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2014年7月 5日 (土)

池井戸潤著「M1(エム・ワン)」を読む

池井戸潤氏の小説を書かれた順に読むことを決めた私が2番目に手に取ったのは「M1(エム・ワン)」(2000年3月講談社刊)です。2003年3月 に「架空通貨」と改題されて講談社文庫として再出版されました。

 

M1(エム・ワン)」という意味不明な大きな文字のタイトルとともに、『硬貨に裏表があるように、金にも常に裏の働きがある。裏の働きとは、金を持つ者の心を支配するという働きだ。金の裏と表は、夢と絶望という言葉に置き換えてもよい』との文章が書かれた表表紙が私の好奇心を刺激しました。

 

                           ☆

 

主人公の辛島武史(からしまたけし)は小糠雨(こぬかあめ)が降る夜、中馬込(なかまごめ)にある自宅マンションで誰かを待っている。日付が変わる頃に電話が鳴った。女の声は黒沢と名乗った。辛島は近くの公園にいるという副担任をするクラスの黒沢麻紀のもとへ向かった。借りた近代日本史の本を返しに来たという黒沢を辛島は近くのファミレスに連れていった。黒沢の反応が薄いため意味をなさない会話が続くが、黒沢は唐突に社債について教師になる前は大手商社の社員であった辛島に質問した。

 

その黒沢が無断で家を出たことを母親からの電話で知らされた辛島は黒沢の部屋で手掛かりを探す。そして不渡りを出した黒沢の父が経営する黒沢金属工業が社債を所有する3社のなかから田神亜鉛株式会社が黒沢の狙いであると確信する。中部地方にある会社だ。辛島は夜を徹して中央自動車道を経由(多治見IC付近であることが終局で明かされる)して約400kmの距離にあるその会社へ向かった。到着したのは木曽川の中流域にある小さな田神町である。身分を明かすことでなんとか黒沢が宿泊する扇屋旅館を見つける。

 

黒沢が旅館に戻るまで辛島は田神亜鉛へ行ってみることにした。富田真樹男という経理課課長代理に会って話をするが、埒(らち)があかない。扇屋旅館にチェックインした辛島は町に出て、飲食店が散在する天神坂通りの食堂へ入る。そこで経営者風の横柄な男、須藤が商品券のようなものを使おうとして店の女将と揉(も)めるのを目撃する。黒沢が返してきた日本史の本に栞(しおり)のように挟(はさ)んであったものと同じであることに辛島は驚く。

 

旅館に戻ってきた黒沢から黒沢金属工業が持つ社債が少人数私募債(縁故債)であることを辛島は知る。非上場企業でも利用出来る直接金融の高度な手法である。この情報を得た辛島は田神亜鉛と交渉するという黒沢に同行することにした。午前11時に面談の約束をとってあった社長の安房正純(あぼうまさずみ)は多忙を理由に面談を断ったため、前日の朝に会った富田と再び面談することになった。しかし、富田は「期前償還(期限前償還のことか?)はできない」の一点ばりであり、辛島と黒沢の2人は引き下がるしかない。

 

落胆した黒沢は辛島を牧村商会へ案内する。前夜、商品券のようなもののことを良く知る人物を紹介すると言ったのは社長の牧村耕助であった。3年前まで黒沢金属工業で働いていて、先代社長が亡くなったため、その後を継いだと黒沢は辛島に説明する。牧村は田神札(たがみさつ)のことを話し始めた。西南戦争のとき西郷隆盛が資金繰り難を克服するために西郷札(さいごうさつ)とよばれる軍票を発行したことになぞらえてこの町では田神札(たがみさつ)と呼んでいるという。牧村から事前にこのことを聞いていた黒沢は辛島から日本史の本を借りたのだ。

 

80頁あまり読み進んだところで著者は辛島の口を借りて、「M1(エム・ワン)」が通貨供給量(マネーサプライ)のことであると説明させる。3人が天神坂通りにある小料理屋「かわ田」で夕食を摂ったときに、黒沢はその支払いに田神札を使ってみようと言い出して実行する。支配人は渋い顔をしながら、割引料を10%とする条件で田神札を受け取った。田神札は田神亜鉛と取引のある下請(したう)け会社間だけでなく、町の中でも流通していたのだ。

