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2014年6月 1日 (日)

九州を横断するドライブ旅 吉野ヶ里遺跡を探訪する(その1)

予定より約1時間遅い午後2時ごろに熊本城の二の丸駐車場を出発しました。当初の計画では国道3号から国道208号で大牟田市と柳川市を経由して佐賀市に入り、佐賀市からは国道34号と国道35号を利用して長崎県の佐世保市まで走る予定でした。しかし、佐世保市までは約150kmありますから、一般道では5時間近く掛かるため、到着時間が午後7時ごろになってしまいそうです。それに、佐賀市を通過するのであれば吉野ヶ里遺跡へ立ち寄らない手はないと考え、九州自動車道と長崎自動車道を利用することにしました。高速道路で直行すれば佐世保市まで約2時間ですから、長崎自動車道の東脊振ICの近くにある吉野ヶ里遺跡に1時間以上割いても、佐世保市に午後5時過ぎに到着できそうです。

 

鳥栖JCTで長崎自動車道に入れば約10分で東脊振(せふり、せぶり)ICに到着した時には午後3時15分でした。熊本ICから約90km、所要時間は1時間弱。脊振とは変わった地名ですが、佐賀県と福岡県の県境にある脊振山地に由来するようです。主峰は脊振山(標高1055m)。ちなみに、脊という漢字は脊椎(せきつい)動物として使われるように体幹の中軸をなす骨格を意味します。吉野ヶ里丘陵はこの脊振山地南麓の丘陵地帯の1つである。
 
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東脊振ICから国道385号を約3km南下すると吉野ヶ里遺跡(吉野ヶ里歴史公園)に到着。国道に面する入口ゾーンに大きな東口駐車場がありました。乗用車用(310円)の他にバス用のスペースが広いのは団体客が多いからでしょう。公園の反対側には西口駐車場があるようです。
 
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バス用駐車場の正面に歴史公園センター(入り口)には歴史公園センターとレストランなどがあります。
 
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利用料金は大人が420円(65歳以上のシニアは200円)。マスコットキャラクターの兄「ひみか」が出迎えてくれました。遠方に再現された弥生時代の建物が見えます。
 
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田手川に架かる「天の浮橋」は緩(ゆる)やかなスロープとなっており、年配者にも配慮されています。
 
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橋を渡った環壕(かんごう)入口広場には環濠集落ゾーンについての説明看板が並んでいました。
 
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ちなみに、環濠とは周囲に堀を巡らすことを意味します。再現されたのは今から1800年前頃(弥生時代後期)の吉野ヶ里の姿だと説明されています。
 
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幅の広い遊歩道は南内郭(みなみないかく)・北内郭・北墳丘墓へと続いています。ちなみに、内郭とは城などの内側に築かれた囲いを意味します。
 
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いよいよ吉野ヶ里遺跡に入ります。外壕には丸太を使った高い塀が巡らしてあり、壕(堀)に架けられた木橋を渡るようです。鳥居にも似たゲートの上に鳥形の木製装飾が確認できます。穀霊(こくれい)が信仰されていた弥生時代には穀霊を運ぶ鳥も崇拝されており、屋根の棟(むね)飾りや軒(のき)飾りとして使われたそうです。
 
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藁(わら)で作られたイノシシの親子
 
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南内郭を見学する前に展示室で情報を入手することにしました。
 
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弥生時代における中国大陸と朝鮮半島、あるいは西日本の各地との交流をうかがわせる遺構(いこう)や遺物(いぶつ)が出土したと説明されています。
 
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稲作とともに伝わった石包丁(いしぼうちょう)、松聞く里(しょうきくり)型住居と呼ばれる朝鮮半島の住居と構造がよく似た竪穴住居、朝鮮系無文(むもん)土器、銅剣・銅鉾などの青銅器、青銅器の意思性鋳型(いがた)などが出土しているそうです。
 
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古墳時代の吉野ヶ里
 
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上層人の衣装と農民の貫頭衣(かんとうい)の復元品
 
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弥生時代の吉野ヶ里遺跡の変遷です。左から南部の丘陵に小規模な環濠が作られ始めた前期(2400-2150年前)、南部の丘陵全体を覆うほど環濠が大型化した中期(2150-2000年前)、北方へと集落が拡大した後期(2000-1750年前)における祭壇、集落域、墓域がそれぞれ色分けして表示されています。
 
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多彩な土器類の展示
 
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弥生時代の棺桶(かんおけ)である「甕棺/瓶棺」(かめかん)には頭部のない人骨が納められています。発掘された人骨は長崎大学医学部に保管されているそうですから、これはレプリカと思われます。
 
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(続く)

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