にある市庁舎「スタッドハウス」を再現した建物で、「ギヤマンミュージアム」(内部)とオープン形式の「アムステルダムガーデン・レストラン&カフェ」などがあります。
 
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広場にはチューリップなどの花が美しいプランターが配置されています。
 
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午前9時30分になるのを待って、ドムトールンへ向かいました。
 

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展望台へ上がるエレベーター乗り場にはもう先客が待っていました。
 
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ハウス展ボスは東京ディズニーリゾート(ディズニーランド+ディズニーシー)とほぼ同じ広さがありますが、ドムトールン展望室(5階、地上80m)から見たハウステンボスの景色を紹介します。まず、ハーバータウンのヨットハーバーが目の前に広がりました。
 
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宿泊したフォレストヴィラの全景です。赤い橋の先に見える海は大村湾に続く江上浦(えがみうら)のようです。
 
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 少し左手にはハウステンボスの宮殿「パレス・ハウステンボス」が見えます。
 
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さらに左手はハーバータウンの奥(“English Square”の南)にあるウォーターマークホテルです。
 
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フォレストヴィラの右手前には何度も紹介したホテルヨーロッパがあります。まるで水に浮かんでいるようです。
 
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その先には木立と道路で隔てられた広大な施設が広がっています。その様子から米軍の住宅だと思われます。遠くに見える3基の塔はハウステンボスと同じ針尾(はりお)島にある海上保安庁の「針尾送信所」でしょう。
 
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ズームアップしてみると巨大な煙突のように見えます。
 
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 大正11年(1922年)に旧大日本帝国海軍が電波塔(鉄筋コンクリート製円錐形中空構造、基部の直径約12m)として完成させたものです。自立式電波塔としては現在も高さが日本一(1号塔と2号塔が135m、3号塔は137m)とのこと。3基の電波塔はお互いに約300mの間隔(正三角形の配置)になっており、塔の頂上部を結ぶ形で空中線(アンテナ用ワイヤー)が張られていたそうです。昨年、「旧佐世保無線電信所(針生送信所)施設」の名称で国の重要文化財に指定されました。
 
この施設は1997年(平成9年)に新しい無線送信アンテナ(空中線を張る鉄塔の高さは35mと低い)ができたことで、現在は使われていないそうです。ちなみに、現役である国内の長波送信所としては、宮崎県の「えびの送信所」(海上自衛隊、JJI)、福島県の「おおたかどや山標準電波送信所」および佐賀県の「はがね山標準電波送信所(日本標準時、JJY)があります。また、電波塔については2年前にも「電波塔についての三大題」のタイトルでブログに投稿しています。
 
アムステルダムホテル(手前)とアムステルダム広場、その先はスリラーシティ、左後方がアトラクションタウンです。その先にはワッセナー(別荘地)が続きます。
 
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 このワッセナーはハウステンボスの関係会社が分譲と管理を行っているようです。
 
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 アートガーデンの観覧車の奥にある大きな建物はJRA(日本競馬会)の施設は「ウインズ佐世保」。国内各地にある他のウインズと同様に、馬券購入・払い戻し、そして競馬のパブリックビューイングを行う施設で、ハウステンボスの施設には含まれません。ハウステンボスから出入りできるようですが、ハウステンボスへの再入場時には入場券の提示を求められるようです。左奥の白い建物はホテル日航ハウステンボス、右奥はホテルオークラJRハウステンボス、遠方の山は白石岳(標高262m)。
 
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 ホテル日航ハウステンボスの左横にはアドベンチャーパークがあります。
 
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この季節は芝桜が美しく広がっています。
 
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 カナルクルーズの遊覧船が運河をゆっくり通過して行きます。
 
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(続く)

2014年6月10日 (火)

九州を横断するドライブ旅 ハウステンボスを楽しむ(その4)

朝はいつものように午前6時前に起床しました。外はすでに明るくなっています。レストラン「トロティネ」が朝食のためオープンする午前7時まで近くを散策して過ごしました。「レイクサイドヴィラ」は湖を取り囲むようにレイアウトされていますが、我われが宿泊したのは同ヴィラのフロント(受付)に一番近い場所にあります。
 
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午前7時15分ころレストラン「トロティネ」へ向かいました。遊歩道が二手に分かれる場所に案内表示が見えます。右手方向が朝食会場の「トロティネ」、左手方向に進むとフロントがあります。左端に写るのは前日フロントからコンドミニアムまで荷物と一緒に送ってもらったカートです。
 
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左手はフォレストヴィラに付属するスパ施設の“Life Spa RIN Wellness”、遊歩道の正面に見えるのは室内プールがあるウエルネスセンター(スポーツセンター)です。
 
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右手には湖とそれに架かる橋が見えます。昨夜、渡ってみた橋です。
 
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さらに進むと、湖の反対側にある「レイクサイドヴィラ」も見えました。
 
