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2014年7月

2014年7月31日 (木)

憧れのハワイ空路 ホノルル(その5) ダイヤモンドヘッドへ

翌日(5月20日)は気持ち良く目覚めましたが、窓の外を見ると前日と同じ曇り空です。オチビちゃんたちの準備ができるのを待ったため、午前9時ころに朝食会場へ向かいました。前日に下見をした4階のグランド・ラナイのビュッフェ(午前6時30分から午前10時までオープン)です。最初に向かったのはオムレツのコーナー。朝食が提供されます。立て看板に書かれた”Cooked to Order Breakfast”は客が注文してから朝食を調理するという意味ですが、ここではオムレツに入れる具材を選ぶことができることを指しています。
 
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このカフェテリアで面白いことは自分が好きな具材を容器に入れてコックさんに手渡す仕組みです。コックさんが上手く調理できるようにと私は意識的に具材の量を控えめにしました。
 
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私のあとに続いたお客さんが具材を山盛りにしたのを見て驚きました。オムレツがはち切れてしまうのではないかと思ったのです。しかし、もっと驚いたのはコックさんが事もなげにきれいなオムレツに仕上げたこと。さすがプロです。ちなみに、「クロアチア旅行の記事」(ドゥブロヴニク)で書いたように、オムレツの具材を選ぶ時には、具材の名前を言う、あるいは具材をいくつか指差しながら、必要があれば量の好みについてもコックさんに伝えるのが一般的です。

 

私が選んだ朝食
 
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こちらは同行者の朝食
 
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朝食を済ませると子供たちはカードゲームを始めましたので、いつもよりかなり遅くなりましたが、午前10時半ころ観光に出かけました。午前11時頃、ロイヤルハワイアンセンターB棟の脇にあるトロリーバスの乗り場へ向かいました。ダイヤモンドヘッドへ登るのがこの日の予定ですから、「ダイヤモンドヘッド/カハラモール・ライン」に乗車。伝説のサーファー「デューク・カハナモク」の像があるクヒオ・ビーチワデューク・カハナモク像停留所を通過しました。
 
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ワイキキ水族館前も通過
 
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反対側(ダイヤモンドヘッドの西側)にあるカピオラニ公園はカピオラニ王妃の名がつけられています。広い芝生の広場にはオアフ島のモアナルア・ガーデンにある「日立の樹」と同じモンキーポッド(別名:レインツリー、アメリカネムノキ)などの大木があります。公園の奥には野外音楽堂「ワイキキ・シェル」やテニスコートなどがあるようです。
 
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ダイヤモンドヘッド通りを東に走ると「ダイヤモンドヘッド」が近づきました。
 
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その先では「ダイヤモンドヘッド」の外輪山は低くてなだらかになりました。
 
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州記念物に指定されている「ダイヤモンドヘッド」の周りを半周した場所に入口がありました。20年前にも訪れています。
 
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緩やかな坂道が続きます。
 
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遠くに見えるのは島ではなく、オアフ島東端の半島にある「ココ・ヘッド地域公園」(左)と「ハナウマ湾自然保護区」(右)のようです。
 
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「ダイヤモンドヘッド」の外輪山をカハラ・トンネルで抜けて火口にある停留所に到着
 
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火口といっても、噴火時に火山灰が積もったことでほぼ平らであり、広場と呼んだ方が良い場所です。20年前に訪れた時と全く同じ景色がありました。
 
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右手にある受付小屋の前に船員のような服装をしたグループが見えます。
 
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もしやと思い調べてみました。ワイキキ港に停泊していたのは日本の航海訓練所の航海練習船「海王丸」(二代目)で、この船員さんたちはその乗組員たちに違いありません。ちなみに、「海王丸」は「海の貴婦人」と呼ばれる4本マストの美しい帆船(全長110m)です。余談ですが、先輩の帆船「日本丸」は引退して、現在は横浜みなとみらいの展示ドックで浮体展示されており、年に何度も29枚の帆を全て広げる「総帆展帆(そうはんてんぱん)」を実施するイベントがあります。

 

我われもその小屋へ向かいました。
 
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入山料は一人1ドル
 
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オチビちゃんとコチビちゃんはパンフレットを熱心に眺(なが)めています。
 
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いよいよ、登山口へ向かうことに
 
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「ダイヤモンドヘッド」の最高部はこの辺りです。
 
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(続く)

2014年7月30日 (水)

憧れのハワイ空路 ホノルル(その4) Tギャラリア

ビーチを下見したついでにカラカウア通りへも足を延ばすことにして、先ほど15階から見下ろした「ワイキキ・ビーチ・ウォーク」のファサードを見ながらルアーズ通りを歩きました。
 
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カラカウア通りとの交差点にある青い屋根はルイヴィトンのカラカウア店
 
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その隣は高級ショッピングセンターのTギャラリア・ハワイ」です。「もやもやサマーズ」(テレビ東京系)風に言えば、『ここに入るみたいですよ!』、彦摩呂(ひこまろ)さんなら、『ブランドショップのオモチャ箱や!』。ここで何を買うつもりなのでしょうか? 一流のブランド商品の売り場の他に、3階にはハワイ唯一の政府公認免税店(デューティフリー・ショップ)もあるようです。
 
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ギャラリアはアメリカ本土の大都市にも多数ありますが、アメリカに住んでいた時には名前に”T”を冠していなかったと思って調べると、昨秋に名称変更したことを知りました。“T”は”Travelers“(トラベラーズ、旅行者)の頭文字であり、飛行機の翼を連想させることも意識しているそうです。
 
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一行は迷うことなく奥へと入って行きます。
 
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そして向かったのは、エスカレーターで上がった2階にある、“I love Hawaii”コーナーでした。なぜか入り口付近にウルトラマンの像があります。
 
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オチビちゃんはウルトラマン像の前でポージングしました。“Hilton Hotel”が開催するアトラクションでした。「ホノルル(その2)」で紹介したように、エンバシー・スイーツ・ホテルもヒルトン・ホテルグループの一員ですから、宿泊者はこのアトラクションへ無料で参加できるのです。ちなみに、オチビちゃんが着ているTシャツはクロアチア(スプリット)土産です。
 
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タッチパネルにクイズが日本語で表示されました。
 
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オチビちゃんに続いてコチビちゃんも正解
 
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景品はハワイ土産の定番であるホノルル・クッキー・カンパニー製クッキーでした。
 
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同じ2階にある”AVEDA”(アヴェダ)の店頭に置かれたこの真っ赤な大型バイクは?
 
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ファッションウォッチの店に“Shinola”(シノラ)と表示された自転車と腕時計が展示されています。シノラ社は自動車の町デトロイトのダウンタウンに工場を置き、腕時計や自転車など、さまざまな消費者製品をアメリカ国内で、しかも手仕事で製造しようとしている新興企業です。以前、テレビのドキュメンタリー番組で見た記憶があります。
 
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一階に下りて「100%コナコーヒー」と表示されたホノルルコーヒー店に入りました。コナコーヒーはハワイ島のコナ地区で栽培されている高級コーヒーです。
 
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”BIG ISLAND CANDIES”
(ビッグアイランド・キャンディ)はハワイ産のマカデミアナッツ、コナコーヒー、地元産の卵、本物のバター、そしてチョコレートを使い、最高品質のマカデミアナッツ・キャンディーとクッキーを製造するハワイ島ヒロ地区にある会社です。
 
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コーヒー好きの同行者は早速試飲しています。
 
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コチビちゃんはクッキーを選んでいます。
 
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T
ギャラリアを出るとカラカウア通りはすっかり暗くなっていました。Tギャラリアの少し先にあるカリフォルニア・ピザ・キッチン(ワイキキ店)で長い時間待ってピザを買い、宿泊するホテルの裏手にあるABCストアでも買い物をすることに。

 
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ホテルの自室に戻って午後7時半ころから全員で夕食の楽しい卓を囲みました。卓上に並んだのは、ピザ、サラダ、フルーツなどに加えて、アメリカ本土とハワイの地ビールも。テレビから流れる音楽を聴きながら、昔好きだったビール「クアーズ」と珍しいハワイのビール「ビキニ」など数種類のビールを飲みくらべているうちに夜が更(ふ)けて行きました。(続く)

2014年7月29日 (火)

憧れのハワイ空路 ホノルル(その3) エンバシー・スイーツ ワイキキ・ビーチ・ウォーク

HULA(フラ)棟15階の自室(リビングルーム)からワイキキの海を見ることができました。目の前にある白い建物はハイクラスのハレクラニ・ホテルです。
 
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ホテルのALOHA(アロハ)棟越しに見る街並みです。
   
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眼下にはハワイらしく椰子(やし)の木が林立するワイキキ・ビーチ・ウォークの先にはカラカウア通りが少しだけ見えます。
 
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午後6時少し前に4階にあるスイミングプールを下見に出かけました。午後5時半から支配人主催で歓迎会が開かれており、無料ドリンクとスナックを楽しむこともできるようです。
 
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午後といってもそれほど暑くはありませんが、プールは遊び人たちで混雑しています。コンドミニアムタイプだけのホテルであるためか、日本人観光客の姿はほとんど目立ちません。
 
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ちょうど生演奏が行われていました。
 
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全員で海岸へも行ってみることにしました。カリア通りを西へ歩くとサラトガ通りとの交差点に出ました。交差点の角にある広い公園は”Fort DeRussy”(フォート・デラシー)です。米軍のレクリエーション施設ですが、一般にも開放されていて、誰でも利用することができます。
 
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左に折れてビーチ方面へ向かうと、右手(カリア通りの南側)の陸軍博物館前には大砲や小型戦車などの兵器が展示してあり、屋上にはヘリコプターの姿が見えます。
 
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マンション脇の道を歩くとビーチが見えてきました。
 
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フォート・デラシー・ビーチに出ました。防波堤の突端には海を見ながら夕涼みをする人たちが、沖合にはヨットと貨物船が見えます。
 
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左手はワイキキビーチの中心部とダイヤモンドヘッド方面
 
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右手にはフォート・デラシー・ビーチを散策する人たちの姿があり、その先に見えるのはカハナモク・ビーチのようです。
 
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雲の切れ間から日光が海面にそそいでいます。
 
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ビーチには無償のシャワー設備が完備しています。
 
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ビーチを下見したあと引き返すことにしました。フォート・デラシー公園にはトロリーバスの乗降所があり、停車中のバスには”ALOHA TROLLEY”の表示があります。
 
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「ワイキキ・ビーチ・ウォーク」と「エンバシー・スイーツ」の全景
 
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こちらのトロリーバスは「レインボートロリー」
 
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ワイキキのトロリーバス(単にトロリーと呼ぶことが多い)は、外観が電車に似ていますが、電気使って走行するのではなく、通常のバスと同じディーゼル・エンジンを動力にしています。”E Noa Corporation”(エノアコーポレーション)という地元の会社が運営するワイキキ・トロリー、旅行代理店JTB”ALOHA TROLLEY” JALパックの「レインボートロリー」、旅行代理店HISのトロリー”LeaLea”があります。

 

ホテル近くまで戻りました。右手はハレクラニ・ホテル、左手は一階にスーパーマーケットのABCストアーズが入るカジュアルなハレクラニ・ホテル、奥にはシェラトン・ワイキキも建ち並んでいます。
 
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(続く)

2014年7月28日 (月)

憧れのハワイ空路 ホノルル(その2) ロイヤル・ハワイアン・センター

空港内シャトルを利用してメインターミナルへ移動したあと、午前12時過ぎに出発するエアポートシャトルでこの日から宿泊する「エンバシー・スイーツ ワイキキ・ビーチ・ウォーク」があるエリアへ向かいました。ちなみに、このバスは”Volvo"社傘下である"PREVOST"(プリヴォスト)社製です。
 
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ホノルル空港からの距離は10数kmですから、高速道路H1を利用すれば15分ほど、一般道でも40分程度です。
 
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空港から高速道路に入ったと思ったのもつかの間、一般道に出て東へ向かって海岸沿いに出ると、ホノルル港の岸壁に白い帆船が係留(けいりゅう)されていました。船名は読み取れませんが、船尾に日章旗が確認できますから、日本の訓練船でしょう。右端には“Coast Guard”(沿岸警備隊)の艦船とその上空を飛ぶヘリコプターが見えます。
 
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ゴーカート場の前を通過
 
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アラモアナセンターとアラモアナ公園を左右に見ながらアラモアナ大通りを東へ進みます。
 
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カラカウア通りに入ってヒルトン・ハワイアン・ヴィレッジの前を通過
 
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ホノルル空港からワイキキの中心部まで渋滞が発生しなかったことで、12時45分ころにワイキキ最大のショッピングセンターである「ロイヤルハワイアンセンター」へ到着し、エアポートシャトルを下車。荷物はホテルに届けてもらうことにしましたのできわめて身軽です。
 
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早速、遅めの昼食をすることにしました。て、ロイヤルハワイアンセンターB棟2階にある「パイナラナイ・フードコート」に入りました。ちなみに、同センターはA棟(緑)・B棟(黄)・C棟(赤)の3棟で構成されています。
 
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オチビちゃんはマハロハバーガーの「ロコモコバーガー」(1/3ポンド、$6.5)とフレンチフライ($2.25)、コチビちゃんはマハロハバーガーのホットドッグ($4.95)とフレンチフライ、同行者はマウイタコスのお勧(すす)めメニュー「ハードタコス」を選びました。ちなみに、「マハロハ」はハワイ語の「マハロ」(ありがとう)と「アロハ」(今日は)を組み合わせた造語のようです。
 
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私はフォー専門店”Pho Factory”のメニューから「レアーステーキ/ミート」($8.49)を注文しました。
 
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午後2時少し前には昼食を終えて、南西方向へ5分ほど歩きました。向かう先は40以上のショップやレストランが軒を連ねるワイキキ・ビーチ・ウォークの中心にある「エンバシー・スイーツ ワイキキ・ビーチ・ウォーク」(写真左奥)。右の建物は「トランプ・インターナショナル・ホテル・ワイキキ」。
 
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「エンバシー・スイーツ ワイキキ・ビーチ・ウォーク」の車寄せ
 
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同ホテルは21階建てのタワー2棟(ALOHA&HULA)で構成されています。
ちなみに、「エンバシー・スイーツ」はヒルトン・ホテルがアメリカを中心として180拠点も展開するスイート・ルームに特化したホテルチェーンです。
 
