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2015年7月11日 (土)

信州の清水と遺跡を訪ねるドライブ旅 国宝松本城(その3)

順路にしたがって階段で3階にあがります。大天守の3階は乾小天守三階と同じく下から二重目の屋根がこの階の周囲を巡ってつくられているため窓が作れません。隠し階、暗闇重などと呼ばれています。戦時は倉庫・避難所としてつかわれたと考えられているそうです。
 
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3階から短い階段で4階へ上がると雰囲気が変わりました。1階から3階より柱が少なく、天井が高く、四方の窓から光が入るため、広々として開放的な室内です。
 
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次いで、4階から5階へ上がる急な階段が待ち構えていました。4階の床と天井の間は4メートル弱あるそうです。
 
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大天守5階は3間x3間の広さがある大広間となっていました。4階よりもさらに天井が高く(約4.5m)、四方に窓が開いていて戦況を確認できるため、有事には作戦会議室だったそうです。
 
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東西に千鳥破風、南北に唐破風が取り付けられ、室内には破風の間があり、武者窓から全方向の様子を見ることができます。
 
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武者窓(むしゃまど)
 
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大天守の最上階(6階)へ上がります。周囲に3尺(90cm)通りの入側(いりかわ)が巡る3間の一部屋となっています。畳を敷くと京間16畳(階段を除く)となり、有事には最高幹部の司令塔(城主の座所)となったところとのこと。
 
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6階の屋根裏は太い梁が井の字の形に組まれ(井桁梁/いげたばり)、四方へ出て軒をつくる垂木の下に、さらに太い桔木が外側に向かって放射状に配置されています。これは天守最上階の重い瓦屋根の軒先が下がらないように支えるため、テコの原理を使った装置です。乾小天守四階にも同じ桔木(はねぎ)があるそうです。
 
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「東方向の展望」を説明する写真パネルには山辺谷から美ヶ原が表示されています。
 
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ほぼ同じ東方向を撮影さいました。芝生に覆(おお)われた本丸には本丸御殿跡の形状が瓦を使って表示されているのが確認できました。ちなみに、本丸御殿跡の右奥に見える平屋の建物は売店で、その先(城外)には松本市役所の建物も見えます。
 
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「南方向の展望」を示す写真パネルには松本市街の中心部と塩尻・木曽方面が
 
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「西方の展望」を写した写真パネルには、安曇平とその先にある北アルプス(乗鞍岳・槍ケ岳・常念岳・燕岳など)が
 
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「北方の展望」の写真パネルには信州大学と重文開智学校から放光寺・城山方面が
 
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元和3年(1617)松本に入封した戸田氏が天井近くに祀(まつ)ったされる二十六夜神は、月待ち信仰であるとともに、松本城の守り神でもあるとのこと。
 
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(続く)

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