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2015年10月21日 (水)

秋の京都で神社仏閣巡りを楽しむ 北野天満宮と平野神社(前編)

東寺の駐車場を出て、大宮通りを北へ向かいました。阪急大宮駅がある四条大宮交差点を左斜め前方へ進んで後院通りに入りました。
 
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そして千本三条交差点で千本通りに合流します。千本通りは平安京のメインストリートであった朱雀大路(すざくおおじ)で、当時は道幅が75mもあったそうですが、現在は普通の道幅の府道112号になっています。JR山陰本線二条駅近くを通過。
 
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2km弱先にある千本今出川交差点を左折して、今出川通り(府道101号)を西へ向かいました。
 
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600mほどで北野天満宮前交差点に差し掛かりました。写真中央に写るのは一の鳥居です。右折すると専用駐車場(有料)がありました。
 
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上京区御前通今出川上る馬喰町にある北野天満宮は、無実の罪で大宰府に流された菅原道真(すがわらみちざね)が2年後に亡くなると、都で落雷などの災害が相次いだため、道真の祟(たた)りだとする噂が広まった。そこで、朝廷は道真の左遷を撤回して官位を復し、正二位(後に正一位・右大臣・太政大臣となる)を贈るとともに、北野の地に道真を祀る社殿が造営されました。朝廷はよほど道真の祟りを恐れたようですが、後世になっても、藤原氏・足利幕府や豊臣秀吉などの崇敬を受けたそうです。
 
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菅原道真と言えば、京都府長岡京市の長岡天満宮、同じく木津川市の恭仁神社、文京区本郷の桜木神社世田谷区の羽根木公園湯島天神亀戸天神の各記事で紹介しているように、私が崇拝する歴史上の人物のひとりです。両親が大宰府天満宮で私のための合格祈願をしてくれましたが、残念なことに私自身はまだ参拝(お礼参り)したことがありません。

 

駐車場から参道に入って三の鳥居を潜(くぐ)ります。
 
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一段高い場所に楼門(ろうもん)が聳(そび)えていました。桃山時代の様式の巨大な門で、両側には随神(ずいしん)の像が置かれ、正面には菅原道真(すがわらみちざね)を称(たた)える「文道太祖 風月本主」(ぶんどうのたいそ ふうげつのほんしゅ)」の額が掲げられています。
 
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楼門を入った場所には、『導山(みちびきやま)には古来より末社である猿田彦(さるたひこ)神社の御祭神・猿田彦大神が載り遷り儒運行すると伝えられる。猿田彦大神は天孫降臨の際、瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)を先導した国津神であり、現在では交通安全や方除の神として信仰される』と説明されています。
 
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『松鉾(まつぼこ)は一般的にいう剣鉾の一種であり、錺(かざり)には松、額には「天満大神」とある』
 
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左手にある絵馬所(京都市指定有形文化財)の案内看板には、『北野天満宮の本殿を始めとする主要な社殿は、慶長12年(1607年)に再建されたもので。その後。元禄13年(1700年)から翌年にかけて大修理が行われている。現在の絵馬所は、元禄の大修理の際に建てられたものである。(中略)この絵馬所は、規模が大きく、京都に現存する絵馬堂の中で最も古いものであり、江戸時代中期の絵馬堂の遺構としてとして貴重である』とありました。写真は三十六歌仙の額絵です。
 
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絵馬所の中は絵馬を書く場所と休憩所になっており、天満宮の神紋(梅紋)が入った馬車が展示されて
 
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「史跡 御土居(おどい)のもみじ苑」の美しい写真看板がありました。御土居とは豊臣秀吉が政庁兼邸宅である聚楽第(じゅらくだい、第は邸を意味する)造営の頃に、洛中の警護などの便宜のために、洛中をぐるりと取り囲むかたちで高々と盛り上げられた総延長22.55kmにおよぶ土塁(どるい、土などを突き固めた人口の防壁)で、御土居に囲まれた聚楽第は実質的に平城であった考えられます。ちなみに、土台の幅は20mもあったそうですが、建造後10年足らずで取り壊されたため、現在はほとんど残っていないようです。
 
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中門(三光門)は国指定重要文化財
 
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菅原道真に縁が深い牛は北野天満宮では神使(祭神の使者)とされ、境内に臥牛が多数ありますが、これはそのひとつである「なで牛」です。天満宮ですから頭(顔)の部分が特に光っているのは納得できます。
 
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入母屋造の拝殿の屋根はすべて檜皮葺(ひわだぶ)き
 
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同じく入母屋造の本殿(右)・楽殿(左)と拝殿とつなぐ石の間は拝殿と一体の建物として国宝に指定されています。
 
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本殿を囲む塀の装飾
 
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文子(あやこ)天満宮は道真の乳母(うば)・多治比文子(たじひのあやこ)が菅原道真を祀ったとされる下京区天神町にある神社で、北野天満宮の発祥とされますが、天歴元年(947年)に天満宮は現在地に移されたことと、明治時代に入って文子天満宮も北野の地に遷座(せんざ)したことが説明されています。
 
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北門を抜けて境内から出ることにします。
   
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(続く)

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