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2014年11月15日 (土)

臺灣縦断超速美食紀行 台南市の延平郡王祠(前編)

高雄市から北上した中山高速公路(国道1号)の台南ICを出ます。
 
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インド風の白亜の建物はお寺のようです。
 
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国道1号に入り台南空港の東側を北上して、台南駅の南南西約1kmにある明延平郡王祠(みんいぇんぴんちゅんわんつー、日本語読みは「えんぺいぐんおうし」)に到着しました。台湾を拠点に明朝の復興運動「反清復明」を行い、オランダ支配から台湾を開放に導いた民族的英雄・鄭成功(ていせいこう、ちぇんちぇんこん、朱成功)を祀(まつ)る廟(びょう、寺)です。明の皇帝の姓である「朱」を授けられたことから、「国姓爺」とも呼ばれます。ちなみに、鄭成功は日本人の母を持ち、江戸時代初期(1624年)に日本で生まれた人物で、近松門左衛門が書いた人形浄瑠璃「国性爺合戦」(こくせんやかっせん)の主人公のモデルです。後に歌舞伎にもなっています。
 
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門を潜(くぐ)って境内に入りました。「忠肝義膽(胆)」(忠義一徹の心の意)と刻まれた鳥居があるのは日本の台湾領有後に開山神社と改称したことに因(よ)ると思われます。「前無古人」とは「前例のない昔の人」、つまり忠義の臣下(しんか)であることを意味しています。
 
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建物の前にガジュマルの大木と狛犬(こまいぬ)
 
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中庭から見た本殿
 
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本殿には「振興中華」の額が掛かっています。
 
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鄭成功が臣下を従えている様子が多数の像で表現されています。強そうな臣下たちと対照的に、鄭成功は整った顔立ちに気品が感じられます。
 
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ここにも狛犬が
 
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鄭成功の母親である田川松(たがわまつ)さんも祀(まつ)られていました。
 
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田川松さんは美しい日本女性だったようです。
 
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こちらは鄭成功の幼年期を表現した母子像
 
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「儲蔵室」とは「収得品の収蔵室」のことで、「非工作人員、請勿進入」は「従業員以外は入室しないでください」という意味でしょう。
 
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釣瓶(つるべ)井戸と水瓶(みずがめ)は日本人にも懐(なつ)かしさを感じさせます。壁に貼られた注意書きには「観光客は井戸の上に載ったり、写真を撮影したり、水で遊んだりしないように。井戸の水を大切に使ってください」など事細かに記述されています。
 
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(続く)

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