湘南散策ドライブ 大磯城山公園・旧吉田茂邸地区
国道1号に出て二宮町方面へ50mほど戻り、「大磯城山公園・旧吉田茂邸地区」の青い案内標識がある駐車場に車を停めました。「旧三井別邸地区」と国道1号を挟む位置にあります。

今から30年ほど前、子供たちがまだ小さかったころに一度訪れたことがある場所ですが、当時の駐車場はこんなに立派ではなかったと思います。

大磯城山公園のhpには「旧吉田茂邸地区」について、以下の説明が掲載されています。
旧吉田茂邸は、明治17年に吉田茂の養父健三が別荘として建てたもので、吉田茂が昭和19年頃から、その生涯を閉じる昭和42年までを過ごした邸宅です。政界引退後も多くの政治家が「大磯参り」を行い、また、元西独首相アデナウアー氏や、当時の皇太子殿下(今上天皇)と同妃殿下などの国内外の要人が招かれました。吉田茂没後には、大平首相とカーター大統領の日米首脳会談が実施されるなど近代政治の表舞台としても利用されました。
豪壮数奇屋建築風の総檜造りの本邸は、建築家吉田五十八の設計のもと、京都の宮大工により建設されました。日本庭園は、世界的作庭家中島健が設計したもので、本邸周辺部分は、日本庭園研究家の久恒秀治によって造られました。
吉田茂がよく散歩をしていたといわれる庭は、心字池や築山のある日本庭園、松林、バラ園、サンルームがあり、その日本庭園にはあまり用いられないカナリーヤシが植えられるなど、海外赴任生活の長かった吉田茂の嗜好の多様性、様式にとらわれない人間性が色濃く反映された庭園となっています。
☆
駐車場から左手の階段を上がると、国道1号に面した正門から続く砂利が敷かれたエントランス道へ出ました。

砂利道をさらに進むと兜門(かぶともん)がありました。『サンフランシスコ講和条約締結を記念して建てられた門で、別名「講和条約門」とも言われています。軒先に曲線状の切り欠きがあり、兜の形に似ていることから「兜門」とも呼ばれます。京都の裏千家の兜門と同じ製作者を京都から呼び寄せて造られ、昭和29年に完成しました。屋根は「檜皮葺き」という、伝統的技法が用いられており、焼失を免れた内門は貴重な建築物です』(大磯城山公園のhpより)

門を抜けると、芝生の遊歩道が一直線に伸びていました。前方には大磯らしく、南国を感じさせる植栽(しょくさい)が見事です。

『昭和36年頃に完成した日本庭園は、中心となる心字池を邸宅の正面に配置した、池泉回遊式の庭園です。庭園設計者である中島健は、数奇屋建築の本邸との調和や花を愛した吉田茂の嗜好をふまえ、さまざまな草花やツツジ類、ウメなどを多く取り入れ、色彩豊かな庭造りをおこなったと考えられます』(同上)

吉田茂氏が1967年(昭和42年)に生涯を閉じるまで過ごした吉田茂邸は、2009年(平成21年)に消失しましたが、再建工事が現在行われています。

工事用保護フェンスには当時の吉田茂邸の写真がありますが、私の記憶は定かではありません。

工事の様子を別の角度から見るため日本庭園の先に伸びる長い散策路を歩きました。

真新しい材木が使われた建物が一層強く降り始めた雨に濡れています。

散策路はその先で通行止めになっているようですから引き返すことに。その途中、木立の中に見え隠れする建物があります。

そこで、日本庭園の心字池近くを経由して、坂道を上がると正面に七賢堂がありました。

『七賢堂は明治36年に伊藤博文が明治維新の元勲のうちの岩倉具視・大久保利通・三条実美・木戸孝允の4人を祀った四賢堂を自身の邸宅「滄浪閣」に建てたものでした。伊藤博文の死後、婦人により伊藤博文を加えた5人が祀られ、「五賢堂」となりました。昭和35年に吉田茂邸に移設され、昭和37年に吉田茂が西園寺公望を合祀し、吉田茂の死後、昭和43年に佐藤栄作の名によって吉田茂が合祀され、「七賢堂」となりました。兜門やサンルームとともに、焼失を免れ、旧吉田茂邸の歴史を感じさせる貴重な建築物です。正面の扁額「七賢堂」の文字は、佐藤栄作元首相が書いたものです』(同上)

今回は時間の関係で立ち寄りませんでしたが、七賢堂の先に吉田茂の銅像があるようです。大磯城山公園のhpには、『昭和58年に「吉田茂、澤田美喜両先生顕彰建立委員会」によって建立されたもので、日米講和条約締結の地、サンフランシスコと首都ワシントンの方角に顔を向けているといわれています。ちなみに、銅像付近からは眺望が良く、富士山、伊豆半島、相模湾、房総半島などが一望できる』と説明されています。(続く)
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