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2016年5月

2016年5月28日 (土)

栃木県南部のドライブ旅(最終回) 渡良瀬遊水地(後編)

「中の島」にある柳の大木
 
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「下宮駐車場」へ引き返すことにしました。
 
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県道9号沿いにある「渡良瀬遊水地」の他の入口へ向かうことにしました。少し北にあるエントランスを入って「想い出橋前駐車場」(実際は狭いスペースがあるだけ)に車を停め、「想い出橋」を渡って谷中湖へ向かいます。
 
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谷中湖畔に出るとウインドサーフィンを楽しむ人たちがいます。
 
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前方に見える北橋は北岸の「子供広場ゾーン」へ向かう土手道をつないでいます。その向こう側は「渡良瀬遊水地」の谷中ゾーンです。つまり、谷中湖の3つのゾーンはたがいにつながっているのです。注、この写真以降は通常の露出に戻っています
 
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左手には渡良瀬川と水の出入りを調整する北水門が見えます。ちなみに、谷中湖の南ブロックエリアの東側には堤防の高さが低い区間(立ち入り禁止)がにあり、渡良瀬川が増水した時にはその区間の堤防を越えて水が流入する仕組み(第1下流越流堤)になっているそうですが、洪水が収まったあとの排水は谷中湖の南端、谷田川と渡良瀬川の合流地点の先にある第一水門が使われるようです。ちなみに、谷中湖の北側にある草原エリアの北東部には第1上流越流堤があって第1下流越流堤と同様の役割を担(にな)っているそうです。
 
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北水門の右後方にある奇妙な建物が気になりました。
 
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北エントランス」からも周囲堤を越えて入ってみました。周囲堤付近からは距離があるため谷中湖が木立に隠れて見ることができません。
 
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草原の中に真っ直ぐ伸びる道路を東へ走りました。
 
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案内標識にしたがって右折して西谷中橋を渡ってしばらく進むと、レンタサイクル施設の近くに「渡良瀬遊水地のミニミニ植物園」がありました。
 
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その先のエリアには車が入れませんので、谷中村史跡保全ゾーン駐車場(100台)に車を停めて、子供広場を南方向に歩きました。「体験活動センターわたらせ」を過ぎると「谷中湖」畔に出ました。中央の塔は監視塔のようです。
 
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左手(東方向)の谷中村史跡保全ゾーンには大きな広場があります。
 
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車でもと来た道を引き返すときに分かりました。「想い出橋」付近から見えた異様な外観の建物は「ヨシ原浄化施設」の管理棟(高さ15.7m)でした。屋上から自然観察ができようです。手前には入る時に確認した「道と皮百選 渡良瀬遊水地」の標識があります。
 
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表の直線道路に出たところで「谷中村について」と題した説明看板があることに気づきました。「渡良瀬遊水地」を造るために廃村になったことが書かれています。
 
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「旧谷中村(横堤跡)」
 
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谷中村には多くの遺跡があったことが図示されています。
 
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県道9号と国道354号(埼玉県加須市)、国道4号(茨城県古河市)、利根川橋、国道125号と県道3号(埼玉県久喜市)を経て東北自動車道久喜ICへ入り、都内に一番近いSA/PAである蓮田(はすだ)SA(埼玉県蓮田市)で早めの夕食にすることにしました。
 
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私は"No.1"と表示された「バラチラシ丼」(650円)を選び、
 
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同行者は店のお勧めメニューである「海鮮炙(あぶ)り丼」(750円)にしました。
 
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「バラチラシ丼」はまずますでしたが、同行者は「海鮮炙り丼」があまり気に入らなかったそうです。
 
往路と同様のコースで東北自動車道を戻って川口JCTから首都高川口線に入り、交通量が多い中央環状線(C2)を順調に南下しました。ところが、首都高4号線につながる西新宿JCTの手前で予期しなかった大渋滞が発生していたため、時間をかなりロスしましたが、薄暮(はくぼ)が訪れた午後6時半過ぎには帰宅することができました。ちなみに、この日のドライブは走行距離が約300km、平均燃費は25.1km/ℓでした。

 

<同行者のコメント> 藤の花を見に行くと言われて出かけました。例によってベストなタイミングではないため、むらさき藤の花はしぼんでいました。それでも旦那様は満足げです。満開の様子を想像して楽しんでいるのでしょうか。次いで訪れた出流原弁天池の水がとてもきれいでした。また太子館の風呂は空いていてのんびり温泉を楽しむことができて良かったです。最後に立ち寄った渡良瀬遊水地は広すぎてハートの形には見えませんでした。今回もあれこれと盛り沢山のドライブ旅でした。お疲れさま。

2016年5月27日 (金)

栃木県南部のドライブ旅(その11) 渡良瀬遊水地(前編)

県道126号から県道75号に入って東北自動車道に沿って南下し、岩舟JCT脇で県道282号へそれました。そして、県道67号(例幣使街道)を横切り、栃木市岩舟町にある「みかも山公園」にちょっと立ち寄ってみることにしました。同行者が「大文字」を見つけた三毳山(みかもやま、標高229m)の反対側(東側斜面)にある栃木県内最大の都市公園です。フラワートレインと子供が遊べる施設、ハイキング、草花の鑑賞、山頂の展望台「富士見台」「三毳庭園」など多彩な楽しみ方ができるようです。
 
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その東隣には「とちぎ花センター」(大きな温室)と「いわふねフルーツパーク」(花野果ひろば)もありました。
 
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「花野果ひろば」(売店兼案内所)の周囲には、ぶどう、花き、いちご、トマト、ブルーベリー、梨、野菜が区画を分けて栽培されていることが図解されています。
 
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第2駐車場の東側にある「ぶどう園」はポールに吊られたぶどう棚がありました。
 
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県道168号でさらに南下して栃木市藤岡町に入り、行き当った県道9号(実際はその下流にある県道11号の藤岡橋)で渡良瀬川を渡ります。
 
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高間交差点で県道9号に合流して7kmほど南下(群馬県邑楽郡板倉町を通過)すると「渡良瀬遊水地」の中央エントランス(栃木市藤岡町)がありました。「渡良瀬遊水地」の周囲堤を越えた下宮(したみや)駐車場(無料、400台)に駐車。
 
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渡良瀬遊水地」は群馬・栃木の県境にある皇海山(標高2143m)に源を発する渡良瀬川が利根川に合流する直前に位置し、栃木・群馬・埼玉・茨城の4県にまたがる3つの遊水地から構成され、面積33平方キロメートル、総貯水容量2億立方メートルの日本最大の遊水地です。2012年にはラムサール条約に登録されました。明治初期に発生した足尾鉱毒事件(足尾銅山の公害事件)による鉱毒を沈殿させ無害化することと渡良瀬川の洪水を減らすことを目的として戦前(1910-1927年)、渡良瀬川下流に作られた遊水池です。ちなみに、常時水があるのは第1遊水地の一部であるハートの形をした谷中湖です。
 
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東の方向、谷中湖越しに筑波山(標高877m)が見えます。手前にある建物は地図で確認すると「乗馬クラブクレイン栃木」でした。
 
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谷田川に架かる「下宮(したみや)橋」を渡って谷中湖を横断する通路を「中の島」まで歩くことにしました。片道で800mほどです。ここでハプニングが生じました。デジカメのモードスイッチが誤ってマニュアルモードに入っていることに気づかず撮影したため、露出が異常な写真が続いてしまったのです。醜(みにく)い写真ですが、何とか補正できたものを掲載することをご容赦下さい。
 
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欄干の装飾
 
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渡良瀬川の支流である矢田川の上流と下流の様子です。写真ではよくわかりませんが、谷中湖側には「囲ぎょう堤」と呼ばれるもう一つの堤防が内側にありました。
   
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「中の島」へと続く「西橋」と土手道は谷中湖の南ブロック(右側)と北ブロックの境界になっています。
 
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「渡良瀬遊水地」内の道路はサイクリングコースになっていますから、土手道の中央部分(2本の白線の間)は自転車が通行できます。
 
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「中の島」では「東橋」を経由して東岸の「東谷中橋」へ向かう土手道(長さ1.6km)と北岸の「子供広場ゾーン」へ向かう土手道(長さ1.5km)がT字型の三叉路を構成していました。
 
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芝生広場の中央にあるモニュメント
 
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「渡良瀬貯水池」のタイトルでその機能が説明されています。
 
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「子供広場ゾーン」へ向かう道に出てみました。
 
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谷中駐車場(直線距離で約800m)の方面を振り返りました。
 
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(続く)

2016年5月26日 (木)

栃木県南部のドライブ旅(その10) 栃木市「柏倉温泉太子館」の日帰り湯

国道293号を走っていると、同行者が山の中腹に「大の字」を見つけたと言います。そして「三毳山」(みかもやま)と表示された道路脇の看板も。
 
あとで調べると、佐野市・栃木市・岩舟町にまたがる三毳山(標高229m)の西麓にある縦80m、横60mの「大の字」が燃える「佐野三毳山大文字焼」の場所のようです。 三毳山には古道「東山道」が通っていたとされ、万葉集東歌(あずまうた)に『下毛野(しもつけの) みかもの山の 小楢(こなら)のす まぐわし児(こ)ろは 誰(た)が(け)か持たむ』(下野の国にある
三毳山のコナラの若木のようにかわいい娘は誰の椀を持つのか、つまり誰の妻になるのか、注:「まぐわし(目細し)」は香(かぐわ)しと同様に美しい、「児ろ」は女性や子供の愛称、「笥(け)」は椀/食器)、と詠(よ)まれました。しかし、「三毳山」は国道293号から6kmほども離れているのですが・・。ちなみに、栃木市の兼信平とともに関東の富士見百景に選ばれています。
   
東武鉄道佐野線の終点駅である葛生(くずう)駅付近で県道210号にそれ、曲がりくねった山道を3kmほど走ると、佐野市から栃木市に入りました。県道126号となった山道を下った柏倉町で左手の田舎道に入り、山間に分け入った場所に「柏倉(かしくら)温泉太子館」はありました。東北自動車道栃木ICの西方、約3kmの地点です。
 

広い駐車場に車を停めて、大名屋敷の門のように立派な正門を潜(くぐ)りました。
 
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正面に聖徳太子神社の門が見えますが、左手の建物が宿と日帰り湯の入口です。
 
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太子館のパンフレットには、『よってがっせ、のんびりと 「とちぎの露天風呂 蔵の湯」』 と書かれていました。聖徳太子を祀る神社にある旅館です。ちなみに、「蔵の街」と呼ばれる栃木市には6年前に訪れています。

