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2015年12月30日 (水)

東山ドライブウェイと将軍塚(その1)

早朝に自宅を出発し、東名高速道路の足柄SAで早めの朝食を摂り、御殿場JCTで新東名高速道路に入りました。足柄SAでは冠雪した富士山が夜明け前の薄暗い空を背景に薄っすらと見えましたが、新東名高速道路に入るころには朝日に照らしだされるようになりました。
 
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新名神高速道路の鈴鹿トンネル付近では鈴鹿山脈の峰々が白く冠雪しています。
 
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京都市の近郊で所用をすべて済ませた数日後、前から訪れたいと思っていた東山ドライブウェイをドライブして将軍塚を訪れることにしました。同行者は今年9月に産まれたオチビちゃんとコチビちゃんの妹を世話したいと言いますから、この日は私一人のドライブです。京都市街地から国道1号(五条バイパス)を大津方面に走り、東山五条交差点の先に続く切り通しにある案内標識にしたがって清閑寺前交差点を左折、東山ドライブウェイに入ります。京都市東山区の国道1号線清閑寺交差点と三条通り(旧国道1号)の山科区九条山を結ぶ山岳道路で、1959年(昭和34年)に当時の道路公団が開通させた有料道路でしたが、1979年に無料開放されています。
 
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最初のS字カーブを抜けた場所に六条天皇陵(正面の石段上)・高倉天皇陵(その右奥)と右手の坂道を上がった高みにある清閑寺(せいかんじ)を見つけました。道路脇の駐車場は月極駐車場になっていますので、路肩に車を停めて、駐車場越しに写真を撮るだけにしました。
 
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宮内庁の案内看板には六条天皇と高倉天皇の名があります。
 
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六条天皇は第79代天皇です。後白河天皇の子である二条天皇の第二皇子(一説には第一皇子)。数え歳の2歳で歴代最年少即位。しかし、在位2年余りで退位して歴代最年少の上皇となりました。短期間の在位は祖父である後白河院の政治的な意向(二条天皇との勢力争い)があったとされます。数え13歳(満11歳)になった時に病気で逝去(せいきょ)。「消えた六条大路」の記事で紹介したように、六条御息所(みやすんどころ)とともに薄幸な生涯だったと言えそうです。

 

高倉天皇は六条天皇の叔父(後白河天皇の第七皇子)にあたり、譲位されて第80代天皇となりました。平清盛の甥(清盛の妻の妹が母)であり、後白河院の院政下、清盛の娘(後の建礼門院)を妻にしましたが、後白河院と清盛が対立して後白河院が幽閉されると、自らの皇子を即位させて第81代安徳天皇としました。しかし、院政を敷く間もなく病に倒れます。六条天皇と高倉天皇の関係を知ると、二つの天皇陵が並んでいることの意味を考えてしまいました。

 

清閑寺は802年(延暦21年)に紹継法師(しょうけいほうし)が開創。高倉天皇の寵愛(ちょうあい)を受けた小督局(こごうのつぼね)がここで尼となったと伝え、山門を入ったところに、その供養塔があるそうです。境内の要(かなめ)石から眺めると、視界が扇形に広がる紅葉の名所とのこと。
 
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石段を上がった高みにある山門を撮影しましたが、逆光で見にくくなってしまいました。
 
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美貌と音楽の才能で名高かった小督が高倉天皇の寵愛を受けたことで、高倉天皇の中宮、建礼門院徳子の父である平清盛の怒りに触れ、清閑寺で出家させられた。小督の哀話は『平家物語』巻六や『たまきはる』に登場するほか、能の『小督』にも取り上げられています。
 
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清閑寺の山門から清水寺子安までの山路は「歌の中山」と呼ばれているようです。いつまでも路肩に車を停めておくことはできませんので、清閑寺に参拝することは諦めることにしました。
 
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その先に立派な門を見つけましたが、東山本願寺の霊園「東山浄苑」の入口でした。右手には京都市中央斎場がその先にあることを示す標識があります。
 
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三差路を直進して急な坂道をさらに上がります。東山ドライブウェイの急坂を自転車で上るライダーが前方に見えました。
 
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北花山下稚児が池脇と阿含宗(あごんしゅう)本山(総本殿)の入口を通過すると三差路がありました。
 
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三差路を左手に入ると東山ドライブウェイの最高地点である東山山頂公園の無料駐車場に到着。
 
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駐車場の左手にある広場の脇に続く石畳の先に展望台があるだろうと思って歩きました。

 
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伏見稲荷大社のある稲荷山で見かけた「京都一周トレイル」が東山の山頂を通っていました。
 
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左へ進めば清閑寺がある清水山、反対に右へ進むと蹴上に近い粟田口(京の七口のひとつ、東の東海・東山・北陸街道の出口)へ至ることと、展望台が反対側にあることも表示されています。
 
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それを承知してさらに進むと石柱がありました。左手が清水寺、右手は高台寺へ下りることができるようです。
 
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(続く)

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