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2014年10月11日 (土)

東三河の魅力探訪 豊川稲荷(前編)

設楽原歴史資料館の近く(北西へ徒歩5分)に再現された馬防柵があるようですが、そこには駐車場がないとのことですから、スルーして先を急ぐことにしました。次の目的地へ向かうには国道151号へ戻るべきですが、ちょっと道草を食ってみたくなり反対方向(北へ)800mほど走ると、前方に完成間近の新東名高速道路(延伸工事区間)が見えてきました。
 
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高架橋の下をくぐると、すぐ県道21号に行き当たりました。ここを左折するともう一度新東名高速道路の延伸工事区間(盛土)を通過します。高速道路下にあるトンネルはよくある箱型ではなくアーチ型をしています。
 
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県道21号から県道438号で国道151号へ出ました。
 
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国道151号は南西方向にほぼ一直線に伸びていました。東名高速道路の豊川ICを通過し、JR飯田線豊川駅の手前を右折して県道31号で西へ向かい、飯田線の踏切を渡ると豊川稲荷に到着しました。南西の角に近い豊川稲荷大駐車場(1日500円)に車を停めました。新城市から約15kmの距離です。
 
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駐車場から300mほど歩くと豊川稲荷前交差点に出ました。予想だにしなかった大きなスクランブル交差点です。初詣(はつもうで)客が多いことで知られる豊川稲荷だからかもしれません。
 
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豊川稲荷(とよかわいなり)の総門です。豊川稲荷の創立から214年後の明暦2年(1656年)に改築されたのち、現在の門は明治17年(1884年)に上棟改築されたそうです。ちなみに、豊川稲荷は曹洞宗(そうとうしゅう)の寺院で、正式名称は円福山豊川閣妙厳寺(えんぷくざんとよかわかくみょうごんじ)、日本三大稲荷のひとつとされます。
 
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門扉および両袖の扉は千年以上の樹齢を重ねた欅(けやき)の一枚板(高さ4.5m、幅1.8m、厚さ15cm)で、欅独特の如鱗(うろこ)のような木目は類い稀な木材として知られ、屋根は銅板鱗葺(うろこぶ)きであり、諸処(しょしょ、あちこち)に使用されている唐金手彫(からかねてほり)の金具は優れた技法を示しているそうです。

 

参道の先に山門(正面)とその右手に祈祷(きとう)の受付がある書院の最祥殿(さいしょうでん)があります。
 
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参道の右手には鐘楼堂と鎮守堂(右奥)が並んでいます。
 
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鐘楼堂(そうしょうどう)は、豊川稲荷(いなり)大本殿の落慶(完成)を記念し、昭和12年に浜松市大々講の寄進によって建てられたもので、総欅(そうひのき)材造りで近代の建造物としては優秀な結構(けっこう、全体の構造や組み立てのこと)として賞讃されているそうです。また、鎮守堂(ちんじゅどう)は、別名龍天堂(りゅうてんどう)ともいわれ、昔の神楽殿であったものを昭和5年春本殿の落慶開帳(らっけいかいちょう)に際し修築したものとのこと。

 

参道をさらに進むと山門(さんもん)が迫りました。『天文5年(1536年)に今川義元が寄進した建物で、豊川閣妙厳寺に現存する最古の建物。また、唯一の丸瓦葺(まるがわらぶき)造りの形をしている。寛政5年(1792年)に修理し、さらに昭和29年(1954年)にも大修理が行われた。左右の阿吽(あうん)の仁王像は昭和41年(1966年)に篤信者(とくしんしゃ)によって寄進されたものである』と説明されています。
 
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反対側(本堂側)から見た山門
 
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漱水(そうすい)舎手洗場とは水で口を漱(すす)ぎ、手を洗う場所、つまり手水舎(ちょうずしゃ)のことです。
 
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法堂(通称本堂)です。瓦葺(かわらぶき)二重屋根、十一間四面の大きさがあるそうです。
 
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『今から550年前東海義易禅師(とうかいぎえきぜんじ)によって創立されて円福山妙厳寺の中心を占める建物で寒厳禅師(かんがんぜんじ)が自ら刻まれた千手(せんしゅ)、千眼観世音菩薩(せんけんかんせおんぼさつ)の尊像を本尊仏として奉祀している。建物は総桧二重屋根瓦葺で重厚な外観を示す。内部は禅宗寺院特有の簡素な構造で朝、昼、晩の勤行(ごんぎょう)、仏事、法要、説教が随時行われる。現在の建物は、天保時代24世の住職によって新築されたものである』と説明されています。
 
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左手へ向かうと大きな「境内参拝案内図」がありました。本殿を経由して奥の院まで行けるようです。
 
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本殿への参道には寺院なのになぜか大きな石製の鳥居があります。
 
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鳥居から本殿までの参道は緩(ゆる)やかな上り坂になっています。
 
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参道を振り返ると法堂(通称本堂)が大きく見えます。そして、さきほどくぐった鳥居の先にもうひとつ鳥居が確認できました。
 
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本殿の両側に大提灯が
 
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狐も同様に控えています。
 
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常香炉(じょうこうろ)越しに見た本殿です。この本殿には、妙厳寺を開いた時から守護神として豊川叱枳尼眞天(とよかわだきにしんてん)通称「豊川いなり」のご本体が安置されており、全国幾千万のご信者の信仰の中心でありご祈祷の根本道場です。明治27年本殿の大改築が発願され、昭和5年に完成し落慶大開帳が行われたそうです。
 
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建物は総欅造、妻入二重屋根三方向拝の型をとり間口十間七分五厘(19.35m)、高さ百二尺(30.6m)、奥行二十一間四分三厘(38.59m)、丸柱直径八寸(24cm)のもの、直径三尺(90cm)のもの計72本が使われているそうです。(続く)

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