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2016年6月

2016年6月28日 (火)

カジュアル・イタリアン「カフェ ラ・ボエム渋谷」

先週、英国で行われた国民投票の結果は大方の楽観的な予想(期待)とは異なり、EUからの離脱を支持する票が過半を占めました。これにともない、EUに残留することを主張していたキャメロン首相が9月までには辞任することを発表。これに留まらず、予想外の結果は世界的な株価暴落と通貨変動(ポンド安と円高)を引き起こしました。翌日の日本市場では日経平均株価が1286円も下落して15000円を下回り、円/ドルの為替レートは瞬間的に100円/$の大台を割りこみました。週明けには両指数ともやや戻したものの、事態が改善されたわけではありません。
 
ちなみに、2008年のリーマンショックでは日経平均株価が4か月間で約50%(つまり半額へ)と壊滅的な水準まで下落しましたが、一日当たりの最大下落幅は1089円であり、今回の下落はそれを上回るものになりました。また、英国内ではスコットランドの独立機運が再燃し始め、EUの強いタガ(結束)を揺るがす強い衝撃を与えました。当面は事態の推移を見守るしかありませんので、影響の強さとそれが及ぶ範囲を確認した段階で、日本への影響と個人レベルでの対処法についての私見を書きたいと思います。
 
よって、今回は事前に作成した日常についての記事を予定通り投稿します。
 
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10日ほど前のことです。久しぶりに渋谷駅で下車してハチ公前改札口を出ました。
 
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ハチ公がある広場を横切ってアメリカ映画「バイオハザードⅣ アフターライフ」の冒頭シーンに登場したスクランブル交差点を横断します。
 
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井の頭通りを北上し、神南一丁目交差点から渋谷公園通りに入り、渋谷区役所方面へ歩いて10分ほどで到着した渋谷区役所前交差点の右手前にあるカンパリビルに入りました。
 
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そのビルの3階ある「カフェ ラ・ボエム渋谷」(Cafe La Boheme)がこの日の目的地です。ちなみに、2階にはメキシコ/テキサス料理のゼストキャンティーナ、4階にはエスニック料理のモンスーンカフェが入店しています。いずれも同じ企業が展開するチェーン店です。
 
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このレストランはユニークな経営で知られるグローバルダイニングが展開するカジュアル・イタリアンの店で、都内を中心に15店舗ほどがあるようです。店名はプッチーニのオペラ「ラ・ボエーム」に登場するボヘミアンに由来し、業態はパスタとワインを中心とするレストランとのこと。ちなみに、同社の店舗は、ゼストとモンスーンカフェなど別業態のレストランを含めると、48店舗(うち海外が2店舗)まで急成長したそうです。

中世のヨーロッパを模したインテリアの店内(完全禁煙)は、ビルの3階にあることを忘れさせるように開放的で、4人掛けのテーブル席を中心に席数は98席もあるそうです。(内観は同社のhpを参照) この日は上京した旧友を囲むためランチョン・ミーティングが急遽開催されることになりました。
 

ランチセットメニュー」は週替わり・蒸し鶏と青ネギの和風ソース・ボロネースなど8種類あるパスタから好みのものを選べ、たっぷりサラダ・アイスティー・本日のデザートがついて、1000円ポッキリとお得感があります。
 

初夏のように暑い日ですから、「とりあえずビール」で乾杯することになりましたが、休酒してちょうど3週間になった私は涙を呑(の)んでノンアルコール・ビールのキリンフリーを注文。
 
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アイスティーに続いて大きめの皿に盛られたサラダが配膳されました。野菜は全国の契約農家から取り寄せているそうで、見た目にも新鮮さが感じられます。
 
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次いで、私が注文した大好物のカルボナーラ。こちらもランチにはほどよいボリュームです。写真の奥に写るのはおつまみの「イカリング」。他のメンバーはビールからワインへと移っています。
 
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最後に出されたデザートはゴマ風味のプリンでした。
 

駅からかなり離れた場所にあり、しかもこの日が平日(金曜日であったためか、渋谷区役所や国立代々木競技場周辺の企業などに勤める若いサラリーマンがほとんどの)ようです。茶系統に統一されたインテリアの落ち着いた雰囲気とリーズナブルな価格で提供されるパスタとドリンク(〆て2000円ほど)は好感が持てました。

2016年6月24日 (金)

「アルコール依存体質」を克服する!?

半年前の記事「アルコール依存症的な私の人生」で書いたように、アルコールは私にとって長年付き合っている親友、かつ人生を楽しむための遊び友達でもあるのです。しかし、年齢を重ねると先の記事に書いたように、私の身体にはアルコールの刺激がしだいに強くなり、飲みすぎると体調不良に陥(おちい)ることもあります。ものは試(ためし)と、半年前に2週間ほど飲酒を控えたところ、目に見えて体調が改善されるという有意義な体験をしました。

本題の導入部として、「アルコール依存症」とは何かを説明しましょう。「アルコール依存症」は、薬物依存症のひとつであり、「脳の病」かつ「行動の病」でもあるのです。その症状(アルコールの探索・摂取行動)は脳に行動の記憶として刻印(こくいん)されるため、完治(かんち)することがない病気です。たとえ、長期にわたって禁酒(飲酒を禁じること)をしても、少量の再飲酒が切っ掛けとなって短期間に禁酒直前の摂取(せっしゅ)行動に戻ってしまいます。つまり、ほかの薬物依存症と同様に再発しやすい病気なのです。

 

前々回の記事に書いたように思い切って自室を片付け(断捨離し)て気分が良くなった(ドーパミンが脳内に放出されて精神的に安定した)好機を利用し、私がどれほどの「アルコール依存症」であるかを試してみることにしました。その準備として、ストックが少なくなったアルコール類(ビールとウイスキー)を買い足すことを停止。自虐(じぎゃく)的な私は自ら退路を断ったのです。ただし、同居者に宣言することは私にとって「禁じ手」ですから、何もいわないまま飲酒を即日止めて、私の挑戦が始まりました。

 