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建物を回り込んだ場所にレストラン「トロティネ」(客席数100席)の入口がありました。ガラス窓越しに人影が見えます。我われは朝食付きの宿泊メニューを予約してありましたが、朝食バイキングは大人2500円(+サービス料金)とやや高めです。とはいっても、他の直営ホテルより少し安いようですが・・。以前はランチとディナーもやっていたそうですが、立地条件の制約があるためか、現在は主にフォレストヴィラの宿泊者向けにバイキング(ビュッフェ)形式の朝食だけを提供しています。
 
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これは私が選んだ朝食
 
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そしてこちらが同行者のものです。両者にはかなり違いがありました。
 
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まるで温室のように屋根までガラス張りになっていて開放感のあるレストラン「トロティネ」で朝食を楽しんだあと、レストランの右手の様子を覗(のぞ)いてみると、他の施設への入口がありました。レストランの入口と比べるとかなり小さ目です。
 
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部屋に戻ってリビングのテラスから湖を見ると、すぐ近くで白鳥が泳いでいました。
 
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ハウステンボスのテーマパークがオープンする午前9時に到着できるようにハーバーゲートへ向かいました。少し早めに着いたための時間つぶしに、ハーバータウンにある“English Square”(英語エリア)へ足を向けてみました。楽しみながら英語を学べるようですが、土日祭日だけのサービスですから、平日のこの日は残念ながら英語を学べません。またサウザンド・サニー号はクルージングとワンピースのキャラクターなどを船内楽しめるアトラクションを提供しているようです。いずれもテーマパークの外ですから入場券なしで利用できます。
 
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ハーバーに停泊する「デ・リーフデ号」にはまだ人影がありません。
 
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ヨットハーバー
 
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朝の「ハーバーゲート」は昨夜とまったく違う顔を見せています。ゲートの後方にはドムトールン(左)と時計塔(右)が聳(そび)え、右手にはレンタサイクルの「フィッツ」が確認できます。
 
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ちょうど午前9時になった時、昨夜に続いて2度目の入場をしました。この朝はハーバーゲートで1番乗りです。

 

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運河の対岸には迫力のあるホテルヨーロッパの建物があります。
 
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アムステルダムホテルの方面に向かう場所にあるゲートもハーバーゲートと呼ばれていました。歩行者は運河沿いに左手へ進めるようです。
 
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オランダの建物を模(も)した分別ごみ箱
 
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運河に架かる橋を渡って、さらに運河沿いに歩くと、観覧車があるアートガーデン・エリア沿いの道に出ました。昨夜もこの道を歩いています。「花と緑のエリア」とも呼ばれるだけあって、朝から花壇の手入れが行われています。
 
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「タワーシティ」まで戻りました。運河の対岸にはアムステルダム広場にあるスタッドハウス(三角形の建物)が少しだけ見えます。
 
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(続く)

2014年6月 9日 (月)

九州を横断するドライブ旅 ハウステンボスを楽しむ(その3)

午後8時半ごろアムステルダム広場に戻りました。ちょうど次のステージ「仮面舞踏会パーティー」が始まったところです。受付に場内ホテル宿泊者限定の招待状を差し出すと仮面(アイマスク)とマントを手渡されました。それらの色は好みに合わせて選ぶことができます。私が選んだのは金色のマントと金色のマスクで、まさに「黄金仮面」(昭和初期に江戸川乱歩が書いた小説の主人公)のようになりました。
 
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仮面舞踏会(マスカレード)の衣装に身を包んだ同行者は客席の一番後ろに陣取っています。
 
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ステージでは仮面舞踏会用の華やか衣装を身に着けたダンサーたちがビートの効いた音楽に乗って激しく踊っています。
 
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マスクだけをつけた女性が最前列でテンションアップ!
 
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マスカレード装束(しょうぞく)の私は、ダンスが苦手ですから、最前列まで進み出てステージを撮影するだけにしました。
 
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観客たちが徐々に盛り上がってきました。
 
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そして同行者も
 
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ステージ上のダンサーとシンクロしてステップしながら身体を揺(ゆ)らしています。
 
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小さな子供も参加したいのでしょうか?
 