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車寄せとは反対側の入り口を入りました。フロントは車寄せに近い場所にありましたから、チェックインした後に館内の通路を利用して、こちらのエレベーターホールに来る方が良かったようです。
 
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今回、我われが予約した15階の部屋は、リビングルームを挟(はさ)んで寝室が2つあるスイーツ・タイプの部屋で、家族向きのホテルで、観光・リゾート地であるハワイではよくある様式と言えます。20年前に家族でオアフ島を訪れた時も同じ様式のホテルに滞在しました。
 
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(続く)

2014年7月27日 (日)

憧れのハワイ空路 ホノルル(その1) ラナイ島からホノルルへ

ハワイ旅行についての投稿をここで再開します。
 
                            ☆
 
OHANA”と大きく表示されたハワイアン航空機(ATR社のATR-72-212)がラナイ空港に到着しました。「ラナイ島(その1)」で説明したように”OHANA”はハワイ語で家族を意味するようです。
 
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アイランド・エアWP303便の搭乗が始まりました。
 
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最後に乗り込んだ私たちは空き席を探して前方へ向かいました。乗降口が最後尾にあるATR社製小型旅客機ATR 72-212では後ろの席から順に席が埋まってしまうのです。ちなみに、この路線は自由席だけ。余談ですが、4日前の7月23日に台湾南西部の島にある馬公(まこう)空港付近で天候不良に影響されて着陸に失敗したトランスアジア航空222便の機種はATR 72-500(かってはATR 72-210Aと呼ばれた)で、ATR 72-212のエンジン出力と操縦能力をアップグレードしたものです。
 
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結局、最前列の席に座ることに
 
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機内持ち込みの小型スーツケースは前席の下にぴったり収(おさ)まりました。
 
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午前10時50分発アイランド・エアWP303便は、定刻より約10分早く離陸し、急速に高度を上げました。
 
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そして、ゆっくり左旋回すると、ほぼ真西方向へ機首を向けました。下に見えるのはラナイ空港の西方(空港までの道路を直進)にあるカウマラパウ(KAUMALAPAU)港のようです。
 
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ラナイ島の北西端が半島のように横に広がっています。手前にはカウマラパウ港へ続く曲がりくねった道路が確認できました。
 
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ラナイ島の北西端の真横を通過します。ちなみに、オレンジ色の影のように写っているのは高速で回転するプロペラの先端部が雲に作用したことによるようです。
 
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雲の上に出ました。
 
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雲が薄れて海の色が濃くなってきました。
 
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大きな島影が見えてきました。モロカイ島でしょう。
 
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ホノルル空港の滑走路が眼下に迫りました。
 
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ホノルルの街並みとダイヤモンドヘッドが遠くに見えます。
 
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ホノルル空港を出発する時に地上の誘導路上から見た米空軍のヒッカム基地には多数のジェット戦闘機が屋根だけの簡単な格納庫に収容されている様子が手に取るように分かります。格納庫の外にあるジェット戦闘機は尾翼の形からステルス戦闘機「F-22」のようです。
 
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ホノルル空港へは定刻の午前11時20分より10分早い午前11時10分に到着。(続く)

2014年7月25日 (金)

仙台散策(最終回) 荒町・南鍛治町から連坊小路へ

道路に面してひときわ目立つ看板があるのは満福寺毘沙門天(びしゃもんてん)でした。鳥の先に見えるのは毘沙門堂唐門で、仙台市指定有形文化財です。『この唐門は一間一戸(いちげんいっこ)の本瓦葺(ほんがわらぶき)の屋根の側面に唐破風(からはふう)を付けた平唐門(ひらからもん)で、唐門としては一段古い形式である』と説明されていました。また、本堂脇にある樹齢約300年のクロマツは仙台市指定の保存樹木です。
 
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参道脇にある案内看板には、『童謡詩人のスズキヘキ(鈴木碧)は明治の中期に荒町小学校で学んだ』とあります。
 
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歴史的地名案内には荒町と東隣の南鍛治(かじ)町、少し北にある蓮坊小路(れんぼうこうじ)について解説されています。
 
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左手にお寺の門のようなものが見えましたので奥まで進むと泰心院の山門した。泰心院は昌伝庵などと同様に米沢から岩出山を経てこの地に移された曹洞宗(そうとうしゅう)の寺です。
 
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屋根の両端に鯱(しゃちほこ)のようなものが確認でき、「三陽山」と書かれた額が掛けられています。案内看板には、『泰心院山門(たいしんいんさんもん)は勾当台(こうとうだい)にあった旧仙台藩藩校養賢堂正門である。養賢堂(ようけんどう)が明治維新後県庁舎に当てられた際、正門が洋風門に置き換えられたため、現在地に移された。一間一戸(いっけんいっこ)の四脚門(しきゃくもん)で、屋根は切妻造(きりづまづくり)、桟瓦葺(さんがわらぶき)で伊達家の家紋「三引両(さんびきりょう)」と「九曜(くよう)」を配した漆喰塗(しっくいぬり)の棟(むね)や細部の装飾など重厚な外観となっている』と説明されていました。
 
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伊達家の2種類の家紋
 
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仙台箪笥伝承館(たんすでんしょうかん)は立派な建物と凝(こ)った看板が目立ちます。
 
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伝承館があるという門間箪笥(もんまたんす)は南鍛冶町にある明治5年(1872)年創業の仙台箪笥(たんす)の老舗(しにせ)専門店です。道路沿いにモダンなコンクリート造りのショールーム、その隣に寄せ棟造りの母屋(2001年、国登録文化財指定)があり、さらに奥に職人さんたちの工房があるようです。
 
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派手な飾り金具と漆塗りを施した仙台箪笥は、豪華絢爛(ごうかけんらん)にして質実剛健(しつじつごうけん)で、武家や商家の格式を示す調度品として代々受け継(つ)がれてきたそうです。今も地元を代表する伝統工芸品としての存在感がありました。

 

県道235号は枡形(ますがた)に折れ曲がっていました。左手には東北新幹線の高架が少しだけ見えます。
 
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県道をそのまま進んで新幹線の高架をくぐると、鉄砲足軽三百人衆が住んだ「三百人町」ですが、体力の限界に近づきましたので、この交差点で引き返すことにしました。直射日光とその照り返しでとにかく暑いのです。
 
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佐々倉醸造
 
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毘沙門堂の参道を歩いた時に右手に建つモダンな建物が印象に残りました。復路にあらためて確認すると「宮城文化服装専門学校」でした。正面の入口だけでなく、なぜか左手にも門扉(もんぴ)のあるいる入口があります。
 
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「在仙台フランス名誉領事館 在仙台フランス名誉領事 飯岡智」と書かれた大きな表札が見えます。
 
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参道の反対側にある3階建ての建物に立て看板が目に入りました。「さとう宗幸(むねゆき)さん」のミュージアム・コンサート」のポスターです。7月11日(金)にこの建物(第8菊水ビル)内にある仙台オルゴールサロンで開催されるようです。
 
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荒町郵便局を過ぎたところで右に折れて路地を北へ向かって歩くと、「東八番町は国分長から東に八番目筋にあたる侍屋敷のまち」と書かれた案内看板がありました。
 
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連坊小路(れんぼうこうじ)へ出ると、名前とは違う広い道路で、交通量もかなりのものでした。この連坊小路は五橋方面から木ノ下にあった陸奥(むつ)国分寺の二十四僧坊に通じる道で、昔は鉄砲足軽組の屋敷が並んでいたそうです。
 
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若林区の街灯(がいとう)はユニークな形をしています。
 
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「連坊小路」を西へ歩いて奥州街道(陸羽街道)と交差する五橋駅前交差点に出ました。交差点の角にある名菓「宮城野の月」で知られる本舗「五橋小新堂」(大正時代の創業)に煙管(きせる)を持った赤い達磨像(だるまぞう)がユニークです。昭和初期から置かれているそうです。
 
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五橋駅の出入口(北側)に到着。炎天下(えんてんか)を2時間近く(2km以上)歩きましたが、荒町と南鍛冶町には城下町としての古い町並みはほとんど残っておらず、物足りない散策に終わりました。
 
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仙台駅に戻っても、昼食の場所を探す元気もなく、売店で駅弁と缶(かん)ビールを買いました。牛タン弁当や海・山・里の食材を使った「伊達幕」などに人気があるようですが、私は米沢の牛丼弁当「牛肉どまん中」(1150円)を選びました。6年前、仙台城で食べた牛タン定食に大いに失望したことと、山形県村上市で食べた米沢牛のメンチカツが美味しかったことを思い出したからなのです。ちなみに、「どまんなか」は山形県産米の愛称でした。12時30分発のハヤブサに乗車してこの牛丼弁当をさっそく食べてみると、濃(こ)い目に味付けされた「牛そぼろ・牛肉煮」と「どまんなか」の組み合わせは期待通りの美味しさ。もちろん、缶ビールも!(終)

2014年7月24日 (木)

仙台散策 定禅寺通りから荒町へ

定禅寺通りの中央分離帯にある散策路はまだ続きます。
 
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欅(けやき)の街路樹がほどよい日除(ひよ)けとなる大きなベンチ
 
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3番目(こちらが1番?)の彫刻はヴェナンツォ・クロチェッティ作「水浴の女」(A Bathing Woman、1982年)です。
 
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前方に西公園通りが見えてきました。
 
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西公園通りに面した噴水の手前で散策路は終点になりました。
 
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こちらは昨年1月に訪れた西公園
 
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この地点から定禅寺通りの散策路を歩いて匂当台公園駅まで戻るつもりでしたが、折からの蒸し暑さに負けてしまい、しかも午前中の時間が残り少なくなりましたので、市バスで仙台駅まで戻ることにしました。仙台市の中心部ではバスの運賃が定額100円と格安でした。細かいことを言えば、「100円パッ区」の料金は地下鉄運賃の半額であり、何か得した気分になりました。
 
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最寄りの仙台市民会館前バス停付近で「売茶翁」(ばいさおう)の看板と石の道標を見かけました。「売茶翁」は右手の路地を入るようです。
 
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調べると、「売茶翁」は江戸時代の黄檗宗(おうばくしゅう)の僧で、煎茶(せんちゃ)の中興の祖と呼ばれることを知りました。ちなみに、仏教の一宗派である黄檗宗の本山は隠元隆琦の開いた、京都府宇治市の黄檗山萬福寺とのこと。このことから推測して煎茶と茶菓子を提供する店のようです。これも確認すると、仙台きっての和菓子老舗「売茶翁」では「ぎゅうひ」に黒胡麻(くろごま)を練り上げた和菓子「のんこう」、小豆和菓子の雲龍(うんりゅう)、桜もち、などをお茶うけに薄茶がいただけるそうです。夏季は抹茶氷もあるようです。

 

電力ビル前を経由する「100円パッ区」バスでJR仙台駅まで戻り、バスプール前交差点から南町通りを西方に約200m歩いて「泰陽楼」(たいようろう)に入りました。正午になったばかりの店内は近くの勤め人たちで満席のため合い席になりました。昼食として食べた「冷やし中華」(830円)の味は良いのですが、思ったよりもボリュームがあり、午後は大事な仕事が待っていますから、無理をしないことにしました。

 

翌朝は久しぶりに寝坊しました。前夜の飲み会で深酒をしたためです。ホテルで朝食を済ませて、午前10時少し前にチェックアウト。地下鉄南北線の仙台駅へ向かいました。昨日、県庁へ行くために利用した泉中央駅行きと反対方向の富沢(とみざわ)駅行きの電車に乗車。
 
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戦災に遭(あ)わなかったことから現在も城下町の町並みが残ると言われる若林区荒町(あらまち)・南鍛治町(みなみかじまち)・三百人町(さんびゃくにんちょう)を歩くことにしたのです。地下鉄の仙台駅から仙台市の南に位置する富沢駅へ行く電車に乗り、最初の五橋(いつつばし)で下車しました。そのまま乗車してさらに5駅先の長町南駅まで行けば、昨年1月に訪れた「地底の森ミュージアム(正式名称:仙台市富沢遺跡保存館)があります。
 
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市民病院方面出入り口を出て大通り(国道4号)を南へ100mほど歩くと荒町交差点に出ました。太平山の電波塔はすぐ目の前に見えます。
 
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荒町交差点を左折して荒町商店街(県道235号)に入ります。「荒町」は御譜代町(ごふだいまち)のひとつで麹(こうじ)を扱う特権を与えられた町人の町でした。
 
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まず向かったのは森民酒造本家。江戸時代の末期に近い弘化年代に南部地方(岩手県紫波の谷地館庄)から単身仙台にやってきた初代森民蔵が嘉永2年(1849年)荒町に森民酒造店を開きました。当時伊達藩の麹の専売を一手に任されていた御譜代町荒町一帯が、非常に清らかな水が沸く土地ということで清水小路と呼ばれていました。
 
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『民蔵が行商をしていた頃に必ず立ち寄っていた北山の江巌寺は当時、秋になると香り豊かな菊の花が綺麗に咲き誇っており、江巌寺の「菊」と、荒町のほとりを流れる清流広瀬川の「川」を取って「菊川」と命名した酒は、民蔵出身地、南部地方から呼び寄せた蔵人たちとともに精魂込めて仕込みつづけた甲斐もあって、明治28年には、東北で一番、全国でも8番目と数えられる銘柄になった』(森民酒造本家のhpより抜粋)

 

森民酒造本家の白壁脇にある昌伝庵(しょうでんあん)の参道を入りました。昌伝庵は荒町にある曹洞宗(そうとうしゅう)の寺院。で、正しくは昌傳庵と表記します。ちなみに、山号は奕葉山(えきようざん)。元の昌傳庵は伊達尚宗が三男の久松丸の供養を目的に米沢の新町(あらまち)に開基し、伊達政宗が岩出山についで仙台へと転封(てんぽう)されるたびに、その城下町に移転し、かつて米沢に所在した町の流れをくむ荒町に再び存立することになったそうです。江戸時代は松音寺、泰心院、輪王寺とともに仙台藩曹洞宗4ヶ僧録司の一つとされます。
 