医師の指示など外的条件による「禁酒」や自らの生き方を変える「断酒」ではなく、期間限定で飲酒を控える「休酒」については半年前に成功体験がありますから、私に迷いや不安はまったくありません。開始してからの1週間は「休酒」をなんなく完遂(かんすい)し、そして2週間目と3週間目も順調に経過しました。その効用として、心なしか体調が良くなったように感じられ、逆流性食道炎の症状(しばしば発生する咳と胸やけ)が軽減されたことで、数年ぶりで食欲が回復しました。一方、副作用(離脱症状)と思われることは軽い頭痛を感じることと寝つきが少し悪くなった(睡眠障害)ことです。
 
当面の目標は4週間目の終わりに予定されるOB会までの「休酒」です。この会は私が幹事の一人ですから、欠席することはできませんし、「休酒」していることを披露(ひろう)すれば座が白けてしまいます。そこで、この会の乾杯までの4週間弱にわたって「休酒」を続けられるかどうかで私自身の「アルコール依存度」を判定することにしたのです。
 

 

そして、昨夜 OB会が某イタリア料理店で開催されました。乾杯のビールの味(4週間ぶり)は格別であり、旧知の人たちとの語らいもいつも以上に楽しいものになりました。そしてワインが何杯も続いたことはいうまでもありません。酒飲みには酒を飲む口実はいくらでもあるのです。こうして、私は4週間ぶりに「アルコール依存」の日々へと無事帰還できました。いつでも「休酒」できることに自信を深めた私はまた「休酒」できる日が訪れることを楽しみにしています。 しかし、これは意志が弱くて「断酒」できない人間の言い訳ですが・・。

 

さて、ここからが本題です。飲酒習慣をしばらく止める、つまり「休酒」に成功するためのポイントがなんであるかを考えてみました。その結果、あくまでも私見ですが、①まず酒は体に悪い(適量の酒は体に良い/自分は理性で飲酒をコントロールできるとの思い込みは誤りである)こと認めて酒を飲まないと決心すること、②次いで継続的に運動をすることにより爽快感(達成感)を得ることで酒を飲まないでいられる安定した精神状態に自らを置くこと、③酒が「人生を豊かにしてくれる」「人との付き合いに欠かせない」「精神をリラックスさせてくれる」はいずれも思い込みにすぎないと自覚すること、飲酒によって自分は損をしている(時間・お金・健康・家族との良好な関係など)と認識すること、が不可欠であると考えます。 

 

つまり、人間の行動原理は基本的に「利己的」な動機に基づくことが「重要なポイント」でしょう。決して『もう二度と酒が飲めなくなる』 と後ろ向きに考えないことが必須であり、『もう飲みたくもない』 という意識状態を目指すことです。ちなみに、専門医による禁酒治療では、「アルコールの分解を妨げてより少量の飲酒でも不快に感じさせる薬「シアナミド」などや中枢神経に働きかけて「飲酒欲求」を抑える断酒補助剤「レグテクト錠」などがあるようです。

 

上記したように、『飲酒することには何のメリットもないこと』 を十分認識したあとは、「休酒」することで得られるさまざまなメリット(自分が長年にわたって失っていた上記の時間・お金・健康・家族との良好な関係)を回復できることを理解すれば「休酒」に成功する確率が倍増すると考えます。しかし、2度目の「休酒」に成功したといっても、「アルコール依存体質」であるということは何ら解決されていません。飲酒を再開すれば飲酒習慣に歯止めがなくなり、いつの日か「アルコール依存症」に陥(おちい)ることは確実なのです。
 
事実、OB会で楽しい酒を味わったことにより、飲酒への誘惑が私の中で強く蘇(よみがえ)ってきました。この事実は、上記した「休酒」や条件付きの「禁酒」ではなく、無条件の「断酒」を一日でも早く実行することが喫緊(きっきん)の課題であることを私に悟(さと)らせることになりました。やはり、脳内に一度刻印された「アルコール依存症」に準じる精神的・身体的な摂取行動の記憶は一生消えることがないのです。

 

一方、すでに「アルコール依存症」である方は、上記したような自身の努力だけで依存症から脱却することはほぼ不可能ですから、専門医の指導と治療を受けることをお勧めします。

 
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ここで、関連するプチ薀蓄(うんちく)を一つ。混同して使われることが多い「アルコール依存症」と「アルコール中毒(アル中)」の2つはまったく異なるものなのです。「アルコール依存症」は、 単に薬物としてのアルコールに依存する(必要とする)状態ではなく、精神依存と身体依存によって飲酒のコントロール(量・酔いの深さ・抑制・飲酒後の記憶喪失)を失う病気です。しかも、この症状に留まらず、家庭や仕事場で様々な問題行動を起こすことも多いようです。したがって、他の薬物依存症と同様、専門医による心身両面における長期治療(再発防止を含む)が不可欠です。 

 

一方、「アル中」は急激な飲酒により体内に入ったアルコールの毒性によって健康障害を起こした中毒症ですから、体内からアルコールを抜くことがその治療法です。新年度に入って行われる大学の新入生歓迎会で、上級生たちが新入生に酒の一気飲みを半ば強制し、新入生が「急性アルコール中毒」になる事故の報道をよく目にします。短時間の大量飲酒は死に至る危険があることを十分認識する必要があります。 

 

ちなみに、飲酒を強要し、「急性アルコール中毒」に陥(おちい)らせた場合は傷害罪に問われることがあり、15年以下の懲役(ちょうえき)または50万円以下の罰金を課せられることがあります。万一、死亡した場合は、傷害致死罪に問われ、3年以上の有期懲役という刑事罰を受けることがあります。

 

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余談です。禁酒と並んで難しいといわれる禁煙については40年以上前に成功しています。3度目のトライアルでしたが、それ以来煙草の誘惑に負けることはありませんでした。半世紀前を振り返ると、私がタバコを吸い始めたのは大学に入って間もない18歳でした。当時も今と同じで、喫煙(きつえん)は20歳以上と法律で定められていましたが、社会的に黙認されていました。喫煙し始めた理由は、タバコを吸う友人が多かったことと、入学直後 パチンコにしばらく嵌(はま)ったことだったように思います。 

 

喫煙習慣は社会人になっても続き、徹夜残業にはタバコが欠かせない存在でした。25歳になったころに思い立って禁煙してみましたが、1か月しか続きませんでした。やはり、徹夜残業が失敗の原因です。2度目の禁煙は3か月ほど続きましたが、工場で行われた新製品の初ロット検査への立ち会いが深夜に及んだ時、無意識に同僚のタバコをもらって吸っていました。

 

