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2015年9月18日 (金)

「人生の目的」を考える

家族、地域社会、学校における日本の若者の満足度が主要国で最低水準であるとの調査結果が、この数年に行われた各種調査、例えば「第8回世界青年意識調査」(平成21年)、”Satisfaction with Country's Direction 2013”(2013年度 国の方向性に対する満足度、39か国中18番目)、国連の「世界幸福度報告書2013」(45か国中43位)、“ISSP(International Social Survey Programme)”(2005年職業意識調査、32か国中28位)などで明らかにされたことが以前から気に掛かっていました。欧米先進国はもちろん発展途上国に比べても悪い結果なのです。

 

最近の別の調査(内閣府による「平成25年度 我が国と諸外国の若者の意識に関する調査」と「平成26年版子ども・若者白書」など)では、日本人の若者が海外の若者と比較して価値観が大きく異なることが明らかになっています。比較対象であるアメリカ・イギリス・ドイツ・フランス・スウェーデンの5か国よりも(最下位の韓国に次いで)日本の若者には、「就職」「仕事」「自分の将来」について不安を覚える意見が多い(多くの悩みを有している)そうです。ちなみに、欧米諸国の中では、意外にもフランスが「政治や社会」の悩みを持つ割合が高いことにより、トータルでは韓国や日本と同様に、高い割合で「不安や悩み」を抱えているとのこと。

 

具体的には、日本の若者は、『「政治や社会」において他国と比べて政策決定に自らが関与することは望まない』と考え、『何をすれば良いのか戸惑っている状態である』そうです。また、「家族」「異性との交際」では、不安を抱いているため、気が付いてみれば孤立と疎外感(そがいかん)を生んでいるようです。つまり、人との関係性において「不安や悩み」を抱えているのです。調査結果の分析によると、日本の若者は他国の若者に比べて、内向的・マイナス思考的な項目で他国と比べて高い値(ポジティブな考え方が苦手な)傾向が出ており、「自分が他人に役立つ存在である」と認識することで、初めて自分の満足・充足感を得る傾向が強いと同調査報告書は分析しています。

 

今回のブログ記事は、その背景に経済情勢と雇用環境の大きな変化があったとの視点に立ち、この20年の日本経済の推移を振り返った上、若者にとっての「人生の目的」について私見を述べたいと思います。

 

                           ☆

 

まず、バブル経済の崩壊後、経済的な停滞(あるいは衰退)が20年以上続きましたが、その間に日本人の考えが変わってしまったように思われます。かなり古い話ですが、明治時代には「末は博士か大臣か」に象徴され、軍国主義が日本を覆(おお)った戦前は「軍人さんになりたい」であり、戦後は高度経済成長政策(1954-1973年)に組み込まれた若者が豊かな生活を求めて集団就職で大都会を目指しました。貧しさから脱出したいとの切実な気持ちがあったと思います。団塊の世代である私もその時代の後期に就職のため上京した一人でした。

 

1980年代には「ジャパン・アズ・ナンバー・ワン」(1979年の社会学者エボラ・ヴォーゲル著作)に象徴される日本の絶頂期でした。若者たちは豊かさに酔いしれ、年配者は戦中戦後の貧しさから豊かさの高みに上った感慨に耽(ふけ)りながら、その好ましい状況が未来永劫(えいごう)続くと考えた(あるいは疑うことはなかった)のです。そして1990年頃に明治時代から信奉(しんぽう)されてきた土地神話が突然崩壊し、土地を所有することが資産価値を増大させるとの考えが幻想であったことを思い知らされたのです。いわゆるバブル景気の崩壊(1991-1993年)です。その引き金となったとされるのが1985年の「プラザ合意」。ドル高による貿易赤字を解消したいアメリカが主要国と協調して為替介入を行いました。このため急な円高が状態になって、それまで1ドル240円前後であった為替レートが1ドル120円近くに急騰したのです。

 

これに対処しようと日本政府は国内需要を喚起する政策を実行したため、株式相場と土地価格が急騰して、金融機関の貸し出しが急増、企業や個人の投資が拍車をかけました。海外の投資家も魅力的な投資先として日本を選び、「地上げ」と言う言葉が流行したのもこの頃です。そして、実態経済に裏付けされないバブル経済は一気に収縮過程に入る「バブル崩壊」が待っていたのです。しかし幻影に惑わされた人々はそれに気づかず「茹(ゆ)でガエル」となって行ったのですが、大手銀行と住専(住宅金融専門会社)の破綻(はたん)で人々も夢から現実に引き戻されました。そして失われた20年以上が経過した今日までその後遺症が続いています。

 

