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2015年5月

2015年5月31日 (日)

インドネシアの遺跡と舞踊劇を楽しむ旅 ジョグジャカルタ市内 ブランバナン遺跡公園(その2)

プランバナン遺跡公園同行者は「プラナバン寺院」と背比(せいくら)べを楽しんでいます。かなり前方に“CANDI PRAMBANAN”の看板が見えますから、そこが「プランバナン寺院」(中苑・内苑)の入口のようです。
 
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参道沿いには修復工事の様子を説明する立て看板が並んでいました。これが地震発生前のプランバナン寺院の写真で、内苑のほとんどと中苑のほんの一部が地震発生前に修復されていたことが分かります。
 
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地震発生直後にはスツーパなどの大きな装飾が地上に落下し、寺院の建物にひび割れや変形などが見られます。
 
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修復工事では足場が組まれ、かなり大規模であることが分かります。
   
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説明看板には以下の説明文が書かれていましたので、興味のある方はお読みください。
 
『修復には、考古学者、民間の技術者、建築家、地質学者、地震学者、その他国内外の専門家が参加した。主な修復プロセス: 最初の数週間は被害状況を調査・確認、次いで被害が拡大しないように足場を組んで構造を補強、地形調査によって周辺地域の地震活動を判断しながら地盤レーダーの専門家が寺院内部の構造を測定、搬出ルートおよび破壊した石と破片を元の場所に再設置するまで保管する仮置き場の準備、寺院の基礎における構造的な被害(石のひび割れと変形)を観察するために掘った穴、研究所で土壌と石を調査、修復工事の準備作業として破損した石と破片を登録・分類、構造物の下にある土の強度を把握するために寺院の構造に焦点を当てた地球磁気調査と土の物理的な分析、野外調査はコンクリート構造の試験とコンピューターを用いた構造分析。インドネシア当局に採用された戦略にしたがい、修復作業はまずガルーダ堂、次いでナンディン堂、ハンサ堂、ヴィシュヌ堂、ブラフマー堂、シヴァ堂と続いた』 
  注)ハンサ(Angsa)堂は内苑の左手前角にある小さな建物

 

入場口の脇にある白い看板には「世界文化遺産(No.642)」と表示されています。
 
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内苑に近づくと案内所にあった模型の通りに、「シヴァ堂」(高さ47m)を中心に、「ヴィシュヌ堂」(右手、高さ23m)、「ブラフマー堂」(左手、高さ23m)、手前に「ナンディンまたはナンディ」(中央)「ガルーダ」(右)「ハンサ」(左)のお堂、そしてその周辺にもお堂が何基か立ち並んでいるのを確認できました。(航空写真)ちなみに、出口は北側にあるようです。
 
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参道の右手にインドネシアの国章が上部に描かれ石碑に興味を持ちました。
 
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石碑に書かれたインドネシア語を和訳してみます。“DENGAN RAHMAT TUHAN YANG MAHA ESA”は「偉大である唯一神の慈悲とともに」、“PURNA PUGAR(*) CANDI PRAMBANAN”は「完全な(あるいは修復済みの)プランバナン寺院」、“CANDI SIWA DAN CANDI APIT UTARA”は「シヴァ堂とそれを取り囲む堂の集合」、“PASCA GEMPA”は「地震の後で」、”DIRESMIKAN OLEH”は「~によって開かれた」(修復されたの意味か?)、”WAKIL PRESIDEN INDONESIA”は「インドネシア副大統領」。つまり、これは2009年10月20日から2014年10月20日までの5年間、ユドヨノ大統領の下で副大統領であった中央銀行総裁・経済学博士・大学教授の経歴を持つ“Boediono”(ブディオノ)氏が任期が終わる前日の2014年10月19日に建立された修復記念碑でした。
 *インドネシア語で“PURNA”は「完全な」、そして“PUGAR”は「とても元気な」を意味しますから、無傷(あるいは修復済み)と理解

 

中苑エリアでは地震で崩壊した遺跡の石がまったく修復されずに無造作に積まれていました。写真は右手(北側)です。
 
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正面に「ナンディン堂」と後方の「シヴァ堂」が重なって見えます。「禁煙」(右手)とともに「並んでください」(左手)の警告板がありますが、この日は入場者が少なく、そのまま正面の階段を上がりました。
 
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「ナンディン堂」の脇を抜けて「シヴァ堂」へ向かいました。その階段では記念撮影する人たちが。そして、巨大なカーラ(冥界の主)が入口を守っているのが確認できました。
 
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「シヴァ堂」の上部には仏陀(ぶっだ)の頭にある螺髪(らはつ、らほつ)のように数多くの「ストゥーパ」(卒塔婆)が飾られています。ちなみに、螺は巻貝のことですが、仏陀の螺髪は知恵の象徴とされます。ヒンドゥー教寺院の説明に仏陀を持ち出すことは変に思われるかもしれませんが、ヒンドゥー教でも釈迦(しゃか)、つまり仏陀を「ヴィシュヌ神」の化身とする考えがあるようです。
 
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シヴァ堂は燃え盛る炎のような形をした塔(高さ47m)で、上部には無数のリンガ(シヴァ神の象徴)で装飾されています。堂内には中央にシヴァ像、南室にアガスティア、西室にはガネーシャ、北室にシヴァの妻ドゥルガーの像があるようです。

 

左手(南)方向を見ると、ブラフマー堂(右端、高さ23m)の前にある他よりかなり小さなアピト堂と南の出口が並んでいます。
 
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右手には、ヴィシュヌ堂(左、高さ23m)、北の出口(中央)、アピト堂(右)があり、それらの後方にはボロブドゥール寺院からも見たMerapi”(ムラピ)山が雲の間から覗(のぞ)着始めました。
 
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「シヴァ堂」に近づくとその正面(東側)にある石段脇には口から何かを出している動物の親子像がありました。(名称不明)
 
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その左側の祠(祠)のような窪(くぼみ)みにも“C.SIWA”(シヴァ堂)と表示されています。
 
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その左手には中央に獅子の神「シンハー」の像、左右に天国の樹「カルパタール」と半人半鳥の女神「キンナラ」のレリーフがありますが、キンナラのレリーフを配した建築装飾はプランバナンを代表するモチーフで、「プランバナン・パネル」と呼ばれるそうです。
 
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竜の形をした雨水の吐口(はきぐち)
 
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昨年(2014年)まで修復工事のため立ち入れなかったそうですが、現在は中へ入れるようですから石段を上がることにしました。すると、現地ガイドが記念撮影を勧めてくれるので、石段の上段にいるところを写してもらいました。
 
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(続く)

2015年5月30日 (土)

インドネシアの遺跡と舞踊劇を楽しむ旅 ジョグジャカルタ市内 プランバナン遺跡公園(その1)

ホテルをレイト・チェックアウトした午前11半ころ、昼食を摂(と)ることにしたレストランへ向かいました。空港から西へ2kmほど、“Raya Janti”通りにある“Bu Tjitro(ブ・トゥジトロ)RESTAURANT”は1925年に創業した老舗レストランのようですが、わざわざ“THE ORIGINAL RECIPE”と謳(うた)っていますから、創作料理を売りにしているのかもしれません。店名がジャワ文字風の字体で書かれていて読みにくく、ファサード(建物の正面)が不思議な印象を与えます。入口脇にKOPI LUWAK(ジャコウコーヒー)の看板が立っていますが、併記されている“CIVET COFFEE”はジャワコーヒーの英語表現です。
 
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店内はファサードと対照的に落ち着いた雰囲気でほっとしました。
 
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最初に出された「肉と野菜のスープ」は見た目とは違ってスパイシーです。
 
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これがこの店の人気メニューであるジャワ料理の「グドゥッ(Gudeg)」(鶏肉や卵の甘辛煮)です。笹で包(くる)んだご飯に白い煎餅(煎餅)のようなものが帆船の帆のように立っています。これが“THE ORIGINAL RECIPE”たるゆえんでしょう。そして、それに沿えるように鶏肉や卵の煮つけのようなものが添えられています。右手にスプーン、左手にフォークを持つのがインドネシアのマナーのようです。
 
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反対側から見るとよく分かりました。赤いものはミニキャロットではなく、唐辛子でした。名前の通り少し甘辛い味付けはジャワ風なのでしょう。調べると鶏肉・ゆで玉子・固豆腐(かたどうふ)をジャックフルーツ(ハラミツ、波羅蜜)とグラメラ(椰子から作られた砂糖)で煮込んだ料理のようで、好みが分かれるかもしれません。
 
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外から激しい雨音が聞こえてきました。昨夜と同じ土砂降りが始まったのです。
 
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その様子を撮影したくなって入り口付近に出てみました。
 
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「グドゥッ」を食べ終わるとデザートが出されました。スプーンとフォークは置かれたままで、カットフルーツにはフォークが1本追加されています。
 
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昼食を終えた午後1時過ぎには雨が小降りになったようです。
 
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ちょうど良いタイミングで空港の東方約10kmに位置するプランバナン遺跡公園向かうと、雨による渋滞もなく、20分あまりで到着できました。前方に見える建物は"Candi Prambanan"(プランバナン寺院)のあるプランバナン遺跡公園」入場ゲートです。先ほどまでの強い雨で舗道に水たまりが出来ています。ちなみに、”Candi"(チャンディ)はインドネシア語で寺院またはお堂を意味します。
 
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駐車場方面を振り返って撮影
 
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まず、インフォメーションセンター(案内所)に入ります。
 
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案内所の中にはガラスケースに入った”Candi Prambanan"(プランバナン寺院の大きな模型が飾られていました。東を正面にした正方形の敷地に建てられていることは仏教寺院の「ボロブドゥール寺院」と似ていますが、「ボロブドール寺院」が階段状のピラミッドであるのに対して、ヒンドゥー教寺院である「ブランバナン寺院」はほぼ平らな境内(内苑・中苑・外苑の3重構造)に高さの異なるお堂(237基)で構成されている点が異なります。110m四方の内苑(ないえん)中央にひときわ高い「シヴァ堂」が聳(そび)え、その右手(北)に「ヴィシュヌ堂」、左手(南)にはブラフマー堂」があり、それらのお堂前にはそれぞれの神の乗り物である"Nandi"(ナンディ)と"Garuda"(ガルーダ)そして、"Hansa"(ハンサ)の各”Candi"(お堂)が配置され、さらにそれらの周囲を取り囲む中苑(なかえん、222m四方)には200以上の小祠堂が林立していることが視覚的に理解できます。ちなみに、「ブランバナン」は地名あるいは寺院群の総称であり、その中心的存在であるこの寺院は「ロロ・ジョングラン寺院」なのですが、「ブランバナン寺院」と表記することにします。
 
