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2015年5月31日 (日)

インドネシアの遺跡と舞踊劇を楽しむ旅 ジョグジャカルタ市内 ブランバナン遺跡公園(その2)

プランバナン遺跡公園同行者は「プラナバン寺院」と背比(せいくら)べを楽しんでいます。かなり前方に“CANDI PRAMBANAN”の看板が見えますから、そこが「プランバナン寺院」(中苑・内苑)の入口のようです。
 
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参道沿いには修復工事の様子を説明する立て看板が並んでいました。これが地震発生前のプランバナン寺院の写真で、内苑のほとんどと中苑のほんの一部が地震発生前に修復されていたことが分かります。
 
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地震発生直後にはスツーパなどの大きな装飾が地上に落下し、寺院の建物にひび割れや変形などが見られます。
 
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修復工事では足場が組まれ、かなり大規模であることが分かります。
   
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説明看板には以下の説明文が書かれていましたので、興味のある方はお読みください。
 
『修復には、考古学者、民間の技術者、建築家、地質学者、地震学者、その他国内外の専門家が参加した。主な修復プロセス: 最初の数週間は被害状況を調査・確認、次いで被害が拡大しないように足場を組んで構造を補強、地形調査によって周辺地域の地震活動を判断しながら地盤レーダーの専門家が寺院内部の構造を測定、搬出ルートおよび破壊した石と破片を元の場所に再設置するまで保管する仮置き場の準備、寺院の基礎における構造的な被害(石のひび割れと変形)を観察するために掘った穴、研究所で土壌と石を調査、修復工事の準備作業として破損した石と破片を登録・分類、構造物の下にある土の強度を把握するために寺院の構造に焦点を当てた地球磁気調査と土の物理的な分析、野外調査はコンクリート構造の試験とコンピューターを用いた構造分析。インドネシア当局に採用された戦略にしたがい、修復作業はまずガルーダ堂、次いでナンディン堂、ハンサ堂、ヴィシュヌ堂、ブラフマー堂、シヴァ堂と続いた』 
  注)ハンサ(Angsa)堂は内苑の左手前角にある小さな建物

 

入場口の脇にある白い看板には「世界文化遺産(No.642)」と表示されています。
 
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内苑に近づくと案内所にあった模型の通りに、「シヴァ堂」(高さ47m)を中心に、「ヴィシュヌ堂」(右手、高さ23m)、「ブラフマー堂」(左手、高さ23m)、手前に「ナンディンまたはナンディ」(中央)「ガルーダ」(右)「ハンサ」(左)のお堂、そしてその周辺にもお堂が何基か立ち並んでいるのを確認できました。(航空写真)ちなみに、出口は北側にあるようです。
 
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参道の右手にインドネシアの国章が上部に描かれ石碑に興味を持ちました。
 
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石碑に書かれたインドネシア語を和訳してみます。“DENGAN RAHMAT TUHAN YANG MAHA ESA”は「偉大である唯一神の慈悲とともに」、“PURNA PUGAR(*) CANDI PRAMBANAN”は「完全な(あるいは修復済みの)プランバナン寺院」、“CANDI SIWA DAN CANDI APIT UTARA”は「シヴァ堂とそれを取り囲む堂の集合」、“PASCA GEMPA”は「地震の後で」、”DIRESMIKAN OLEH”は「~によって開かれた」(修復されたの意味か?)、”WAKIL PRESIDEN INDONESIA”は「インドネシア副大統領」。つまり、これは2009年10月20日から2014年10月20日までの5年間、ユドヨノ大統領の下で副大統領であった中央銀行総裁・経済学博士・大学教授の経歴を持つ“Boediono”(ブディオノ)氏が任期が終わる前日の2014年10月19日に建立された修復記念碑でした。
 *インドネシア語で“PURNA”は「完全な」、そして“PUGAR”は「とても元気な」を意味しますから、無傷(あるいは修復済み)と理解

 

中苑エリアでは地震で崩壊した遺跡の石がまったく修復されずに無造作に積まれていました。写真は右手(北側)です。
 
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正面に「ナンディン堂」と後方の「シヴァ堂」が重なって見えます。「禁煙」(右手)とともに「並んでください」(左手)の警告板がありますが、この日は入場者が少なく、そのまま正面の階段を上がりました。
 
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「ナンディン堂」の脇を抜けて「シヴァ堂」へ向かいました。その階段では記念撮影する人たちが。そして、巨大なカーラ(冥界の主)が入口を守っているのが確認できました。
 
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「シヴァ堂」の上部には仏陀(ぶっだ)の頭にある螺髪(らはつ、らほつ)のように数多くの「ストゥーパ」(卒塔婆)が飾られています。ちなみに、螺は巻貝のことですが、仏陀の螺髪は知恵の象徴とされます。ヒンドゥー教寺院の説明に仏陀を持ち出すことは変に思われるかもしれませんが、ヒンドゥー教でも釈迦(しゃか)、つまり仏陀を「ヴィシュヌ神」の化身とする考えがあるようです。
 
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シヴァ堂は燃え盛る炎のような形をした塔(高さ47m)で、上部には無数のリンガ(シヴァ神の象徴)で装飾されています。堂内には中央にシヴァ像、南室にアガスティア、西室にはガネーシャ、北室にシヴァの妻ドゥルガーの像があるようです。

 

左手(南)方向を見ると、ブラフマー堂(右端、高さ23m)の前にある他よりかなり小さなアピト堂と南の出口が並んでいます。
 
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右手には、ヴィシュヌ堂(左、高さ23m)、北の出口(中央)、アピト堂(右)があり、それらの後方にはボロブドゥール寺院からも見たMerapi”(ムラピ)山が雲の間から覗(のぞ)着始めました。
 
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「シヴァ堂」に近づくとその正面(東側)にある石段脇には口から何かを出している動物の親子像がありました。(名称不明)
 
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その左側の祠(祠)のような窪(くぼみ)みにも“C.SIWA”(シヴァ堂)と表示されています。
 
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その左手には中央に獅子の神「シンハー」の像、左右に天国の樹「カルパタール」と半人半鳥の女神「キンナラ」のレリーフがありますが、キンナラのレリーフを配した建築装飾はプランバナンを代表するモチーフで、「プランバナン・パネル」と呼ばれるそうです。
 
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竜の形をした雨水の吐口(はきぐち)
 
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昨年(2014年)まで修復工事のため立ち入れなかったそうですが、現在は中へ入れるようですから石段を上がることにしました。すると、現地ガイドが記念撮影を勧めてくれるので、石段の上段にいるところを写してもらいました。
 
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(続く)

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