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10分ほど経(た)つとステージは最高潮に達しました。
 
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ドイツの音楽グループ「ジンギスカン」がリリースして1980年ごろに世界中でヒットしたディスコ音楽、「ジンギスカン」(成吉思汗、チンギス・ハーン)も流れたと思います。
 
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午後8時50分ころ、フィナーレが訪れました。
 
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クロアチアのドゥブロヴニクでヴェネツィアン・アイマスクを買いそびれたことを帰国後に残念がっていた同行者は、やっと念願のマスカレードに参加することができ、しかも仮装した2人のダンサーに囲まれてご満悦(まんえつ)のようです。
 
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運行時間を確認するためタワーシティにあるカナルクルーズの乗り場に立ち寄ってみました。午前9時15分から午後7時45分まで15分間隔で出港することが分かりました。明朝、乗船することにしました。ホテルヨーロッパ(右側の建物)は照明が低くなって暗闇の中にひっそり佇(たたず)んでいるように見えます。左手に見えるのはハーバーゲート脇の時計塔です。
 
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タワーシティからイルミネーション・ツリーのある橋を渡ってハーバーゲートへ向かいました。
 
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ホテルヨーロッパ(左)とタワーシティ(右)に挟(はさ)まれた運河の様子をハーバーゲートの手前にある橋の上から眺(なが)めました。
 
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ちょうど閉園時間(午後9時)になったタイミングでハーバーゲートを出ました。
 
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まばらな街灯とイルミネーションの明かりを頼りに、暗い遊歩道を歩いてホテルへ戻りました。
(続く)

2014年6月 8日 (日)

九州を横断するドライブ旅 ハウステンボスを楽しむ(その2)

イルミネーションされた大きな立木
 
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同じく馬車
 
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アムステルダム広場(Amsterdam Square)ステージでアンデス音楽「フォルクローレ」の演奏が始まりました。
 
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ペルーの「ソンコ・ジャクタ」というグループです。
   
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演奏に聴き入る人たちはまだ疎(まば)らです。
 
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イルミネーションとライトアップを見て回ることにしました。同行者はアムステルダム広場の奥にあるパサージュ(アーケード街)のショップを覗(のぞ)いています。
 
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運河縁(べり)に出ると、ウステンボスのシンボルタワー「ドムトールン」にのライトアップは青色に変りました。ちなみに、「ドムトールン」とはオランダ語で「ドム教会の塔」を意味するそうです。
 
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反対方向(アートガーデン・エリア)には観覧車がありました。
 
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遊覧船が運河を航行しています。タワーシティとウエルカムゲート(正門)付近との間を往復しているようです。
 
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「アートガーデン」の周囲を運河に沿って歩くと尖塔(ぜんとう)のある門が見えました。この門を抜けると「フラワーロード」を経て「ウエルカムゲート」へ行けます。
 
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門の手前でUターンして、アトラクション・エリアに入りました。噴水も鮮やかな黄色にライトアップされています。
 
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フューチャー・シアター「グランオデッセイ」では近未来風のアトラクションが楽しめるようです。スタッフの呼び声に誘われて入館してみました。ちなみに、館内は撮影禁止です。事前に顔写真を撮影されました。写真嫌いな同行者は断固拒否。開演時間になると小型の劇場に案内されましたが、入館者は私と同行者の2人だけでした。SFアニメが始まると、多くの出演者に交(ま)じって、何と私(の顔)が出演しているのです。驚きでした。

 

同行者はお菓子を売る店「ハッピー・ポップコーン」に入って、あれこれ品定めをしています。
 
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運河沿いの道を引き返します。橋のイルミネーションが水面に写ってリング状に見えます。
 
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アートガーデンの入口付近
 
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こちらのイルミネーションは少し手振れ写真になってしまいました。
 
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(続く) 

2014年6月 7日 (土)

九州を横断するドライブ旅 ハウステンボスを楽しむ(その1)

東脊振(せふり)ICまで戻って長崎自動車道に入りました。武雄JCTで西九州自動車道にそれれば、佐世保大塔ICまで約72km、約45分の距離です。さらに国道205号(針尾バイパス)と国道202号を走り、案内標識にしたがって県道213号を約2km走るとハウステンボスの建物が見えてきました。この日も午後5時半を少し過ぎた時にホテルに到着できると確信したのですが・・。

 

ハウステンボスのハーバーゲートに隣接したホテルを予約してありますから、そちらへ直接向かってしまったのです。しかし、一般車はゲート外といえども場内にあるホテル行けないことが分かり、Uターンする場所を求めて西海パールラインの江上IC近くまで進んでしまいました。もと来た道を引き返して、午後5時50分ころにハウステンボスのホテル専用駐車場に到着。ホテルオークラJRハウステンボスのすぐ横です。
 
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ここが受付け所です。
 
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場内のホテルを結ぶホテル専用バスは1時間に2-3本の間隔で出ています。
 
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午後6時半少し前に宿泊する湖畔のコテージタイプの直営ホテル「フォレストヴィラ」に到着。レセプションで鍵をもらい、ゴルフ場で使われているのと同じカートでコンドミニアムの部屋まで送ってもらいました。
 
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 多数あるコンドミニアムを結ぶ遊歩道はこんな感じです。
 
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鍵を開けて内部に入ると、1階にはリビングルーム、キッチネット(小さな台所)、トイレ、浴室などがあります。これはリビングルームです。
 
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リビングルームの広い窓からテラス越しに湖が見えます。
 
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2階にあるベッドルームは屋根の傾斜が室内から確認できます。もう一つのベッドルームもほぼ同じです。
 