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境内にお邪魔(じゃま)すると本堂前に置かれた鉢のなかで睡蓮(すいれん)が咲いていました。この寺には開基久松丸、初代藩主政宗公、5代吉村公、6代宗村公の位牌(いはい)を祀(まつ)っているそうです。墓があると勘違いした私は墓地を丹念に見て回って、仙台四大画家のひとりである東東洋(あずまとうよう)の墓と荒町の出身で苦学の末、海軍中将まで登りつめた斎藤七五郎(正四位)の墓を見つけました。
 

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回文家(かいぶんか)である細谷勘左衛門(号は仙代庵)の説明には、「荒町名産の渋団扇に回文を描いて世間の評判となった」とあります。ちなみに、回文とは、上から読んでも下から逆に読んでも同じ音になるように作ってある文句(もんく)です。
 
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昌伝庵の参道に接している荒町公園を抜ければ境内が隣接する日蓮正宗仏眼寺へ行くことができます。写真は荒町通り(県道235号)から撮影。
 
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荒町商店街の”KOSHINDO”(広進堂)は創業約120年の老舗(しにせ)パン屋さんだそうです。荒町のhpによると、『初代は富吉という人で、砂糖を販売していたとのこと。この店の売れ筋は一般の人になじみの深い「あんぱん」。昔ながらの製造法で「あんこ」を練り上げて現代風のパン生地に包み上げ、ふっくらと焼き上げている』のだそうです。
 
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伊達藩から麹(こうじ)の専売を一手に任されていた荒町には現在も麹に関連する店が何軒も残っており、そのひとつが佐藤麹味噌醤油(こうじみそしょうゆ)店です。
 
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(続く)

2014年7月23日 (水)

仙台散策 匂当台公園から定禅寺通りへ

県庁に隣接する匂当台公園にも立ち寄りました。「勾当台」の名称は、伊達政宗が寵愛(ちょうあい)した狂歌師・花村勾当の屋敷があったこと、江戸時代の仙台城下町の中心部(芭蕉の辻)側から見てやや高台になっていることに由来するそうです。
 
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江戸時代の1761年(宝暦11年)、藩校「養賢堂」がこの場所に移転して来たため、仙台藩の学問の中心地となった。明治時代に入ると、「養賢堂」の建物と跡地には宮城県庁や宮城師範学校(現在の宮城教育大学)など、公的な機関が置かれたことで、現在も宮城県と仙台の中心となる場所です。

 

「いこいのゾーン」と「にぎわいのゾーン」があり、前者には、野外音楽堂、多目的広場、非常時ヘリコプター離着陸場、キオスク、園芸店、噴水、彫像、などがあります。
 
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医学者・細菌学者である志賀潔の胸像がありました。同氏は仙台藩士の子として生まれ、旧制第一高等中学から後の東京帝国大学医学部に入学、卒業後は北里柴三郎氏に師事し、1897年(明治30年)に赤痢菌を発見した偉人です。
 
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公園の水辺を通過
 
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匂当台公園から東二番丁定禅寺(じょうぜんじ)交差点に出ました。東二番町通り(匂当台通り、国道4号、国道48と多くの呼び名がある)と定禅寺通りが交差する仙台市の道路交通の要衝(ようしょう)です。
 
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仙台城の鬼門封じのために開基された「定禅寺」の参道として整備されたのがこの定禅寺通りの始まりとされるそうです。定禅寺通りを西ヘと歩きました。欅(けやき)並木が見事です。数年前に松島へ向かうため車で通過したことがありますが、中央分離帯にある緑道を歩くのは初めての経験です。新緑のトンネルとなった涼しい空間が続きます。
 
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定禅寺通りは昨年1月に立ち寄った西公園まで続いているようです。
 
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中央分離帯に木道が設置してありますから、そこを歩きながらイタリアの著名な彫刻家の彫刻を見ながら、散策を楽しみました。東一番町と刻まれた大きな石柱があります。
 
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最初の彫像「夏の思い出」(杜と彫刻 3)には作者の名前である”EMILIO GRECO”が刻(きざ)まれていました。
 
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中央分離帯の散策路はスクランブル交差点の先へと続いています。
 
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スクランブル交差点は渋谷のハチ公前の専売特許ではありませんでした。そう言えば、東新宿でも見かけたことがあります。
 
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次の区間は未舗装の自然な遊歩道になりました。
 
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右手の歩道にある背の高い欅(けやき)の街路樹の枝おろし作業が大型のリフト車を使って行われていました。
 
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2番目の彫像は「オデュッセウス」(ジャコモ・マンズー作)です。ホメーロスの叙事詩「オデュッセイア」の主人公であり、トロイア戦争で活躍した古代ギリシャ神話の英雄を表現しています。ちなみに、遺跡の調査により、神話と考えられていたトロイア戦争がホメーロスの叙事詩通りの歴史的事実ではないにしても、現在は同様の争いがあったと推測されるようになっています。
 
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晩翠通りに出ました。この春日町交差点もスクランブル交差点です。当ブログでは4年半前に晩翠通り晩翠草堂を紹介しています。
 
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(続く)

2014年7月22日 (火)

仙台の展望室巡り 宮城県庁舎

駅前にある匂当台(こうとうだい)公園に入りました。最初に見つけたものは『みちに残す 昔の町名』です。平成13年に開府400年を迎えた仙台にあった歴史的町名や通り名は城下町ならではです。残念ながらそれらの多くが消滅したため、名前を保存する目的でこの碑が立てられたのだそうです。
 
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こちらの丸いものは「安政年間の城下範囲」を示す古地図と現在の地図を重ねあわせたものでした。当時から現在地が城下町の中心だったことが分かります。
 
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さらに先へ歩くと銅像がありました。「林子平之像」と刻(きざ)まれています。林子平は幕臣の次男(後に仙台藩士)で、江戸時代後期の経世論家・兵学者と説明されています。
 
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経世論とは中国が発祥の思想で、「世を経おさ)めて民を済(すくう)こと」を目的する考えです。経済の語源になりましたが、江戸時代後期になると現在と同じ社会性価値に必要な生産・消費・売買などの活動を指すようになったのだそうです。

 

徒歩2分ほどの距離にある宮城県行政庁舎に入りました。
 
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1階の県民ロビーでは東北福祉大学吹奏楽部による「県民ロビーコンサートの」の準備が行われていました。すでに何人もの観客が集まっていましたが、開演時間は約1時間後の12時15分ですから、ここには立ち寄らず最上階(18階)にある展望ホールに上がることにしました。
 
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この展望ホールも、SS30とAERの展望室と同様、無料で解放されており、南北の広い展望ホールから仙台市の中心部をほぼ360度見回すことができます。こちらは南方向です。現在の県庁が立てられた平成元年(1989年)の写真パネルが比較用に設置されています。高層ビルが増えていることがよく分かりました。
 
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見下ろすと、匂当台公園が一望でき、公園の左手ではビルの建設工事が行われています。
 
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東北電力ビルの先に花京院スクエア((左後方)とAERビル(右後方)が確認できますが、仙台駅付近のビルから見る景色とは少し雰囲気が違っているようです。
 
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南側の展望ホールでは子供向けのイベントが開催されていて賑(にぎ)やかです。南側の展望を適当に切り上げて北側の展望ホールへ移動しました。
 
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北の方角には低層が中心で高層ビルはほとんど見当たりません。
 
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少し左手も同様ですが、こちらには超高層マンション「ライオンズタワー匂当台通」(地上29階)がひときわ目立ちます。
 
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北西方向で一際目立つのはオンワード樫山仙台支店ビル(中央)で、2007年にグッドデザイン賞を受賞しています。印象に残る特徴的な形態とガラスファサードが高く評価されたようです。ちなみに、左下は青葉区役所。
 
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北東方向に目を転じると、右手にNTTドコモ東北ビルが間近に見え、最上部のアンテナ設置部は景観に配慮した覆(おお)いが設置されているのが分かります。
 
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北側展望ホールの西側には宮城の歴史を展示するエリアがありました。
 
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入り口を入ると、古い世界地図が使われた大きな地球儀が出迎えてくれます。
 
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江戸時代のコーナーでは伊達正宗が米沢・岩出山・仙台と転封された経緯(いきさつ)と仙台の街造りが簡単に解説されています。そして、彼が海外諸国との国交と貿易を進めるために支倉常長(はせくらつねなが)メキシコ・スペイン・ローマへ派遣したことも説明されています。10年前に仙台から松島と牡鹿(おが)半島をドライブした時に、支倉常長が出港した石巻湾に面した月浦(つきのうら)に立ち寄ったことがあります。
 
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「慶長遣欧(けんおう)使節」が乗船した「サン・ファン・バウティスタ号」の模型
 
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さらに奥にはさまざまな展示がありました。
 
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1階の県民ロビー脇に仙台のユルキャラである「むすび丸」が立っていました。
 
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(続く)

2014年7月21日 (月)

仙台の展望室巡り AER(後編)

展望スペースは屋根の部分にも透明なガラスがはめられた明るく広い空間です。
 
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東方向にある、東北新幹線(青森方面)、仙台港、クリネックススタジアム宮城、榴(つつじ)ヶ岡公園などの場所が写真パネルで説明されています。
 
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東北新幹線の高架線路と在来線の線路が大きくカーブしています。それらと交差する形で広瀬通が鉄道線路の東側まで伸びつつありますが、新幹線の高架下周辺は道幅が狭いままであり、榴ヶ岡公園付近で途切れています。在来線の線路がカーブする場所にある陸橋は国道45号(仙塩街道)で、眼下の広い道路とほぼ並行して塩釜方面へ続きますが、ビルの陰になっているため確認できません。
 
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広い道路が作られたこの一帯は二十人町です。鉄砲足軽のなかでも特に武功のあった二十人衆にこの一帯が割り当てられたことが町名の由来とのこと。 

 

左端で広い道路に接する建物は広瀬通SEビル、その右後方に見える建物はオフィスビルのAZELLIA HILLS “(アゼリアヒルズ)で、地上19階、高さ81.5m。その後方に「楽天Koboスタジアム宮城」が確認できます。アゼリアヒルズの右後方にある白いビルは森トラストのオフィスビル「仙台MTビル」(地上18階、高さ約85m)。それらの後方で丸い屋根を持つ茶色い施設(左側に高層棟が続く)はホール・ホテル・会議室などの複合施設「仙台サンプラザ」(地上12階)です。ちなみに、円形の部分はホールになっているようです。そして、右手前は「BiVi仙台駅東口」は、その名前の通り、仙台駅東口広場の北側にある複合商業施設。MYビルが接する広い道路(市道)は仙台駅東口前のバスロータリーから榴ヶ岡公園の先まで続いているようです。
 
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「仙台サンプラザ」周辺をズームアップ

      
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『展望スペース・オープンプラネタリウム」では夜になるとレーザー光線による星空のファンタジーが楽しめる』と説明されています。詳細は掛かれていませんが、レーザー光線を使ってガラス天井に季節の星座を描くのかもしれません。
 
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展望スペース・オープンプラネタリウムと同じ季節ごとの星座のパネルが壁面に飾られた廊下を反対側まで歩くと、「西の展望テラス」へ出ました。
 
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こちらも写真パネルで、青葉通り、東北放送、青葉(仙台)城跡、太白山、東北大学青葉山キャンパス、広瀬通り、東北大学病院、仙台大観音、宮城県庁、仙台市役所、東北電力ビルなど主要スポットを説明しています。
 
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屋上が見える右手前のビルは高速バスの発着所である宮交仙台高速バスセンターと店舗も入るオフィスビル「東京建物仙台ビル」(地上20階、高さ約97m)、その右後方、広瀬通りの向こう側にある大きな建物はオフィスビルの仙台第一生命タワービル(地上21階、高さ約90m)。左手の青葉通り沿いにはオフィス・商業ビルの青葉通プラザ(地上14階)、七十七銀行本店ビル(地上14階、高さ約65m)、リッチモンドホテル(ピンク色の建物、地上13階)、七十七銀行本店の先にある細長いビルは高層のオフィスビル「仙台ファーストタワー」です。東二番丁通りと青葉通りとの角地にあり、隣に低層の商業施設(アトリウムおよび藤崎ファーストタワー館)が併設された複合施設の主体となっています。中央に長く伸びるパイプのようなものはアーケード街「ハピナ名掛丁」です。
 
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仙台藩政時代に「名懸組(なかけぐみ)」の屋敷があったことに由来する地名です。名掛丁は仙台上大手門に連なる東西交通の要衝(ようしょう)として賑(にぎ)わっていましたが、1887年(明治20年)に東北本線が開通したことによって仙台駅を挟(はさんで東西に分断されました。駅前通りから東二番丁通り(国道4号、大通り)まで約500mの長さがあるようです。その先のアーケードは「仙台大町アーケード」。「マーブルロードおおまち商店街」のうち東二番丁通りからデパートの藤崎まで約200m続き、南北に延びるアーケード街「サンロード一番町」に行き当たっています。

 

「東京建物仙台ビル」の右隣りは鏡面仕上げが印象的な「三井生命仙台本町ビル(アジュール仙台)」(地上20階、高さ87m)、その右後方は「東北電力本店ビル(愛称エナジースクエア)」(地上28階、高さ約125m、屋上に設置されたアンテナを含む高さは約148m)です。
 
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北西の方向には仙台の官庁街があります。一番大きな建物は宮城県庁舎(地上18階、高さ約90m)、その左手は県議会と仙台市役所(白っぽい建物)、右手は宮城県警本部(地上7階)、県庁の手前の白い建物は合同庁舎、さらに手前の黒い建物は第二合同庁舎(地上15階、高さ約63m)。左端に写るのは東北大学病院。県庁の後方に見える白いものは泉区の大観密寺にある仙台大観音(高さ100m)です。大観密寺は真言宗智山派に属す密教寺院で、総本山は京都東山の智積院です。
 
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南南西方向に目を転じると、先ほどまで30階の展望室にいた「住友生命中央ビル」(愛称SS30)と「仙台トラストタワー」(地上37階、高さ約180m)が手に取るように見えました。それらの間には「仙台トラストタワー」とともに仙台トラストシティを構成する高層マンション「ザ・レジデンス一番町」(地上29階、高さ約100m)があります。
 
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それらの左手には太平山の電波塔群も見えました。
 
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AERから駅前通りへ出ました。先ほど31階から見たアーケード街です。アーケード街が多い仙台市ですが、仙台駅に一番近いことから、大いに賑(にぎ)わっているようです。
 