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もらった資料によると、1991年に世界遺産に登録された「プランバナン寺院群」は10世紀の初頭にヒンドゥー王国である古マタラム王国によって建立されましたが、1549年の大地震でほとんどが崩壊して忘れ去られた存在になっていましたが、1937年にやっと遺産の修復作業が始まったそうです。しかし、2006年に発生したジャワ島中部地震でさらに甚大な被害をうけ、翌年から修復作業が行われて、Candi Nandi"(チャンディ・ナンディ)と”Candi Garuda"(チャンディ・ガルーダ)の修復は2009年に完了しましたが、その他の主要寺院では修復作業が続けられていますが、手つかずの寺院も多いそうです。ちなみに、「プランバナン寺院」は仏教寺院の「ボロブドゥール寺院」とともにジャワ建築の最高傑作とされています。

 

世界遺産の「プランバナン寺院遺跡群」の主要寺院がある「プランバナン遺跡公園」には、およそ5km四方にわたって、いくつもの遺跡が残る巨大なヒンドゥー教寺院群で、案内図に描かれた敷地の幅が広い下半分の中央にある大きな正方形が「プランバナン寺院」、その左にあるのが「ラーマ―ヤナ劇場」、そして上方(北)にはやや右手に位置する「考古学博物館」を挟んで、「ルブン寺院」「ブブラ寺院」「セウ寺院」が立ち並んでいるようです。ちなみに、現在地は右下の案内所付近で、黄色い吹き出しに”ANDA DI INI”(あなたはここにいます)と表示されています。
 
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世界遺産に登録されたことを記念するモニュメントかと思いましたが、確認すると1989年7月6日にスハルト元(第2代)大統領が「ブランバナン遺跡群」の修復を正式に承認したことを記念する「修復記念碑」でした。
 
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「ブランバナン寺院」へ向かう参道を西へと歩くと、「ブランバナン寺院」の境内(外苑)を囲むように排水路が整備されていることに気づきました。
 
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木立の間から見えてきました。
 
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さらに進むと全景が広がりました。
 
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日本の観光地と同じで記念撮影スポットがあります。“Taman Wisata Candi Prabanan”は「プランバナン寺院観光公園」を意味しますが、日本語では「プラバナン寺院遺跡公園」と呼ばれています。
 
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「プラバナン寺院」の中苑(ちゅうえん)に近づくと破損した遺跡の石が大量に放置されていました。修復されたのは内苑だけで、中苑はまったく手つかずのようです。 
 
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次回は「ブランバナン寺院」の内苑を紹介します。(続く)

2015年5月29日 (金)

インドネシアの遺跡と舞踊劇を楽しむ旅 ジョグジャカルタ市内 ホテルで迎えた最終日の朝(後編)

プール内にせり出したバーの床はスタッフの視線がお客のそれと合うように水面下に下げてあります。
 
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広い庭の国はテニスコートも
 
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門を抜けます。
 
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花壇の花
 
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何の実でしょうか
 
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東屋(あずまや)
 
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庭園に面したホテルの外観
 
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庭園側から見た庭の門と石段
 
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中庭を抜けてみました。ホテルのアプローチ付近にある長い石段は水が流れ落ちていますから、上がり下りするための階段ではなく、涼しさを演出する施設だったのです。
 
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2階のロビーに置かれた美術品
 
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(続く)

2015年5月28日 (木)

インドネシアの遺跡と舞踊劇を楽しむ旅 ジョグジャカルタ市内 ホテルで迎えた最終日の朝(前編)

いつもより遅い午前7時半過ぎに朝食のためホテル内のメインレストラン「アンドロウィノ・ビストロ」へ向かいました。昨夜の土砂降りが嘘のような好天がパノラマウインドウを通して確認できます。
 
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私はビュッフェメニューからまず野菜を中心に選びました。
 
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同行者のプレート上ははこんなにシンプルです。
 
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私のお代わりメニュー
 
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そして同行者はこんなものを追加
 
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中庭を囲むロノの字型の建物の最上階にはレストランとロビー、ミーティングルームがあります。
 
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午前中は休息するフリータイムですから、2階レベルのボロブドゥール寺院のモニュメントがある中庭を経由して、
 
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建物の外に広がる庭に出てみることにしました。建物から庭に続く通路の階段を下りて石段がある門を抜けます。
 
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水の離宮「タマンサリ」を模した3つの屋外プールがあります。
 
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カーラを模(かたど)ったと思われる吐口(はきぐち)
 
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池で泳ぐ緋鯉(ひごい)
 
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ジョグジャカルタのホテルでもリゾートらしく、 広い敷地には緑の庭や大きなプールが点在。遺跡風のプールには回廊になっている箇所やベッド状になっていて寝そべれるスペース、そして子供用のキッズプールもあります。
 
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(続く)

2015年5月26日 (火)

信州の清水と遺跡を訪ねるドライブ旅 安曇野の「犀川白鳥湖」と「わさび田湧水群」(後編)

この小さな湖に1000羽以上のハクチョウが暮らせるのかと疑問に思いながら犀川(さいがわ)の堤防に上がってみました。こちらは犀川の上流方向。
 
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下流方向にある小さなダムがダム湖を構成していますから、こちらがメインの「犀川白鳥湖」だと思われます。これだけの広さがあれば2000羽のハクチョウが十分越冬するには十分でしょう。ちなみに、遠くに見えるのは犀川に架かる長野道の橋です。
 
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「犀川白鳥湖」は白鳥の飛来地として知られるだけではなく、白鳥が去った後も、残雪がある北アルプスの絶景を眺めることができるビューポイントなのです。白鳥湖越しに冠雪した美しい黒沢山(標高2051m)・鍋冠山(標高2194m)・角蔵山(標高1164m)などの山並み(を鑑賞しました。しかし、この日は残念なことに雲が視界を遮っており、「代掻(しろか)き馬」や「武田菱(びし)」などの「雪形」は確認できませんでした。
 
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安曇野市には「犀川白鳥湖」の他に、犀川の少し下流にある「御宝田(ごほうでん)遊水池」にも白鳥が飛来する場所があるようです。「犀川白鳥湖」を後にして、県道310号へ戻る途中に、田植えが行われたばかりの水田を見かけました。水路には小さな水門が設置されています。ちなみに、後方の山は光城山(ひかるじろやま、標高912m)。
 
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次に向かったのは、安曇野市豊科南穂高にある「安曇野わさび田湧水群公園」です。大きく左にカーブする県道310号で万水川(よろずいがわ)に架かる万水橋の手前を「県民豊科運動広場」の案内標識にしたがって左手(南方向)に入りました。堤防上の狭い道を走ると、「県民豊科運動広場(県民グラウンド)」に出ました。広い駐車場に車を停めさせてもらい、駐車場脇の道路を横切った北側の小さな階段を下りました。「名水百選 安曇野わさび田湧水群」と刻まれた丸太の柱と「憩いの池」が見えます。
 
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安曇野わさび田湧水群公園」は思ったよりも広い公園です。
 
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階段を下りると、きれいな水をたたえた池の縁から大量の水が湧き出ています。
 
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北アルプスの山々から湧き出た清流である梓川・黒沢川・烏川・中房川によってできた複合扇状地である安曇野は、至るところから地下水が湧き出していて(水量は1日70万トンとも言われる)、水が綺麗でないと育たない山葵(わさび)や虹鱒(にじます)の養殖が行われていることなどが説明されていました。
 
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遊歩道に従って「憩いの池」を一周することにしました。小さな堰(せき)があり、流れ落ちる水量から湧水量の豊かさが分かります。
 
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木橋を生かした遊歩道が続きます。
 
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一番奥の水門のようなものを通って外へ流れ出ているようです。
 
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水の流れ行く先を知りたくなり、車に戻って水門がある「憩いの池」の反対側(北側)へ回り込むと、「安曇野わさび田湧水群公園」小さな専用駐車場がありました。
 
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この駐車場に車を停めて、水路に沿って歩きました。右手に見える温室のような白い建物は「山葵(わさび)田」のようです。
 
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水路は県道を横切って伸びているようで、県道から階段を下りた場所に水量測定ポイントがありました。地図で調べると、多くの山葵田(わさびだ)に清水を提供しながら、かなり下流で万水川に合流し、さらに犀川となっているようです。
 
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「信州の清水と遺跡を訪ねるドライブ旅」はまだ始まったばかりですが、「インドネシアの遺跡と舞踊劇を楽しむ旅」を終えてから、この続きを投稿します。(続く)

2015年5月25日 (月)

信州の清水と遺跡を訪ねるドライブ旅 安曇野の「犀川白鳥湖」と「わさび田湧水群」(前編)

本題に入る前に最新のニュースについてのコメントを書きたいと思います。内戦が続くシリアで世界遺産の「パルミラ遺跡」があるパルミラをISIS(あるいはISIL、いわゆるイスラム国)が占領したと報じられました。「パルミラ遺跡」はシリアの内陸部にあるローマ時代にシリア砂漠の交易で繁栄した都市国家があった場所で、2000年後の現在もその遺跡が残る貴重な世界遺産です。当ブログでは、「パルミラ遺跡」に2-3度触れていますように、私にとって思いで深い場所の1つです。イラクではISSLが同じような遺跡を破壊した前例がありますから、「パルミラ遺跡」の無事を祈らずにはいられません。内戦の惨禍は避けられないかもしれませんが、「パルミラ遺跡」が無事であることを祈りたいと思います。

 
                          ☆
 
飛び石連休の最終日である5月10日(日)、久しぶりにドライブ旅に出かけることにしました。連休の最終日には高速道路の下り車線が間違いなく空いていると考えたのです。そして選んだ目的地は長野県北部(北信濃あるいは北信)です。ちなみに、北信濃とは長野市を中心とする長野地域、飯山市を中心とする北信地域、大糸線沿線の大北地域に分かれます。

 

北信濃を訪れるのは1年半前に千曲市の「森将軍塚」を訪れて以来、ドライブでは5年近く前の「日本ロマンチック街道」(佐久・小諸・上田)を巡って以来になり、5年半前には北信濃の各地(渋温泉・志賀高原・間山温泉・野尻湖・斑緒高原・馬曲温泉・阿弥陀堂便りの舞台・野沢温泉・小布施・善光寺)を訪ねています。そして、中信濃の八ヶ岳周辺は5年前にドライブ旅行していますから、今回は大北地域を中心にドライブすることにしたのです。

 