さらに、27歳になった時に試みた3回目の禁煙は、酒の席や深夜残業などで気が緩(ゆる)むことを戒(いまし)めて、なんとか苦しい期間を乗り切りました。そして、その半年後に体調を崩(くず)して再手術をうけたことで、喫煙どころではなくなったことが幸いしました。もう一つの幸運は、退院してほどなく同居することになった人のおかげで、ストレスを感じない生活スタイルに変わったことです。やはり、禁煙にはストレスが大敵なのです。

2016年6月21日 (火)

「Windows 10へのアップグレード」を考える

マイクロソフト社の最新OSである"Windows 10"は昨年7月にリリースされてから間もなく1年になろうとしています。リリース直後でもない現在、その"Windows 10"が話題になっているようです。その理由は良い評価ばかりではなく、むしろ"Windows OS"の利用者から不興(ふきょう)を買っているというのです。ちなみに、半年前に「"Windows 10"について今思うこと」の記事を投稿していますから、そちらも参照してください。

 

本題に入る前に"Windows 10"が生まれた背景を振り返ります。2001年に発表されて以来人気が高かった"Windows XP"の基本構成を継承した"Windows 7"が2009年にリリースされた3年後の2012年に"Windows 8"がリリースされました。"Windows7"は"Windows XP"に次いで好評でしたが、急速に普及しはじめたiPadなどのタブレット端末に危機感を覚えたマイクロソフト社は、パソコンをタブレットのように使えるOSを市場に投入することで低落するパソコン人気を挽回する戦略へと舵(かじ)を切りました。その戦略商品と位置付けられたのが"Windows 8"だったのです

 

しかし、鳴り物入りで市場に投入した"Windows 8"が不人気であったため、マイクロソフト社はその改良版として"Windows 8.1"をリリースしましたが、"Windows 8"と同様、ユーザーエクスペリエンス(利用者にとっての使い勝手)を軽視したタブレット志向のユーザーインターフェイス(入力画面のデザインとタッチパネル機能)は利用者に受け入れられず、大失敗に終わりました。"Windows Me"(2000年リリース)と"Windows Vista"(2006年リリース)に続く3度目の失敗によってやっと戦略の誤りに気付いたマイクロソフト社は、"Windows XP"と"Windows 7"の良さを生かしながら、究極のOSと位置付ける"Windows 10"をリリースしたのです。

 

究極という意味は、数年ごとに新しいOSをリリースすることで買い替え需要を喚起して収益を得るというマイクロソフト社のビジネスモデルを止めて、アプリケーションやサービスで収益を得るビジネスモデルへ転換したのです。この戦略を推進するため、マイクロソフト社は"Windows 10"のリリースと同時に、旧OSである"Windows 7"と"Windows 8/8.1"の利用者が無償で"Windows 10"へアップグレードできるサービス(1年間の期間限定)を始めました。注、"Windows 8"は一旦"Windows 8.1"へアップグレードしてから"Windows 10"へアップグレードす必要がある

 

本題に入ります。"Windows 10"への無償アップグレードは"Windows 7"と"Windows 8/8.1"の利用者にとって朗報(ろうほう)であるはずです。購入すれば1万5千円ないし2万円を支払う必要があります。なのに、"Wondows 10"へ無償アップグレードをしない(応じない)利用者が多いのです。ちなみに、新規購入と無償アップグレード版を含めた"Windows 10"のシェアは、リリースして3か月後の昨年10月時点で、約8%と低調な伸びに留まっていました。

 

これに業を煮やしたのか、今年に入ってからマイクロソフト社はあの手この手で半強制的にアップグレードさせる手段を講じたのです。従来は、アップグレードの意思を確認(合意)しないとそのままの状態が維持されたのですが、最近になって「知らない間に」あるいは「アップグレードを承認していない」のにいつの間にか"Windows 10"がインストールされてしまう事例が多発しているようです。私の知人もその一人で、元へ戻す(ダウングレード)するために大変苦労したと不満を述べていました。

 

なぜ、マイクロソフト社は「親切の押し売り」をするのでしょうか。"Windows 10"への強制的とも思われるアップグレードは「親切心」からではなく、マイクロソフト社の事情(秘めた狙い)があるからなのです。最大の狙いは古いOSをサポートするコストです。2015年1月に"Windows 7"のメインストリームサポートが終了し、新機能の追加やセキュリティ以外の修正は終了しました。ちなみに、セキュリティが中心の延長サポートは2020年1月まで。一方、"Windows 8.1"は2018年1月にメインストリームサポートが中止、2023年1月に延長サポートも中止となる予定です。

 

2016年3月時点でのOSのシェアは、"Windows 7"が51.9%、"Windows XP"が10.9%、"Windows 10"が14.1%、"Windows 8/8.1"が12%、"Mac OS X" が4%、その他が約7%で、"Windows OS"における"Windows 10"の割合はリリースされて8ヶ月後でもまだ15%程度なのです。マイクロソフト社が危機感を強めたことは想像に難(かた)くありません.延長サポート期間が数年残っている85%の旧OS利用者を何がなんでも減らしたいのでしょう。

 

一方、利用者が"Windows 10"へアップグレードしない(したくない)理由はなんでしょうか。「面倒だ」「やり方が分からない」などパソコンに詳しくない人たちの理由にはマイクロソフト社が「親切心」で上記の対応をしてくれています。パソコンに少し詳しい人の場合は「必要性を感じない」や「不都合が生じるのではないか」が理由でしょう。現状に満足している人にアップグレードをさせようとするのは、「馬を水辺に連れて行くことはできても、水を飲ませることはできない」というイギリスの諺(ことわざ)通りに困難です。注、英語では、"You can take a horse to the water, but you cant make him drink."と表記

 

一番の心理的な障壁は「不都合が生じるのではないかという心配」だと思います。具体的には、「現用パソコンでも十分性能を発揮するか」「手持ちのアプリケーションと互換性があるか」、あるいは「プリンターなどの周辺機器が使えるか」が思いつきます。

 

「パソコンの能力」については、マイクロソフト社がおおよその目安をオンラインで与えてくれますから、それを参考にすることができます。パソコンのタスクバーから「"Windows 10"を入手する」アプリを起動し、メニューから「PCのチェック」をクリックすることで確認できます。また、パソコンに詳しい人は、CPUの能力、メモリー容量、ビデオカードの能力、HDDの容量をチェックしても良いでしょう。そして、一番確実な方法はパソコンのメーカーに問い合わせることです。

