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2014年9月 7日 (日)

池井戸潤著「空飛ぶタイヤ」を読む(前編)

2000年に発覚(はっかく)した三菱自動車工業(トラック・バス部門は後に三菱ふそうバス・トラックとして分社)社製大型トラックのタイヤ脱落による死傷事故と同社のリコール隠しをベースとしたこの長編小説は、「月刊J-novel」で2005年から2006年にかけて連載され、第28回吉川英治文学新人賞を受賞し、第136回直木三十五賞の候補作となりました。そして、2009年に衛星放送のWOWOWでテレビドラマ化(全5話)されています。今回、私が読んだのは2006年9月に実業之日本社より刊行されたハードカバー本(定価1900円+税)です。町並みを俯瞰(ふかん)しながら紙飛行機が飛ぶ様子を描いた表紙には、著者の名前と並んで、何とも奇妙なタイトル「空飛ぶタイヤ」の大きな文字が並んでいます。

 

                        ☆

 

序章 決して風化することのない、君の記憶

 

男は妻と結婚する前のことや結婚後間もない時に近くの高台にある公園で紙飛行機を一緒に飛ばしたことを回想しながら、駆けつけた病室で妻との別れが近づいていることを感じていた。そして、息子のタカシは母親の頬に顔を寄せて、頬ずりしながら泣いている。男は『ずっと一緒です。さよならは言わない。君のこと、愛してる』の言葉を心の中で繰り返している。

 

第1章 人生最悪の日々

 

赤松徳郎(とくろう)は菊名駅から乗った東急東横線の急行電車に揺(ゆ)られていた。赤松運送という中小企業の社長として通夜の席で遺族に謝罪したばかりだ。赤松運送のトレーラーが主婦を轢(ひ)いたのだが、正確には大手自動車会社のホープ自動車が製造している大型トレーラーから外れたタイヤが歩道を歩いている主婦を直撃したのだ。即死であった。主婦の名前は柚木妙子(ゆぎたえこ)という。一緒に手をつないで歩いていた小さな男の子は、転倒したときのかすり傷程度で済んだという。

 

自由が丘駅で大井町線に乗り換えた赤松は等々力(とどろき)駅で下車、徒歩10分の場所にある赤松運送の本社事務所へ戻った。2日前、大事な商談で取引先にいた赤松に古参社員で運行管理者を兼務する専務の宮代直吉(みやしろなおきち)から電話が入り、入社して半年の新参運転手である安友研介(けんすけ)が人身事故を起こしたとの連絡があった。事務所に急ぎ戻った赤松に宮代が現場に向かった総務課長の高嶋泰典(やすのり)からの報告を伝えた。

 

相模マシナリーから横浜市内の工場へ向かう途中、綱島から大倉山へ抜けていく緩(ゆる)いカーブでブレーキを踏んだ拍子に大型トレーラーの左前のタイヤが飛んで、歩道を歩いていた人の背中にぶつかったという。管轄(かんかつ)の港北警察署から要請があって出かけた赤松は、担当の刑事から数時間におよぶ事情聴取で、車両整備の状況や労働環境などを仔細(しさい)に聞かれた。業務上過失致死で逮捕されるとの赤松と安友の予想に反して二人とも逮捕されなかった。誰の責任なのかわからないからだ。しかし、マスコミの報じるニュースではどう見ても赤松運送が加害者だった。

 

陸運局の監査が数日間赤松運送に入り、徹底的な検査が行われたが、結果は減点なしであった。しかし、大事な顧客である相模マシナリーから運搬していた精密機械の納期遅延にともなう調整金(損失の穴埋め)の負担要求と仕事の発注を見合わせると通告されてしまう。自宅ではPTA会長を務める地元小学校に通う子供たちが同級生から父親は人殺しだと言われていることを知る。さらに追い打ちをかけるように、3000万円の運転資金融資を頼んだ東京ホープ銀行自由が丘支店にはコンプライアンスを理由に融資を実質的に断わられてしまう。

 

港北警察署の刑事からホープ自動車が事故車の部品を調査していることを聞いた赤松は、ホープ自動車のディーラーに調査状況を問い合わせてほしいと頼むが、ホープ自動車からは反応が返ってこない。三日目の朝、家宅捜査令状を持った港北警察署の刑事たちが赤松運送にやってきた。ホープ自動車は整備不良が原因であると結論づけたという。赤松運送は創業以来の危機に直面した。

 

第2章 ホープとドリーム

 

大手町にあるホープ自動車本社ビルの7階フロアにデスクを持つ販売部カスタマー戦略課の課長である沢田悠太(ゆうた)は赤松から「無責任な対応だ」と書かれた再調査依頼を受けた。警察の家宅捜査を受けた赤松の苦し紛(まぎ)れの悪あがきと考えた沢田は、「当事者には販社を通じて説明を徹底させること」のコメントを添(そ)えたその書類を怒りとともに決済箱に叩き込んだ。

 

赤松はディーラーから聞き出した調査の窓口である沢田へ何度も電話を入れるが居留守を使われてしまう。そんな折、営業に回った宮代から顧客から聞いたという車輪が脱落した他の事故の情報がもたらされた。そのトラックもホープ自動車のトラックで、ホープ自動車が行った調査で整備不良とされたことも同じだ。赤松は事前に連絡をとった上で、高崎市内にあるその児玉通運を訪れ、社長の児玉征治(まさはる)の案内で事故現場へ向かった。

 

その事故現場も緩(ゆる)やかなカーブであり、タイヤが外れることは考えにくい場所だった。ホープ自動車の調査結果はハブの磨耗(まもう)とされたことが大怪我(おおけが)を負った運転手と児玉通運との裁判で明らかになったが、児玉社長は半信半疑ながら認めざるを得なかったという。しかし、赤松からの電話をもらったことで、車両の構造的欠陥(けっかん)の可能性を感じ始めていることを明かした。そして、家宅捜査を受けてから約1週間が経っても赤松が逮捕されないのは立証できないからではないかとも付け加える。

 

ディーラーの担当者を説(と)き伏せて沢田課長と会う約束を取り付けた赤松が沢田を訪ねると、沢田は急用ができたとして課長代理の北村が代わりに対応するが、北村は取りつく島もない態度である。面談の結果を北村から聞いた沢田は、『もう再調査を依頼されても無視だな』といっただけで、赤松運送についてのことは頭からすっかり消してしまう。ところが、沢田のその判断に思いがけない波風が立ったのは、その晩のことであった。(続く)

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