明るくなるのを待って午前5時頃に自宅を出発し、中央高速道路の下り線に入って順調に走行し、圏央道との分岐点である八王子JCTを通過しました。
 
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上り線で渋滞が良く発生する談合坂SA付近
 
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河口湖方面への分岐点である大月JCT
 
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甲府盆地に入ります。
 
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標高400mの一宮御坂IC付近は冠雪した山並みが遠くに見えます。
 
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双葉SAで休息を兼ねて富士山見物をすることにしました。上り線と下り線の駐車場がいずれも本線の北側に配置されていますから、どちらを利用するドライバーも同じビューポイントにアクセスできます。
 
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この展望台(標高337m)からは、富士山(標高3776m)の他にも、その手前の御坂山地・左手の三ツ峠(標高1786m)と三頭山(標高1528m)、右手の毛無山(標高1946m)・身延山(標高1153m)が見えることがレリーフで説明されています。
 
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少しズームアップすると富士山と毛無山、そして御坂山地がなんとか確認できましたが、その他の山は薄い雲に覆われて見えません。
 
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下り線用駐車場の脇にそびえる紅白に塗り分けられた鉄塔はYBS山梨放送(中波放送、空中線電力5kW)のアンテナです。自立式六角鉄塔(高さ130m)は基部を地中に埋設(つまり接地)した鉄塔に沿わせた副導線(ダウンリード)をアンテナ(空中線)として機能させる「基部接地型副導線式空中線」で、大型の碍子で絶縁して複数の支線(ステー)で支えられた円管柱の基部に直接給電する「基部絶縁型」(一般的な中波放送用アンテナとしては珍しい例です。この方式が採用された理由は、甲府市内にある本社との間を結ぶイクロ波回線用パラボラアンテナを設置する電波塔として利用するためでしょう。鉄塔の左側に副導線が頂上部近く(一番上の白く塗られた部分)にある円盤状のリングまで伸びていますが、副導線が細いため、写真ではそれをはっきり確認することはできません。
 
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岡谷JCTで長野自動車道(略称:長野道)にそれて、さらに北上しました。
 
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松本ICを過ぎて約7kmの距離にある安曇野ICで午前8時少し前に長野道を出ます。
 
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安曇野市を象徴する白鳥のオブジェが飾られているショッピングセンター「スワンガーデン安曇野」(安曇野インター交差点角)の脇を直進し、高速道路沿いの県道310号を北上しました。
 
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長野道の下を抜け、曲がりくねった農道を案内標識にしたがって通り、犀川(さいがわ)の川縁(かわべり)に小さな湖がありました。「犀川白鳥湖」には冬季には多くの白鳥(1000~2000羽)が飛来して身体を休める名所として知られていますが、白鳥は3月末までには北の国へ戻るようですから、当然その姿を見ることはできませんが、その湖の様子を見たかったのです。写真の左下に写るのはエサ小屋のようです。
 
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仮設された柵に下げられた小さな看板には、『現在、保護しています。ここにいる鳥は怪我をしてしまったコハクチョウです。暖かく見守って下さい。2羽の愛称はピーちゃんとトミちゃん』とありました。

 

コハクチョウの代わりに鴨(かも)が泳いでいます。
 
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(続く)

2015年5月23日 (土)

インドネシアの遺跡と舞踊劇を楽しむ旅 ジョグジャカルタ市内 プラウィサタ劇場でラーマーヤナバレエ鑑賞(後編)

シータが優雅に踊ります。
 
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突然、雷鳴が轟(とどろ)いて強風が吹き始めると、屋根にある換気用開口部を通して雨が劇場内へ降り込んできましたが、何事もないように「バレエ」公演はそのまま続行されました。私は入場する時に身に着(つ)けててもらった腰布(Sarong、サロン)をレインコート代わりに・・。
 
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ラーヴァナがシータの前に現れました。
 
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そこで、シータは火の輪(結界)を使ってラーヴァナから身を守ります。
 
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しかし、ラーヴァナの企(たくら)みにより結界は取り除かれてしまい、シータはランカ王国へ連れ去られてしまいます。
 
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ランカ王国のラーヴァナとシータ
 
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ラーマとラクシュマナがランカ王国のラーヴァナを攻めます。
 
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そして、2人はラーヴァナを討ち取りました。
 
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シータはラーマに助け出されて帰国することに
 
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ラストシーンではシータが自らの純潔を証明してハッピーエンド
 
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出演者全員が集合したフィナーレ
 
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主演者と助演者たち
 
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出演者たちの呼びかけに応じた同行者が、観客ではただ一人、ステージに上がりました。
 
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1時間半と長い上演であるにも関わらず、最後まであきることはありませんでした。美しくエキゾチックな音楽と衣装、優美な身のこなしがマッチしていました。特に、手先から腕までの動きのしなやかさ、ステップの軽やかさ、足さばきと裾(すそ)さばきの見事さ、照明による効果的な演出とスピーディな舞台展開、などなど。今回の旅行中に観た3つの舞台の中ではこのバレエに一番心惹かれました。ちなみに、ジョグジャカルタ市内から十数キロ離れた郊外にあるプランバナン遺跡にある屋外劇場やバリ島でも同じような舞踊ショーが開催されています。

 

余談ですが、上演中にひとつ驚いたことがありました。上述しましたように、突然の閃光と大音響、意外な演出だと思いましたが、落雷とそれに続く土砂降りでした。それでもバレエ公演は何事もないように続行されました。劇場の開放的な構造が災いして、大きな雨粒が霧雨となって客席まで・・。無礼とは思いましたが、腰に巻く布を頭に被(かぶ)ってそれを凌(しの)ぎました。

 

バレエ公演が終わっても、豪雨は収まらず、遊歩道は10cm近く冠水して川のように流れ始めたため、止むを得ず靴と靴下を脱ぎ、ズボンを膝(ひざ)まで捲(まく)り上げて、足元に注意しながら駐車場まで歩きました。写真では大粒の雨がまるで牡丹雪(ぼたんゆき)のように写っています。とんだハプニングでした。
 
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ホテルへ戻る道路も所々で冠水していましたが、劇場から20分以上かけて無事に帰着できました。翌日はインドネシア旅行の最終日で、ブランバナン寺院の観光を残すだけになりました。そこで、記事の投稿を小休止し、箸休(はしやす)めとして、つい最近(今月前半)の国内旅行の触(さわ)りを書きたいと思います。(続く)

インドネシアの遺跡と舞踊劇を楽しむ旅 ジョグジャカルタ市内 プラウィサタ劇場でラーマーヤナバレエ鑑賞(前編)

GAZEBO Garden Restaurant”で食事をしたあとは、隣接する「プラウィサタ(PURAWISATA)劇場」で「ラーマーヤナバレエ」を鑑賞することにしました。
 
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Ramayana Ballet”と書かれた入口脇の看板が興味をそそります。
 
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登場人物の顔を表現したと思われるお面が飾られています。
 
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半円形をした劇場には三方向からステージを見られるように階段状の椅子席が配置されていました。バリ島・ウルワツ寺院の劇場と基本的に同じ“Amphi-theater”(ひな壇式の観覧席がある劇場)ですが、異なる点は大きな屋根があることです。しかし、左右と後方に大きな開口部があり、開放感に溢れているとともに、夜風が吹き抜けて爽(さわ)やかです。ちなみに、楽団はステージの左側に陣取っています。
 
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正面に入退場門(バリ島の割れ門と異なる)だけがある舞台セットはウルワツ寺院の劇場と同じです。
 
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「ラーマーヤナ」はインドの古代叙事詩で、ウルワツ寺院の記事で紹介しましたように、そのあらすじは次の通りです。(詳しいあらすじについてはジャワ島の記事を参照)

 

『古代インド、コーサラ国の王子ラーマ(ヴィシュヌ神の生まれ変わり)は、宮廷の陰謀により追放されましたが、森の中で妻シータと義弟のラクシュマナと3人で仲良く暮らしていました。シータの美しさにひかれたランカ(現在のスリランカといわれる)の王ラーヴァナは、シータを自分のものにするため、ある企(たくら)みを練ります。そして、その企みはまんまと成功して、ラーヴァナはシータを自分の城へ連れ帰ります。ラーマとラクシュマナは、その後を追います。ラーマやスグリーヴァたちの軍はランカに攻め入り、激しい戦いの末、ラーヴァナを討取って勝利を収めます。こうしてシータはラーマのもとに戻りますが、ラーヴァナに囚(とら)われていた間の貞操に疑いをもたれたことで、シータは燃える火の中に飛び込み、無事なことで貞操を証明する』です。しかし、オリジナルの「ラーマーヤナ」では悲しい結末になっているようです。

 

定刻になると司会者が登場してインドネシア語と英語で「ラーマーヤナバレエ」の登場人物について簡単に紹介をしました。
 
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照明が大きく変わって「ラーマーヤナバレエ」が始まりました。座っているのは語り部のようですが、「バレエ」と称しているように、ガムランの演奏と歌は入りますが、セリフは一切ありません。そこで、私の推測にしたがって各シーン(写真)のコメントを書くことにしました。
 
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まず、森で暮らすラーマ、シータ、ラクシュマナの3人が登場。
 
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ランカの王ラーヴァナが登場
 
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ふたたび、ラーマ、シータ、ラクシュマナの3人
 
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シータの美しさに心惹かれるラーヴァナ
 
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ガルーダが登場
 
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白猿のハノマンも登場
 
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(続く)

2015年5月21日 (木)

インドネシアの遺跡と舞踊劇を楽しむ旅 ジョグジャカルタ市内 “GAZEBO Garden Restaurant”でインドネシア料理

マリオボロ通りを300mほど南へ歩いた場所でベチャに乗り、次の目的地へ向かいました。歩道を歩くように見えるペインティングされた巨大な象の置物は写真撮影スポットになっているのでしょう。
 
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同行者と私を乗せたベチャが夜風を切って走行しました。
 
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スピードがより速いベチャが追い抜いて行きます。
 
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約2km(直線距離約1.5km、所要時間約10分)ほど離れた“GAZEBO Garden Restaurant”に到着。ちなみに、”GAZEBO”(ガゼボ)は洋風庭園にある東屋を指します。まずホールのような場所に入ってチェックインします。
 
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スタッフに案内されてその建物を抜けると、建物が立ち並ぶ庭園のような場所に出ました。建物(レストラン)ごとに異なる料理が提供されますので、好み応じた料理を楽しめる趣向がありました。これで”GAZEBO Garden Restaurant”の名前の洒落(しゃれ)た意味が分かりました。
 
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噴水のある場所には”PURAWISATA AMPHI-THEATHEATRE(プラウィサタ劇場)と表示されていますから、その劇場も同じ敷地内にあるようです。
 
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我々が予約したレストラン“Gazebo”はその右手にありました。
 
