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2016年8月19日 (金)

続々・奥の細道擬紀行(その27) 「金沢港」から「安宅関」を経て「加賀温泉郷」へ(後編)

神社の方に促(うなが)されて社殿に上がらせていただきました。安宅の関について詳しく説明をしていただきました。安宅の関は義経を捉えるために臨時に設置された関であったことを知りました。オチビちゃんとコチビちゃんにお守りをいただきました。

 

「安宅の関址」(石川県指定史跡)へ向かいました。
 
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安宅住吉神社に隣接する安宅公園には「安宅の関址」と刻まれた石柱がありました。
 
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「関の宮」の右の社殿には義経、左の社殿には富樫左衛門が奉斎さ(祀ら)れていました。
 
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富樫・弁慶・義経像「勇仁智」は歌舞伎の舞台をイメージして作られたのでしょう。案内板によると、「智は弁慶の知恵、仁は富樫氏の情け、勇は義経の勇気である」とのこと。
 
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安宅の海に出ました。海水浴場になっているようで、沖合に波留が設置されています。
 
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右手の梯川沿いに安宅港口(あたかこうぐち)灯台(高さ16m、水面からの高さは22m))が見えます。北前船の寄港で栄えた安宅港(灯台の対岸)の入口が分かりにくいため、昭和55年(1980年)にこの灯台が建てられたそうです。写真で分かるようにソーラーパネルが脊小されており、灯器は2009年に白熱電球からLEDに切り替えられています。ちなみに、石川県の灯台のうち、7割近くが二酸化炭素排出量を削減するためLED化されているそうです。
 
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安宅住吉神社へ引き返す途中、与謝野晶子の歌碑を見つけました。『松たてる 安宅の沙(砂)丘その中に 清きは文治 三年の関』 と刻まれています。
 
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安宅住吉神社の社殿左手にある金毘羅社
 
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社殿の左手前(弁慶像の向かい側)に「神亀石」があったことに気づきました。解説によれば、『亀の背を左右左と3度撫(な)でて、神前にお参りすると延命長寿と末広がりの幸福を招く』 とのこと。手順が逆になってしまいました・・・。
 
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国道360号に入って「安宅の関址」からは目と鼻の距離にある小松空港(正式名称:小松飛行場、防衛相が管轄する共用飛行場)にも立ち寄りました。北陸新幹線が金沢まで延伸するまでは首都圏から金沢へ行くビジネス客には金沢の玄関だった空港です。民間と自衛隊が共用する滑走路(長さ2700m)を挟んだ反対(南)側に航空自衛隊小松基地の施設があります。小基地には約50機のF-15戦闘機が常時配備されているそうです。
 
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ちなみに、共用飛行場は小松のほかに、札幌・新千歳・三沢・茨城・米子・岩国・徳島にあります。このうち、米空軍が管理し、米空軍・航空自衛隊・民間航空会社が使用する三沢飛行場(空港)を10数年前に利用したことがあります。エプロンと誘導路・滑走路の間に大きな電動ゲートがあることが印象に残っています。

 

片山津温泉にも立ち寄ることになりました。
 
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前述したように、「篠原の戦い」があった「篠原古戦場」と斉藤別当実盛の「首洗い池」に近いことが理由です。県道20号から県道39号に入り、源平橋を渡る時にこの辺りだと思ったのですが、そのまま通過して片山津の温泉街に入ってしまったのです。柴山潟の辺(西岸)に位置します。
 
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気を取り直して予定のコースに戻り、加賀温泉駅の近くを通過し、県道147号で芭蕉に縁の温泉へ向かいました。ここ加賀市は有名な加賀温泉郷(片山津・山中・山城)がある温泉天国なのです。片山津温泉は明治時代に入ってから発展した比較的新しい温泉地ですが、山中温泉は奈良時代の行基による開湯から1300年との説もありますが、平安時代の開湯とする説が有力のようです。また、山城温泉は行基による開湯伝説があり、北陸で最大の規模を誇る温泉地です。
 
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山中温泉街に入りました。
 
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芭蕉の館(やかた)」に到着。向かい側にある専用駐車場に車を停めました。『芭蕉が山中温泉を訪れ逗留した泉屋に隣接していた「扇屋」の別荘(明治38年の建築)を平成16年に再整備したもので、広い庭園や庭園を望む雁行型の濡れ縁など、和風情緒豊かな憩いの空間が親しまれてきました。芭蕉ゆかりの品や400余年の歴史を有する伝統工芸「山中漆器」の秀品の数々をごらん頂けます』 と説明されています。
 
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(続く)

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