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30分ほど休憩した午後7時ころ、夜のハウステンボスへ出かけることにしました。「フォレストヴィラ」は湖を取り囲むようにレイクサイドヴィラの建物が立ち並んでいます。そのすべてがコンドミニアム(共同住宅)形式です。湖の島(レイクアイランド)に渡る橋の上から左手を見ると大きな建物が見えました。フォレストヴィラの併設施設として、スパ施設の”The Life Spa RIN”、統合未病ケア”THE SOARA”、レストラン「トロティネ」などが入っているようです。その後方にハウステンボスのライトアップされたタワーが覗(のぞ)いています。
 
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右手方向は湖の島にレイアウトされたレイクアイランドヴィラの様子見えます。
 
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ハウステンボスの「ハーバーゲート」が近づくとイルミネーションが施された建物が増えました。
 
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ハウステンボス直営のホテルヨーロッパは豪華さが売りの高級ホテルです。
 
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タワーのライトアップが薄暗くなった空を背景に鮮やかになりました。
 
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ハーバー脇の「ハーバータウン」に出ました。
 
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すぐ先にテーマパークの南入口である「ハーバーゲート」があります。入場料はオフィシャルホテル宿泊客が利用できる1.5DAYパスポートが大人7600円(65歳以上のシニア7100円)です。初日は午後3時以降に入場可能ですから、我われのスケジュールに合っています。
 

「ワールドバザール・エリア」に入りました。右手にあるハウステンボスの場内(テーマパークゾーン内)にある唯一の直営ホテル、「ホテルアムステルダム」は落ちついた雰囲気があります。3つの直営ホテルはまったく異なるコンセプトを持っていますから、利用者の好みとメンバー構成で選ぶと良いでしょう。同行者はベッドルームが2つあるフォレストヴィラよりもこれら2つのホテルのいずれかが良かったと言います。あえて反論はしませんでしたが、「ハウステンボス」がオランダ語で「森の家」を意味することから、私は3つの直営ホテルの中からフォレストヴィラを選んだのです。
 
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そのホテルアムステルダムが面するアムステルダム広場に建つスタッドハウスプロジェクションマッピングが開催されていました。
 
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投影(プロジェクション)は対面する「ホテルアムステルダム」の一角から行われているようです。
 
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続く)

2014年6月 6日 (金)

幼馴染との食事会

東京メトロ東西線の竹橋駅で下車。勝手知った長い地下道を通り抜けるとKKRホテルに到着。目的は毎年この時期に上京する生まれ故郷の同級生との会食に参加することです。東京およびその周辺に住む仲間も集まります。皆、同じ中学校の同級生ですが、田舎のことですから、高校も同じ友人も多いのです。それはともかく、開始時間になるのを待って12階にあるレストラン「芙蓉(ふよう)」に向かいました。今回はなぜかいつもより1時間早い午後5時のスタートです。

 

レストランからは東京スカイツリーと虎ノ門ヒルズがよく見えます。このレストランは東京スカイツリーと東京タワーの両方を見ることができる貴重なスポットでしたが、2年前に虎ノ門ヒルズの建設がはじまって、昨年のこの時期には東京タワーが虎ノ門ヒルズにスッポリ隠された状態になってしまいました。報道によれば、虎ノ門ヒルズは5月末に完成すると伝えられていますから、あと数日を残すだけのようです。(実際は、6月4日竣工、11日開業) ちなみに、画面の白い斑点(はんてん)はガラス窓による天井灯の写りこみです。
 
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虎ノ門ヒルズをズームアップすると、屋上から東京タワーの最上部が少し覗(のぞ)いていることが確認できました。なぜか、1年ぶりにほっとしました。
 
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いつものように、「とりあえずビール」で食事会をスタート。この日はメンバー全員がフレンチのコースから「牛フィレ肉のグリエ」(5400円)を選びました。

 

アントレは「黄色パプリカのムース スモークサーモン添え」。蛇足になりますが、ムースとは「泡立たせた生クリームや卵白を用いて口当たりがふんわり滑らかなように作った料理」。ちなみに、泡状の整髪料もムースと呼びますね。また、パプリカは唐辛子(とうがらし)の仲間ですが、ピーマンなどと同様に、肉厚で辛(から)くないのが特徴です。
 
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フランスパン、ブール、レーズンのバゲットと思われる3種類のパンはそのまま食べた時とオリーブオイルをつけて食べた場合と味を比較しました。どちらも美味しい味が楽しめます。
 
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 次いで、スープとして「牛蒡(ごぼう)のポタージュ」がサーブされる頃には、飲みものが赤ワインに変わり、ピアノの生演奏が始まりました。
 
