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2016年8月28日 (日)

続々・奥の細道擬紀行(その34) 敦賀市の「気比神社」と「清明神社」

午前7時半過ぎにホテルをチェックアウトして、前日通った国道8号の旧道(北陸道)を戻り、敦賀港方面(北方向)へ走りました。気比(けひ)神宮交差点から「気比神宮」の大きな鳥居が確認でき、交差点の先に表参道駐車場を見つけました。ちなみに、敦賀駅前から気比神宮交差点までは「シンボルロード」と呼ばれて、松本零士(れいじ)氏の「銀河鉄道999」や「宇宙戦艦ヤマト」にまつわるブロンズ像が多数(計約30体)設置されているようです。敦賀が日本でも有数の鉄道と港の町であったことで設置されたとのこと。

 

気比神宮交差点の角まで戻りました。表参道口から見ると気比神宮(正式名:氣比神宮)の大鳥居が大きな迫力で迫ります。この大鳥居は正保2年(1645年)に建立された木造両部型本朱漆(しゅうるし)の鳥居(高さ10.9m)で、国の重要文化財に指定されており、春日大社(奈良県)・厳島神社(広島県)と並ぶ日本三大木造大鳥居の一つです。
 
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気比神宮は大宝2年(702年)の建立と伝えられており、主祭神の伊奢沙別命(いざさわけのみこと)    は食物を司り、海上安全・農漁業・交通安全を護る神様とされます。その他、仲哀天皇(ちゅうあいてんのう)、神功皇后(じんぐうこうごう)、応神天皇(おうじんてんのう)、日本武尊(やまとたけるのみこと)、 玉姫命(たまひめのみこと)、武内宿禰命(たけのうちのすくねのみこと)を含む7柱のご祭神を祀(まつ)る北陸道の総鎮守・越前国一宮です。ちなみに、「気比(けひ)」は「御食津(みけつ)」(食物神)に由来するとの説があるようです。
 
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ちなみに、この場合の「北陸道」は、街道ではなく、行政区画である「五畿七道(ごきしちどう)」(五畿:大和国・山城国・河内国・和泉国・摂津国、七道:官道に沿った国々である東海道・東山道・北陸道・山陰道・山陽道・南海道・西街道)のひとつを指します。古くからあった「越国」が大化の改新(皇極4年/645年)の後に「越前国」「越中国」「越後国」の3つに分かれ、養老2年(718年)に越前国から加賀国と能登国が分割されました。つまり、現在の福井県・石川県・富山県・新潟県を含みます。
 

敦賀(つるが)という珍しい地名に興味を持って調べてみました。古代から北九州や対馬を経由する朝鮮半島との交流が頻繁(ひんぱん)であった敦賀には朝鮮半島からの渡来人も多く、その中には日本書紀にもその名がある「都怒我阿羅斯等(つぬがあらしと)という意富加羅国(別名:任那加羅、韓国の南端にあった国)の王子が敦賀の地名の由来の人物とされることを知りました。また、気比神功宮は渡来人の神を祀っているとの説があるようです。

 

石橋を渡って境内に入りました。参道の左手には境内社(末社)の猿田彦神社がありました。気比大神を案内する御先神(みさきしん)だそうです。
 
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参道が折れ曲がる場所にある「旗揚(はたあげ)の松」(2代目)は延元元年(1336年)に気比神宮の大宮司で鎌倉・南北朝時代の武将であった気比氏治(うじはる)が後醍醐(ごだいご)天皇を奉(ほう)じ、つまり命令に従って旗揚げし、金ケ崎城に籠城(ろうじょう)して足利尊氏(あしかがたかうじ)と戦ったことが名の由来のようです。
 
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左手の幹がほぼ朽ちている松が「旧松根」と表示されていますから初代でしょう。
   
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後方に少し見える樹木は敦賀市指定天然記念物「ユーカリ」
   
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参道を曲がった中鳥居の正面に社殿が見えます。
 
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外拝殿で参拝
 
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その奥に中拝殿と本殿があり、その両側に四社の宮があるそうです。昭和20年に焼失した本殿(国宝)は、屋根両流造の代表的建造物であったそうで、主祭神の伊奢沙別命と仲哀天皇・神功皇后が祀られています。また、四社の宮には他の4柱のご祭神が祀られているとのこと。また、それらの左手には気比大神の御子神などを祀る摂社(せっしゃ)の「九社の宮」と伊勢神宮の天照大神と豊受大神を祀る末社の神明社がありました。

