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2016年3月15日 (火)

人はなぜ「美しいもの」に惹(ひ)かれるのか?

古くから論議されたテーマです。ということは、今も決定的な答えがない問いであることの証左(しょうさ)かもしれません。これまであれこれ論議されたことを私なりにまとめてみたいと思います。

 

まず、「美しい」とはどういうことを指すのでしょうか? 辞書を引くと最初に出てくる説明は、『色・形・音などの調和がとれていて快く感じられるさま』、ついで、『人の心や態度の好ましく理想的であるさま』、『りっぱである。見事だ』、と続きます。『好ましく理想的』や『立派(りっぱ)である。見事(みごと)だ』は抽象的な説明ですから、まず一番目の説明にそって考えてみましょう。

 

「調和がとれている」とは要するに「バランスがよい」「まとまっている」ことであり、「際(きわ)だった特徴がない」ことでもあります。「快(こころよ)く」は、「気持ちよく」「病気の辛(つら)さがない」、つまり「不愉快(ふゆかい)さを感じない」ことのようです。

 

「好ましい」は「感覚的に好き」「感じがいい」「そうあってほしい」を、「理想的」は「人が心に描き求める性質を持った」を意味します。さらに、「立派(りっぱ)」と「見事(みごと)」は「見た目や内容が優(すぐ)れている」ことです。

 

「美しい」とはこのように幅広い意味があるのです。長々と説明したのは、言葉遊びが目的ではなく、人が「美しい」と感じる要素・理由を再確認するためでした。

 

それでは「美しい」とされる対象を考えてみましょう。まず思い浮かぶのは絵画や彫刻などの「美術品」ですが、「音楽や文学」「自然が生み出した景観」「草花・花木」「宝石」など。そして、「人間」(特に異性)を忘れてはいけないでしょう。また、人によっては「建造物」あるいは自動車・アイフォーンなど「工業製品のデザイン」も「美しいもの」の対象になるかもしれません。

 

ここでは、これらの中で一番漠然(ばくぜん)としていて捉(とら)えどころのない「人間(異性)」について、「美しさ」をさらに掘り下げたいと思います。ところで、人はどんな異性を美しいと思うのでしょうか。誰しもが「美人(美女)あるいは美男(ハンサム、イケメン)」だと認める人がいる一方で、人によって異なる判断基準があるようにも思われます。多くの人が「美しい」と感じる人物は俳優や女優・ファッションモデル・テレビタレントなどに多いようです。というよりも、多くの人に「美しい」(魅力的)と見られる人が芸能人として選ばれているのです。

 

「美しさ」で一番注目されるのは容姿(特に顔立ち)です。人は外部情報の80%を視覚によって得ていると言われるように、まず見た目で相手が好ましいかどうかを判断するのです。つまり、顔立ちが整っていれば(目鼻や口のバランスがよく左右対称であれば)、美しいと判断するようです。そして、表情や仕草(しぐさ)・言葉遣(づか)いも顔立ちから得た印象を裏打ち、あるいは軽減(好印象を減らす)こともありそうです。しかし、これらは本人が生来(せいらい)持っているものばかりではなく、後天的に(時には訓練によって)身につけたもの(演技)がありますから、その人物をそのまま表しているとは限りませんが・・。

 

芸能人は、客の関心(かんしん)を盛り上げるための演出が施された商品展示と同様、本人の実力以上に魅力を発揮することが求められる職業であり、夢を売るために魅力を最大化された存在と言えます。近松門左衛門の「虚実皮膜論(きょじつひまくろん)」(芸における真実は芸術的虚構と事実との間の微妙なところにある)にも通じる手法(演出)と言っても差し支えないでしょう。100年単位で過去を振り返ってみると分かりますが、美男と美女は時代とともにすこしずつ変わってきました。そして、時代とともに変化する美男・美女の基準がその時の人々に影響してその判断基準を後天的に作り上げるのです。

 

