« ベトナムの旅(その17) ハノイの旧市街散策 | トップページ | ベトナムの旅(その19) 世界遺産「タンロン遺跡」(中編) »

2016年4月12日 (火)

ベトナムの旅(その18) 世界遺産「タンロン遺跡」(前編)

教会を見たあとに向かったのは、旧市街西方約1km(Hoang Dieu/ホアンジウ通りとDien Bien Phu/ディエンフー通りの交差する場所)にある「タンロン遺跡」(Di tich Hoang Thanh Thang Long、遺跡皇城昇龍/旧ハノイ城跡)です。ちなみに、タンロン(昇龍)は先の記事にも書きましたようにハノイの旧名。1000年をこえるハノイの歴史(李朝がハノイに遷都した1010年から阮(グエン)朝が成立してフエに首都がおかれた1804年までに存在した諸王朝の遺構)を残すことを評価されて2010年に世界遺産(文化遺産)に登録されました。その遺構の下から遣唐使から唐の高級官僚になった安倍仲麻呂が赴任した安南都護府と思われる「大羅(ダイラー)城」の跡が見つかったそうです。

 

途中、道路脇にミグ21戦闘機が展示されているのを見かけました。ベトナム軍事歴史博物館のようです。
 
2016_03150412
 
 

国旗がはためくフラッグタワー(国旗掲揚塔)は王朝時代に皇城昇龍の監視塔として建てられたものだそうです。
 
2016_03150413
 
 

タンロン遺跡」の入場施設には世界遺産のマーク(エンブレム)とともにベトナム語で”KHU TRUNG TAM HOANG THANH LONG – HA NOI”(ハノイ - 昇龍王城遺跡中心地区) 、英語で”THE CENTRAL SECTOR OF THE IMPERIAL CITADEL OF THANG LONG –HANOI”と誇らしげに表示してあります。”RECEPTION“(受付)の上に書かれたベトナム語が長いことが気になって調べてみました。逐語訳をすると「話す・迎える・接待・客・見学する」ですから、「見学客受付案内所」を意味するのでしょう。
 
2016_03150414
 
 

建物内にはチケット売り場があり、その前のスペースに歴史を説明するパネルが掛けられ、往時の建物(模型)が置かれていました。天井灯の写り込みがあって見にくいことをご容赦ください。ちなみに、入場料は3万ドン(約180円)。
 
2016_03150416
 
 

こちらはタンロン遺跡内にあった建物の模型
 
2016_03150415 
2016_03150417
 
 

現存する建物(右上の赤い屋根、中央上の白い屋根)に囲まれた真四角の建物はベトナムにとってもっとも重要な場所だそうです。(後述)
 
2016_03150418
 
 

カード型の入場券を入場ゲートに挿入するとバーが開きましたが残念なことにカードは返却されません。入場ゲートを抜けて敷地内に入ると、漢文で書かれた巨大な石碑がありました。漢文で書かれた李太祖の「遷都銘」のようです。
 
2016_03150419
 
 

大きな盆栽が脇に並べられた通路の先に端門(たんもん、皇帝が住んだ宮城の入り口)が見えます。私の先を行く女性たちはベトナムの民族衣装であるアオザイを着ています。
 
2016_03150420
 
 

これらの大型盆栽は売り物でした。
 
2016_03150421
 
 

端門前の広場では卒業する大学生たちの記念撮影が行われていました。欧米流の卒業礼服です。
 
2016_03150422
 
 

Di tich Doan Mon”(遺跡端門)の説明看板には1010年に始まる「タンロン遺跡」の歴史が書かれています。『1010年の遷都とともに皇帝の住居となったこの皇城は二重の高い城壁(外側は帝都を囲む)に囲まれ、正門である端門(南門)と裏門の北門がある。端門は現存するもっとも重要な建物(幅46.5m、奥行き26.5m、高さ6m)で、5つある出入り口のうち中央のものは皇帝専用)がある。2階にある欄干が設けられたテラスの上にはガゼボ・スタイルのパビリオンが野との時代に増設された』 と書かれています。
 
2016_03150423
 
 

上記のパネルには当時の地図も描かれていて、西湖(Ho Tay、タイ湖)などの湖とホン川(Song Hong)など多数の川に囲まれた天然の要害(ようがい、要衝)であったことが分かります。余談ですが、写真のように女子学生は白いアオザイを着ることが多いそうです。

 

振り返ると、芝生広場には思い思いにくつろぐ人々と、入場口がある建物(写真右)、とフラッグタワー(写真中央)が見えます。
 
2016_03150424
 
左側の門から入るようです。
 
2016_03150425

 
端門の左脇にある階段で2階のテラスに上がります。
 
2016_03150426

 
世界遺産に登録されるわずか8年前の2002年に発見された「タンロン遺跡」は現在も発掘調査が続けられています。
 
2016_03150427 
2016_03150429

 
 

フランスによる統治時代に建てられたと思われる建物は考古学工芸品展示場になっているようです。その右手でも発掘作業が行われているのが確認できました。
 
2016_03150431
 
真下を見ると、発掘された李王朝時代の煉瓦道が保護用のガラスの覆われており、その様子を間近で見ることができます。
 
2016_03150430
 
この煉瓦道は端門から皇帝の住居である敬天殿まで続いているようです。(続く)

« ベトナムの旅(その17) ハノイの旧市街散策 | トップページ | ベトナムの旅(その19) 世界遺産「タンロン遺跡」(中編) »

文化・芸術」カテゴリの記事

旅行・地域」カテゴリの記事

趣味」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/146335/63465896

この記事へのトラックバック一覧です: ベトナムの旅(その18) 世界遺産「タンロン遺跡」(前編):

« ベトナムの旅(その17) ハノイの旧市街散策 | トップページ | ベトナムの旅(その19) 世界遺産「タンロン遺跡」(中編) »

2017年7月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31          
無料ブログはココログ