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2014年11月

2014年11月30日 (日)

臺灣縦断超速美食紀行 台南駅と台南大飯店

台湾鉄路管理局縦貫線の台南駅に到着しました。
 
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現在の駅舎は1936年に完成したもののようです。
 
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台南駅前には「民族英雄 鄭成功(ていせいこう)銅像」が立っています。
 
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台南駅の右後方にそびえる高層ビルの頂部に「百達」(ばいだー)と表示されていますから、百達文教中心(センター)かと思いましたが、駅に近い立地とタワーの高さから見て「香格里拉台南遠東國際大飯店」(シャングリ・ラ・ファーイースタンプラザ・台南、地上38階建)のようです。
 
 
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目的地は台南駅前にある台南大飯店
 
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ホテルのホールには古い写真が多数飾られていました。「環顧過往」は昔を回顧(かいこ)するという意味でしょう。そして、「1965年火車站前景緻」は1965年時点における鉄道駅の写真であることを指しているようです。
 
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階上にある広東料理レストラン「孔雀廳」(こんちゅえちょう)の円卓に飲茶(やむちゃ)料理が準備されていました。
 
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着席すると、シューマイ、各種餃子類やチャーシュー饅(まん)など、飲茶料理の蒸篭(せいろ)がいくつも円卓の回転台に並びました。
 
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大根餅は日本人の舌にはちょっと・・。
 
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各自、好きなものを小皿に取り分けます。
 
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飲み物は台湾ビールです。炒飯も少しだけ・・。
 
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煮玉子と小海老が入った野菜スープ
 
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空芯菜(くうしんさい)は同行者の好物。蕹菜(ようさい)とも呼ばれるようです。
 
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昼食に満足して台南大飯店を出ました。(続く)

2014年11月25日 (火)

メガネについての雑感

先週、私が40数年振りに入院して受けた手術が上手く行き、予定通りにわが家へ戻ると、近所のメガネ屋さんからメッセージが届いていました。10日ほど前に不具合が発生したメガネの修理が終わったと言うのです。この15年ほど愛用しているお気に入りのメガネも退院していたのです。

 

実は半年前(今春)、度が合わなくなったレンズを交換してもらった時に、メガネの蝶番(ちょうばん、ヒンジ)にヒビか入っているので、丁寧(ていねい)に扱うようにアドバイスされたことで十分注意していたのですが、突然メガネの片方のツル(テンプル)が折れた蝶番から外れてしまい・・・。

 

蝶番の小さなネジは見当たりません。止むを得ませんので、それ以外の部品を慎重に集めて、長年の付き合いがある近所のメガネ屋さんへ持ち込みました。店のスタッフと相談した結果、メーカーで修理してもらうことになりました。

 

退院した足でただちに、そのメガネ店へ向かいました。「どんな風に修理されたのか」と期待しながら目の前に出された私のメガネを手に取りました。蝶番の部分はまるで新品のように傷一つありません。その出来栄えに満足してメガネ全体を眺(なが)めると、先セル(モダン、あるいは耳パッド)にあったはずの小さな欠落が見当たりません。

 

私の様子に気づいた店のスタッフはおもむろに説明を始めました。「古くなった先セル・鼻当て(ノーズパッド)・蝶番用板バネ・ナイロール(メガネの上部リムとともにレンズを固定するプラスチック部品)がすべて新しいものに交換してある」とのこと。

 

蝶番の修理というよりも、メガネの全面的なオーバーホールであり、どこから見ても新品のメガネになっていました。あと何年使えるかと気にしながら使っていたメガネが完全に甦(よみがえ)ったのです。まさに「災い転じて福となる」でした。

 

ここからはメガネにまつわる私の履歴(りれき)です。

 

私がメガネと出会ったのは30歳代の終わりころでした。仕事にワープロをよく使うようになったためか、視力の良さが自慢だった私の目が近視になってしまいました。仕事に支障はありませんが、私の大好きなドライブを快適に楽しむため、始めてメガネを誂(あつら)えました。ですから、メガネを掛けるのは車を運転する時だけでした。

 

ほどなくアメリカの子会社勤務になりました。会社における私の個室にはアップル社製PCMcIntosh SEが初日から置かれていました。しかも、社内のPCはすべてアップルトーク(インターネット・プロトコルであるTCP/IPとは異なる)というネットワークでつながっていたのです。日本ではPCがまだ一部の専門スタッフしか使っていない時代です。

 

私は仕事を口実にMcIntosh SEの画面に向かい合う日々が続きました。そして、私の近視は徐々に進み、メガネの度が合わなってしまいました。評判の良いメガネ屋を秘書に尋(たず)ねると、彼女は「その前に申込書(Application)を書きなさい」と言うです。

 

意味を理解できない私に彼女は、「会社が契約している医療保険を利用すると標準的なメガネが無償で購入できる」と説明してくれました。フレームは2年に1回、レンズは必要があれば毎年でも新しくできる特典があると言うのです。アメリカは医療費が高いと聞いていましたから、私の驚きも2倍になりました。無償でメガネを買い替えたのは言うまでもありません。

 

話がメガネから逸()れますが、歯の治療も同様でした。中学生の時に治療した歯が30年振りに痛み始めました。評判が良いと聞いた歯科医を早速受診しました。治療は順調に進みましたが、一部の神経が複雑に折れ曲がっているため、それを治療できる神経の専門医を紹介してくれました。どれだけ高額な治療費を請求されるかと心配しましたが、治療費の合計は日本の保険治療より安いくらいでした。

 

5年間のアメリカ勤務を終えて帰国すると、社内の健康診断で老眼が見つかりました。ちょっとショックでしたが、処方箋(しょほうせん)を書いてもらい、会社が提携するメガネ屋でレンズを作ってもらいました。それが、遠近両用メガネとの出会いでした。

 

レンズの下部に小窓がある二重焦点レンズではなく、連続的に屈折率が変化するニコン製「バリラックス」を選びました。その後は乱視が加わり、近視の度が上がったため、3-5年でレンズを交換していますが、フレームの方は15年ほど前に現在のものと出会ってからは、予備用には違うタイプを買いましたが、ずっとそれを使い続けています。

 

今や手放せないこのメガネを大事にしながら、自分の身体の一部のように仲良く(大切に)付き合って行きたいと思います。

2014年11月22日 (土)

平野啓一郎著「生命力の行方〜変わりゆく世界と分人主義〜」を読む

11月16日の記事に書きましたようにブログ記事の投稿を1週間近く休止せざるを得なくなりました。それは突然降って湧(わ)いたような(まったく予期しなかった)災難が私に生じたためです。2週間前に受診した今年の健康診断の結果、精密検査(大腸カメラ)を受けることが必要になりました。その検査結果により、担当医から数日間入院して内蔵のプチ手術を受ける必要があると宣告さたのです。そして、今週初めに紹介された大学病院へ入院。患部が内臓の奥、しかも入り組んだ場所にあるため、念のため術後の経過観察が一両日必要とのこと。幸いなことに1時間半におよんだ手術と術後の状態はすべて順調で、予定通り5日間の入院で退院できました。そして、来週のフォローアップ健診時までに検体(切除した患部)が悪性でないことが確認されれば、病院からは無罪放免となり、今月末には完全に通常の生活へ戻れそうです。

 

今回の入院とは何の関係もありませんが、平野啓一郎氏(芥川賞受賞者)が提唱する「分人(ぶんじん)主義」の考えに興味を持つようになっていた私は、手にしたばかりの同氏著「生命力の行方〜変わりゆく世界と分人主義〜」(2014年9月30日講談社刊、1800円+税)を病室に持ち込みました。携帯電話やインターネットが使えないデジタル・デトックス(脱デジタル)環境での過ごし方を考えたのです。手術前から始まった点滴を受けながら、手術を受けた翌日から2日間で本書を読み終え、退院までにこのブログ原稿をまとめたのです。そのため、記事内容がややまとまりに欠けることは、なにとぞご容赦(ようしゃ)ください。さて、前置きはこの辺にしましょう。

 

                             ☆

 

本書の「まえがき 今、何が起きているのか?」で著者は、ITを通じて個人の内面から地球の裏側まで、かってないほど透明になったが故に、却(かえ)って「先行き不透明」な時代となったと感じられると指摘し、問題の本質は世界の一個性だろうと続けた。ボードレールが提唱した「多様性」を「生の必須条件」として尊重する考えを紹介し、この世界が存続しているのは、多様性に於(お)いて、その「生命力」が常に「移動」しているからだと彼の考えを説明した。そして、最近8年間に書かれた著者のエッセイ(50余編)と対談集(8編)で構成される本書は、文学・アート・エンターテイメント・時事問題、および自分が唱える分人(ぶんじん)主義を書いたものであるという。

 

それでは、まず筆者の考え方を知るために「1章 社会の生命力」からいくつかのエッセイを紹介しましょう。

 

一国民の大半が話題とするような情報が、従来はテレビを中心としたマスコミによって一斉配信されるものであったが、今も「話題化される性質」は、対面形式であろうと、ネット上であろうと、コミュニケーションを成立させる媒体(ばいたい)が話題であることに変わりない。

