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2015年12月14日 (月)

和田竜著「村上海賊の娘」を読む(前編)

2013年に新潮社から出版された和田竜(りょう)氏の著作「村上海賊の娘」(上巻474頁、下巻499頁)を紹介します。同氏は1969年に大阪で生まれ、広島育ち、早稲田大学政治経済学部を卒業。2007年に「のぼうの城」で小説家デビュー、同書は単行本と文庫本で累計200万部を超えるベストセラーとなりました。本書は小説第4作となります。

 

上巻の見開きには次のキャッチコピーがあります。『ならば海しかない。頼るのさ、天下一の海賊に』『こんな面白いこと、他の奴にやらせてたまるか』『動揺する難波と瀬戸内海、景はむかう、波濤の先に何が待ち構えていようとも』

 

中表紙の裏には『村上海賊の娘』の舞台を示す全体図があり、大阪本願寺と難波、淡路国の岩屋城、伊予国(現在の愛媛県)に近い芸予諸島の因島(青木城)・能島(能島城)・来島などが描かれています。

 

その次のページには登場人物として、村上家では悍婦(かんぷ、気の荒い女)にして醜女(しこめ、容姿のみにくい女性)の村上家景(むらかみきょう)と景の父で能島(のしま)村上家の当主である村上武吉(たけよし)など、毛利家では小早川景勝(こばやかわかげかつ)など、織田方の眞鍋七五三兵衛(まなべしめのひょうえ)など、大阪本願寺では門主の顕如(けんよ)など。

 

                             ☆

 

≪上巻≫

 

序章>

 

江戸時代になって現在のように「大阪」と表記されるようになった「大坂」(一般に難波と呼ばれていた)が戦国時代に指し示す場所は一向宗本願寺派の本山、大坂本願寺(別名石山本願寺、石山本願寺城)しかなかったとの解説から本編が始まった。

 

戦国時代、天正4年(1576年)4月半ばの未明、紀州(和歌山県)雑賀(さいか)の鉄砲傭兵(ようへい)集団、雑賀党の首領(しゅりょう)、鈴木孫市(まごいち)は、大阪本願寺の城壁を思わせる塀から外を見渡し、眉間(みけん)の皺(しわ)を深くした。大坂本願寺11世門主、顕如(けんにょ)に会わなければならないと思ったのだ。門跡(もんせき)に列(れっ)せられた大坂本願寺は信長と足掛け7年も戦を続けていた。「石山合戦」と呼ばれる戦は、大坂本願寺の立地が西国の押さえとする城に最適であることから、詳細は明らかではないが信長が寄進せよと命じた、あるいは事実上そうせざるを得ない状況に追い込んだとされる。

 

孫市が顕如に合わなければならないと考えた理由は、信長が大坂本願寺とは目と鼻の先である天王寺に砦を築いていることを伝えるためだった。信長は野田(本願寺西方4km)・森口(同北東約5kmの守口市土居町)・森河内(同東約3kmの東大阪市森河内西)に続く砦の建設である。その状況にあって大坂本願寺が頼ったのがつい先日孫市が率いて大坂本願寺に入った雑賀衆一千である。

 

大坂本願寺側にも砦がいくつも築かれていた。そのほとんどは大坂本願寺がある上町(うえまち)台地と並行する難波砂堆(なにわさたい)上に南北に連なる村々の中に築かれている穢多崎(えたがざき)砦・難波砦・三津寺(みつてら)砦・木津砦である。門徒を合わせれば一万五千の大軍勢が大坂本願寺を護(まも)っているのだ。である。天王寺砦は木津砦の東方2kmの上町台地上(西の端)に勃然(ぼつぜん)と現れたのだ。

 

孫市は門跡である顕如に意外なことを言い放った。『門跡、この大坂の地を捨てよ。信長へと譲ってやるのじゃ』と。天王寺砦を一気に攻め落とすことを進言する顕如の補佐役である下間頼龍(しもづまらいりゅう)に向かって孫市は、その一万五千が我らを殺すのだ。いや女子供を勘定に入れれば五万の門徒が我らを殺す。戦は必ず長引く。すでにして信長は兵糧(ひょうろう)攻めに出ておるのだ』と理由を説明した。

 

しかし、大坂本願寺を護(まも)ろうとする顕如を翻意させることができないと知った孫市は『ならば海しかない』と言う。孫市は、兵糧を確保するためには兵糧と船を確保するために、将軍足利義昭が信長に敵対するよう求めているはずの毛利家と船を所有する村上海賊を味方につける策を顕如に説明し、『直ちに毛利家へと使者を発し、村上海賊を味方に付けられよ』と吠(ほ)えるように言った。

 

第一章>

 

毛利家の当主、毛利輝元(てるもと)がいる郡山城(こうりやまじょう)の本丸屋敷へ向かう毛利家の重臣で小早川家の当主、小早川隆景(こばやかわたかかげ)は頭を抱えていた。『本願寺を救うべきか、否か』についてである。本丸の広間では上段の間にいる輝元と大坂本願寺の使者吉兵衛が対面した。下の広間では上座にいる小早川隆景とその兄である吉川元春(きっかわもとはる)が吉兵衛を見据(みす)えていた。

