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2014年11月16日 (日)

臺灣縦断超速美食紀行 台南市の延平郡王祠(後編)

延平郡王祠が19世紀に福州式建築で建てられた当初の「開山王廟(びょう)」、および日本統治下に入った明治時代に「開山神社」(かいざんじんじゃ)と改名したあとの日本式拝殿、の外観を撮影した写真です。ちなみに、現在の建物は第二次世界大戦後に建てられたものであるとのこと。
 
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開山神社の神輿
 
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甘輝(かんき)将軍は鄭成功の異母姉を妻にした人物で、中国本土へ渡った鄭成功とその父親は彼を味方につけようとしました。韃靼(だったん、モンゴル)の軍に占領された明(みん)国を再興することが目的ですが、その複雑な経緯が近松門左衛門作の人形浄瑠璃および歌舞伎「国性爺合戦」(旧題:国姓爺合戦)で描かれています。ただし、その内容は史実と少し異なります。
 
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延平郡王祠を出て中国庭園風の公園へ向かいました。竜が玉に向けて水を勢いよく吐((はき)出しています。
 
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そして、池に架かる立派な石橋を渡ります。
 
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交差点に近い角地に鄭成功の石像がありました。
 
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重厚感のある像には圧倒されます。
 
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この鮮やかな花は?
 
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こんな花も見かけました。
 
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竹林の間から延平郡王祠が見えます。
 
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きれいに剪定(せんてい)されています。
 
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樹齢90年の榔楡(あきにれ、Chinese Elm)が目に留まりました。西日本にも自生する楡(にれ)科の樹木です。
 
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延平郡王祠の前を抜けて反対側へ向かうと、大きなモニュメントがありました。「明延平郡王祠修建記念」と刻まれていますから、終戦後に中国風の建物として建て替えられたことを記念しているようです。
 
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その先にあるユニークな外観をした建物は入口の上に「湖漆巴
円)」と表示されています。「湖漆」とは「金継」(きんつぎ)に使われる米を混ぜた漆(うるし)のことです。その「金継」は、割れたり欠けたりした陶磁器を漆で接着し、継ぎ目に金や銀、白金などの粉を蒔()いて飾る、日本独自の修理法。ちなみに、修理後の継ぎ目を「景色」と称して破損前と異なる趣を楽しむそうです。「巴」はくっつけることで、「(円)は良い状態を指しますから、日本語の「金継:と同じ意味でしょう。つまり、ここは陶磁器博物館と思われます。
 
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門の裏側を撮影して明延平郡王祠を後(あと)にしました。
 
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唐突(とうとつ)ですが、私事都合により記事の投稿を数日間休みます。(続く)

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