 

「顔文字考」では、携帯メールで多くの人が顔文字・絵文字を使用するようになったのは、それがこの新しい伝播(でんぱん)メディアのコミュニケーションに於(お)いて、有効であることを実感したからである。パソコン・メールに比べて、より「話し言葉」に近くならざるを得ない携帯メールの場合、身体言語の類型的な記号化である顔文字によって言表が補(おぎな)われなければ、コミュニケーションの失敗を招(まね)く恐れがある。

 

フランス・ブルターニュの小さな港町で開催されたシンポジウムに参加するために宿泊したホテルについて書いた「気にしないのも自由」は、ネット上におけるホテルの評判から率直で辛辣(しんらつ)なものや別の評価を引用して、民主的ではあるが、疲れる世の中だなと感じると書き始めた。日本人は「己(おのれ)の置かれた境遇のなかに満足を求め、現状に甘んじようとする風があるが、進取的な西洋人は、常により良き状態を願って已()まない」と谷崎潤一郎の言葉を引用する。しかし、著者にとっての「西洋人」たるフランス人の美質の一つは、「物事を大して気にしないところである。不便さと適当につき合っている」として、「ネット上の言論の自由は一定の暴力性と表裏(ひょうり)の関係である」と指摘する。

 

「2章 アート&エンターテイメントの生命力」に次ぐ「3章 文学の生命力」では、プロダクト・デザインの仕事をする主人公を「デザインと人間関係には似た発想ができる」との視点で描いた著者の小説「愛とは結局のところ、何なのか?-かたちだけの愛」を解説する。著者は「恋」と「愛」とを一旦区別して考える必要を感じたと明かす。「恋」とは、「会いたい」と相手を乞(こ)い求めて、短期的に燃え上がる感情である。それに対して、「愛」とはむしろ、一旦関係が結ばれた後に、長く持続する感情である。筆者はエッセイのテーマについて小説の最後に主人公が辿(たど)り着く結論を、読者一人一人に委(ゆだ)ねたいと結言する。

 

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いよいよ本題です。「1章 社会の生命力」から別のエッセイのポイントを詳しく説明します。

 

「生き辛(つら)さの原因は?-私とは何か、個人から分人へ」で著者は自らの「個人とは論」を概観する。「分人(ぶんじん)」とは人間を見る際の「個人より更に小さな単位」であるという。私たちは、日常生活の中で、当たり前のように多種多様な自分を生きている。常に、相手次第、場所次第であると。当たり前の話だが、個性的に、主体的に生きる自分という固定概念と矛盾(むじゅん)するため、この事実を軽んじ、否定しようとする。そして、その肝心(かんじん)の「本当の自分」が何なのか分からないことに思い悩み、苦しんでいると自らを省(かえり)みる。

 

筆者は問題は「個人」という概念にあると考える。そして、「個人」とは英語"individual"の翻訳(ほんやく)であり、語源のラテン語では「分けられない」という意味だったと解説。さらに、それが一人の人間を指す「個人」という意味に変化した背景にキリスト教という一神教の伝統を挙(あ)げる。つまり、神が一者であるからこそ、それと向かい合う人間も、唯一(ゆいいつ)の「本当の自分」でなければならなかったと解説する。

 

もう一つは論理学であるという。確かに、私たちの体は一個(脳ミソも一個)でそれを分けることはできないが、私たちが日常的に接しているのは多種多様な人間であり、一なる神ではない。そこで、著者が考えたのが、"individual"から否定の接頭辞"in"を取った「分人(dividual)」という概念である。一人の人間には、色々な顔がある。つまり、複数の分人を抱(かか)えている。そのすべてが「本当の自分」であり、人間の個性とは、その複数の分人の構成比率のことであると考えたのである。

 

筆者は、2030年代の宇宙飛行士が抱える秘密の顛末(てんまつ)を描いた近未来小説「ドーン」においてはじめてこの概念を用い、それに続く「かたちだけの愛」と「空白を満たしなさい」で深く掘り下げたことを明かした上で、「他者の多様性を認めるためには、まず自己の多様性を認めなければならない。それを肯定し得る思想を持つべきである」の言葉で締(し)めくくった。

 

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10代のころから重要なことを自ら決断する時にほとんど迷ったことがない私ですが、高校に入学してから大学を卒業するまでの7年間、あることについては自分の感情と意思のそれぞれが求めるものに大きな乖離(かいり)があることに戸惑(とまど)い続けていました。その具体的な内容には触れませんが、どちらが真の自分なのか分からなかったのです。今にして思えば、「結論(どちらを選ぶか、あるいはYES or NO)を出さないこと」が私の結論だったようです。それから40年以上が経(た)って当時の私の判断は間違っていなかったと思うようになり始めていたところで本書を読み、やっとその理由が「胸にストンと落ちた」のです。近いうちに、本書の中で著者の平野啓一郎氏が自ら紹介した「ドーン」や「空白を満たしなさい」などの著作も近々読んでみたいと思います。

2014年11月16日 (日)

臺灣縦断超速美食紀行 台南市の延平郡王祠(後編)

延平郡王祠が19世紀に福州式建築で建てられた当初の「開山王廟(びょう)」、および日本統治下に入った明治時代に「開山神社」(かいざんじんじゃ)と改名したあとの日本式拝殿、の外観を撮影した写真です。ちなみに、現在の建物は第二次世界大戦後に建てられたものであるとのこと。
 
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開山神社の神輿
 
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甘輝(かんき)将軍は鄭成功の異母姉を妻にした人物で、中国本土へ渡った鄭成功とその父親は彼を味方につけようとしました。韃靼(だったん、モンゴル)の軍に占領された明(みん)国を再興することが目的ですが、その複雑な経緯が近松門左衛門作の人形浄瑠璃および歌舞伎「国性爺合戦」(旧題:国姓爺合戦)で描かれています。ただし、その内容は史実と少し異なります。
 
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延平郡王祠を出て中国庭園風の公園へ向かいました。竜が玉に向けて水を勢いよく吐((はき)出しています。
 
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そして、池に架かる立派な石橋を渡ります。
 
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交差点に近い角地に鄭成功の石像がありました。
 
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重厚感のある像には圧倒されます。
 
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この鮮やかな花は?
 
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こんな花も見かけました。
 
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竹林の間から延平郡王祠が見えます。
 
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きれいに剪定(せんてい)されています。
 
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樹齢90年の榔楡(あきにれ、Chinese Elm)が目に留まりました。西日本にも自生する楡(にれ)科の樹木です。
 
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延平郡王祠の前を抜けて反対側へ向かうと、大きなモニュメントがありました。「明延平郡王祠修建記念」と刻まれていますから、終戦後に中国風の建物として建て替えられたことを記念しているようです。
 
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その先にあるユニークな外観をした建物は入口の上に「湖漆巴
円)」と表示されています。「湖漆」とは「金継」(きんつぎ)に使われる米を混ぜた漆(うるし)のことです。その「金継」は、割れたり欠けたりした陶磁器を漆で接着し、継ぎ目に金や銀、白金などの粉を蒔()いて飾る、日本独自の修理法。ちなみに、修理後の継ぎ目を「景色」と称して破損前と異なる趣を楽しむそうです。「巴」はくっつけることで、「(円)は良い状態を指しますから、日本語の「金継:と同じ意味でしょう。つまり、ここは陶磁器博物館と思われます。
 
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門の裏側を撮影して明延平郡王祠を後(あと)にしました。
 
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唐突(とうとつ)ですが、私事都合により記事の投稿を数日間休みます。(続く)

2014年11月15日 (土)

臺灣縦断超速美食紀行 台南市の延平郡王祠(前編)

高雄市から北上した中山高速公路(国道1号)の台南ICを出ます。
 
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インド風の白亜の建物はお寺のようです。
 
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国道1号に入り台南空港の東側を北上して、台南駅の南南西約1kmにある明延平郡王祠(みんいぇんぴんちゅんわんつー、日本語読みは「えんぺいぐんおうし」)に到着しました。台湾を拠点に明朝の復興運動「反清復明」を行い、オランダ支配から台湾を開放に導いた民族的英雄・鄭成功(ていせいこう、ちぇんちぇんこん、朱成功)を祀(まつ)る廟(びょう、寺)です。明の皇帝の姓である「朱」を授けられたことから、「国姓爺」とも呼ばれます。ちなみに、鄭成功は日本人の母を持ち、江戸時代初期(1624年)に日本で生まれた人物で、近松門左衛門が書いた人形浄瑠璃「国性爺合戦」(こくせんやかっせん)の主人公のモデルです。後に歌舞伎にもなっています。
 
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門を潜(くぐ)って境内に入りました。「忠肝義膽(胆)」(忠義一徹の心の意)と刻まれた鳥居があるのは日本の台湾領有後に開山神社と改称したことに因(よ)ると思われます。「前無古人」とは「前例のない昔の人」、つまり忠義の臣下(しんか)であることを意味しています。
 
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建物の前にガジュマルの大木と狛犬(こまいぬ)
 