 

日帰り湯のサービスは、平日午前11時〜午後8時、利用料金 900円(オプションの貸しタオルは200円)。食事処を兼ねたロビーから四方を建物で囲まれた大きな池を眺めることができます。開放型の渡り廊下の先、山の中腹に見える建物は聖徳太子神社の本殿で、右端にはさきほど見た門も見えます。
 
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こちらも渡り廊下のようです。
 
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ロビーの先から左手に続く旅館らしく高級感のある長い廊下を左手に進みました。
 
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上り框(かまち)も立派です。
 
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そこには開業当時(大正13年)の太子館と鉱泉湧出場の写真が置かれていました。
 
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和室の休憩所を経由して入った脱衣所はいたって平凡です。
 
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たいして広くない浴場には大きな石造りの浴槽と小さな石造りの浴槽が並んでいます。
 
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大きい方は無色透明の真湯で、小さい方は薄茶褐色のお湯が入っていますから源泉風呂(加温・循環湯・ジャグジー付)のようです。源泉名は「太子霊鉱泉」、泉質は単純酸性冷鉱鉄泉(酸性低張性冷鉱泉)、源泉温度は10.7度、ph2.54(酸性)。源泉湯(加温後)は40度弱と低温で長湯に向いており、酸性度が強いので肌への刺激を感じました。
 
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大きな岩に囲まれた立派な岩組み露天風呂も真湯でした。「太子神社」の本殿がある山を見ながら貸切状態の露天風呂でのんびり湯を愉(たの)しみました。きれいな露天風呂にも源泉が使われていると良いのですが・・。
 
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露店風呂を回り込んだ裏側(20mの距離)に塩サウナと水風呂(屋外)がありました。サウナの中はかなりの暑さです。
 
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温泉を楽しんだあとは、しばしリラックスすることに。休憩室から見た小さな池には鯉が泳いでいました。
 
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同行者の湯上りを待って太子館を退出。参道を進んだところから見る聖徳太子神社の本殿です。
 
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太子館の渡り廊下が横切っています。
 
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「茅(ち)の輪くぐり」の説明
 
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二の門から急峻な石段が本殿まで続いています。由緒を調べてみました。『社伝によれば、鎌倉時代、館主二十八代の祖大阿久家氏始が、現鎮座より東200mに氏族の祖聖徳太子大神を歓請祭祀。1717年(享保2年)、十代の祖仁左衛門源兵衛が大芝原山中腹に再建造立した』とありました。
 
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山間に立地して借景が楽しめることと、建物が立派でかつ客室が渡り廊下でつながる離れ形式になっていることから、年配者が宿泊するには良い旅館だと思われます。しかし、栃木市唯一の温泉宿としての希少価値はあるものの、日帰り湯の利用客にとってこの温泉はやや期待外れでした。(続く)

2016年5月25日 (水)

栃木県南部のドライブ旅(その9) 出流原町の「磯山弁財天」と「出流原弁天池の湧水」(後編)

「磯山弁財天」を出て右手へ進むと、涌釜(わっかま)神社の石柱と石灯篭(いしどうろう)がありました。
 
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斜め右に入る道が参道かもしれませんが、介助を受ける人がいらっしゃるため歩道をそのまま先へ進むと、右手の塀越しに池と石橋が見えてきました。
 
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その先に石の鳥居がありますから、ここが涌釜神社の参道でしょう。その脇に「出流原弁天池」と彫られた石柱が立っています。
 
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境内の左手にある大きな「出流原弁天池」のあちこちで清水が静かに涌(わ)きだしています。
 
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出流原弁天池は、県の天然記念物に指定され、また環境庁指定の日本名水百選のひとつにも選ばれています。地下にある大量の水は古生層石灰岩と厚い土の層で濾過(ろか)されて清水となって地表にある池に湧水として出現しているそうです。ちなみに、水温は年間を通し約16度をほぼ保っているとのこと。
 
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緋鯉(ひごい)が泳いでいます。
 
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鯉と湧水が水面に生じさせた波紋が複雑に交じりあっています。
 
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水鳥も確認できました。
 
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水面から出た岩の一部には苔(こけ)が苗床となって若木が生えています。まるで盆栽のようです。
 
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涌釜(わっかま)神社の社殿です。険(けわ)しい山の上にある磯山弁財天まで登れない人のための神社ともいわれ、こちらもまた「出流原弁財天」と呼ばれているそうです。ご祭神は百人一首でおなじみの柿本人麻呂とのこと。
 
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本堂の右手には出流原弁財天から足利駅まで「関東ふれあいの道」が続いていることが説明されています。
 
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最初に見かけた石柱と石灯籠の脇を抜けて「磯山弁財天」へ戻る途中、白蛇が祀られているのを見つけました。
 
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いくつもある人口の池を巡(めぐ)ってみました。後方には先ほど参拝した[「磯山弁財天」の本堂(弁天堂)が見えます。
 
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清らかな水を湛(たた)えた池には空と周辺の風景が映(うつ)っています。
 
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鯉が飼われています。
 
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その水は川となって流れ出ています。
   
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その川を辿(たど)れば出流原弁天から見た中の島がある池に行き着くと考えて歩きましたが、その池への入口が見つかりません。やむを得ず生垣(いけがき)の隙間(すきま)からその池を撮影することにしました。対岸にボートが繋(つな)がれているのが見えます。
 
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「磯山弁天」の本堂が右手に確認できます。
 
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あとで調べると、この池は赤沢温泉ホテル一乃館の「フィツシングパーク」(釣り堀)でした。ですから、この池へ行くには涌釜神社の向かい側にある同ホテルの入口を利用する必要があったのです。

 

「足利フラワーパーク」と「磯山弁財天」でかなり歩きましたので、まだ昼過ぎですが、日帰り湯でさっぱりしたくなりました。佐野市内にはこの「ホテル一乃館」の日帰りの湯(入浴料800円)やスーパー銭湯「佐野やすらぎの湯」(入浴料500円)などがありますが、少し足を伸ばすことにして国道293号を東へ走りました(続く)

2016年5月24日 (火)

栃木県南部のドライブ旅(その8) 出流原町の「磯山弁財天」と「出流原弁天池の湧水」(前編)

「足利フラワーパーク」のあとは同じ佐野市の北部にある「出流原弁天池の湧水」へ向かいました。「正面ゲート」に近い駐車場を出て「西ゲート」付近に差しかかると、午前12時だというのに「西ゲート」前にある駐車場から長い車列が伸びていました。車列は動いていませんから駐車場は満車状態になったようです。表通りに出て両毛線の下(アンダーパス)を抜け、県道67号を東に向かい、両毛線富田駅の手前で県道175号に入って北進。出流原(いずるはら)歩道橋交差点で国道293号を横切り、案内標識にしたがって左折すると「磯山弁財天」(通称: 出流原弁財天)の前に出ました。
 
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佐野七福神のひとつである「磯山弁財天」は、平将門追討の功により下野・武蔵二ヶ国の国司となった藤原秀郷(ひでさと)によって948年に創建(鎌倉時代に再建)されたそうです。
 
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美しい造りの山門の後方、かなり高い場所に舞台造りの本堂が見えます。
 
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山門を潜った場所に「奉修磯山辨財天大開菩提也」と書かれた板塔婆(いたとうば)が目に入りました。撮影した時には気づきませんでしたが板塔婆の陰に「磯山の大蛇」像があります。
 
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折れ曲がって続く長い石段を上りました。
 
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右手には鐘楼
 
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左手に続く階段の先に本堂が見える場所に御手洗場があります。磯山弁財天は白蛇を祀っていることで、蛇の像の口からお水が出てきます。
 
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その右手にある注意書きと「磯山三峰神社登山道」と彫られた石柱が立っています。
 
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登山道は利用する人が多くないようです。
 
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本堂(弁天堂)へと続く石段はあともう少しです。
 
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本堂脇に掲げられた「弁財天の由来」
 
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先に参拝する同行者
 
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「磯山宮」と書かれた寺額
 
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本堂の内部
 
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本堂の「弁天堂」は三層の舞台造 になっていて、その2階には水の神である市杵島姫命(いちきしまひめのみこと)が祀(まつ)られているそうです。

 

振り返ると出流原の景色を展望できました。右手に中の島がある池が見えます。ちなみに、左手から右手方向へ伸びる道路は茨城県日立市と栃木県足利市を結ぶ国道293号で、先ほどまで居た「足利フラワーパーク」は遠くへと続く山並みの左端付近の向こう側に位置(直線距離で約7km)します。
 
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弁天堂の裏手にまわると、弁天像の横にある岩の割れ目「風穴洞」がありました。岩の隙間から涼しい空気が吹き出てくるように感じます。奥に鍾乳洞があるのでしょうか。ちなみに、裏手にある小さな階段で本堂の2階へ上がれたようです。
 
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石段を御手洗場脇までを下りたとき、正面に「銭あらい弁天」があることに気づきました。
 
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石碑に、『この銭あらい弁天は北海道蛇文石として巳己(みき)の年に見つけられ二匹の大蛇に抱かれたタマリ石として造りあげられました』 と説明されている珍しい模様の石が置かれています。
 
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急な石段を注意して下りました。
 
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(続く)

2016年5月22日 (日)

人はなぜ後悔するのか?