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内部にはインドネシア料理のビュッフェ・ステーションが並んでいます。料理はこれまでに食べたインドネシア料理と同じですが、いくつか新しいメニューを見つけました。「ペースト状にした米粉のお粥」「かき揚げ」「鶏肉のフライ」、そして「錦糸玉子入り混ぜご飯」などです。
 
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左から「野菜のニンニク(BAWAN PUTIH)炒め」「かき揚げ(KAKIAGE)」「野菜カレー(KARE SAYURAN)」
 
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左が「美味しい春巻きと豆腐(LUMPIA & TAHU CANTIK)」、右は「ナスのチリソース(BALADO TERONG)」
 
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左から「焼売(しゅうまい、SIOMAI)」「ジャワ風焼きそば(BAKMI GORENG JAWA)」「田舎風焼き飯(NASI GORENG KAMPUNG)」
 
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ピーナツソース(PECEL)で味付けされた野菜やピクルスなど
 
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白いご飯と錦糸卵入り混ぜご飯
 
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「米粉のお粥ココナツミルク味(BUBUR SUMSUM)」(左)は好みに応じて「黒糖のシロップ」(右)を加えるようです。
 
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季節のフルーツ
 
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一通り見て回ったあとに、同行者は気に入ったメニューを自分のプレートに取り分けました。
 
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こちらは私のプレートです。もちろん、ビンタンビール(写真右上)も忘れません。
 
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小編成のガムラン楽団の伴奏で女性がジャワ民謡を歌い始めました。
 
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私のデザートにはなぜか錦糸玉子入りの混ぜご飯が味見程度に・・
 
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「かき揚げ」にサクサク感がないことと、「混ぜご飯」が酢飯ではないことなど、日本の料理と違う点はありましたが、すべて美味しく食べました。(続く)

2015年5月20日 (水)

インドネシアの遺跡と舞踊劇を楽しむ旅 ジョグジャカルタ市内 繁華街散策(後編)

派手な色に塗られたベチャ
 
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フルーツの女王と呼ばれるドリアンを売る屋台
 
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こちらはバナナ、トウモロコシ、パパイヤを山積み
 
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バティック店Keris(クリス、短剣)
 
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サンダルを売る露店
 
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様々な果物が並べられています。
 
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油絵も売られています。モデルは言わずもがなの「スカルノ元大統領」。
 
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脇道にまで屋台が並んでいます。
 
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KAMPOENG KETANDAN「閣丹檀村」はジョグジャカルタの中華街(チャイナタウン)
 
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装飾品用原石と思われる様々な石を売る露店
 
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SALAK MADO”(サラック・マドゥ)は椰子の仲間の「スネイクフルーツ」で、もちろん皮をむいて食べます。ちなみに、名前の由来は、実の皮が赤褐色で鱗状になっていることによるそうです。
   
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こちらは台湾でも見た「釈迦頭」(台湾では頭を付けないようです)
 
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Singkong”(シンコン)のチップスです。ちなみに、「シンコン」は熱帯に育つ低木「キャッサバ」で、その芋は菓子を作るデンプンであるタピオカの原料にもなります。
 
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馬車タクシー
 
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WARUNG MAKAN KHAS JOGJA”(ジョグジャカルタ特別州食事屋台)と表示された屋台には鶏肉料理や鶏肉の混ぜご飯などのメニューが並んでいます。
 
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この屋台には玉子、そぼろ、薬味のようなものが並んでいます。どんな料理をだすのでしょうか?
 
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光線の関係で写真では読みずらいのですが、横断幕に大きく書かれた“PASARSORE”は「夕方市場」という意味でしょう。そして、一番下に書かれた”Pusat Belanja oleh-oleh Khas Jogja“を直訳すると、「ジョグジャカルタ特別州の買い物とお土産のセンター」となります。
 
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台湾の夜市ほどではありませんが、ジョグジャカルタの夜市も活気がありました。(続く)

2015年5月19日 (火)

インドネシアの遺跡と舞踊劇を楽しむ旅 ジョグジャカルタ市内 繁華街散策(前編)

ホテルの自室で休憩した午後5時半ころ、ホテルを出て、繁華街のあるメインストリートのマリオボロ(Malioboro)通りへ向かいました。車で約20分の距離で、クラトン王宮の少し西側で南北に伸びています。ちなみに、店先に飾られた幟(のぼり)にある”jogja””Yogyakarta”の略で、“warna-warni” はバティック店らしく「多様な色、色とりどり」を意味します。
 
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この通りも、バイクが多数走っており、駐輪するバイクも数えきれません。ちなみに、中央に写る黄色い建物はファッション・コスメ・日用雑貨の店舗やスーパーマーケット・フードコート・カフェ・ファーストフード店が入る「マリオボロ・モール」です。
 
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同行者は歩道に設けられたアーケード街(日本の雪よけ用屋根の雁木造りに似ていますが2階部がせり出している)を見て回ります。ちなみに、インドネシアに限らず、雨の多い東南アジア諸国の繁華街では一般的な施設ですが、露店が並ぶのはインドネシアらしい光景だと思います。
 
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南へ歩くとサムスンの携帯電話ショップがありました。同社はアップル社と並ぶ携帯電話メーカーですが、最近はアップル社(iPhone)に首位の座を奪われ、さらに後発で低価格を武器とする中国メーカー(小米科技術、シャオミ)などに追い上げられ、苦戦している(減収減益)と伝えられています。偶然かもしれませんが、店内に客の姿はなく閑散としており、店員も手持無沙汰のようです。
 
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“Mutiara”は「真珠」を意味しますが、真珠店ではなく、“Hotel Mutiara Malioboro Yogyakarta(ホテル・ムティアラ・マリオボロ・ジョグジャカルタ)の建物です。
 
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何台ものベチャ(輪タク)が客待ちをしています。
 
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椰子(やし)のジュースを売る屋台には、”SEGAR”(新鮮な)と”ES KELAPA MUDA”(氷が入った若い椰子) 3000ルピア(約27円)と表示されています。他に、お茶とみかんもあるようです。
 
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公衆トイレかと思いましたが、確認すると改札機もある立派なバス停(待合所)でした。
 
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なぜか疾走(しっそう)する馬の人形が3体置かれています。
 
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ほとんどのバイクは日本製とのこと
 
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ジョグジャカルタ特別州の知事事務所(州庁舎)です。クラトン王宮と同様、門の両脇に守護神「クペラ」が置かれています。ちなみに、現在の州知事はスルタン(王様)であるハメンクブウォノ10世が兼務しているそうです。
 
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アーケード街で見かけた露店をいくつか紹介しましょう。まず雑貨と玩具の店です。
 
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次いで、生地(きじ)を売る店
 
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扇子や男性用の帽子などを売る店
 
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影絵人形芝居の「ワヤン・クリ」も並べてありました。
 
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装飾品の店
 
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(続く)

2015年5月18日 (月)

インドネシアの遺跡と舞踊劇を楽しむ旅 ジョグジャカルタ市内 ジャコウコーヒー工房“KOPI LUWAK MATARAM”

Gedong Kuning”(ゲドングクニング)通りを南下し、Ngeksigondo”通りと交差する付近で左折して、路地に入りました。宿泊するホテルの南西8kmほどの場所です。ネコの絵と“KOPI LUWAK MATARAM”の文字が描かれた看板のある建物に到着。名前から見てジャコウ・コーヒーの工場のようです。
 
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建物の奥に檻(おり)に入れられたジャコウネコがいました。
 
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ジャワ島のコーヒー工場では剥製(はくせい)でしたが、こちらは生きています。
 
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コーヒー畑でジャコウネコの排泄物の中から採取されたジャコウコーヒー
 
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選別作業
 
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仕上がったジャコウコーヒー豆
 
 
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ジャコウコーヒーを試飲
 
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予定外にジャコウ・コーヒー(粗挽き50g入りパック)を6パック(10%引きで9500円)も買ってしまい、ルピア紙片が不足したため、円札で支払いました。
 
そして、午後2時頃、休憩のためにいったんホテルへ戻りました。ロビー棟へ行くにはこの建物の下を通ります。
 
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前方に門のようなものが見えますが、これはロビー側から見た庭へ下りる階段の入口です。急いで撮影したため前ピンになってしまいました。
 
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夕食のため出かけるまで 3時間以上ありますので、ホテルの2階にある自室で仮眠をとりました。ちなみに、この日は午前3時に起床しています。午後5時過ぎにロビー階へ上がり、迎えの車が来るまで7階のロビーの入口付近を散策することにしました。
 
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これは、ロビー前の階段脇から見下ろした外庭です。
 
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空港に近い場所ですから周囲は緑にあふれています。
 
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市街地方向
 
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ロビーの上階(8階)へ上がって見ました。吹き抜けの様子を紹介するため、その上部から下方向へ撮影しました。
 
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予定時間(午後5時半)の少し前に迎えの車がホテルの車寄せに到着しました。(続く)

2015年5月17日 (日)

インドネシアの遺跡と舞踊劇を楽しむ旅 ジョグジャカルタ市内 バティック工房とフライド・チキンの名店

路傍(ろぼう)ではベチャ(Becak、輪タク)が客待ちをしています。
 
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クラトン王宮に次ぎに立ち寄ったのは“Palangtritis”通りに近い"Tirtodipuran"通りのバティック工房“BATIK PLENTONです。車のガラスによる写り込みで見にくい写真になってしまいました。
 
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バティックの製作過程をスタッフに説明してもらいました。これはバティック(ジャワ更紗)の展示サンプルです。
 
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まず、図柄を確認しているようです。
 
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シルクスクリーンを使って染料で直接布に染めるバティック・プリントとチャップという銅製のスタンプで「ろうけつ」するバティック・チャップ(型押しバティック)を組み合わせています。
 
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チャンチンと呼ばれる特殊な道具を用いて溶かした蝋(ろう)を図柄(ずがら)にしたがって描き込んでいく技法はバティック・トゥリス(手描きバティック)と呼ばれるそうです。
 
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材料を置く棚にはパラフィン(蝋)とともにさまざまな染色用顔料(がんりょう)が置かれています。
 
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バリ島の記事でもバティック工房を紹介していますので、説明はこの辺で切り上げて、次の目的地へ移ることにします。この工房に併設されたショップではインドネシアを代表する伝統芸能である影絵人形芝居の「ワヤン・クリ(Wayang Kulit」を描いたタペストリー風に使えるバティック(24万ルピア、約2200円)を1点だけ購入しました。
 

 

こちらは道路をゆっくり進むアンドン(Andong、馬車タクシー)
 