それでは、一般の人の場合はどうでしょうか。人間の特性として視覚情報が第一印象として支配的になることは上記した芸能人と同様です。しかも、第一印象は数秒から2分ほどで決まって、そのあとはほとんど変わらないそうです。「容姿が美しい人は内面も美しいだろう」との短絡的な思考様式が人にあるため、容姿は第一印象において重要な役割を果たしますが、それ以上に大きく影響するのが表情(目・口の動き)と話し方で、さらには服装なども無視できない要因になるそうです。

 

美男・美女の判断は、上述したようにその時代の基準が支配的ですが、各人が成人になるまでに「好印象を持った人」や「自分に優しくしてくれた人」(両親などを含む)などの容姿(特徴)を「美しい」と感じることもあると思います。また、逆のことも同様でしょう。これにより、各人に固有な「好み」が生まれて、美しさの判断において極端な偏(かたよ)りが生じることはなく、社会に混乱を起こさないための安全装置が働いて、つまり社会のバランスが保たれるのです。

 

ただし、異性に対する第一印象は男性と女性では少し異なるとも言われます。男性の場合は「まず容姿の美しさ(健康な身体と優しい性格を含む)に注目しますが、潜在意識では「健康な子供を産んでくれるかどうかを判断」し、女性は「遺伝子レベルでの相性を直感的に感じ取る」とする説があるそうです。いずれも、論理的な判断と言うよりも、直感的な判断と言えます。

 

第一印象の良否にかかわらず、相手についての判断(評価)は時間とともに変わることもあります。それは、容姿の重要さが徐々に低下する一方、性格・考え方など精神的な側面の比重が大きくなるからです。そして、「美しさ」の判断基準もこれに応じて容姿から「好ましい」「立派である」「信頼できる」ことへと移って行くのです。もしも、この移行がスムーズでないとその人にジレンマが生じます。「容姿の美しさを選ぶのか」「精神的な相性の良さを選ぶのか」、言いかえれば「頭で判断する」か「心で感じる」かの二者択一を迫られるのです。ちなみに、前者の考えには「美しい恋人」をもつことで自尊心を満たしたいとの意識が含まれているのかもしれません。

 

このようなジレンマを持つ傾向のある人は、不幸なことですが、何度も同じ苦しみに遭遇(そうぐう)する可能性が高いと考えられます。それは、どちらを選んでも充足感(じゅうそくかん)が得られないため、繰り返し同じジレンマに陥ることになるからなのです。つまり、自己防衛本能が正常に機能していない人であるといえるのです。

 

以上の考察から導き出したやや唐突な結論で本稿を締めくくります。人が「美しい」異性に惹(ひ)かれるのは人が持つ「自己防衛本能」と「子孫を残そうとする本能」によるものであり、さらには「信頼できる相手を求める気持ち」が働くからであると私は考えています。つまり、「美しさに惹かれる」ことは健全な精神反射(条件反射)であると思うのです。

 
                          ☆
 

 

今回紹介する花は東洋蘭(らん)の一種です。これは同居者が知人から譲(ゆず)り受けた草花のひとつで、株分けによって何鉢にも増えています。ちなみに、その名前は不明です。
 

2016_02280011

 
美しい花を咲かせる蘭は世界中で人気がありますが、大きく分けて洋ランと東洋ランがあるそうです。熱帯などで自生する蘭が西洋で交配によって品種改良されたものが洋ランで、中国や日本など東洋の国々で偶然見つかった変種を栽培したものが東洋ランと呼ばれます。日本では洋ランと東洋ランのほかに、日本で品種改良された新品種も生まれているようです。ちなみに、蘭(らん)は中国語の漢字と発音がそのまま日本でも使われています。また、英語では“orchid”(オーキッド)です。その語源はギリシャ語の”orchis”(睾丸、こうがん)、茎自身が肥大化して球状になった球茎(きゅうけい)の形に由来するそうです。

 

洋ランの女王は中央・南アメリカに自生する(木の幹や岩肌に張り付いて育つ)着生ランの「カトレア」であり、東洋ランの女王はなんといっても地生(地中に根を伸ばす)ランの「胡蝶蘭(こちょうらん)」でしょう。いずれも、美しく豪華(ゴージャス)です。また、洋ランでは南アジアをはじめ世界中で自生する着生ランである「デンドロビウム」も人気があるようです。

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