本稿では「怒り」や「嫉妬」と同様、人にとっての「嫌な(苦しい)感情トップ3」の一つといえる「後悔」とは何かを考えてみます。「後悔」が他の2つ(主に現状についての感情)と異なる点はもう取り戻せない過去についての思いであることです。つまり、「覆水(ふくすい)盆に返らず」の悩みなのです。辞書を引くと、『自分のしてしまったことを、あとになって失敗であったとくやむこと』 とありますが、「できるのにしなかったこと」の方がより大きな後悔の対象になると私は考えます。

 

人が後悔するのは、『別の選択をしていればもっと良い状態になっていただろう』 と考えるからなのです。つまり、「~たら」「~れば」と夢想(むそう)するのです。言いかえれば、「自責の念」と「やり直したいとの願望」があるため、「現実逃避」することで、より辛(つら)い「反省する」ことや「現実の自分を見つめる」怖(こわ)さから自らを守ろうとするからなのです。つまり、これは人間の自然な防衛反応なのです。

 

この防止策には「後悔回避」という心理学的な手法があるそうです。それは意思決定をおこなう場面において、将来の結果について予測をおこない、現実とは異なる良い状況と対比する「反実仮想」によって生じるネガティブな感情、つまり「後悔」による不快な状態を避けるように決定を行うという「リスク回避法」です。分かりやすく表現すると、『無難な選択を行う』 あるいは『何もしないと望まない結果になりそうな場合はリスクを取って行動する』 という対応法です。しかし、この判断を的確に行うためには専門家の指導が必要でしょう。

 

「後悔」をする具体的な対象は人によって様々ですが、勉学・恋愛・結婚・仕事・対人関係などが多いでしょう。そして、同じ失敗に対するリアクションでも、「後悔」と「反省」では本質的に異なります。前者は運の悪さや他に理由を探そうとする後ろ向き(過去にとらわれた)感情が含まれますが、後者には他者への思いやり(配慮)と自らの過ちを受け止めて二度と繰り返さないとの意思があります。いずれになるかは本人次第なのです。つまり、「後悔」は心理学において「自分が選択しなかったことの方にとらわれる心理状態の表れ」とされ、その傾向がある人は後悔しやすいといわれます。

 

恋愛についてあれこれ講釈するには知識も経験もありませんが、仕事と対人関係では私もこれまで多くのことを経験しました。「仕事」についての諺(ことわざ)に、『好きこそものの上手なれ』『石の上にも三年』『急がば回れ』『失敗は成功のもと』『善は急げ』『災い転じて福となす』などがありますが、いずれも「後悔」するリスクを減らす優れた考えだと思います。仕事上の対人関係では、良好な関係の人を大事にするだけではなく、「苦手な人」「怖(こわ)い人」「頑固(がんこ)な人」「目上の人」に思いきって接することが重要であることをサラリーマン生活で学びました。

 

「取り付きにくい人」と思われた人のもとへ思いきって飛び込むと、冷たく突き放されることもありましたが、時には親切にアドバイスしていただけることもありました。あるいは、自分に敵対しているのではないかと思われた人が実は親身に自分のことを考えてくれていたことを後になって知ったこともあります。サラリーマンとして半生を過ごした私が得た格言は、『困りきった時は嫌な(苦手)な人に思いきって当たれ』です。

 

とはいっても、私の限られた経験だけではものたりませんので関連する書籍を探してみました。一つは当ブログで紹介した「嫌われる勇気」(岸見一郎・古賀史健共著、2013年ダイヤモンド社刊)です。この本は対人関係について示唆(しさ)することが多くありますが、「後悔」について論じるには限定的な領域に限られています。

 

もう一冊は「死ぬときに後悔すること 25」(大津秀一著、2009年致知出版刊)には終末期医療の専門家である著者が死を目前にした患者たちが後悔したことを25項目にまとめて分かりやすく説明しています。その主なもの7項目を抜粋(ばっすい)して下記します。

 

○ 健康を大切にする

○ やりたいことをやる

○ 夢を叶える

○ 他人に優しくする

○ 人の意見に耳を傾ける

○ 趣味に時間を割く

○ 行きたい場所へ旅行する

 

いずれももっともだと思われることがらであり、かえってこれらを実現することは難しいのでしょう。参考にはなりますが、対処法の参考としての"how-to"本としてはものたりません。

 

では、「後悔」しないためにはどうすれば良いのでしょうか。私の独断になりますが、それには過去にとらわれず自分が最良な選択をしたと考えるように努力することです。『人間万事塞翁(じんかんばんじさいおう)が馬』 の故事(こじ)を理解することです。つまり、過去にとらわれるのではなく、現在と将来について考えるのです。ついで、何がその判断をさせたのかを冷静に考えることも必要です。そう思った理由や思い込みがきっとあったはずです。自らの甘い考えや非現実的な願望だったのかもしれません。

 

あるいは、高すぎる目標が達成されなかったのかもしれません。それを避けるためには、『低め(直近)の目標を設定して、それを実現する』 のプロセスを繰り返しながら高い目標に近づいてゆく堅実な方法があります。そして、チャンスと思われるタイミングには思いきった行動をとる(ジャンプする)ことも必要です。一歩ずつ進んだ確かな実感と自信があれば、ここぞという時の決断に迷いはないでしょう。万一、うまくいかなくても後悔することはないと思います。

 

もう一つ重要なことは、自分にとって何が重要であるかをよく考えて、それらに優先付けをすることです。人は自分のことを意外に分かっていませんから、これは大事なプロセスです。あとで変わっても良いのです。何かを決断する時に、この尺度があれば、あまり悩まなくてすむでしょう。それでは味気ないと思う方もいらっしゃるかもしれませんが、その決断は自らも納得できるものであり、後になって「後悔」することに比べればより合理的な方法でしょう。

 

もし、「後悔」してしまった場合は、あれこれ悩んで「負のスパイラル」に陥(おちい)るのを避けるとともに、経緯と結果を文字に書き出して自らの状況を客観視することです。「負のスパイラル」に陥りかけたとしても、客観視するプロセスを通して「後悔の地獄」から脱却できるかもしれません。それでもできない場合は、精神科や心療内科などの専門医を訪ねて治療を受けると良いでしょう。また、後悔しやすい人は酒・タバコ・ギャンブルなどの依存症にもなりやすいといわれます。もし依存症も併発したなれば、自らの力で克服することはもはや難しいと考えられ、専門医の助けを借りる必要があります。

2016年5月19日 (木)

栃木県南部のドライブ旅(その7) 足利フラワーパークの「ふじのはな物語」⑦

大きな「白藤」
 
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「西ゲート」の前にある「大長藤
 
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「大長藤」は「水上花壇」に隣接しています。
   
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遊歩道の脇にある「きばな藤」
 
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同じく、「ヤマモミジ」
 
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八重黒龍藤」に入ります。
 
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栃木県指定天然記念物の「足利のフジ」であると説明されていました。
 
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「足利の藤」は遅咲きのようで、まだきれいに咲いています。
 
 
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モネの池」の対岸に見えるのは「大藤」(B
 
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スダジイ」(ブナ科)の巨木です。関東では「シイノキ」と呼ばれると説明されています。
 
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「うすべにの藤」(円形の棚)の下に設置された休憩所(後列の椅子)から見たフラワーステージ」
 
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午前10時半になったところですが、屋根のある休憩所で早めの昼食(ブランチ?)を摂(と)ることにして、「テイクアウトコーナー」で選んだ「あっさり醤油佐野ラーメン」を同行者とシェアしました。縮れ麺の食感とコクのある醤油味のスープが期待通りでした。ワカメがたっぷり入っていますから、「ワカメラーメン」と呼んだ方が良さそうです。
 
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午前11時近くになると家族連れの客と団体客の入園が急に増えて、正面ゲート付近は混雑し始め、さらに日差しも強くなりました。そこで、次の目的地へ向かうことにして正面ゲートを出ると、目の前の大型車用駐車場には観光バスが並んでいました。
 
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その手前にある普通車用駐車場はいうにおよばす、西ゲート前の大きな駐車場には車の長い列ができていました。ほぼ満車状態と思われますから、昼近くに到着した車はさらに離れた臨時駐車場(徒歩7-8分の距離にある栗田美術館の駐車場)を利用する必要がありそうです。 

 

「栃木県南部のドライブ旅」はまだ続きますが、ここで投稿を小休止します。(続く)

2016年5月18日 (水)

栃木県南部のドライブ旅(その6) 足利フラワーパークの「ふじのはな物語」⑥

長めの休憩のあと、私一人で園内をもう一周することにして、「フラワーステージ」の左手角に出ました。
 
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そこにある鉢植えの「きばな藤」
 
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花のゲート」の左後方は「うす紅の棚」のエリア
 
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先ほどとは反対側から「うす紅の棚」を撮影
 
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大藤」(A)の脇を通過
 
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左手の脇道にそれて高台にあがると「むらさき藤棚」がありました。
 
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「むらさき藤棚」の右手のスロープにある、ムルチコーレ、マーガレット、ルピナス、マリーゴールド、オステオスペルマム、ゴールドコインの寄せ植え
 
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その先、「ツツジの海」にある「白藤」
 
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高台から見下ろした「水上花壇」
 
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「クルメツツジと藤の路」を見下ろすことができる「お休みひろば
 
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きばな藤としゃくなげの森」にある「きばな藤のトンネル」
 
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清水が勢いよく流れる水路
 
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とちぎ茶屋
 
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「きばな藤のトンネル」がもうひとつ
 
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西ゲート」の手前にあるに出ました。休憩所は強い日差しを避けて水辺の花を愛でる人たちで混みあっています。
 
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(続く)

2016年5月17日 (火)

栃木県南部のドライブ旅(その5) 足利フラワーパークの「ふじのはな物語」⑤

「白藤」のトンネルの隣にある「きばな藤のトンネル
 
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昨春オープンした「ローズガーデン」の脇に出ました。
 
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2010年に日本で生まれた「しずく」は純白・中輪・ロゼット咲が特徴です。
 
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同行者が見つけたのは、花桃に似て赤白ピンク3色の花ですが、こちらは花弁(かべん)ごとに色が違う珍しい花です。
   
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「セントーレア ブラックボール」はヨーロッパ原産のキク科の耐寒性1年草です。「セントーレア」(宿根ヤグルマギク)の花の色は青が一般的のようですが、白・ピンク・紫などもあるようです。
 
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ピンク色の愛らしい花は「ネメシア メロウ ピンクスワン」です。ちなみに、「ネメシア」は南アフリカ原産のゴマノハ科の耐寒性草花で、多年草と井年草の2タイプがあるそうです。
 
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「メサージュ」はフランスで生まれた白色・大輪のバラです。
 
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羽毛のように柔らかい感触の葉を持つ植物を見かけました。名前を知りたくて作業中のスタッフの方に尋ねることに。「朝霧草」(あさぎりそう)と呼ばれる野草で、東北地方以北の岩山に自生しており、夏には小さな花を咲かせるそうです。調べると、ロシア・サハリン原産の常緑多年草でした。
 
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バラのトンネルができるようです。昨春開設した「ローズガーデン」は若木が大半ですから、完成するまであと何年が必要かもしれません。
 
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「ローズガーデン」の東エリアは中央にある樹木から放射状と環状になった通路が伸びていますから、バラを間近で鑑賞できる構成になっていました。
 
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正面ゲート方面に向かいました。
 
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「フラワーステージ」の裏手にある「うす紅の棚」に出ました。
 
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「うす紅藤」の花はとっくに終わっていますが、半円形をした「水上花壇」を見ながら休憩できる椅子が並んでいます。
 
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「ペチュニアのピラミッド」
 
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園内を一周したところで、正面ゲートに近い休憩所でしばし休憩をとることにしました。同行者は「テイクアウト店」でエネルギー源となる「藤のソフトクリーム」(380円)を購入。5月の中旬というのにこの日は夏のような暑さで、もう溶(と)け始めています。味見をさせてもらうと、藤の花に似た色だけではなく、ほのかな香りも感じました。
 