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JR仙台駅から地下道を利用して約200m先の愛宕上杉通りにある地下鉄南北線の仙台駅に向かいました。来年(平成27年)には地下鉄東西線が開通するようです。
 
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北(泉中央駅)方面へ2つ目の匂当台(こうとうだい)公園駅で下車。運賃は200円と少し高めであり、またSUICAは使用できません。
 
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ここが先ほどAERビルの31階から眺(なが)めた官庁街の最寄駅です。
 
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(続く)

2014年7月20日 (日)

仙台の展望室巡り AER(前編)

仙台駅方面へ戻る途中、愛宕(あたご)上杉通りへ出る角地で、趣があるファサードのホテルを見かけました。Hotel Monterey Sendai(ホテルモントレ仙台)です。
 
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調べると、チェコの首都であるプラハの様式で建てられたそうです。ただし、高層階は通常の外観にみえます。
 
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街頭には「東北楽天ゴールデンイーグルズ」の応援垂れ幕(たれまく)が掲(かか)げられています。
 
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ホテルメトロポリタン仙台」を道路側から撮影
 
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街灯の装飾は甲冑(かっちゅう)姿で騎乗(きじょう)する武将ですが、兜(かぶと)はに三日月の装飾がありますから、伊達正宗を表しているようです。仙台城の本丸跡にある銅像と同じデザインです。
 
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帰路は別の高架歩道を利用してロフト前を通過することにしました。
 
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愛宕上杉通りの先に上部が変な形をしたビルがあります。小さな文字で”docomo”と表示されていますから「NTT docomo東北ビル」(21階、高さ150m)でしょう。
 
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「南町通り」では地下鉄東西線の工事が行われています。
 
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駅側も工事中
 
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「青葉通り」は並木が涼(すずや)かです。
 
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仙台駅前の高架歩道を経由して、パルコに行き当たったところで左折、「駅前通り」に沿って続く高架歩道を通って仙台AER(アエル)に戻り、専用エレベーターで31階の展望スペースへ上がりました。
 
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エレベーターホールに31F AER Top(展望スペース)と表示されています。
 
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すグ横にある北向きの小さな窓から仙台市の北部が見えますが、これでは展望室と呼ぶには物足りません。
 
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左手の高層ビルは東北電力本店ビル(28階、148m)、右手は花京院スクエア(地上23階、高さ約95m、最頂部約106m)です。花京院はビルの名前としては変わっっていますが、花京院通りと駅前通りが交差する場所(花京院交差点の角)に三菱地所によって建てられたことがその理由のようです。遠くに見える白いドームは泉区にある「ユアテックスタジアム仙台」(屋根があるのは観客性部分。サッカー、ラグビー、アメリカンフットボールの専用公式競技場で、「ベガルタ仙台」の本拠地になっています。
 
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高崎白衣大観音、東京湾観音、大船観音などと似た巨大な観音像は泉区(青葉区との境界に近い)にある仙台大観音(高さ100m)です。仙台大観音がある大観密寺(だいかんみつじ)は真言宗智山派に属す密教寺院で、総本山は京都東山の智積院です。
 
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北以外の方向を見られないかと、廊下を左手(東方向)に進んで、「展望室」を見つけました。確かにガラス戸には「展望スペース入口」と表示されています。
 
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強風への対応策でしょうか、ドアが二重に設置されています。しかも、手前は外開きのドアで、2番目は引き戸と、よく考えた構造にしてありました。
 
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(続く)

2014年7月19日 (土)

仙台の展望室巡り SS30(後編)

最上階の30階に到着。飲食街の“Sky Synphony”(スカイシンフォニー)と展望室の”Sky Screen“(スカイスクリーン)があるようです。スカイシンフォニーはともかく、スカイスクリーンの名称が私にはシックリ来ません。
 
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東西に延びる廊下を歩きました。
 
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その中ほどまで進むと、展望エリア(無料)につながっていました。仙台市街地の南半分(東・南・西方面)を見渡すことができます。
 
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ほぼ真南の丘の上に鉄塔が3本確認できました。湿度が高いためか、すこし霞(かす)んでいます。
 
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調べると、テレビ放送やFM放送などの電波塔でした。これらの電波塔がある大年寺山(だいねんじやま、標高150m)は昨年1月に訪れた「地底の森ミュージアム」の少し手前に位置します。
 
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広い道路は国道4号。仙台では「大通り」と呼ばれているようです。
 
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右手(西側)のガラス窓へ移動
 
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丘陵地帯に鉄塔がもう1基見。東北放送が2012年3月末まで地アナの電波を送信していた八木山にある電波塔です。
 
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東北放送の本社もここにあるようです。電波塔の手前に見える白い建物がそれでしょう。
 
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すぐ近くにある八木山ベニーランドの観覧車の後方にオニギリのように三角形の山が気になりました。調べると、太白山(たいはくやま、標高約320m)で、仙台富士とも呼ばれているそうです。
 
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大年寺山と八木山の間(太白区、たいはくく)の丘陵地帯は住宅地となってどこまでも続いているようです。
 
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今度は左手(東南方向)へと移動
 
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高層マンションの「パークハウス仙台五橋」(左手前、地上28階、82m)、「シティタワー仙台五橋(いつつばし)」(右の赤っぽい建物、地上28階、高さ99m)、前者の後方に見える大きな建物はJR仙台病院(左の大きな建物)
 
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東方向には「楽天Koboスタジアム宮城」があるはずですが、視界が良くないため、確認できません。右手前の建物は「チサンマンション第三仙台」(地上11階)、左手に見える赤白に塗り分けられた鉄塔はNTTドコモ仙台ビルです。
 
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早朝で開店していませんが、同じフロアの北側にある飲食街”Sky Symphony”(スカイシンフォニー)にある「ラパウザ仙台」や「アレイズ」などを利用すれば、北側の景色も南側と同様に楽しむことかできます。名前が表示されていた”Suite Anniversary SORANOWA”(ソラノワ)はチャペルがある結婚式場でした。天井に何か丸いものがあります。
 
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地球の自転で円を描く夜空の星を表現するオブジェでした。
 
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飲食街スカイシンフォニーの“SKY RESTAURANT 30View”(サーティビュー)は閉店したようです。
 
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午前10時近くになりましたので、スカイシャトルで地上まで下りることにします。
 
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反対側の出入り口を出ました。目の前に仙台国際ホテル、右手にはセントラルフィットネスクラブがあります。
 
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(続く)

2014年7月18日 (金)

仙台の展望室巡り SS30(前編)

6月下旬の早朝、東京駅で午前7時36分発の東北新幹線「はやぶさ3号」に乗車。1時間30分で仙台駅に接近しました。左手の小高い場所に無線塔と思われる鉄塔が3基並んでいるのが見えます。
 
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それよりも遠くにもう1基確認できました。
 
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定刻通り午前9時10分に到着した仙台駅で下車。
 
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南口の改札を抜けると、駅舎の内部(3階)で大掛かりな工事が行われていました。
 
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階段で下りた2階も同様に工事中
 
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仙台駅の西口から高架舗道を利用して北方向へ歩きました。
 
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駅前のロータリーにはV字型をしたオブジェがあり、その先は「あおば通り」です。
 
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目的地は西口の北にある高層ビルです。
 

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徒歩5分ほどで低層階(1-4階)に商業施設が入る「仙台AER」(アエル、地上31階、高さ約145m))の前に到着
 
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「仙台アエル」の高層階へアクセスできる入口は同ビルの西南の角にありました。
 
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-8階は仙台市の施設、9-30階はオフィスフロアになっているようです。
 
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広いロビーを抜けてエレベーターホールへ向かいましたが、展望テラス(31階にある無料展望室)は午前10時30分からのオープンと表示されています。何と、まだ1時間以上もあります。
 
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巡る順番を入れ替えることにして、仙台駅前に戻りました。高架歩道は複雑に構成されてメッシュ状と呼んでも良いくらいです。正面の白いビルはJR東日本グループのシティホテル「ホテルメトロポリタン仙台」。
 
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同ホテルの少し手前の高架歩道(横断歩道橋でもある)を使って住友生命中央ビル(愛称SS30)へ向かいました。にこちらは同じ西口でも南西方向へ徒歩8分ほどの距離にありました。
 
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地上31階、高さ143m(アンテナ部を含めると172m)で仙台トラストタワー(高さ180m)に次ぐたかさがあります。2-27階がオフィスフロア、28-30階にはレストランが入っています。ちなみに、その他の主な高層ビルは、ドコモ東北ビル(21階、高さ150m)、東北電力本店ビル(28階、148m)、AERビル(31階、高さ145m)などです。
 
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SS
30の正面口からビル内に入って1階の広いロビーを抜けると、吹き抜けのエリアに出ました。左手に”Sky Shuttle”(スカイシャトル)と表示されたエレベーターがありました。
 
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展望室とレストラン専用のエレベーターでした。
 
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シースルー構造になっていて外の視界が良好です。目の前に見えるビルは仙台で1番高い高層ビル「仙台トラストタワー」(37階、高さ約180m)。25-37階に高級ホテルの「ウエスティンホテル仙台」が入っています。
 
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”Sky Shuttle”
はこのエレベーターの愛称かと思いましたが、三菱製エレベーターの商品名でした。三菱製のエレベーターといえば、六本木ヒルズ森タワー(ダブルデッキ)、丸の内OAZO(インドアオープン展望用)、名古屋のJRセントラルタワーズ(スカイシャトル)、ミッドランド スクエア「豊田・毎日ビルディング」(インドアオープン展望用) などを訪れた時に利用しています。ちなみに、東京スカイツリーは東芝製のエレベーター(地上350mの展望デッキまで約50秒で到達)が採用されています。(続く)

2014年7月16日 (水)

憧れのハワイ空路 ラナイ島(その15)

翌朝は午前5時半ころに起床。午前中のフライトでホノルルへ戻ることにしていますから、このリゾートホテルの見納めにと、午前6時になる少し前に自室を出て早朝の散歩に出かけました。海側には何度も散策していますから、人影のないプールサイドを通過するだけにして、山側にあるゴルフ場を目指しました。
 
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明るくなりかかった西の空に下弦(かげん)の月が見えます。
 
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ホテルの正面玄関前の植込みには背の高い椰子(やし)の木が林立しています。
 
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舗装(ほそう)された右手の坂道を上がるとパビリオン脇に出ました。正面に見えるのはカンファレンスセンター(会議・研修施設)です。
 
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急な坂道はさらに上へと続いています。ホテルの案内地図で確認すると、ゴルフ場の敷地までもう少しですが、クラブハウスはかなり遠くにあるようですから、引き返すことにしました。
 
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反対側の坂道を下りました。
 
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正面玄関を入った場所に「ザ・ロッジ」と同様にカメハメハ大王像があることに気づきました。
 
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自室に戻ってテラスへ出ました。早朝のフロポ湾は凪(な)いでいて白波はほとんど見られません。フロポビーチにはまだ人影がないようです。
 
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朝食を済ませた1時間後、自室からもう一度フロポ湾を見ると、スノーケリングを楽しむ人たちが確認できました。よく見ると、その人たちは何か黒い物体を取り囲んでいるように思われました。
 
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ズームアップすると黒い物体と思われたのは、数頭のイルカでした。フロボ湾には時々イルカが姿を見せると聞いていましたが、遠目ながら野生のイルカと人が戯(たわむ)れる様子を見ることができたのは幸運でした。
 
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ラナイ島のこのフロボ湾(別名イルカ湾)で野生イルカとスノーケリングやドルフィン・スイムをするマウイ島から早朝の高速フェリーボートで訪れる日帰りツアー(200ドル弱)があるようですから、そのツアー客たちなのかもしれません。マウイ島からは片道45分(運賃は25ドル)でフロボビーチの裏手にあるマネレ港(徒歩約10分)へアクセスできるようです。ちなみに、ビーチや岩礁地帯は海洋生物保護海域に指定されており、この海域に生息するイルカはハワイアン・スピナー・ドルフィン(日本語名:ハワイ型ハシナガイルカ)と呼ばれるそうです。

 

2泊したフォーシーズンズ・リゾート・ラナイ・アット・マネレベイを出立(しゅったつ)する時が訪れました。午前9時半過ぎに出発するラナイ空港行きシャトルバスに乗車。ラナイ市の交差点を左折した時に、LANAI HONGANNJI(ラナイ本願寺)という意外な名前が表示された建物を撮影することができました。前日、「ザ・ロッジ」へ向かう時に見かけて気になっていたのです。後で調べると、日系人の方々が創建されたようです。外観は大きめの住宅と呼べるもので、日本の寺院らしくはありません。
 
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ついでに調べると、オアフ島のホノルル市にも多数の神社仏閣があります。日本からハワイへ移民した人々あるいは日本の神社仏閣自身がハワイに創建(そうけん)あるいは創祀(そうし)したものです。ざっと調べただけでも、「ハワイ金刀比羅神社(ことひらじんじゃ)・ハワイ太宰府天満宮(だざいふてんまんぐう)」「ハワイ石鎚神社(いしづちじんじゃ)」「クアン・イン・テンプル(観音廟)」「パロロ本願寺」「ハワイ大神宮」「ハワイ浄土宗別院」「ハワイ日蓮宗別院」、オアフ島の東部には「ハワイ平等院」「海守地蔵尊(うみまもりじぞう)」、オアフ島の北部には「ワヒアワ本願寺」「ハレイワ浄土院」が見つかりました。

 

ちなみに、テレビ東京の人気番組「モヤモヤさまぁ~ず2」(ハワイ編)では、このなかから、チャイナタウンの北にあるハワイ出雲大社がよく登場します。縁結びの神社であることと、神官の面白さがその理由のようです。

 

また、ハワイ諸島で面積が最大(人口はオアフ島に次いで2番目)のハワイ島には、大福寺(だいふくじ)、カーチスタウン浄土院(じょうどいん)、ヒロ明照院(めいしょういん)、ワイナク浄土院(じょうどいん)、ハカラウ浄土院、ハマクア浄土院、コハラ浄土院、ハヴィ浄土院、ヒロ大神宮が有るようです。

 

なだらかな下り坂がラナイ空港に向かって続きます。
 
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ホテルを出発してから30分弱でラナイ空港に到着
 
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ホノルル空港で重量制限が厳しいことを知りましたから、事前にスーツケースの重量をチェックしてからチェックインしました。
 
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チェックインカウンター付近にはこんな警告文が!
 