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“Gedong Kuning”(ゲドングクニング)通りにあるフライド・チキンの”NY.SUHARTI”(本店)で昼食することになりました。ちなみに、”RUMAH MAKAN”は食堂、”ayam goreng”(アヤム・ゴレン)はフライド・チキン、“NY.”は奥さんに就く敬称の”Nyonya”(ニョニャ)、つまり「スハルティ家の奥さん」がこの店の名称です。ここがその本店で、各地に多くの支店があるそうです。
 
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店のエントランス
 
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広い店内にはテーブル席がたくさん並んでいて、100席近くあると思われます。
 
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熱いお茶と指先を洗うフィンガーボールとともにタピオカのチップス(好みで砂糖をかける)とコーヒーが出されました。次いでスパイシーなソトアヤム(鶏肉と春雨のスープ」も。ニンニクの他にウコンが入っていることで色が黄色をしています。ちなみに、SOTO(ソト)はスープで、AYAM(アヤム)は鶏肉を意味します。
 
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私は例によってビンタンビールの小瓶を注文
 
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骨付きのディープ・フライド・チキンである「アヤム・ゴレン」(スパロー、小ぶりな地鶏の半身)はかなりのボリューム(写真は1人前)です。なぜかフォークが2本ついています。タピオカとココナツミルクの衣と鶏の皮はカリカリですが、その中は柔らかくて、フォークを両手に持つ必要はなく、肉は骨から容易に外れました。ただ、私の味覚のせいかもしれませんが、大きなフライド・チキンを食べ進むうちに、衣にしみ込んだ油の味が少し気になりました。
 
 
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小エビ(カンクン)をトッピングした空芯菜(くうしんさい)のニンニク炒めは絶品
 
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そして、鶏肉に付けて食べる香辛料(sambal、トウガラシとニンニクなどに塩・胡椒を混ぜ合わせたもの)と少なめの白いご飯(ナシプティ)も配膳されました。”sambal”(サンバル)は甘辛(あまから)く、桃屋の海苔佃煮製品「江戸むらさき」のように、ご飯にもよく合いました、食べ過ぎないように心掛けました。
 
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デザートはフルーツの盛り合わせ
 
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これまで食べたインドネシア料理とは違うジャンルのフライド・チキンですが、インドネシアへ行かれることがあれば、賞味されることをお勧めします。(続く)

2015年5月16日 (土)

インドネシアの遺跡と舞踊劇を楽しむ旅 ジョグジャカルタ市内 クラトン王宮(後編)

純白の建物には王家の紋章が確認できますが、ジャワ語で書かれているため何であるか分かりませんでしたが、最初(1756年)に造られた王宮でした。高さ4メートルほどの城壁で区切られています。
 
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入口の両側には、棍棒(こんぼう)のようなものを持った守護神「クペラ」(ラクササともいう)が守っています。
 
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座っている門番は人形です。
 
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王家の紋章
 
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第10代スルタン・ハメンクブオノ10世の居住区は立ち入り禁止
 
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大きなオープンテラスは式典の時などに使う広間(迎賓館)です。
 
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中庭にあるオープンテラス
 
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別のエリアに入るようです。門の左右に打楽器が展示されていました。右手にあるものは明らかに太鼓ですが、左手にある大きな筒の形に興味を持ちました。開口部から覗(のぞ)いてみると丸太の内部をくり抜いた打楽器でした。
 
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Ruang pameran LUKISAN”(絵画展示室)へ入ると、絵画だけではなく、家具調度品なども展示されていました。
 
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樹の絵かと思ったものは”SILSILAH”(系譜)、つまり王家の家系図でした。
 
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仏像・牛・ガルーダを中央に、スルタン(国王)であるハメンクブウォノ10世夫妻の肖像画が掛けられています。そして、右手の壁には5人の子供たち(すべて女性)の肖像画も並べられていました。
 
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当初の王宮の様子が描かれています。
 
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ロココ調の玉座
 
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別の建物に移ると、こちらでもガムランが演奏されていました。先ほどの楽団は女性メンバーが多かったのですが、こちらは男性が多いように見えました。
 
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楽団の隣には合唱団も控えていて、楽譜あるいは歌詞を記した紙を見ながら歌っています。
 
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魔除けのカーラの両側に施された龍のモチーフが印象的です。中国の影響のようです。
 
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王宮の敷地は想像以上に広く、立ち寄った建物群の配置を把握することができませんでした。これは出口付近にあるガジュマルの大木です。
 
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王宮南広場の脇を通過して次の目的地へ向かいました。
 
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(続く)

2015年5月15日 (金)

インドネシアの遺跡と舞踊劇を楽しむ旅 ジョグジャカルタ市内 クラトン王宮(前編)

遅い朝食のあとは午前10時半からジョグジャカルタ市内観光に出かけました。写真は宿泊するホテル「シェラトン・ムスティカ・ジョグジャカルタ・リゾート & スパ」のゲート付近です。
 
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“PANGKALAN TNI AU ADISUTJIPTO”はインドネシア国軍(Tentara Nasional Indonesia)のアジスチプト空軍(Angkatan Udara)基地と思われます。ちなみに、”ADISUTJIPTO”(アジスチプト)は空港の名称です。最上部で羽ばたく神鳥のガルーダは国章であるとともに空軍の紋章にもなっています。
 
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ホテルから10kmほど西進して、お祭り用の飾り物「ペンジョール(Penjor)」が立てられた広場に差し掛かりました。広場の先に目的地があるようです。後で調べると、王宮北広場でした。
 
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駐車場から目的地へ向かう途中に見かけた露店
 
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立て看板に“SEMUA KENDARRAN HARAP DI TUNTUN”と表示されている門の前に到着。インドネシア語で「あらゆる車両は指示に従ってください」という意味です。青い着衣の人はスタッフかもしれません。
 
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入場券売り場です。ちなみに、入場料は12,500ルピア(約115円)。
 
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入場券であるワッペンには“SULTAN PALACE YOGJAKARTA”と表記されています。ここはジョグジャカルタの中心部にある「クラトン王宮」です。王家の紋章が描かれています。
 
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こちらは写真・ビデオの撮影許可証タグです。入場料とは別料金で1,000ルピア(約9円)。バティック博物館を除くとの注意書きがあります。
 
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クラトン(Kraton)王宮はジョグジャカルタ王朝の初代スルタン(国王)が居城として1756年に建設した王宮で、約50もあるという伝統的なジャワ建築様式の建物には美しいチーク材で手の込んだ装飾が施されているそうです。ちなみに、現在もなお王族に使用されているとのこと。”SULTAN”(スルタン)はイスラム教国君主(州レベルの王)を意味し、マレーシアでは多くのスルタンが現在もその地位が認められていますが、インドネシアではジョグジャカルタ特別州にだけスルタンが存在しています。
 
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魔除けのカーラはボロブドゥール遺跡の門にも石のレリーフとして祀られていました。
 
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近くの建物(壁がないオープンテラス)からガムランの演奏が聞こえてきました。
 
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さっそく中へ入ると、ジャワの正装姿の武士(ボランティア男性)の帯にはクリス(剣)を見つけました。カイン(腰布)はもちろんバティック
 
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ガムランの楽団を正面から撮影。こちら(1曲目2曲目)をクリックするとガムランとウヨンウヨン(ジャワ民謡)の演奏が聞けます。
 
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天井の装飾
 
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楽団に近づいて撮影しました。
 
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(続く)

2015年5月14日 (木)

インドネシアの遺跡と舞踊劇を楽しむ旅 ボロブドゥールからジョグジャカルタのホテルへ

午前7時半過ぎにボロブドゥールを出発。午前8時近くなるとジョグジャカルタへ向かうバイクが増えました。通勤者だけではなくジョグジャカルタ市内の大学へ通う学生たちも含まれているようです。ルームミラーから下がるものはお守りではなく、インドネシアで人気があるという芳香剤の“STELLA”です。
 
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二人乗りのバイクも
 
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鋼橋(こうきょう)を渡ります。
 
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市街地が近づくと渋滞が始まりました。ベトナムのホーチミン・シティ(旧サイゴン)や台湾の台北市高雄市と同様にバイクが道路に溢(あふ)れる光景です。
 
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ガジュマルの巨木が広い木陰を作っています。
 
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路側帯の街路樹だけではなく縁石にも白い塗料が塗られています。バリ島のデンパサール市でも同様でしたが、見栄えはともかく、夜間走行時の安全を確保する上では良いアイディアだと思います。
 
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ちょうど1時間後の午前8時半に宿泊するホテル「シェラトン・ムスティカ・ジョグジャカルタ・リゾート & スパ」へ戻りました。車寄せからみたゲート方向にある長い階段は2階レベルにある庭園につながっているようです。明るい時に見るホテルの外観は、経過した年月を感じさせますが、ジャカルタ空港のターミナルビルと共通する南アジアの雰囲気がよく表現されていて、落ち着いた印象を与えるように思います。
 
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右手のメインロビーを抜けて朝食のためにレストランへ向かいます。
 
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7階のロビーから見下ろした中庭
 
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ロビーと同じ7階にあるメインレストラン「アンドロウィノ・ビストロ」から見た周辺の景色
 
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朝食はビュッフェ形式です。並んだステーションには、インドネシア料理(ジャワ料理)だけではなく、世界各国の料理が揃(そろ)っていました。コーヒー好きの同行者が選んだのはコンチネンタル風の朝食メニューです。ヨーグルトがないことを残念がっていました。
 
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そこで、私はプレートにジャワ料理を少量ずつ取り揃(そろ)えたました。とはいっても、ジャワコーヒではなく、好きな紅茶を添えました。インドネシア料理の詳細は前日の昼食についての記事に詳しく書きましたので、ここでは省略します。
 
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自室へ戻って小休止(約1時間)です。明るい時に見る庭は夜に見た時とは雰囲気が変わって見えます。ちなみに、ホテル全体で246室ある客室の中で最も多いのが、私たちが宿泊するガーデンビューの部屋(全110室)のようです。
 
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(続く)

2015年5月13日 (水)

インドネシアの遺跡と舞踊劇を楽しむ旅 ボロブドゥールのムンドゥ寺院

道草を食っているうちに、インドネシア旅行関連の最終投稿をしてから10日以上が経過して記憶が薄れそうになっていますので、「インドネシアの遺跡と舞踊劇を楽しむ旅」の投稿を再開します。

 

                          ☆

 

ボロブドゥール寺院(遺跡)をあとにしてムンドゥ寺院(Candi Mendutへ向かいました。ボロブドゥール遺跡の東3km(車で約5分の距離)に位置する、ボロブドゥール寺院と同じきに建設されたと推定される、竹林の名前が付けられた古い仏教寺院で、ブッダの生誕地である北西の方向を向いて建てられているそうです。長く土中に埋まっていたこの寺院は1925年に修復されましたが、欠けている塔頂部分の建材はまだ見つかっていない(このため高さが35mから25mになった)ことを現地ガイドから聞きました。
 
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堂内に安置された3体の仏像をはじめ、外壁に刻まれた八大菩薩のレリーフや、中央通路の毘沙門天(びしゃもんてん)と鬼子母神(きしもじん、きしぼじん)のレリーフなど、当時のジャワ美術の成熟を物語る美しい作品が残されています。
 
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入口の階段脇にある彫刻はボロブドゥール寺院の石段脇の石彫とそっくりです。
 
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八大菩薩(ぼさつ)のレリーフ
 
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毘沙門天
 
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柔和な表情の鬼子母神
 
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中央の仏像
 
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左右の仏像
 
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賽銭箱(さいせんばこ)と線香(せんこう)
 
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炉(ろ)
 
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四角錐(すい)の形をした天井
 
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左右の壁龕(くぼみ)には仏像がありません。
 
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吐水口(とすいこう)の彫刻
 
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敷地内の様子
 
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少し離れた場所に石材が保管されていました。
 
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2つの小さな寺院(遺跡)があった場所でしょうか?
 