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中庭から見た本殿
 
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本殿には「振興中華」の額が掛かっています。
 
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鄭成功が臣下を従えている様子が多数の像で表現されています。強そうな臣下たちと対照的に、鄭成功は整った顔立ちに気品が感じられます。
 
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ここにも狛犬が
 
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鄭成功の母親である田川松(たがわまつ)さんも祀(まつ)られていました。
 
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田川松さんは美しい日本女性だったようです。
 
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こちらは鄭成功の幼年期を表現した母子像
 
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「儲蔵室」とは「収得品の収蔵室」のことで、「非工作人員、請勿進入」は「従業員以外は入室しないでください」という意味でしょう。
 
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釣瓶(つるべ)井戸と水瓶(みずがめ)は日本人にも懐(なつ)かしさを感じさせます。壁に貼られた注意書きには「観光客は井戸の上に載ったり、写真を撮影したり、水で遊んだりしないように。井戸の水を大切に使ってください」など事細かに記述されています。
 
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(続く)

2014年11月14日 (金)

臺灣縦断超速美食紀行 高雄市の澄清湖(後編)

次は七重の塔である「中興塔」(高さ43m、179段)
 
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「中興塔」は何か由緒がありそうですが、台湾(中国)風の外観に造られた単なる展望台です。
 
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急な螺旋(らせん)階段を7階まで上がることにしました。
 
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休みながらやっと辿(たど)りついた最上階(7階)から高雄市の市街地を望むことができました。この写真はほぼ真南方向(烏松区から鳳山区にかけて)の景色です。
 
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眼下(北西方向)には高雄ゴルフクラブのコースが広がっています。写真の左端に先ほど脇を通過した「長谷世貿大楼」が確認できます。
 
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ゴルフ場の先(写真中央)には展望台のようなものが設置された純白の塔が見えます。
 
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北の方向へもゴルフコースが広がっています。
 
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こちらは北東方向の展望
   
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「中興塔」の最上階(7階)の天井には竜と孔雀をモチーフとしたデザインが施してあります。
 
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駐車場に停まるバスに戻って次の目的地へ向かいました。元来た道を戻って、高雄市の中心部を南北に貫く中山一路を南へ走りました。そして、民族一路沿いに建つ「長谷世貿大楼」が左手に見えます。
 
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高雄芸品館(高雄百貨公司)に到着。大同二路と河東路の交差点近く、高雄アンバサダーホテルからもほど近い場所です。
 
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日本人観光客を対象とした大型土産物店です。
 
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かなり広い店内は台湾の名産品で溢(あふれて)れていましたが、事前に心づもりしていた商品だけを選ぶことにしました。身体に良いと言われる「北投石(ほくとうせき)のブレスレット(腕輪)」です。前者は台湾北部の北投温泉だけで採れるラジウムなどの放射性物質を含んだ天然鉱石を使っています。北投温泉以外では癌(がん)に効用があるといわれる秋田県の玉川温泉だけで産出されるそうですが、1952年(昭和27年)に特別天然記念物に指定されたため、現在は採集が禁止されています。

 

同行者は言葉巧(たく)みな店員さんに載(の)せられてしまい、同行者が気に入ったのは16個の北投石と最高級のルチルクォーツをあしらった女性用のブレスレットでした。かなり高価なものであることを覚悟したのですが、何ということか同行者は店員さんと一緒になって私もブレスレットを買いなさいと言うのです。19個の白っぽい北投石だけのブレスレットですから、値段は同行者が選んだものの3分の1程度ですが・・・。トホホ! あとは毒皿状態で、ドライフルーツなどを手提(てさ)げ袋が一杯になるまで買い込みました。下の写真は2人が購入した「北投石のブレスレット」です。
 
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交差点で面白い造形を見かけました。オブジェかと思いましたが、MRT紅線(レッド・ライン)と橘線(オレンジ・ライン)が交差する美麗島駅(地下)への入口のようです。
 
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道路脇にトピアリを見つけました。旧正月(春節)の際に「逆さになった福の字」を飾ると福があるという中国の習慣です。「春」を逆さまにしているのは新しい春が来ることを祈っているのでしょう。
 
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(続く)

2014年11月13日 (木)

臺灣縦断超速美食紀行 高雄市の澄清湖(前編)

建工路にそれて東へ向かい、中山高速公路(どうろ)の下を潜(くぐ)ると、ほどなく次の目的地に到

着したようです。高雄駅から北東へ約4kmの距離にある人造湖「澄清湖」は台湾の西湖(中国・杭

州)といわれる景勝の地で、清湖八景と呼ばれる名勝があるようです。の先にはいかにも台湾風

の建物(竜宮城もかくやと思わせる)が2つ並んでいます。いずれも水族館で、右手が「海水館」、

左が「淡水館」です。
 
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バスに乗ったまま門を通過します。入場料はNT$100(約360円)。高雄市民は身分証を見せれば

園が無料になると表示されています。
 
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淡水館の前にあるトピアリのように樹木の造形が目を惹(ひ)きました。
 
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湖畔の道路を500mほど進んだ場所でバスから下車して、遊歩道を歩きました。
 
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養蜂箱のようなものが多数あると思いましたが、その通り蜂蜜農園の「蜜蜂生態区」でした。ちなみ

に、「区」はすでに説明したように「区域(エリア)」を指します。
 
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台湾らしく養蜂箱は3色に塗り分けられています。
 
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実演が始まりました。
 
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木陰には休憩する人たちが
   
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そして、白鷺(しらさぎ)も
 
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澄清湖を見渡せる場所に出ました。湖を横切る橋は九曲橋です。蓮池譚にあったものより大規模な

ですが、このアングルからは折れ曲がった形が確認できません。
 
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九曲橋を見るため展望台の「陶然閣」へ上がることにしました。「陶然」とは「うっとりとすること」を意味する言葉です。
 
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「陶然閣」と彫られた板には「中華民国76年4月」(中華民国暦)とありますから、中華民国が大陸で健国された1912年から76年が経過した1988年に建てられた施設のようです。
 
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陶然閣の展望所から見た澄清湖には立ち並ぶ高層マンション群が「逆さ富士」のように写っています。
 
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立木が視界を塞(ふさ)いでいるため、九曲橋はほんの一部しか見えません。
 
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そこで、九曲橋へ向かいました。これまでしつこいほど台湾語(中国語)を解説してきましたから、「禁止餌食魚類 以免汗染水源」の意味はほぼお分かりになると思います。「汗染」は「汗のしみ」ですが、この場合は「汚す」という意味でしょう。「以免」(いーみあん)は「~しないように」を意味します。ちなみに、澄清湖は水道の水源としても使われているようです。
 
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九曲橋の全景です。遠方に見える中国宮殿式の豪華な建物は「高雄澄清湖圓(円)山大飯店(グランド・カオシン)。ちなみに、「飯店」は飲食するレストランを指すこともありますが、通常はホテル(餐館)を意味する香港と台湾で多い表現です。一方、中国本土やシンガポールなどでは酒店(飲み屋を指すこともある)とすることがおおいようですが、それほど厳密に使い分けられている訳ではなさそうです。
 
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九曲橋を少し歩いただけで遊歩道を戻ります。
 
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こんな花が遊歩道脇で咲いていました。
 
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(続く)

2014年11月12日 (水)

臺灣縦断超速美食紀行 高雄市の愛河

ホテルの自室から見た九如二路(国道1号)です。前夜、缶ビールを調達したファミリーマート(全家便利商店)が右手に見えます。
 
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集合時間より少し早めにホテルの玄関前に出ました。九如二路の車道脇には「招呼站」(有料の駐車スペース)が並んでいます。
 
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ほどなく昨日と同じバスが到着しました。これは西方面、つまり高雄駅の方向を撮影した写真です。道路の向かい側に建つクリーム色の建物には「益大商旅」と表示されています。「商旅」(しょうりょ)は旅商人を意味する言葉ですが、この場合は飯店(ホテル)あるいは商務旅館(ビジネスホテル)を指します。
 
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バスは九如二路から右折した民族二路の高架でTRA(臺鐡の在来線である縦貫線)を越え、さらに建国二路経由し、中山一路へ入って南へ向かって走ります。民族二路の高架から周辺に立ち並ぶ高層マンションが見えますが、窓から差し込む朝日でフロントガラスに写り込みが発生してしまいました。
 
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中央公園の手前で民生二路へ右折します。前方に見える高雄市で一番高い「高雄85大樓」(シンテックス・スカイ・タワー、地上85階、地上高347m)は台北市の台北101が完成するまで台湾で最も高かったそうです。成功一路が三多三路と交差する付近にあります。そして、交差点内に置かれた台の上に日本ではかなり前から見られなくなった交通警官が立っていました。
 
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中華三路を横切る交差点にも交通警官がいました。
 
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「愛河風景区」の案内標識の先に奇妙な形をした巨大なオブジェが見えます。
 
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アングルの見にくいのですが、それは龍と魚の合体(龍の首を持つ魚)した中国伝説上の動物「鰲(ごう)」の彫刻(高さ25m)でした。対岸から見やすいように愛河の方向を向いています。ちなみに、ランタン芸術フェスティバルが開催される旧正月の夜間には、下の台座から照明され、口から煙を吐(は)くそうです。写真右下に愛河周辺がライトアップされた様子を紹介する写真があります。
 