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近くの窓から外を見ると、ホノルル空港から乗ってきたATR社のターボプロップ双発旅客機ATR 72-212(機体番号が同じことで確認できる)がすでに待機していました。給油中のようです。
 
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セキュリティエリアを通過しました。金属探知機の感度が高いので、すべての金属製品は体から外す必要があります。そして、ホノルル空港と同様に靴を脱ぐことも要求されました。
 
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余談です。ラナイ空港にはありませんが、一定の条件を満たすと、空港のセキュリティエリアで簡易検査レーンが利用できる仕組みがあります。「TSA プレチェック」と呼ばれるもので、全米約100空港で実施されています。そして、スーツケースはTSA(連邦運輸保安局)対応式でない(つまり古いタイプの)場合、チェクイン時に鍵を外しておかないと、鍵を破壊して検査されることがあります。3本の旗のうち、中央の旗は「ラナイ島(その11)」で紹介したようにハワイ州の州旗、左手の旗は国土安全保障省のものです。2001年9月11日にアメリカで同時多発テロ事件が発生したため、その翌年に設立された連邦政府組織の1つで、テロリストの攻撃や自然災害などあらゆる脅威(きょうい)から国土の安全を守ることがその使命とされます。

 

すべての手続きを完了しました。後は搭乗を待つだけです。
 
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ラナイ島の記事を終えたこのタイミングで投稿を小休止します。(続く)

2014年7月15日 (火)

憧れのハワイ空路 ラナイ島(その14)

宿泊するホテルへ戻る途中、往きに走行中のシャトルから見かけたラナイ市の中心部にある「ホテル・ラナイ」の前でシャトルバスを下車しました。表通りから「ホテル・ラナイ」に向かって少し入った場所です。
 
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道路を横断してラナイ市の中心部へ向かいました。観光地図には銀行・カフェ・アートギャラリー・郵便局レストラン・床屋・美容院・学校などがあると説明されています。それぞれ銀行は2店舗(てんぽ)、郵便局と学校は1つだけ、その他もせいぜい2-3店舗程度です。右手にある公園の名前はラナイ市らしく「ドール公園」です。
 
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アメリカらしいシンプルな形をして平屋の建物が並んでいます。
 
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市内に一軒しかないといわれるマーケット(食料品店)に立ち寄りました。狭い店ですが品数はかなり豊富でした。同行者は菓子類や飲み物などを少しだけ買ようです。
 
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次のシャトルバスは30分後に到着するはずですから、その10分前にマーケットを出ました。
 
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シャトルバスが「ザ・ロッジ」へ向かうときに通過した広い道まで戻りました。こちらがラナイ市の北にある「ザ・ロッジ」方向です。
 
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こちらが南方向、車で15分ほど走ると私たちが宿泊するホテルがあります。
 
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シャトルバスの停留所前に木製の真新しいベンチが2つ設置されていました。枝葉ななことですが、その形状から2脚というよりは2基の方がふさわしいと思いました。
 
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大木の中心部を使って作られていることが分かります。
 
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「ホテル・ラナイ」はカジュアルなホテルで、宿泊費は1泊100ドル台のようです。
 
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シャトルバスがほぼ定刻に到着
 
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1時間半ほど自室でトランプをして過ごしました。そして、午後7時にはアメリカンステーキとハワイアンシーフードのレストランである”ONE FORTY”での夕食です。私は、まず赤ワインとして、ナパバレー産(名前を失念)を、メニューからオチビちゃんが好きなステーキと同行者などが好きな魚料理を中心に選びました。
 
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アンガスビーフNYストリップ(340g、52ドル)が配膳されました。
 
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これは聞きかじりですが、アンガスとはイギリス・スコットランドのアンガス州原産の黒毛牛が、アメリカでは食用として飼育されている上質牛肉のステーキです。アンガス種の肉は柔らかくてジューシー、そして霜降りと赤身が適度にバランスのとれていることで知られています。NYストリップはサーロインと似ていますが腰部分の下部の肉を指し、脂身(あぼらみ)がサーロインより少なめで少し硬(かたい)い肉質。ちなみに、アンガスビーフの品質はアメリカン・アンガス協会によって管理されているそうです。

 

マヒマヒのソテー(40ドル)が続きました。すでに説明したように、「マヒマヒ」はハワイ語でシイラを意味する言葉です。各種の野菜、アボカドとトマティーヨ(ナス科の野菜)のピュレ(すり潰してとろみのある状態にすること)、マンゴーのピュレ、ライム(レモンに似た柑橘類の一種)が添(そ)えられています。蛇足ですが、ソテーは少量の油を使って加熱する調理方法。475
 
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ガーリック&チリソース・シュリンプ(16ドル)は、ソラマメ、ブナシメジ、ネギを白ワインソースに入れた料理です。ます。手振れになったため、見にくい写真になってしまいました。ビーフステーキの写真でも左上に写っています。473
 
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マカロニ・チーズ(12ドル)はアメリカの家庭料理の定番。茹(ゆ)でたマカロニに塩味の効(き)いたチーズソースを絡(から)めたグラタン料理。チーズは通常チェダーチーズが使われます。474
 
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デザートはアイスクリームやコーヒーなど476
 
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1時間余りの夕食を楽しんでから自室へ戻る途中、印象的な画を見かけました。表記された“TACSONIA SANGUINEA”を調べてみました。レッド・パッションフラワーとも呼ばれるこの植物は、ニカラグアからベネズエラ・ペルーにかけて分布する植物で、その花は径125~190mm、鮮やかな赤色で美しい。また、果実は長さ6cm、径4cmで食べられるとのこと。そして、 Antilles”は西インド諸島の島の名前で、”Serre Perec”(セール・ペレック)は作者の名前のようです。478
 
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(続く)

2014年7月14日 (月)

憧れのハワイ空路 ラナイ島(その13)

「テーパーティの会場へ戻ると、オチビちゃんたちも庭に出てみたいと言いますので、全員で裏庭を散歩することにしました。先ほどは気が付かなかったクロッケー場を見つけました。
 
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早速、2人は初めて見るクロッケー(別名ローンボウリング)に興味を持ったようです。芝生のコートで行われるイギリス発祥の球技で、日本のゲートボールの原型になりました。コチビちゃんはぎこちないフォームですが、柄(え)の部分が長い槌(つち)のようなもので木製のボールを叩(たた)き始めました。
 
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少し慣(な)れてきたようです。
 
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そしてフープ(門)を通過!
 
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オチビちゃんは別の場所で練習をしています。
 
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フープのすぐ前からボールを転(ころ)がしています。ゴールするには後ろのペグ(杭)に当てる必要がありますよ!
 
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そして大きなスイングでボールを打ち始めました。
 
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目を湖の方へ向けると先ほど見た蘭(らん)を栽培する「オーキッド・ハウス」と中国風の建物がはっきり見えます。
 
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さらに右手には傘型をして大木が湖の水をせき止めているかのように立っています。
 
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足元にはうす紫色の花がさいています。
 
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先ほど引き返した場所からさらに先へ行ってみることにしました。枝が大きく広がったハワイらしい大木です。
 
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ガゼボの脇を抜けて、湖に沿って左手の広い緑地に向かいしました。
 
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振り返るとガゼボの先に客室棟がよく見えました。
 
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ガゼボにはまだあのゴイサギがほぼ同じ場所から湖を眺めています。
 
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本館近くまで戻るとクロッケー場で子供たちを見守っていたお母さんがクロッケーに参戦していました。
 
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しばしクロッケーを楽しんだ2人はガゼボの手前にあるハンモック(釣床)に乗って遊び始めました。南米の熱帯地方で先住民が使っていた寝具が、揺(ゆ)れが多かった船内の寝床として利用されて、一般にも広まったのだそうです。
 
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人影がなくなったクロッケー場の近くにはこんな大木が3本聳(そび)えています。
 
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花壇(かだん)の土留(どど)めにこんなは虫類が・・。これも図鑑でしらべると、イグアナ科のグリーンアノールに似ているようです。
 
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本館から渡り廊下(ろうか)が客室棟まで続いているのが見えます。
 
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(続く)

2014年7月13日 (日)

憧れのハワイ空路 ラナイ島(その12)

午後3時を数分過ぎたころ、メインロビーの隣にあるテーブル席へ案内されました。メニューには様々な紅茶が並んでいます。”Imperial Green”(緑茶・カフェインは極少)、”Lemon Mango Tango”(フルーツ茶・カフェインなし)、“Thunderbolt Darjeeling” (黒茶・カフェインは中程度)、”Coconut Black”(黒茶・カフェインを多く含む)、”Lavender Earl Grey”(黒茶・カフェインは中程度)、”Pina Colada Rooibos”(赤茶・カフェインないし)など。

 

保守的な私は名前から判断して”Traditional English Breakfast”(黒茶・カフェインは中程度)を選びました。『”English Breakfast“の原型を忠実に再現(ブレンド)することで、同ホテルの鑑定人(テイスター)による等級は祁門(きーむん)に限りなく近いものである』と説明してあります。ちなみに、祁門とは中国の安徽(あんき)省祁門県附近で作られる紅茶です。

 

紅茶を入れるすべての道具は味に影響を出さない陶器製です。
 
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斜め上から見た様子
 
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適当な頃合いを見計らって紅茶をティーカップに注ぎました。紅茶は、良い味を出すために、熱いお湯が必要なのです。
 
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透明感のある色がきれいな紅茶
 
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ナイフとフォークが用意されていたのは、お茶菓子であるスコーン(アメリカではビスケットを指す)やサンドイを楽しむためでした。
 
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オチビちゃんとコチビちゃんたちは紅茶を飲みませんから、オレンジジュースとリンゴジュースを選びました。「アフタヌーンティー」のサービスを担当する女性がオチビちゃんとコチビちゃん、そして女性陣に笹(ささ)で作った面白いものをくれました。二人は大喜びで遊び始めました。オチビちゃんとコチビちゃんには細長い串(くし)に取り付けられた風車のようなもの。
 
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同行者が貰(もら)ったのはバラの花のようです。
 
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オチビちゃんのお母さんにはブレスレット
 
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近くにある暖炉(だんろ)にはなんと薪(まき)が焼(く)べられていました。ラナイ島の高原エリアは海岸エリアよりも気温が約10度も低いそうです。
 
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貰った風車でひとしきり遊んだオチビちゃんは、暖炉の火が珍しいのか、じっと眺(な)めています。
 
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暖炉で燃える火を見ていると、20年以上前にアメリカで生活した5年間を思い出します。集中方式の冷暖房が設備されていましたが、冬季は暖炉に火あった方が視覚的に楽しく、何となく暖かく感じました。冬の初めにトラックに撒きを満載した業者が売りにきますし、不足した場合にはスーパーマーケットでも買うことができました。

 

窓ガラスには鯉がカービング(彫刻)されています。ちなみに、わが家ではドアにはめ込んだガラス全体にブドウの図柄(ずがら)がサンドブラストでカービングされています。もちろん、同行者の趣味ですが・・。
 
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ガラス窓越しに美しい裏庭が見えましたので、一人で散策することにしました。散策路がまっすぐ池に向かって伸びていました。
 
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その先には噴水とガゼボ(西洋風東屋)があります。
 
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振り返って噴水越しに見た「ザ・ロッジ・アット・コエレ」の本館
 
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ガゼボの柱にはギリシャ風の装飾が施(ほどこ)してありました。湖の対岸には純白の建物と中国風の建物が見えます。
 
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嘴(くちばし)が長い小鳥が人の気配を気にしないかのようにじっと佇(たたず)んでいます。見慣れない鳥の名前は分かりません。鳥図鑑で調べると”Auku’u”(アウクウ、Black-crowned Night-Heron、ゴイサギ)のようです。
 
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純白の建物は、遠目でもカラフルな花が確認できますから、温室と思われます。花を一年中鑑賞するための温室なのか、あるいはホテルで使用する生花を育てているのか、確認してみたくなりましたが、ここで引き返すことにしました。
 
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本館へ戻る前に左手に伸びる遊歩道を進むと、遊歩道の脇にあるプールには人影はありません。泳ぐにはまだ肌寒いからでしょう。
 
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(続く)

2014年7月12日 (土)

憧れのハワイ空路 ラナイ島(その11)

正午をすぎましたので昼食を摂るためプールサイドの「カイラニ」へ向かいました。前日の夕食と同じレストランです。私は懐かしいアメリカ産ビールのクアーズ(ライト)と奇妙な名前の”Spicy Furikake Poke”(20ドル)を注文。ちなみに、“NOBU”のロゴがある英語メニューにはマヨネーズとチリペッパー、獲(と)れたてで新鮮なトビウオ、自家製タロイモのチップスの言葉が並んでいます。冷えたビールがハワイの気候にピッタリ合っています。ちなみに、イギリスではエールが多いため室温で飲みますが、日本と同様にラガービールが多いアメリカは冷やして飲むのです。
 
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どんな料理か期待していると、チップに載せられたトビウオの角切りでした。“Poke”は前夜食べた「タコのポケ」と同じで、ハワイ語では魚などの切り身を指します。とすると、”Furikake”はマグロかとも思いましたが、どうも日本語のようです。スパイシーなソースがまだ経験したことのない美味しさを演出していました。
 
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大人たち全員は美味しいと高く評価してくれました。同行者は、「ソースのレシピを教えてもらえないかしら」とスタッフに尋(たず)ねると、マネージャーかコックにOKをもらったようで、きれいに印刷したレシピ書きを手渡してくれました。

 

それを見ると、ハワイで生魚では最も美味しいとされるキハダマグロ(”Ahi”、マグロの総称としても使われる)あるいはトビウオに、チリソース、マヨネーズ、海草サラダとスライスした玉ねぎ、ゴマ油、醤油、が使われていました。調子に乗った同行者は、スパゲティ用ソースである“3 Meat Ragout”と“Marinara Sauce”のレシピもちゃっかり手に入れました。ただし、オチビちゃんが気に入ったカルボナーラのレシピは残念ながらないとのこと。

 