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そして、魚料理に移って、「イトヨリダイのポッシュ オレンジソース」がサーブされました。「イトヨリダイ」とは耳慣れない魚です。調べると、スズキ目の白身魚で、姿が美しく上品な味の高級魚でした。日本より南の暖かい海に生息する魚とのこと。
 
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なぜか、デザートのような「アーモンド風味の白いグラニテ」が続きました。フランス料理にうとい私が調べると、フランス料理のコースにおいて供されるシャーベット状の氷菓(ひょうか)であることが分かりました。外見は小さなカキ氷そのもので、味は上品な砂糖水をかけたカキ氷の「スイ」といったところ。写真撮影に失敗しました。

 

次いでメインの「牛フィレ肉のグリエ」がサーブされました。思ったよりも上品(ボリュームが)で一安心。ちなみに、「グリエ」とは炭または直火に網をかけて焼くことを意味します。
 
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デザートはチーズケーキ、イチゴケーキ、バニラ/カシスのアイスクリームなどから好きなものを選ぶことができます。料理に十分満足した私は2種類のアイスクリームだけを選びました。
 
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ピアノの生演奏がまた始まりました。心地よいピアノの生演奏に耳を傾けていると、何の脈絡もなく、私の頭の中にある歌声拡がりました。松任谷由実さんが作詞、村井邦彦さんの作曲、山本潤子(じゅんこ)さん(元赤い鳥、ハイファイセット)が歌った「スカイレストラン」です。昨年6月4日付けのブログ記事にもまったく同じことを書きました。妄想癖(もうそうへき)のある私が抜けられない空想の世界なのです。半世紀が経過しても、まだ演劇青年の残滓(ざんし)を引きずっているのでしょうか。

 

そんな私を一気にリアルの世界へ引き戻したのは、この集まりの中心人物が田舎の旧友へ掛けた電話です。昨年の相手とは別人で、昨年から体調を崩していた男性です。何度かの手術が奏功して、最近はゴルフができるようにまで回復したそうです。声に力が感じられました。何よりです。

 

今回は、一年前と同じような記事になりました。最近の私は変わらないことに心の平穏を感じています。そして、カラオケでは「白い一日」という歌にはまっています。小椋佳さんの作詞、井上陽水さんの作曲になる一風変わった歌詞とメロディが上手く融合しているのです。

 

友人たちとの話に花が咲くうちに、窓の外は暗い空を背景に高層ビルの窓灯りが浮かび上がっていました。皇居は暗闇に包まれています。その夜景を眺めていると、皇居を取り巻くビル群が山並みのように見えて、私は1カ月前に訪れた外輪山に囲まれた阿蘇山のカルデラ地形(阿蘇カルデラ)を連想しました。
 
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東京スカイツリーも美しくライトアップされています。
 
 
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この食事会は、これまで毎年、あるいは2年に1人の割合で参加者が減っていることが気がかりです。来年もまた同じメンバーで会いたいものだと思いました。

2014年6月 4日 (水)

九州を横断するドライブ旅 吉野ヶ里遺跡を探訪する(その4)

北内郭を出て北墳丘墓へ向かいました。遊歩道脇に、「弥生時代の中ごろ、吉野ヶ里を治(おさ)めていた歴代の王の墓と考えられる北墳丘墓(きたふんきゅうぼ)・祖霊(それい)の宿る柱である立柱(りっちゅう)・祀堂(しどう)・北墳丘墓にお参りするための専用の道と考えられる墓道(ぼどう)の説明」がありました。
 
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一般の墓である甕棺墓列(かめかんぼれつ)です。吉野ヶ里遺跡では約3000基以上の甕棺墓が確認されているそうです。
 
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甕棺のひとつ
 
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祠堂(しどう)は墳丘墓に眠る祖先の霊に毎日お供え物を捧げ、お祈りをするための施設と考えられているそうです。北墳丘墓は、弥生時代の後半にはお墓ではなく、祖先の霊をまつる祭壇として人々の信仰の中心となったそうです。
 
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北墳丘墓の外観
 
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北側にある入り口から北墳丘墓の中に入ると甕棺が並んでいるのが間近に見えました。
 
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墳丘墓に埋葬された甕棺(かめかん)は一般の墓とは違い、ガラス製の管玉(くだたま)や聖堂の剣など、貴重な副葬品(ふくそうひん)が納められていたとのこと。
 
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今からおよそ2100年前、弥生時代中期(紀元前2世紀~期限1世紀頃)吉野ヶ里遺跡北側の標高約25mの墳丘(ふんきゅう)上に南北約40m、東西27m、盛り土の高さは4.5mの平面隅丸(すみまる)長方形の墳丘墓が築かれたことが説明されています。
 
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「技術と汗の結晶」と題した展示コーナーでは、『北墳丘墓(きたふんきゅうぼ)の築造は、当時としては非常に高度な技術(土まんじゅうをつないで付き固める工法)が用いられていた。中国から伝来したと考えられる、少しずつ土を盛っては突き固めるという工程を繰り返す工法で、丁寧(ていねい)かつ丈夫(じょうぶ)に作られている』と説明されています。