 

「アプリケーション」については、一つひとつについて"Windows 10"に対応しているか、あるいは"Windows 10"対応へアップグレードできるかを確認する必要があります。もし、それが不可の場合は使用を諦(あきら)めるか、"Windows 10"に対応する新しいアプリケーションを購入する必要があります。

 

「周辺機器」についても同様で、"Windows 10"対応のドライバーを入手して、それをインストールする必要があります。数年を経た周辺機器の場合はメーカーが"Windows 10"対応のドライバーを提供していないことがあります。そのとき場合は残念ながら、新しい周辺機器を購入し直すしかありません。

 

その場合、マイクロソフト社はこの費用を負担してくれませんから、すべて自己負担になりです。というのも、パソコンは耐久消費財として分類されますが、自動車などとは違い現実には衣類・靴・鞄などと同じ半耐久消費財として扱われていますから、不十分な互換性を理由にパソコン・メーカーや周辺機器メーカーを責めることはできません。

 

結論です。マイクロソフト社は"Windows 10"を最終版のOSと位置付けているようですから、"Windows 10"において上記の互換性問題は改善されることが期待できます。ただし、"Windows 10"自身のバージョンアップはこれからも行われますから、マイナーな互換性問題がなくなることを保証しているわけではありません。残念ながら、「永遠の未完成商品」であるパソコンについての悩みはこれからも絶えることはないでしょう。

2016年6月17日 (金)

「捨てる喜び」を考える

『年末に大掃除したはずの自室が半年後には乱れはじめ、翌年末には元の木阿弥(もくあみ)になる習性』から脱しようとして8年が過ぎました。以来、何度かの大掃除を経て、部屋のあちこちに物が積み上がったり、床に物が散乱したりすることはなくなり、それなりに快適な空間を確保してきました。しかし、昨春のことですが、新しい趣味を持ちたいと電子ピアノを購入したことで、事態が大幅に悪化してしまいました。購入する前にそのスペースに相当する持ち物を処分するべきでしたが、順序が逆になったため「一歩前進二歩後退」の状態になり、それからは「プチ断捨離」を継続する日々になりました。

 

しかし、ダイエットに似て整理整頓は一本調子には進みません。気がつけばいつの間にかリバウンドしているのです。最も気になることはいつか必要になるかもしれない小物類で、時として役に立つことがあるため、始末に負えない(捨てる決断ができない)のです。そこで発想を変えることにしました。小物類をちまちまと捨てるのではなく、大物類(大量にあるもの)を対象にするのです。10年以上前、エアチェック(つまりWOWOWなどテレビ放送番組の録画)をした映画のビデオ(VHSテープ)もすべて廃却して新たにDVD/BDのライブラリーに移行した考え方です。それと並行して、数年前には書籍類をブックオフでほとんど処分しました。

 

現時点で残っているものは、アメリカで購入した映画のビデオテープと自分で録画したDVD/BD(家族ビデオを含む)のライブラリーです。前者は迷わず廃却し、DVDBDの映画ライブラリーで重複するものはDVDの方を廃却、重複しないものでもこの数年間一度も観ていないものは廃却することにしました。DVD/BDほどの量ではありませんが、アナログのレコードはもうしばらく手元に置くことにします。そして、残るものは過去の仕事に関する参考資料(注、個人的なもの)の類です。思い出を保管しているだけですから、これもすべて廃却することにしました。

 

一方、約10万枚に達する膨大な写真はすべてパソコンのHDDCDDVDに入れて保管していますから、スペースはそれほど必要としません。意外に厄介(やっかい)なものは家電製品の取り扱い説明書です。最近はネットで検索すれば、家電メーカーのhpに掲載されていますが、古い製品については扱われていないものが存在します。また、各種の名簿類は個人情報の塊ですから、安易には破棄できません。ですから、いずれも捨てにくいのです。

 

また、パソコン関連では、以前使っていたWindows XP OSを搭載したノートパソコン、マルチディスプレイ用に使用していた液晶ディスプレイ(2台)を各メーカーに返送して、いずれも廃却してもらいました。ちなみに、「PCリサイクル」のマークがあれば送料を含めてすべて無料です。そして、溜(た)まりにたまった大量の名刺は小物ですが一枚ずつ手回しのシュレッダーにかけて裁断しました。思ったより大変な作業で、手が痛くなるほどでした。

 

話が横道にそれましたが、今回始めたプロジェクトは、容れ物(つまり自室)に適した物量を決め、優先順位にしたがって断捨離(だんしゃり)することが基本です。この枠からはみ出たものは自動的に廃棄するのがルールです。思い入れや思い出などの感情は一切、その判断基準にしません。それらは記憶の中にあれば良いのです。

 

以上の考えにしたがって、まず「ものを捨てる習慣」を身につけることにしました。日々努力することで「ものを捨てる習慣」を「ものを捨てる喜び」に繋(つな)げたいと考えたのです。つまり、『不要不急であるものを身の回りに置くことは、人の実生活だけではなく、精神生活においても、生活の質(Quality of Life)を低下させる』 との考えに至ったのです。まだ、道半ばですが、余裕がある時間を活用して「断捨離}を着実に進めています。

 

今回の結論です。徳川家康の人生訓には、『人の一生は重荷を負うて、遠き道を行くがごとし 急ぐべからず』 とありますが、これはあくまでも例えであり、身の回りに絶えず重荷(不要不急のもの)を保管しておく必要はないでしょう。できるだけ身軽な方が良いのは明らかでしょう。事実、上記の人生訓の最後には、『及(およ)ばざるは、過(す)ぎたるに優(まさ)れり』 とあります。

2016年6月13日 (月)

「四字熟語かるた」を作る

手作りした「四字熟語かるた」を来年中学生になるオチビちゃんへプレゼントしました。話題が唐突すぎてなんのことかお分かりにならないと思いますので、わが家の楽屋裏を説明します。毎週日曜日の夕方、楽しみにして観ているテレビ東京系の番組「モヤモヤさまぁ~ず2」のなかで最近取り上げられた遊具「四字熟語かるた」を見た同居者が大いに気に入ったようで、『どこで買えるのかしら?』といいます。つまり、『調べてよ!』という意味です。ちなみに、これまでも同じ情報源を元に、「HALLI GALLI Junior」と「Speed CUPS」をアマゾンで購入し、子供たちが遊びに来た時の遊具(大人も一緒に遊べます)として愛用しています。注、「四字熟語」は「四文字熟語」とも表記する