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敷地の反対側にはガジュマルに似た大木が聳(そび)えていました。ガジュマルより歯が大きい点が異なり、大木になることから「神様の木」と呼ばれているそうです。
 
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ムンドゥット寺院の隣にあるのはMENDUT”(BUDDHIST MONASTERY)、つまり仏教の修道院ですから、インドネシアには現在も仏教徒が存在するようです。
 
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(続く)

2015年5月10日 (日)

二子玉川ライズ・ショッピングセンターが全面オープン(終)

午後1時になる15分ほど前に”iTSCOM STUDO & HALL”に戻ると、ほどなくして演奏者たちがステージに登場して音合わせを始めました。もちろん、オーボエが音合わせ(チューニング)の主役(音の基準)です。その理由は、オーボエは音程が安定している(つまり調整しにくい)のに対して、フルート・ピッコロ・クラリネットなどの木管楽器は音程を微調整することができるのです。例えば、私が中学生の時に音楽部で担当していたフルートは頭管部と呼ばれる歌口が付いている部分を主管部(中央の長い部分)と抜き差しすることで音程を変えることができます。また、頭管部の中にある反射板の位置を調整しても音程を変えることができますが、ピアノの調律と同様に専門知識が必要とされます。
 
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そして、定刻の2分前には司会者のアナウンスが始まり、ステージ上にメンバーが並ぶ横浜市青葉区もえぎ野中学校の吹奏楽部のビッグバンド“Wind Orchestra”が紹介されました。最初の曲はリズミカルなラテン音楽で、吹奏楽の定番曲でもある「エル・クンバンチェロ」、次いでザ・ブームの「風になりたい」、3曲目は全日本吹奏楽コンクール2015年度課題曲であると紹介されたマーチの「プロヴァンスの風」(田坂直樹作曲) 、曲名を聞き取れなかった曲に、嵐のヒット曲「ビューティフルデイズ」が続きました。
 
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フルート奏者たちが最前列に並んでメロディラインを演奏すると、金管楽器がそのメロディラインを受け継ぎ、さらにパーカッションがリズムを刻みます。(演奏の一部
 
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アルトサキソフォンもソロ・パートを演奏
 
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鳴り止まない拍手に促されたアンコール曲を軽やかに演奏して終演を迎えました。私が今から半世紀以上前に中学の器楽部でフルートを担当した時の水準に比べれば、はるかに優れた演奏であったことに正直驚きました。欲を言えば、ビッグバンドとして難しいことですが、音が濁った箇所が一部あり、それをクリヤーすれば申し分ない演奏になると思いました。

 

iTSCOM STUDO & HALL”を出て「リボンストリート」を駅方面へ戻る途中、「ストランドビースト体験」の看板を見つけた同行者は、大人も体験できると聞いて、さっそく挑戦を開始しました。
 
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オープンして間もない(10日目)ライズ・ショッピングセンターの魅力に満足して二子玉川駅へ向かいました。中央通路の「テオ・ヤンセンのビースト」に人だかりができていました。赤いツナギを着たスタッフか何人もビーストの周りにいますから、デモンストレーションがあるようです。
 
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午後2時から「ストランドビースト」のデモンストレーションが始まるところでした。
 
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地上には入り込むスペースはなさそうですから、南側のテラスマーケットの2階へ上がりました。こちらも人で溢れていますが、最前列の人たちの間からデモンストレーション会場が何とか見られそうです。空気の圧縮機とビーストをバイブで接続しています。赤いツナギを着た女性がマイクを持って登場し、デモンストレーションの説明を始めました。
 
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準備が終わると大きな団扇(うちわ)を持ったスタッフが数人スタンバイ
 
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スタートの合図とともにビーストが音もなく移動し始めました。団扇で扇ぐのは虚仮威(こけおど)しのようですが、少しは役立っているのかもしれません。
 
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再度、圧縮空気を注入
 
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 前進するだけではなく後退も可能な優れものでした。
 
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別の場所では時間をずらしてデモンストレーションを行うようです。
 
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中央通路「リボンストリート」を歩き始めた同行者はわき目も振らず「ストランドビースト」を販売しているテントショップへ向かい、大人の科学マガジンの「ミニ・リノセロス」と「ミニビースト」を見つけました。同行者が先ほど押して動かしたビーストのプラモデルです。
 
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完成品をサンプルとして展示しています。
 
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同行者が気に入った「テオ・ヤンセンのミニビースト」(Strandbeestのキット)には解説本が付属するもの(写真中央)と、付属しないもの(写真右端)の2種がありました。私の勧めに従って前者(3600円)を選びました。実は3600円以上購入すると、「ビースト」のカレンダーがオマケとして貰えるのです。
 
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ちなみに、”strand”は動詞では座礁する・行き詰まるなどを意味しますが、名詞では撚り糸・(集まって全体を構成する)要素・浜・岸(例、ミャンマーのヤンゴン、シンガポール、ニューヨークのStrand Hotel
)などの意味があり、”beest”は古語のbist”と同じで「内臓自己診断機能」を指す難しい言葉ですが、”beast”なら大きな四つ脚動物()ですから、おそらく”strandbeert”は「砂浜+自走+獣」をイメージして創られたテオ・ヤンセン氏の造語でしょう。ちなみに、”Strand”を冠するホテルは有名人が多数滞在し、私自身も長期間にわたって宿泊したことがあるミャンマー国ヤンゴンのヤンゴン川岸に建つ”Strand Hotel(The Strand Yangon)を懐かしく思い出します。

二子玉川駅から中央広場方面へ向かう人並みを避けながら、私と同行者はガレリアを抜けて二子玉川駅へ向かいました。
 
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<同行者のコメント> 二子玉川へ行こうという旦那さまのこう言葉に驚きました。ショピングセンターには興味がないと思っていました。そう言えば、武蔵小杉のグランツリーに行こうと言い出したのも旦那さまでした。宗旨替(しゅうしが)えをしたのでしょうか? それはともかく、ライズ・ショッピングセンターは十分楽しめました。人出が少ない時にまた二子玉川ライズ・ショッピングセンターへ出掛けたいと思います。

2015年5月 9日 (土)

二子玉川ライズ・ショッピングセンターが全面オープン(その3)

食後の運動をかねてテラスマーケットの屋上庭園を散策することにしました。例によって同行者は留守居役を申し出ました。北側のテラスマーケットには外付け階段が見当たりませんから、南側のテラスマーケットにある外付け階段で3階へ上がりました。
 
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渡り廊下を通って北側のテラスマーケット3階にあるルーフガーデン(屋上庭園)へ移動。やはり、こちらは階段ではなく、エレベーターで上がるように設計されているようです。
 
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菜園広場が準備中
 
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細長い通路を抜けてもう一つの渡り廊下を目指しました。
 
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ルーフガーデンから見た「太陽と星空のサーカス」
 
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渡り廊下で南側のテラスマーケットへ移動すると、3階と4階に”109 CINEMA”がありました。
 
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そのエントランスホールにある栽植装飾
 
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メイン・ホールの様子はラゾーナ川崎プラザにある109シネマズ川崎のそれとよく似ています。ちなみに、IMAX用を含めて10面のスクリーンがあるようです。
 
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南側から見た北側のテラスマーケットには外付け階段がありました。”iTSCOM STUDO & HALL”付近からは渡り廊下(写真の右端)に隠れて分かりづらかったのです。灯台下暗し!
 
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ルーフガーデンの西側は緩やかな傾斜をつけてルーフガーデンよりかなり高くなっていて、その屋上も緑化されています。
 
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南側のテラスマーケット5階にある屋上庭園に入ると自然を再現した人工池が出迎えてくれました。水辺には「カキツバタ」の苗が植えられています。
 
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木橋の反対側には「カンガレイ」(カヤツリグサ科)が育っています。
 
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ITCOM STUDO & HALL”の屋上越しに見えるのは高層マンションの「二子玉川タワー&レジデンス」(地上42階・地下2階x1および地上28階・地下1階x2の高層マンションが計3棟、5-6階建ての低層マンションが2棟、総戸数1033戸)、右手は二子玉川ライズタワーオフィスです。
 
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「玉川流域の多様な自然と文化」の説明看板があります。その後方にある多摩川をイメージしたと思われる石の河床(かわどこ)には水が流れています。
 
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昼間の原っぱ広場は芝生の養生中で立ち入れませんが、その南側(左側の木立後方)にある眺望(ちょうぼう)ポイントは最大の夜景スポットで、多摩川に架かる二子橋(写真の右端)から少し先にあるの川崎市高津区の夜景が見渡せるそうです。
 
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眺望ポイントに立ち寄ってみました。多摩川の流れを挟んで、手前が世田谷区玉川、対岸は川崎市高津区(武蔵溝口駅と武蔵新城駅付近)が一望できました。そして、二子橋に近い河川敷に多数のテントと自動車が確認できます。数年前に利用料(有料化)をめぐって話題になった「川崎市多摩川緑地バーベキュー広場」のようです。
 
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二子玉川駅のプラットフォームが間近に見えます。後方の建物は「矢川緑道の記事」で紹介したプラウドタワー二子玉川です。
 
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小川に沿って上流へ歩きました。
 
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「エコミュージアムとしてのルーフガーデン」と豹視された案内看板を見つけました。どうやら、設定された散策ルートとは逆向きに辿(たど)ったようです。
 