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その右手にはこんな表示がありました。「愛河」(あいほー、日本語読みは「あいが」)と掛けた洒落(しゃれ)なのでしょう。
 
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愛河の河畔に出ました。木製のプロムナード(遊歩道)にアウトドア・カフェのテーブル席が続いています。対岸にも同様のプロムナードと船着き場が見えます。
 
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高雄市立歴史博物館の後方にある壽(寿)山に、パラボラアンテナが取り付けられた電波塔と、その右手に白い建物のようなものが確認できました。昨夜、夜景を見るために訪れた展望台があります。
 
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下流の方向を振り返りました。遠くに見えるのは昨夜壽山を下りてから渡った高雄橋のようです。左端に少しだけ写るのは「鰲(ごう)の彫刻」の台座。
 
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「愛河」の景點紹介(観光紹介)には、五福路の高雄橋(地図の右上)から上流にある中正路の中正橋・七賢路の七賢橋・建国三路の建国橋(地図の左下)まで、高雄市の中心部を流れる「愛河」が整備されている状況を説明しています。主題は「鰲躍龍翔」。直訳すると「鰲(ごう)が跳(は)ね、龍が空高く飛ぶ」であり、高雄市の脱皮と発展を祈願(きがん)して2001年に建てられたようです。英語の解説は“ThemeSoaring Dragon Fish Statue”(主題:飛翔する竜魚像)とそっけないものですが、「龍門を越えて跳ねる魚」を意味するとも書かれていました。鯉(こい)などの魚が登り切れば竜になると言われる黄河中流にある急流の「竜門」を指しているようです。日本でも「登竜門」(とうりゅうもん、立身出世の関門)としてよく知られる言葉です。
 
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こちら側の河畔にも浮き桟橋(さんばし)を使った船着き場がありました。
 
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「愛之船」と大きな字で表示されたこの建物が愛河リバークルーズの乗船券売り場のようです。午前9時半と時間が早いせいかまだオープしていないようです。「国賓站」は高雄国賓大飯店の近くにある船の駅(船着き場)であること指しているのでしょう。
 
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こんなモニュメントもありました。
 
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愛河のプロムナードを少し散策したあとは、民族一路・二路を経由して次の目的地へと向かいました。高架橋「族橋」の前方に見える高層ビルは中国建築の様式を現代風にアレンジした「長谷世貿大楼」(痴女50階、地上高焼く226m)です。
 
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交通信号が青に変わった直後の様子です。バークとスクーターの多さはベトナムのホーチミン・シティ(旧サイゴン)の市街地を想起させます。
 
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(続き)

2014年11月 9日 (日)

臺灣縦断超速美食紀行 高雄市の六合夜市(後編)

照明された看板には「焼烤臭豆腐」「台味臭薯條」と大きく書かれています。前者は発酵(はっこう)させた漬け汁に一晩つけた臭豆腐(しょうどうふ、日本語読みはしゅうどうふ)の串焼きで、離れた場所でも独特の匂いを感じます。後者は薯(いも)と條(細長い物あるいは棒を意味する)の漢字が組み合わせですから、フレンチフライ(フライドポテト)のようなものを想像しましたが、じつはこれは臭豆腐のスティックでした。「台味」は台湾風の味付けを指すのでしょう。「流行小吃(りゅうしんしゃおち)」(写真右端)は人気B級グルメを意味します。「一份40元・三份特価100元」は、一本がNT$40(約140円)ですが、三本ならNT$100(約360円)に値引きすることを強調しているのです。ちなみに、「份」(ふぇん)はいくつかに分割した部分を意味します。看板の中央にある「哈+口偏に都」は(はどぅ)と読めますが、店の名前でしょうか?
 
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「土耳其(とぅえるき) 冰淇淋(びんじりん)」はトルコアイスクリームで、1個NT$60(約220円)とやや高めの値付けです。10年以上前には和歌山県潮岬に近い紀伊大島で、今年5月には代々木公園(シンコ・デ・マヨの会場)で、この伸びるアイスクリームを食べたことがあります。ちなみに、「好呷(ほーちゃー)」は台湾語で「おいしい」を意味し、北京語の好吃(はおつー)と異なる表現です。「不好呷免錢」、つまり「美味しくなかったら料金を取らない」と宣言しています。
 
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六合夜市の外れが近くなると、人込みが少なくなり、歩きやすくなりました。
 
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そして、ここが六合夜市の西の端(車止めの外側から撮影)です。Uターンして出発地点まで戻ることにしました。
 
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大きな水槽の底に大小の蝦(えび)が密集しています。大きいのはNT$300(約1100円)、小さいのはその半額と表示されています。「蠔」は牡蛎(かき)のことですから、「烤生蠔」は焼き牡蛎で、1人前の値段はNT$200(約720円)。「烤小巻」は焼いた巻貝のことで、一人前がNT$150(約540円)。「大鰻魚」は大きな鰻(うなぎ)で、一人前の値段はNT$300(約1080円)。「魷魚」(ようゆー)は「槍烏賊(やりいか)あるいはスルメ烏賊」を表し、一人前がNT$150(約540円)。そして、「鮑魚」はもちろん鮑(あわび)のことです。一人前がNT$300(約1080円)。
 
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六合夜市の観光案内所のようです。「台湾の十大夜市に選ばれた」と台湾語(中国語)で書かれた下に、英語で「台湾のナンバーワン夜市です」と自賛しています。
 
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「東山鴨頭」は高雄でも有名な店のようです。「鴨頭」(やーとう)は、野生の「鴨」(かも)ではなく、家禽(かきん、家畜)である鴨(アヒル)の頭を意味します。頭だけではなく、足などの部位を甘辛(あまから)く煮込んで揚(あ)げたものだそうです。これを食べるにはかなりの勇気が必要でしょう。
 
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「風螺」(ふぇんるお)は意味がまったく想像できません。「螺」はネジを意味する漢字ですが・・。調べてみると、巻貝のことも意味するようで、「焼酒螺」(しょーちゅーれー)は小さな巻貝を酒蒸しにしたものでした。いろんな種類が並んでいますが、プレートに表示されているのは唐辛子(とうがらし)による辛(から)さのグレードで、大辣・中辣・小辣・無辣に分かれていました。「鳳螺」(ふぇんるお)は「ばい貝」のことです。
 
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果物を売る屋台には「珍球果」「彩虹果」(写真手前)や「牛奶釈迦」(上段に写る牛乳釈迦頭)など珍しい名前の果実が並んでいます。中段左側の赤い果物は蓮霧(れんぶー)、同右側は「椰子の実」でココナツミルクを飲むためのストローが付いています。ちなみに、「不要捏」(ぶやおにぇ)は「摘まむな」という意味です。
 
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六合夜市を30分あまり散策したあと、宿泊するホテルへ戻る途中、バスは高級ホテルである高雄国賓大飯店(高雄アンバサダーホテル)に立ち寄りました。
 
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そして、この日に宿泊する立多大飯店BEST HOTEL)に到着。TRA(臺鐡の在来線である縦貫線)の高雄駅の東約600m、九如二路沿いです。アンバサダーホテルと比べるとかなりグレードが下で、日本のビジネスホテルよりわずかに上と言ったところでしょう。
 
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フロントもカジュアルな雰囲気です。
 
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ホテルから提供されたのは3階にあるツインベットの部屋でした。コンパクトな部屋ですが、清潔感がありますから、一泊するだけにはこれで十分です。部屋の大きさの割に洗面所と浴室が極端に広く、バスタブの他に専用のシャワールームがありました。とは言っても、室内の冷蔵庫内は空で、一階ロビーのベンディングマシン(自販機)はソフトドリンクしか売っていませんので、筋向いにあるファミリーマート(全家便利商店)へ缶ビールの買い出しに出かけました。
 
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翌日の朝食は2階のカフェテリアでのバイキングです。前日の夕食はかなり食べすぎましたので、台湾粥(かゆ)を中心に軽めの内容にしました。
 
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同行者も同様です。
 
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ここまで一気に投稿してきましたが、小休止することにします。(続く)

2014年11月 8日 (土)

臺灣縦断超速美食紀行 高雄市の六合夜市(前編)

中華四路と中華三路を北進したバスが六合二路との交差点を右折する時に、2階建てのバスから六合夜市(りうほーいえしー)の全景を撮影しました。果てしなく続いているように見えます。ここで、プチ情報です。台湾では市街地の長い道路は主要道路との交差点を境界として、いくつかの区間に分け、北あるいは東から追番を付けられています。つまり、中華三路は中華路の北から3番目の区間で、六合二路は六号路の東から2番目の区間です。また、市街地で東西に延びる道路には南から順に追番(1-10)が振られています。つまり、六合は南から六番目の主要道路と言えるでしょう。
 
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交差点の脇に立つ案内看板です。夕食を済ませたばかりですから、見物するだけにしました。ちなみに、この六合夜市の長さは約380m。