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元気を回復した同行者は正面ゲート付近にあるショッピングハウスを覗(のぞ)きに行ったかと思えば、土産物をいくつも買いこんできました。群馬名物の「ひもかわうどん」「田楽みそ」、同行者が好きな「ぬれやき煎(せん)」に加えて、チビスケくんとチビエちゃんたちが遊びに来た時のためのスナック菓子など多彩です。
 
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(続く)

2016年5月16日 (月)

栃木県南部のドライブ旅(その4) 足利フラワーパークの「ふじのはな物語」④

桟橋南面花壇には50種類近い草花が植えられているようです。
 
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水上花壇」を振り返りました。
 
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「きばな藤」は立木のように上方へ伸びる性質のようです。
 
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大長藤
 
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「大藤」と同様、移植されたことが説明されていました。
 
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北側の「自然池」には花筏(はないかだ)が浮かんでいます。
 
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「水上花壇」の反対側から見た「大長藤」
 
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やや短めの「きばな藤」のトンネルを抜けます。前方左手見えるのは「オリジナルショップ」。
 
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白藤の滝
 
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裏手から見た「白藤の滝」の様子
 
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ピンク色地に濃い筋が入る「クレマチス ドクター・ラッペル」
 
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「クレマチス 江戸紫」
 
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ツツジの「ピンクパール」
 
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むらさき藤のスクリーン
 
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四季彩のステージ
 
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白藤」のトンネル
 
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(続く)

2016年5月15日 (日)

栃木県南部のドライブ旅(その3) 足利フラワーパークの「ふじのはな物語」③

「リロビングストーン・デージー」は南アフリカ原産でハマミズナ科の半耐寒性一年草。
 
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「ノースポール」「カンパニュラ涼姫」などの寄せ植えです。ちなみに、「ノースポール」は冬にも花を咲かせる冬のガーデニング定番の草花で、「カンパニュラ涼姫」は北ヨーロッパでキキョウ科ホタルブクロ属の半耐寒性一年草。
 
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両岸で「ネモフィラ」が咲き乱れる水路上にバラのトンネルができるのでしょうか。ちなみに、「ネモフィラ」は北アメリカ原産のハゼリソウ科一年草です。
 
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水上花壇」には色とりどりのペチュニアがモザイク模様を描いています。
 
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ちょうど見ごろを迎えた「きばな藤のトンネル」を通り抜けます。カーブして80mも続くトンネル長は日本一だそうです。
 
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トンネルの途中にある出入り口から「バラの咲く島」へ出て、「きばな藤」のトンネルを外側から見ました。
 
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「バラの咲く島」にある「バラアーチ」
 
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「ダブルデライト」(英国)
 
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もうひとつの「バラアーチ」を抜けました。
 
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うすべに橋」の中央部から見た「モネの池」には睡蓮と花筏(はないかだ)が彩りを添え、その先には「八重黒龍」(栃木県指定天然記念物)の藤棚が見えました。
 
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太い角材で作られたバラ棚
 
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「きばな藤」のトンネル越しに見た「ベニバナトチノキ」です。マロニエとアカバナアメリカトチノキの交配種で花の形はマロニエのままで、花の色は白ではなく赤いことが特徴です。
 
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バラのアーチ」を抜けて「水上花壇」のエリアへ向かいます。
 
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反対側から見る「水上花壇」は背景が変わったことで雰囲気が違っているようです。

 
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「水上花壇」の先には「大長藤」が見えます。
 
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(続く)

2016年5月14日 (土)

栃木県南部のドライブ旅(その2) 足利フラワーパークの「ふじのはな物語」②

もうひとつの大藤(右手のB
 
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藤の花言葉は「優しさ」「決して離れない」「恋に酔う」「歓迎」
 
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「足利のフジ」として栃木県指定天然記念物に指定された大藤は足利市内の早川農園で育成されていたものを、都市化の進展などが理由として、1996年に20km離れた現在の場所に移設されたことが説明されています。日本初の女性樹木医・塚本こなみ氏によって行われたそうです。
 
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野田長藤(のだながふじ)は棚仕立てにして栽培されます。枝先に総状花序(柄のある花が花茎に均等につく)が垂れ下がり、長さ15ミリくらいの蝶形の花をたくさんつけ、そして葉は奇数羽状複葉(鳥の羽のように左右に小葉がいくつか並び、先に1つの小葉がついて一つの歯が構成される)で、互い違いに生えるそうです。
 
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その特徴は花房が長いことで、長いものは1mを超えるとのこと。ちなみに、藤はマメ科フジ属のつる性落葉木本です。
 
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大藤のさきにある「ツツジの丘」ではクルメツツジが咲き終わっていました。
 
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白藤はこんもりとしていて、大藤(紫藤)とは雰囲気が異なります。
 
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純白のクレマチス
 
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うすべに橋」には一番早く咲く品種である「うすべに藤」の葉だけが生い茂っています。この橋を渡ると「バラの咲く島」へ行けるようです。
 
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池越しに見た「バラの咲く島
 
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リビングストン、ルピナス、ブルーデージー、ムルチコーレ、ハンネマニアの植込み
 
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その周辺に咲いている赤いバラ
 
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横から見た「うすべに橋」
 
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ブラン・ピエール・ドゥ・ロンサール(ソフトピンク)とルージュ・ピエール・ドゥ・ロンサール(大輪、クリムゾンレッド)の「円形ドーム
 
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ドーム内から見た「うすべに橋」と池に浮かぶ睡蓮(すいれん)
 
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今年の春が暖かいためか5月中旬だというのにピンク色の花が咲き始めています。ちなみに、睡蓮の花言葉は「清純な心」「信頼」「信仰」。
 
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「バラの咲く島」の水辺で咲く水色の花は「ネモフィラ」のようです。
 
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レストラン「マロニエ」から「バラの咲く島」へ続く小道
 
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(続く)

2016年5月13日 (金)

栃木県南部のドライブ旅(その1) 足利フラワーパークの「ふじのはな物語」①

日の出から1時間近くが過ぎた午前5時30分に自宅を出発。首都高速道路中央環状線(C2)と川口線を経由して川口JCTから東北自動車道に入り、首都圏中央連絡自動車道(圏央道)と交差する久喜白岡JCTを通り過ぎた羽生(はにゅう)PA(パサール羽生)で休憩しました。午前7時前ですから人影はまばらです。
 
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利根川橋と渡良瀬川橋を渡った佐野藤岡ICより国道50号に出ます。
 
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佐野アウトレット脇を通過して国道50号を前橋・足利方面(西方向)へ走ると周辺に広がる田圃(たんぼ)では麦の穂が色付いています。
 
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案内看板にしたがって右折します。
 
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約15分で目的地である「足利フラワーパーク」に到着。日中は周辺の道路と無料駐車場(300台)が混雑すると知りましたので、「ふじのはな物語」期間(午前7時オープン)にほぼ合わせて午前7時半までの到着を目標にしたのです。おかげで西口ゲート前の駐車場ではなく、正面ゲートに近い場所に空きスペースを見つけることができました。
 
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「足利フラワーパーク」のhpには、『日本最大級の藤園(広さ9万2千平米)には、樹齢150年といわれる大藤棚(栃木県指定天然記念物)、珍しい八重の大藤棚や長さ80mの白藤のトンネルなど350本以上の藤が咲き誇っている。藤の開花時期は4月中旬~5月上旬頃とされますから、4月末から5月初めの連休中がベストシーズン』 と説明してありますが、混雑が大嫌いな私は連休明けの好天の日を選んだのです。ちなみに、昨年は「亀戸天神の藤祭」を当ブログで紹介しています。

 

「足利フラワーパーク」の藤は、『うす紅(4月中旬~4月下旬ころ)・紫(大藤、4月下旬~5月上旬ころ)・白(5月上旬ころ)・黄色(5月上旬~5月中旬ころ)の順に開花していきます。大藤は栃木県指定天然記念物で広さ1000平米の大藤棚(600畳敷きの藤棚)、白藤も栃木県指定天然記念物で長さ80mの白藤のトンネル、きばな藤は長さ80mのきばな藤のトンネルになっている。また4月中旬~5月中旬ころには一緒に5000本以上のつつじが咲き誇る』 とも説明されていますから、時期的にはやや遅いのかもしれません。

 

この時期の催し物は2016年4月16日(土)~5月22日(日)に開催される「ふじのはな物語~大藤まつり2016~」です。このうち、4月23日(土)~5月15日(日)にライトアップされ、開演時間が午後9時まで延長されているそうです。そして、入園料(大人900-1700円)はその日の朝の花の咲き具合できめられる変動料金制のため、「足利フラワーパークのhp」でチェックするか、現地に到着してみないと分かりません。1年前(4月30日)に放送されたテレビ東京系の「カンブリア宮殿」を見て興味を持ちました。
 
ちなみに、5月2日は大人1500円、前日の5月11日は大人料金が1200円でしたが、この日(5月12日)は大人料金が1100円でした。私はJAF会員割引(100円/人の割引)を利用しました。当日、「足利フラワーパーク」近くのコンビニで前売り券を購入しても100円の割引が受けられるようです。
 
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正面ゲートの入場口には「足利ローズガーデン」とともに「東武トレジャーガーデン」(群馬県館林市)のポスターも貼られていました。
 
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ヤマボウシの幹」の周囲には「花壇の女王」とも呼ばれるペチュニアで覆(おお)われたピラミッドが作られています。
 
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その左隣にある通路の両側には休憩用のパラソル付テーブルとイスが多数並んでいます。チケット売り場でもらった地図を見ると、この右手にはレストランとフードテラスがあり、この通路はローズガーデンへ続いているようです。
 
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フラワーステージ
 
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その前に置かれた鉢植えのバラ
 
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フラワーステージを回り込むように通路は右テに折れました。
 
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振り返って見た正面ゲート方面
 
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フラワーステージの横手にある「きばな藤」のトンネル
 
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通路の反対側(北側)にはベニバナトチノキ
 
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2本ある大藤のひとつ(左側のA)は盛りを過ぎていますが、藤の花、つまり総状(そうじょう)花序の下部はまだ紫色が鮮やかです。『2014年世界の夢の旅行先10ヵ所に選出! アメリカのCNNにより、日本から唯一、あしかがフラワーパークがえらばれました』 と誇らしげに説明されています。
 