 

「墳丘墓くらべ」では、弥生時代前期松に畿内を中心に方形周溝墓(しゅうこうぼ)と呼ばれる低墳丘墓が出現しはじめ、北部九州でも墳丘や溝で区画された墓が弥生時代中期には出現している。吉野ヶ里遺跡の北墳丘墓はまだ類例の少ない弥生中期のはじめに、国内では他の墳丘墓よりもはるかに大きい規模で築造されている。やがて、古墳時代に入ると墓の形式が前方後円墳に代表される全国共通の形式に変ったが、弥生時代には勢力をもった集団が各地に存在していたことがうかがえる』と解説しています。

 

発掘調査によって14基の甕棺が見つかっているそうです。
 
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甕棺(かめかん)のクローズアップ
 
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「彩り鮮やかな装飾品」の展示コーナーでは、『北墳丘墓から出土した甕棺のうち、銅剣が1本ずつ埋葬されていたものが8基出土している。そのうち1基は有柄細形銅剣(ゆうへいほそがたどうけん)とともに見事なコバルトブルーのガラス管玉(くだたま)が79個分副葬されていた。また、剣の柄や把頭飾(はとうかざ)り部分まで同棲である有柄(雄平)銅剣は、国内では4例目の出土で、いずれも西日本でしか発掘されていない珍しいものである』との説明がありました。
 
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甕棺への埋葬方法
   
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壕と柵
 
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北墳丘墓の前にある半地下道を通って外郭の外へ出ると、「北墳丘墓下」のバス停がありました。20分間隔で環濠入り口行のバスが夏季(6月-8月)のみ無料で運行されています。所要時間は約10分と表示されています。バス停の手前から右手に伸びる遊歩道に入ると「祭りの広場」が広がっていました。
 
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「中のムラ」と「南内郭」の脇を通って、一般の人(下戸)たちが住んでいたという、「南のムラ」にも向かいました。
 
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「中のムラ」の建物群
 
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「中のムラ」の東隣には「弥生くらし館」があります。土器復元作業を見学できる公開作業室や南のムラの成り立ちが映像や模型などで分かりやすく説明されているギャラリーや映像室および休憩室などがあるようです。また、この施設では「勾玉(まがたま)づくり」「土笛づくり」「火おこし」などの「ものづくり体験」を行うことができるそうですが、出発する時間が迫りましたので駐車場へ向かうことにします。
 
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外郭の門を出ます。
 
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環濠・土塁や柵の他にも逆茂木(さかもぎ)/乱杭(らんぐい)が集落を守るために集落の入り口付近など特に重要な区域にはバリケードとして築かれていたそうです。
 
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「天の浮橋」の手前から見た歴史公園センターの遠景
 
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「天の浮橋」の上から田手川と北方の脊振(せふり)山地を望みました。
 
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3世紀後半頃、約50ヘクタールの広さがあった吉野ヶ里遺跡全体を取り囲む環壕はほぼ埋没し、さらに北内郭と南内郭はその機能が失われてしまったと考えられているそうです。そして、南内郭付近の丘陵部には4基の前方後方墳が築かれました。つまり、吉野ヶ里丘陵の南部一帯は、人々の生活する集落から、人が葬られる埋葬の地へと変化したのです。その理由は、古墳時代に入って戦乱が収まったことに加え、低湿地を水田として開拓出来るようになり、人々の生活基盤が丘陵地から平野に移ったことなどが考えられます。 

吉野ヶ里遺跡をちょうど1時間かけて一周したため、すでに午後4時半を過ぎてしまいました。この日の宿泊地へ急ぐことにします。例によって、ここで「九州を横断するドライブ旅」の投稿を小休止します。
 
<同行者のコメント> 熊本城の桜の小路では楽しく食べ歩きができました。急に立ち寄ると言い出した吉野ヶ里遺跡では、私が駐車場の車で待っている間に、ずいぶん見て回ったのですね。青森長野の古代遺跡と何がちがうのでしょうか。何カ所見ても同じだと思うのですが・・。
 
(
続く)

2014年6月 3日 (火)

九州を横断するドライブ旅 吉野ヶ里遺跡を探訪する(その3)

さらに進んだ大人の家の前から北方向を振り返りました。
 
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壕と柵
 
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「中のムラ」は、吉野ヶ里の最も重要な場所である北内郭で行われる祭りや儀式、政事に使ういろいろなものを神に仕える司祭者たちが作っていた場所と考えられているそうです。養蚕(ようさん)、糸紡ぎと機織り、酒造り、祭器づくりのためのたてものがあったようです。
 
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北内郭(王の宮殿)は吉野ヶ里のまつりごとを司(つかさど)る最重要区域
 
