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2015年11月 3日 (火)

秋の京都で神社仏閣巡りを楽しむ 世界遺産「宇治上神社」(前編)

京都の中心部から河原町通り(国道24号)で伏見方面へ向かいました。鴨川を渡ると伏見区に入ります。最初に参拝した伏見稲荷と伏見桃山状のすぐ西方を南下、宇治川に架かる観月橋を渡るとほどなく宇治市に入りました。国道24号は京滋バイパスと交差する場所で右に折れ、京滋バイパスに沿って西方へ進みますが、直進した府道69号を南下しました。そして、小倉交差点を左折して入った府道249号でJR奈良線宇治駅の脇を通過すると府道15号に行き当たります。府道15号を東へ1kmほど進むと宇治橋西詰交差点が見えました。  

 

この交差点を右折すると「平等院」の正門ですが、今回は左折して宇治橋を渡ります。宇治橋東詰交差点を右折して宇治川沿いの路地に入りました。ちなみにこの交差点を直進すると三室戸寺(みむとろじ)へ行くことができます。幸運なことに、交差点から100mほど先の「タイムズ宇治橋東詰第2」(9台、300円/30分または1000円/日)に空きがありました。満車であれば平等駅周辺に何カ所かあるタイムズの駐車場(300円/60分~700円/日と割安)を利用することを覚悟していました。 

 

宇治川沿いの遊歩道を前方(上流方向)へ500mほど歩くと、対岸正面に「浮島十三重石塔」がある「宇治公園」(中洲である塔の島)が見えてきました。世界遺産の「平等院」はその右手にあるはずです。
 
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すぐ先にあったのは関西電力の宇治発電所から大量の水が宇治川へ流れ出る放水路です。手前は宇治川ではなく水の勢いを抑える調整池です。ちなみに、発電の水は大津市南郷からトンネルを通して琵琶湖(自際は宇治川の上流にあたる瀬田川)から運ばれているそうです。
 
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放水路に架かる橋から見た宇治川と歩行者用の「朝霧橋」です。平等院は歩道橋を渡った正面付近(写真左端)にあるはずですが、写真では宇治公園の木立が邪魔して確認できません。
 
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そこで「朝霧橋」に上がってみると、正面に「平等院・鳳凰堂」の屋根が確認できました。左手前の建物は福寿園の「宇治喫茶館」のようです。
 
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川の中央に釣り人が見えます。10月中旬まで解禁されている鮎を釣っているのでしょう。宇治川は琵琶湖で生まれた鮎(あゆ)の稚魚(ちぎょ)である「氷魚(ひお)」が冬季に下るところを捕獲する「網代木(あじろぎ)漁」が風物詩として知られています。ちなみに、宇治川の左岸に沿って「あじろぎの道」が中洲である宇治公園と並ぶように約600mにわたって整備されています。京都ではほかに貴船川桂川保津川も鮎の生息地として有名です。
 
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「朝霧橋」の袂(たもと)「源氏物語 宇治十帖」のモニュメントを見つけました。「匂宮」(におうのみや)が「浮舟」(うきふね)を抱いて小舟で漕(こ)ぎ出すシーンをモチーフにしているようです。
 
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「宇治十条」とは「源氏物語」五十四帖(じょう)のうち、光源氏亡きあと光源氏の次男(自際は頭中将と柏木の子)である「薫」(かおる)を軸とし、宇治を主要な舞台とした最後の十帖を指します。なかでも有名なのは薫の庇護(ひご)を受けていた光源氏の姪(めい、弟の娘)を扱った「浮舟」(第七番、五十一帖)、および「匂宮」(においのみや、今上帝の第三王子、母親は光源氏の娘)との関係を苦にした「浮舟」が失踪(しっそう)した後(後に出家)の「薫」を描いた「蜻蛉」(かげろう)、第八番、五十二帖)でしょう。ふと、6年前に訪れた近くの「三室戸寺」(みむろとじ)に「浮舟之古蹟の碑」があったことを思い出しました。
 
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箸(はし)休めの薀蓄(うんちく)です。「帖」(じょう)とは「ひとまとまり」になったものを意味する漢字で、「音楽の一曲」、「書物の一冊」、あるいは畳(たたみ)の「一畳」などを表すために用いられます。ですから「宇治十帖」とは「源氏物語」の「宇治編」(全十冊)という意味です。なお、書物を数える単位の「巻」や「冊」は、横に長い巻紙に書かれた書物を「巻物」や、それを扱いやすくするため折りたたんだ「折本」(折帖)あるいは糊(のり)や糸で綴(と)じた冊子(さくし、音が変化して草子)に由来します。紫式部が源氏物語を書いた平安時代末期には冊子の形式が一般的になっていたようです。また、同時代の清少納言が書いた随筆「枕草子」(まくらのそうし)も巻物ではなく草子(つまり冊子)の形式で製本されたことが分かります。蛇足ですが、「巻」の用法としては「一巻の終わり」(The end)という面白い表現があります。
 
モニュメントの左奥には「ヒカルゲンジ(光源氏)」と名付けられた椿(つばき)の木がありました。
 

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これは「宇治の観光地図」
 
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ここから宇治を訪れた目的地を紹介しますが、その前に参拝するのは宇治川に面した鳥居から参道が続く宇治神社です。参道の左手にある建物は社務所(2階は参集殿)です。
 
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鳥居の右脇にある「菟楽(うらく)の樹」とその由来
 
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参道を進むと右手には兎(うさぎ)がモチーフになった宇治神社の「手水舎」(桐原水)
 
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石段を上がります。その上に見えるのは拝殿の「桐原殿」
 
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1215年頃建立された「桐原殿」は入母屋造・桁行3間・梁間3間・檜皮葺(ひわだぶき)
 
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二の鳥居の先に「中門」とその奥にある「本殿」が見えます。
 
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本殿外陣にあった「木造の狛犬」(宇治市指定重要文化財)は歴史資料館に預けてあると説明されています。宇治神社のhpによると、『鎌倉時代前期の阿形、吽形の一対で、檜材の一木造、彫眼、内刳はない。矧ぎつけ、口の周辺に植毛痕がある。阿形は上体を後方に反り、胴を立て気味の姿勢をとる。現存する木造狛犬最古の例という。それぞれ80.9cm87.7cm』とのこと。
 
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宇治神社の祭神は「菟道稚郎子命」(うじのわきのいらつこのみこと)です。この辺りは応神天皇の離宮(桐原日桁宮:きりはらひけたのみや)跡でもあり、皇子の菟道稚郎子命(うじのわきいらつこのみこと)の宮居の跡と伝えられており、菟道稚郎子命の死後にその神霊を祀ったとつたえられているそうです。そして、この「菟道」(うじ)が転じて地名の「宇治」になったと伝えられるとのこと。
 
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こちらの写真は拝殿前に置かれた「宇治神社」の説明書き
   
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(続く)

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