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2015年10月25日 (日)

秋の京都で神社仏閣巡りを楽しむ 洛北のビュースポット「船岡山公園」と右京区御室大内の「仁和寺」(後編)

参道に戻って勅使門の正面を通過
 
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参道脇にある行幸行啓記念樹
 
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観音堂・御影堂は保存工事中(平成25年4月~平成30年3月)で、観音堂への参拝はできない(御影堂は参拝可)との告知がありました。
 
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「名勝 観音堂」と刻まれた石柱の先に工事用ネットで覆(おお)われた観音堂が見えます。
 
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こちらは「重要文化財 観音堂」の説明パネル
 
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「名勝 御室桜」(おむろざくら)の説明パネルもありました。御室桜は背が低く、つつじのように根元から枝を張って花が咲くことから「お多福桜」と愛称されているそうです。
 
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中門」(ちゅうもん)を潜(くぐ)って伽藍(がらん)の中心部に入りました。
 
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すると右手奥に「五重塔」が聳(そび)えていました。この塔は寛永21年(1644年)の建立で、塔身32.7m、総高36.18mとのこと。5層ある屋根のサイズがほぼ同じであるのは東寺の五重塔と共通します。初重西側には大日如来(だいにちにょらい)を示す梵字(ぼんじ)の額が懸けられています。
 
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正面にある建物は仁和寺の本尊である阿弥陀三尊を安置する国宝の「金堂」(本堂のこと)です。ブロンズ製の灯篭(とうろう)の手前と奥から撮影しました。
 
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『慶長年間造営の御所・内裏紫宸殿を寛永年間(1624~1643)に移築した御堂で、現存する最古の紫宸殿(ししんでん)であり、当時の宮殿建築を伝える建築物として国宝に指定されている。堂内は四天王像や梵天像も安置され、壁面には浄土図や観音図などが極彩色で描かれているそうです。』と説明されています。
 
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重要文化財の「鐘楼」は入母屋造、本瓦葺です。 ちなみに、「楼」は二階建ての建物を指します。階上は朱塗で高欄(こうらん、手すり)を周囲に廻らせ、下部は袴腰式(もこししき)と呼ばれる袴(はかま)のような板張りの覆(おお)いが特徴的です。また、この鐘は周囲を板で覆われているため外から見ることが出来ません。手前の参道を左手に入ると「水掛不動」があり、少し西方には重要文化財の「御影堂」(みえどう)があるようです。
 
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東方向へ戻ると金堂の先に重要文化財の「経蔵」(きょうぞう)がありました。
 
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寛永〜正保年間の建立。建物は禅宗様(宝形造、本瓦葺、正面に両開きの板唐戸、左右に花頭窓を付け)で統一される。内部は釈迦如来・文殊菩薩・普賢菩薩など六躯(く)を安置し、壁面には八大菩薩や十六羅漢が描かれている。内部中央には八面体の回転式書架(輪蔵)を設け、各面に96箱、総計768の経箱が備えられており、その中には天台宗の学匠であった天海版による「一切経」が収められている』と説明されています。
 
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経蔵から五重塔方面へ歩くと、左手に特徴的な建物があることに気づきました。重要文化財の「九所明神」(くしょみょうじん)でした。
 
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『仁和寺の伽藍を守る社。社殿は本殿・左殿・右殿の三棟あり、八幡三神を本殿に、東側の左殿には賀茂上下・日吉・武答・稲荷を、西側の右殿には松尾・平野・小日吉・木野嶋の計九座の明神を祀ります。九所明神の最古の記録は『御室相承記』に、建暦2年(1212年)に境内南にあったものを東に遷宮した事が書かれています。現在の建物は寛永年間に建立されたものです』(仁和寺のhpより)
 
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五重塔の脇に出ました。『塔内部には大日如来、その周りに無量寿如来など四方仏が安置されます。中央に心柱、心柱を囲むように四本の天柱が塔を支え、その柱や壁面には真言八祖や仏をはじめ、菊花文様などが細部にまで描かれています』(仁和寺のhpより)
 
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五重塔の南に霊宝館に向かう通用門が見えました。東門の拝観受付で「この日は通用門が空いているので駐車場へ戻る近道だ」と教えられていました。ちなみに、霊宝館は仁和寺の創建当時の本尊阿弥陀三尊像などの国宝や重要文化財など多数を展示して、10月1日から11月23日まで「秋季名宝展」として一般公開されるようですが、数日早く訪れたのは残念なことでした。
   
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後先になりましたが仁和寺のhpによると、『仁和寺の歴史は仁和2年(886年)第58代光孝(こうこう)天皇によって「西山御願寺」と称する一寺の建立を発願されたことに始まります。しかし翌年、光孝天皇は志半ばにして崩御(ほうぎょ)されたため、第59代宇多天皇が先帝の遺志を継がれ、仁和4年(888年)に完成。寺号も元号から仁和寺(にんなじ)となりました。宇多天皇は寛平9年(897年)に譲位、後に出家し仁和寺第1世 宇多(寛平)法皇となってから、皇室出身者が仁和寺の代々門跡(住職)を務め、平安~鎌倉期には門跡寺院として最高の格式を保ちました。しかし応仁元年(1467年)に始まった「応仁の乱」(おうにんのらん)で、仁和寺は一山のほとんどを兵火で焼失するという悲運に見舞われました。そんな中、本尊の阿弥陀三尊をはじめ什物や聖教(仏教の経典)などは仁和寺の院家であった真光院に移され、法燈とともに伝えられていきました。応仁の乱から約160年後の寛永11年(1634年)、ようやく再興の機会が訪れます。「仁和寺御伝」によれば、同年7月24日、仁和寺第21世 覚深法親王(かくしんほっしんのう)は、上洛していた徳川幕府3代将軍家光に仁和寺再興を申し入れ、承諾されるのです。さらには慶長度の御所造替とも重なり、御所から紫宸殿(現 金堂)、清涼殿(御影堂)など多くの建造物が下賜され、正保3年(1646年)に伽藍(がらん)の再建が完了。ようやく創建時の姿に戻ることが出来たのです』と仁和寺の歴史が紹介されています。

 

次回は日を改めて訪れた東山の建仁寺(けんにんじ)を紹介します。(続く)

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