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六合二路を通行止めにして、明々と照明された屋台が左右に計2列並んでいるようです。
 
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さっそく、六合夜市に足を踏み入れました。2列並ぶ屋台の中央にはテーブルとイスがぎっしり並べられ、飲食を楽しむ人たちが座っています。屋台の後方に看板が確認できる通常の飲食店が出す本格的な料理と、屋台が提供する手軽な料理である小吃(しゃおち)とはうまく共存しているのでしょう。右手前の屋台に「檸檬愛玉冰」の文字が見えます。「檸檬」はレモンで、「愛玉」は愛玉子という植物の種から作るゼリーですから、それらに氷を入れたものでしょう。その「愛玉冰」および疲労を取ると言われている薬草「仙草」をゼリーにしたものに氷を入れた「仙草冰」はいずれもNT$20(約70円)であると表示されています。
 
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この屋台には生の蛤(はまぐり)・小海老(こえび)・牡蠣(かき)などが並んでいます。好きなものを選んで調理あるいは茹(ゆ)でてもらうのでしょう。ところで、左端の食材は貝とスライスされた蛸(たこ)のように見えますが、何であるかは確認できませんでした。
 
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これは鰡(ぼら)の卵巣で作られた高雄名産の唐墨(からすみ)で、台湾語で「烏魚子」(おーひーじー)と表示されています。これも屋台で焼いてもらって食べるのでしょう。ちなみに、唐墨はもともとギリシャやエジプトで作られていたものが、中国を経由して日本へ伝わったそうです。名前の由来は唐(中国)の墨に形が似ていたことに因(よ)ります。
 
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粽(ぞん、日本語ではちまき)を売る屋台の看板には日本語風に「六十年老店 祖傳の好滋味 老牌」「焼肉粽・花生粽」と大きく表示されています。老牌(らおはい)は「古くから名の知れた」という意味です。また、「焼肉粽」は豚の焼肉を、「花生粽」は落花性(ピーナッツ)を、それぞれ入れた粽です。もち米を使った料理である粽は1000年ほど前に日本へ伝わりましたが、もち米の形を留(とど)めた原型(日本の赤飯と同様)とは違い、もち米の形が分からないものが日本では一般的になりました。
 
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烤」は火で焼く、つまりバーベキュー(串焼き)のことで、「野生」とは養殖ではない、つまり天然産であるという意味です。手前には鮑魚(あわび)と干貝と並んで蝦(えび)の遠い親戚である蝦蛄(しゃこ)も売られています。中段には大きな海老(えび)、上段には牡蠣(かき)や小さな蟹(かに)などが並んでいます。ちなみに、蝦は泳ぐエビで、海老は海の中を歩くエビとして、漢字を使い分けているようです。
 
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六合夜市の混雑はどこまで進んでも絶えません。
 
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この屋台では大きな「野生金眼鯛」(天然産金目鯛)と「野生紅點石斑」(赤い点が特徴である天然産キジハタ)が一両(尾)NT$65(約230円)およびNT$60(210円)と信じられない安さで売られています。「野生帝王蟹」(天然産タラバ蟹)もわずかNT$75(約270円)。
 
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大きな生牡蛎(なまかき)が屋台に並べられています。奥には龍蝦(伊勢海老のこと)の刺身も。
 
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飯と麺を売る屋台にはNT$40(約140円)からNT$100(約360円)まで様々なメニューがあります。漢字を見るだけでだいたい想像できますが、「什」の「什」はいろいろな食材を使うことで、「錦」は良いもの、を意味しますから五目チャーハンです。「腰子」は食用の腎臓(じんぞう)で、「麺線」は想像できるように細い麺(台湾の素麺)です。しかし、「魚偏に過と書く漢字」は何と読むのでしょうか?
 
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お茶を売る屋台には阿里山(ありさん)の高山茶が大量にありました。中央の高山茶は600克(グラム)でNT$600(約2160円)、左端の高山茶は「極品」(最高級品)ですから600克(グラム)でNT$1500(約5400円)と表示されています。そして、凍頂烏龍茶は台湾中央部(山岳地帯)の凍頂(とんてぃん)周辺に産するウーロン茶です。
 
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この屋台では野菜と果物を専門に扱っているようです。「白玉苦瓜」(しらたまにがうり)は白いゴーヤ・「石蓮花水果」(石蓮花はサボテンの一種で水果はフルーツ、つまり食べられるサボテンのグラパラリーフ)、「蘋果鳳梨」は台湾で栽培されているパイナップル、「芒果水果」(まんぐぉすいぐぉ)はマンゴーフルーツと多彩です。
 
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「台灣厳選 国宝級 白玉甘蔗汁」と大仰(おうぎょう、大げさ)な看板がある屋台は砂糖黍(さとうきび)のジュース専門店です。ちなみに、日本でも「砂糖黍」から作った砂糖を「甘蔗糖」(かんしょとう)と呼んでいます。その横には小さな椰子(やし)も並んでいますから、ココナツミルクジュースとして飲むのでしょう。
 
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(続く)

2014年11月 7日 (金)

臺灣縦断超速美食紀行 高雄市の海鮮料理

高雄市の中心部を流れる愛河(あいはー、あいが、ラブリバー)を渡ります。2つのツインタワー(高層マンション)に囲まれるように建つのは高雄の高級ホテルである高雄アンバサダーホテルです。
 
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この日の夕食は高雄で有名な「龍興海鮮餐廳」(りゅうこうかいせんさんちょう)で食べます。「餐廳(庁)」(さんちょう)は飲食をする建物、つまりレストランを意味します。場所は河東路で愛河沿いに高雄港方面に進んで海邊路へ入り、成功二路との交差点のすぐ近くです。
 
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3階の広間に円卓に席が用意されていました。
 
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飲み物は台湾啤酒(ぴぃじう、ビール)を選びました。ビンの色とラベルのデザインから中国の有名なビールで私の好きな青島(ちんたお)啤酒に似た味を予想しましたが、意外にもあっさりした、つまり爽(さわ)やかな味の飲みやすいビールです。
 
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メンマの前菜のあと、小ぶりの「蒸し海老(むしえび)」が配膳(はいぜん)されました。円卓中央の回転台に置かれた大皿から各自が好きな量を取り分ける作法です。
 
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「鱸(すずき)の唐揚(からあ)げ餡掛け(あんかけ)」は甘くてとろみのあるアンがスズキの味を生かしています。
 
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鱶鰭(ふかひれ)スープ
 
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烏賊(いか)がたっぷり入った「八宝菜(はっぽうさい)」は、「五目旨煮(ごもくうまに)」とも呼ばれるように、8種類ではなく、多くのの具が入った炒(いた)め物料理です。
   
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「白菜とあさり炒め」もさっぱりした餡掛け(あんかけ)です。
 
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「紅蟳米糕」(蟹おこわ蒸)はノコギリガザミという渡り蟹(わたりがに)の御強(おこわ)で、日本人の味覚によく合う味付けでした。
 
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「魚の白身団子入り海苔スープ」です。同行者は気に入ったようで、「アオサ(石蓴)」じゃないかしらと言いながら、何度もお代わりをしています。
 
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デザートの「揚(あ)げ団子(だんご)」
 
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シークヮーサーと思われる口直しの柑橘類(かんきつるい)果実はほどよい甘さがありました。
 
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福建(ふっけん)風の海鮮料理は味付けも比較的淡白かつ繊細な味付けで、高級とは言えませんが、日本人の味覚に合って美味しい料理でした。そのためか、いつもの夕食に比べて、倍近い量を食べてしまいました。(続く)

2014年11月 6日 (木)

臺灣縦断超速美食紀行 高雄市の壽山国家自然公園(その3)

道路を横断して慈済宮(保生大帝廟)へ向かいます。竜虎棟はこの慈済宮の一部とみなされているようです。多数の龍に護(まも)られた慈済宮の造形はきわめて派手ですが、内部から華美な光が漏れています。そして、廟(びょう、中国寺院)の前には果物屋などの露店が市をなしています。
 
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1974年に建てられたこの中国寺院は呉本という1000年以上前(宋の時代)の福建省の高名な医師を主神の保正大帝として祀(まつ)る福建省の慈済宮から高雄の地に分霊して、病気平癒(へいゆ)の医神(日本風に言えば無病息災の神様)として民間信仰の対象になっているそうです。大帝は工程や帝王の尊称で、慈済宮は当時の王が名づけたとのこと。ちなみに、右下の幟(のぼり)にある「冰棒」は日本語の漢字にすれば氷の棒、つまりアイスキャンディです。
 
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廟の中に入って驚きました。朱色に金色をアクセントとする色遣(いろづか)いの派手さでは金色を主体とした(白色と対比させた)パリ郊外にあるベルサイユ宮殿や南ドイツのノイシュヴァンシュタイン城も顔色を失うのではないかと思われるほどです。フラッシュは使用できませんから、残念ながらややくすんだ色合いに写っています。
 