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『見ごろは4月下旬~5月上旬』 とあります。やはり、1週間ほど遅かったようです。
 
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(続く)

2016年5月 9日 (月)

「世界経済の動向予測と資産防衛術」(続編) 「複利の効用」を考える

昨年8月3日に投稿した「世界経済の動向予測と資産防衛術」の続編です。その記事に続いて、「株価の先行き」(8月23日付)、「日経平均株価の動向(フォローアップ)」(9月29日付)、「2016年の日本経済と株価の動向を考える」(1月14日付)、「日銀による異次元規模の量的緩和とマイナス金利の功罪を考える」(2月13日付)、と書いてきましたから世界・日本の経済のその後についてはこれらの記事を読んでいただくとして、今回は「資産防衛術」について少し補足したいと思います。

 

まず、資産(特に金融資産)を増やすための(時には減らす結果になる)運用方法について整理します。金融資産を運用する金融商品は元本が保証されている「貯蓄商品」と保証されていない「投資」に二分することができます。その特徴は、前者が提供する側と利用する側の両方が利益を分け合う「ウイン・ウイン商品」であり、後者は儲(もう)ける人と損する人がいる「ゼロサムゲーム」であることです。そして、これら2つの金融商品以外にもこれまであえて触れなかったギャンブル性の高い「投機」も存在します。

 

「投資」は投資先(金融商品)が長期的に成長あるいは収益を上げることを期待するものですが、「投機」は金融商品の短期・中期の価格変動に着目して運用します。株や為替の「デイトレーダー」、株・為替・作物などの「先物取引」、あるいは市場価格に影響を与えて利鞘(りざや)を稼(かせ)ぐ「機関投資家」(投機筋)の資金運用であり、素人(しろうと)には無縁の世界(手を出すべきではない分野)でしょう。最近、話題となった「ワイン投資ファンド事件」などのようにうまい話(金儲け)はこの世に存在しないのです。

 

これまでの関連記事で書いてきたことのポイントは、『①デフレ経済に陥って20数年間が経過した日本は強力な経済政策によってデフレ経済から脱却することが期待されたが、金融緩和頼み(一本足打法)は海外の影響を受けて元の木阿弥(もくあみ)になってしまったとみられる。②2月に日銀によって実施されたマイナス金利は、3か月近く経過しても目に見える効果が現れず、懸念されたように金融資産価値をも毀損(きそん)し始めているようである。』 とまとめることができます。この状況が影響したのか、久しぶりに金市場が活況を帯びています。

 

金価格は日本がバブル期にあって海外ではソ連のアフガニスタン侵攻とイラン・イラク戦争が勃発した1980年に6000円台/グラムを記録してから30年間は1000-2000円/グラムの水準で推移してきましたが、2011年には金価格が1グラム当たり4000円を回復しました。

 

その背景にはリーマンショック、ギリシャの財政不安、米国債格下げなどがあったのです。その後は、ドルベースで見ると金価格は落ち着きを取り戻しましたが、日本では円安の影響を受けて金価格が上昇して2015年には4500円台に達し、今年の2月中旬以降は4800円台の高値水準で推移しています。アラブ世界の政情不安とアメリカ経済の先行き不安が背景にあり、これからもしばらくは金価格の高値水準が続くと考えられます。

 

なお、昨年8月をピークに下落基調が続く株式市場については、繰り返しになりますので詳しくは述べませんが、当面は株式投資から距離を置いた方が安全でしょう。海外経済の悪化と円高の進展(米国のドル安政策)に加え、昨年の中頃まで主役であった海外投資家の「日本株離れ」と政府系のGPIFによる「株価下支え」が年金収支の悪化により難しくなったことなど悪材料が目白押しです。したがって、円高がさらに進行すれば、早ければ5月にも日経平均株価が15000円を割り込む可能性が考えられます。

 

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さて本題です。預金金利が限りなくゼロに近づくなか、金融資産をどのように管理すれば良いのでしょうか。経済が不安定な時代は安心感のある「金の地金」(金の延べ棒であるバー)を購入すれば良いのでしょうか。一概にそうとも言えません。金というものはインフレには強いのですが、デフレには弱いのです。また、米ドルとは逆相関がありますから、米ドルが強い時は弱含みになる傾向があります。そして、購入時に消費税(現在は8%)がかかることと、業者に手数料を払う必要があるなどのマイナス要因も存在するからなのです。

 

「金の地金」の製造業者(ブランド)も東京商品取引所指定でないものは売却が困難なことがあるようです。また、金の装飾品(ジュエリー)や金硬貨(コイン)は加工費が上乗せされていますから、売却時にはその分だけ不利になります。さらには、「金の地金」を安全に保管する方法(銀行や業者の貸金庫など)を考える必要があります。それが面倒な人は金の現物を購入するのではなく、金ETF(上場投資信託)があります。この売買は株式投資に近いのですが、利回りがないうえ売買手数料と信託報酬を支払う必要があることを考慮する必要があるでしょう。

 

金融商品である「普通・定期預金」「株式投資」「債権投資」「金投資」のほとんどは単利法(期間ごとに配当あるいは金利が得られる仕組み)になっています。したがって、長期間にわたって投資してもほぼ一定のリターンしか得られないのです。現在のように超低金利の時代にはタンス預金とあまり変わりがないと言えます。しかし、長期間投資すると有利になる選択肢があります。それは複利法で利息(利回り)が得られる金融商品です。種類はそれほど多くはありませんが、代表的なものは「ゆうちょ銀行」の定額預金および3-5年満期の定期預金です。

 

半年毎の利息と元本が新たな元本になって自動的に再投資される複利法の定期預金です。預け入れ期間は10年、最初の6ヶ月間は払い戻しができませんが、それ以降は自由に払い戻し(解約)ができます。一口の金額は1000円から300万円までの決められた8種類から選ぶことができます。ただし、最初の3年間は6か月毎に金融情勢に応じて金利が変わります。現状の金利で試算すると10年間の累計で4.07%の利息が得られる見込みです。年利(単利法)に換算すると0.407%で、銀行の全国平均は年利0.025%(一部ネット銀行は0.2%と高いものもある)と比較してかなり有利と言えるでしょう。

 

複利で運用できる金融商品は他に、MMF(1か月複利の投資信託、元本割れのリスクは低い、ただしマイナス金利の導入で新規受付を中止)、半年複利である信託銀行のビッグ/ワイドと都市銀行・信用金庫などの変動金利定期、およびソニー銀行の定期預金、変額年金保険(元本と期間の保証がないものが多い自己責任型)などがあります。それぞれ特徴がありますから、自分に合ったものを選ぶと良いでしょう。ただし、注意すべき点は元本が保証されていないものを選ぶと、複利効果が裏目に出て、損失が拡大するリスクがあることです。また、日銀に当座預金(超過準備預金)を預けていない農協(JA)や多くの信用金庫はマイナス金利の影響が少ないので、預金金利の引き下げも相対的に少ないようです。

 

金融機関が勧めることが多い定期的に積み立てる金融商品(株式、投資信託、純金、確定拠出年金など)への投資は、小額で始められ、一度手続きをするだけで長期間にわたって投資できる便利な投資方法ですが、そのリスクを事前に知っておく必要があります。まず、金融機関が利点だと強調することが多い「ドルコスト平均法」です。毎回一定金額を投資するため金融商品の価格(株価、基準価格、金価格など)が安い時には多めの口数を購入し、高い時には少な目に購入することになるため、平均すると購入価格が安くなるという理屈です。しかし、これは金融商品の価格があまり大きく変動しないか、あるいは上昇基調にある時は有利に働きますが、逆に下降基調にある時は損失が拡大(投資元本が目減り)してしまい、積立期間が長期にわたる場合はリスクがさらに拡大する恐れもあるのです。

 

最後に、ここでは詳しく説明しませんが、低金利時代には金利が比較的高い外貨預金は魅力的に見えますが、為替変動の影響が金利を上回ることが十分考えられますから、そのリスクに対応できる自信がない人は避けるのが無難でしょう。また、多くの投資家が株式を売却したことで株価が下落傾向にある現在は、安値で株式を購入することで、銀行預金よりもはるかに高利回りを享受(きょうじゅ)するチャンスでもあります。

 

しかし、安値(底値)のタイミングを判断するのが大変難しいため、良好な配当率を長期間維持する優良銘柄の株価が上昇基調に転じたタイミングで購入し、しかも長期間保有するのでなければ、やはりリスクが大きな金融商品といえます。そして、面倒なことは考えたくないが、少しでもお金を増やしたいと考える人には、マイナス金利下でも元本と最低金利0.05%(多くの銀行の普通預金金利は0.001%)が保証される「個人向け国債」(3年あるいは5年の固定金利、発行後1年から途中解約可能)がいいかもしれません。

 

先に投稿した「世界経済の動向予測と資産防衛術」と「株価の先行き」の記事に書きましたように、金融資産を増やそうと欲を出すのではなく、金融資産を減らさない安全な投資に心がけることを私はお勧めしたいと思います。安全な金融資産を運用する基本はやはり、「長期」「分散」「複利」の3つなのです。なお、今回はほとんど触れなかった「分散」についてもリスクを軽減するために不可欠と考えます。そして、今年になって突入した超低金利(マイナス金利)時代には絶対安心・安全な金融機関は存在しなくなると考えられます。

 

例えば、「ゆうちょ銀行」は今年4月から預入限度額がこれまでの1000万円から1300万円へと拡大しました。しかし、国債の購入(100兆円超)と日銀の当座預金に依存してきた「ゆうちょ銀行」は、企業などへの融資経験がないことで、177兆円の預金残高の運用をどうするのかが大きな課題です。政府機関のように指数連動型上場投資信託受益権(ETF)や不動産投資法人投資口(J-REIT)を購入する方針に転換するとも伝えられますが、政府機関が昨年来5兆円ともいわれる含み損を抱え始めたことを考えると、「ゆうちょ銀行」に貯金することはこれまでのように安全・安心とはいえなくなるかもしれません。

 

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蛇足です。資産防衛術として、信頼できる金融機関の金融商品(複利法)に金融資産を分散投資する効用を長々と書きましたが、超低金利の時代には金融資産の総額を減らさないのが「関の山」です。8年前の記事「お金は大事」のなかで書きましたが、上杉鷹山の『入(い)りを図(はか)り、出(いずる)を制す』(正しくは『入りを量(はか)りて出を制す』)が正しい考えだと今も信じています。つまり、金融資産を増やすことに腐心(ふしん)するよりも、仕事の対価を少しでも多く得ることと、不要不急の支出(固定費と定期的な消費)を抑えることです。

 

