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2016年2月 5日 (金)

洛西のドライブ旅 西山大原野の古社「大原野神社」

国道9号(山陰道)を西進して国道沓掛口交差点を左折して府道10号、さらに洛西高校前を右折と府道140号と府道141号を走って田舎道に入ると案内看板と「参陵道(さんりょうみち)」と刻まれた石の道標がありました。
 
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左手に進むと、最初の目的地である「大原野神社」に到着しました。石造りの「一の鳥居」が重々しいことが印象的です。
 
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「源氏物語ゆかりの地」とのキャッチフレーズがある古社(こしゃ)「大原野神社」の案内看板には、『桓武天皇は延暦3年(784年)の長岡京遷都に際し、藤原氏出身の皇后のために、大和の春日大社の分霊(ぶんれい)を、この地に勧請(かんじょう)したことに始まり、平安時代に入って文徳天皇が外祖父、藤原冬嗣(ふゆつぐ)の念願(ねんがん)をうけて神殿を建立、地名にちなみ大原野神社とした。(中略)「源氏物語」の二十九帖「行幸(みゆき)」では、冷泉帝(れいぜいてい)が大原野行幸を行い、京の人々が見物に訪れるなか、玉蔓(たまかづら)や六条院の人々も車を寄せて行幸を見物している。物忌(ものいみ)で同行しなかった光源氏は、帝からの歌に応えて「小塩山(こしおやま)みゆきつもれる松原に、きょうばかりなる跡やなからむ」と寿(ことほ)いだ』、とあります。
 
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ちなみに、小塩山は西山山地に位置する山で、今回訪れる「大原野神社」と「勝持寺」などの他、2年前に参拝した十輪寺(じゅうりんじ)善峯寺(よしみねでら)があります。

 

「大原野神社」の近くにある「正法寺(しょうほうじ)」と「勝持寺(しょうじじ)」の位置が分かりやすく表示されています。
 
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神社前の大原野道は「東海自然歩道」の一部になっています。
 
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左手にある駐車場に車を停めて参道の石段を上がりました。
 
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石造りの「二の鳥居」の先に長い参道が直線的に続いています。神域は8万3千平方メートルあって、うち6万6千平方メートルは緑の林になっているそうです。
 
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文徳天皇が奈良の猿沢池を模して造営したという「鯉沢の池」は名泉瀬和井と推計を一つにして杜若(かきつばた)や水連(すいれん)を割かせて親しまれていると説明されています。
 
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瀬和井(せがい)の説明看板には和歌が4首書かれています。
 
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左手に「手水舎」があり、朱に塗られた「三の鳥居」の先に朱色が鮮やかな「中門」が見えます。
 
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立ち寄った「手水舎」では神使の鹿が加える巻物から水が流れ落ちています。
 
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拝殿を兼ねた「中門」と「東西廊」の全景
 
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「大原野神社」の本殿は、『奈良の春日大社同様に、同規模・同形式の四棟の一間社春日造(いっけんしゃかすがづくり)社殿であり、各社殿間は板塀で連結されている。現在の社殿は文政5年(1822年)ころ再建されたか、かなり大規模な改修を受けたと考えられる。中門は簡素な形式の薬医門(やくいもん)である。中門の両脇に建つ東廊と西廊は、いずれも正面を柱間五間として連子窓(れんじまど)をはめ、背面を柱間三間の吹放ちとする。中門・東西廊は、いずれも切妻造、檜皮葺(ひわぶき)の建物で、本殿と同時期の建設とみられる』、と説明されています。
 
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拝殿前の階段脇には鹿の狛犬(こまいぬ)である「狛鹿」があります、左側が雌鹿(めじか)で、
 
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右側が雄鹿(おじか)です。
 
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中門越しには、4棟ある本殿のうち、中央の2棟だけを見ることができます。
 
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大原野神社のhpによると、『大原野神社の御本殿の第一殿には建御賀豆智命(たけみかづちのみこと)、第二殿には伊波比主命(いわいぬしのみこと)、第三殿には天之子八根命(あめのこやねのみこと)、第四殿には比賣(ひめ)大神が祀られ、摂社若宮社には天押雲根命(あめのおしくもねのみこと)を祀っています。古くから政治・方除・知恵の神として、また良縁を授けて下さる女の守護神としての信仰が篤いのです』

 

『清和天皇の皇后藤原高子が、まだ皇太子の御息所であった時、当社へ参詣になり、供奉(ぐぶ)の在原業平(ありわらのなりひら)が、「大原や小塩の山もけふこそは 神代のことも思い出づらめ」との和歌を詠じて奉ったことは有名です』

 

『源氏物語の作者紫式部は大原野神社を氏神と崇め、この大原野の地をこよなく愛していました。源氏物語二十九帖「行幸(みゆき)」の巻には、大原野へと向かう冷泉帝の華やかで美しい行列の様子が描かれ、紫式部のこの地への思いの一端を伺い知ることができます。 また、紫式部が生前に自ら撰んだとされる家集「紫式部集」に次の歌が詠まれています』、とありました。

 

本殿の左手にある末社の「八坂社」「稲荷社」「八幡社」「祓戸社(はらいどしゃ)」
 
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参道を戻る時に、冬季のため参道脇の春日乃茶屋は閉まっていることに気づきました。

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