オチビちゃんのお母さんが注文した“LOKAHI”(ロカヒ、16ドル)は2013年にこのリゾートで開催されたカクテル競技会で優勝したとメニュー説明されています。マウイ海ウオッカ、ジンジャー、バニラビーン、新鮮なパイナップル、カラマンシ、蜂蜜シロップが入っているようです。
 
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ラナイの魚タコス(28ドル)
 
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野菜・魚肉・ゆで玉子などが入ったサラダの名前は未確認。その他は撮影し忘れてしまいました。
 
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2人が短い昼寝をしたあと、午後2時半のシャトルバスを利用して、島内にあるもう一つのフォーシーズンズ・リゾートである「ザ・ロッジ・アット・コエレ」(以降、ザ・ロッジと省略)へ向かいました。
 
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午前中は快晴だったのに、急に雲が空を覆(おお)い始めました。海岸と山の上は天候が違うとの説明が気がかりです。
 
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見覚えのある直線道路に出ました。
 
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フォーシーズンズ・リゾート(2か所)を除くと、ラナイ市に唯一のカジュアルホテルである「ホテル・ラナイ」の前を通過しました。
 
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人目を惹(ひ)くこの建物はなんでしょうか。
 
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ラナイ市の中心部から少し西に位置する「ザ・ロッジ」へ「マネレベイ」のホテルを出発してから20分ほどで到着。
 
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振り返って見たクック・パイン・ツリー(ノーフォーク松)の並木が続くアクセス道路
 
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「ザ・ロッジ」のファサード(正面の外観)で一際目立つのが屋根の下描かれた大きなパイナップルです。その理由は、パイナップルで財を成したジェームズ・ドールが1920年代に数あるパイナップル農園のひとつとしてラナイ島を購入したことに因(よ)ります。
 
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入口の左手には米国旗、右手にあるのはハワイ州の州旗です。
 
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もともとハワイ王国の国旗だったようです。左上にユニオンフラッグ(英国旗)があり、白・赤・青のカラーバーが計8本あります。ナライ島を含むハワイの8つの大きな島を表現しているのだそうです。
 
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この人物像はハワイ国の王様であったカメハメハ大王を写していると思われます。
 
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「ザ・ロッジ」を訪れた目的は午後3時から開かれる「アフタヌーン・ティー」に参加することです。ちなみに、「アフタヌーン・ティー」とは紅茶とともに軽食やお菓子を摂(と)るイギリス発祥(はっしょう)の喫茶習慣です。19世紀に貴族の間で社交の場として広まったこの習慣は、夜の社交で遅くなる夕食に備えて、特に女性たちの間で人気があったそうです。
  
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ちなみに、「ティー・パーティ」は現在のアメリカで違う意味にも使われています。「過激な保守派」を指すようになったのです。その由来はアメリカがイギリスから独立する切っ掛けとなったボストン茶会事件です。イギリスの植民地政策(特に過酷な税制)に不満を持ったアメリカ人たちがイギリス船に積まれた紅茶の箱を海に投げ込んだ事件です。

 

「アフタヌーン・ティー」が始まるまでメインロビーで待つことにしました。
 
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余談ですが、この「ザ・ロッジ・アット・コエレ」は日本の有名な男優と人気女性モデルが結婚式を挙げたことで知られる場所であり、「フォーシーズンズ・リゾート・アット・マネレ・ベイ」では1994年にマイクロソフト社のビル・ゲーツ氏が250室すべてを借り切って結婚式を挙げました。同氏とその夫人は結婚式を契機にラナイ島全体をレンタルしてきたそうです。

 

もっと驚くことも知りました。ハワイ諸島で6番目に面積が広いラナイ島の98%(残り2%はハワイ州が所有する舗装道路)はジェームズ・ドールが設立したハワイアン・パイナップル・カンパニー(1991年にドール・フード・カンパニーと改名)が所有してパイナップル農園を経営していましたが、同社の大株主(現在は同社のオーナー兼CEO)であったデヴィッド・マードック氏が同社からラナイ島を購入して所有。ただし、パイナップル農園は閉鎖されたようです。飛行機から見えた畑のようなものはその名残でしょう。 

 

そして、2年前にビル・ゲーツ氏と同じIT業界に属する大手企業オラクル社経営者(CEO)であるラリー・エリソンがデヴィッド・マードック氏から個人でこの島の98%を5-6億ドル(500-600億円)と推定される金額で買い取ったそうです。ラナイ島にあるフォーシーズンズ・リゾートの2つのホテルもほぼ同時期に買収したようです。そう言えば、私たちが宿泊する「マネレ ベイ」(ホテル)では、『半分ずつ(2回に分けて)改装する計画があることと、その目的は同ホテルを買収した大金持ちがより広くより豪華な部屋にグレードアップすることにした』ことをフロント係が初日に教えてくれました。(続く)

2014年7月11日 (金)

憧れのハワイ空路 ラナイ島(その10)

大きな波が砂浜に押し寄せています。
 
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オチビちゃんはしばらく様子を見ているようです。
 
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そして、意を決したのか、砂浜で砕(くだ)ける波の中に入って行きました。
 
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大きな波には逃げ腰になっています。
 
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遅れてコチビちゃんも波打ち際に近寄りました。
 
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お父さんに手尾を引かれてやっと海の中へ
 
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二人とも海の波に慣(な)れたようです。
 
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お母さんも参加しました。
 
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押し寄せる波で遊ぶうちに30分が経過。ホテルの自室に戻って、砂と海水をシャワーで洗い流し、サッパリしました。
 
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部屋に飾られたフロポエビーチの絵画は雰囲気が良く表現されていますが、何か違和感を覚えました。岩礁(がんしょう)のある先端部に大きな茶色い岩のようなものが2つ描かれているのです。石積みの遺跡かもしれませんが、取り壊されてしまったのか、現在はこのように目立つものは見当たりません。
 
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ガラス戸を開けて外に出ました。植込みの様子です。
 
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「ルアウ グラウンズ」方面の林は日本の高山(こうざん)で時々見かける這松(かいまつ)などの低木(ていぼく)に雰囲気(ふんいき)が似ています。
 
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(続く)

2014年7月10日 (木)

憧れのハワイ空路 ラナイ島(その9)

午前の時間が残り少なくなりましたが、オチビちゃんとコチビちゃんはもう一度ビーチに行きたいと言いますので、フロポエビーチへ全員で向かうことにしました。私は3度目になりますから、遊歩道の脇に咲いている花の写真を撮りながら最後尾を歩きました。ハワイに自生する花の名前はさっぱり分かりませんので写真だけを並べて掲載します。
 
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同行者とオチビちゃんのお母さんの希望があり、昼間はショップになる「ルアウ グラウンズ」に立ち寄ることにしました。
 
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振り返えるとホテルの宿泊棟が見えました。
   
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柱と床が木製であるだけで、壁と屋根がテント用の生地ですっぽり覆(おお)われた建物で、ハワイの衣類を中心に、アクセサリー類を販売しています。ショップの入口に掛けられた木製の小さな看板には”ADORE"(アドーア)と表示されています。調べるとなんと日本のファッションブランド。結局、店内を2周ほど見て回っただけでした。
 
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フロポエビーチに到着。前日より波は静かですが、それでもサーフィンが十分できるほどの波です。サーファーが数人、そして泳ぐ人もインできました。
 
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サーファーをズームアップ
 
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右手では間欠泉(かんけつせん)のように海水が空高く吹上がっているのが見えます。海中の岩が筒のようになっているのかもしれません。
 
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オチビちゃんとコチビちゃんが波打ち際で遊ぶ間、パラソル、リクライニングチェアー、ビーチタオルを借りることにしました。ビーチの砂に合わせてすべてが純白です。
 
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同行者は万全の体勢です。ちなみに、フロポエビーチはホテルの敷地外ですから、このサービスは有料です。
 
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冷たい水もありがたいサービス
 
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(続く)

2014年7月 9日 (水)

憧れのハワイ空路 ラナイ島(その8)

午前7時を少し過ぎましたので、自室から午前7時にオープンする朝食会場へ向かいました。前日、本館から客室棟へ向かうときにはオウムとインコとに気をとられましたが、通路脇にイルカが跳(は)ねる様子を表現したオブジェがることに気づきました。
 
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通路を抜けて本館に入るオチビちゃん一家
 
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エントランスロビーから階段でメインロビーに下りました。双胴(そうどう)のカヌーには帆(ほ)が2つ付いています。10~12世紀頃、タヒチからハワイへ移住してきた人々が使ったカヌーの記録をもとに、アメリカ合衆国建国200年行事の一つとして1975年に再現されたカヌーに「ホクレア号」(HOKURE’A)の模型でした。
 
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朝食会場はメインロビーの左手にある「ONE FORTY」、アメリカンステーキとハワイアンシーフードのレストランです。前日、フロントのスタッフから、『朝食会場としてはメインロビーの反対側にあるレストラン「ノブ」(NOBU)が通常使われるが、改装工事中のために「ONE FORTY」に変った』との説明を受けています。ちなみに、「ノブ」は和をベースに欧米のエッセンスを取り入れたオリジナル創作和食を提供する、世界中で人気のレストランで、このホテルでは1年半目にオープンしたようです。松久信幸氏がオーナーを務める「ノブ」は現在ニューヨーク、ラスベガス、ロンドン、東京、ハワイのワイキキなど世界各国に30店舗(MATSUHISAの店舗を含む)を展開しているようです。
 
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とは言っても、通常通りの朝食メニューです。私はアラカルトから“The Lanai Breackfart”(25ドル)をオーダーし、オチビちゃんたちはパンケーキとフレンチトーストなどを選びました。
 
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配膳(はいぜん)を待つ間、何気なく外の景色を眺めていると、隣のテーブル席の椅子(イス)に雀(すずめ)がとまっていることに気づきました。
 
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そして、フロアーには餌(えさ)を探しながら歩き回る鳩もいます。人に慣(な)れているようで、私の視線にはまったく動じる気配(けはい)はまったくありません。
 
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私の朝食が運ばれてきました。
 
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オチビちゃんたちが好きなパンケーキにはイチゴがトッピングされています。
 
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オチビちゃんのお母さんと同行者が頼んだと思われる「フルーツの盛り合わせ」(Seasonal Fresh Fruit Plate and Yogurt、21ドル)にはヨーグルトが添(そ)えられています。ハワイアンスタイルでは自分でフルーツにかけて食べるのです。ちなみに、左下の白いものはドラゴンフルーツ(ピタヤ)。黒い粒は種ですが、果実と一緒に食べられます。
 
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これも見るからにハワイアンスタイルで、“Tropical French Toast”(21ドル)のようです。
 
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会話を楽しみながら1時間近くかけた朝食に満足して、レストラン「ONE FORTY」を出るときに、通路の脇に木製の大きな玉が装飾品として置かれていることに気づきました。自然にできたものなのか、それとも人の手で加工されたものでしょうか。
 
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エントランスロビーへ出ました。昨日は、事前チェックインしていたため、立ち寄らなかったフロントの周囲に大きな絵が飾られています。タヒチからハワイへ渡ってきた人々が使用したカヌーを想像して描いたもののようです。
 
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「フォーシーズンズ マネレ ベイ」の案内図には各建物の名前が表示されています。私たちが宿泊する部屋がある建物は“Angel Fish”(エンゼルフィッシュ)でした。
 
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オチビちゃんたちの希望に応(こた)えて、全員がプールとビーチへ向かうことにしました。南国の空と海が心地(ここち)よい朝です。
 
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昨日、ビーチへ下見に出かけた時にはビーチに強い興味を示していた2人でしたが、いったんプールで泳ぎはじめると夢中になってしまいました。
 
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オチビちゃんは水に慣れるためか、最初はプールへの出入りを繰り返しています。
 
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息継(いきつ)ぎがまだ苦手な2人はギャラリーが多いせいか元気いっぱいで張り切っています。
 
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早朝で人影がほとんどなく貸し切り同然のプールに約1時間も留(とど)まってしまいました。
 
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(続く)

2014年7月 8日 (火)

憧れのハワイ空路 ラナイ島(その7)

何気なくフロポエビーチを見ると、ウエディングドレスのような純白のドレスを身にまとった女性が砂浜で遊んでいるようです。ドレスが砂で汚れるのではとハラハラしてしまいます。何事にも大らかなハワイ流なのでしょうか。そして、波打ち際まで進んだ女性は波に足元(つまりドレスの裾)を洗われてしまいました。
 
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薄暮(はくぼ)が近づくとレストラン「カイラニ」の脇にあるガス灯が点灯されました。
 
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雲が夕焼けに照らされてピンク色に染まっています。それが反射したのでしょうか、海も赤みがさしたように見えます。
 
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夕食のあとは、オチビちゃんとコチビちゃんの強い要求に押されたかたちで、全員でマネレ湾のフロポエビーチへ向かいました。オチビちゃんは先にたって歩いて行きました。
 
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ショップ「ルアウ・グラウンズ」の前にある広場ではパーティが始まっていました。先ほどの女性もこのパーティの参加者なのでしょう。
 
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ホテルの方を振り返ると雲がオレンジ色に光っています。逆校となったホテル周辺を背景にガス灯の明かりが浮かび上がっています。そして岩場の海岸線も明るい時に見たものとは違く雰囲気を醸(かも)し出しています。
 
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この日は高波が押し寄せていましたが、二人は波打ち際で波と戯れながら大はしゃぎです。
 
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お父さんに後ろから抱えられたオチビちゃんは押し寄せる波から必死で逃げようとしています。
 
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あっという間に夕闇(ゆうやみ)が迫(せま)ってきました。そして、午後7時半ころホテルの部屋へ戻った時にはすっかり日が暮(く)れていました。二人は「明日も行きたい」と口を揃(そろ)えます。
 
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翌日になりました。午前5時半を過ぎると空が明るくなりはじめました。
 
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朝焼けが見られますから、日の出が近いようです。
 
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同行者はテラスにある籐椅子(とういす)に座って、珍しいことですが、朝の海を眺(なが)めています。
 
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すっかりあかるくなりました。明るく美しい青空です。
 
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長く続く尾根の先が海岸線付近で切り取られたように途絶えています。大昔、波によって削り取られてできた崖(がけ)のようです。「ラナイ島(その5)」で写真を掲載したカルアコイ岬の崖より大規模なのでしょう。
 