 

そこで、早速ネットで検索すると、なぜかキャノンのhpをヒットしました。変だなと思いながらそのURLを開くと、「四字熟語かるた」が確かにありました。「ペーパークラフト」のコーナーです。同社がプリンターの活用方法として「ペーパークラフト」のキットを無償で提供しているのです。つまり、ライブラリーのなかから興味のある「ペーパークラフト」を選んでプリントアウトし、それをはさみで切り抜いて糊(のり)付けするだけで完成しますから、工作好きには堪(たま)らないコーナーです。

 

アマゾンでは完成品(学研ステイフル製)を1500円ほどで購入できますから、同じプレゼントするなら完成品の方がいいとは思いましたが、試しにと上記の「ペーパークラフト」を利用して手作りすることにしました。キットは「かるた」(読み札と絵札)と収納箱で構成されています。「かるた」(48枚)は写真のL版サイズですから写真プリント用光沢紙を使い、箱の部分(A4サイズx枚)は強度を考慮して手持ちのなかから厚手でペーパークラフトに適しているマットフォトペーパーを使用しました。「かるた」は一枚に印刷された読み札と絵札を2つに切り離すだけですから、枚数が48枚と多いものの、わりと簡単な作業です。

 

一方、箱の方は複雑な形状を慎重にカットする必要がありますが、「のり付け」と「組み立て」の作業は簡単だと思ったのは私の甘い考えで、紙の厚さでフタのサイズが微妙に影響を受け、内箱とうまく組み合わせられないのです。微調整はしてみましたが、一度被(かぶ)せたフタは簡単に外れないのです。それではと、フタの部分だけを作り直すことにしました。もう一枚印刷して同じ工程をたどれば良いのです。2度目の組み立ては、フタを大きめに調整したことでうまく行きました。

 

これに気を良くした私は遊具をもう一つ作ることにしましたそれは「組み合わせ単語カード」です。「やさいとくだもの」と「どうぶつ」のなかから後者を選びました。作り方は「四字熟語かるた」とほぼ同じですから、手こずることはありませんでした。ちなみに、言語は日本語・英語・ドイツ語・スペイン語・フランス語・中国語の6か国語で、動物はらいおん・しまうま・かば・ぞう・ごりら・きりんの6種類です。
 

でき上がった2つのカード遊具をオチビちゃんとコチビちゃん宛てに宅急便で 送りました。翌日の午前中に届いたはずですから、その日のうちに二人からメールが届くだろうと思っていましたが、何の連絡もないまま数日が経過・・・。気に入ってくれなかったのではないかとの懸念が募(つの)りはじめたころ、コチビちゃんから厚い書状が届きました。封を切ると見慣れたコチビちゃんのきれいな文字でプレゼントへの感謝とそれを使って一緒に遊びたいむねが書かれ、しかも女の子らしくカラフルな装飾記号が鏤(ちりば)められています。 そして、折り紙も同封されていました。コチビちゃんの優しさとアナログ感に溢(あふ)れたこの手紙はこれまでコチビちゃんが作ってくれた折り紙の横に並べて飾ることにしました。
 

 

<参考> 「四字熟語かるた」に収録されている「四字熟語」(48語)
 

青息吐息、悪戦苦闘、意気消沈、意気投合、医食同源、一期一会、一念発起、一病息災、一攫千金、一生懸命、一石二鳥、一致団結、右往左往、花鳥風月、我田引水、起死回生、奇想天外、呉越同舟、虎視眈耽、小春日和、山紫水明、三拝九拝、自画自賛、舌先三寸、七転八倒、四面楚歌、弱肉強食、十人十色、純真無垢、順風満帆、枝葉末節、針小棒大、晴耕雨読、贅沢三昧、大器晩成、大同小異、猪突猛進、天変地異、東奔西走、日進月歩、二人三脚、破顔一笑、馬耳東風、波瀾万丈、不眠不休、暴飲暴食、三日坊主、老若男女

2016年6月 9日 (木)

「習いごと」を考える

最近、大人から子供まで「習いごと」が流行しているそうです。リクルートの子会社が行った調査によると小学生の場合、1位水泳・2位英語(含む英会話)・3位グループが体操/学習塾/ピアノ・6位グループがサッカー/ダンスなのだそうです。オチビちゃんをはじめとする身内の小学生を見ても、水泳・サッカー・ダンス・ピアノの各教室や学習塾に通っていますから、現在の傾向であることは頷(うなず)けます。私が小学生だったころには、そろばんと習字が習いごとの定番で、私も両方の塾に通いました。そして、中学生になると、当時は珍しかった英語塾に通うようになりました。ちなみに、半世紀前の地方ではピアノがある家はほとんどありませんでしたから、ピアノを習う小学生は稀有(けう)な存在でした。

 

同様に、「東大家庭教師友の会」が東大生202人に実施したアンケートによると「過去にしていた習いごと」は、1位水泳・2位ピアノ・3位英会話・4位習字・5位サッカーだそうです。チビスケくんが通うスイミングスクールには『多くの東大生は子供のころ、水泳を習っていました』と書いたビラが掲示板に貼られていたことがあります。チビスケくんのお父さんも同じスイミングスクールに何年も通っていましたが、なぜか進んだのは東大ではありませんでした!

