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2014年12月 5日 (金)

臺灣縦断超速美食紀行 日月潭の文武廟(前編)

埔里から12kmほど南に位置する日月潭(にちげつたん)の湖畔に出ました。「日月潭」は今から約2000年前に偶然発見された天然湖で、(その2)の記事で紹介したように台湾中部を代表する景勝地(海抜728mにある高山湖)です。湖畔に気づいてとっさに撮影したことと、窓から差す強い日差しによる写り込みで見づらい写真になってしまいました。
 
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ホテル街を抜けて日月潭を周回する道路(一周約25km)を東へ2kmほど進み、湖畔の高台に建つ「文武廟」(ぶんぶびょう)に到着。
 
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「文武廟」と大きく表示された廟門(正門)を潜(くぐ)ると幅の広い廟の前の広場には二つの巨大な朱色の獅子が白い球を抱えて向かい合っています。
 
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この地には2つの廟がありましたが、発電所の工事により日月潭の水位が上昇したため撤去され、電力会社から支払われたお金で1938年に中国北朝宮殿式の大規模で壮麗な「文武廟」として現在の場所に建てられ、1975年には全面修復が行われたそうです。廟は三殿に分かれています。前殿二楼は水雲宮で開基元祖および文昌帝君を、中殿武聖殿は関聖帝君および岳武穆王を、後殿大成殿は至聖先師孔子を祀(まつ)っています。文の神である孔子と武の神である岳飛(南宋の武将)や関羽(後漢末期の将軍)を祀ることから「文武廟」と名付けられたようです。(写真は水雲宮)
 
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階段を上ったところで廟門を振り返ると、その先に日月潭が広がっていました。文武廟の名前の左右には「重武」(武を重んじる)と「崇文」(文を尊ぶ)の文字が刻まれているのが確認できました。「崇文尚武」(文を尊び、武を重んずること)を表しています。
 
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同行者は水雲宮で龍の装飾がある常香炉(じょうこうろ)にお線香を供えます。
 
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台湾の線香は「高雄市の壽山国家自然公園(その3)」の記事で紹介したように長くて太いだけではなく、弦巻(つるまき)バネのような形をしたものもあります。
 
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そして、信心深い同行者はお賽銭(さいせん)を入れます。
 
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關聖帝君(関羽の新号)像を中心に、向かって左の文財神(殷の忠臣比干)と右の文昌帝君(文章をつかさどる神)の像が並んでいます。後方に見えるのは中殿の「武聖殿」です。1999年9月の大地震により神殿が傾いたそうですが、その痕跡は見当たりません。
 
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三神の左手には関羽の部下である「周倉将軍」
 
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侍神(関羽の息子)である関平太子
 
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前殿(文廟)と中殿(武廟)の間にある「九頭の龍の彫刻」の前で如意宝珠(にょいほうじゅ)を持つポーズをする同行者。「意のままに様々な願いを適える宝」を支え持ったようで、大いに満足げな表情をしています。
 
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「九頭の龍の彫刻」の上部には、日本の絵馬のように、願い事が書かれたプレートをつけた鈴のような形の供え物が隙間なく掛けられていました。その後方には先ほど見たばかりの關聖帝君と文財神などの後姿が見えます。
 
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(続く)

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