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二重の環濠と簡単な枡形(ますがた)で強固に守まれた入口。北内郭が極めて重要な場所であるとの想定から、中をのぞくことができないよう、隙間のない板壁で復元されていました。
 
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北内郭発掘当時の状況写真
 
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内側の柵にある入り口
 
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内側の壕と柵の様子です。奥の高い建物は物見櫓(ものみやぐら)、左手の大きな建物は主祭殿。
 
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主祭殿は高床式で、2階と3階が祭殿となっています。右後方は先ほどの物見櫓です。
 
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主祭殿は吉野ヶ里のクニ全体の重要な事柄を決める会議を行ったり、祖先の霊への祈りや祀りを行ったりした、中心的な建物と考えられているそうです。
 
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2階の祭殿
 
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3階の祭殿には司祭者がいました。
 
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最高司祭者の神がかりする様子が説明されています。
 
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弥生の琴には写真に写る「板づくりの琴」のほかに、「箆(へら)状の琴」と「槽(そう)づくりの琴」もあることが説明されています。
 
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主祭殿を出ました。その隣には高床住居(奥)と物見櫓(左)が。
 
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高床住居は、普段は人前に姿を見せなかったと言われる最高司祭者の住まいだったと考えられているそうです。
 
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高床式住宅のお手前にある竪穴住居は従者の住まいでした。
 
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東祭殿と主祭殿の間にある高床の建物である斉堂は、主祭殿の祀りの前に身を清めたり、祀りの道具を保管する場所として使われていたと考えられているそうです。
 
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 二重にめぐらされた環濠の間にある東祭殿は、太陽の動きを知るため夏至の日の出と冬至の日の入りを結ぶ線上にある高床の建物で、季節ごとの祀(まつ)りが行われていたと考えられているそうです。
 
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(続く)

2014年6月 2日 (月)

九州を横断するドライブ旅 吉野ヶ里遺跡を探訪する(その2)

南内郭(みなみないかく)の入口(南正門)付近の様子です。外郭と同様に壕(塀)と柵(さく)で守られています。
 
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門の脇にある説明看板には、『南内郭は吉野ヶ里の国の大人(たいじん、支配者層)たちが暮らしながら、国の政治を執(と)り行っていた場所と考えられ、要所に物見櫓(ものみやぐら)があり、広場を中心に王や大人の竪穴(たてあな)住居や煮炊(にたき)屋、集会の館(やかた)があり、大人たちの中で最高の権力者が王と考えられる』と説明されています。ちなみに、一般人(下戸、げこ)は「南の村」と呼ばれる内郭のない地域に住んでいたようです。南内郭の南に位置する広いエリアです。
 
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南内郭には南の正門と北の脇門があり、正門の両側には物見櫓がそびえているとあります。
 
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南の正門から南内郭へ入ります。
 
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南の正門の右手にある物見櫓を近くから見るとかなりの高さがあることが分かりました。物見櫓の上には四方に盾(たて)が置かれ、兵士が周囲を見張っていたと説明されています。梯子(はしご)を使って昇り降りしたようです。
 
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「大人(たいじん)の家」は地面を掘り下げて作った半地下室の竪穴(たてあな)住居です。
 
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その内部の様子
 
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「集会の館」では、南内郭に住む王をはじめ、大人たちが集まり、様々な協議や会合がおこなわれていたと考えられているそうです。
 
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南内郭の一番奥(北)にある物見櫓に上ってみました。こちらは南内郭の西半分で、低い柵で囲まれた建物は王の住まい、左端に写る物見櫓の手前に大人の住まいが並んでいます。内郭の外側に建つ建物は生活用品や高級用品の取引の場、穀物の倉、倉庫、それらの管理者の住まいなどのようです。
 
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左方向に目を転じると、先ほど見て回った南内郭の東半分にある2つの物見櫓に守られた南の正門、大人の家、集会の館(大きな木の向こう側)が見えます。左端も大人の家でしょう。
 
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南方向をズームアップして撮影しました。柵の外側に建つ建物は一般人が住む地域である「南の村」です。
 
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物見櫓の屋根の構造(内側)
 
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北の方角を見るとまつりごとの場である「北内郭」および「中の村」が見えます。北内郭のなかでひときわ高い建物は主祭殿のようです。その先は歴代の王の墓はある北墳丘墓があるはずです。

 

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物見櫓を下りました。その櫓と王の家の間にあるのは煮炊(にたき)屋です。ここで作られた食事は王や大人の家へと運ばれましたそうです。
 
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王の家は屋根飾りが他の家よりも目立ちます。
 
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王の妻の家です。古代日本の婚姻は夫婦別居の妻問婚であったとする説が通説化しているそうです。
 
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王の娘夫婦の家
 
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祭祀(さいし)・儀礼(ぎれい)を取り仕切る大人(たいじん)の妻の家のなかでは妊婦の儀礼が行われている様子が説明看板に描かれています。
 