 

それはさておき、「習いごと」をする効用を私なりに考えてみました。水泳・サッカー・ダンスなどのスポーツ系は強靭(きょうじん)な体づくりに役立つと考えられます。また、ピアノ・英語/英会話・習字などは非日常的な学習対象に取り組むことで、頭脳の訓練になると思われます。そして、いずれについても当てはまることは、対象に集中して(練習に励んで)達成感(つまり成功体験)を得られることでしょう。

 

前者(運動系)のグループと後者(頭脳系)のグループから自分(あるいは自分の子供)に合ったものを選んで組み合わせることで、相乗効果が期待できるかもしれません。ただし、「習いごと」の種類が多すぎると集中できなくなる恐れがありますから、多くても3つか4つまでに抑えるべきだと思います。というのは、小学生は友達と遊ぶ時間が一番大切だからです。そして、勉強については、きちんと宿題に取り組む習慣をつけることも大事なことです。もし、苦手な科目があれば、それを補う目的で学習塾を利用することも良いでしょう。

 

中学生になると部活に時間を取られるようになるうえ、自分の関心事も明らかになってきますから、「習いごと」も特定のものに絞られるようになるでしょう。私の場合、部活として音楽(器楽)部でフルートを担当し、「習いごと」は上述したように英語塾だけでした。これが切っ掛けとなったのか、私の人生において音楽と英語は重要な存在になりました。ちなみに、高校ではなぜか演劇部に入部し、大学では体育会系の自動車部に入ってジョッギングで体力をつけるとともに、車の整備技術と運転技術を習得しました。

 

さて本題は大人の「習いごと」です。まず、その効用ですが、習う対象についての技量が得られることは当然ですが、それ以上に大きな効用は、『新しいこと』をはじめるワクワク感が得られる、先生に教えてもらうことで謙虚(けんきょ)になれる、③人と知り合う機会が増える、などがあると考えられます。また、「現役世代の人」と「退職した人」では「習いごと」として選ぶ対象が異なるでしょう。ちなみに、私が現役時の習いごとといえば、英会話ゴルフカラオケです。いずれも仕事に必要と考えて(という口実で)習ったものですが、この中で「習いごと」と呼べるものは英会話だけかもしれません。

 

退職後は、趣味の旅行を思い切り楽しむことにして、「習いごと」とは無縁の生活になりました。旅行に備えて、スイミングとスポーツジムに通って体調を整えています。そして、時々は気分転換のゴルフも。(注、旅行先については、2つのブログ「温泉大好き、ドライブも!」「旅行大好き、飛行機も!」を参照) 旅行の合間には、ICT(情報通信技術)の動向調査(レポート作成)と社員教育の臨時講師で社会との関係を細々とですが保ってきました。そして、古稀(こき、満69歳)を迎えた昨年、何か物足りなさを感じはじめました。

 

そこで、「習いごと」を始めることに思いが至りました。退職後の習いごとといえば、定番の「そば打ち」にはじまり、シルバー男性の料理・焼き物・カメラ・釣り・社交ダンス・園芸・書道・囲碁・将棋・登山・楽器、など様々なものがあり、どれかひとつを選ぶのは大変です。園芸のまねごとは高校生のころから趣味として続けています。それ以外から選ぶための条件を考えました。まず、①興味が持てるものであること、ついで②始める年齢に制限がないものであること、そして③将来にわたって長く続けられるものであることです。できれば、ボケの防止になるものであれば申し分ありません。

 

そして、選んだのがピアノです。中学生時代には音楽(器楽)部の発表会で「フルート協奏曲」を合奏したりして馴染(なじ)みのある楽器です。もちろん、フルートの練習を再開することも検討案にありましたが、やはり新しい楽器を選ぶべきであると考えました。ピアノは「楽器の王様」と呼ばれるように、音域と音量の幅が大きく、様々な楽曲を演奏することができることが最大の魅力です。そして、最近は電子ピアノの性能が向上したため、手軽に購入できることと、騒音問題を起こさない(環境に優しい)利点があります。確かに、電子ピアノの音色は物足りませんが、音楽教室ではアコースティックピアノ(つまりアップライトピアノあるいはグランドピアノ)練習ができることも「習いごと」の楽しさです。

 

善は急げとばかりに、自宅近くの音楽教室に申し込みました。30年ほど前に子供が通っていた教室です。ちなみに、子供が習ったのは、ピアノではなく、エレクトーンでしたが・・。入学手続きを済ませた翌週から練習が始まりました。幸いなことに楽譜を読めますから、「基礎編」のテキストをスキップして「入門編」から練習を始め、半年後には「初級編」へ移行し、現在はその終盤に差し掛かっています。ピアノ練習の常道であるハノンなどの練習曲は退屈なのでパスし、クラッシック音楽と映画音楽を中心とした練習曲には昔懐かしい唱歌も含まれています。まだ、人様に聴いていただくレベルには達していませんが、少しずつ上達している実感がありますから、これからも自宅での練習を怠(おこた)らないで、さらに上級を目指したいと思います。

2016年6月 5日 (日)

「良薬とは何か」を考える

『良薬は口に苦(にが)し』の諺(ことわざ)があります。辞書で確認すると、『良薬(つまりよく効く薬)が苦いように、身のためになる忠告は素直に受け入れにくいということ』 とあります。さらに調べると、もともとは「孔子家語」(「論語」に含まれなかった孔子の説話集)にある『良薬苦口而利於病。忠言逆於耳、利於行』(良薬は口に苦けれども病に利あり。忠言は耳に逆らえども行いに利あり)、つまり『良薬は苦いが飲めば病気を治してくれる。忠言は聞きづらいが、行動のためになる』というのが簡略化された表現でした。

 

類似する表現には、「金言耳に逆らう」「苦言は薬なり」「甘言は病なり」「薬の灸は身に熱く」「毒な酒は甘い」「忠言耳に逆らう」「苦い薬は泣いても飲め」「薬酒口に苦うして病に利あり」などがあります。ちなみに、「耳に逆らう」とは「聞いて不愉快に感じる」という意味です。

 

自らの半生を振り返ると、 薬と忠言(助言)は以下のようにさまざまでした。
 

◯ 子供の頃に飲んだ虫下しはとても苦い味がしました

◯ 厳しい上司の言葉も苦い味がしました

◯長く付き合ってくれる顧客の言葉は厳しい

◯ しかし、現在の薬は口に苦味を感じさせないものがほとんどです

◯ 注射で体内に入れる薬は味を感じることはなく、わずかな痛みがあるだけです

 

私にとって一番忘れられない薬は鎮痛・鎮静薬のモルヒネです。40数年も前のことですが、手術後の痛みに耐えかねて眠れない夜、看護婦(現在の看護師)さんに頼んで(医師の指示で)モルヒネを注射してもらいました。ほどなく体全体で感じた気持ちを言葉ではうまく表現できません。あえていえば、宙に舞い上がる浮遊感と精神的な高揚感です。しかし2時間ほど経過するとまた痛みが戻ってきました。ふたたび看護師さんにモルヒネ注射を依頼すると、習慣にならないために少なくとも4時間の間隔を置くことが必要とのこと。私にはそれまでの2時間が無限の長さに感じられたことを今でも覚えています。

