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2014年6月 3日 (火)

九州を横断するドライブ旅 吉野ヶ里遺跡を探訪する(その3)

さらに進んだ大人の家の前から北方向を振り返りました。
 
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壕と柵
 
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「中のムラ」は、吉野ヶ里の最も重要な場所である北内郭で行われる祭りや儀式、政事に使ういろいろなものを神に仕える司祭者たちが作っていた場所と考えられているそうです。養蚕(ようさん)、糸紡ぎと機織り、酒造り、祭器づくりのためのたてものがあったようです。
 
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北内郭(王の宮殿)は吉野ヶ里のまつりごとを司(つかさど)る最重要区域
 
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二重の環濠と簡単な枡形(ますがた)で強固に守まれた入口。北内郭が極めて重要な場所であるとの想定から、中をのぞくことができないよう、隙間のない板壁で復元されていました。
 
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北内郭発掘当時の状況写真
 
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内側の柵にある入り口
 
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内側の壕と柵の様子です。奥の高い建物は物見櫓(ものみやぐら)、左手の大きな建物は主祭殿。
 
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主祭殿は高床式で、2階と3階が祭殿となっています。右後方は先ほどの物見櫓です。
 
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主祭殿は吉野ヶ里のクニ全体の重要な事柄を決める会議を行ったり、祖先の霊への祈りや祀りを行ったりした、中心的な建物と考えられているそうです。
 
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2階の祭殿
 
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3階の祭殿には司祭者がいました。
 
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最高司祭者の神がかりする様子が説明されています。
 
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弥生の琴には写真に写る「板づくりの琴」のほかに、「箆(へら)状の琴」と「槽(そう)づくりの琴」もあることが説明されています。
 
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主祭殿を出ました。その隣には高床住居(奥)と物見櫓(左)が。
 
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高床住居は、普段は人前に姿を見せなかったと言われる最高司祭者の住まいだったと考えられているそうです。
 
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高床式住宅のお手前にある竪穴住居は従者の住まいでした。
 
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東祭殿と主祭殿の間にある高床の建物である斉堂は、主祭殿の祀りの前に身を清めたり、祀りの道具を保管する場所として使われていたと考えられているそうです。
 
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 二重にめぐらされた環濠の間にある東祭殿は、太陽の動きを知るため夏至の日の出と冬至の日の入りを結ぶ線上にある高床の建物で、季節ごとの祀(まつ)りが行われていたと考えられているそうです。
 
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(続く)

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