 

牧村に頼んで銀行員から田神亜鉛の決算書を3年分入手した辛島は、それらを徹夜で分析して、田神亜鉛で粉飾決算が行われていることを確信した。そして、第一回目の社債発行時には銀行主導による大型私募債(調達金額30億円)として主力の東京シティ銀行以下、三行が幹事を務めていたことも辛島は知る。辛島は田神亜鉛との交渉の手がかりを掴んだと思った。

 

辛島は黒沢とともに再び田神町へ向かった。田神亜鉛と交渉するためだが、その前にまず須藤不動産を訪れてその業務内容と田神札の流れを調べる。そして安房正純の自宅で張り込んで安房に会い。面談することを承諾させることに成功した。翌朝11時に田神亜鉛を訪れた辛島と黒沢の前に加賀翔子(しょうこ)という女性が現れた。以前、黒沢の家の前で見かけたメルセデスの女だ。

 

安房は急用ができたため、社債のことを含めて一切のことを任されている自分が対応するという。加賀は田神亜鉛の社員ではなく、東京で貿易関係の会社「加賀トレーディング」を経営しているが、田神亜鉛の資金グルを含めた財務コンサルタントを任されているとも説明した。辛島は決算書の数字で粉飾決済の可能性を指摘するが、加賀は取りつく島がない。

 

物語はここから加賀というミステリアスな女性を軸に展開しはじめ、中盤までの静かさとは打って変わり、終盤では予想もできないダイナミックさで意外な結末へと突き進むことになります。緩急(かんきゅう)を巧みにつけることで読者を力強く惹(ひ)きつけるストーリー展開は池井戸氏らしく、後日談を述べるエンディングは読者をほっとさせることも同氏ならではの手法と言えます。社債がキーワードとなっていますが、経済小説というよりも、面白い娯楽本としてお薦めできる小説だと思います。

 

                           ☆

 

本書を読んで印象に残った言葉とその意味を以下に列記します。

 

応(こた)える:       働きかけに添うような反応を示す

まろぶ:            ころげ回る  

蓮っ葉(はすっぱ):    態度や言動に品がない女性

仕舞屋(しもたや):    商売をやめた店舗

試錐(しすい):       ボーリング

塩固(えんこ):       化学リチウムを作る材料

一閃(いっせん):      ぴかっと光ること

前後に暮(く)れる:    途方に暮れる

梳(くし)き:         髪の毛を櫛(くし)でとかすこと

紅蓮(ぐれん):        紅色の蓮(はす)の花、猛火の炎(ほのう)の色に例えられる

煽(あお)ぐ:         扇子やうちわなどを動かして風を起こす、扇(あお)ぐも同じ

       注)風で火を盛んにすることは煽(あお)ると表記する

双眸(そうぼう):      両方の瞳(ひとみ)、両目

犇(ひし)めき合う:     大勢の人が1か所に集まって、押し合うようにする

                あるいは、お互いに押し合って騒ぐ

水屋(みずや):       水を扱う所、台所、茶器・食器類を入れておく箪笥(たんす)のような形の
                戸棚、あるいは
洪水などの際に使用される避難用家屋 

     注)本書では事務所にある水屋であり、台所または洗面所と思われる

纏(まと)いつく:      からみつく、まつわりつく

喚(わめ)く:         大声で叫ぶ、大声をあげて騒ぐ

阻喪(そそう):       気力がくじけて元気がなくなること

     注)一方、粗相(そそう)は不注意や軽率さから過ちを犯すこと

一縷(いちる):       一本の糸、そのように細いもの、ごくわずか   
                   用例)一縷の望みを(に)かける

揶揄(やゆ):        からかうこと、なぶること、嘲弄(ちょうろう)

曙光(しょこう):       夜明けに東の空にさしてくる太陽の光

残滓(ざんし):       残りかす

翻弄(ほんろう):      思うままにもてあそぶこと、手玉にとること

懊悩(おうのう):      なやみもだえること、煩悶(はんもん)

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