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南西方向へ歩きました。さまざまな穀類とそれらを粉にする臼(うす)と杵(きね)が展示してあります。
 

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(
続く)

2014年6月 1日 (日)

九州を横断するドライブ旅 吉野ヶ里遺跡を探訪する(その1)

予定より約1時間遅い午後2時ごろに熊本城の二の丸駐車場を出発しました。当初の計画では国道3号から国道208号で大牟田市と柳川市を経由して佐賀市に入り、佐賀市からは国道34号と国道35号を利用して長崎県の佐世保市まで走る予定でした。しかし、佐世保市までは約150kmありますから、一般道では5時間近く掛かるため、到着時間が午後7時ごろになってしまいそうです。それに、佐賀市を通過するのであれば吉野ヶ里遺跡へ立ち寄らない手はないと考え、九州自動車道と長崎自動車道を利用することにしました。高速道路で直行すれば佐世保市まで約2時間ですから、長崎自動車道の東脊振ICの近くにある吉野ヶ里遺跡に1時間以上割いても、佐世保市に午後5時過ぎに到着できそうです。

 

鳥栖JCTで長崎自動車道に入れば約10分で東脊振(せふり、せぶり)ICに到着した時には午後3時15分でした。熊本ICから約90km、所要時間は1時間弱。脊振とは変わった地名ですが、佐賀県と福岡県の県境にある脊振山地に由来するようです。主峰は脊振山(標高1055m)。ちなみに、脊という漢字は脊椎(せきつい)動物として使われるように体幹の中軸をなす骨格を意味します。吉野ヶ里丘陵はこの脊振山地南麓の丘陵地帯の1つである。
 
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東脊振ICから国道385号を約3km南下すると吉野ヶ里遺跡(吉野ヶ里歴史公園)に到着。国道に面する入口ゾーンに大きな東口駐車場がありました。乗用車用(310円)の他にバス用のスペースが広いのは団体客が多いからでしょう。公園の反対側には西口駐車場があるようです。
 
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バス用駐車場の正面に歴史公園センター(入り口)には歴史公園センターとレストランなどがあります。
 
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利用料金は大人が420円(65歳以上のシニアは200円)。マスコットキャラクターの兄「ひみか」が出迎えてくれました。遠方に再現された弥生時代の建物が見えます。
 
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田手川に架かる「天の浮橋」は緩(ゆる)やかなスロープとなっており、年配者にも配慮されています。
 
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橋を渡った環壕(かんごう)入口広場には環濠集落ゾーンについての説明看板が並んでいました。
 
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ちなみに、環濠とは周囲に堀を巡らすことを意味します。再現されたのは今から1800年前頃(弥生時代後期)の吉野ヶ里の姿だと説明されています。
 
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幅の広い遊歩道は南内郭(みなみないかく)・北内郭・北墳丘墓へと続いています。ちなみに、内郭とは城などの内側に築かれた囲いを意味します。
 
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いよいよ吉野ヶ里遺跡に入ります。外壕には丸太を使った高い塀が巡らしてあり、壕(堀)に架けられた木橋を渡るようです。鳥居にも似たゲートの上に鳥形の木製装飾が確認できます。穀霊(こくれい)が信仰されていた弥生時代には穀霊を運ぶ鳥も崇拝されており、屋根の棟(むね)飾りや軒(のき)飾りとして使われたそうです。
 
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藁(わら)で作られたイノシシの親子
 
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南内郭を見学する前に展示室で情報を入手することにしました。
 
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弥生時代における中国大陸と朝鮮半島、あるいは西日本の各地との交流をうかがわせる遺構(いこう)や遺物(いぶつ)が出土したと説明されています。
 
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稲作とともに伝わった石包丁(いしぼうちょう)、松聞く里(しょうきくり)型住居と呼ばれる朝鮮半島の住居と構造がよく似た竪穴住居、朝鮮系無文(むもん)土器、銅剣・銅鉾などの青銅器、青銅器の意思性鋳型(いがた)などが出土しているそうです。
 
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古墳時代の吉野ヶ里
 
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上層人の衣装と農民の貫頭衣(かんとうい)の復元品
 
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弥生時代の吉野ヶ里遺跡の変遷です。左から南部の丘陵に小規模な環濠が作られ始めた前期(2400-2150年前)、南部の丘陵全体を覆うほど環濠が大型化した中期(2150-2000年前)、北方へと集落が拡大した後期(2000-1750年前)における祭壇、集落域、墓域がそれぞれ色分けして表示されています。
 
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多彩な土器類の展示
 
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弥生時代の棺桶(かんおけ)である「甕棺/瓶棺」(かめかん)には頭部のない人骨が納められています。発掘された人骨は長崎大学医学部に保管されているそうですから、これはレプリカと思われます。
 
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(続く)

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