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2016年7月12日 (火)

続々・奥の細道擬紀行(その3) 糸魚川市能生と糸魚川駅の「奴奈川姫」

雲が垂(た)れ込める日本海を見ながら国道8号を走行

 
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漁港の町である筒石(つついし)を経て能生(のう)漁港に到着。「続々・奥の細道擬行(その1)」の記事で触れたように、親鸞が船に乗った港です。
 
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隣接する能生海洋公園内の「海の資料館 越山丸」と「マリンミュージアム海洋」(セット入場料 大人200円)
 
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越山丸は新潟県立海洋高等学校(旧県立能生水産高等学校)の実習船として昭和55年から平成7年まで活躍したあと、能生海洋公園内に展示されていました。「マリンミュージアム海洋」の館内には、海洋高校の100年の歩み、旧能生町の水産漁業、鯨の骨格標本などの資料が展示されているそうです。

 

道の駅「マリンドーム能生」
 
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「列車を襲った小泊地すべり」(1963年3月)の説明看板には、『白山トンネルを出たところで地すべり土砂に乗り上げた普通列車が、第2波の地すべりによって機関車と先頭の客車が海の方へ押し流され、死者4名、全壊家屋25戸の被害があった』 とあります。
 
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地すべりはこの方向(山の向こう側)で起こったようです。この事故が契機となり、能生駅を挟む区間(浦本駅~有間川駅間、約20km)はいくつかの駅を除いてすべてトンネル化されたようです。
 
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能生漁港の先にある「弁天岩」(厳島神社)
 
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雲が陸地の上に移動しました。
 
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能生の街並みに入ります。
 
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能生川を渡った寺町交差点を左折
 
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新潟県糸魚川市の市振駅と上越市の直江津駅を結ぶ「日本海ひすいライン」(えちごトキめき鉄道)の糸魚川駅に到着。ちなみに、もとはJR西日本の北陸本線の一部でしたが、北陸新幹線の開通とともに経営を分離。糸魚川駅以西は交流電化、以東は直流電化とことなるため、交直流電車とともに気動車が使用されているそうです。
 
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日本海口(北口)に面した駅前広場には「奴奈川姫」(ぬながわひめ)の銅像が立っていました。
 
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その脇に立つ説明看板には、『奴奈川姫」(ぬながわひめ)は越の国・奴奈川族の首長であった。すぐれた才知と美貌の持ち主で、その名は出雲の国まで伝わった。出雲の大国主命は、はるばる奴奈川姫と結婚するために越の国に来て、姫と歌を詠みかわした。そして二人は翌日結婚したと「古事記」にしるされている』 とあります。

 

説明看板の右手にある翡翠(ひすい)の原石
 
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左手のバス停近くにある「ようこそ ヒスイのふるさと いといがわへ」の看板」
 
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北陸新幹線が乗り入れる糸魚川駅のアルプス口(南口)
 
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駅に近い「市立糸魚川小学校」と「市立ひすいの里総合学校の校庭脇に蒸気機関車(C1288号)が展示されています。昭和9年に製造されたもので主として大糸線で昭和47年まで使用されたことが説明されていました。ちなみに、総運転距離は119万kmとのこと。
 
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糸魚川駅前から国道8号に行き当たる大町交差点の角にある海望公園にも「奴奈川姫」(ぬながわひめ)の像が立っていました。
 
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ちなみに、能生(のう)に宿泊した芭蕉はこの糸魚川を通過して、「親不知(おやしらず)」「子不知(こしらず)」などの難所を抜け、20kmほど先(能生からは約30kmの距離)にあル宿場「市振(いちぶり)」に宿泊しています。先を急ぎたかったのでしょう。(続く)

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