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2014年8月28日 (木)

村上春樹著「色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年」を読む(前編)

ハードカバー本の白地の表紙には異常に長いタイトルの横に細長いカラーロウソクが9本-並ぶ本書(2013年4月15日文芸春秋刊)を手に取りました。英語タイトル”Colorless Tsukuru Tazaki and His Years of Pilgrimage”が併記された中表紙の次に来ると思った目次はなぜかなく、ストーリー展開をまったく予想することができない意外性を感じながらページを捲(めく)ると、『大学二年生の七月から、翌年の一月にかけて、多崎(たざき)つくるはほとんど死ぬことだけを考えて生きていた』と強烈な出だしに驚かされた。2011年12月に紹介した前作の「1Q84 BOOK3」から3年ぶりの村上春樹氏の長編小説です。

 

                             ☆

 

第1章の冒頭で、多崎(たざき)つくるが強く死に引き寄せられるようになったきっかけは、彼がそれまで長く親密に交際していた高校時代の四人の友人たちからある日、理由の説明もなく絶交を告げられたことだった。名古屋市郊外にある公立高校で一年生の夏に社会科の課題として取り組んだボランティア活動がきっかけで友だちになった同じクラスの男女五人のグループである。所定の活動期間が終わっても、グループは自発的に活動を継続し、学年が変わっても親密なグループであり続けた。

 

五人はおおむね似た環境で育ったことで共通点が多かったが、多崎つくる一人を別にして、他の四人は名前に赤青白黒と色が含まれていたこと、でつくるは最初から微妙な疎外感を感じることになった。他のみんなは当然のようにお互いを色で呼び合うようになったが、つくるだけはそのまま「つくる」と呼ばれた。そして、他の四人はそれぞれ個性的で魅力があったが、つくるだけはすべてにおいて中庸であり、色彩(個性)が希薄であった。しかし鉄道駅を眺(なが)めることが好きであることから周囲の人々とは少し違うとの自己認識は、少年時代から36歳になる現在に至るまで、人生のあちこちで彼に戸惑いと混乱をもたらした。

 

長めの導入部に続いて本編が始まる。36歳になったつくるは西関東地域をカバーする鉄道会社の駅舎を設計管理する部署に勤務していた。大手の旅行代理店に勤める2歳年上の木村沙羅(さら)と4度目のデートを恵比寿でしている。沙羅は、なぜかつくるの高校時代に興味を持って、五人グループのことを詳しく尋(たず)ねた。お互いの関係やグループの目的、他の四人は名古屋の大学に進学したのにつくるだけが東京にある工科大学の土木工学科に進んだこと、などについてである。

 

第2章では東京の大学生活におけるつくるの孤独な様子を説明。大学の休みには新幹線で名古屋に戻り五人グループの関係は何の変化もなかったが、大学2年生の夏休みに帰省した時に信じられないことが起きた。四人が全員つくるを避け始めたのだ。何度も電話をかけるが居留守を使い、代表格のアオから電話があり、誰のところにも電話をかけてほしくないと通告された。理由を尋(たず)ねるつくるにアオは「自分で考えればわかるんじゃないか」と哀(かな)しみと怒りを含んだ声でいう。

 

この経緯を聞いた沙羅は「真相を知りたいとは思わなかったの?」と聞くが、つくるは「それを目にするのがきっと怖(こわ)かったんだと思う」と答えるしかなかった。名古屋から東京に戻ったつくるを支配したのは、身体の組織が丸ごと入れ替わっていくような不思議な感覚だった。まわりの重力の質が変化しつつあるように感じられたのだ。東京に戻ってからの5か月、つくるは死の入り口に生きていた。

 

恵比寿のバーを出て沙羅と別れ、つくるは日比谷線に乗って自分の住まいに戻った。沙羅がどんなことを考えているのかはわからないが、自分が考えていることをすべて沙羅に話すわけにはいかなかった。何があろうと自分の外には出せない種類のものごとがあるとつくるは考えたのだ。

 

第3章 死の間際を半年間さすらったつくるは嫉妬(しっと)に苛(さいな)まれる夢を見たことがきっかけとなって死を真剣に希求(ききゅう)するのをやめて、まともな食事をとるようになり、大学のプールで泳いだり、ジムでマシンを使った運動を始めた。そして、数か月後に大学のプールで知り合った同じ大学の2歳年下の学生と知り合う。

 

第4章 それは物理学科に属する灰田文紹(はいだふみあき)である。お互いに好意を抱いた二人は一緒に泳ぐだけではなく、長い時間を一緒に過ごすようになり、お互いの個人的なことについて話し合うようになった。そして、つくるが住む自由が丘にあるワン・ベッドルームのマンションに遊びに来るようになった。音楽が好きな灰田はCDや古いLPレコードを持ってきて、二人で器楽曲や室内楽を一緒に聴いた。つくるはフランツ・リストのピアノ独奏曲集「巡礼の年」の第一年「スイス」の8曲目「ル・マル・デュ・ペイ」(郷愁)を聴いた時、高校の同級生の女の子がピアノでその曲をよく演奏していたことを思い出した。

