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2014年8月29日 (金)

村上春樹著「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」を読む(後編)

第11章 翌日の月曜日、午前10時半につくるはアカ(赤松慶)のオフィスを訪れた。BEYONDという自己啓発セミナーの会社をアカは経営している。アカの仕事は好きになれないが、地元ではもっとも成功した30代の独身男性として有名であることをつくるはアオから教えられたばかりである。

 

アカは大学を卒業して大手銀行に就職するが3年で見切りをつけ、サラ金の社長に見込まれて転職するが、そこでも上司との関係をうまく構築できず、自分の考えを生かすために自己啓発セミナーのプログラムを考案して、今はビジネスが順調に進んでいることをアカは話した。久しぶりに訪れたつくるの目的が昔の話であることアカは察知していた。

 

『事実は砂に埋れた都市のようなもので、時間の経過とともに砂がますます深くなっていく場合もあるし、逆に砂が吹き払われ、その姿が明らかにされてくる場合もある。この件はどう見てもあとの方だ』とアカはいう。『時間が経てば経つほど、俺たちはわけがわからなくなっていった。シロはおそらく心を病んでいた』と続けた。『シロは自分の音楽的才能が期待するレベルに届かないことで、プレッシャーを強く感じて、少しずつ妙なところが出てきた』とも。

 

音楽大学を卒業するとシロは、なぜか浜松に移り住んで、ヤマハ音楽教室に勤めた。シロが30歳になったころ、アカが仕事で浜松に出向いたときに有名な鰻屋でシロと会ったという。『新しい土地での生活を楽しんでいるように見え、シロにはもう妙なところは見受けられなかった。しかし、以前のようにきれいじゃなかった。昔はあったはずの熱い何かが、もう見当たらなかった』という。

 

『今ではひどいことをしたことをつくるにきちんと謝りたいと思っていた』とも。そして、自分自身の秘密をつくるに打ち明けたあと、『おれたちは人生の過程で真の自分を少しずつ発見していく。そして発見すればするほど自分を喪失していく』という。そして、つくるはアカのことを昔のように「おまえ」と呼ぶ自分を発見した。

 

第12章 その日のうちに東京の住まいに戻ったつくるは3日後に広尾の小さなビストロで沙羅に会った。食事をする間、つくるは名古屋で二人の旧友に会った経緯と、会話の内容を話した。沙羅はつくるにいくつもの質問をしながら、『あなたたちはそのサークルの完璧性の中に閉じ込められていたと考えられないか』と尋(たず)ねると、つくるは『ある意味でそうだったかもしれない』と答えた。アカが浜松でシロと会った話も沙羅の注意を惹(ひ)いた。自分の高校のクラスメートのことを思い出させるという。そして、できるだけ早くフィンランドに行ってフィンランド人と結婚したクロに会うようにつくるに勧める。

 

第13章 休暇が問題なくとれたことで、つくるはフィンランドへ行くことを決めた。ヘルシンキに4泊する予定で、クロには予告なしで直接会いに行くつもりである。沙羅が飛行機のチケットと、ヘルシンキのホテルの予約をしてくれることになった。出発前に一度合いたいという沙羅の言葉に、つくるは先にフィンランドに行った方がいいと申し出を断る。出発が近づいたある日、クロへの土産物を買うため青山に足を運んだつくるは少し休みたくなって表参道にあるガラス張りのカフェに入った。

 

青山通りから神宮間前に向けて緩(ゆる)やかな坂を下って行く沙羅の姿がつくるの目に入った隣にいる中年の男性と手を繋ぎ、心から嬉しそうな顔で会話する沙羅を見たつくるは胸の左側がキリキリと痛むのを感じた。部屋に帰ると、つくるはフィンランド行きの支度をしたあと、久しぶりにリストの「巡礼の年」のレコード(第1年のスイス)を旧式のレコード・プレーヤーのターンテーブルに載せた。その二面の冒頭にある「ル・マル・デュ・ペイ」を聴きながら、つくるはその音楽が灰田とシロと繋(つな)がっていたことを鮮やかに思い出す。

 

第14章 ヘルシンキの空港で飛行機から降りたつくるはタクシーで市内のホテルへ向かった。シャワーを浴び、服を着替えたつくるは沙羅の旅行社の現地オフィスを訪れ、女性コンシェルジュであるオルガのアドバイスに従って、市内のバスと地下鉄と市街電車で共通して使えるパスを買った。そして、空港で買ったプリペイド携帯を使ってクロの住んでいる市内のアパートメントに電話をかけたが、電話は留守番機能になっていた。

