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2016年6月 5日 (日)

「良薬とは何か」を考える

『良薬は口に苦(にが)し』の諺(ことわざ)があります。辞書で確認すると、『良薬(つまりよく効く薬)が苦いように、身のためになる忠告は素直に受け入れにくいということ』 とあります。さらに調べると、もともとは「孔子家語」(「論語」に含まれなかった孔子の説話集)にある『良薬苦口而利於病。忠言逆於耳、利於行』(良薬は口に苦けれども病に利あり。忠言は耳に逆らえども行いに利あり)、つまり『良薬は苦いが飲めば病気を治してくれる。忠言は聞きづらいが、行動のためになる』というのが簡略化された表現でした。

 

類似する表現には、「金言耳に逆らう」「苦言は薬なり」「甘言は病なり」「薬の灸は身に熱く」「毒な酒は甘い」「忠言耳に逆らう」「苦い薬は泣いても飲め」「薬酒口に苦うして病に利あり」などがあります。ちなみに、「耳に逆らう」とは「聞いて不愉快に感じる」という意味です。

 

自らの半生を振り返ると、 薬と忠言(助言)は以下のようにさまざまでした。
 

◯ 子供の頃に飲んだ虫下しはとても苦い味がしました

◯ 厳しい上司の言葉も苦い味がしました

◯長く付き合ってくれる顧客の言葉は厳しい

◯ しかし、現在の薬は口に苦味を感じさせないものがほとんどです

◯ 注射で体内に入れる薬は味を感じることはなく、わずかな痛みがあるだけです

 

私にとって一番忘れられない薬は鎮痛・鎮静薬のモルヒネです。40数年も前のことですが、手術後の痛みに耐えかねて眠れない夜、看護婦(現在の看護師)さんに頼んで(医師の指示で)モルヒネを注射してもらいました。ほどなく体全体で感じた気持ちを言葉ではうまく表現できません。あえていえば、宙に舞い上がる浮遊感と精神的な高揚感です。しかし2時間ほど経過するとまた痛みが戻ってきました。ふたたび看護師さんにモルヒネ注射を依頼すると、習慣にならないために少なくとも4時間の間隔を置くことが必要とのこと。私にはそれまでの2時間が無限の長さに感じられたことを今でも覚えています。

 

本題に入ります。「孔子家語」から明らかなように、「良薬は口に苦し」はあくまでも例えのフレーズであり、孔子が言いたかったことは『本当に自分のためを思ってしてくれる忠告は、有難く有益であるが、聞くのが辛(つら)い』 ということであり、「良薬」そのものを論じることが本稿の主目的ではありません。ちなみに、「忠言」とは「真心(まごころ)から諌(いさ)める言葉」「忠告の言葉」です。

 

人はなぜ自分のことを考えてくれている人の言葉に耳を貸さない、あるいは貸したくないのでしょうか。前回の記事「晩節を汚す」でも触れましたが、「老害と化した」トップは「忠言」を聞かないどころか、「忠言」をしてくれた人を怒りの気持ちで処罰(左遷あるいは罷免)したりします。その結果、「忠言」を聞かなかったトップが自壊(じかい)した事例(「晩節を汚す」を参照)は数え切れません。あえて、付け加えるとすれば、大谷刑部(ぎょうぶ)に忠言された石田三成の事例が分かりやすいでしょう。

 

これは年配者だけのことではありません。若くても「思い込みが激しい人」は似た反応をします。「勝手な思い込み」「決めつけ」「固定観念」「色眼鏡」などの思考傾向を持つ人です。つまり、「他人の言うことに耳を貸さない」「意見を聞かない」「自分の意見が正しい」と思っている人/思われている人に多いのが特徴です。「プライドが高い人」ともいえるかもしれません。歳を重ねるとともにこの性癖が改善する人がいないわけではないでしょうが、ほとんど変わらない、あるいは悪化する人の方が多いようです。

 

しかし、「思い込みが激しい人」にも利点があります。投機的なビジネスをする人やスポーツ選手など「勝負の世界に生きる人」にとっては、メンタルの強さにつながり、試合で好成績を残す要因にもなりえます。つまり、自分は「出来る」「勝てる」「大丈夫」と思う(思い込む)心理がよい結果につながる可能性があるそうです。

 

それでは、どうしたらよいのでしょうか。「思い込みが激しい人」は上述したよい側面を残しながら、「成長しよう」と自ら思い、そのために努力をすることが必要だと考えます。上司あるいは同輩・後輩から何かを指摘された場合は、それに反発するのではなく、しっかりと聞いたうえで、その指摘が「正しいことなのか」と自問自答して判断するとよいでしょう。それが自らを成長させる貴重なチャンスになるのです。

 

たとえ、納得できないことであっても記憶の引き出しに入れておきましょう。いつの日か役立つこともあるのです。どうしても受け入れられない場合は、反発するのではなく、当たり障(さわ)りなく受け流しましょう。ましてや、そのことで第三者に悪口をいえば「天に唾(つば)する」ことになりかねません。例え、気心の知れた相手であっても、第三者の悪口を伝えては絶対にいけないのです。

 

「思い込みが激しい(プライドが高い)人」にはありがちですが、もし相手に反発してしまうと、せっかくの成長機会を失うだけでなく、それ以降は指摘やアドバイスをしてもらうこともできなくなってしまいます。大変な損失であることは自明でしょう。これは理想論やきれいごとではありません。「良好な対人関係を築きながら、自らを成長させることができるのです。「反発する」と「受け入れる」とのどちらが積極的かつ生産的な考え方であるかは論を待たないでしょう。どちらを選ぶかは自分自信なのです。

 

今回の結論です。「思い込みが激しい人」に限らず、誰にとっても「良薬」は「成長しようと思う自分の意思」であると考えます。「他人を変えることはできません」が「自分を変えることはできる」のです。

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