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2014年12月 3日 (水)

臺灣縦断超速美食紀行 日月潭へのバス旅(その2)

高速公路3号をさらに北上して烏溪(うけい)を渡った台中市霧峰(うーふぇん、むほう)区にある霧峰JCTに「日月潭(Sun Moon Lake、にちげつたん)」への分岐を示す表示が現れました。海抜728mにあるこの高山湖は台湾中部を代表する景勝地で、湖面に浮かぶ拉魯(らるー)島を境に東が「日」、西が「月」の字に見えることから「日月潭」と名付けられたそうです。ちなみに、「潭」は「高雄市の壽山国家自然公園(その1)」の記事で紹介したように湖を指す言葉です。
 
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高速公路6号(南投支線)は烏溪に沿って山間に分け入るようです。29km先の埔里(ぷり、日本語読みは「ほり」)は水が清らかなことから紹興酒(しょうこうしゅ)の名産地として知られる南投県の町です。
 
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丘の上に髭もじゃの顔をした大仏が立っています。顎鬚(あごひげ)と言えば商売繁盛の神様として信仰される関羽(かんう)が思い浮かびますが・・。
 
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烏溪の対岸は地層が確認できる壁状の断面になっています。多摩川沿いの河川段丘崖(だんきゅうがい、崖線)の規模を大きくしたものと言えます。
 
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その先では山肌が大きく崩れている場所(写真の左端)が見えました。烏溪から離れていますので河川段丘崖ではなさそうです。ガイドさんが「1999年に台湾中部で発生した台湾中部大地震(集集地震)の影響で山が大きく崩れた場所である」と説明してくれました。台湾大地震はマグニチュードが7.7と巨大で、兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)の10倍のエネルギー規模があり、死者約2,300人・全半壊52,000棟以上と甚大(じんだい)な被害をもたらしたそうです。
 
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この高速道路は台湾大地震のあとになって建設されたそうです。
 
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國(国の旧字)姓(ぐおしん)ICに「日月潭」と「九族文化村」の案内標識がありますが、高速公路6号をそのまま走って次のICで埔里に出るようです。
 
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山の中腹に黄金の阿弥陀(あみだ)大仏が見えます。
 
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高速公路6号の終点を出て埔里の町に入りました。甘蔗(砂糖きび)を売るトラックの店の周辺には「高山茶」「日本料理」「紹興猪脚」などの看板が目に飛び込んできました。ちなみに、「猪」は豚(イノシシは野猪)を意味しますから「猪脚」は豚足(とんそく)です。
 
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大きな駐車場に停まったバスを下りて建物へ向かいました。鮮やかな色に塗られた紹興酒のモニュメントがありました。酒壺に「埔里酒廠」、台座には「歓迎蒞臨」(蒞は莅の異体字で、会場などに来ることを意味する漢字)と表示されていますから埔里酒造の工場があるようです。ネットで確認すると、道路(中山路三段)の反対側にあるビルが埔里酒廠(酒造工場)でした。
 
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酒郷埔里」と大きく表示された建物には、「文化醸酒」と「芸術観光」の文字とともに、「酒文化館」と表示されたアーチ型ゲートがあります。
 
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最終入館の時間(午後4時30分)が迫っていましたので、急いで建物の中央にある酒文化館の入口を入り、エスカレーターで2階へ上がりました。注)この写真は帰る時(閉館時間の午後5時近く)に撮影。シャッターが少し閉じられています。
 
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2002年まで政府の公売局(専売局)であったTTL(台湾菸酒股份有限公司、Taiwan Tobacco & Liquor Corporation)が運営する「台湾紹興故事館」は台湾における紹興酒の文物館(博物館)です。ちなみに、紹興は浙江省にある市の名前で、その地方で作られる米を原料とする黄酒(ほあんちゅう、醸造酒)を紹興酒(しゃおしんじゅう、しょうこうしゅ)と呼びます。そして、「菸」はタバコ(香烟、烟は煙と同じ意味)を、「股份有限公司」は日本語の株式会社を指します。
 
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会社の歴史紹介に続いて、ショーケースに様々な紹興酒が展示されていました。紹興酒には製法の違いによって、「元紅酒」「加飯酒」「善醸酒」「香雪酒」の4種類があり、この順にドライ(乾型)な味になっているようです。
 
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「苧留」は日本でも自生する「からむし」というイラクサ科の植物を材料とする織物で、「杵動」は漢字が示すように杵(きね)を使って食料を潰(つぶ)す作業のようで、いずれも原住民の生活習慣を紹介しているのでしょう。
 
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これは原住民の伝統的な衣服のようです。中国本土の少数民族やミャンマー(旧ビルマ)の山岳民族の衣装と色遣(いろづか)いが似ているように思われます。右端の白っぽい服は日本における縄文時代の貫頭衣(かんとうい)を連想させます。
 
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壺に入った各種紹興酒
 
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(続く)

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