通信費・定期購読品・クレジットカードと電子マネー(オートチャージ機能付のSUICA/nanacoカードなど)による無駄遣(むだづか)いを総点検してみると意外に削れるものがあることに気づくと思います。ただし、食費や生活用品を過度に節約することは、「生活の質」(Quality of Life)を大きく低下させますから、本末転倒であり極力控えるべきでしょう。

2016年5月 7日 (土)

「銀翼のイカロス」を読む

連休中に読んだ本を紹介します。池井戸潤著「銀翼のイカロス」(1500円+税)は2014年にダイヤモンド社から刊行されたソフトカバー本です。私にとっては「果つる底なし」「M1」「株価暴落」「空飛ぶタイヤ」「オレたち花のバブル組」「オレたちバブル入行組」「ロスジェネの逆襲」「ルーズヴェルト・ゲーム」「下町ロケット」に次ぐ10作品目(半沢直樹シリーズでは4作品目)に当たります。

 

まず、本書の変わったタイトルについての私見を述べます。「イカロス」とはギリシャ神話に登場する人物で、蝋(ろう)で固めた翼によって自由自在に飛ぶ能力を得ましたが、太陽に接近し過ぎたことで翼が溶けてしまい、墜落して死を迎えることになります。ちなみに、この物語は人間の傲慢(ごうまん)さや技術信仰を批判する神話として知られています。つまり、「銀翼のイカロス」は飛行機にかかわる傲慢(ごうまん)な人間を象徴しているようです。

 

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物語はある銀行員が書いた短い遺書で始まりました。

 

序章 ラストチャンス

 

十月のある夕方、東京中央銀行営業第二部次長半沢直樹は部長の内藤寛(ひろし)に呼び出された。部長室へ向かった半沢は内藤から役員会のあと頭取の中野渡(わたり)(けん)から営業第二部で新たに一社を担当するよう指示があったことを知らされる。業績不振に陥っている帝国航空である。同じ資本系列の東京中央商事が同社への出資を検討しているとの情報もあった。これまで帝国航空を担当していた審査部との引き継ぎを即日終えた半沢はさっそく帝国航空の神谷巌夫(かみやいわお)社長のもとへあいさつに出かける。審査部の前任者である曾根崎(そねざき)と帝国航空の財務部長山久登(やまひさのぼる)などが同席。

 

初日の突っ込んだやり取りを通じて、現状と両社の認識(危機感)の違いが明らかになったことで、半沢は修正再建案づくりを手伝いたいと申し出る。財務畑出身の神谷社長はあれこれ理屈を並べて執拗(しつよう)に抵抗した。それにかまわず、半沢は修正再建案の素案を作成して、帝国航空に提案することにした。そして、半沢以下の帝国航空担当チームによって慎重な検討が重ねられ、十一月に入って間もないころに修正再建案の骨子が固まった。しかし、半沢からその案を聞いた帝国航空の山久財務部長は取りつく島がない態度である。

 

その直後、大きな動きがあった。東京中央商事が帝国航空への出資を見送ると通告したのだ。一縷(いちる)の望みを絶たれた神谷社長は半沢の修正再建案を検討することを決めた。十二月に行われた衆議院選挙で野党の進政党が地滑り的に勝利したことで、国土交通大臣に就任した白井亜希子(元アナウンサー)は前大臣の私的諮問機関である有識者会議の解散と修正再建計画の白紙撤回を決め、改めて帝国航空の現状を精査する帝国航空再生タスクフォースを立ち上げると発表した。企業の命運を政治の道具にする白井大臣に半沢は根本的な不信感を抱く。

 

第一章 霞が関の刺客

 

年が明けた一月上旬、帝国航空再生タスクフォースの臨時オフィスが帝国航空本社の25階に設置された。リーダーは大手企業の再建実績が豊富な有名弁護士の乃原正太(のはらしょうた)、サブリーダーは外務省のキャリア官僚から外資系ファンドに転身した異色のキャリアを持つ三国宏である。弁護士や公認会計士など約100名のスタッフによって資産査定などが行われた3か月後、取引銀行に対して再建案に関する面談の要請があリ、半沢が乃原と面談することになるが、乃原と三国は銀行を下に見ていることがその態度から明らかである。乃原は帝国航空の早急な復活には債権の7割を銀行団が放棄することが必要であるとして東京中央銀行に検討するよう要求した。

 

持ち帰った半沢はこれを受けるべきではないとのメモを付けて上申するが、頭取以下の幹部はもう少し検討するようにとの指示を半沢に下した。帝国航空のメーンバンクである政府系の開発投資銀行を訪れた半沢に応対したのは帝国航空チームを率いる(実務責任者である)企業金融部第四部次長の谷川幸代(たにがわさちよ)である。半沢のストレートな質問に答えて、個人的には半沢と同意見であるが、政府系金融機関としての役割があると開発投資銀行の立場を抽象的に説明するにとどめた。四月になったある日、半沢は乃原から呼び出しを受けて出向くと、半沢が債権放棄に反対しているとの情報をどこからか得たと思われる乃原は汚い言葉で半沢を恫喝(どうかつ)するが、半沢は怯(ひる)まず反論する。開発投資銀行の谷川も半沢と同様、行内における債権放棄の動きに抗(こう)しかねていた。

 

第二章 女帝の流儀

 

乃原リーダーから債権放棄に否定的な担当者がいると吹き込まれた白井大臣は多数の部下を引き連れて東京中央銀行に乗り込んできた。いわゆる「カチ込み」(殴り込み)である。頭取以下の幹部たちと担当者である半沢に向かって帝国航空を再建する必要性と東京中央銀行の動きが悪いと迫るが、中野渡頭取は落ち着き払って対応する。白井大臣の矛先(ほこさき)は担当である半沢にもおよぶが、半沢は一歩も引かないだけではなく、論理的にはんろんする。債権回収部門を統括する紀本常務は快(こころよ)く思っていない半沢を叱責(しっせき)するが半沢は動じない。

 

白井大臣・乃原リーダー・民進党の重鎮である箕部啓治(みのべけいじ)代議士・東京中央銀行の紀本常務らの長きにわたる意外な関係が明かされる。(詳細略)

 

第三章 金融庁の嫌われ者

 

金融庁の検査官である黒崎俊一が10名の部下を引き連れて帝国航空に関するヒアリングのため東京中央銀行を訪れた。伊勢島(いせじま)ホテルへの融資の件(「オレたち花のバブル組」参照)で半沢と激しくやりあって半沢への憎悪を見せた人物である。黒崎は金融庁の権威と権限を背景に半沢が担当する前の貸付について乱暴かつ粘着質の質問を次々と投げつける。前任者である曾根崎は知らん顔を決め込む。こうして金融庁の書類審査が始まった。黒崎は東京中央銀行の審査が杜撰(ずさん)であると決めつけた上で、同行が金融庁に報告した帝国航空の再建策の数値が帝国航空による発表と異なると指摘した。

 

半沢は同期の渡真利(とまり)次長から今回の金融庁によるヒアリングの陰に白井大臣と箕部が動いていたことを教えられる。そして、帝国航空へ確認に向かっていた部下の田島の報告は 『発表したとおりの数値を東京中央銀行審査部の曾根崎次長に手渡した』 との証言を帝国航空の財務部長から得たというものである。ただちに半沢は曾根崎に問いただすがシラを切る。曾根崎がそのことを紀本常務に報告すると、帝国航空の山久財務部長に協力してもらえとの指示を受けた。

 

翌日のヒアリングでは思いがけない展開となる。黒崎の追求に対して曾根崎が資料を作成したのは自分であり、帝国航空からもらった資料が検討中の素案であったと発言したのである。この発言によってテーマは与信引き当てに移った。それについても黒崎の追求は微に入り細に入った。半沢は調査が行き届いていなかったと謝罪せざるをえない。黒崎は勝ちほこったように 『指摘事項への回答書を出すことを要求する。それに対する意見書は金融庁長官から東京中央銀行頭取に直接手渡しするが、その様子をマスコミに公開する』 と宣言して長かったヒアリングの終了を宣言した。金融庁の立場を守るためであることは明らかであった。

 

曾根崎次長は帝国航空の山久財務部長に 『検討中の資料を手渡したとする状況報告書を作成してほしい』 と依頼するが山久財務部長はこれを拒絶した。曾根崎次長に泣き付かれた紀本常務が曽根崎を同行して再度山久財務部長のもとを訪れるが、山久財務部長は 『事実を記載した状況報告書を半沢に手渡した』、という。万事休すとなった曾根崎次長は、東京中央銀行へ戻って半沢に詰め寄るが、半沢は 『その資料はすでに上層部へ回した』 という。そして、曾根崎次長と山久財務部長の会話を録音した音声が営業本部フロアの第二営業部内に流れた。曾根崎次長は半沢の言うとおりに半沢と元の部下たちに謝罪した。

 

第四章 策士たちの誤算

 

半沢は債権放棄を拒否する内容の稟議書を再度上げた。それを審議する臨時役員会では旧東京第一銀行系の紀本常務をはじめとする役員と部長たちが政治的な判断で債権放棄を受け入れるべきだとの意見を述べた。説明者の内藤第二部長は銀行の矜持(きょうじ)について熱弁を振るうが、紀本常務による思い掛けない進退をかけた反論があり、中野渡頭取は債権放棄を主張する紀本常務に本件を任せるという。内藤第二部長は開発投資銀行も同意することを条件としてほしいと願い出て中野渡頭取の了承を得た。半沢の意見を反映したものである。

 

白井大臣、箕島代議士、紀本常務が祝杯を挙(あ)げているところに遅れて参加したのは再生タスクフォース・リーダーの乃原正太、帝国航空の再建を強引に実現させるシナリオを描いた男である。翌日に予定される再生タスクフォースの合同報告会とその後の記者会見にギリギリ間に合ったのである。また、開発投資銀行の民営化の是非についても翌朝の閣議で決定されることになっている。半沢は開発投資銀行の谷川次長から民営化されれば債権放棄はなくなるだろうが、財務大臣が民営化に反対しているため、その可能性はほとんどないと聞いている。

 

再生タスクフォースの合同報告会がはじまり、乃原リーダーの高飛車な挨拶に続いて、サブリーダーの三国が与信残高の少ない銀行から検討結果を報告するよう指示した。最初の銀行は与信額がわずかであるあるため債権放棄に賛成したが、2番目以降の銀行は主力および準主力の対応に準ずると玉虫色の報告をした。いらだった乃原リーダーは半沢に東京中央銀行行の検討結果を報告するよう迫る。半沢が説明をはじめたタイミングに開発投資銀行の担当者たちがあわただしく入室してきた。乃沢リーダーが繰り返した質問に対して、半沢は 『東京中央銀行はこの債権放棄を拒絶します』 と答える。