 

本題に入ります。「孔子家語」から明らかなように、「良薬は口に苦し」はあくまでも例えのフレーズであり、孔子が言いたかったことは『本当に自分のためを思ってしてくれる忠告は、有難く有益であるが、聞くのが辛(つら)い』 ということであり、「良薬」そのものを論じることが本稿の主目的ではありません。ちなみに、「忠言」とは「真心(まごころ)から諌(いさ)める言葉」「忠告の言葉」です。

 

人はなぜ自分のことを考えてくれている人の言葉に耳を貸さない、あるいは貸したくないのでしょうか。前回の記事「晩節を汚す」でも触れましたが、「老害と化した」トップは「忠言」を聞かないどころか、「忠言」をしてくれた人を怒りの気持ちで処罰(左遷あるいは罷免)したりします。その結果、「忠言」を聞かなかったトップが自壊(じかい)した事例(「晩節を汚す」を参照)は数え切れません。あえて、付け加えるとすれば、大谷刑部(ぎょうぶ)に忠言された石田三成の事例が分かりやすいでしょう。

 

これは年配者だけのことではありません。若くても「思い込みが激しい人」は似た反応をします。「勝手な思い込み」「決めつけ」「固定観念」「色眼鏡」などの思考傾向を持つ人です。つまり、「他人の言うことに耳を貸さない」「意見を聞かない」「自分の意見が正しい」と思っている人/思われている人に多いのが特徴です。「プライドが高い人」ともいえるかもしれません。歳を重ねるとともにこの性癖が改善する人がいないわけではないでしょうが、ほとんど変わらない、あるいは悪化する人の方が多いようです。

 

しかし、「思い込みが激しい人」にも利点があります。投機的なビジネスをする人やスポーツ選手など「勝負の世界に生きる人」にとっては、メンタルの強さにつながり、試合で好成績を残す要因にもなりえます。つまり、自分は「出来る」「勝てる」「大丈夫」と思う(思い込む)心理がよい結果につながる可能性があるそうです。

 

それでは、どうしたらよいのでしょうか。「思い込みが激しい人」は上述したよい側面を残しながら、「成長しよう」と自ら思い、そのために努力をすることが必要だと考えます。上司あるいは同輩・後輩から何かを指摘された場合は、それに反発するのではなく、しっかりと聞いたうえで、その指摘が「正しいことなのか」と自問自答して判断するとよいでしょう。それが自らを成長させる貴重なチャンスになるのです。

 

たとえ、納得できないことであっても記憶の引き出しに入れておきましょう。いつの日か役立つこともあるのです。どうしても受け入れられない場合は、反発するのではなく、当たり障(さわ)りなく受け流しましょう。ましてや、そのことで第三者に悪口をいえば「天に唾(つば)する」ことになりかねません。例え、気心の知れた相手であっても、第三者の悪口を伝えては絶対にいけないのです。

 

「思い込みが激しい(プライドが高い)人」にはありがちですが、もし相手に反発してしまうと、せっかくの成長機会を失うだけでなく、それ以降は指摘やアドバイスをしてもらうこともできなくなってしまいます。大変な損失であることは自明でしょう。これは理想論やきれいごとではありません。「良好な対人関係を築きながら、自らを成長させることができるのです。「反発する」と「受け入れる」とのどちらが積極的かつ生産的な考え方であるかは論を待たないでしょう。どちらを選ぶかは自分自信なのです。

 

今回の結論です。「思い込みが激しい人」に限らず、誰にとっても「良薬」は「成長しようと思う自分の意思」であると考えます。「他人を変えることはできません」が「自分を変えることはできる」のです。

2016年6月 1日 (水)

「晩節を汚す」を考える

最近、社会的に地位の高い人たちが引き起こした問題が目立つように感じます。いわゆる、「晩節(ばんせつ)を汚(けが)す人たち」が増えているようなのです。

 

「晩節を汚す」の意味を辞書で確認すると、『それまでの人生で高い評価を得てきたにも関わらず、後にそれまでの評価を覆(くつがえ)すような振る舞いをし、名誉(めいよ)を失うこと』とあります。人はなぜ晩節を汚すようなことをするのでしょうか。本題に入る前にその事例を考えてみました。

 

歴史的に有名な事例はなんといっても太閤(たいこう)豊臣秀吉でしょう。(注、太閤は関白を退いた人の敬称) 嫡子(実子)可愛さに後継者選びでそれまで維持していた理性的な判断ができなくなったといわれます。権力と所領を身内に継がせたいと考えて、養子(実の甥)の秀次に信長の所領を受け継がせ、そして関白にまで出世させました。しかし、実子の秀頼が生まれると一転して秀次に出家を強要し、ついにはあいまいな理由によって(実は秀次が気に入らないあるいは不要になったため)切腹を命じたのです。この秀次事件により家臣団の多くが離反したことは徳川家康に有利に働き、関ヶ原の合戦と大阪城における夏の陣で豊臣家が滅亡することになりました。

 

現代(1970年-2000年)においても世間を騒がせた人たちが多数います。ロッキード事件で有罪判決を受けた元首相で今太閤(いまたいこう)と呼ばれた田中角栄氏(死亡により公訴棄却)、リクルートの江副浩正氏(リクルートコスモス社の未公開株を賄賂として政官界人に提供したことで執行猶予つきの有罪判決)、ダイエーの中内功氏(晩年、商品戦略の失敗による消費者離れでダイエーが凋落したことでイオングループの傘下入り)、西武グループの堤義明氏(インサイダー取引疑惑で有罪判決)など。

 

2010年以降では、企業存亡の危機に陥(おちい)ったシャープ・東芝・三菱自動車(小説「空飛ぶタイヤ」のモデル)、海外事業の失敗で巨額な赤字を計上した三菱重工と三菱商事の歴代経営者やお家騒動を引き起こしたセブン&アイHDの鈴木敏文会長兼最高経営責任者(CEO)も含まれるでしょう。東京都知事については、元知事である石原慎太郎氏(尖閣列島問題と4期目に入ってほどなく都知事を辞任して国政新党を立ち上げた)、前知事である猪瀬直氏(医療団体からの不正献金事件)、そして現知事である舛添要一氏(政治資金の不正流用疑惑)と目白押しです。

 