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(続く)

2015年5月 8日 (金)

二子玉川ライズ・ショッピングセンターがグランドオープン(その2)

「蔦屋家電」の広い店内を見て回ったあと別の出口から出ようとした時にデンマークの”BANG & OLFSEN”(B&O、バング&オルフセン)社のショールームを見つけて中へ入りました。ちなみに、同社はバング氏とオルフセン氏の2人が1925年に共同で設立した高級オーディオ製品(現在はテレビや電話製品にも拡大)の製造会社で、音質と画質だけではなくデザインも優れていることが最大の特徴です。なかでも、秋葉原のヤマギワ東京本店(2005年閉店)で見かけた、1970年代のリニア・トラッキング式レコードプレイヤー”Beogram 4000"、1980年代のターンテーブルとカセットプレイヤーの複合製品"Beoenter"7700"、1990年代のCDプレイヤーシステム(アンプとチューナー内蔵)"Beocenter 2300"などは、魅力的な外観とともに高嶺(たかね)の花(手が届かない高額商品)であったことを今でも覚えています。
 
さまざまな高級AV機器が展示される店内の中央に試聴室を見つけてガラス製のドア越しに覗くとスタッフに招き入れられました。椅子が二脚並ぶ視聴室ではワイヤレススピーカーの”BEOLAB 18”で構成した5.1チャンネルのサラウンドとLED液晶ディスプレイの”BeoVision 11”(センタースピーカーを兼ねる、スクリーンパネルはシャープ製とみられる)/ブロジェクターを使ったAVシステムでアクション映画(007)を楽しめました。澄み渡った明るい音質が印象的です。機能面では、専用リモコン(ディスプレーの受光器経由)ですべてのAV機器をコントロールできることで、視聴時に見える必要のない機器は目に付かないを見場所に設置することができるとのこと。音場の調整についつて質問すると、スタッフには予期した質問であったようで説明してくれました。専用マイクを視聴位置に置くことで最適な状態に調整してくれるそうです。スタッフの許可を得ましたので試聴室を手始めにショールーム内を撮影することにしました。
 
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右側はラウドスピーカー“BeoLab 5”LED液晶ディスプレイ“BeoVision Avant”の組み合わせで、左側にはユニークな形状のラウドスピーカーが展示されています。上から、インウォール(埋め込み型)スピーカー“BeoLab 15”、 パソコン用スピーカー“BeoLab 4、密閉型サブウーファー“BeoLab 16”
 
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ラウドスピーカー”BeoLab 12”とサブウーファー”BeoLab 11”LED液晶ディスプレイBeoVision 11”
 
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BeoLab 15/16とインテリジェント・ミュージック・システム”BeoSound Moment”(写真中央)
 
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アンプ内蔵ラウドスピーカー“BeoLab 3
 
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壁面に設置できるLED液晶ディスプレイ”BeoVision 11”
 
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創業90周年記念コレクションは試聴室にもある“BeoLab 18”と”BeoVision 11”の組み合わせ
 
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ヘッドフォン BeoLab H
 
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ポータブル・スピーカー“BeoPlay A2”
 
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他に輸入家具のボーネルンドとビューティサロンのCu by ukaもあるようですが、正午が近くなったため食事処を探すため中央通路「リボンストリート」に出ました。テラスマーケットの一等地に入店する、ラーメンの「一風堂」やニューヨーク発のカフェ&レストラン"Bubby's"、そしてスペイン・マドリード発のデリカテッセン「マヨルカ」など、有名店は軒並み長い行列ができていました。
 
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そこで、休憩を兼ねて”iTSCOM STUDO & HALL”を覗(のぞ) いてみると、ステージでは午後1時から吹奏楽器の演奏会が開催されると表示されていますので、軽食が提供されるこの会場で待つことにしました。
 
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飲み物として、私が生ビール(500円)、同行者はアイスチャイフロート(300円)、そしてドネルケバブ(500円)を2人でシェアしました。辛味が効いたドネルケバブは期待通りに食べやすい味で、美味しく完食しました。
 
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少し物足りなかったのか、同行者はアサイーボウル800円(ちなみに小は500円)を”ENNICHI”の店で求めました。
 
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(続く)

2015年5月 7日 (木)

二子玉川ライズ・ショッピングセンターがグランドオープン(その1)

4月24日にテラスマーケットが新設オープンしたばかりの二子玉川ライズ・ショッピングセンターへ出かけました。東急田園都市線二子玉川駅で下車し、ライズ・ショッピングセンターのタウンフロントと同じくリバーフロントの間を抜ける中央通路「リボンストリートを歩くと、イベントン・フォメーション・デスクに行き当たりました。施設のレイアウトを説明するパンフレットをもらいました。
 
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デスクの先に、テレビで観たことがあるオランダ人の彫刻家テオ・ヤンセン氏が開発した風の力を利用して動物のように移動する白いブラスチック製チューブで組み立てられた「ビースト」が何種類も展示されていました。想像していたよりも巨大です。
 
 

アニマリス・ジアメシスは、「高さ4.4m、長さ12m、幅4mの大きさで、”Siamesis”とはラテン語で「シャム(タイ)」を指す言葉。2頭のビーストそれぞれの翼が共通の背錐(せすい、クランク)でつながっている結合双生児であることに由来する名前。糸、竹の棒、テープ、ゴムなどを一切使わない100%プラスチック製の歩行ユニットを持った初のビースト。一つの素材だけでビーストを生み出すというテオ・ヤンセンの哲学にかなっている」と説明されています。6
 
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「マリス・ペルシピエーレ・プリマス」は、「”Percipiere”はラテン語で感じる・ちかく知覚する、”Primus”は第一のという意味。ペルシピエーレ族の最初のビースト。風にはためく翼の働きにより胃(ペットボトル)に圧縮空気をためそのエネルギーで歩行した。車輪によって翼の質量を支えている。(以下省略)」とあります。
 
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バスロータリーの先に”rise”と表示された建物が見えます。その後方の高いビルは完成間近の二子玉川ライズ・タワーオフィス(地上30階、地下2階)で、7月17日には二子玉川エクセスホテル東急が最上階(28-30階)で開業する予定であり、8月を目途に楽天の本社機能が東品川からこのビルへ移転(2-27階)することが発表されています。
 
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駅方向を振り返ると下層に多くの店舗が並ぶ二子玉川ライズ・オフィス(2010年竣工、地上16階、地下2階)が聳(そび)えています。同ビルの下層階はライズ・ショッピングセンター(リバーフロント)があり、その隣のガレリア(屋根のある歩行者通路)を挟(はさ)むように、同(タウンフロント)が向き合っています。
 
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前方に階段が見えてきました。中央広場とテラスマーケットはその前方にあるようです。
 
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写真では分かりにくいのですが、階段の蹴上(けあげ)にはLEDランプが埋め込まれていて、色鮮やかな模様が表示されています。
 
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中央通路「リボンストリート」の階段を上がると中央広場で4月24日から5月6日まで開催されている「太陽と星空のサーカス」(ENNICHI at 二子玉川ライズ)に行き当たりました。30ほどのブースが押し合うように立ち並んでいました。各ブースをゆっくり見て歩きたいところですが、その前に立ち寄る場所があることを思い出しました。
 
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そこで駆け足で見て回ることにしました。最初は帽子屋さん、次いで女性向けの小物を売る店。
 
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奥には移動屋台(ネオ屋台
 
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ラジオ局”WATORADIO”のブース(YouTubeにアップされています)
 
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この日(5月3日)まで待ってこの場所を訪れた理由は、「ライフスタイルを買う家電店」のキャッチフレーズを付けた書店の「蔦屋家電」(TSUTAYA ELECTRICS)とテナントの9店がいずれもこの日にオープンするからなのです。
 
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残念ながら「蔦屋家電」の店内は撮影禁止でしたので、店内の構成とポイントと思われることを簡単に紹介します。テラスマーケット(南側)の1階と2階には最近の書店で流行している飲食コーナーや物販コーナーを併設した書籍売り場がテーマごとに配置されていました。1階には文具/映像・音楽・サウンドレンタル・ネットワーキング/写真・モバイルのコーナーに加えて蔦屋家電”Apple Authorized Reseller”・スターバックスコーヒー・ファミリーマート・電動アシスト自転車のモトペロニが、2階にはキッチンや季節家電のコーナー(関連の書籍と雑誌)・家具のあるフレックス玉川・ボタニカルショップのSOLLSO HOME・カフェ/飲食のGOOD MEALS SHOPや食・美容・健康ハウスキーピングの書籍コーナーが並んでいました。中央にはソファーが配置されていて、来店者は書籍の内容をじっくり確認することができる配慮がなされています。

 

私が目を惹かれたのは“CAMBIUM”製サドルを取り付けた高級感溢れる自転車と昔懐かしいドイツのオルトフォン製糸ドライブ式の巨大ターンテーブル“Solid Royal”(レコードプレイヤー)が展示されたエリアです。もちろんその周りには関連の書籍が平積みされていました。その他の書籍を並べた書架は配置に余裕を持たせてあり、アメリカの書店に似た雰囲気がありました。余談ですが、アメリカの大型書店は床にカーペットが敷かれていることが多く、「立ち読み」ならぬ「座り読み」をする若者たちをよく見かけました。1階と2階の各売り場には「コンシェルジュ」と呼ばれるスタッフが配置されていて、来店者が気軽に声を掛けられるような雰囲気で迎えてくれたことも印象に残りました。(続く)

2015年5月 6日 (水)

亀戸天神の藤祭り(続編) 「うるおいの木かげ道路」から「北斎通り」へ

参道の左手奥(心字池の周辺)にも見るべきものがいくつもあるようですが、境内を歩く参拝客の数が増えて、しかも日差しが強くなってきましたから亀戸天神を退出することにしました。太鼓橋(男橋)から見る参道と鳥居です。参拝者と藤の花を観賞しようとする人たちが蔵前橋通りから次々と参道に入って来ます。その人波に気をつけながら蔵前橋通り方面へ歩きました。参道の延長線上にあるビルにも船橋屋の看板が見えます。
 
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参道から蔵前橋通り(都道315号)に出て、横断歩道を渡りました。写真は蔵前橋通りの東方面です。そのまま東進すれば、約1.3km先で旧中川を、約3kmで荒川を越えて東京都の東端にある江戸川区へ至ります。
 
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蔵前橋通りの南側から亀戸天神を撮影しました。参道の角にも船橋屋の看板が見え、参道の両側に設置された赤い柱の街灯はガス灯かとも思いましたが、配電線が確認できすから間違いなく電気を使った街灯です。ちなみに、日本で最初のガス灯は横浜に設置されましたが、1855年ころに南部藩の医者である島立甫が亀戸天神近くの自宅でガス灯の実験をしたとの記録があるそうです。
 