こうして、終戦時の衝撃に近いショックを日本人が受けたのです。貧しい時代を経験した年配者には戸惑いながらも受け入れる力があったと思いますが、若者たちは突然崖から突き落とされたような衝撃を受けただけでなく、価値観の喪失(そうしつ)、自己責任論の浮上、そして就職氷河期と所得格差が追い打ちを掛けました。以上、長々と戦後の日本経済の盛衰を述べましたが、「失われた20年」とそれにともなう「家族の崩壊」や「人と人の絆(きずな)が消失」した社会の変質が若者の考え方に大きな影響を与えたことは、ここでは具体的に説明しませんが、論を待たないでしょう。

 

                           ☆

 

さて大上段に構えたタイトル「人生の目的」の本題に入ります。結論から言えば『人生に目的はない』と私は考えています。と言うと、『タイトルに偽りがある』、あるいは『暴論すぎて話にならない』と思われた読者がいらっしゃるかもしれません。そこで、もう少し分かりやすい言い方に変えると、『人生の最終目的は次の世代にバトンタッチして幸せに死ぬこと』だと私は信じているのです。それ以外のことはその時々に達成したい目標、つまり「街道筋の一里塚」、あるいは「富士山の何合目を示す標識」のようなものだと考えるのです。

 

そうは言っても、どうしても具体的な目的に拘(こだわ)りたい人がいらっしゃるかもしれません。たとえば、多くの家族に囲まれて惜しまれながら死にたいと願う人は、幸福な大家族を築く方法を考えるべきです。有り余るお金に囲まれて死にたい人は、金儲(かねもう)けの方法を考える必要があります。長生きをしたい人は、健康に留意して、定期的に人間ドックを受診し、もし異常が見つかれば早期治療に心掛けるべきでしょう。出世して盛大な社葬を挙げてもらいたい人は、組織内の競争に打ち勝つ(時にはライバルを蹴落とす)テクニックを磨(みが)くと良いでしょう。

 

しかし、20歳前後で社会へ出る若者にとって、寿命を迎えるであろう60年後に向けて「人生の目的」を設定することは、天啓(てんけい)を受けた人を除けば、とても難しいことだと思います。その対極の方法は、『今、自分に何ができるかを絶えず考えて実践しながら、さらにその先のことを考えるやり方』です。とにかく次の一里塚(次の目標)まで歩こうと考えて、そのために必要な努力を積み重ねるのです。

 

「やりたいことが見つけられない」とか、「自分探しをしたい」とか主張する若者を見かけます。「やりたいこと」や「自分を探すこと」は、「青い鳥を探すこと」と同じで、無益なことだと私は思います。「自分へのご褒美(ほうび)に何かを買う」というのも自分に拘(こだ)わりすぎる考え、つまり自己愛に基づく行動と言えそうです。私にはこれらの人が「人生の目的」どころか、「当面の目標」すら持っていないことへの言い訳をしているように聞こえてしまいます。あるいは、自分の能力や適性を考えないで、『何か遣(や)り甲斐(やりがい)のあることが必ずあるはずだ』と高望みしているのかもしれません。

 

少し乱暴ですがこの考え方をゴルファーの心理に置き換えると、ショートホール(パー3)で絶えずホールインワンを狙う、あるいはミドルやロングホールでは他のプレーヤーの飛距離をいつもオーバードライブしようとする勇敢(身の程知らず)なアマチュア・ゴルファーに有り勝ちな考えといえるでしょう。つまり、幼児期全能感(注;どんなことでもできると思う子供の錯覚)から脱皮できないため、自らの現有能力を過大評価し、向上心に欠ける場合が多いと思います。私は「努力するプロセス」と「小さな達成感」の中から次の目標が見えてくると考えています。さらに言えば、『努力することが幸運を呼び込むと信じている』、と表現できるかもしれません。

 

たとえ、その努力がすぐ目に見える成果を生まなくても、いつの日か役立つことが多いものです。出来ることから一つずつ努力してみませんか。それも明日からと言わないで今すぐに。ちなみに、私のモットーは、『あわてる乞食(こじき)はもらいが少ない』や「急(せ)いてはことを仕損じる』ではなく、『善は急げ』と『思い立ったが吉日』なのです。

 

最後に、親鸞(しんらん)聖人の言葉を紹介しましょう。それは、『万人共通の生きる目的は、苦悩の根元を破り、「よくぞこの世に生まれたものぞ」の生命の大歓喜を得て、永遠の幸福に生かされることである。どんなに苦しくとも、この目的果たすまでは生き抜きなさいよ』です。そして作家の五木寛之氏は『人生の目的は「自分の人生の目的」を探すことである』と語っています。

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