「晩節を汚す人」が多い理由を調べてみました。紀元前(古代ギリシャ)の哲学者、アリストテレスは老年の特徴として、ひがみ、狭量(きょうりょう、人を受け入れる心が狭い)、吝嗇(りんしょく、ケチ)、臆病(おくびょう)、生への執着などと良いことは一つも挙(あ)げていません。つまり、年齢を重ねると、体力、気力、表現力が衰える一方で、執着(しゅうちゃく)は強くなるばかりだといい、自らの衰(おとろ)えを自覚するのは実に難しいと指摘するのです。

 

最近の研究により、『猿や人には、自分が物をつかもうとしているときと、他者が物をつかもうとしているのを見ているときとで、脳が同じような反応をする共感のメカニズム(仕組み)がある』 ことが分かっているそうです。また、別の研究では、『人が権力を持つと、脳が本来的に持っているメカニズム(共感の仕組み)が機能しなくなる』 ことが判明したといわれます。そして、『昇進して冷淡になったり偉そうな態度を取ったりする人は、最終的に出世の道を踏み外す』 ことも判明したと報告されているようです。

 

つまり、人は老年を迎えると否応(いやおう)なしに「晩節を汚す恐れ」が高まるのです。科学的には、『自己抑制を司(つかさど)る前頭葉(ぜんとうよう)が老化で弱まっている』、俗ないい方をすれば 『老化にともなう退化により幼児性(自己中心性)が強まる』 からなのです。この弊害(へいがい)を少しでも軽減すためには、高い地位に就(つ)くにしたがって「利己」を減らし、「利他」の価値観を意図的に重視する必要があります。

 

それが十分でないことを少しでも自覚したときには「晩節を汚す」前に「禅譲」(ぜんじょう)を行うべきでしょう。ちなみに、「禅譲」とは皇帝がその地位を血縁者でない有徳の人物に譲ることを意味しましたが、現在は組織の最上位役職者についても使われます。

 

外国の事例ですが、大統領の任期に制限を設けている国が多いのは老害(長期政権)の危険性を考えてのことでしょう。よく知られるのはアメリカの大統領の任期は2期8年まで、そしてロシアはアメリカと同様に2期8年でしたが現在は2期12年(連続の場合)、その他にもフランスは2期10年(連続の場合)、韓国は1期5年、フィリピンは1期6年などがあります。

 

もう少し身近な事例について考えてみましょう。「晩節を汚す」という視点で論じることの是非について意見が分かれると思いますが、スポーツ選手の引退時期(年齢)があります。体力の衰えで選手として競技を続けることが困難になったときに現役引退を発表することが多いようです。思いつくままに事例を挙げると、プロ野球のイチロー選手(42歳、大リーグで現役)、松井選手(38歳で大リーグ選手を引退)、山本昌投手(50歳で引退)、谷繁捕手(45歳で引退)、大相撲では旭天鵬(40歳で引退)、時天空(36歳で現役)、若の里(39歳で引退)、一ノ矢(46歳で引退)と、かなりの年齢まで頑張った選手/力士は枚挙に暇(いとま)がありません。「全盛期」と比較したくなるファンの心理から論じられることが多いようで、やはり「晩節を汚す」の対象には当たらないと考えます。

 

明らかに「晩節を汚す」といえるのは、有名な元プロ野球選手が引退後に覚せい剤を購入・所持・使用した事件が今年2月に発覚して、現在裁判が行われているケースです。注、5月31日に執行猶予つきの有罪判決

 

また、有名人でなくても、最近はキレル老人が増えている との分析があります。具体的には、駅・店舗・病院などでささいなことから諍(いさか)いを起こす人や隣人トラブルにより犯罪(傷害事件や殺人事件を含む)に至る人も少なくありません。

 

「キレル」(突然怒り出す、逆上する、かっとなる)のは、精神の安定性が欠如していて、たえず「不安」があるため「防衛機制」(ぼうえいきせい)に陥(おちい)るためであり、これは「自分の心を守ろうとするための心の仕組み」です。この説明では分かりにくいと思いますので、もう少し具体的に解説すると、『怒りが発生するのは、相手に求めたものが自分の期待値に届かなかったとき』 と表現できるでしょう。そして、その心理が、『自分が本来得るべきであった権利を尊重されず侵害された』 との怒りへと発展するのです。つまり、「自分に余裕がない人」あるいは「自分中心の世界で生きている人」であり、いいかえると「自分に自信が無い」あるいは「わがままな人」といえるでしょう。

 

視点を変えます。「晩節を汚す要因」は、一に「金銭」、二に「異性」、ついで「名誉」といわれます。これらはいずれも人が強く拘(こだわ)ることであり、いずれも抗(こう)しがたい誘惑要因です。なかでも社会的な地位が高い人は、「万能感」を持ちやすいため、とくにこの罠(わな)に嵌(はま)りやすいのです。

 

ですから、この誘惑によって理性を無くす前に、自らの老いを認めて、それを受け入れることが必要だと思います。「晩節を汚して」惨(みじ)めな晩年を過ごすことを考えれば、どちらを選択すべきであるかは明らかだと思います。若い人であればやり直すことも可能ですが、残念ながら老年期の人には時間が残されていないため、やり直しは困難というべきでしょう。

 

最後に、脳の衰えを少しでも防ぐ方法を紹介します。アイディアと段取りの検討に始まり最後には達成感が有られる「料理」と「旅行」、ドーパミンが分泌されワクワク感が得られる「読書」や「映画鑑賞」、脳を刺激する運動(例、ウオーキングや左右の手・指が別の動きをする楽器の演奏など)を趣味にすること、そして何より上質な「睡眠」も確保することです。また、チロシンがある「大豆食品」やEPADHAが豊富に含まれる「青魚」を食べることも脳の老化防止に有効だそうです。また、これら対策の福次効果として頭脳が委縮する速度が低下すれば、硬膜下血腫(こうまくかけっしゅ)の発症リスクを減らせるかもしれません。関心のある方は試してみてはいかがでしょうか。

 

今回の結論は<終わり良ければ全て良し>です。

 
                          ☆
 

今週の後半から来週にかけて次の旅行に出かける予定でしたが、同居者が足を痛めてドクターストップになってしまいました。快復を待って出かけるつもりです。それまでは、日頃あれこれ考えていることや感じていることを書き連(つら)ねて、退屈を紛(まぎ)らわしたいと思います。

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