 

万が一織田方に知られた場合のことを考えて兵糧(ひょうろう)の量を書状に書かず、大坂本願寺の使者であり吉兵衛が毛利輝元へ直接伝えることにしたのだ。隆景に急かされた吉兵衛が十万石であると伝えると元春以下の重臣たちはどよめきの声を上げた。信長から敵視されることが確実な量の兵糧であるからだ。返答を求める吉兵衛を無理やり下がらせた後、重臣たちによる評定(ひょうじょう)が始まった。

 

大坂本願寺に味方するには上杉謙信(けんしん)も味方することが必要であると主張する隆景に対し、他の重臣が反論したため膠着(こうちゃく)状況に陥(おちい)った時、元春が積極策を主張したことで流れが変わった。輝元が裁可(さいか)したことで、十万石を運ぶ手筈(てはず)に移った。毛利家直属の水軍の長、児玉就英(こだまなりひで)と隆景に無理矢理同行してきた小早川家水軍の乃美宗勝(のみむねかつ)の論争となった。

 

眉目秀麗(びもくしゅうれい)で武辺も備わっている就英は毛利家と乃美家の両水軍が協力すれば可能だと主張したのだ。宗勝は『この策では不可能だ』と一蹴(いっしゅう)する。気色(けしき)ばむ就英に気を留めず宗勝は続ける。『例え十万石が積めたとしても警護の船なしで運べるわけはない。村上水軍に頼ればできる』と思いもよらないことを言い出した。万座には一種異様な空気が流れる。

 

重臣たちも村上水軍のことはよく知っている。毛利家と因縁深い海賊なのだ。毛利家に便宜(べんぎ)を図っていた村上武吉はにわかに九州北部に勢力範囲を持つ大名の大友宗麟(そうりん)へと鞍替(くらが)えしたことを咎(とが)めた毛利家が武吉の居城、能島(のしま)城を5年前に攻め寄せてたが、毛利家は和議に持ち込んだものの多大な犠牲を払ったことがあるのだ。宗勝は武吉を口説けると自信を示した。景勝は武吉が毛利家の依頼を断ってくれることを願うしかない。

 

宗勝は就英とともに船団を率いて能島(のしま)に向かう。村上武吉と戦った厳島(いつくしま)合戦を懐(なつ)かしく話す宗勝に就英はそっけない態度である。武吉の人となりや後継者たるべき人材が息子たちの中にいないという話になってもさしたる関心を示さない。しかし、武吉の海賊らしい剛勇と荒々しさを引き継いだのは女子であったと聞くと急に興味を持ったようだ。

 

因島(いんのしま)の関を破った廻船(かいせん、貨客船)追ってきた因島村上家の当主、村上吉充(よしみつ)がそれ以上追うのを止めて宗勝と就英に声をかけた。能島村上の領分に入ったのだ。就英が廻船を刮目(かつもく)する傍ら(かたわ)らで、吉充は『我ら因島村上に捕らえられた方がどれだけましか』とつぶやいた。その言葉通りの事態が廻船を待ち構えていた。

 

能島村上家当主、村上武吉(たけよし)の娘、景(きょう)姫が関船に乗って現れた。長身と長い首に乗った小さな頭もさることながら、その容貌(ようぼう)はさらに異様である。廻船の頭領は関を通っていないとことと病人を運んでいると偽(いつわ)るが、景(きょう)はそれを見破る。統領の手下たちは景に襲いかかっるが、あっという間に切り捨てられたため、頭領は平伏した。そして、頭領とその手下たちは景の指示により全員の額に焼印を押されてしまう。船倉に押し込められていた数多くの農民たちは解放された。(中略)

 

村上武吉は本丸屋形の広間で毛利家の正使一行を迎えた。乃美宗勝は武吉に向かって親しげに挨拶(あいさつ)の言葉を掛けながら下座の中央に胡座(あぐら)をかいた。一方の就英は『先触(さきぶれ)の者に持たせた書状は読んだか』と激しい調子で詰問(きつもん)するが、武吉は子供を諭(さと)すかのように柔らかな笑みを浮かべている。そして、宗勝の言葉には諾(だく)とも否(いな)とも返答せず、表情を変えずに宗勝の言葉をなぞるだけである。

 

宗勝の言葉が尽(つ)きた時、武吉は『上杉謙信が味方しないときはどうするのか』と問い返した。『毛利家は兵糧入れを断行する』と宗勝が返答すると、『隆景もその意向か』と隆景の考えを見抜いていることをほのめかす。そして、唐突(とうとつ)に就英に向かって独身であることを確かめた上、嫁を軍船に乗せないとの言質(げんち)をとると、『決めました。御味方しよう。だが、条件がある。我が娘、景を、児玉就英殿に輿入(こしい)れさせたい』という。しかし、就英は『断る』 との言葉とともに憤然(ふんぜん)と席を立った。

