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2014年12月30日 (火)

洛南の紅葉名所 泉涌寺(その2)

楊貴妃(ようきひ)観音堂は美人祈願や良縁成就を願う女性が数多く足を運ぶそうです。
 
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意外に小さなお堂です。その説明書きには、『唐の玄宗皇帝の妃(ひ)、楊太真(ようたいしん)は、楊貴妃の名で知られる絶世の美女であり、2人の愛情の深さは白楽天の「長恨歌」にたたえられている。しかし、その美貌のためにかえって、玄宗の執政と安禄山の乱を予備、当の至徳元年(756年)、妃はその乱によって命を落とした。安禄山が討たれた後、玄宗皇帝は亡き妃の面影を偲(しの)ぶため、香木によってその等身坐像にかたどった聖観音像を作ったと伝えられる。建長7年(1255年)に中国へ渡った湛海(たんかい)は、その像を持ち帰り、泉涌寺に安置したという』とおりました。(堂内は撮影禁止)
 
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砂利が敷き詰められた下り坂の参道を仏殿方向へ歩きました。
 
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泉涌寺のhpには、『当寺は天長年間、弘法大師がこの地に草庵を結び、法輪寺と名付けられたことに由来し、後に仙遊寺と改名された。建保6年(1218年)に、当寺が開山と仰ぐ月輪大師・俊芿(がちりんだいし・しゅんじょう)が宇都宮信房からこの聖地の寄進を受け、宋の法式を取り入れた大伽藍の造営を志し、嘉禄2年(1226年)に主要伽藍の完成をみた。その時、寺地の一角から清水が涌き出たことにより泉涌寺と改めた。この泉は今も枯れることなく涌き続けている。開山俊が泉涌寺堂塔伽藍建立の勧縁疏に後鳥羽上皇、後高倉院が賛同され資を寄せられたことは、泉涌寺と皇室の深い縁を感ずる出来事であった。俊示寂の後、応永18年(1411年)10月には後小松天皇から「大興正法国師」の号が贈られ、享保11年(1726年)2月には中御門天皇から「大円覚心照国師」の号を、さらに明治16年(1883年)6月には明治天皇から「月輪大師」の号が贈られている』と由来が説明されています。

 

『仏殿は、寛文8年(1668年)に四代将軍徳川家綱公によって再建された、一重(いちじゅう)もこし付入母屋(いりもや)造り本瓦葺唐様(からよう)建築の代表作であり、違垂木(ちがいたるき)や釘・土を使わない工法に特色をみることができる。本尊は、鎌倉時代の代表的な仏師「運慶」柵の「三世三尊像」と呼ばれ、左の阿弥陀如来(あみだにょらい)は現在、中央の釈迦如来(しゃかにょらい)は過去、右の弥勒菩薩(みろくぼさつ)は未来の守護神として、三世にわたって人類の平和と幸福を祈念している。堂内の鏡天井には雄壮な蟠龍が、また三尊仏背壁には飛天、裏堂壁には白衣観音像が描かれているが、いずれも狩野探幽筆である』と案内看板に説明されています。
 
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仏殿の奥にある舎利殿の横手には泉湧水屋形(せんにゅうすいやかた)がありました。『泉涌寺の名の由来となった清い水を覆う屋形水屋形で、寛文8年(1668年)に再建された。や念は入母屋造、こけら葺で、正面は桟唐戸(さんからと)で上部に欄間(らんま)があり、屋根には軒唐破風(のきからはふ)を付けた優雅な意匠(いしょう)のたてものである。内部は別所如閑(べっしょにゅかん)筆の蟠龍図(ばんりゅうず)のある鏡天井となっている。京都府指定文化財』と説明されています。
 
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屋形前の水路
 
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泉湧水屋形の右手には「四條天皇外二十四方御陵参道」と刻まれた石柱があります。
 
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そして、その先には時代を感じさせる石段が続いていました。
 
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屋形の左手にある池に湧水が流れ込んでいるようです。
 
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舎利殿の奥にある霊明殿は明治15年(1882年)に炎上後、同17年明治天皇によって再建された尊牌殿で、入母屋造り桧皮葺き、外観は宸殿風の建物です。
 
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これは皇族の方や天皇の勅使が寺を訪れた時に開かれる「勅使門」です。
 
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泉涌寺本坊へ向かいました。門の前に大門前にもあったパネルがありました。”KAN-HIKARI ART EXPO 2014”と表示されています。
 
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門を潜ると、石庭に前衛的なオブジェが置かれていました。
 
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右手には勅使門の奥にある「本坊御座所(ほんぼうござしょ)」が塀越しに見えます。明治天皇が京都御所内にある皇后宮の御里御殿(おさとごてん、1818年造営)を移築されたものです。
 
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本坊御座所とその中庭を見学するため社務所に入ります。特別拝観料は大人300円。御座所には「玉座の間」「皇族の間」「勅使(ちょくし)の間」」「門跡の間」「侍従の間」「女官の間」「女中の間」「侍の間」と8つの部屋がありますが、残念なことに建物内は写真撮影ができません。
 
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本坊御座所の中庭では、カエデが赤く染まり、雅な雰囲気を醸し出しています。
 
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(続く)

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