 

つくるはオルガの助けを借りてシロの一家(夫と2人の子供)がヘルシンキの北西にあるハメーンリンナという町の郊外にある湖畔のサマーハウスに滞在していることを知る。オルガのサポートで翌朝、レンタカーを借りることにしたつくるは、空腹を感じてピツェリアに入ってアイスティーとマルゲリータのピッツァを注文した。そして赤ワインのグラスも。つくるは沙羅のことを思った。ホテルの部屋に戻ったつくるはシロのことも思った。もう長いあいだ彼女の夢をみていない。やがて眠りは訪れたが、そこには夢はなかった。

 

第15章 真新しいフォルクスワーゲン・ゴルフを借りたつくるは高速道路を走ってハメーンリンナの街に12時前に着いた。つくるは街を散策し、それから中心の広場に面したカフェに座ってコーヒーを飲み、クロワッサンをひとつ食べた。広場の石畳を散策したあと、つくるは1時半にハアタイネン一家のサマーハウスに辿(たど)り着いた。クロの住まいを探しあぐねて道路沿いで途方にくれていたつくるを助けてくれたのは小柄な老人だった。林を抜ける車の轍(わだち)だけがある未舗装の道をその住まいまで案内してくれたのだ。つくるはクロの夫である陶芸家のエドヴァルト・ハアタイネントの歓迎を受ける。

 

第16章 2人の娘たちとの散歩から家に戻ったクロ(黒埜恵理、くろのえり)はつくると再会。クロの全体の印象は16年前、最後に見たときとそれほど変わりなかった。つくるを見ているクロの顔がほんの僅(わず)かに歪(ゆが)んで、『つくる?』とだけ言葉を発した。エドヴァルトは、『この子たちを連れて、町に行ってくるよ』と明るい声で言った。エドヴァルトが運転する白いヴァンが樹木の奥に見えなくなると、クロは目を細め、じっとつくるの顔を見た。そして、クロはつくるの問いに答えて16年前にシロに起きたことと、自身がフィンランドに来ることになった経緯を話し始めた。(以下省略)

 

第17章 二人はテーブルを挟んで座り、それぞれの胸にあることを交互に語った。(内容は省略)

 

第18章 余った2日間、つくるはヘルシンキの街をただあてもなく歩いて過ごした。そして土曜日の朝、東京に戻って、旅行バッグの中のものを片付け、ゆっくり風呂に入り、あとは何をするともなく過ごした。翌日の昼前、沙羅の住まいに電話をかけたが、電話は留守番モードになっていた。夜になって沙羅から電話がかかってきた時に、つくるはクロから止められたことをつい口にしてしまう。沙羅は3日くらいの時間がほしいという。そして3日後の夕方に会うことを受け入れた。

 

19章 新宿駅のプラットフォームで発着する電車を眺(なが)める多崎つくる(内容は省略)

 

                          ☆

 

長くて奇妙なタイトルに抵抗感があり、出版から1年以上経過した今になって、やっと本書を読む気持ちになりました。同じ村上作品の「ねじまき鳥クロニクル」や「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」のようなインパクトはありませんが、「ノルウェイの森」や「国境の南、太陽の西」といくつもの共通点する魅力があり、他の作品より読みやすくメッセージ性があり、村上春樹氏の代表作の一つになると思われる良書でした。

 

高校時代の五人の仲間との絆(きずな)と絶縁が16年経過した今も多崎つくるの心を支配し続けたとする設定は一見すると荒唐無稽(こうとうむけい)なことにも思われますが、私自身の大学生の時の経験と照らし合わせても人の心の傷は長く消えないことに共感を覚えながら、サスペンスドラマのような展開に惹(ひ)かれて一気に読み終えました。多崎つくると恋人である沙羅の関係がどうなるのかを明示しないエンディングは村上氏らしいのですが、つらい経験をした7年後に知り合った同居者に私が救われたように、つくるが沙羅さんと結ばれることを願いました。

 

奇遇でしたが、今週月曜日(2014年8月25日付)の毎日新聞夕刊で本書の関連記事が報じられました。それによると、英国エディンバラで開かれている国際ブックフェスティバルに8月24日に登場した村上春樹さんは、今月英訳版が発売された長編「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」について英紙の文芸担当記者との対談で、「傷ついた気持ちは長い間残る。この感情について書きたかった」と執筆の理由を明かしたそうです。ちなみに、本書はこれまでに中国語・韓国語・ドイツ語・イタリア語・スペイン語など10数か国語に翻訳されているようです。

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