 

『東京中央銀行は債権放棄を役員会で決議したはずだ』 といいながら怒り狂う乃沢リーダーに向かって半沢は 『開発投資銀行が債権放棄に同意した時に限るという条件がついている』 と補足した。半沢は矢沢次長から開発投資銀行の民営化が閣議決定されたとのメールを直前に受け取っていたのだ。そして、谷川次長は 『開発投資銀行は債権放棄の要請について見送ることにした』 と説明すると、乃沢と三国の両名は茫然自失(ぼうぜんじしつ)に陥(おちい)った。乃沢は捨台詞(すてぜりふ)とともに合同報告会の閉会を告げた。

 

第五章 検査部と不可解な融資

 

合併する前の旧東京第一銀行における簑部啓治代議士への個人融資が5年間も担保(たんぽ)がなかった20億円の問題(情実)融資案件の存在を知った半沢はそれを調べ始める。(詳細は省略)

 

第六章 隠蔽(いんぺい)ゲーム

 

情実融資された20億円の用途が次第に明らかになって行く。(省略)

 

終章 信用の砦(とりで) (省略)

 

<読後感> 半沢直樹シリーズの最新本は、半沢自身の成長を反映したもので、それまでの3作品とは一味違うものでした。絶体絶命の窮地(きゅうち)に陥(おちい)りながらも問題の解明と解決に向かって一歩一歩と突き進んでゆくバイタリティと彼を支援する同僚たちの存在は前作品群と同じですが、銀行員の矜持(きょうじ)と組織における個人の立ち位置の難しさを強く感じさせます。ストーリー展開は池井戸潤氏の作品らしくテンポがよく、かつ終始痛快ですが、本書はサラリーマンとして半生を過ごした私に宮仕えの難しさをあらためて思い起こさせました。

 

                          ☆

 

例によって、本書に登場した「難読漢字」を以下にリストアップしますので、興味のある方は楽しんでください。

 

従容(しょうよう)

騒擾(そうじょう) 注、騒乱

層倍(そうばい)

公租公課(こうそこうか)

奸知(かんち) 注、悪賢い知恵

険相(けんそう)

双眸(そうぼう)

隋徳寺(ずいとくじ) 注、ずいと跡をくらます意

睥睨(へいげい)

思料(しりょう)

泰斗(たいと) 注、その分野の第一人者として尊敬される人

野趣(やしゅ)

敵愾心(てきがいしん)

顰(ひそ)める

飄々(ひょうひょう)

睨(にら)む

贔屓(ひいき)

荷担(かたん) 注、加担とも表記

領袖(りょうしゅう)

莞爾(かんじ) 注、にっこりと笑うさま

窺(うかが)う

手練手管(てれんてくだ)

呻吟(しんぎん) 注、苦しんで呻(うめ)くこと 

唾棄(だき)

繙(ひもと)く

苛立(いらだ)ち

俄(にわか)に

喧騒(けんそう)

親炙(しんしゃ) 注、親しく接してその感化を受けること

居竦(いすく)ませる

掬(すく)う

静謐(せいひつ) 注、静かで落ち着いていること

四囲(しい)

訝(いぶか)しむ

芬々(ふんぷん)

平仄(ひょうそく) 注、物事の筋道がたたない

滾(たぎ)る

顰蹙(ひんしゅく)

挺身(ていしん)

出精(しゅっせい)

憐憫(れんびん)

櫛風沐雨(しっぷうもくう) 注、世の中の さまざまな辛苦にさらされることのたとえ

仄聞(そくぶん) 注、人づてや うわさなどで聞くこと

熾火(おきび)

彷徨(さまよ)う

霹靂(へきれき)

刮目(かつもく)

直截(ちょくせつ) 注、すぐに裁断を下すこと

2016年5月 4日 (水)

ベトナムの旅(最終回) ハノイ空港から帰国の途へ

荷造りを終えていたスーツケースと手荷物を再度確認して午前11時過ぎにホテルをレイト・チェックアウト。午前11時半ころに迎えに来てくれた現地係員の車でハノイ空港へ向かいました。

 

幅の広い中央分離帯に植栽と看板が増えましたから、空港に近付いたようです。
 
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管制塔の近くを通過
 
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前方に見えるのはハノイ・ノイバイ国際空港の第2ターミナルビル(国際線用)
 
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12時少し前、ハノイ・ノイバイ国際空港に到着
 
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第2ターミナルビル(3階)の入口
 
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アーチ型の天井が開放感を演出しています。
 
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この第2ターミナルビルは、日本の円借款(しゃっかん)を活用して、2014年末にオープンしたそうです。ちなみに、施工は大成建設とのこと。
 
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東京(羽田)行きの全日空NH858便(1425発)は予定通りに出発するようで、すでにチェックインが始まっていると表示されたいます。ちなみに、UA7921便はユナイテッド航空とのコードシェア便です。
 
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B列にある全日空のチェックイン・カウンターにはすでに多くの人たちが列をなしていました。
 
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10分ほど待ってチェックインしました。2つのスーツケースは合計で26.8kg、羽田空港でチェクインしたときの22kgから5kg近く増えていました。
 
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セキュリティチェックとイミグレーションを通過し、動く歩道で搭乗する33番ゲートへ向かいました。左手にはショップが並び、右手は待合所になっています。
 
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振り返って撮影
 
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出発まで2時間近くありますから、手持ちのベトナム通貨(ドン)を円に交換する両替所を探しました。出国手続きをする前にベトナムのパッチ(布製のワッペン)を探したいという同行者に付き合って3階の右手奥にある土産物店へ向かいましたが、店に置いていないとの残念な返事が返ってきました。その代わりではありませんが、私が見つけたジヤックフルーツのチップスを買った同行者は気を取り直したようです。そんなことがあって、両替所を探すことを失念した私は、そのまま出国手続きをしてしまったのです。

 

そのことを思い出した私は、同じ3階にある搭乗口付近にも両替所があるだろと勝手に決め込んでいたのです。しかし、端から端まで探してやっと見つけた銀行窓口は税金の還付専用であり、両替はしていないとのこと。自らの粗忽(そこつ)さを嘆(なげ)いても仕方がありませんから、お腹がすいていた私だけで軽く昼食をとることにしました。良い考えが浮かびませんので、デューティフリーショップでワインを買うことで、一件落着になりました。

 

あとで調べると、第2ターミナルの1階、税関検査を通過して自動ドアを出た到着ロビーの左右に銀行の両替所が各2店舗あったことを知りました。ここで、ベトナムの通貨(ドン)に関する教訓です。現地通貨のドンはタクシー代や小物の購入に限定して、その他はできるだけ米ドルまたはそれが不足した場合は円で支払い、空港に到着した時にはドンを使い切っておくことです。ちなみに空港内の店における価格はすべて米ドル表示でした。

 

もう一つはベトナムの紙幣は外見が紛(まぎ)らわしいことです。金額(50万/20万/10万/5万/2万/1万)によって紙幣の色合いは異なります。しかし、デザイン(柄)とサイズは米ドルと同様にまったく同じであり、しかも金額表示が5桁あるいは6桁(つまり0“の数が多い)ですから、なれないと間違えやすいのです。ただし、少額紙幣の2000ドン(10円強)と5000ドン(約30円)はホーチミンの顔が入っていることは他の紙幣と同じですが、全体のデザインが一時代前のものであり、プラスチック製の透かしがない点が異なります。発行された時代が古いからでしょう。

 

最後に、ハノイ・ノイバイ国際空港の第2ターミナル(搭乗ゲート付近)から見ることができた飛行機の写真を紹介します。まず、マレーシア航空機です。
 
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キャッセイパシフィック航空のカーゴ機(左)とシンガポール航空機(右)
 
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韓国の格安航空会社(LCC)のジンエア機(手前)とシンガポール航空機(後方)
 
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ベトナムの格安航空会社(LCC)のVietjet Air(ベトジェット航空)機(手前)
 
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ベトナム航空機
 
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垂直尾翼にロシア国旗が描かれたロシア国際航空機 注、アエロフロート・ロシア航空の子会社
 
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そして、私たちが搭乗する全日空機(NH858便)は往路と同じボーイング787-8型機です。
 
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1時間ほど待合所で所在無く過ごした午後2時ころに全日空NH858便東京行きの搭乗が始まり、定刻の午後2時25分にハノイ・ノイバイ国際空港を出発しました。
 
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機中での4時間半は例によってワインを飲みながら機内映画「スターウォーズ フォースの覚醒(かくせい)」と「マネーショート(THE BIG SHORT)」を観て過ごすことになりました。ここでも私の粗忽(そこつ)さが再発しました。何と、軽い昼食を摂った2時間半後(ベトナム時間で午後4時、日本時間の午後6時)に食事が出たのです。メニューは鶏肉または白身魚と日本蕎麦のセット。あえて、同行者と別メニューを頼みましたが、いずれも薄味で食べやすいものでした。間食できず、食事を残してすみません!