 

灰田は料理も得意で、彼はよく食材を買ってきて、料理をしてくれた。二人は週に二回か三回夕食をともにした。週末の夜、灰田はつくるのマンションに泊まっていくようになり、二人は夜遅くまで話し込んだ。しかし、名古屋の四人の親友たちの話だけは注意深く伏せていた。ある土曜日の夜、死が話題になった時、灰田は自分の父親が学生時代に体験した不思議なことを詳しくつくるに話した。

 

第5章 哲学科の学生であった灰田の父親が大学を休学して放浪生活を送っていた時に知り合ったジャズピアニストと思われる緑川という男性から、「死を回避するには死のトークンのようなものを別の人間に譲り渡せばいいと」と聞かされたことを灰田はつくるに詳しく話した。(以下省略)

 

第6章 多崎つくるはメールを送って木元沙羅を食事に誘うと、シンガポールに出張していた沙羅はちょうど話したいことがあるという。沙羅が帰国した翌日の夕方につくるは南青山のフランス料理店で沙羅と食事をした。ワインと料理が一段落したところで沙羅は、「あなたの頭の中には何か別のものが入り込んでいることで、あなたは何かしらの問題を心に抱えている。でも、あなたがその気になりさえすれば、きっと解決できる問題だと思うの」と沙羅はいう。

 

そして、つくるの高校時代の四人の友だちの名前と進学した大学、当時の連絡先などを教えてほしいという。その人たちが今どこにいて、何をしているか、できるだけ詳しく調べてみるつもりだとも。

 

第7章 つくるがしばしば見る性的な夢が生々しく表現される。そこには高校の女友だちであったシロとクロが登場するのだが、ある時は灰田も現れたことでつくるを困惑させた。現実の世界では灰田とのいつも通りの時間が続いたが、ある日灰田の姿が大学から消えてしまい、つくるは高校の親友たちと同様に灰田もつくるのもとから突然去ったのではないかと思った。灰田の存在が消えてしまうと、その友人が自分にとってどれほど大事な意味を持っていたか、日々の生活をどれほど色彩豊かなものに変えていてくれたかを、つくるはあらためて実感した。

 

しかし、10日目につくるがいつものように泳いでいた大学のプールに灰田はひょっこり姿を見せた。やむを得ない家庭の事情があって秋田に帰っていたとだけ語る。そして灰田は以前と変わるところのない態度でつくるに接したが、つくるの夢に登場することはもうなかった。

 

第8章 灰田が最終的につくるのもとを去ったのは翌年の2月末、二人が知り合って8か月後のことであった。そして今回、彼はもうそのまま戻らなかった。灰田からの連絡がないまま春休みが終わり、学校の新しい年度が始まり、つくるは4年生になった。大学の事務局に行って学籍簿を調べてみると、灰田が休学届けを出していることが分かったが、休学の理由は個人情報であるとして教えてもらえなかった。灰田は彼の父親と同じ運命を繰り返しているとつくるは思う。

 

第9章 木元沙羅から携帯電話に連絡があった。この前会ってから5日目のことだ。仕事を早めに切り上げて、つくるは沙羅との待ち合わせ場所である銀座四丁目の交差点近くにある喫茶店に向かった。先に来ていた沙羅はプリントアウトした何枚もの紙が入った白い封筒をつくるに差し出した。インターネットを活用し、フェイスブック、グーグル、ツイッターなど可能な限りの検索手段を用いて、彼ら四人の人生の足取りを辿(たど)ったという。

 

アカとアオの現在の状況がそれでおおむね把握できたのは、彼らの従事しているビジネスに関連して公開された情報があったからである。クロについては愛知県立芸術大学工芸科関連のサイトで彼女の足取りをかろうじて辿(たど)ることができ、高校の同級生だと偽(いつわ)って自宅に電話し、母親から詳しく聞き出したという。シロの個人情報はまったく見当たらなかったが、過去の新聞記事がシロはもうこの世にいないことを教えてくれたと沙羅は説明。あえて簡潔にまとめたので、詳しいことはつくる自身が調べるようにと沙羅は助言する。こうしてつるるの巡礼が始まる。

 

第10章 つくるは5月の終わり頃に父親の法事のため、週末に繋(つな)げて休みを取り、3日間名古屋に戻った。最初の日に寺での法要と親戚との会食を終えたつくるは翌日の日曜日にアオを訪ねることにした。アオ(青海悦夫、おうみよしお)が勤めるレクサスのショールームは名古屋城に近い静かな一画にあった。優秀なセールスマンで多忙なアオが時間を取れる昼休みに会うことになった。近くのスターバックスで、アオはスコーンとカプチーノを、つくるはミネラルウォーターのボトルを買い、二人は近くの公園へ移動。

 

ひとしきり近況などを話し合ったあと、グループを追放された理由を何度も尋ねるつくるにアオは戸惑いながら思わぬことを明かした。つくるにはまったく心当たりのないことである。アオはつくるのさらなる質問に答えて、シロの死因についても教えてくれた。それはつくるにはまったく想像できないものであった。(続く)

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