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天井の装飾にも見とれてしまいました。
 
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最前列から見た主神の後方には竜が描かれています。
 
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向かって左側の祭神たち
 
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向かって右側の祭神たち
 
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廟の中から龍虎塔が良く見えます。上の額に書かれた「紫微長照」の「紫微」は陰陽五行説で天帝が住むところ(北極星のこと)で、そこから生命を司る力が流れ込むといわれます。つまり、「北極星は永遠に下界を照らす」という意味でしょう。
 
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台湾(中国)のお線香は巨大です。長くて太いだけではなく、弦巻(つるまき、コイル状)バネのような形をしたものもありました。
 
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大きな賽銭箱(さいせんばこ)を見つけた同行者はお賽銭を入れています。
 
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大きな賽銭箱に興味を持った私はその扉を探して反対側を見て驚きました。なんと、古い金庫でした。びっくりしながら撮影したため手振れ写真になってしまいましたが、金庫であることはお分かりいただけると思います。
 
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湖畔に阿里山の茶を売る屋台がありました。国定公園である阿里山は台湾中央部(やや南)、台湾新幹線嘉義駅東方の山岳地域にあり、日本の京都・宇治のように台湾における高級茶の産地です。「冷泡茶」とは水出し冷茶で、「心静飲茶」(心静かに茶を飲む)、「茶飲静心」(茶を飲めば心が静まる)、「清涼好喝」(清涼なおいしさ)と謳(うた)い文句(もんく)が並んでいます。ちなみに、右端の箱に書かれた「彈珠汽水」の「彈珠」はビー玉で、「汽水」はソーダ水、つまりラムネを意味するのです。「彈」は日本では「弾」に対応します。
 
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市街地を南西方向へ5kmほど進み、曲がりくねった山道を登ると壽(寿)山の山頂付近に広がる壽(寿)山公園(別名万寿山公園)に到着しました。壽(寿)山は市街地と海を隔てるように横たわる山塊(さんかい)です。前方にある階段の先には国民革命の烈士(りえし、革命に殉じた人)たちの霊を奉る中国宮殿建築様式の忠烈祠(ちゅうれつし)があります。写真ではよく見えませんが、中央の門に「忠烈祠」と表示されています。
 
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左手に数十m歩いた展望台からは、高雄港のほか、西子湾の夕日や高雄市の夜景が眺(なが)められました。
   
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(続く)

2014年11月 5日 (水)

臺灣縦断超速美食紀行 高雄市の壽山国家自然公園(その2)

最上階である3階の窓から見たもう一つの竜と周辺の景色です。正面に見える朱塗りの建物は慈済宮(保生大帝廟)のようです。後で行ってみることにします。よく見ると住宅の屋上にタンクがたくさん並んでいます。台湾では古い住宅は各家庭毎に水道タンクを設置しているのだそうです。
 
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最上階の7階から見下ろすと、先ほど渡った九曲橋はこんな形をしています。
 
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池の東方向の景色です。湖畔に寺院のような建物が見え、その手前の蓮池譚では水上スキーをしている人がいるようです。
 
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八角形の塔にある8つの窓のうち六角形をした小さい窓の上にこのような武人の絵が描かれています。この絵は「増長(ぞうちょう)天王」と表記されていますから、天界に住む四天王のうち南方守護の天王です。ちなみに、残りの四天王は、持国天(じこくてん)、広目天(こうもくてん)、多聞天(たもんてん、つまり毘沙門天)。
 
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北東に位置する五里亭の先にもうひとつ何かがあることが確認できました。よく見ると横を向いた人の形をしています。この北極玄天上帝像は道教の神様で、右手に七星寶剣(北斗七星を身チーフにした宝剣)をを持ち、足元の蛇と亀を踏みつけた姿で現されているそうです。ちなみに、玄天上帝は、青龍、朱雀、白虎と並ぶ四象のひとつである玄武が人格化されて神となったもので、北方の守護神であり、明朝には王朝の守護神として篤く崇拝されていたとのこと。その先には三角形をした半屏山が見えます。左榮駅の西隣りに位置する山です。
 
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竜塔を1階まで下りて竜と虎の後ろを通り抜けます。
 
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これが虎塔の入口ですが、同行者はその中へ入らず、出口である虎の方へ向かいます。
 
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少し心残りですが、同行者の後を追って虎の出口から出ることにしました。
 
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自由楽損(寄付はご自由に)は日本語も併記されていますが、ついでに解説しますと、「自由」(ずぃよう)は日本語と同じ意味、「楽」(れ・ゆえ)は喜んですること、「捐」(じゅあん)は寄付をすることを指します。
 
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虎塔の出口です。こちらも竜塔の入口と同様に、故事来歴のようなことが両壁面に描かれています。面白いことに、虎の前歯が建物の庇(ひさし)のように見えます。
 
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虎塔の上部を振り返って撮影
 
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その2階部分に置かれた虎の下には虎禅塔と表記されています。撮影済の写真を確認すると竜塔にも竜禅塔とありますから、「禅」を入れるのが正式名称なのでしょう。
 
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そして虎の口を撮影するチャンスを待っていましたが、次々と観光客が記念撮影をするため、確保できません。そこで、失礼とは知りながら、ポージングする見ず知らずの女性が入った状態でまま撮影させていただきました。
 
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橋の上から春秋閣をズームアップすると、観音様が竜に乗る様子をよく確認することができました。
 
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湖畔にあるガジュマルの大木
 
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竜虎塔はいかにも台湾(中国)らしい極彩色の建物と装飾がありました。シンガポールや香港などにあるタイガーバームガーデン(虎豹別墅、虎と豹の別荘を意味する名称)の展示物と共通するものがあると思いました。(続く)

2014年11月 4日 (火)

臺灣縦断超速美食紀行 高雄市の壽山国家自然公園(その1)

バス乗り場の前にMRT(高雄捷運)の路線図がありました。南北に走る紅線(レッド・ライン、訳28km)と東西を貫く橘線(オレンジ・ライン、約14km)の2路線が市街地を十字にクロスしていますが、距離別料金(NT$20~、日本円では約70円~)です。ちなみに、新交通システムは高雄市の中心部では地下を、郊外は高架を走るようです。
 
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台湾のナンバープレートは、アルファベットと数字の組み合わせにより区別され、登録地が直轄市(台北市・高雄市)、省(台湾省)、県(福建省所属の金門県、連江県のみ)単位で記載される。しかし、台湾では省が形骸化していることから、2007年からの新ナンバープレートへの転換にともない、登録地表記は廃止された」そうです。(出典:Wikipedia)

 

高雄市のキリン観光バスに乗車していよいよ出発です。バスが停まっていた駅舎脇のレーンには「大客車臨停区」(大型バス臨時停車エリア)と表示されていました。ちなみに、「区」は日本語とほぼ同じで区切った一定の場所(区域・地区)を意味します。
 
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台湾新幹線の左榮駅から南西方向へ約1km進んだところに壽山(しょうしゃん)国家自然公園がありました。「壽」は寿の旧漢字です。
 
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まず向かったのは蓮池潭(りえんつーたん)風景区の南西端にある1976年に建てられた龍虎塔(ろんふーたー)はその名の通り、大きな口を開けた龍と虎の七重のツインタワーです。
 
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竜の石像にさわると御利益があるそうです。日本でも巣鴨(すがも)の「とげぬき地蔵」「洗い観音」や、善光寺や山形県の山寺、徳島県の大日寺をはじめ全国にある「おびんずる様」(釈迦様の十六人の弟子の一人)、大阪・通天閣のビリケンなどと似ています。
 
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竜の背中にある大きな鱗(うろこ)に触ると金運が高まるそうですから、私はいくつもの鱗を念入りに摩(さす)りました。
 
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よく見ると鱗の下は亀(かめ)の甲羅(こうら)になっていました。ここに触ると長生きができるのでしょう。
 
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蓮池譚はその名の通り、蓮(はす)が群生する大きな池(人造湖)です。ちなみに、日本では「譚」(たん)が物語を意味しますが、中国語では故事を意味するようで、湖畔を彩る色鮮やかな建物群を再s手いるのでしょう。長い橋で陸と結ばれた池の中央にある赤い三層の中国風東屋は1978年に建てられた五里亭です。左手の建物は春秋閣で、同じ大きさの春閣と秋閣という2つの塔からなり、1951年に武聖と関羽を祭って建てられたそうです。木立が視界を遮(さえぎ)っていますが、2つの塔の間では観音様が竜に乗っているようです。
 
 
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五里亭をズームアップ
 
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蓮の花が開き始めています。
 
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折れ曲がった橋を渡って龍虎塔へ向かいました。
 
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「請由龍口進入 入龍喉出虎口 消災解厄 増吉祥」と案内看板に書かれています。左手にある竜の口から入って、右手にある虎の口から出ると、災いを消し・厄を祓(はら)い・めでたい兆し(幸運)が増えるという意味であることは容易に理解できました。50年振りの漢文和訳です。
 
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竜の口を入った喉(のど)の部分に飾られた絵図には様々な戒めが描かれているようです。「恣蚊飽血」の文字が気になりました。あとで調べると、儒教(じゅきょう)の教えである「二十四孝」(孝行が特に優れた24人)の一人で、親のそばに裸で寝、蚊を自分に引き寄せ、親を熟睡させる孝子(孝行息子)、晋(しん)の呉猛(ごもう)を描いたものでした。
 
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右下の「臥冰求鯉」は意地悪な継母(ままはは)が大好きな鯉(こい)を獲(と)るため、裸で凍(こおった)った川の上に寝そべって氷を溶かし、躍(おどり)り出た二尾の鯉を持ち帰って継母に与えた魏(ぎ)の王祥(おうしょう、後に晋の天子を助ける高官に出世)の故事です。左下の「乳」で始まるのは唐夫人(とうふじん)の孝行である「乳姑不怠」(姑は年老いた義母を指す)と思われます。

 

同行者は脇目(わきめ)も振らず竜塔の中へと進みます。
 
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何という神様(あるいはお坊さん)でしょうか?
 
