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2015年2月 3日 (火)

平野啓一郎著「ドーン」を読む

生命力の行方~変わりゆく世界と分人主義~」で紹介した平野啓一郎著「ドーン」(200979日講談社刊)を手に取りました。ソフトカバーの表紙には低い位置から刺し込む発光と青空を背景にシルエットとなった岩山が描かれています。

 

                           ☆

 

近未来を描いたこのSF小説は近未来(2030年代)の火星と地球を舞台にしており、主人公である宇宙飛行士の佐野明日人(あすと)は人類初の有人火星探査を成功させた英雄である。全七章から構成される本書の第一章「それぞれの物語」は、明日人がシリコンバレーにある日本人学校を訪問して、生徒たちに自分の経験談を話した時の様子を「NHKのドキュメンタリー番組」で見返すシーンで始まった。

 

交流会が終わって学校を出ようとした時、白髪混じりの栗毛の髪の女性が近づいてきて、手帳を開いサインを求めた。「ありがとう」と受け取った彼女は、唐突に、「本当のことを話してください」と言った。「今日あなたは、子供たちのまえで正直ではありませんでした」と続け、右手を差し出して短く握手した。

 

数日後、ヒューストンに戻った明日人が宇宙飛行士室長から掛けられ言葉、宇宙飛行士になった顛末、有人火星探索船「ドーン」(DAWN、夜明けあるいは兆しの意)に乗って火星へ飛行する時に読んだ「不思議の国へのアリス」のストーリー、些細な今日の出来事など、妻の今日子との会話が続く。彼女が去ってほどなく、今日人は2033116日の火星到着のビデオを見始めた。

 

ヒューストンに新しく建ったホテルのオープニング・パーティにゲストとして招かれた今日人は、参加者たちの会話に疲れて帰ろうとした時、スボンサー企業であるデヴォン社CEOのカーボン・タールに声を掛けられた。幾人かへ今日人を紹介した後、自社の製薬部に顧問としてくるように誘う。そして、「宇宙で何があったのかについては何も言う必要はない」と付け加えた。

 

有人火星探査船「ドーン」船長のメアリー・ウイルソンと操縦士のアレキサンダー・F・グロスはNASAの広報活動の一環として企画されたCNNの公開収録番組では事前に確認済みの質問を一通り終えたところで司会者が今回のミッションが有人である必然性に対して疑問を呈する声が出発前からかなりあったとして船長メアリーの考えを質した。司会者は次々に辛辣な質問を繰り返すが、メアリーは政治的な質問にも論理的かつ冷静に対応して司会者の隠された意図を躱(かわ)した。

 

以上、3(30頁余)の導入部を経て、大統領選挙における野党民主党の選対本部の活動や与党共和党候補についての記述、防犯カメラと監視カメラを使って個人を特定して映像で行動を監視できる「散映」"divisuals"と容易に変形させることができる「可塑(かそ)整形」、主人公である「ドーン」に搭乗した宇宙飛行士である外科医の佐野明日人(あすと)の現状など脈絡が感じられない話題が第一章に続いた。

 

第二章「惑星と惑う人々」では火星へ向かう宇宙船「ドーン」での人間模様と出来事が明日人を軸に語られるが、コンピュータ担当の乗組員「ノノ・ワシントン」が精神に異常をきたして錯乱状態になったことで、一気に緊迫した状況が生まれた。

 

読者の気を逸らすように時間が現在に戻り、軍事産業のアストン社から宇宙医学に関する医療・製薬部の部長待遇(年俸300万ドル)で入社するように誘われた明日人に話題が移った。明日人は妻の今日子とメキシコ湾の入江であるクリアレイク湖畔のホテルへ夕食に出掛けた。明日人は、あまり深い考えもなく、家族三人で宮崎に行った時のことを話した。「どうして、今、そんな話をするの?」と下を向いたので、明日人は言葉を失った。9年前の東京大震災で最愛の一人息子を亡くしていたからである。

 

今日子はやや唐突に、昼間テレビで視た大統領選の二度目の討論会の話をした。共和党のローレン・キッチンズは司会者から投げかけられた倫理観についての質問の中で、分人主義がもたらした、社会の複雑さを徹底的に批判し、信頼に基づく深い人間関係を再建すべきだと強調して、民主党のグレイソン・ネイラーは民主党に極端なディヴィジュアリズムのレッテルを貼ろうとする戦略に抵抗した上で、自論を展開したという。宇宙医学を学んだ明日人は分人主義を今日子に説明しながら、自分と今日子の関係に当てはめて考えるがそこへは踏み込めない。

 

2036年に地球へ帰還して英雄になった主人公の佐野明日人はある大きな陰謀に巻き込まれて行くことになるが、火星への往復(ストレスの高い火星探査船「ドーン」の中で起きていた)と火星の滞在期間に費やされた2年半や、アメリカの大統領選の裏側(ネガティブキャンペーン)などが徐々に明らかにされて行きました。

 

                           ☆

 

《読後感》 導入部で提示された火星探査という近未来的な舞台設定が続くことを予想しながら読み始めましたが、そのほとんどが回想形式であり、しかもその記述が断片的であることが意外です。有人火星探査を背景にしながら実はアメリカの大統領選を縦糸とし、分人主義という耳慣れない個人が複数の分人を持つという概念を横糸にして紡(つむ)いだサスペンス小説でした。ストーリー展開と文章が難解であるため読者に疲労感を与えるため、じっくり読み進んだものの、何度も挫折しそうになりました。

 

しかも、緩頰(かんきょう) : 顔色を和らげること、痙笑(けいしょう):ひきつり笑、軽捷(けいしょう):身軽ですばやいこと、微睡(まどろ)んで:少しの間うとうとして、胡乱(うろん):確かでないこと、夥(おびただ)しい:非常に多い、などの難しい言葉が多く使われていて、その意味をいちいち確認する必要に迫られたのです。

 

500頁の本書を最後まで何とか読み終えると、佐野明日人・今日子夫妻が様々な困難を乗り越えて二人の関係が創り出したそれぞれの分人の大切さを確認するエンディングに作者の意図が有ったことが理解できました。つまり、分人主義を理解する上で手助けになる良質な小説ですから、この考えに興味を持たれた方には一読されることをお薦めします。

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