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2016年4月20日 (水)

ベトナムの旅(その24) 古都ホアルーの「ディン・ティエン・ホアン祠」と「レ・ダイ・ハン祠」(前編)

30分の休憩後、ドライブインを出発。ネットで確認して知りましたが一般道と思ったこの道路が国道1号線でした。ICを出ないで直進するとDuong Cao Toc Cau Gie-Ninh Binh(カウゼー-ニンビン高速道路)に入ってニンビンの市街地の近くで国道1A号線に繋(つな)がっています。つまり、国道1A号線のバイパス道路なのです。 

国道1A号線沿いにアヒル(家鴨)の養殖場が多数点在しています。
 
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国道1A号線を右折して最近建設されたと思われる道路(航空写真には写っているいますがネット地図に表示されていない)に入り、3kmほど先で右折しました。埃(ほこり)っぽいためか道を歩く人は布で口元を覆(おお)っています。ちなみに、広い道路の後方にはセメント工場のようなものが見えます。
 
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国道491号線の右手には水田と岩山が続きます。その陰には工場の煙突が見えます。
 
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スアンタィン通り(Duong Xuan Thanhへ右折して水量の多い大きな川を渡ります。
 
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道路は田園地帯の奥へ入って行きます。
 
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道路脇の水田に岩山が迫ります。
 
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ドライブインを出発して約1時間後、途中工事渋滞があったため予定より遅れてニンビン省のホアルーの町外れ(約5km西方)に到着しました。ハノイがある紅河デルタ最南端に位置するニンビン省の省都ニンビンの少し手前(北方)にある現在のホアルーは、青銅器文化であるドンソン(東山)文化が栄えた紅河デルタ(ハノイなどベトナム北部)において、紀元前6世紀ころに伝説の支配者「雄王(フンヴォン)」が建国した「バンラン(Van Lang、文郎国)」の時代から存在したという、ベトナムで最も歴史の長い地域です。
 

また、10世紀には中国(南漢)が弱体化したためその影響下で呉朝(939-968年)が成立しましたが、間もなく群雄割拠の時代(十二使君時代)に移行し、呉朝の将軍の子である丁部領(ディン・ボ・リン)が国土を再統一して中国の支配を1000年ぶりに脱して966年に丁朝(ディンチョウ)を興(おこ)し、ホアルー(華閭)に都を置きました。国号(国の名称)の大瞿越(ダイコヴィェト、だいくえつ)は「偉大な越」の意味します。次いで丁朝の将軍が前黎(レ)朝(980-1009年)興(おこ)して同じホアルーを都としました。その主な理由はホアルーがホアンロン江とW字型に連なる岩山に囲まれた天然の要害(ようがい)であったこととされるそうです。

 

ハノイの約100Km南にあるホアルーはベトナム政府により「特別歴史遺産」に指定されているそうです。ホアルーの見所は、その遺跡・遺構はほとんど残されていませんが、ここで王朝を築いた2人の皇帝を祀(まつ)る「ディン・ティエン・ホアン(Dinh Tien Hoang、丁先皇)祠」と「レ・ダイ・ハン(Le Dai Hanh、黎大行)祠を中心に、王宮や城壁跡、ニャッチュー(一柱)寺をはじめとする数々の寺院のようです。これらは「古都ホアルー」として世界遺産「チャンアンの景観複合体」(後述)に含まれています。参考情報ですが、航空写真を見るとこの一帯の様子(広大なカルスト地形と入り組んだ川の流れ)が良くわかります。

 

薄い雲を通して日差しが感じられ始め、気温が上昇したようです。3日前、ハノイに着いてから太陽光の恵みを感じるのはこれが初めてなのです。

 

バスが停まった広い駐車場の脇には土産物屋が並んでいます。
 
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駐車場を出て道路を横断すると、幅の広い橋の前方に最近造られたと思われる東門が見えました。ここは約1000年前に王城の外城(庶民が住む区域)があった場所で、後世(17世紀)になって2人の皇帝を祀る祠(廟)が再建されています。ちなみに、内城(皇帝と役人が居住)は少し西方のホアンロン江寄りにあったそうです。
 
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ガイドさんに従って歩きます。
 
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橋の左手に続くサオへー川
 
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左手に聳(そび)える岩山にはディン・ティエン・ホアンの墓があるそうです。
 
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門を潜(くぐ)ると大きな広場に出ました。そこには派手な衣装を着た観光用の水牛に乗る牛使いの男性がいました。観光客を乗せる水牛にのようです。
 
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通路を直進し行き当った左手にある第一の(廟門)を通り抜けます。「門稍鑰(ひもんしょうやく)」と書かれています。」は儀礼に使う生贄(いけにえ)を載せる大きめの木の杓子(しゃくし)で「批」とも表記、「稍」は分量や程度がわずかであることで日本語では「やや」と読み、「鑰」は鍵を意味しますが、私の知識ではそ全体のの意味を理解できません。
 
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一の門を抜けて半月池の畔(ほとり)で右に折れると細い通路が続きました。
   
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両脇に池が現れました。前方に二の門が見えます。
 
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東門を潜る時に見た岩山を振り返ってみました。
 
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三の門も通り抜けました。長い通路と二本の門柱の先に「ディン・ティエン・ホアン(丁先皇)祠」のお堂があるようです。
 
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(続く)

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