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同行者は螺旋(らせん)階段を上がり始めました。八角形をした塔の壁と天井に描かれた鮮やかな装飾画には目も触れません。
 
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(続く)

2014年11月 3日 (月)

臺灣縦断超速美食紀行 台湾新幹線で高雄へ(後編)

車内の雰囲気も日本の新幹線と同じです。異なるのは各車両に荷物置き場があることと、車内ドアには開閉用の押しボタンスイッチ(写真の左下にちょっと写る)があることで、自動ドアに慣れきった日本人乗客が間誤付(まごつ)くのを何度も見かけました。そして、広告に使われている繁体字です。日立製エアコンの広告には「變頻」とありますが、頻繁に回転数を変化させるインバーターを指す言葉のようです。もうひとつ気になった漢字は「我的精品」。「我的」は「私の」であることは分かりますが、製品ではなく「精品」の意味が理解できません。後で現地のガイドさんに質問すると、センスの良い品という意味で、ファッション関係で使われる表現でした。ちなみに、台湾新幹線は全車両とも禁煙で、喫煙室があるようです。
 
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出発して3分ほど経過したときの車窓風景
 
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桃園駅から約10分でIT都市(台湾のシリコンバレー)と呼ばれる新竹市郊外(市の中心部から東へ約6km)にある新竹(しんちゅう、日本語読みは「しんちく」)駅が近づくとマンションが立ち並んでいるのが見えます。逆光のため、写り込みがある見にくい写真になってしまいました。
 
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同じく約20後には大きな川を渡りますが、経過時間から考えて台中市(台中駅は市の中心部から南西へ約7km)が近いようです。遠方に見える高架橋は高速道路の中山(ちゅうざん)高速公路(正式名称は国道1号、通称は第一高速公路または南北高速道路)のようです。着陸直前に機内から見た基隆(きーるん)・首都の台北(たいぺい)・台中(たいちゅん、日本語読みは「たいちゅう」)・台南(たいなん)・高雄(かおしゅん、日本語読みはたかお)など台湾の主要都市をすべて連絡する長さが約373kmの最重要道路で、名称の「中山」は言うまでもなく、中華民国建国の父である孫文(そんぶん)の号(ごう、雅号)です。当ブログの前身である「温泉大好き、ドライブも!」には孫文についての記事、「世界都市巡り」と「孫文記念館」を投稿しています。
 
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出発して約1時間15分(到着予定の約20分前)、嘉義(Chiayi)駅を過ぎ、台南市(台南駅は市の中心部から南西へ約10km)が近づいた時に、池あるいは川の上に巨大な竜(龍の略字)のようなものが浮かんでいました。台湾(中国)では、鯉(こい)が滝を上ると竜になるという「登竜門」の故事伝承があり、また竜は帝王の象徴とされています。ちなみに、航空写真で調べると、この池でした。航空写真写真で確認すると、池のある公園を展望する高架歩道のようです。
 
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多数並ぶ池の中央部に噴水のようなものが見えますから何かの養殖場のようです。台湾で養殖と言えばまず思い浮かぶのは鰻(うなぎ)です。これも航空写真で調べると、このエリアのようです。
 
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これは台湾新幹線の左榮(さえい)車両基地のようです。地図には表示されていませんが、航空写真でははっきり確認できます。
 
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台湾新幹線にはこの左榮のほかにも数か所の車両基地が各地にあるようです。
 
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巨大な石油コンビナートの付近で台湾新幹線は大きく左にカーブします。
 
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乗車した台湾新幹線705号はほぼ定刻の16:35に左榮(Zuoying/ずおいん、日本語読みは「さえい」)駅に到着しました。高雄市の中心部から北へ約6kmの場所です。将来は高雄市の中心部寄り(高尾駅)まで延伸する計画があるようです。桃園駅からの所要時間は約100分です。乗ってきた705号は、終点の左榮駅で折り返すため、表示が724号に変わっていました。ちなみに、”Reserved”の表示は指定席を意味します。開通当初は東北新幹線の「はやて・こまち」のように全席指定でしたが、現在は台北寄りの3両(10-12号車)が自由席(中国語では自由座)になっているようです。
 
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桃園駅ではピンボケ気味になった台湾新幹線の先頭部を真横から撮影
 
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エスカレーターで改札階へ上がったコンコースの様子です。折り返しで発車する724号は17:00発と表示されています。
 
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近くに「台湾地方特色産品館」がありました。日本語として読んでも意味が通じますから説明は不要でしょう。
 
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改札口の様子
 
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改札を出た正面にはスターバックスがありました。左榮駅舎の壁面はガラスで覆(おお)われて開放的ですが、円筒形のダクトに取り付けられた吹き出し口は機能を重視したデザインになっています。桃園駅は店舗の上の吹き出し口面には格子が目隠しとして取り付けてあったのですが、それぞれ全体との調和を考えたのでしょう。
 
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左榮駅の構内にも7-ELEVEN(セブンイレブン)があります。
 
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人だかりができていますので覗(のぞ)いてみると、日本と同様に店先でおでんが売られていました。ただし、名前は「おでん」ではなく「関東煮」(ぐわんどんじゅー)と関西風でした。左端に写る黒っぽいものはなんだろうと、あとで調べると米血糕(みーしえかお)という米を豚やアヒルの血で固めた餅(もち)でした。その他にも専用のオニギリやインスタント麺を「おでん」の汁とカップ内で混ぜて食べることもあるそうです。台湾、恐るべし!
 
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駅舎の上から見た駅前の風景です。左手の大きな彩虹市集(レインボーバザー)は新光三越デパート高雄左営店の一部です。ちなみに、新光三越デパートは日本の三越と台湾の新興グル―プである新光が設立した合弁会社。このエリアは台湾第2の大都市(人口約280万人)の中心部にある高雄駅から北へ約5kmの距離にあります。
 
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地上へはエスカレーターあるいは階段で下りられます。
 
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TRA(臺鐡の在来線である縦貫線)とMRT(Mass Rapid Transit、高雄捷運が営業する大量高速輸送機関としての地下鉄)の左榮駅(新左榮駅とも呼ばれる)の出入口です。ちなみに、臺鐡(台鉄)の正式名称は臺灣鐡路管理局(いわば台湾の国鉄)で、高雄捷運公司(Kaohsiung Rapid Transit Corporation)は36年のBOT(Build Operate Transfer、民間資金等活用事業)でMRTを運営しています。平たく言えば、BOT方式は収益の中から建設費を返却する仕組みです。蛇足ですが、捷運(しょううん)の「捷」は動きが速いことを意味する漢字で、日本語でも敏捷(びんしょう)として使われています。
 
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(続く)

2014年11月 2日 (日)

臺灣縦断超速美食紀行 台湾新幹線で高雄へ(前編)

この大型バス(中国語では大客車、大型乗用車を意味する)で移動するようです。ちなみに、マイクロバスや乗用車は小客車です。
 
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第2旅客ターミナル(第二航廈)を出発した大型バスは桃園国際空港の管制塔(中国語では塔台)の周囲を回って進みます。
 
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そして航空科学館の前を通過。写真では木立の間からわずかに見えるだけですが、各種のジェット戦闘機やプロペラ機が屋外地上展示(無料)されるほか、多彩な屋内地上展示(30元、約110円)もあるようです。この敷地に第3旅客ターミナルを建設する計画があるそうです。
 
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国道高速2号線(空港線)に入りました。料金ゲートはありませんが、距離に応じて課金されるそうです。昨年12月30日より距離別料金(計程收費)に移行したそうです。それまでは日本のETCに似たシステムだったようですが、現在の仕組みはそれを大きく進化させた方式(ICとアンテナを内蔵したeTagと言うシールをフロントガラスに貼りつける方法、交通系電子マネーのSUICAに似ている)とのこと。写真は桃園国際空港をでってすぐの大園(DaYuang)インターチェンジ付近です。
 
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15分ほど(10km強)で台湾の新幹線である臺灣高速鐡路(Taiwan High Speed Rail)の桃園(Taoyuan)駅に到着しました。桃園市の中心部から約10km西方に位置します。台湾新幹線の説明です。台北(たいぺい)駅と台湾南部の高雄市にある左榮(Zuoying)との間を結ぶ全長345kmある臺灣高速鐡路の略称は高鐵(がおてぃえ)あるいはHSR。「站」(ざん、日本語では「たん」)は立ち止まることを意味する漢字で、駅・事務所・基地などを指す漢字としても使われます。現在、台北駅の東約9kmにある南港(なんがん)駅まで延伸する工事が始まるようです。ちなみに、写真の左手にはバスや乗用車の降車場があります。
 