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午前6時を10分ほど過ぎると東の空か赤く染まり始め、午前6時20分ころには山の端(は)から太陽が現れました。鳥の鳴き声もにぎやかです。
 
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空は青みを増したようです。
 
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フロポエビーチの沖ではサーフィンをする人の姿が確認できます。
 
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2階のベランダから落ちたブーゲンビリアの花が芝生の上に撒(ま)かれたように見えました。濡れているのは暗いうちに作動したスプリンクラーによるものでしょう。
 
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(続く)

2014年7月 7日 (月)

憧れのハワイ空路 ラナイ島(その6)

パラワイ考古学公園(PALAWAI ARCHAEOLOGICAL PARK)の主な遺跡跡、トレイルのルートと標識の所在地を説明する看板を見つけました。左側の1/3は「フォーシーズンズ マネレ ベイ」として開発されたエリアに相当するようです。
 
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“NALU SNACKSHOP”と表示された小さな看板がある建物は軽い飲食を提供するみせのようです。ちなみに、“nalu”はハワイ語で「波」「寄せ波」を意味します。
 
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アメリカらしい直接的な警告標識がありました。『監視員はいませんから自己責任で泳いでください。高波・危険なショアブレイク(岸辺でブレイクする波)・強い海流(潮流)・クラゲと”MAN-OF-WAR”(軍艦)などが危険かもしれません。これらは大怪我(おおけが)または死につながる可能性があります』と書かれています。この辺(あた)りに軍艦が沈んでいるのでしょうか。
 
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ホテルへ戻ることにしました。遊歩道脇にガス灯が並んでいます。
 
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先ほど通過したプールの横にあるカウンターバー付のレストランです。
 
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私たちが宿泊する客室棟(右側)
 
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自室に戻り同行者に様子を報告してから一休み。そして、オチビちゃんとコチビちゃんの部屋を覗(のぞ)いて、ビーチの話をするとともに、一家を夕食の時間まで散歩に誘いました。夕方になりましたから、プールで泳ぐのではなく、明日泳ぐための下見です。二人は楽しそうにジャグジーの周りを回っています。
 
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プールの浅い場所には素足で
 
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こんどは大きな岩で遊び始めました。
 
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大人たちはフロポエビーチの方を眺(なが)めています。
 
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遊歩道を少し歩いてみるようです。正面の建物も右端に私たちの部屋があります。
 
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予約した午後6時になりましたのでホテルのプールサイドにあるレストラン「カイラニ」(Kailani)へ向かいました。
 
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私はカリフォルニア・ナパバレー産(Stratton Lummis製)の赤ワイン「カベルネ」(Cabernet、17ドル)を選びました。
 
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オチビちゃんのお父さんは色の濃いビールを、
 
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コチビちゃんの飲み物はクランベリージュース(4ドル)のようです。
 
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オチビちゃんのお母さんが選んだ料理は、スライスしたタコの足をレモンとオリーブオイルでマリネしたものに、野菜と果物をトッピングしたハワイらしさを感じさせるものでした。残念ながらその名前を聞き漏らしました。後で調べると、やはりハワイ料理のひとつである「タコのポケ」でした。ポケ(poke)はハワイ語で切身を意味する言葉で、魚介類の切身に・塩・食用油・香味野菜などを混ぜ込んで調味した料理も指すそうです。
 
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自家製のパンは好みに応じてオリーブオイルをつけて食べます。つけない場合とつけた場合の味を比べながら食べるといずれもおいしいと感じました。「ひつまぶし」を食べる要領(ようりょう)と同じで、味の変化が楽しめます。
 
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パスタは”Kaiani signature Pasta”のメニューから私の好きなカルボナーラ(Spaghetti Alla Chitarra Carbonara、28ドル)を希望しました。“Kaiani”とはハワイ語で「海と空」という意味で、変わりやすい表情を指すようです。また、"signature"は、この場合「署名」ではなく、「シェフ特選」を意味するのでしょう。配膳されたのは本場風に卵黄の他に生クリームと粉チーズがたっぷり入った濃厚なカルボナーラで、日本で食べるような柔らかい(牛乳が入った)カルボナーラではありませんでした。
 
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もう一皿のパスタはトマトベースのスパゲッティ(26ドル)です。日本発祥(はっしょう)のいわゆるナポリタンではありません。念のため。
 
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ビザ(ピツァ、9ドル)はトマトとチーズだけのシンプルなものです。
 
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マネレ湾を見ながらの夕食は贅沢(ぜいたく)な雰囲気を感じさせ、オチビちゃんとコチビちゃんたちとの楽しい会話が弾(はず)みました。(続く)

2014年7月 5日 (土)

池井戸潤著「M1(エム・ワン)」を読む

池井戸潤氏の小説を書かれた順に読むことを決めた私が2番目に手に取ったのは「M1(エム・ワン)」(2000年3月講談社刊)です。2003年3月 に「架空通貨」と改題されて講談社文庫として再出版されました。

 

M1(エム・ワン)」という意味不明な大きな文字のタイトルとともに、『硬貨に裏表があるように、金にも常に裏の働きがある。裏の働きとは、金を持つ者の心を支配するという働きだ。金の裏と表は、夢と絶望という言葉に置き換えてもよい』との文章が書かれた表表紙が私の好奇心を刺激しました。

 

                           ☆

 

主人公の辛島武史(からしまたけし)は小糠雨(こぬかあめ)が降る夜、中馬込(なかまごめ)にある自宅マンションで誰かを待っている。日付が変わる頃に電話が鳴った。女の声は黒沢と名乗った。辛島は近くの公園にいるという副担任をするクラスの黒沢麻紀のもとへ向かった。借りた近代日本史の本を返しに来たという黒沢を辛島は近くのファミレスに連れていった。黒沢の反応が薄いため意味をなさない会話が続くが、黒沢は唐突に社債について教師になる前は大手商社の社員であった辛島に質問した。

 

その黒沢が無断で家を出たことを母親からの電話で知らされた辛島は黒沢の部屋で手掛かりを探す。そして不渡りを出した黒沢の父が経営する黒沢金属工業が社債を所有する3社のなかから田神亜鉛株式会社が黒沢の狙いであると確信する。中部地方にある会社だ。辛島は夜を徹して中央自動車道を経由(多治見IC付近であることが終局で明かされる)して約400kmの距離にあるその会社へ向かった。到着したのは木曽川の中流域にある小さな田神町である。身分を明かすことでなんとか黒沢が宿泊する扇屋旅館を見つける。

 

黒沢が旅館に戻るまで辛島は田神亜鉛へ行ってみることにした。富田真樹男という経理課課長代理に会って話をするが、埒(らち)があかない。扇屋旅館にチェックインした辛島は町に出て、飲食店が散在する天神坂通りの食堂へ入る。そこで経営者風の横柄な男、須藤が商品券のようなものを使おうとして店の女将と揉(も)めるのを目撃する。黒沢が返してきた日本史の本に栞(しおり)のように挟(はさ)んであったものと同じであることに辛島は驚く。

 

旅館に戻ってきた黒沢から黒沢金属工業が持つ社債が少人数私募債(縁故債)であることを辛島は知る。非上場企業でも利用出来る直接金融の高度な手法である。この情報を得た辛島は田神亜鉛と交渉するという黒沢に同行することにした。午前11時に面談の約束をとってあった社長の安房正純(あぼうまさずみ)は多忙を理由に面談を断ったため、前日の朝に会った富田と再び面談することになった。しかし、富田は「期前償還(期限前償還のことか?)はできない」の一点ばりであり、辛島と黒沢の2人は引き下がるしかない。

 

落胆した黒沢は辛島を牧村商会へ案内する。前夜、商品券のようなもののことを良く知る人物を紹介すると言ったのは社長の牧村耕助であった。3年前まで黒沢金属工業で働いていて、先代社長が亡くなったため、その後を継いだと黒沢は辛島に説明する。牧村は田神札(たがみさつ)のことを話し始めた。西南戦争のとき西郷隆盛が資金繰り難を克服するために西郷札(さいごうさつ)とよばれる軍票を発行したことになぞらえてこの町では田神札(たがみさつ)と呼んでいるという。牧村から事前にこのことを聞いていた黒沢は辛島から日本史の本を借りたのだ。

 

80頁あまり読み進んだところで著者は辛島の口を借りて、「M1(エム・ワン)」が通貨供給量(マネーサプライ)のことであると説明させる。3人が天神坂通りにある小料理屋「かわ田」で夕食を摂ったときに、黒沢はその支払いに田神札を使ってみようと言い出して実行する。支配人は渋い顔をしながら、割引料を10%とする条件で田神札を受け取った。田神札は田神亜鉛と取引のある下請(したう)け会社間だけでなく、町の中でも流通していたのだ。

 

牧村に頼んで銀行員から田神亜鉛の決算書を3年分入手した辛島は、それらを徹夜で分析して、田神亜鉛で粉飾決算が行われていることを確信した。そして、第一回目の社債発行時には銀行主導による大型私募債(調達金額30億円)として主力の東京シティ銀行以下、三行が幹事を務めていたことも辛島は知る。辛島は田神亜鉛との交渉の手がかりを掴んだと思った。

 

辛島は黒沢とともに再び田神町へ向かった。田神亜鉛と交渉するためだが、その前にまず須藤不動産を訪れてその業務内容と田神札の流れを調べる。そして安房正純の自宅で張り込んで安房に会い。面談することを承諾させることに成功した。翌朝11時に田神亜鉛を訪れた辛島と黒沢の前に加賀翔子(しょうこ)という女性が現れた。以前、黒沢の家の前で見かけたメルセデスの女だ。

 

安房は急用ができたため、社債のことを含めて一切のことを任されている自分が対応するという。加賀は田神亜鉛の社員ではなく、東京で貿易関係の会社「加賀トレーディング」を経営しているが、田神亜鉛の資金グルを含めた財務コンサルタントを任されているとも説明した。辛島は決算書の数字で粉飾決済の可能性を指摘するが、加賀は取りつく島がない。

 

物語はここから加賀というミステリアスな女性を軸に展開しはじめ、中盤までの静かさとは打って変わり、終盤では予想もできないダイナミックさで意外な結末へと突き進むことになります。緩急(かんきゅう)を巧みにつけることで読者を力強く惹(ひ)きつけるストーリー展開は池井戸氏らしく、後日談を述べるエンディングは読者をほっとさせることも同氏ならではの手法と言えます。社債がキーワードとなっていますが、経済小説というよりも、面白い娯楽本としてお薦めできる小説だと思います。

 

                           ☆

 

本書を読んで印象に残った言葉とその意味を以下に列記します。

 

応(こた)える:       働きかけに添うような反応を示す

まろぶ:            ころげ回る  

蓮っ葉(はすっぱ):    態度や言動に品がない女性

仕舞屋(しもたや):    商売をやめた店舗

試錐(しすい):       ボーリング

塩固(えんこ):       化学リチウムを作る材料

一閃(いっせん):      ぴかっと光ること

前後に暮(く)れる:    途方に暮れる

梳(くし)き:         髪の毛を櫛(くし)でとかすこと

紅蓮(ぐれん):        紅色の蓮(はす)の花、猛火の炎(ほのう)の色に例えられる

煽(あお)ぐ:         扇子やうちわなどを動かして風を起こす、扇(あお)ぐも同じ

       注)風で火を盛んにすることは煽(あお)ると表記する

双眸(そうぼう):      両方の瞳(ひとみ)、両目

犇(ひし)めき合う:     大勢の人が1か所に集まって、押し合うようにする

                あるいは、お互いに押し合って騒ぐ

水屋(みずや):       水を扱う所、台所、茶器・食器類を入れておく箪笥(たんす)のような形の
                戸棚、あるいは
洪水などの際に使用される避難用家屋 

     注)本書では事務所にある水屋であり、台所または洗面所と思われる

纏(まと)いつく:      からみつく、まつわりつく

喚(わめ)く:         大声で叫ぶ、大声をあげて騒ぐ

阻喪(そそう):       気力がくじけて元気がなくなること

     注)一方、粗相(そそう)は不注意や軽率さから過ちを犯すこと

一縷(いちる):       一本の糸、そのように細いもの、ごくわずか   
                   用例)一縷の望みを(に)かける

揶揄(やゆ):        からかうこと、なぶること、嘲弄(ちょうろう)

曙光(しょこう):       夜明けに東の空にさしてくる太陽の光

残滓(ざんし):       残りかす

翻弄(ほんろう):      思うままにもてあそぶこと、手玉にとること

懊悩(おうのう):      なやみもだえること、煩悶(はんもん)

2014年7月 4日 (金)

憧れのハワイ空路 ラナイ島(その5)

私はさっそくマネレベイ(Manele Bay)の前にあるフロポエビーチ(Hulopo'e)まで散策してみました。もちろん、私一人です。同行者はいつものように、「どんなところかよく見てきてね」と念を押されました。客室を出た通路をまっすぐ進むと本館前のプール脇に出ました。
 
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その先には芝生に覆(おお)われたスペースがあり、舗道(ほどう)は大きく左手に曲がります。
 
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Na Wahi Pana o Lana'i“(ナ・ワヒ・オ・ラナイ)へようこそと書かれた看板がありました。『”Palawai”(パラワイ)として知られるラナイ島のこの地域「フロポエ」はおよそ800年前にこの湾沿いに定住したハワイ人の故郷だった。何世紀にも渡って彼らの地域共同体は岩の多い傾斜地に広がっていた。岩の残骸(ざんがい)は一時この海岸線を覆(おおい)いつくした茅葺(かやぶき)住宅の基礎であった。古いハワイの壊れやすい名残(なご)りはナ・ワヒ・オ・ラナイ文化公園の一部として保存されている』と説明されています。
 
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未舗装となった散策路の下り坂がつづきます。前方のフロポエビーチに波が押し寄せています。
 
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振り返ると「フォーシーズンズ マネレ ベイ」の客室が見えます。オチビちゃん一家の部屋は写真の左端辺りです。
 
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白いテントの屋根が印象的な“Luwau Grounds(ルアウ・グラウンズ)はハワイの衣料品を売るショップのようです。
 
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何か催(もよお)し物があるようで、準備作業が行われています。
 