 

外拝殿を退出した時、迂闊(うかつ)にも旗揚松の近く(中鳥居の反対側)にあった芭蕉像と句碑を見過ごしてしまいました。芭蕉はこの神社で、『月清し 遊行(ゆぎょう)の持てる 砂の上』 の句を、その翌日には気比の松原で、『名月や 北国日和 定めなき』 の句も詠んでいます。ちなみに、「遊行」とは僧が各地をめぐり歩いて修行または教化すること、つまり行脚(あんぎゃ)することを意味し、芭蕉は那須湯泉神社(上の宮)参道脇にある「遊行柳(ゆぎょうのやなぎ)」で、『田一枚 植(うえ)て立去る 柳かな』 の句を詠んでいます。
 

駐車場へ戻る途中、敦賀市中心部の地域案内を見かけました。
 
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この地図でも確認できますが、芭蕉は気比神社に参拝したあと、北方にある金ケ崎(かながさき)の金前寺(こんぜんじ)へ足を伸ばしています。金ケ崎は古くから大きな戦の場に何度もなっています。「旗揚の松」の由来で触れたように、後醍醐天皇が鎌倉幕府を倒して天皇による政治を始めた「建武の新政」(中学校の日本史では「建武の中興」として学んだ)に離反した足利尊氏(あしかがたかうじ)の討伐(とうばつ)を新田義貞(にったよしさだ)に命じました。義貞は箱根・竹之下合戦大阪府島本町・港川の合戦で尊氏軍に敗北し、越前国でも両軍は再び衝突します。

 

金前寺に参詣した芭蕉は、『月いずく 鐘は沈る 海のそこ』 の句を詠(よ)んでいます。この句は建武4年(1337年)足利軍に敗れた新田義貞が金ヶ崎の海に沈めた陣鐘(じんがね、陣中で合図をするための鐘)を詠んだ句と言われています。ちなみに、新田義貞は4か月後に福井市の北方にある燈明寺畷(とうみょうじなわて)にて戦死しました。

 

それから約250年後(戦国時代)の元亀元年(1570年)には信長と朝倉義景(よしかげ)が戦った「金ヶ崎の戦い」の舞台になりました。信長は義景の「金ヶ崎城」を落としましたが、信長の義弟である浅井長政の裏切りを知り撤退することを決断。羽柴秀吉や明智光秀らが事実上の殿(しんがり)軍となって奮戦したことで、少数の兵に守られた信長は鯖街道の朽木を越えて京まで無事に帰還しています。世に「金ヶ崎崩れ」とよばれる撤退戦です。

 

気比神宮から敦賀港方面へ移動する途中、気になった「清明(せいめい)神社」に立ち寄ることにしました。目印の市立博物館は昭和2年(1927年)に竣工した旧大和田銀行本店の大理石を多用した建物(敦賀市指定文化財)を活用した歴史博物館です。
 
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敦賀の長い歴史を伝える資料や絵画・陶磁器などが展示されているようですが、午前8時を回ったところで、午前10時の開館時間までは2時間近くありますからスルーしました。
 
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その隣は「みなとつるが山車(やま)会館」で、気比神宮例大祭のときに巡行する山車6基を収納し、その内3基を常時展示しているそうです。
 
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山車会館前の広場にある二代大和田荘七氏の石像が目に留(と)まりました。
 
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敦賀商業会議所の初代会頭で、明治時代末期から大正時代にかけて敦賀港の整備や対外貿易の促進などにより、敦賀経済の発展に尽力した人物だと説明されています。
 
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目的地の「清明神社」は市立博物館から50mほど南の住宅地内にありました。
 
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御由緒には、『安倍晴明(あべのせいめい、921-1005年)は正暦年間(990-994年)に敦賀で天文学と地文学を研究していた』 とありました。大陸との交易が盛んな港町であったからかもしれません。社殿内、祭壇の下にあるご神体は「祈念石(きねんせき)」で、晴明が陰陽道の研究に使った石と伝えられているそうです。
 
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(続く)

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