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右手にはマクドナルドの店舗が・・。
 
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駅の5番入口付近は総ガラス張りです。
 
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駅舎内に入ったすぐ右手に切符売り場(JRのみどりの窓口相当)である售票處がありました。「售」(しょう)は日本語では売に相当する漢字で、当用漢字にない「處」(しょ)に代えて現在日本語で使われる「処」(ところ)略字ではなく異体字です。ちなみに、桃園-左榮(ずおいん、日本語読みはさえい、高雄市)間の運賃は1455NT$(約5200円)です。
 
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その向かい側には自動券売機(售票機)もありました。繁体字中国語(伝統的な漢字)あるいは英語で選択場面が表示されています。ちなみに、日本のグリーン車に相当する車両は商務車と呼ばれています。
 
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待ち時間を利用して駅構内を見て回りました。”Ikari Coffee”(怡客珈琲)は台湾全土にチェーン展開するコーヒーショップでした。
 
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1980年から台湾に出店し、現在約5000店舗へと拡大した7-ELEVEN(セブンイレブン)には日本と同様にカウンター脇でコーヒー(CITY CAFÉは愛称)が売られていました。
 
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そして、1991年に台湾へ進出したMOS BURGER(モスバーガー)は現在7店舗を展開しているようです。
 
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案内表示に従って外へ出ると、ちょっと地味なスターバックス・コーヒーを見かけました。台湾には約300店舗あるようです。
 
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乗車時間が近づきましたので改札を通過。駅員さんが切符を自動改札機(読み取り装置)に入れるのをいちいち手伝ってくれます。一見すると裏側と思われる矢印が描かれている側を上にして入れないといけないようです。
 
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台湾新幹線の切符は車体の色に合わせて鮮やかです。
 
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一番線プラットフォームへ下りるエレベーターには「南下月台電梯」と表示されています。「南下」は読んで字のごとく南行き(Southbound、台湾新幹線の場合は下り)、「月台」はプラットフォーム、「電梯」は電動の梯子(はしご)、つまりエレベーターを意味します。ちなみに、月台(ゆえたい)の語源は月を見るために造った台です。そして、入場券は「月台票」と券売機に表示されていました。
 
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桃園駅のエレベーターでプラットフォームに下りました。日本の新幹線用プラットフォームと雰囲気が似ています。車両との接触防止用のホームドア(Platform screen door)は設置されておらず、視覚障害者用の突起のある点字ブロックとともに健常者用の黄色いタイルが鮮やかです。写真は6号車の乗車位置ですが、各車両の前後にある乗車位置には車両番号とともに最寄りの座席番号(1-9)が表示されていることは心憎い配慮です。
 
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黄色い線の一部を黄色く点滅させて認識しやすくする配慮があります。
 
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台北駅発の新幹線がプラットフォーム入って来ました。台北駅からこの桃園駅までの大半が地下区間あるいはトンネルになっているようです。車両に見とれていて、あわてて撮影したため手振れ写真になってしまいました。ここで気づきました。台湾新幹線は台湾の高速道路(右側通行)と違って左側通行なのです!
 
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JR東海とJR西日本が共同開発したN700系車両がベースとなった700T型ですから、東海道新幹線と山陽新幹線を走っている車両とほとんど見分けがつきません。南国風の明るい色使いと車両数が12と少し少ないことが違います。明快な違いは最高速度が300km/hであることでしょう。ちなみに、東海道新幹線は270km/h(来年春には285km/hにアップされる予定)、山陽新幹線が300km/hです。そして、車両は異なりますが、東北新幹線のE5系(宇都宮―盛岡間のはやて・やまびこ)は最大320km/h。
 
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乗車するこの車両は14:57発の左榮(さえい、高尾市の地名)行です。この時間帯は約30分に一本の割合で走っているようです。(続く)

2014年11月 1日 (土)

臺灣縦断超速美食紀行 台北着

出発して約1時間後に気流が安定すると、飲み物のサービスに続いて、食事(ブランチ)の配膳が始まりました。軽く朝食を食べていたためと、やや濃い目の味付けで、完食出来ませんでした。そして、成田空港から約2時間飛行すると眼下の雲海はほとんど消え去って海が見えるようになりました。機中ではディズニーの長編アニメ「プレーンズ2 ファイアー& レスキュー」を観ました。内容は「世界的に有名なチャンピオン・レーサーのダスティはエンジンが故障し、二度とレースに出場できないことを悟り、消化飛行隊に入ることにしたが、果たして・・」というもの。

 

CI107便は出発して約3時間が経過したころに徐々に高度を下げ始め、さらに20分後には機内の気圧が上昇する一方、雲海の切れ目から台湾と思われる陸地が見え始めました。
 
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そして、海岸線と台湾地域にある陽明山系の七星山(しちせいざん、標高1120m)と台北市内を流れて東シナ海に注ぐ淡水河(たんすいが)を眼下に確認することができました。左手に櫛の歯のように見える海岸線は台湾で2番目に大きい基隆(きーるん)港があるようです。ちなみに、戦前には日本海軍の基地(軍港)として使われていました。ここでプチ薀蓄(うんちく)です。台湾の別称はフォルモサ(Formosa, 福爾摩沙)で、欧州などでは現在でもこう呼ばれる場合があります。その漢訳は「美麗島」。
 
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機内アナウンスは到着時の注意事項に加えて、33週間以内に西アフリカでエボラ出血熱の流行している国々を訪れたことがある乗客は検閲カウンターへ申し出るようにとの注意もありました。まもなく到着すると思った矢先、CI107便は台湾桃園(Tao Yuan、とうえん)国際空港が混雑しているので10分ほど上空を旋回するとのアナウンスがありました。3回ほど大きく旋回したあと直線飛行に移ると、眼下には海岸線に並行する2本の滑走路が見えました。台湾桃園国際空港(旧中正国際空港)のようです。ちなみに、中国語では空港のことを機場(きじょう)と呼ぶそうです。
 
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あとで知ったことですが、2本の滑走路のうち、内陸側の南滑走路は改良工事(舗装改善と長さのえんちょう延伸)のため今年の旧正月明けである2月19日から来年の1月15日まで閉鎖されており、この工事が終わるとも海側の北滑走路についても改良工事が行われる予定だそうです。滑走路を伸ばす目的はエアバス社の総2階建てジェット旅客機(世界最大のA380、座席数約500-800席)に対応するためのようです。ちなみに、日本国内第3位のスカイマーク社が注文をキャンセルしたのもこのA380機です。

 

しばらく南下したあと北向きに旋回して着陸態勢に入りました。地上付近はスモッグのように薄茶色の霞(かすみ)に覆(おお)われています。
 
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それまでの航跡が座席前のディスプレイに表示されています。
 
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滑走路が視界に入ると着陸です。フラップがそれを示しています。
 
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レーダードームが確認できます。
 
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誘導路に入ってカーゴターミナル方面へタクシーイングします。そのエプロンにはUPS機やチャイナエアラインなどの専用機が駐機しています。
 
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左手に見える第1旅客ターミナルには大韓航空機(Korean Air Lines)と中華航空(チャイナエアライン)機が並んで駐機しています。
 
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CI107便は誘導路をさらに進みます。大韓航空機の先に管制塔が見えますが、空港の改良工事には管制施設も含まれているようです。
 
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同行者はボーディング・ブリッジをさっさと一人で歩いて行きます。
 
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ゲートと待合所が多数並ぶコンコースには長い通路が続きます。
 
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長い通路を歩いて到着したのは第2旅客ターミナル(第二航廈)でした。「廈」はビルディングを意味する漢字で、台湾・香港・シンガポールでは○○大廈(たーしゃ、日本語読みでは「たいか」)の名前を持つビルをよく見かけますが、中国本土の簡体字では「大厦」とわずかに差があります。「入境」の説明は不要でしょう。ちなみに、日本と台北を結ぶ路線の発着はこちらのターミナルが指定されています。余談ですが、第1旅客ターミナルと第2旅客ターミナルの間は南北2系統のスカイトレイン(路線長約660m)で結ばれていますが、日本の新交通システム(「ゆりかもめ」など)をベースにしてものだそうです。
 
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到着便案内ボードはCI107便が到着予定時間の12:10から19分遅れの12:29分に到着したことが表示されています。
 
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同じ2階にある到着ロビーでの入国審査ではハワイ(アメリカ)と同様に写真を撮影されました。無事通過したあとは、1階で手荷物を受け取り、バス乗り場へ向かいます。ちなみに、天井に取り付けられた案内表示板にある、「遊覧車』は観光バス、「飯店接駁車」はホテルの送迎バス、「航廈巡回巴士」はターミナル間を結ぶシャトルバス(巴士は英語からの音訳)、「療中心」は医療センターです。戦後しばらくまでは日本でも○○醫院として個人医院の名前に「醫」が使われていました。
 
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(続く)

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