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『アルコール飲料をここから先へ持ち込んではいけません』と表示されています。”mahalo”はハワイ語で「ありがとう」を意味します。
 
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反対側には『プール施設は宿泊客専用です』とありました。この地点までがホテルの敷地のようです。
 
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フロポエビーチに到着しました。美しい白砂にヤシの木々が日陰を作るこの海岸は1997年に全米ナンバー1ビーチに輝いたそうです。いつのまにか雲が出てきました。
 
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明るい空とコバルトブルーの海が白砂と美しいコントラストになっています。
 
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この日は海が少しだけ荒れていすが、チェックイン時にフロント係から、『いつもは波が穏やかなため、気軽に海水浴を楽しむことができる』と聞いていました。
 
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ビーチにはピクニックテーブルやバーベキュー施設、トイレ・シャワーなどの施設も整っています。地元と思われる人の姿も見かけました。
 
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右手を見るとフロポ・ベイを見渡すことができました。突き出しているのはKaluako'i Point(カルアコイ岬)のようです。
 
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海岸付近までハシナガイルカがやって来ることが多く、冬期(12月~4月)にはザトウクジラを目にするチャンスもあるそうです。沖は禁漁区域となっており、ハワイ有数のシュノーケリング&ダイビングスポットとして人気を集めているようです。 アクティブな人はハワイで人気急上昇中のスタンドアップパドルボード(サーフィンのボードとパドリングを組み合わせたスポーツ)を楽しみ、のんびりしたい人は浜辺で日光浴することもこのビーチの魅力と思われました。
 
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ラナイ島での滞在が始まったばかりですが、ここで投稿を小休止して、別のテーマの記事を挿入(そうにゅう)します。(続く)

2014年7月 3日 (木)

憧れのハワイ空路 ラナイ島(その4)

海岸が近くなると、突然木立の間からいくつかの建物が見え始めました。そしてゴルフ場のような場所を通過して、左手の道に入ると緑地に囲まれた大きな建物が視界に入ってきました。これから宿泊する「フォーシーズンズ・マネレ・ベイ」(Four Seasons Resort Lanai at Manele Bay)の本館のようです。ラナイ空港から約15km/h(約20分)のドライブでした。マネレ湾のビーチに約300mと近いこのリゾートホテルに2泊する予定です。写真はその車寄せからアプローチ道路の方向を撮影しました。正面の建物はパビリオン(付属棟、Pavilion)です。
 
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ホテルの送迎車から降りると、レイ・グリーティング・サービスが待っていました。女性には美しい生花のレイ、男性にはティー・リーフのレイではなくて数珠(じゅず)にも見える木の実のレイでした。もちろん、オチビちゃんとコチビちゃんも大喜びです。
 
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後で調べると、ククイの実で作られたレイで、フラダンスを踊る時や、お祝い事のプレゼントにも使われるようです。ちなみに、ククイナッツの木はハワイ州の木であるようです。身の色には黒・ブラウン・ナチュラル(白っぽい色)があるとのこと。

 

次いで冷たい飲み物も
 
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エントランスホールから見たホテルの入口
 
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エントランスホールの先にある階段を下りたところにラウンジがあります。ホノルル空港のラウンジでチャックインの手続きを済ませていますから、ホテルのフロント係から宿泊施設の説明を受けるだけでした。レストランはその左だが、改装中なので右のレストランを使ってほしい、本館を海側に出ると一段低い場所にプールがあることなど。
 
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客室までの長い通路の脇にある大きなケージ(檻、おり)には白いオウムがいました。人の言葉をまねることが上手なのだそうです。このオーストラリア原産でレモン色の鶏冠(とさか)に特徴がある大型キバダン・オウム(Greater Sulfer Crested Cockatoo)の雄で、年齢が30歳以上、100語以上を覚えていると説明されています。ちなみに、“Hhau'oli”(ハウオリ)はハワイ語で「楽しい」「嬉しい」を意味するとのこと。
 
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もう一つのケージには”Ola”がいました。ハワイ語で「生命」「健康」を意味します。南米原産である”Blue-Fronted Amazon Parrot”(アオボウシインコ)はペットとして飼育される一般的なインコで、知的かつわがまま、長寿命であることから飼育が困難であると説明されています。同行者はこのインコにも片言の英語で話しかけますが、機嫌が悪いのか、発音が悪いのか、まったく反応がありません。
 
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その先は視界が広がりました。ハワイらしい亜熱帯の植物の緑がきれいです。
 
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もう一つケージがありました。“keokeo”はハワイ語で「白」を意味します。”Umbrella Cockatoo”は正式には“Cacatua alba“と呼ばれる中型の白いオウムで、インドネシアの島(熱帯雨林)に生息し、驚いた時にその鶏冠(とさか)を半円形に広げる性質があることからこの名前があるそうです。寿命は80年と長く、並はずれて人懐(ひとなつ)こいとのこと。他の鳥と同様、このホテルに来る前の飼い主の事情が詳しく説明されていました。
 
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エレベーターで1階下へ降りると、鯉(こい)などが泳ぐ池がありました。
 
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オチビちゃんとコチビちゃんはホテルのフロント係からもらった鯉の餌(えさ)をさっそくあげはじめました。全部あげるという2人はお母さんにたしなめられてしまいました。
 
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枡形(ますがた)のように折れ曲がる通路の先では壁がすべて天然の岩で装飾されていました。(振り返って撮影)
 
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池のある庭を回り込んで反対側に出ました。ホテルのフロント係はすぐ先の角部屋とその先の部屋へ私たちを案内してくれました。約10分もの時間をかけてホテル内を案内することもこのホテルのサービスの一つのようです。
 
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オチビちゃんの両親は同行者と私にオーシャンビューが最高の部屋を譲(ゆず)ってくれたようです。ビーチ全体が見渡せる申し分のない部屋でした。2人が滞在するには十分すぎる広さがあります。
 
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部屋の中から外の景色を撮影しました。うかつにもフラッシュを焚(た)いてしまったため、ガラスに反射した光も写っています。
 
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外に出るとフロポ湾(Hulopo Bay)の湾曲(わんきょく)した砂浜の先に岩礁(がんしょう)の半島が突き出しているのがよく見えました。その方向へ向かう散策路があるようです。
 
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オチビちゃん一家の部屋もほぼ同じですが、窓の方向が約45度違いますから、オーシャンビューは確かに劣(おと)っています。
 
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その代わり、私たちの部屋からは見ることができないホテルの左手にある尾根(おね)を望むことができました。海で切り立った崖になっているように思われます。
 
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(続く)

2014年7月 2日 (水)

憧れのハワイ空路 ラナイ島(その3)

ターミナルへ向かいました。
 
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屋根のトップにある大きな明り取り
 
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竹のような植物を編(あ)んで作られたオブジェ
 
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ガレージに使われるようなシャッターが開くと荷物が次々と運び込まれました。この空港では預けた荷物をほぼ手渡しに近い状態で受け取れるのです。
 
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無事に荷物を受け取ってから建物の外へ出ました。建物の屋根には“BAGGAGE CLAIM”(手荷物受取所)と表示されています。”CLAIM”は「要求」「請求」を意味しますが、多くの日本人が英語を話す時にもクレーム(CLAIM)を違う意味(英語のcomplaint、日本語では苦情)に使うことをシンガポールの友人に指摘されたことを思い出します。
 
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建物の横にある小さ目の駐車場にホテルの送迎車が停まっていました。アメリカらしい大きくて頑丈(がんじょう)そうなフォード車です。
 
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荷物は後部の荷物室に入れてもらいました。
 
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ラナイ空港は島の西部にありますが、島の中央部にあるラナイ市の中心部を経由して、島の南端にあるホテル向かう道しかないようです。島をL字型に走るコースですから、かなりの長距離ドライブになりそうです。ラナイ空港を出発して東方向って走ると、道路の周辺に草原が広がりました。並木のように続く立木は、ほぼ等間隔に生えていますから、きっと植樹したものでしょう。電線も見えますが、加工していない木を電柱として使っているものアメリカらしいと思います。私がアメリカの本土に住んでいた20年以上前にも近所でよく見かけました。
 
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車内から景色を眺(なが)める一行
 
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ほぼ一直線に東北東方向へ伸びる道(440号)はいくら走っても景色がほとんど変化しません。退屈しながらもよく見ると、立木がだんだん大きくなったように感じました。空港付近よりも早い時期に植樹されたのかもしれません。遠くには林が見えてきました。
 
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空港から約5km走ると、ラナイ島最高峰のラナイハレ山の山麓(標高約490m)にある島の人口(約3000人)が集中して住むラナイ市に入りました。周辺に住宅が散在する交差点を右折すると、あっという間にラナイ市を通り過ぎてしまいました。ほぼ真南へと続く道路は4kmほど先でまた右に折れるようです。草原の中に続く立木がそれを教えてくれます。『2回続けて右折すると、もと来た方向へ戻ってしまうのではないか』という変な心配が私の脳裏(のうり)に浮かびました。
 
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2回目の右折をした時に来(こ)し方が見えました。この先にラナイ市の中心部があったとは信じられない景色です。
 
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しかし、心配は無用でした。少し先で道は左へ折れたからです。そして、峠のような場所(外輪山の名残り)を過ぎると海が見えました。道路の周辺は飛行機から見たのと同じような荒地に変りました。
 
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遠くに島影(下の写真左)が見えます。隣のカホオラウェ(Kahoolawe)島かもしれません。
 
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曲がりくねった急坂を下りると、高山へでもドライブしたような景色(荒地)に変りました。こんなところに本当にホテルがあるのか心配になりました。
 
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(続く)

2014年7月 1日 (火)

憧れのハワイ空路 ラナイ島(その2)

出発時間である午後2時30分の20分ほど前に搭乗が開始されました。私たちが乗るアイランド・エア機は搭乗ゲートに一番近い場所に駐機していますから、タラップまで徒歩で向かいました。
 
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ドアを利用したタラップは最近珍しいと思います。アイランド・エアWP340便の使用機材はフランスとイタリアの航空機メーカーの合弁企業であるATR社のターボプロップ双発旅客機ATR 72-212。座席数約70席、巡行速度460km/hの小型機です。
 
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日本で戦後初めて製造された旅客機“YS-11”はターボプロップ双発旅客機であり、座席数が68でしたから、ほぼ同じだと言えるでしょう。約40年前に製造が中止され、残念ながら10年ほど前に日本の定期路線から引退しました。

 

アイランド・エアWP340便の機内に乗り込みました。
 
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窓から大きなプロペラが見えます。
 
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「安全のしおり」は英語の次に日本語、その下にちょっとだけ見えるのはハングル(韓国語・朝鮮語)です。観光客が多い順番でしょうか? あるいは英語が苦手な国民だと思われているのでしょうか? それを判断するヒントは、「英語ができない人は座席を替っていただくことがあります」という内容にありました。旅客機に乗る時のルールですが、非常口付近に座っている乗客は緊急時にキャビンアテンダントの手助けすることを求められることがあるからです。
 
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そんなことを考えているうちに、出発予定時間の数分前にプロペラが独特の爆音を響かせて回転し始めました。そして、しばらくウオーミングアップしたアイランド・エアWP340便の機体は定刻の午後30分から少し遅れてタクシーイングを開始しました。右手には誘導路を先行する他の機体が見えます。午後2時15分発のモクレレ航空MW1872便かもしれません。
 
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誘導路の脇にジェット戦闘機が2機、簡易型の格納庫に入っているのが見えました。ロッキード・マーティン社が先進戦術戦闘機計画に基づいて開発したステルス戦闘機(第5世代ジェット戦闘機)「F-22ラプター」のようです。5年前に横田基地で開催された「日米友好祭2009」の会場で、間近から実物を見たことがありますから、「F-22シリーズ」だとすぐ分かりました。沖縄とグワムに配備されていることは知っていましたが、ホノルル空港と滑走路を供用するヒッカム空軍基地(Hickam Field)にも配備されていることを知りました。ちなみに、愛称のラプター(Raptor)は猛禽類(もうきんるい)を意味します。
 
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長く伸びる誘導路をかなりタクシーイングした後に、WP340便は主滑走路を滑走(かっそう)し始めまるとジェット旅客機とは違う加速感が身体に伝わってきます。急速に高度が上がって右手に青い海が見えてきました。
 
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さらに高度を上げたWP340便は管制塔の横を通過
 
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別の滑走路が眼下に見えます。ちなみに、ホノルル空港には全部で6本の滑走路(陸上に通常の飛行機用が4本、海上に水上飛行機用が2本)があるようです。海に突き出したように見えるのが埋め立て地に造られた滑走路(リーフ・ランウェイ)です。海寄りにあるのは多数の軽飛行機とその格納庫のようです。
 
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白い航跡を残しながら疾走(しっそう)するモーターボートに牽引(けんいん)されるパラセールの赤と白に塗り分けられたパラシュートが鮮やかです。白いブイも確認できます。ここが水上飛行機用の滑走路かもしれません。
 
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さらに高度を上げると、機体は雲の中に入り、まもなく雲上に出ました。この様子ではナライ島の天気は良くないかもしれません。ただでさえ、天候が不安定な島だと聞いています。
 
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幸いにも雲がなくなると、眼下に島影が見えました。高度がかなり下がってきましたから、これがラナイ島のようです。ハワイにあるとは思えない殺風景な島のようで、これからオチビちゃんとコチビちゃんと一緒に楽しく滞在できるか、ちょっと心配になりました。
 
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縦横に区切られていますから畑のようですが・・。それにしても、人家はまったく見えません。
 
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高度がさらに下がると、整地された赤茶色の土地の上空に差し掛かりました。ラナイ空港の敷地に入ったようです。フェンスとともに白い燃料貯蔵タンクのようなものが見えます。
 
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滑走路が現れると、ジェット旅客機とは違う感触でスムーズに着陸。短い誘導を通ってエプロンに入ります。
 
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軽飛行機が2機駐機していました。
 
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ホノルル空港から約35分のフライトでした。乗降口は後部にありますから、乗客の最後として出口へ向かいます。
 
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ラナイ空港のターミナルは印象的なデザインです。屋根には太陽電池パネルが敷(し)きつめられているのが分かります。
 
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飛行機の方を振り返ると操縦席の後ろにある荷物室から預けた荷物を降ろしていました。
 
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燃料の補給が始まったようです。
 
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(続く)

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