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2016年4月14日 (木)

ベトナムの旅(その20) 世界遺産「タンロン遺跡」(後編)

考古学工芸品展示所に入りました。まず、玉をくわえた龍の屋根飾りが登場しました。
 
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そして、破損した龍の像
 
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龍の頭と屋根瓦
 
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これは屋根の四隅に取り付けられる龍の鬼瓦でしょう。
   
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発掘風景の写真パネル
 
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拡声器(メガホン)
 
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-67”と呼ばれる建物へ向かい、その地下室へ続く階段を下ります。入口には”Military Operation bunker – General Command Headquarter”(総司令部作戦所)と表示されています。
 
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防水・防爆機能が施された自動ドアは二重に設置されています。

 
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鉄製の分厚いドアの先にある地下室にはベトナム戦争の時にはベトナム人民軍の総司令部(大本営)置かれ、抗米戦争の戦略に関する決定を含む重要な会議が開催された会議室と備品を保管する部屋がありました。左上の薄型テレビはビデオ説明用で、もちろん当時のものではありません。
 
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テーブルの上にはベトナム人民軍総司令官ヴォー・グエン・ザップ(武元甲)将軍らのネームプレートとハノイ周辺の地図が置かれ、壁には戦略を立てるための地図がたくさん貼られていました。
 
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電話機、時計、作図用テンプレート、磁気コンパス(方位磁針)、書類カバンも展示されています。
 
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軍事用無線通信機はソ連(ロシア)製と思われます。
 
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黒板に書かれた文字はホーチミン主席の直筆だそうです。"Ngay"(日付)1972年12月18日と書かれていますから、ベトナム戦争で米軍による北爆が激化する中、ハノイ市郊外(西方)のメ・トリ(Me Tri)にあった短波送信所が破壊された日に書かれたものです。
 
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“D67”の建物を出て北へ歩きました。敬天殿と呼ばれる皇帝の宮殿があった場所に残る階段には4体の龍の装飾が施してありました。後黎朝時で最も栄えたとされるレー・タイントン皇帝の統治時代に造られたとされるそうです。ちなみに、敬天殿跡に建っている建物はフランスが植民地時代に建てた軍の司令部だそうです。
 
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その先には皇帝の臣下が居たという後楼と北門などがあるようですが、時間の制約で今回はパスすることにして、見学者用の出口である西門がへ向かいます。
 
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西門の外には大砲が置かれています。道路の向かい側ある国会議事堂の建設予定地でも大規模な発掘作業が行われていました。
 
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我われを向けに来てくれたバスに乗って次の目的地へ移動します。(続く)

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