 

これを廊下で立ち聞きしていた景は慌(あわ)てた。就英と鉢合(はちあ)わせすることになるからだ。廊下を駆ける景は就英に追いつかれた。就英は、断った理由は美醜(びしゅう)による判断ではない、条件の出し方が気に入らなかったからだと告げる。就英の大声は近くの部屋にいた景が連れてきた農民たちにも聞こえてしまった。兵糧をいれるために大坂本願寺へ行こうとしていた一向宗(いっこうしゅう)の門徒(もんと)たちである。一人になりたいと思って入った部屋で景はその農民たちから大坂まで上乗り(うわのり、同行すること)を頼まれ、ついには引き受けてしまう。

 

郡山城へ戻った宗勝と就英は武吉が出した条件を重臣たちに報告した。就英が断ったと聞いた隆景は内心安堵(あんど)する。先の会議と同じような論議が続くなか、元春は就英に向かって『おのれは嫁を貰(もら)うに美醜を問うか』と挑(いど)むような目で睨(にら)んだ。元春の正室は思わず見返してしまうほどの醜女(しこめ)であることを知る隆景はとっさに身構えた。元春が醜女を妻に選んだ理由については就英も子供のころから繰り返し聞かされた話である。景に美醜は問わぬと言ったことにはこの背景があった。元春の作戦勝ちである。重臣たちが視線を就英に集中するなかで就英は『毛利家の安泰のため景姫をもらう』と叫んだ。当主の毛利輝元は「重畳」(ちょうじょう、大変喜ばしいの意 )の一言で評議をしめくくった。兄元春の豪胆さにやられた隆景は「ならば最後の手段に出るほかない」と密かに意を決した。

 

第ニ章>

 

景(きょう)たちが乗る廻船(かいせん)は瀬戸内海を東へ航行して塩飽(しわく)諸島の本島で給水したあと小豆島(しょうどしま)と淡路島(あわじしま)に挟まれた播磨灘(はりまなだ)に入った。能島(のしま)を発ってから6日後のことである。さらに淡路島と明石平野の陸地が接近する明石の瀬戸を抜ける。淡路島の最後北端にある岩屋城は毛利家直属の水軍、すなわち児玉就英配下の武将たちがすでに接収していたが、能島村上家の船と知り通行を認めたたことで、明石の瀬戸を通り過ぎた関船は難波海(なにわのうみ)、現在の大阪湾に入った。

 

土地が一段高くなったところに大坂本願寺が見え、その右手には堺の湊(みなと)も見える場所に差し掛かった時、二艘(そう)の巨大な船が現れた。安宅(あたか)と呼ばれる最大(長さ約50m)であった。海賊の船に違いないと考えた景がそのまま関船を進めたため、廻船は二艘の安宅に挟(はさ)まれる形になった。大坂本願寺を攻める織田軍に従う泉州の海賊、眞鍋家の家中であった。乗り合わせた織田家の侍に言われて景は安宅に乗り込むが、その侍は不意打(ふいうち)ちで景に斬りかかった。しかし、景(きょう)に首をはねられてしまう。侍が海賊の定法を蔑(ないがし)ろにしたから討ち取ったという景に、眞鍋の兵はどっと歓声を上げた。

 

織田家の侍の首をはねたことで眞鍋家の当主、眞鍋七五三兵衛(しめえもん)は難しい状況に置かれたことに気がついた景は、門徒たちを大坂本願寺へ送り届けたあと、織田方の総大将原田直政がいる天王寺とりでに出向いて事の顛末(てんまつ)を説明するという。そこへ弟の景親が乗る関船が追いついてきた。景は経緯(いきさつ)を知らない弟を人質に残して景は大坂本願寺へ向かう。

 

天王寺砦(てんのうじとりで)に到着した眞鍋七五三兵衛は総大将原田直政による評定(ひょうじょう)に参加する。大広間には36人の泉州侍(豪族)を始め織田信長に従う五畿内(近畿地方)の大名や豪族が集まっていた。評定が始まってほどなく、眞鍋七五三兵衛は原田直政に向かって馴れ馴れしく言葉を発した。評定のあとに伝えたいことがあるのだ。何事かと思った直政に問われて難波海での出来事を洗いざらい吐(は)き出した。

 

姉の到着を待つ景親は気が気ではなかったが、やっと景が天王寺砦に到着。景は申し開きの場に向かうが意外なことに、原田直政の館ではなく眞鍋家の大広間に案内された。そこでは何と泉州侍が全員集まって酒盛りをしている。実は、七五三兵衛から話を聞いた長政は京にいる信長の元へ使者を出して報告し、景を見逃がすことで一件落着とすることの許しを得ていた。村上武吉を味方に引き入れようと考えていた信長は家臣一人のことで村上海賊とことを構えることを避けたのだ。信長が総大将を任せたほどの男である直政は景に無礼を詫(わ)び、門徒の通行を許した七五三兵衛もお構(かま)いなしとされた。(続く)

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