 

中国の上空に入っても雲海が眼下に広がっていましたが、上空は一面に青空が広がり、上海そして東シナ海の上空に差し掛かっても機体が揺れることはほとんどありませんでした。やがて日は落ちて薄暮になると機内照明の照度が下がりました。それとは無関係ですが、機体が少し揺れ始めました。東シナ海の真ん中で気流が不安定なエリアに入ったようです。しかし、それも一時的で、その後もNH858便は、北九州、瀬戸内、近畿地方、東海地方と順調に飛行を続けました。

 

そして、定刻の午後9時より7-8分前、羽田空港の110番ゲートに到着。出発前にホテルで見た現地のテレビ・ニュースにより日本が「寒の戻り」になったと伝えられていましたが、日本へ戻ると心配したほどではありませんでした。とはいっても、予想より涼しいと思った3月中旬のベトナム(ハノイ)ですが、やはり亜熱帯の地域は日本よりも暖かいのだを実感させられました。

 

今回のベトナム旅は22年前に仕事で出張して以来のことです。ベトナムの美しい自然・美味しい料理、そして目覚ましい経済発展が印象に残りました。そして、旅行直前に始めたにわか勉強でしたが、ベトナム語を少し理解できるようになったことは望外の収穫でした。

 

同行者のコメント> 旅行先がなぜベトナムなのかよく分からないまま今回も出かけました。旦那さまはといえば、昔出張で訪れた時と比べて、大きく変わったハノイの街並みを見てしきりに驚いていました。そして毎朝フォーを食べてご機嫌さまでした。飽きないのでしょうか。私は念願だったアオザイを初日に買うことができました。有名なハロン湾は仙台の松島より大きくいなと思っただけでほとんど感慨らしきものはありませんが、大きな鍾乳洞だけにはとても感動しました。そして、最高だったのはチャンアンのボートクルーズ。狭い洞窟をいくつもくぐり抜けながらハラハラ・ドキドキしたこと、パドルをこぎ続けてついにはダウンしてしまったことも楽しい思い出です。ただ、バスに弱い私には3日にわたりバスに乗って長時間揺られたことは苦行でした。

2016年5月 3日 (火)

ベトナムの旅(その36) ハノイの最終日

いよいよ帰国する日になりました。前日までの疲れがたまっているはずですが、やはりいつもの時間に起きてしまいました。出発時間を気にする必要もありませんから、時間をかけて荷造りし、早朝の混雑が一段落した午前7時過ぎに朝食会場へ向かいました。この朝も私はフォーとオムレツを欠かしませんでした。写真はサラダとデザートです。
 
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こちらは同行者が選んだ少食メニューです。
 
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今回の旅で唯一し残していた朝の散歩に出かけることにしました。午前7時から入場できる「ホーチミン廟」の中を見学するプランも考えましたが、前日朝、バスの中から見た長い行列(待ち時間)を考えると、帰国する日の朝にはリスクがありそうです。そこで、いつもの習慣にしたがうことにしました。

 

ホテルの自室から見下ろすことができた広い道路の歩道に出ました。
 
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まず、ホテルの裏手にあるトゥーレ湖へ向かうことにします。車道には車とバイクの列が・・。
 
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デウーホテルの敷地(駐車場の一角)には真新しいと思われるパン屋が営業していました。その名は”DAEWOO DELI BAKERY”ですから、デウーホテルと関連する店舗のようです。
 
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トゥーレ湖畔に出るとバキュームカーが湖の水を汲(く)みあげていました。”VUON THU HA NOI”(ハノイ動物園)と表示されていますから、園内で業務用に使うために水でしょう。
 
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東西に長いトゥーレ湖の全景です。対岸方向(西方)を見ると中の島と湖畔を結ぶ橋があり、その袂(たもと)にはスワンボートも見えます。
 
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湖畔を北方向に歩きます。
 
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こちらの写真はバキュームカーが停まっていた辺りを振り返って撮影したものです。
 
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トゥーレ湖の北東の角付近に屋台が出ています。朝食を提供しているのでしょう。
 
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湖畔には西方へ伸びる道がありますから、橋の方面へ向かいたい気持ちはありましたが、同行者も一緒ですから、断念することに。前方を何組もの親子連れが歩道を歩いています。
 
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そこへ幼稚園バスと思われるマイクロバスがそちらへ走行して行きました。ここ先に幼稚園があるようです。
 
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反対方向(東方面)へ歩くとアーチ型のゲートを通過しました。振り返ると、”VUON THU HA NOI”(ハノイ動物園)の下に大きな文字で”KINH CHAO QUY KHACH”(ようこそお客さま)と表示されていました。動物園もこの先にあるようです。調べると、トゥーレ(Thu Le)動物園でした。ちなみに、”CAM XE TAXI”(車・タクシー禁止)ですが・・・。
 
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歩道にある露店では笊(ざる)に盛られた野菜・果物類が売られています。
 
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表通り(グエンチタン通り)に出た歩道の角にも屋台が2つ並んでいました。これらの屋台が売る”BANH MY”(バインミー)はベトナムのサンドイッチで、柔らかいフランスパン(バゲット)に切れ込みを入れて、パテとともに野菜や肉などを挟(はさ)んだものです。フランスの植民地時代に普及したそうです。手前の屋台に写真入りで表示されている”Doner Kebab”(ドネルケバブ)はトルコ料理(羊肉の串焼き)ですが、薄切りした羊肉を「バインミー」と同様にして食べるのでしょう。
 
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グエンチタン通りの反対側には長い塀に壁画が多数飾られている建物が見えます。
 
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さらに右隣りには超高層ビルが聳(そび)えていました。初日にホテルへ到着する時に見かけた”LOTTE CENTER HANOI ”(ロッテセンターハノイ)で、地上65階、地下5階とハノイでも有数の超高層ビルは6階以下にデパートとハイパーマーケット(大型スーパーマーケット)、8階以上にはホテル・オフィス・住宅(マンション)などが入居する複合施設です。最上階(65階)には展望デッキもあるようです。
 
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横断歩道を渡ることにしました。もちろん歩行者用の信号はありません。
 
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いつまで待っても車とバイクの列が途切れることはなさそうですから、意を決して道路を横断することにしました。ガイドさんから教えられたように、決して急がないで、一歩ずつ歩を進めると、車やバイクがスムーズに避(よ)けてくれるのです。日本とは全く異なる考え方(マナー)であることを実感しました。

 

壁画が飾られた建物の前に出ました。近くから見ると、壁画ではなく、人物を写した大きな写真パネルです。その先にある門にはオーストラリア大使館と表示されていました。写真パネルはベトナムとオーストラリアが友好国であることを強調するものであると感じます。
 
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その隣にあるLOTTE DEPARTMENT STORE(ロッテ百貨店)が午前9時30分に開店したところ(数分後)でしたので店内に入ってみました。私が初めて訪れる時のルールですが、まず最上階へ上がって、エスカレーターで1階ずつ下りる方法にしたがいました。(店内では撮影を遠慮)
 
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最上階の6階はレストラン街でした。"NGON NGON Buffet Lau"、"HONEST KITCHEN"(正直厨房、日本食)、"Thai Express"(タイ料理)、"SCHOOL FOOD"、"Rak's Work"、"BORNGA(Original Korean Taste)""CAFE DELI artisee PATISSERIE"など各国の料理店が並んでいます。5階以下は次の通り。

   

5階: 家庭用品・生活雑貨・幼児/子供用品

4階: 男性服・スポーツ/ゴルフ・贈答品

3階: 若者向けフカジュアルァッション・時計など

2階: 女性ファッション・靴・ハンドバッグ・若者向け化粧品・アクセサリー

1階: 輸入ファッション・時計・宝石・化粧品

地下1階: LOTTE Mart

 

韓国資本のデパートは、ベトナムの現状に合わせた(意識した)商品水準に押さえてありますが、20年前には考えられない商品の豊かさを確かに感じました。ただ、開店直後だったためか客の数は数えるられるほど少ないのです。
 
30分あまりの散歩からホテルに戻り、自室で日本のテレビ番組(NHKと民放)を観ながら、しばらく休憩することにしました。(続く)

 

2016年5月 2日 (月)

ベトナムの旅(その35) 「水上人形劇」を鑑賞する(後編)

Le Loi王の還剣伝説」(続き)
 
 
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「四霊獣の龍・鳳凰・麒麟・亀の踊り」(省略)
 
「仙女の踊り」
 
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上演が終わると、水の中に浸(つ)かりながら長い竿(さお)と紐(ひも)で人形を操(あやつ)った演者(人形操者)が6名登場しました。14幕のなかには人形が激しい動きをするときに黒い竿が見えることもありましたが、歌舞伎や人形浄瑠璃(じょうるり)の黒衣(くろご)と同様、存在しないという約束事になっているのでしょう。
 
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これで全員(9名)のようです。
 
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両手を上げて観客の声援に応える演者たち
 
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操(あやつ)り人形たちがベトナム語で会話しながら、コミカルに動き回っている様に見入っていると、上演時間の約50分間があっという間に過ぎ去りました。
 
午後7時半過ぎに「水上人形劇場」を出て夕食会場へ向かいました。この日の夕食会場は「ベトナム風フランス料理」のレストランLa Vertical(ラ・ヴェルティカル、垂直を意味するフランス語)です。ハノイ市街南部(ホテルニッコーの近く)にありました。1階は右側が客室で、左側がショップと厨房になっていますが、2階にも客室があるようです。ちなみに、フランス人がシェフを務めるこのレストランはトリップアドバイザーでハノイのレストラン1405軒の中で396位にランクされています。
 
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一階の客室に案内されました。インテリアに合わせてテーブルセッティングもシックな色調です。
 
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ディナーのメニュー(フランス語と英語で併記)
   
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まず配膳されたのはメニューに記載されないアミューズ(先付け)は「野菜スープ」
   
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ついで、前菜は”French terrine with pepper & mix salad”(フレンチテリーヌ 胡椒とミックスサラダそえ)
 
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スープは”Mushroom soup with spices”(スパイス入りキノコスープ)でした。ちなみに、この日のドリンクには久しぶりに白ワインを選びました。
 
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三角形をした柔らかいフランスパン
 
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魚は”Rice Perch Fish in papillotte, 5 flavor sauce”(カワメバルの包み焼き 5種香味ソースかけ)
 
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肉は”Grilled chicken with Xeres sauce, William potato”(焼き鳥のシェリー酢風味ソースかけ ウイリアムポテトそえ) 注、Xeres(グゼール)はシェリー酢のこと
 
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デザートは”Profiterole with honey ice cream & hot chocolate sauce”(アイスシューのホットチョコレートかけ)
 
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連日、ベトナム料理三昧(ざんまい)の私には、しゃれた雰囲気のレストランでフランス料理を食べることが良い気分転換になりました。一方、同行者は料理の上品な味はもちろん、料理を盛る器やサーブの仕方が気に入ったそうです。

 

この日、ニンビン省まで往復したバスに再乗車して、午後9時半ころにDAEWOO(デウー)ホテルに到着。前日に続いての連泊です。
 
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(続く)

2016年5月 1日 (日)

ベトナムの旅(その34) 「水上人形劇」を鑑賞する(中編)

「農村の生活風景」(続き)
 
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「蛙(かえる)釣り」
 
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「家鴨(あひる)を襲(おそ)った狐(きつね)を追放」では、まずアヒルが登場しました。
 
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ついで、木の上でアヒルを狙(ねら)うキツネも登場
 
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キツネをめぐって大騒ぎ
 
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「魚釣りと漁獲」
 
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「フォーク(民族音楽)演奏: 神様を歓迎する信仰的な演奏(チャゥヴァン)」
 
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「鳳凰(ほうおう)の踊り」
 
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Le Loi王の還剣伝説」も上演されました。15世紀初頭に興(おこ)った黎朝(レチョウ)の初代皇帝黎利(レ・ロイ)にまつわるホアン・キエム(還剣)湖の伝説です。
 
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(続く)

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