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蔵前橋通りへ出て天神橋方面へ歩き、その袂で左に折れて横十間川沿いに伸びる「うるおいの木かげ道路」を南へ歩きました。
 
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何艘(なんそう)ものカヤックが横十間川を下って行きました。
 
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舗道のタイル画
 
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亀戸2丁目団地には鯉のぼりが・・・
 
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横十間川に架かる錦糸橋を渡ります。
 
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橋の上から見た東京スカイツリー
 
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総武線の鉄橋付近で先ほどのカヤックたちが休憩していました。ここが折り返し地点なのでしょう。
 
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錦糸橋から西へ上る道を錦糸公園方面へ歩きました。この先にある北斎通りは葛飾北斎にちなんで付けられた名称で、東は錦糸町の大横川親水公園付近から西は葛飾北斎生誕の地がある清澄通りとの交差点まで続いています。反対の東方向へ500mあまり歩くとJR総武本線の亀戸駅に行き当ります。
 
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白いマンションのベランダに花園を見つけました。そこで、東京スカイツリーを入れて撮影。
 
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錦糸公園の野球場脇を通ります。
 
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四つ目通りに出たところでもう一度東京スカイツリーを撮影
 
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四つ目通りを横断して錦糸町駅方面へ歩きました。
 
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JR総武本線の錦糸町駅
 
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駅北口にあるステーションビルTERMINAの脇を歩く同行者
 
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昼食は錦糸町駅南口のTERMINAにあるガスト。私はCMで知った「ミスジステーキ(ガーリックソース)」(999円+税)を、同行者は「さっぱり大根おろしの和風ハンバーグ」(5999+税)を注文。いずれも味は可もなく不可もなくでした。

 

<同行者のコメント> 亀戸へ行くと言う旦那様についていきました。2か月前に湯島天神へ連れて行かれたばかりですが、今回の目的地は亀戸天神の方でした。よほど天神様が好きなのですね。そういえば、京都長岡天満宮にも参拝したことがあります。それはさておき、満開の藤棚はとてもきれいでした。自宅を少し早めに出かけたことで、混雑のピークが来る前に亀有天神に参拝して藤棚をゆっくり鑑賞することができました。でも、錦糸町駅との往復は結構な距離で歩き疲れました。それに、昼食にはもう少し落ち着ける場所が良かったのですが、旦那様はどうやらステーキが食べたかったようです。「年齢相応の健康を維持するにはできるだけ肉を食べる必要がある」と日ごろアドバイスしているからでしょうか。(終)

2015年5月 5日 (火)

亀戸天神の藤祭り(後編)

青鷺(あおさぎ)のようです。
 
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間近で見る藤棚
 
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小さな平橋の先にある2つ目の太鼓橋(女橋)ら見た本殿
 
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亀戸天神の藤棚は新東京百景に指定されているようです。ちなみに、先に紹介した湯島天神も同様です。
 
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「五歳の菅公」像
 
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幸運を招く鷽(うそ)は木の枝で作った「うそどり」を神前に奉納すると開運出世幸福が得られるという大宰府天満宮の風習に倣(なら)って亀戸天満宮でも江戸時代後期の文政三年(1820年)から木彫りの鷽が授与される神事が1月下旬に行われているそうです。
 
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菅原道真を祀る亀戸天神(正式名称:亀戸天神社)の本殿にお参りしました。
 
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亀戸天神のhpに説明されているある由緒によると、『九州太宰府天満宮の神官であった菅原大鳥居信祐公(道真公の末裔・亀戸天神社初代別当)が神のお告げにより、正保三年(1646年)菅公ゆかりの飛び梅の枝で天神像を刻み、天神信仰を広めるため諸国を巡る途中に江戸の本所亀戸村にたどり着き、村に元々あった天神の小さなほこらにご神像を祀ったそうです。天神を篤(あつ)く信仰していた四代将軍家綱公は現在の社地を寄進し、寛文二年(1662年)に太宰府の社にならい、社殿、回廊、心字池、太鼓橋などを営み、以来約350年後の今日まで東国天満宮の宗社として崇敬されてきた』とのこと。

 

ついでにプチ薀蓄(うんちく)です。亀戸を「かめいど」と読むのは複雑な背景があることを知りました。昔、この地区は亀の形をした島であったことから亀島と呼ばれていましたが、土砂が堆積して近くの島と一体となったことで亀村と名を変え、さらに亀戸天神の近くにあった臥龍梅庭(がりゅうばいてい)の井戸の名称「亀ヶ井」と混同されて亀井戸となり、いつしか真ん中の「井」がとれて亀戸となったのだそうです。

 

右手に出ると立派な舞台がありました。「天神囃子(てんじんばやし)」の看板がありますから演奏会があるようです。
 
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ほどなく天神囃子の演奏が始まりました。大太鼓、小太鼓x2、鉦(かね)、横笛の編成はインドネシアのガムランに似て、軽快なリズムを刻み、約15分演奏が続きました。
 
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拝殿の右手奥には普門院(毘沙門天)と光明寺があるようですが、境内の藤棚を観賞するだけにしました。藤棚を下からライトアップする設備がここにもあります。ちなみに、後方に見えるのは女橋(右)と弁天社(左)です。
 
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花園社は菅原道真の北の方(妻)、宣来子(のぶきこ)の方と子供たちを祀っていることが立て看板に説明されています。
 
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池の対岸に見える種に塗られた欄干(らんかん)は参道の小さな平橋です。
 
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聖廟900年御忌句碑には芭蕉の「しはらくは 花の上なる 月夜哉」の句
 
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句碑と東京スカイツリーを入れて藤棚を撮影
 
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月並みなレイアウトですが藤棚越しに見る青空に浮かぶ東京スカイツリー
 
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岸辺で甲羅干しをする多数の亀たち
 
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藤棚越しに見る東京スカイツリーをこれまた在り来たりのレイアウトで撮影
 
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(続く)

2015年5月 4日 (月)

亀戸天神の藤祭り(前編)

4月下旬の日曜日(26日)、半蔵門線の錦糸町駅で下車し、4番で出入口を出て錦糸公園の中を抜けました。隣接する高層ビルはオフィスビルのオリナスタワー(左)と高層マンションの”Brillia”タワー東京(中央)です。右端にショッピングモールの”olinas”コアも少しだけ写っています。
 
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オリナスタワーの左手には東京スカイツリー
 
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墨田区総合体育館を回り込むようにして北上しました。
 
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東西に伸びる蔵前橋通りの天神橋を渡って江東区に入りました。
 
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天神橋の下を流れる横十間川では改修工事が行われています。川の両岸に遊歩道が造られるのかもしれません。
 
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天神橋の先には「亀戸天神 藤まつり」の幟(のぼり)が雰囲気を盛り上げています。
 
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50mほど先にある創業210年の老舗和菓子店「船橋屋本店」には長い行列が出来ていました。葛餅(くずもち)と餡蜜(あんみつ)に人気があるようです。
 
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さらに50mほど先で亀戸天神の参道が左手に伸びていました。
 
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屋台が並ぶ参道を鳥居の方向へ歩きました。「焼きラーメン」派手な幟(のぼり)が目立ちます。「焼きラーメン」はもともと福岡の地元グルメでしたが最近は全国区になったようです。
 
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参道の脇にも船橋屋の店舗がありました。
 
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大鳥居の先は太鼓橋があるようです。
 
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鳥居をくぐった太鼓橋の袂(たもと)に差し掛かると、みごとな藤の房(ふさ)が目に飛び込んできました。
 
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藤の房を近接撮影
 
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池を背景にした右手の藤棚
 
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太鼓橋(男橋)の上からその藤棚を撮影
 
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左手の池(心字池)には甲羅干(こうらぼ)しをする亀が2匹、仲良く寄り添っているように見えます。番(つが)いなのでしょうか。
 
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太鼓橋の上から見た境内を覆いつくすような藤棚の先に拝殿が見えました。
 
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代表的な白梅の白加賀越しに見る藤棚には下からライトアップする設備(イルミネーションランプ)が確認できます。
 
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(続く)

2015年5月 1日 (金)

インドネシアの遺跡と舞踊劇を楽しむ旅 ボロブドゥール遺跡(終) 全景鑑賞とマノハラ・ホテルのカフェ

第1回廊から見た南側の出入口付近
 
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同じく西側の出入り口付近もほとんど同じレイアウトになっており、他の出入り口との違いを見つけることは困難です。
 
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参拝客の出口となっている北側から見たボロブドゥール寺院の全景
 
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こちらの獅子(ライオン)像はかなり傷んでいます。
 
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西側から見たボロブドゥール寺院
 
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獅子(ライオン)像
 
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現地ガイドがベストアングルという北東の角から見たボロブドゥール寺院
 
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東側の入口付近は朝日に照らされて立体感が強調されています
 
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写真撮影に向いているためか、カメラを構える人たちが何人もいました。
 
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石段を下りるときに不思議なものを見かけました。箒(ほうき)のようですが先端までの長さが不ぞろいなのです。
 
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私が興味を持ったことを察した清掃スタッフはポーズをとってくれました。
 
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清掃スタッフが作業を再開すると理由がすぐ分かりました。石段を掃いているうちにこの形状になったのです。
 
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ユネスコの世界遺産に認定された記念碑です。現地ガイドはここでも私と同行者を入れた記念写真を撮ってくれました。
 
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階段を下りて木立の間に見えるボロブドゥール寺院は自然と調和しているように見えます。10年前の2005年に投稿した「想い出に残る海外の旅行先」の記事の中で「これから行きたい所」に挙げたボロブドゥール遺跡は期待通りに素晴らしい仏教寺院でした。それに、日本人観光客で溢れるバリ島とはことなり、早朝に2時間弱滞在したボロブドゥール遺跡で見かけた観光客はインドネシア人と西洋人がほとんどで、日本人の姿はほとんどありませんでした。
 
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午前7時少し前、ボロブドゥール遺跡の入場口を兼ねるマノハラ・ホテルのカフェ(コーヒショップ)に立ち寄りました。
 
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休憩を兼ねた軽い朝食です。同行者はもちろんジャワコーヒー、私はジャスミンティー風の紅茶を選び、“Pisang Goreng Keju”(バナナの天ぷらチーズ掛け、つまりバナナフリッターチーズ)と小さな笹寿司のような形をした「焼きおにぎり」を添えました。
 
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ジャワ島訪問のハイライトであるボロブドゥール遺跡を紹介し終えたところで投稿を小休止します。(続く)

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